考えてみよう
例えばトイレを素手で掃除したり、山に引き篭もって念仏唱えたり、戒名だの、ご先祖様の立派な墓を建てただの下らない(すみません)徳積みなんかをやるよりは寧ろ、ワクチンだの原子力だの巨大な悪を糾弾する方が余程大きな徳積みである筈なのに、何故か何時も神仏は善人に味方せず、それも結局は隅に追いやられている
科学の発展は進む
我々が使う化粧品も幾万もの動物実験の犠牲があってはじめて成り立つものだ
時代が進み、結局は悪のイベントが起きる
それを無視し続けてきた神仏は一体どういう存在なのだろうか?少なくとも我々と同じ目線に立ってはいないと思う
無視してきたからこそ、今こうしてハイテク機器が使えている、とも思う