>>776内国貯金銀行
三井銀行出身の前山久吉の手により開業した貯蓄銀行。
前山は零細預金者の預金を取りまとめ株式市場等で巧みに運用して好成績を上げ、その結果内国貯金銀行は国内有数の機関投資家としてその名を高めていた。

安田貯蓄銀行
安田財閥系の貯蓄銀行。当初金城貯蓄銀行として金沢市で開業。まもなく東京に移駐。
安田銀行(現在のみずほ銀行)と関係が深かったが、相互補完の関係はなくお互い独自の道を歩み、遂に合併しなかった。
なお、二大貯銀の一方である不動貯金銀行が外務員中心の営業を行っていたのに対し、安田貯蓄銀行は店舗中心の営業を行っていた。

東京貯蓄銀行
第一銀行(渋沢財閥)系の貯蓄銀行。第一銀行が三井財閥の手に戻りそうになった明治中期、第一銀行首脳陣が次善策として設立し、身代わり銀行として開業したもの。
その後第一銀行は三井からの独立を守り、以降第一銀行と店舗・窓口を共用するいわゆる共同店舗を設置するなど、同行の補完的存在として機能していた。

第一相互貯蓄銀行
第一生命保険社長の矢野恒太が興した貯蓄銀行。矢野が推奨する「相互主義」をモットーとし、銀行の収益はまず預金者への利息へ振り分けた。
生命保険の発想や営業を貯蓄銀行に持ち込み、保険加入者が預金者となるケースも多く事実上第一生命の銀行部門を形成していた。