そういった意味も含め、もう一度、宗教の本質、
天理教の歴史的使命を明確に打ち出す必要があるのではないかと思う。
天理教を広めたいのか、少ない子弟を囲い込みたいのか。
もう、天理教は社会では通用しないことを教団幹部は自認し、
今存在する人的資源を囲い込むことに官僚が方針転換したのであれば、
それはそれで賢明であろう。
しかし、その方法に長期的展望はないのは明白だ。