30を優に過ぎたオッサンだからだいぶ昔の話。
俺達の頃は首都圏公立が盛ってて県千葉や浦和や湘南が東大50人超え、都立や東葛も東大数十名で今とは比べ物にならないほど強かったが、
それらどこよりも早慶附属高はずっと難関だったぞ(附属上位校の慶女・志木は当然、中位の日吉・学院・早実普通科、下位の本庄・早実商業科も。
当時は早実は男子校で新宿区に立地しててしかも今は亡き商業科もあったのよ。もちろん普通科よりもかなり簡単だったが海城くらいの難易度で他校の商業科とは全然違った)。
早慶附属高を蹴って公立に入る奴も沢山いたけど難易度では格上の存在で、早慶附属が本命で公立トップを滑り止め(もっと出来る奴は国立開成本命、
早慶か私立進学校の海城や桐蔭理数科が次善校、公立が滑り止め)というのがポピュラーだったし、受験ガイドにもそう書かれてた。うーんこれは今も変わらんかな?
慶女は当然別格だったが志木もかなり抜けてて、武蔵と桐朋(当時、開成・武蔵・桐朋が高校募集してる私立進学校の御三家とされた)に匹敵した。
今じゃ見る影もないが桐蔭も東大100名クラスだが理数科でも早慶の滑り止めレベルだった。