>>766
(0:31:37〜 巨災対本部での会議シーン)

 で、『エヴァ』の音楽が掛かると。
 わかりますか? この、必要もないのにカットを割っている感じ。もう本当に、
 セリフの1言1言とか、アクションの1つ1つごとにカットを細かく割ってる。
 こういうの、実写畑では嫌がられるよね。「カットを割る」っていうのは、
 「見せるものに自信がない」とか、「演技が甘い」、「内容がない」という時にやることであって、
 やっぱり一つ一つの演技をできるだけ長く見せたくなるのが普通だから。

 そこを、あえて……ほら、今なんか「安田が手を上げる」という動きのためだけに、2カットに割ってるじゃん?
 そして、この「お姉さん(尾頭)が割り込んで喋る」というだけで、また1カット使ってる。
 このカットの割り方の細かさ! ほら、1言ごとに割ってるでしょ?
 この映画の異常さはこれなんだよ、絶対に!(笑)
 ほら、単調なくらいに、1言ずつカット割りを入れてるよね。
 これが、特有のリズムを作っているんだ。

・・・

(0:33:58〜 安田が何かに気が付き叫び出すシーン)

 おお! ここもいいね。
 何かに気がついた安田が、報告のためにダーッと画面の奥に走って行くと、
 横からお姉さん(尾頭)がスッと入ってくる。
 で、「後ろの方で安田が話していることと、手前でお姉さんが話していることが、実は同じ」
 ということで、このお姉さんの有能さを見せている。

 この映画って、こういうふうに、常に目立たせたい人と引き立て役の立たせ方がすごく上手いんだよね。
 引き立て役というのをコミカルに動かしつつ、
 見ている人間が感情移入するような役を正義の味方みたいに描くことによって、
 「どういう感情を観客に持たせるのか?」っていうベクトルが、すごいはっきりしている。

 俺、自分で言ってても笑っちゃうんだけど、本当に「セリフごとにカットを変える」よな(笑)。
 つまり、これ、何かっていうと、「監督がダメ出しをした時に、リテイクがやりやすい」
 っていうことでもあるんだけどね。

 大勢が長セリフを言うようなカットを撮ろうとすると、1人か2人がセリフを間違えても、
 そのままスルーすること多いんだけど。この撮り方だったら、気に食わないことがある度に、
 監督が「すみません。こういうふうにやり直してください」って言えるから、本当に監督の思い通りに撮れるよな。
・・・