現在の天理教に対して危機感や不満を持っている方が非常に多いと感じる。
私がこうした敵対的ブログをしているから、
そうした意見しか集まらないというのも当然である。
以前私に話しをしてくれたある方は
「現状の問題点を言うと、それは教義に対する不足となり、神への冒涜と変換される。
より良くしようと声をあげることさえできないようでは、天理教はよくならない」
と言われていたのが印象的である。
つまり現状を良くしようと問題点を列挙すれば、
瞬時に発言者の信仰度合いに対して疑惑の目が向けられる。
「お前はまだ分かっていない」と。これと同様の理論展開は非常に多い。
むしろ、これ以外にはないのではないかと思うくらいよく聞かれる。