1980年代も、浦高は東大に50人台合格していたが東大の現役合格は10人台で現代の平年値と変わらず、二浪の合格者も多かった。昭和時代はどの進学校も浪人は当たり前だったが浦高は9割が浪人していた。

かつての県立浦和は東大一橋東工大や医学部に合格しなければ浪人していたが(京大は東大とw合格可能なab日程入試まで関東の受験生は少なかった)、
現代は他大学の志望者も現役進学者も多い。京大,東北大と筑波大が志望校に加わり、医学部志望も多くなった。

県立浦和また埼玉県は伝統的に東北大志向も強い。
バブルと私大バブルで薄れ、90年代後半は首都圏公立進学校の暗黒期で、東北大の合格者が一度は少なくなったものがこの10年で倍増した。
県立浦和は東北新幹線大宮開業後の1984年には44人合格(前後は20人台)、90年代後半に一桁転落もしたが、
00年代半ば以降、1都3県で東北大の合格者数が例年首位(2016年は春日部の20人)、
2017年は32人、2018年は36人が合格している。

県立浦和が早慶など相手にしておらず、最下層の進学先が早稲田なのは昔も今も同じだが、現在は昭和よりも学年生徒数が減り現役進学者が増え、浪人が半減している。
早稲田200は学年生徒数が多かった、またバブルの頃の話。(これは合格件数の話で、早稲田大進学者数が多かったのは黒歴史世代の90年代後半、多い代は80人ほど。国立が少なく00年代初頭は末期的だった。)
首都圏一の国立至上主義進学校だが、アンチ私大な校風のため早稲田進学の人数と学年の出来が概ね一致している。もちろん少ない代が優秀。
慶應は1970代は経済,商,法の3学部が全て数学必須入試だったが、数学必須枠の減少とともに合格順位が下がっている。