鹿児島で中学3年寮舎監、函館で寮長をしていた加藤寛です。
数年来書き続けてきた井深八重さんをめぐる小説、やっと完成にこぎつけました。
資料収集に手間取り遅々とした歩みでしたが十万字を超える長編として一応形を整えることができました。今後、さらに推敲を重ね何とか出版までこぎつけたいと願っております。
井深八重さんはその姓から察せられるとおり会津ゆかりの方で自刃した白虎隊十九士の一人、井深茂太郎やソニーの創始者、井深大の家系に連なる女性でハンセン病と誤診され数奇な運命に翻弄された挙句、
ハンセン病者への看護と奉仕活動に一身をささげつくした人です。
イエス・キリストに対する全き信服と他者愛に裏打ちされた自己犠牲と忍苦に貫かれたその生涯は地味なもので華やかさとは無縁でした。
後年、社会に高く評価されヨハネ23世教皇からの聖十字勲章をはじめ国際赤十字からの看護婦にとっては最高の名誉とされるフローレンス・ナイチンゲール記章の授賞等々多くの栄誉に輝きましたが聖句「一粒の種」
に一生を托した八重さんの目には、それらは果たして、どれ程の価値に映じていたのでしょうか。
社会の片隅でハンセン病者と共に懸命に生きた一人の看護婦として晩年、アメリカの週刊誌「ライフ」に「マザーテレサに続く日本の天使」と紹介されるなどテレビ新聞等のマスコミでも取り上げられ喧伝されたが、
それらは果たして自身の本意にかなうものだったのでしょうか。
「御摂理のままにと思い忍びきぬ なべては深く胸に包みて」
この句に込められた思いこそが真情の吐露であり切なる願いであったに違いありません。そして患者達から「母にもまさる母」と慕われたことが八重さんにとっては何よりの誉れだったのではないでしょうか。
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