どえらい怖い話
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長文見ると発狂って物事には限度があるんだよ、限度が。推敲もマトモに出来ないならそれこそ自分のブログにでも書けばいい。 どうぞどうぞ( ^-^)_旦〜
「次女の奇妙な暴言」にも匹敵するぐらい長くて眠くなる怖い話をお願いしますよ。 31 本当にあった怖い名無し 2020/11/27(金) 11:42:59.44 ID:VwJDvYVN0
へ?だもんなw 普通の人ならへっ?と書く
へ?が余程お気に入りワードなんだろう >>120
面白くて読み応えある長文だったら称賛するけど
なんでもかんでも長文読める俺カッケェですか??
そもそも本人が意見求めてるから否定的なレスがついてんじゃないの?
なんでもかんでも養護する俺カッケェですか?? 作家気取りで投下してく奴ってほんとうぜーな、たいしたことねえ話ばかりの癖によ 創作まるだしの上に全く面白くない、更にクソ長い
挙句に無意識のスレ荒らしまで
良いところひとつもないので二度と来ないでね(enigmaにも) 31 本当にあった怖い名無し 2020/11/27(金) 11:42:59.44 ID:VwJDvYVN0
へ?だもんなw 普通の人ならへっ?と書く
へ?が余程お気に入りワードなんだろう 31 本当にあった怖い名無し 2020/11/27(金) 11:42:59.44 ID:VwJDvYVN0
へ?だもんなw 普通の人ならへっ?と書く
へ?が余程お気に入りワードなんだろう
普通の人ならへっ?と書くwwwwww 過疎ってるのに追い出すのが問題だろ
叩くのと悪い部分指摘するのってちゃうやん 悪い事してる訳じゃないのに痛めつけようとスンナよ
手あたり次第叩く奴は自分で投稿した事あんのかと この時間ならいいだろう
創作の長い話を2つ投下するね
創作なので季節とかは気にしないで 僕、〇〇大学の心霊研究会の1年生です。つい一昨日のことです。
もうすぐ夏休みも終わりなんですが、1年生のグループで、
先輩方から会のレポートをつくるように宿題を出されてまして、
それをやるために、夜の9時から大学のサークル室に集まっていました。
僕たちが考えたのは、心霊スポットのライブ中継です。
ほら、単にスポットに行ってビデオを撮ってくるだけじゃありきたりですから、
ライブ映像を送れるシステムを考えようってことです。
でね、学祭のときにそれをリアルタイムで流せばうけるんじゃないかと思って。
それで、ネットで調べてみたら、けっこういろんな方法があったんです。
一番簡単なのは、動画共有サイトの会員になることでした。
もちろんyoutubeとかじゃなく、もっとマイナーなとこの。
大学生がテレビ電波を飛ばすのは、地上波でなくても無理があるでしょう。
だからすべてネット回線で済ませるんです。現地でビデオを撮りながら、
ライブ動画としてタブレットで共有サイトにアップする。
で、送られてくるほうもネットでそれを見るだけ。これなら簡単でしょう。
何回かやってみたんですけど、難しいことはありませんでした。
日中ならね。でも、スポットに昼間行ってもあんまりインパクトがないでしょう。
まして映像だと、よほど効果的な撮り方をしなくちゃ誰も怖がってくれません。
ですから夜間撮影に挑戦しようと思って。で、これで問題になるのが
照明なんです。暗闇ばっかり映してもしょうがないし、
けど、心霊スポットって電気が来てないとこが多いですからね。
それで、今回は実験的に、電気自動車から電源をとったんです。 とにかく文は限りなく短くすること。良い文の練習はこれに尽きる。 山本ってメンバーの家で、電気自動車を持ってまして。
それを借りだしてもらったんです。エンジンをかけて充電しながら、
電源から投光機のコードを伸ばして撮影に使うわけです。
でね、その実験に2人が現地に行ってたんです。もう一人は柴田ってやつです。
行った先は、大学からは90kmくらい離れた廃村です。ほら、一軒家とかだと、
前に車を乗りつけてコード伸ばしてたら怪しまれるじゃないですか。
通報されるかもしれない。それで廃村。そこはけっこう県内でも有名なスポットで、
全国発売の雑誌に紹介されたこともあるんです。もともと過疎の集落
だったんですが、昭和40年代に殺人事件があって、放棄されちゃったんです。
これも知ってる方がいるかもしれませんね。男兄弟の2番目が、正業もなく
のけものにされてて、それを恨んで本家の一家をナタと散弾銃で襲ったっていう。
その事件の現場ですよ。ただ、殺人が起きた家はその後放火されて
もうないんです。だから、そのあたりの放棄された家々を回って、映像を
ライブ中継するという計画でした。山本たちとは、携帯で連絡を取りあってました。
でね、映像は大学の大型ディスプレイを借りてきて、それをパソコンにつなげて。
9時半にライブ中継がスタートしました。でも、ビデオカメラが安物のせいで、
音声があまりよくなかったです。「今から始めます」という山本の声がして、
映像が入ってきました。第一印象は闇が深いってことでしたね。
廃村ですから、当然ながら一体に電気は来てなくて、街灯なんかもありません。
そのせいか、投光機の光があたったところは真っ白になってしまって、
何を写してるかわからなかったんです。携帯で注文をつけたんですが、
あまり改善しませんでしたね。そのあたりは工夫が必要だなって思いました。 山本がカメラを操作してて、山田が投光機を持ってるってことでした。
画面は、まず舗装されてない草地に置いてある車を照らしまして、それから
投光機を板壁に向けている山田の姿。ビデオカメラを交代して、今度は山本の姿です。
2人ともウインドブレーカー姿で、真夏だけどあんまり暑くないって言ってました。
あと、投光機に蛾とか小さな羽虫みたいなのがかなり集まってきてました。
これは考えてなかったんですが、どうしようもないですよね。でね、山本が
適当にナレーションしながら、殺人があったという家の跡地に入っていきました
草ぼうぼうで、その中に焦げたように黒い板壁が残ってたんです。
ムード満点っていうか、陰から急にナタを持った男が飛び出してきても、
おかしくないような雰囲気でした。学祭の1日目は夜もありますから、そのときに
これをやれば受けるだろうな・・・って。で、皆でワイワイ言いながら見てると、
カメラの揺れで気持ち悪くなってきました。臨場感はあるけど、これも改善点だなって。
誰かが、映画の『ブレアウイッチ』みたいだって言ってました。
あの擬似ドキュメンタリーの。で、画面が切り替わったとき、
草むらから人が立ち上がるような姿が見えたんですよ。一瞬、息を飲みました。
女子のメンバーで悲鳴をあげた子もいたんですよ。真っ黒で、
顔も服装もわからないんだけど、しゃがんでいた人が急に立ったみたいな。
もちろん携帯で確認したんですが、「誰もいるわけないだろ」って。
「よくさがせ」って返しました。心霊ってより、有名スポットですから、
他に来てるやつらがいるかもって思ったんです。トラブルになったらヤバイでしょう。
でも、「車が停まってたなんて見てない」って。ええ、かなりの郊外だし、
バスなんかもないし、車でしか行けないですから。 また画面が切り替わって、残ってる民家の玄関に向かってるようでした。
もうボロボロに朽ちちゃって、来たやつらに投石でもされたのか、
玄関のガラスも残ってないんです。「入るのか」って聞いたら、「今回はやめとく」って。
「入れ、入れ」って言うやつもいたんですが、ケガでもすれば台無しなんで、
「玄関から中だけ撮れればいい」って言ったんです。
で、投光機の光が先に入って、ホコリだらけの廊下が映り、そこに人が
うずくまってたんです。こっちは一斉に悲鳴があがって。「おい、何だよ、
人がいるじゃないか」そのうずくまってるやつは、男っぽい体つきで、だぶだぶの
セーターみたいなのを着てて・・・向こう向きではっきりわからなかったんですが、
頭に黒っぽい箱みたいなのを被ってたんです。「それ誰だよ、おいふざけるな!」
心霊だとは思いませんでした。だってこんなにはっきり映るなんて。
そうじゃなく、山本、柴田の他に、やつらの友だちがいて、
僕らをおどかそうとしてるんだと思ったんですよ。そう言ったら、
携帯が柴田の声に変わって、「ただホコリだらけの廊下があるだけですよ。
俺らを怖がらせようとしてるんでしょ。やめてくださいよ。せっかく実験してるのに」
怯えてるのを無理に強がってるような声でした。ええ、向こうとこっちで、お互いに
疑心暗鬼になってたんですね。画面のやつがゆっくりふり向いて立ち上がりました。
顔にはやっぱり、いびつな四角形をした真っ黒い箱みたいなのを被ってて、
どんどんカメラに近づいてきて・・・ こっちのメンバーが皆立ち上がり、
それと同時にカメラが放り出されたような映像になって、中継が途切れたんです。
「おい、どうした、もしもし!」携帯が圏外になってました。
でもね、それもありえないんです。つながることは何回か確認してたし。 「どうしよう」 「やつら、俺らをビビらせようとしてふざけてるんだろ」
「行ってみなくてもいい?」 「車はないし、あっても向こうまで2時間近くかかるし」
「しばらく待ってれば、意気揚々と戻ってくるだろ」こんなことを言い合ってましたが、
その日は戻ってきませんでした。それで12時過ぎに解散したんですけど、
2人の携帯はずっとつながらないままで。
次の日の朝になって、山本のほうにつながりまして、
「お前らが変なことを言うんで怖くなっちゃったじゃないか。あのとき、
投光機が急に消えて真っ暗になったんで、柴田といっしょに車に逃げたんだよ。
同時に携帯もつながらなくなってしまって、こっちに帰ってきても調子がおかしかった。
あの家の中には絶対に人なんていなかった。お前らを担いでるってこともないよ。
そっちこそ、俺らを怖がらせようと思ってあんなことを言ったんだろ」
「柴田とはこっちに戻ってきて、朝までゲーセンにいて別れた。
今は寝てるんじゃないか」 こういう話でした。でも、柴田の携帯のほうは
まだつながらないままで。心配だったんで、午後からアパートの部屋に
行ってみたんです。そしたら、部屋のドアが開いてたんで、入ってみました。
ええ、ノックとかしないし、勝手に入って飲んでるなんてこともありましたから。
そしたら、玄関に靴が一個もなかったんですよ。普段は乱雑に散らばってるのに。
で、部屋の中もきれいに片付いてて・・・真ん中にぽつんと、黒い箱があったんですよ。
あのビデオカメラの中のやつが被ってた・・・「これやっぱ柴田がふざけて
やったのか??」と思いまして、手にとってみると、かなり古い新聞紙でした。
箱形に組んで、外側を墨かなんかで黒く塗った。わけがわからなかったです。
内側の新聞、それが全部同じ写真で。ええ、同じ日の新聞を何枚も重ねてあったんです。 でね、その記事なんですが、昭和40年代の、前に話した殺人事件のものだったんです。
次男が一家を皆殺ししたときのです。それに気がついたときには、
ゾーッと背筋が寒くなりました。それとね、机の上に柴田のスマホがあったんですが、
金づちで叩いたみたいにぐじゃぐじゃに壊れてて。
スマホを持たないで外出するようなやつじゃないんで、これは気になっています。
どういうことなんでしょうか。やっぱり柴田たちのイタズラで、
カメラ、投光機の他にこれ被ってるやつがもう一人いた・・・
でも、こんな古い新聞を何枚も集めるってたいへんですよね。
わざわざ見えないところにそんな仕掛けをしたって意味ないような。
まあ、休みがまだあるので、実家に帰ってるのかもしれません。大学が始まったら、
山本ともども詳しく事情を話してもらいますよ。洒落になんないですから。
おわり 小学校の図工専科の教師をしています。
ついこの間、4月の終わりから5月にかけてあったことです。
6年生のねん土の題材に、「なぞの入り口から」というのがあるんですが、
これ、私たち図工教師の間でも、指導が難しい題材って言われてるんです。
だってほら、もし皆さんが、この題名で何か作ってみなさいって言われたら、
どんなものを作りますか? まず発想を得るのがたいへんですよね。
でも、今の図工って、そういう指導の考え方が強くなっているんです。
ねん土だったら、糸ノコで切ったり、丸めたり伸ばしたりする過程で、
自分で作りたいものを思いつくことを重視してるんですね。例えば2年生だと、
「ひみつのグアナコ」という題材がありますが、このグアナコというのは、
どこかにいるかもしれない架空の生き物です。
それを自由に想像して造形していくわけです。低学年の子だとどうしても、
アニメのキャラクターなど、自分のまわりに実際にあるものを作りたがりますよね。
でも、それだとよくないってことで、このような題材が設定されているんです。
あ、専門的な話になってしまってすみません。6年生の2組でした。
まず最初に、全員で「なぞ」ってどんなものがあるか話し合ったんです。
活発なクラスでしたので、いろいろな意見が出ました。
ロールプレイングゲームに関したものがけっこうありましたね。
それから、ねん土を配って作り始めたんですが、その時点では、ねん土をこねながら
考え込んでいる子がだいぶいました。私は子どもたちの間をまわって、
悩んでいる子にはアドバイスしますが、それも具体的なものを示したりはしません。
どうしても発想が浮かばなかったら、ねん土を糸ノコでジグザクに切ってみて、 その形から何か思いつかない?みたいな助言をするんです。
それで、A君という男子児童がいまして、昨年度も受け持った子ですが、
あまり図工は得意ではなかったんです。最初はそれなりに意欲を持って取り組むものの、
だんだんうまくできなくなって、途中で投げ出してしまうことが多かったんです。
絵などでも、色つけの途中でやる気をなくしてしまったり。
このA君も、長方形のねん土を前にして考えこんでいましたので、
「思い切って上からねん土マットの上に落としてみたら。それで何か思いつくかも」
こんなふうに話しかけてみました。しばらくして、一人の子が窓の外を指差し、
「あ、火事?」って叫んだんです。見ると、グランドの向こうは
まばらな林になってるんですが、その上に一筋黒い煙が上がり始めており、
すぐ、サイレンの音が聞こえてきました。
でも、そのあたりまではグランドをはさんで数百mありましたので、
学校に危険がおよぶとは思えませんでした。校内放送が入りまして、
「特に学校に危険はないと思われますので、落ち着いて授業を続けてください。
放送のスイッチは切らないでいてください」教頭先生のアナウンスがありました。
そうは言ってもやっぱり小学生ですから、その時間は授業にはなりませんでした。
窓の外を見て手が止まってる子が多かったんです。これはしかたないと思い、
特に注意することもしませんでしたが、その中で、一番先に窓にかけ寄るようなA君が、
黙々とねん土に打ち込んでいたので、少し意外に思いました。
やがて20分ほどで煙はおさまり、後で職員室で聞いたところでは、
林の中にある神社でボヤが出が、少し焼けただけだったということだったんです。
図工の授業は2時間続きでしたので、休み時間をはさんで再開。 そのときには、ほとんどの子が落ち着き、テーマを見つけて造形を始めていました。
「入り口」という言葉から触発されたものでしょう。ねん土に穴をあけて、
壺や洞窟のような形にしている子が多かったです。ところがA君は違っていまして、
作っているのは、一口でいうとゴーヤのような形。微妙な曲線をえがいた
ナマコのような形に、たくさんツブツブがついたものだったんです。
私が、「へええ、面白いわね。これのどのあたりがなぞなの?」と聞いてみますと、
「さっき火事だって騒いだときに急に思いついた。これ、カギだよ」って答えたんです。
「カギって?」 「なぞを開けるカギ」でも、鍵にはまったく見えませんでした。
むしろ前にお話したグアナコみたいな生物に近いものです。
すごく不気味な感じがして迫力があり、ああ、A君は造形の才能があるな、
私は評価する目がなかったなあ、って思ったんです。
イボのような突起のそれぞれ高さの違う配置も、まるで生き物のようでしたが、
図工室の中には参考にできるようなものはなかったはずです。
その時間が終わって、制作途中の作品は並べて学年ごとの棚にしまったんですが、
A君のだけが異彩を放っていました。それで、こんなことを言ってはなんなのですが、
私はそれが怖い気がしたんです。理由はちょっと説明できません。
今回は紙ねん土ではないので、色つけはしませんが、
もしこれに色がついたらと考えたら、背筋がゾクゾクっとなったんです。
ですからなるべく奥に、他の作品に隠れて見えないような形でしまいました。
翌週になって授業再開。前の1時間で完成させ、残りの1時間で、
どの部分が「なぞ」を表すのかを一人ずつ自分の作品を持って説明する予定でした。
それから、前の週の神社の火災は、半焼までもいかなかったものの、 燃えたのはロウソクを灯す拝殿ではなく、ご神体のある本殿だったようです。
でも、そこには火の気はないので、警察では、
放火の可能性も考慮して捜査しているという話を他の先生方からお聞きしました。
しまっていた作品を出してみると、他のはなんでもないのに、
A君のだけは表面が荒れてひび割れが縦横に走っていました。今のねん土は、
いくら乾いてもそういうふうにならない素材なんですけど。
A君はひったくるように自分のを取り、すごい集中力で、
ヘラや竹串を押しつけていました。近寄ってみると、表面のひび割れはそのままで、
かえって不気味さを増していました。A君はナマコの先にあたる部分をヘラでこじり、
幾層にも重なった口?を作っていました。プロの芸術家みたいというか、
何かにとりつかれているように見え、話しかけることができなかったんです。
やがて残り10分となり、完成していない子も何人かいましたが、
次の時間にみんなに紹介するので、説明を考えておくようにと言いました。
そのときにも、A君はずっと口の部分を串で彫りつけていたんです。
その日の最後の時間です。順番を決めて一人ずつ前に出て説明を始めましたが、
かなり苦しんでいる子が多かったです。最初にお話しましたように、
この題材は大人でも難しいんです。だって、説明のしようがないから「なぞ」
ってことですよね。言葉にすることで、頭の中のイメージを具体化させるといっても、
これは小学生にはかなりきびしい課題です。
ただ、説明のよしあしは評価には含まないことにはしていました。
それぞれの子が、たどたどしいながらも自分の言葉で作品の解説をしましたが、
ほとんどの子が最後に、「難しかったです」とつけ加えていました。 それで、わりと早い順番でA君の番になったんです。
A君はこういう場ではいつもにやけるんですが、そのときは口をへの字に結んで、
おごそかと言えるような顔つきをしていました。ねん土マットごと、
教卓の上に「なぞの鍵?」を上げると、ザワザワしていた図工室が
急に静かになりました。A君が甲高い声で、
「これはなぞを開けるカギです。神様のお告げで作りました」こう言っても、
ふだんと違ってだれも笑いません。A君が手でマットから作品を持ち上げると、
まだ柔らかく、ぐにゃんと垂れるはずなのに、手のひらの上で魚のように跳ねた、
そう見えたんです。ええ・・・幻覚だと思いたいんですが。
「これを入れて回すと開きます」 A君がしぼり出すように言い、
空中で回すしぐさをしたとき、ビーンという大きな音がしたと思いました。
そうですね、ギターの一番低音の弦を強くつまんで離したような音。
同時に、目の前の空間がゆがんだように感じたんです。うまく表現できないですが、
図工室の中がゼリーで埋まっていて、それを横から平手で叩いたような感じとでも。
理解していただけますでしょうか。そのときに「ああ、開いてしまう」って思ったんです。
何が?と聞かれても答えられないんですが、とにかく「開く」って。
開けばすべてがダメになることも、そのときわかったんです。
知らず知らず体が動いていました。私はA君に走り寄って作品を持っていた手をつかみ、
強く揺さぶると「なぞの鍵」は下に落ち、バシャッと形を崩して液体になったんです。
これもありえないことです。A君はその場に尻もちをつき小刻みに震えていました。
保健室に連れていき、2時間ほど休むと平常に戻りました。放課後に私のところに来て、
「先生あのとき、あれ壊してくれてよかった」こう言って帰っていったんです。
おわり >>140
それお前が決めることか!?
ならお前が1行の実話の激怖怪談書けよ!!?さあさあ。
一分一秒で書けよ!?! 2つ目のはいいと思った
本当に先生目線っぽいのと、発達障害っぽい子供が子供らしく書かれてる
一本目は序盤が長々とうんちくの割に後の展開とは関係ない蛇足のようで頭に入らない
専門的な情報多めにしても、オチを知ってる筈の書き手が着地点目指してない感じになって、逆に信ぴょう性が薄れてる
文章途中までオチを考えてないような印象 >>157
31 本当にあった怖い名無し 2020/11/27(金) 11:42:59.44 ID:VwJDvYVN0
へ?だもんなw 普通の人ならへっ?と書く
へ?が余程お気に入りワードなんだろう
普通の人ならへっ?と書くwwwwww 26 本当にあった怖い名無し sage 2020/11/25(水) 19:39:43.04 ID:4mthIJMb0
>>24
いちいちしゃしゃり出てくんなよ
スルー出来ねえって女かよ
へ?なんて使用するのお前だけだろ
へっ?ならまだしも、へ?だぞ
お前しかいねえわ まあ怖い話、ホラーだから怖ければ成功
怖くなければ失敗だと思ってる じゃあ投稿させていただきます。去年のことです。僕は大学を
卒業して、ある出版社に入社したんです。わりと大手のほうですが、
名前は伏せてもかまいませんよね。3ヶ月の社内研修があって、
その後にファッション系の雑誌を作ってる編集部に配属になったんです。
その雑誌は学生時代からよく読んでて、あこがれてたので、
自分から希望してたんです。その希望が通ったんでラッキーだなと
思ってました。それで、その出版社は古い自社ビルがあるんですが、
僕が入った編集部は3階の右側のフロアを使ってるんです。
入ってすぐ、先輩にいろんなことを説明してもらいました。
まあ、パソコンのシステム関係のこととか、セキュリティのこと、
あと編集部内の勤務管理とかいろいろです。
でね、雑誌の編集ってすごいアナログな仕事なんですよ。もちろん、
雑誌そのものは編集ソフトで作りますし、昔と違って原稿はほとんど
メールで送られてきます。記事に使う写真なんかもパソコン内に
保存されてますし、そういう意味ではデジタル化は進んでるんですが、
でも、最終的には手作業なんです。だから、雑誌の締め切りが近づくと
すごい忙しくなって、何日も編集部に泊まりこむことになります。
仮眠用のソファがいくつもありますよ。そのかわり、忙しくないときは
出社時間なんかも個人にまかされてて、先輩方は昼頃に出社してきたり
とかしてます。あ、すみません。話がそれてしまって。それで、先輩の説明の
最後にですね、ロッカーと資料棚の間に置かれてる机に連れていかれたんです。
物が何にも置かれてない木製の机でしたが、その上に黒電話が一台だけ あったんです。あの、十何年前に使ってたダイヤル式の黒電話です。しかも、
電話機の上に、透明なプラスチックでできた箱が被せられてあったんです。
「これはなあ・・・」先輩は少し言葉を濁し、「ごくたまに、そうだな、年に数回。
これに電話がかかってくることがあるんだ。そしたら、俺らがいる場合は
俺らがとるから気にしないでいればいいが、もし一人のときだったら、
このプラスチックのケースを持ち上げて受話器をとってくれ。
で、いいか、こっからが重要なことだが、相手が出て何か言っても絶対
受け答えするな。絶対だぞ。そのままダイヤルで11を回すんだ。内線で、
しかるべき部署につながることになってる。そこまでやったら、
すぐ電話は切るんだ。いいか、わかったな」こんなふうに言われたんです。
先輩はさらに続けて、「どういうことか、理由を聞きたいだろうが、
答えられない。とにかく今 言ったようにしてくれ。
これは命にかかわる重要なことだって理解してくれればいい」って。まあ、
それは不思議には思いましたよ。ですけど、いつもくだけた調子の先輩が、
そのときは真顔だったんで、大切なことなんだろうとは思ってました。
で、それから少しずつ仕事を任せられるようになっていって、3ヶ月
くらいしたら、服飾メーカーの人と打ち合わせなんかもするようにりました。
仕事は面白かったですし、編集部に泊まり込むのも苦にはなりませんでした。
その間、黒電話は1回も鳴ることはなかったんです。それでですね、
もういっぱしの編集部員になったつもりでいた11月のことです。
まだ校了期間ではなかったんですが、少し面倒な記事を書いてまして、
さっき話した先輩とは別の、山根さんって先輩といっしょに、 夜の11時過ぎまで編集部に残ってたんです。夢中でパソコンを
打ち込んでいると、山根さんが声をかけてきて、「腹減ったからコンビニで
夜食買ってくる。お前も行くか?」って聞いてこられたんで、「いや、いいです」
って答えました。それで、山根さんは出ていって僕一人だけになりました。
でも、他の編集部には残っている人がいっぱいいましたし、ビルの入口には
朝まで警備員が詰めてますから、心細いなんてことはなかったんです。
で、仕事を続けていると、リリリリリリリリ という音が聞こえました。
これは、今の電話の呼び出し音とは明らかに違ってて、
「あ、あの黒電話じゃないか!」ってすぐに思いました。立ってそちらに
向かうと、やはり電話が鳴ってました。先輩に言われたことを思い出し、
プラスチックのケースをよせ、受話器を取ったんです。
ジジジという雑音のような音が聞こえました。そして少しの沈黙があり、
「・・・スダの家内です。スダはおりますでしょうか」という、
年配と思える女性の声が聞こえました。それが、なんとも言いようがない、
暗く沈んだ声だったんです。内線を回さなきゃ、たしか11だったよな。
そのときです、何も話すなと先輩に言われてたんですが、ついうっかり、
「ちょっとお待・・・」までの言葉が口をついて出てしまったんです。そこで
気がついて声を飲み込み、1のダイヤルを二度回してから電話を切りました。
そしてプラケースを戻そうとしたとき、背筋をぞくぞくっとするものが走ったんです。
「暗い」と思いました。蛍光灯はすべてついていましたが、すごく暗く
感じたんです。自分の机に戻ろうとして、もう一度黒電話の机を見たら、
真っ黒い煙のようなものが、机の前にあったんです。 煙はもやもやと渦巻きながらだんだん濃くなって、
人の形になっていくように見えました。「え?」それから目が
離せなくなてしまいました。煙はもう真っ黒い人にしか見えなくなって、
立った状態だったのが、ゆっくりとうずくまり、床に倒れました。
そして転がりだしたんです。のたうち回っていると言えばいいか。
でも、激しくもがいてるように見えるのに、音はしませんでした。
僕は怖くなって後ずさりし、よろよろと自分の机に座りました。
すると、パソコンのキーが カカカカとひとりでに音を立てました。「ええ?」
デイスプレイに「心臓」という言葉が出てたんです。そのとき、
刺すように胸全体が痛くなりました。同時に息が苦しくなったんです。
僕は大きく口を開けて息を吸いましたが、もう座っていられませんでした。
胸を押さえて床を転がりましたが、そのとき、ああ、さっき見た黒い影と同じだ、
って思ったんです。 「おい、どうした!?」山根さんの大声が聞こえましたが、
覚えてるのはそこまでです。次に気がついたときには病院のベッドにいました。
ええ、救急車で搬送され、気を失っている間にカテーテル治療というのを
受けたんです。急な狭心症、心筋梗塞の一歩手前ということでしたが、
それなのに心臓の動脈には硬化などの症状は見られなかったということで、
これは担当の医師の先生方はみな不思議がっていましたね。
病院には、編集局長はじめ編集部の先輩が見舞いに来てくれたんですが、
誰も黒電話のことは口に出しませんでしたので、
僕も何も言いませんでした。でも、こうなったのはあの電話のせいで、
それも僕が受け答えしてしまったためだってことはわかってました。 入院は3日ほどで済みましたが、編集局長から「しばらく休んでいいから」
と言われ、1週間後に出社したんです。ええ、あの黒電話はそのままありました。
ただ、それまで作りかけだった雑誌の内容がすべて消えてしまったということで、
大急ぎで作業をやり直している最中でした。パソコンのシステムが落ちて、
データがみな消えてしまってたんです。バックアップはあったんですが、
それもダメで・・・これも自分のせいなんだろうと思いましたが、
文句を言う先輩はいませんでした。ですけど、しばらく身の置き所が
なかったですよ。あと、床や机の上に細かい白い粉が落ちていました。
物をよせて拭き取った跡もあったんですが、取りきれないで残ってたみたいです。
はい、その白い粉が何なのかもわかりません。ただ・・・あの黒電話は
ホントにヤバイ、触れてはいけないものだったんだってことはよくわかりました。
話はだいたいこれで終わりです。もちろん何があったかってことは、自分で
こっそり調べましたよ。ネット社会ですからね。検索すればいろいろ出てきます。
かつて会社で、20年以上前に須田って人が仕事中に亡くなってるみたいでした。
そのときは、今 自分がいる雑誌の編集部ではなかったみたいですけど。
で、過労死かどうかで裁判になってたみたいなんですが、
その最中に残された須田さんの奥さんも亡くなってて・・・
これは自殺なのかもしれませんが、そこまではわかりませんでした。
それで、あの電話ですね。もしかしたら須田さんの奥さんからかかってきたもの
じゃないかって思うんです。あれ、たぶん死者の声だったんですよ。
なんで黒電話がそのまま残されてるのかもわからないですけど、
おそらく撤去できないんじゃないかと思います。こんな話なんです。 神職養成所に在学中です。あれ、在学って言葉でいいのかな。
私は女子ですが、巫女さんじゃなく、正式な神主を目めざしているんです。
アルバイトの巫女さんなら、ちょっと研修を受ければなれますけど、
正式な神職の資格は、養成所で2年間学ばなくては取れないんです。
そうですね、専門学校みたいなものです。
うちの場合は、跡継ぎの男子がいなかったため、
長女の私が神社をまかせられる予定でなんです。養成所で学んでいる
人の数自体が少ないんですが、私の他にも女子はいますよ。先日、
夏休みの間でしたけど、私を含めた女子3人でアルバイトをしたんです。
ここで話しても大丈夫かって? いえ、別に禁じられたりはしてませんし、
どうせ話しても誰も信用しないような内容ですから。
ほら、全国的に有名な花火大会があるでしょう。そうそう、それです。
あれに関したバイトでした。毎年うちの養成所に依頼が来るんです。
それで、中から私たちが選ばれて派遣されたということです。
特殊能力? うーん、たぶん必要なんでしょうね。私自身は
特別なことをしたとは思いませんが、養成所のメンバーはほとんどが、
何らかの普通の人は持たない力を備えていますので。
3人とも今回の参加が初めてでした。新幹線のチケットをいただきまして、
花火大会が行われる前日の朝に、そこの土地に着いたんです。
それですぐ、県の神社庁に顔を出しました。大会には神社庁も総出で
協力しているんですよ。それから世話役の神職さんの車で、
会場に近い山の中の小さなお社に向かったんです。 ススキがぼうぼうに生えた中に、朽ちかけた細い鳥居が立っていて、
その奥には拝殿はなく、注連縄が上部にかかった洞窟がありました。
そこの前の草が四角く刈ってありまして、そこで仕事をしたんです。
巫女さんの装束に着替えさせられました。道具はですね、
まず御神鏡、これは古式の銅の鏡で、紐で吊るして使います。
それと丸三宝といって、ほら、御供物などをのせる台がありますでしょう。
あれは四角いのが多いんですけど、その丸型のものです。
これが2つで、それぞれ一人が担当します。陰・陽とあるうちの、
私は陰のほうを受け持ちましたが、これが一番重要な御役目なんです。
いえ、本来は陽のほうが大切なんでしょうけど、陰のほうが
さまざまな危険があるんです。どういうことかは、これからお話します。
バイト料ですか? あ、はい、奉仕料は一人10万円でした。
実働3日間ですから、多いと思われるかもしれませんが、
古来から行われている御役目ですので。うまくできないと花火大会に
影響しますから、けっこう必死でした。さっき危険があるって言いましたけど、
20年ほど前には食べられてしまった子もいたという話です。
誰に食べられたのかって? それを今、順を追って説明してるとこです。
それで、夕闇のころになるまで、その場で待機してたんですが、ヤブ蚊などの
虫が多くて嫌でした。巫女さんの装束は虫にはさされにくいんですけど。
私たちの他に、地元の位の高い神職の方々が10人ほど詰めておられました。
何かご無礼などの問題が起きたときに対処してくださるためです。
7時を過ぎまして、そろそろ最初のお客様が見えられてもいい時刻です。 3人で緊張して待っていました。私は丸三宝を草の上に置きまして、
いつでも持ち上げられるように、準備していたんです。三宝の上に何があがって
いたと思いますか? さすがにわからないと思います。
陽の三宝には御神餅で、これはそうですね、八ツ橋というお菓子に
やや似ています。私の持っているほうは、ナマズの干したものだったんです。
ええ、あの川とか沼にいる魚のナマズです。その細長く乾いたやつが20尾ほど。
「そろそろ来られるようだぞ」神職の方が声をかけられまして、そうしたら、
注連縄のかかった洞窟の入口が、貝の裏側みたいな虹色に変わったんです。
普段は奥行き5mくらいの、洞窟というより洞穴みたいなところで、
奥に祭壇があるだけなんですが、その高さ2mほどの入り口が、
ベールがかかったようになりまして。
そこを通られて、最初のお客様がご出現になったんです。
背の高いお方で、3m近くはあったと思います。緋色の長絹姿で、これは神職の
水干とやや似ていますが、もっと古式のものを召していらっしゃいました。
お顔も真っ赤で、猿田彦様の面にそっくりのお姿でおられたんです。
それは緊張しましたよ。なにしろ神様なんですから。前もって説明を受けていたとおり、
御神鏡を持った一人が前に回って、やや離れたところに立ちまして、
三宝を持った私たちが、近づいて両脇に。ええ、神様の身長が3mなので、
私の頭は腰のあたりまでしかないんです。
その神様はちょっと逡巡したような素振りでしたが、右手を伸ばされて、
2つの三宝のうちから御神饌のほうを取られたんです。
鏡を持っていた仲間が中を覗き込んで、神職の方にうなずきかけました。 それで、その神様は神職の方のご案内で川向うの花火会場のほうに連れられて
いったんです。何のためにそんなことをするのかって? 今、説明します。
その後、1時間のうちに3柱の神様がご到着されまして、
どのお方も三宝は御神饌のほうをお選びになられたんですよ。そして4柱目の
お方です。これは背の低い神様で、小学校1・2年生の身長でしたが、
でっぷりと太られていて、存在感はおありになりました。三宝を出しますと、
初めて御神饌ではなくて私の奉じていたナマズを取られたんですよ。
下から手を伸ばされたときに、生臭い臭いがぶわっとしました。
手にとったナマズを、その場でベロンと舌を伸ばして舐められまして、
そのとき猫に似たお顔の両頬から、ピンと長いヒゲが伸びてきたんです。
それが私の腕に触って、ぴりぴりと電気が走った感触がありました。
そしたら御神鏡を持った仲間がまたうなずきましたので、
神職の方が寄ってきて深々と礼をいたしまして。この神様は花火会場には
ご案内はされないんです。すぐ近くに別の洞窟がありまして、
その中に宴席が用意されているんです。御神酒が何十樽も、
それから撃ちとめられた鹿が数十頭、それをお供え申し上げるんです。
その後、零時までに20柱ほどの神様がお見えになりました。
キリンのように首が長い方、紙雛としか見えないお顔の方、海老の顔の方、
牛を連れた方かと思いましたが、牛に似たほうが神様で、
その手綱を引いているのが従者・・・とにかく様々な神様がご到着なされまして、
その中で花火会場ではなく洞窟に案内された方が2割ぐらいでしたね。
御神鏡は何のためにあるのかって? あ、説明し忘れていました。 >>145
創作だと分かってても、
怖すぎる、、、。:(;゙゚'ω゚'): 神様の中には正体を隠されて、わざとナマズを取らずに御神饌のほうを
取られる方がいて、そういうときには御神鏡が汗をかいて曇るんです。
そのための役目でしたが、今回、それはなかったんです。こうして到着された
神様方は、花火会場に案内されたり、洞窟の宴席に案内されたり、
その選り分けのお手伝いをするのが私たちの役割だったんです。
え、何のために選り分けるのかって? それは、宴会場に案内された神様が、
邪悪だとか位が低いとか、そういうことではないんですよ。
ただ・・・その神様が会場におられますと、雨 が 降 る んです。
これは花火大会には大敵でしょう。ですから、別におもてなしするということです。
翌日は神様方のお世話をしながら、私たちも大会を見物させていただきまして、
それはきれいでしたよ。3日目に神様方をお送りして、それで御役御免になりました。
おわり 今はもうコンクリートの護岸とテトラポッドに埋め尽くされてしまいましたけれど、
そこらの浜がまだごつごつした険しい岩礁だらけだった頃の話ですから、
もう40年以上も前になります。当時は、あの岬の突端には
小さな神社があって、かえし神社と呼ばれておりました。この港の有力者が
代々神主でしたが、ふだんから常駐しているわけではありません。
場所が場所ですから台風の度に大破して、修理をするのは毎年のことでした。
ですから神社の社殿は、新しい木、古い木であちこちつぎはぎだらけになり
お世辞にも立派といえるものではありませんでした。歳の例祭は一度だけ、
お盆直前の8月12日の夜から未明にかけて行われました。
これに出ることができるのは限られた者だけで、
そもそも行われない年のほうが多かったでしょう。
なぜこのお祀りが行われるのか、誰もわかっているものはおりませんでしたが、
その浜一帯が呪われているからだ、という話はありました。
わたしも、このお祀りに中学2年のときに一度だけ参加したことがありまして、
そのときの話をしたいと思います。
朝からばたばたと風が強く、波も高くうねっておりました。
とはいえ南国ですので、気温は高く、
むしむしとした日であったと記憶しています。
今回のお祀りに参加するのは、わたしのところも含めて4家族で、
人数は15人内外といったところでしたか。これは例年になく多いほうです。
この日は、朝から精進いたしまして、生臭ものは一切食べません。 それからお盆の先祖をお迎えする準備というのもいたしません。
それはこの祀りが終わってしばらくたってからになります。
昼過ぎになると神主を務める浜の網元の屋敷に一家そろって顔を出し、
酒焼けした赤ら顔に装束をつけて神妙な様子の親方に、
軽トラに積んできた酒、米、塩をそれぞれ一斗ずつさしあげ、
その代わりに護符の束をいただいてきました。
護符は今夜の祀りになくてはならないものなのです。
その帰りがけに岩場に寄りました。
父親が、「ひとり十ほど、手頃な石を選んどけよ」と言ったので、
自分と母親、それに80歳を過ぎたばあさまも、
握りこぶしより少し大きめの岩を拾ってそれぞれ籠に入れました。
祀りの手順については何度も説明を受けていたのです。
ばあさまはもちろん、母親も持てない重さになったので、
その籠は父親がトラックに積み込みました。
そのあと家に戻って禊ぎをしました。当時はまだ、
井戸水を使用していましたので、自分と父親は庭にたらいを出して、
母親とばあさまは風呂に水をくみ入れて身を清めました。
そのまま白装束に着替え、夕飯は食べずに夜を待ちながら、
みなで石に護符を米糊で貼りつけました。神社に向かうのは
11時の予定でした。今に家族そろって座っておりましたが、
沈黙にたまりかねたように母親が泣き出したのを、父親が短く強い言葉で
たしなめました。ばあさまを見ると、声を出さずに涙を流していました。 10時半過ぎに家を出ました。朝からの風はいっそう強くなって
きていましたが、この時期に漁に出ている船はありません。
岬の神社までは歩いて20分ほどでした。
父親が石の籠を二つ、わたしが一つ持ってゆっくり歩いていきますと、
神社の前に焚いた篝火が見えてきました。
他の3家族の人たちはもう来られていました。
去年の冬に漁船の沈没があり8人の漁師が亡くなったのですが、
その中でまだ遺体の発見されていないご家族でした。
その他の人の姿はありません。
この夜は外に出てはならないしきたりなのです。父親はそれらの方と
低い声で挨拶を交わし、岬の突端へと歩み出ました。
そこには網元が準備させた、人の頭ほどの岩が十ずつ何列かに並べられており、
父親は、その中のまだついていないものに護符をはりつけていきました。
それから30分ほどして、神主が姿を見せました。
月が出ておりましたので、15mほど下の水面が
かろうじて見える程度の明るさがあり、崖下の岩礁から少し離れた海の中に、
急ごしらえの小さな鳥居が立っているのが見えました。
鳥居から崖の上まで、細い石段が続いていました。
神主は、こちらには目もくれず海面をにらんでいます。
網元としての豪放な顔はもうどこにも見えず、
緊張で頬がひきつっているのがわかりました。
岬の先端に立って、用意してあった榊の枝を上下逆に持って何度か振り、
口に酒を含んで海面のほうに向かって吹きかけました。 おもむろに懐から呪言の書かれた和紙を取り出し、朗々と唱え始めました。
ごうごうと風が強くなってきました。わたしは、
ずっと海の中の鳥居を見つめていましたが、
その下で渦巻く波の中に、何かが見えたような気がしました。
「きなさったぞ!」と神主が叫びました。
「きなさったが、まだだ、鳥居をくぐられてからだぞ、お帰りいただくのは」
海の中から手が伸び鳥居の柱を掌で叩いていましたが、がしりとつかんで
体を引き上げました。亡くなった漁船の船長でした。
水死体でもなく腐敗してもおらず、
全身ずぶ濡れになっている以外は生きたままの姿でした。
船長が腰をかがめるようにして鳥居をくぐり出ると、
その家族たちが崖の上から石を投げ始めました。
もう一人、さらにもう一人が海から出て鳥居をくぐりました。
3家族の十数人が横に広がって石を投げ、外れるものが多かったのですが、
いくつかは頭頂部や背中に当たり、血しぶきが黒く上がるのが見えました。
家族の嗚咽が聞こえてきました。
「もうお帰りください!家族の顔を見て満足されたでしょう。
もうお帰りください」神主が叫び、他のものが声を合わせました。
海面から細い手が出てきました。今年の5月に波にさらわれた9歳の妹です。
父親が半狂乱になって妹の姿を探していた姿が脳裏によみがえってきました。
姿が見えなくなったときの、黄色いワンピースを着ているようでした。 妹がするんと細長い魚のように鳥居をくぐったとき、
父親の投げつけた石が上向きの顔の真ん中に当たり、
たちまち黒く汚れて表情が見えなくなりました。
「お前らも投げろ!あれは本当の○○ではない。そもそも人間じゃない!!」
父親が叫びました。母親が泣きながら石を投げましたが、
かろうじて崖から落ちただけでした。わたしが投げた石は、
斜面を何度もバウンドして妹の左手に当たりました。
ひとしきり手元の石を投げて、4人の死者が石段のいちばん下に
重なってしがみついているところに、
神主が並べてあった岩を転がし落とし、みなもそれにならいました。
岩は階段とその脇を転がり落ち、
死者の一人がそれを抱いた形で海に落ちました。
もう一人も、二つ並んで落ちてきた岩に跳ね飛ばされ、
次に、おそらくわたしが転がした岩が 妹の立ち上がろうとした膝下にあたり、
両手を広げてのけぞる形で真後ろに倒れていきました。
そのとき見えた砕けた顔からは、表情を読み取ることはできませんでした。
やがて最後の一人が海に落ち、海面は波ばかりとなりました。
神主がまた朗々と呪言を唱え始めました。20分ほども続いたでしょうか。
家族たちのすすり泣きがそこここで聞こえ、神主が、
「ごくろうだった、よくやった」とねぎらってまわる声も耳に入りました。
こうして、この年の祀りはとどこおりなく終わったのです。
おわり 洒落怖で長編名作がいくつか書かれてから、物語は長い程いいと勘違いする馬鹿が耐えない >>179
それならお前が1文字で傑作怪談書いてよね。できるよね? なんじゃいこのイライラする怪奇漫画は!!
日野日出志かよ!!
ってか漫画をネットに上げる奴って死刑になるんじゃなかったっけ? >>176
どうやって色んな職業を描写してるのか知らんけどこれが一番よかったかな
石の威力が高いのが気になったわ
口語の使い方が台本チックでネット怪談とはまた違うから変な感じはする >>1よ。その後、単発スレ伸びてるみたいだね(笑)
2.4.6.38.52.88と、二行の短文から長文まで、長さを変えて当たり障りの無い体験談の燃料投下して見たけど、
いい人寄せにはなったろ(笑)
創作とは言え、長文でも書いてくれる人が居るみたいだし良かったじゃないか。
後は、>>1の好きな怖い話を投下してくれる人が増えればいいね。
1つだけ言わせて貰うと、別の誰かと間違えられてたり誤解されるのも勘弁だし書いとくよ。
現行の5chにある「オカルトのみ」で構築すれば、アセスレに改ざんされたコピー貼られてるけどレス番「12」が私。
「12」だけで言えば、私に限らず日本の伝統宗教なんかで言えば、仏教、密教や雑密、古神道、神道、陰陽
その他に霊能関係などは、実際に執り行なえる側にいる人間か、近い者にあたるんだ。
十年、二十年のニワカでも無いし、本職だったり、野に下ってもつながっていて、
両立して未だ暇を見つけては個人的な「行」を続けてる人らだし。
>>111に対しては、「人」違いだよ。不可解スレ→書いた事もないよ。これからも。
>>113に対しては、そりゃネットに無い体験談や奇談なんてのは普通の人に比べれば遙かに見知ってて当たり前なんだよ。
>>114が言うように 「>エニグマとか洒落怖には書かないでね」→書いた事もないよ。これからも。 私らがここを含めて巡回してるのは、コロナ渦にあって動きが滞ってるのもあるが、リモートが増えてる状況を踏まえ、
丁度ここの「オカルト真言蔵」に良いのがあったので使わせて貰うけど、
あらゆる宗教のエソテリックな分野について「霊障から逃れる真言、魔を防ぐ呪文等、
あるいは神仏との感応体験やその方法についての意見交換、自己に内在する霊性を喚起する呪的言葉の模索等」
【禁忌】口伝・奥義にかかわる内容を興味本位で公開することはやめましょう。印契の結び方、特殊な(口伝や奥義の)観想は×」
一例だけど、オカルトなんかではこう言った事が話し合われて情報共有する事が多いし、それよりも、コロナ渦では
特に、経済、金融や世界動向なんかも多く扱うんでね。
こちらのサイト内の情報が流出してないかたまに見回ってるのがメインなんで。
>>1が単独スレとして立ててたが、通りがかりに誰の書き込みも無かったので軽く書いただけで
罵り合いとか争い事とか嫌いだし、君らの邪魔をする気は無いよ。
>>139 創作文、一時、楽しく読ませて貰ったよ。ありがとうね。 >>191
漫画でしか表現出来ない低能
何でもかんでも漫画に置き換える
ど低能漫画脳
死ね >>181
この世の中で一文字で傑作怪談が書ける人間が存在すると思ってんの?
どえらい怖い馬鹿丸出しの返しだな
まんさんかな https:/i.imgur.com/9s69hCg.jpg
https:/i.imgur.com/mJ8iRkD.jpg
https:/i.imgur.com/P8iW2xH.jpg
https:/i.imgur.com/mzmraAM.jpg
https:/i.imgur.com/IgGe9ZR.jpg >>197
>>199
ほれみろ書いたぁるやないか!!
こういう気色悪い字も怪談なのだ!! >>200
漫画でしか表現出来ない低能
何でもかんでも漫画に置き換える
ど低能漫画脳
死ね あみのなるほっていう伊藤潤二クラスの天才ホラー漫画家がいたなぁ こんな少女漫画読むオヤジがいるところがどえらい怖い。 そういえば高校時代のクラスメートで成績トップで長身で顔もまあまあだった玉●って奴がいるんだが、
同じクラスの女子の1人が少女フレンド?だか何だかを読んでいるのを見て
「後で貸して〜」
とか言ったんだが。
その女子は陰で他の女子に
「玉●君って少女フレンド読みたいんやて〜」
と言いふらしていた。
相手の女子は
「おえ〜変態やん〜」だとさ(笑)
男が少女漫画読むと変態だが、女が北斗の拳やらガンダム見るのは許されるのは差別ではなかろうか?
とクラスで討論会になって俺は無理矢理司会をやらされた。
どえらい怖い話でした(笑) 私が小3の夏休みの話。
ド田舎なんだけど、地域の子供会の毎年恒例行事で七夕会があった。
七夕はもう過ぎてるけど、要するに皆で集まって、出し物(クイズとかw)をしたり、カレーを作ったりっていうお楽しみ会。
基本、参加者は子供で、小さな神社の社務所(普段は地域の集会所として使用)を使っていいことになっていて、
当番の保護者が数名、手伝ったり、火元を管理していた。
その年、うちの母親は子供会の当番にあたってたので、
同じく当番のTさん(私の同級生の男の子と2歳年下の男の子のお母さん)と一緒に、
材料の買い出しや社務所の掃除の準備をしてた。
七夕会も無事終わったのが夜の9時頃だったと思う。
うちの地域は、小さい山を挟んで南側と北側で一括りで、社務所や大半の子供の家は北側にあり、私の家は南側。
北側の家の子たちは、皆自転車で来てたのでそのまま帰り、南側の家の子は保護者が車で迎えに来てた。
残ったのは私と母、Tさん。
Tさんの子供2人は家が北側で近いので先に帰ったが、私の家は南側で一人で帰ることができず、母を待っていた。 >>213
おい、4時間も待ってんねんぞ
しっかりせい
寝る >>207
漫画でしか表現出来ない低能
何でもかんでも漫画に置き換える
ど低能漫画脳
死ね 母とTさんが多目的トイレから出てきたとか言うオチは0点な どえらいって程でもないかもだけど。
家の洗面所(脱衣場)のドアを空けとくとそこから2階に続く階段が見えるんだよ。
髪乾かしてる時とか何気なくそこ見てんの、なんか気になって。
そしたら黒い影みたいなのが見え隠れするというか、上手く言えないがなんか「いる」気配がするんだわ。気のせいだと思い込んで、ある日髪乾かしてる時にふとその場所見たら気配がしなくて。
(あ、今日はいないんだな)って思ったら
「いるよ」って感じで黒い影が頭をにゅっと出してきた。マジで怖かった。そんな奴はいないって思い込んで見ないようにしてたらもう現れなくなった。
思い込みの力で消えるなら最初からそんな変なもの居なかったのかもしれないが
当時は本当に怖かった。 糖尿病三大合併症
神経・血管障害(壊死)
網膜症(失明)
腎疾患(透析)
↑こいつがあまり恐れられない理由、ガチで謎すぎると話題にwwww >>214-215
フフフ
奴は我らオカルト民の中でも最弱の男よ 自分は幽霊信じない派なんですが、小2ぐらいに幽霊っぽいの見た事ある。
今の家に引っ越す前、小っちゃいマンションに住んでた時の話なんだけど、
その部屋は空き巣によく入られるって不動産屋が言ってたらしく、
親もそれを懸念してそこに引っ越してきてすぐに鍵を新しく変えたそうで、
お陰でそのマンションでの3年間、一度も空き巣とかの被害はなかったらしい。
けど、小2ぐらいの時のある夜中に、
風呂も入ったしそろそろ寝ようという事で、洗面所の前で歯を磨いてたんだけど、
その洗面所の配置が目の前に鏡があり、洗面所の反対側に風呂場があって、
鏡越しに風呂場の扉は曇りガラスになってるけど、うっすらと中が見える様になってる ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています