仏様からのメッセージ 2スレ目
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仏様からのメッセージをお伝えします。
特定の故人という意味のホトケ様ではなく、文字通り、仏様からです。
その他、感じたこともあわせてお伝えします。
過去世であったり、守護存在であったり、その人によって色々です。
逆に過去世を視てくださいのようなリクエストは
ご遠慮下さい。指定されても、情報をうまく拾えるか
どうかはわからないので、あくまで自分が感じたことになります。
同じく、悩み事があったとしても、〜について教えてくださいのような
形での依頼もご遠慮ください。変に先入観を植え付けられると
迷走してしまいますので。
【ルール説明】
★僕が受付開始を宣言してから、受付終了を宣言するまでの間に
依頼を書き込んでくださった方に順番にお伝えしていきます。
★依頼時に名前欄に何か、文字を打ち込んでください。
単語でも一文字でもいいです。意識を向けやすくなるので
お願いします
★ペースはスロー進行なので、依頼された方は
まったりとお待ちください。
★ルールは仮です。状況に応じて、多少は融通します。
(自分の受付終了宣言に、数秒の差で間に合わなかった等)
おみくじ感覚で楽しんでいただけますと、幸いです
1スレ目の時に別スレでなぜか、性別について質問がありましたが
男です。いい歳のおっさんです。
お不動様を愛してやまない僧侶です 届くかはわかりませんが
個人的にメッセージを送りたい人がいるので
ちょっとだけ失礼します。
『もう気は済みましたか?それとも、まだ満足できないですか
これだけのことをして満足できないのは、あなたが本来すすむべき道から
大きく外れているからですよ。
このままではいつまでたっても満たされないし、自分の心の毒で
自分自身を病ませる一方でしょう。
あなたがいま見つめるべきは、画面の向こうの見知らぬだれかではなく
自分自身の在り方です。あなたが本来の自分を取り戻せるように願っています』とのことです。
過去世の一つに白人男性の姿が視えます。アルコール中毒の父親をもち
苦労させられたみたいです。そんな父親を憎みながら、結局は自分の同じように
アルコールに溺れていきました。
「自分にないものばかりを数えずに、自分が手にしている幸せを見直せ」と言っています。 つまり魏延さんは出師の表を間に受けてたんだね・・・
溢れんばかりの孔明への愛だな。 孔明の出師は心底やる気でしょ孔明に能力がなかっただけで
チャンスがあったのは最初の北伐くらい
あの時は蜀をなめきって魏は何の対策もしてなかったし 蜀漢は北伐(反魏活動)しなくちゃいけないから
嫌々やったんじゃないか? そんな気がする。
孔明本人としては蜀の防備と政治体制を固めて
地方に割拠したいだけだったのかもね。
特に劉備死後は前線で戦える将軍もおらず
攻勢に出る危険を熟知していたと思う。
でも遺詔だしなぁ…てな感じ。 北伐や、漢の再興をうたい文句にしないと、求心力を保てない政権で、
戦争したくありませんなんて、どんだけバカな政治家だよw
だったら端っから劉備を担ぎ出さなきゃ良かっただけの話し。
可能、不可能を問わず目標をたて、一致団結する。
内心の不平不満は、この際おいておき、一心不乱に国政に打ち込む。
余所から来た流民集団と、地元の集団との連合政権を維持させる手段がなかった。
北伐以外に、どうやるんだ?
それぞれの利害関係や、派閥の問題をどう解決するんだ?
北伐は手段であって、目的じゃない。 >>797
扉についてのお告げは
心当たりのようなものが沢山ありすぎてなんとも言えないです
少し具体的に書くと8個くらい候補があります
友達への連絡
資産運用
家族計画
沖縄旅行について
原稿執筆について
四国の先生への問い合わせ
沖縄の先生への問い合わせ
信仰のようなものについて
どれもどうしようかそれぞれに迷っています
中国のでの孤児院みたいなものの前世は
良い人な人生のようで良かったなと思いました
今は中国大陸とはそんなに縁は無いですが
東洋医学とかには縁がある気がします
書いてもらったことは
まだ自分の中で未消化なことが多いのですが
お礼を忘れるといけないので
先にお礼を書かせていただきます
ありがとうございました! >>805
ご感想ありがとうございます。
なるほど、なかなかに
よくばりセットですね。
藤平さんの人生において、優先度の高いものについてと
考えてよいかと思います。
そんな言い方をすると余計に迷いますかね。
でも、急がずにじっくりと考えれば
なにの扉かはおのずと見えてくるかと思います。 李厳なんて劉備時代からの重臣中の重臣だろ。
諸葛亮の登用の責任とかいう話じゃない。
ほぼ同意だが、蜀漢政権の中に益州人と荊州人の綱引きがあった、みたいな話だけは疑問。
そもそも劉二牧自体が益州外から来た人間である上、
益州の土豪たちとの紛争の記述もある。
そして、配下にしても雍州出身者(法正)、荊州出身者(李厳)などマチマチだった。
また劉備の臣下となった益州人にも荊州への留学組も多く、益州人とはいえ色々な立場があることが窺える。
孫呉だって華北出身者が多い。
曹魏にも荊州出身者がいる。
なんか蜀だけ内部対立の火種を抱えていた、まとめあげる求心力が必要だったみたいな考え方にはピンとこない。
(国内をまとめあげるためだけの北伐だった、みたいなよくある意見には特に同意出来ない) 魏呉はどちらも現地出身者がトップ~重臣に多い政権
蜀はトップ、中期までの功臣がほぼ外来出身者による政権
この差は小さくはないのでは そうなんだよな、蜀は蜀で独自性ってあったしそれを荊州から劉備が
乗っ取ったみたいな感じになったわけだし、人材統制は難しそうだよね 魏延はプチ関羽みたいな所があるよね、傲慢でプライドが高くて、でも言うだけの
力はあって。さぞ扱いにくいタイプだったとは思うよ。劉備にしか心服しない、劉備に
しか使いこなせない爆弾だったんじゃないか。 魏延の能力は惜しい、でもあまり
力を持たせすぎると自分の死後こいつは抑えを失って絶対に暴走する、孔明は
そう考えたのかもしれん。馬謖を抜擢したのも姜維を重用したのも、魏延に対抗できる
重石たる人材が欲しかったのかも。
この意見、ちょっと納得。 馬謖は自分の派閥の若手を抜擢して勢力拡大したかっただけ
姜維は、・・・諸葛亮に重用されたっけ?
諸葛亮が魏延を嫌っていた、という話が無い以上、諸葛亮が魏延を排除したという話は妄想という他無い
・・・諸葛亮は魏延を後継者と考えていた、と同じくらいにはな
こういうことを想像するのは楽しいが、ちと現実味がないんでね? >>806
ありがとうございます
実は少し前に神憑りとかいうものに似たような症状になって治すまでにかなり苦労したことがあります
それこそ神社、お寺様々な場所を巡って
なんとか落ち着かせた感じです
しかし今でも時々疼きのようなものがあって生活に困ることはありますが頑張って生きております
元々はあまり親しくない人の祖先のような人たちが風葬だか鳥葬されていたけれど上手く始末されてないみたいなことをその親しくない人に伝えるだけで良さそうだったのですが
その人が聞く耳持たずに酷い目にあった
という妄想だかオカルトだかわからない体験でした
本当はその事件の後始末に
とある人へ手紙でも書くか、私がその土地へ行くかすると良さそうな気もするのですが
下手に行ってそれこそまた辛い思いをするのも困るなと一人で悩んでいるということもあります
しかしその場合のどうぞお入りくださいは
ちょっと怖いな!という本音です
このことは隠しておこうかなとも思ったのですが恥を忍んで書いてみます
ありがとうございました 北伐は上手く行かず、人材登用でも馬謖や李厳、楊儀などミスの多かった諸葛亮を引き立てる為に
武功も多く、劉備の新任も厚かった魏延を悪者扱いしてるような気がする 魏延は陳寿を始め色々な方面から庇ってもらえているが、ただでさえいい
ところのない夏侯ボウの評価を更に下げているのは魏延だよな。
誰も文句言わないが、中々罪深い男だよ。 そもそも反骨は小説のみで、
かつ、諸葛亮が他にも裏切り者がいるのに魏延にだけ文句つけた時にでた言葉だ 魏延さんと高順は男の中の男。
異論は認めない事もない。 結局、元々の益州の人間は一度劉備に降伏してるから
魏が攻めて来ても
(また降伏すりゃ良いんじゃね?)
って思ってる節があったんでは。 >>812
藤平さん
なかなか厄介な状況のようですね。
一般社会で口にすると、「何言ってるんだ、こいつ」と思われそうですが
全面的に信じます。
後だしジャンケンみたいになりますが、仏様からのメッセージを受け取る際に
最初に感じたのが「入」という漢字で、ちょっと特殊な領域という印象を
受けていたのですが、それこそオカルトチックな話になるので
そこは伏せておきました。
このスレもいつまでもつか分からないので
gon4120アットマークgmail.com
にご連絡いただければ、僕のほうでも
その方のご先祖のご供養など、お手伝いできることがあるかもしれないので
もしよろしければ、またご相談ください 正史では諸葛亮は善く魏延と楊儀を使いこなしている
これ以上無く魏延を重用している
諸葛亮は讒言を聞いても魏延を庇う
魏延は文句を言いつつも命令を守っている 正史読んだけど、かえって魏延の印象悪くなったな。
楊儀に口で勝てないからって刃物突きつけたり、
撤退命令に背くのみならず、命令通り動いてる連中の邪魔したり、
部下に愛想尽かされて逃げられたり。
むしろ魏延を順調に出世させたり、魏延を馬鹿にした奴を厳しく問い詰めた
孔明の印象が良くなった。 たいていの魏延オタは正史に載ってる事を見て見ぬ振りするよな。
大好きな魏延様が悪く書かれて、大嫌いな孔明が良く書かれているからなんだろうけど。
魏延も小物なら、そいつを好きになる奴も小物ってわけか。 魏延 文長
劣化呂布(裏切り&独立しやすい武力馬鹿&魅力が低いで「裏切者」の代名詞)
毛沢東が政敵楊尚昆を名指しして「貴様は魏延だ」と述べたのは有名な話
横山三国志で「蜀を自分の物にする」とか抜かしやがったが
呂布や孟達同様不忠の裏切り者の小悪党らしく自業自得で無様な最期を遂げる 魏延が嫌いというより、魏延オタクが嫌いなんだよな。
どいつもこいつも判で押したように「魏延は悲劇の英雄。孔明の陰謀の被害者。」
みたいな事ぬかしやがって、演義だけのエピソードの反骨の相や魏延焼殺計画を
鬼の首取ったように振りかざして孔明を貶める。
演義だけで判断してるって意味では「周瑜や魯粛は孔明のピエロ」って言ってんのと同じだよな。 オレ的に 魏延…亀田史郎
孔明…協栄ジムの会長
トラブルばっかり起こしてるけど、いないと困るから御機嫌取らなきゃいけない。
利用価値がなくなればトカゲの尻尾切り。
もっとも魏延が勝手に撤退命令に従わなかっただけで、
孔明が魏延を見捨てたわけではないのだが。
楊儀に剣を突きつける魏延、アナウンサーを恫喝する亀田史郎、
明らかに自分より弱い相手にチンピラみたいな威嚇をする行為が
どうしても似通って見えるんだよ。 魏延の存在は重宝したと思うが、彼自身を高く評価するのも難しいな。
人材的に豊富とは言えなかった蜀軍では、少々の人格的問題はあっても
活躍の場があった。
だが、その問題が最終的に自分の首を絞めた。
あの関張も(特に張飛か?)人間関係で失敗してるから、難しい所だ。
仲違いしながらも合肥を守った三将に対して、蜀の将は公私のケジメが
着いていなかったのか・・・・・とも言えないか・・・・・ 諸葛亮が長生きして魏延が先に死んでればな・・
魏延の名声も子孫も残っただろうに 実質最大の後見人である諸葛亮に対して、命令に従いつつも反発したり
幕僚との軋轢が強かったり、明らかに政局における立ち回りが下手だよな
政敵である楊儀の指揮下に入ったら(状況的に楊儀が諸葛亮の後継と見るに十分だろう)
不仲だった自分が殺されるかも、と考えたのか、それとも諸葛亮の遺言そのものを捏造と疑ったのか、
どちらにせよ、これに逆らった時点で魏延の命運は定まった
橋を焼いたのはやりすぎだし、楊儀反逆の上表も正しい内容とは言えない
むしろ、楊儀の方が諸葛亮の遺言に従ってるわけで、後に魏延が兵に見捨てられたのも仕方ない
ただ、これに前後して諸葛亮幕僚陣の動きがあまりにもシンクロしてるのが、違和感がなくはない 実際に裏切ったわけではないのにいつ裏切るかわからないという不信感を持たれるのは、恐らく姓が敵国の魏と同じだからだろう 孔明は魏延を買っていたでしょ。軍を与えたらすぐに戦果を上げてきたんだしな
ただ気に食わないのは自分の策に対して魏延常に反論、対象意見を出してきたこと
にわか諌議大夫のような存在になっていて、そのやり取りが不忠、反骨のように捉えられていたんだろう
孔明の策が絶対と考えている人から見ればそう見えるのは当然だ 長安奇襲策は成功率がとんでもなく低いし、長安取っても維持できないから切ったんだろう
気に食わないから策を切ったとは思えない
諸葛亮の策が絶対というより、魏延の策が僥倖を恃みすぎ、稚拙だっただけ
しかも状況が変わっても同じ策を進言するのも頂けない
また、でたらめに魏延を罵倒し、諸葛亮に詰問され、本土に戻された劉エンに対して
楊儀には詰問がいっていない以上、その罵倒は事実を捉えていたと見るべきだろう
これに対し刀を突きつけ黙らせるというのは、あまりに短慮
こういう行いが人望を失った最大の要因であると言える
また、諸葛亮の遺言に背き、撤退する軍の妨害をしたのは、内情はどうあれ反逆行為 最初の一回はともかく、二回目以降も長安急襲を進言するのはまずいわな
魏に警戒されてるに決まっている 1・かねがね諸葛孔明の戦略に逆恨みを抱いていた魏延は
丞相にならんとたくらんで謀反を企てる
2・謀反に失敗すると命惜しさに保身の為に魏に投降しようかと言い出す
3・孔明の遺命を受けていた馬岱に「蜀を自分の物にする」よう
そそのかされて魏への投降を撤回して楊儀と対決しようとする無策ぶり
4・馬岱に誅殺されて呂布や孟達同様不忠の裏切り者の小悪党らしく
自業自得で無様な最期を遂げる 馬岱って命からがら逃げ出した魏延を追い詰めて殺しただけで打ち破ったわけじゃないだろ
どうも戦上手じゃないみたいだし >>760
リュリュさん
『再び、夢をみてください。人は大きくなると現実のあわただしさに
押し流されて、自分が本当は何になりたかったかを忘れていって
しまいます。今のあなたは自分がかつてなりたかった自分に
近づいていますか?
もし、遠く離れてしまっていると感じるなら、どうか思い出してみて下さい。
本当の自分を取り戻してみてください』とのことです。
過去世の一つに、帝の側室だったものが視えました。
時代まではわからないのですが、鎌倉から室町あたりだと思います。
あまり高くない家柄のようで、政治的な立場は低く
側室としてはあまり見向きされなかったようですが、本人的には
そのほうが気苦労が無くて、楽だったみたいです。
さばさばした性格だったようですね 馬岱って正史じゃ牛金に負けてそのまま消息不明だから
下手すると獲られた首級の中に混ざってる可能性もあるな 魏延は義陽郡の人との事だが
彼が仕えた太守って韓嵩なのか? Wiki見たけど、演義の被害者って言うよりは正史でメッキが剥がれたって感じだな。
演義では陰険な孔明にいじめられて可哀想、みたいな同情できる部分はあったけど。 孔明死後の末路を見れば冷遇どころか、むしろ庇護の下にあったと言うべきだよな
にわか正史オタが持ち上げる人物の筆頭 蒋エンも董允も蜀軍撤退事の魏延の行動を非難しているだけで、普段から嫌っていて
孔明が死んだら途端に手のひら返したというような記述はないよ。
孔明は魏延に嫌われていたが、その軍事的才能を惜しんで重用し続けたというのは
立派は話ではあるが。 >>818
暖かいお返事ありがとうございます
少し迷いましたが
僧侶の方なので
お話を少しさせて頂こうかなと思います
悩みながらメールを書きますので
よろしくお願いします >>840
ご遠慮なさらずに。
本来であれば、その方自身がご先祖の方に気持ちを向けてくださるのが
最大の供養になりますが、それは期待できない状況みたいですし
かと言って、状況を聞いた以上は無下にほっておくことも出来ないので 税集めしかできない能無しに軍の指揮なんか執らせるほうが悪いんだよ 最近三国志に興味持っていろいろと調べているのだが、
魏延の死は自業自得としか思えんぞ。
なんで演義の被害者だの悲劇の英雄だの持ち上げられてんの? 史実魏延はその通り自業自得な面が強い。
ただ演義だと、二度の裏切りを捏造されたり(劉表配下、韓玄配下)、その最後に大きく関わる楊儀との対立があまり描かれず
諸葛亮に従わない反骨武将としてされてたりはする。 演義のヒーロー諸葛孔明大先生への当てこすりという事か。
しかしそれならば何故、調べればボロが出る魏延を出汁に使うのか?
ネットで簡単に情報が手に入るこの時代に。俺が当てこするとしたら、張嶷を褒めちぎるけどな。 蒼天航路の魏延が良い奴に見えるが
あの後で傲岸になった末に政争で負けるという事を考えると泣ける >>834
リュリュです。
1年かけて叶えようとしたことがあったのですが、どうも叶わなかったような、希望もなくなってしまったような感じで、宙ぶらりんな気持ちでした。
「再び、夢を見てください」と言われまして、もういちど新たな夢を見ていいのかなと気持ちが楽になりました。
そして、かつてなりたかった自分とは離れたことをしていたなと気づきました。
前世のお話から、確かに元々そんなにこだわりはなかったなと思い出すこともありまして、みていただいてよかったです。ありがとうございました。 >>847
リュリュさん
ご返信ありがとうございます。
今は希望もなく、空虚感でいっぱいなのですね。
仏様のメッセージを降ろす際に「再」という言葉が強く出てきました。
再び立ち上がってくださいという想いがこめられていましたので
どうか、くじけることなく前を向いて進んでいただければと思います。 良い悪いはともかくキャラとしていい味出してるから趙雲よりも好き。 魏延が荊州で劉備に与した経緯が知りたい。
韓玄の下にいた、っていうのは無いと思うが もともと曹操の南下が始まって襄陽の中がゴタゴタしてるときに劉備がやってきて、
城門を空けるから攻めろって言ったのが魏延で、そのことを記憶していて取り立てたって話じゃなかったか。
功績を立てて傲慢になっていくってのは魏延に限った話じゃないし、
義陽郡出身の人物ってのはこうゆういやな性格の人間が多かったらしいね。
同地出身の鄧艾も傲慢な性格で恨みを買った部下から殺されてるし。 wiki見たくらいで正史がどうとか語るのもどうかと思うがね
まあ間違ったことは言ってないが 記録に残っている限りじゃそこまですごいわけじゃないけどね。
それは魏や呉陣営からあれほど危険視された関羽や張飛も同じだが。
しかし蒋エンや王平が手を加えたのかも知れんが、魏延が最初に作ったであろう漢中の
防衛線は姜維が「守るには便利」と認めているね。
軍才は本物だったのだろう。 >>766
救急さん
『生きていると、後悔することは多いと思います。
ですが、時計の針を巻き戻すことは出来ません。
一通り悔やんだ後は、前を向いて進んでください。
全ての人は前向きに生きる力を与えられています。
その力に目を向けてください。あなたは一人ではありません』とのことです。
過去世の一つに、ヨーロッパの子供の過去世を感じました。
100年ほど前だと思いますが、戦争に巻き込まれて亡くなっています。
長生きできなかったので、今世では平和で長生きできる時代を
選んで生れてきたのだと思います。 >魏延が最初に作ったであろう漢中の防衛線
よく魏延ヲタが魏延を賛美するときにそれを言うのだが
何伝に載っている話? 不確かながら姜維伝だったように思う。
姜維が「今の漢中の陣地は守るには適しているが、敵を誘い込んで
打ち破るには適していない」として手を加えた。
言っているように魏延が作ったものとは明記されていないが。 言葉を借りれば諸葛亮の軍才は本物だったんだろう。
すると、長年漢中に駐屯していながら、
防衛線を構築したなどの具体的な功績のない魏延は…となってしまう。
魏延を持ち上げたいならあまりこの話は持ち出さない方が良いね。 魏延は北伐の度に求めたというから
タイミング毎に考える。
第一次は言う通り。
魏の対応は早かった。
魏延が潼関まで間に合ったか微妙。間に合ったとしても、
兵を休めたり、防戦の準備をする時間はないかもしれない。
少しの遅れも許されない綱渡りのような際どい作戦となっていた。
第二次・第三次
張郃は南陽郡の葉(方城)に屯していた。
他にも荊州には呉攻めの為数万の軍が集結していた。
蜀が潼関・武関を押さえられるか微妙。
それにこのとき関右に魏兵があまり居ないので
長安を落としても兵をあまり吸収できない。
のちのち長安を維持できるかどうか。
第四次
長雨で桟道が断絶している。
第五次
司馬懿の動きが遅い。子午道を警戒して慎重に行動した可能性がある。
もしそうなら失敗する。 このスレに限ったことではないが、魏延ヲタはよく他の人物をけなすよな。
孔明・楊儀はもちろん姜維や馬岱も能無し扱いするし。
誰かを貶めて、相対的に魏延を持ち上げようって魂胆なんだろうが、みっともない事この上ない。
そのうち「功績を鼻にかけ傲慢になって自滅した」って共通点だけで
魏延は許攸よりましとか言い出すのかね。 では、依頼を受付開始します。
よろしければ、ご依頼ください 漢中の防衛線を作ったのは諸葛亮だよ。
漢・楽の守備線ね。後主伝と諸葛亮伝に記述がある。 福田「蜀が誇る演義の被害者劉禅に比べれば、魏延は可哀想でも無い。それと魏延
を客観的に観ても蜀の良将だと思う。関羽に比べれば。」 漢中の防衛線って姜維伝で出てくる劉備が作ったやつとはまた違うのか いうように一番最初の防衛線は漢中奪取後に劉備が直接築いてる
あるいは法正の発案なのかも知らんが王平もこの線で防衛してる
それに手を加えて強化したのが諸葛亮
蜀滅亡時も樂城は陥落しなかった
まあ、どちらにしろ魏延の手柄にはならないけど この人、演戯とかだと劉表配下で韓玄を裏切って~ってなってるけど
実際にはそれは演戯のみの記述で正史では劉備の蜀入りから出てくるんだよね? >>854
戦争ですか…なるほど~なんと言うかあんまり実感が湧きませんね。日本は平和ですしこの時代に生まれてよかったです。いつまでも後悔を引き摺るのはよくないですよね…前向きに生きれるように頑張ってみます!相談なんですが病んでた時期に神社に参拝することに嵌まってました。考察…というほど壮大したものではないのですがもしかしたら心の傷を誤魔化すために神社に行ってたのではないかと思っています。神社参拝はこれからも続けたほうがよいのでしょうか? 仏教には詳しくないのですが仏様といってもどんな仏様がメッセージを降ろしているのでしょうか? >>866
救急さん
そうですね、ケースバイケースではあるのですが
あちこちの神社に参拝するというのはあまりお勧めできないですね。
神社に参拝した別の人が残していった欲望であったり雑念であったり
そういったものを逆に拾ってしまうこともあるので、気分の落ち込んでいる時は
近所の神社を「ここ」と決めて参拝するほうが良いと思います。
神様を拝むという事が悪い事ではないので、明るい気持ちだったり
前向きな気持ちでいる時なら、あちこち周っても
まぁ、問題はないかと思います。
それでも、出来れば、同じ神様を祀っている神社とか
系列的なものは視野に入れたほうがいいかもです。
気持ちを落ち着けて参拝すれば、どんな神様のいる神社が
自分と相性が良いかも気付けると思いますので。
メッセージを降ろす仏様については、お釈迦様をイメージして降ろしています。
具体的に何か声が聞こえるわけではなくて、閃きのような感じで降りてくるので
あくまで、自分でお釈迦様とつながるように意識しているだけですが。 一番最初の出番は襄陽守備隊員で、曹操軍が迫る中劉備を締め出した
蔡瑁らに義憤を発して反乱し城門を開けようとして失敗して逃亡した。
重棗色の顔の男として登場し、演義オリジナルの逸話二つとも
「上役の行為に義憤を発して背き、劉備に付く」という展開を経て
諸葛亮に「反骨の相」を指摘される。今から見ても一級の伏線ぶりだよな >あるいは法正の発案なのかも知らんが王平もこの線で防衛してる
>それに手を加えて強化したのが諸葛亮
遅レスだが王平の防衛は諸葛亮死後の大将軍曹爽侵攻のことか?
まあ、ここは「劉備(法正)が先鞭を付け、諸葛亮が完成させ、王平が実証した」と読めなくもないけど
だが、王平は「漢城・楽城まで下がって籠城策」を却下したので防衛線を使ってないことになるね
興勢山まで出張って、敵が兵を分けて黄金谷に来たら千で防ぐということなので
ついでに、分隊といっても十万からのを千で防げるかよと思う方は柳隠を参照のこと 演義でこれだけ面白いキャラクタを与えられてるのに
それをただ「演義の被害者」とされると寂しいものがある。
じゃあ他の蜀将とかと同じように無味無臭で、最後だけ史実通り殺されるってやつのほうが良かったのかと。 >一番最初の出番は襄陽守備隊員で、曹操軍が迫る中劉備を締め出した
>蔡瑁らに義憤を発して反乱し城門を開けようとして失敗して逃亡した。
横レスだがこれって演義のみの記述じゃね?
演義は物語として面白くするための演出はかなりのものだと思う。
歴史書としてみると当然駄目駄目だけど。 正史では蜀入りから出てくるの?って質問に何故か演義での登場シーン書いてるからなんかおかしくね?って意味で書いたんだがw
ああいう書き方すると質問者は144が正史だと思っちまうぞ。 >>868
うーん系列ですか~特定の神様がめちゃめちゃ好き!というわけではないんですよね。強いて言えば月夜見命様と國常立尊様なんですが自分の住んでる地域にはその二柱が祀られてる所は少ないんですよね~考えてみます。自分が気に入った神社の系列調べてみようと思います。あちこちの神社へ参拝するのは外へ出るいい機会だったのですが念を拾うみたいなこともあるのですね。近くの神社は産土神様のことですかね?産土神様だったらは恐らくは熊野神社ですね。気分が落ち込んでるときは熊野神社へ行ってみようと思います!仏様って救う!みたいなイメージが自分の中では強いです。困った時は神社だけではなくお寺にも行ったほうがいいですかね?あと神様と仏様って宗教的な違いではなく存在的?違いってなんですかね? しかし魏延、ゲームだとどのメーカーのSLGでも義理と忠誠が低くて
裏切りやすいのは納得できない。
少なくとも劉備を裏切ることはないと思うんだけどな。
劉備死後忠誠下がっても仕方が無いけど、劉備生存中は忠誠マックスに
しておいてくれないものか。 それは魏延に限らず他の蜀将にしろ同じだろJK
他の奴は劉備存命中に裏切らず、劉備死後も裏切らなかった
自分の意見が通らないと暴発する人は忠誠・義理MAXなんて論外 まあその「裏切り」すら捏造された可能性もあるんだけどな。 負けた側が悪者扱いされるのは世の常だしねぇ
ま、昔の話だし可能性を語りだすときりがないけど 劣化呂布って感じだな
馬岱に一刀の元に切られるんだから武力は70台でもいいくらい …その主張を通したいのなら、
どうしてそう思ったのか、どうしてそうなるのかをもっと理屈を交えて説明する必要があると思うよ
その文では魏延を貶めたいだけ、とか楊儀乙、みたいに受け取る人も出てくる、と言っておく 演義の話じゃねーかw もっとも正史でも
・手柄を立てて調子に乗って威張り散らしてた
・自分にヘーコラしない楊儀に刀を突きつけた
・孔明死後、誰も自分について来なかった
・桟橋を焼いて蜀軍の邪魔をした
・王平に一喝され兵士に逃げられた
命令違反については、恐らくは「丞相死後は俺が武官筆頭だから、俺に従え」って気持ちがあって、
理屈としては正しいのかも知れんが、それでも誰もついて来なかったんだよな。
威張り散らして周りがヘーコラしてたのを、自分が尊敬されてると勘違いしてたのか。
ここら辺のエピソードで、魏延は裸の王様ってイメージがあるんだよなあ。 孫権が魏延と楊儀を馬鹿にしているが、呉も朱桓やシ番璋、全ソウと負けず
劣らずの小人揃いだよな。
一州多いとはいえやはり田舎は田舎。どちらも人材不足だったんだろうね。 一刀の元に斬られたから武力70台ってのはよくわからんな。
コーエーのパラの基準ってそんな薄っぺらい決め方なの? 一刀のもとにと言ってるからには演義の事なんだろうけど、予期せぬうちに
背後から斬られた事は度外視なんだろうか
昨今の度が過ぎた魏延贔屓は呆れるが、難癖つけたいだけのアンチも同類だな >>874
僕も挙げられた神様や神社の中では
熊野神社が一番相性が良さそうだと感じました。
神様と仏様の違いですか。
正直言うと、僕もその2つを
どう区別するかと聞かれると、正直
答えるのが難しいですね。
ただ、おっしゃるとおり、仏様が人の心に
寄り添う存在だというのは確かです。
それに比べると、神様は色々な立場や
考えの方がいる印象です。 >>887
今度タイミングが合いましたらお願いします >>888
今回、お一人だけの受付になってしまったので
北風さんも入れさせていただきます。
ヨヨさんの次にみさせていただきますね ライバルの楊儀って実は文官である以外は魏延と似ているよな
どちらも劉備に見出され(楊儀を最初に見出したのは関羽だけど)、諸葛亮のもとで出世を重ね
どちらもその能力を諸葛亮に頼られるが、どちらも仲の悪さを心配されるという・・・ 原文:文吏
政事の実務能力に長けた種類の官吏のこと
文吏から転じて名将となったこの時代の代表格は満寵だろうが、
勿論個人によって得意不得意の差はある 魏延の魏に降るはクラス委員長の「言うこと聞かないなら俺も不良グループの仲間になって悪さするぞ!」ってレベルだろうな 演義の孔明はなんであんなに非道で理不尽なキャラにしたのだろう…
初対面で、功をあげた魏延を殺そうとするのも理に叶ってないし(張松や法正は受け入れるのに)
命令違反の件で魏延を許すってのも、陳式と馬謖は斬ったのに?
しまいには味方なのに葫芦谷で焼き殺そうとする卑劣っぷりだ。
意味わからん。そりゃ孔明アンチも増えるってもんだ >>894
三国志はあまり知らないので
出来れば中世ヨーロッパか
平安時代のネタをお願いします フランスやイタリア、スペインなどの影に隠れているが、実は世界第六位のワイン産地。
また世界の殆どのコルクを生産しているのもこの国である。
種類も多様で、他国に比べれば安価なポルトガルワインが気になってる人いる? 昔マカオに行ったときにポルトガルワインにはまった。
それまでは気軽で程良いボディのダンの赤、フレッシュなヴィニョベルデ位しか知らなかったが、
熟成したダンとかバイラーダの力強さ、洗練されたメルロー、カベルネ、シャルドネなどの外来
品種にすっかり参ってしまった。
お陰で今でも3000円以下で見たこともないポルトガルワインが売ってるとつい買ってしまう。
かれこれ10年位で100種類以上は飲んだオイラのお勧めは
J.P.ヴィニョスの安い赤と白。エノテカで売ってる奴。気軽で旨いよ。
因みにここのメルローはオイラ的にはパーフェクト。ペトリュスとかには品格でやや引けを取る
が、マセトーとかカステロ・ディ・アマなんかより上だと思う。 酔っ払ってから眠ろうかと思って、今ラマダ開けたとこ。
800円なのに、、、、うまいじゃん!果実味が濃厚で、数年寝かせればもっとうまくなりそー。
苦味はあんまりないかな。
一本前に飲んだのが、あっちで買って3000円くらいのメドックだったんだけど、
それに比べればさすがに味の奥行きなんかは劣るけど、
それでも800円でこの味はお見事です。
ポルトガルワインのよさとは、イタリアやフランス、スペイン等と比べると
どんなところだと思いますか?
周りによさを伝えたいんだけど、なかなかいい表現が無くて。
エノテカのそのワイン買ってきますわ。
後、ポルトガルは普通の赤白のほかに、緑ワインやポート、マディラもはずせませんなあ。 エノテカにあるのは、ティント・ダ・アンフォーラでしたっけ。
マカオのプアイア・グランデの小さなポルトガル料理店のハウスワインで
エノテカで再会したときは感激したものです。当時のポケットワインブック
ではセトゥーバル産とあるのにエチケットにはアレンテージョとあって
あれっと思ったものです。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています