>>136訂正
50年代に中国によって滅ぼされたチベット王国(現在はインドのダラムサラに亡命政府がある)だが、
王国の成り立ちは数百年前に派閥争いで劣勢に陥ったチベット仏教のゲルク派が、信者だったモンゴル
のグシ・ハーンによって侵略されたチベットの土地を寄進されたことから始まる。
グシ・ハーンはチベット各地へ侵攻して全域を平定したのち、現在のラサを中心とする広大な領地を
ゲルク派に寄進し、土地を得たゲルク派のダライ・ラマ5世はその土地にラサを都とする国家を作った。
それが現在も続くチベット王国及びガンデンポタン(現亡命政府)の始まりなのだ。
外国勢力(モンゴル)がチベットへ各地を侵攻・平定してくれたお陰で国が成立したチベット王国が、
外国勢力(中国)のチベット侵攻によって滅んだということには因果を感じる。

数百年前から引きずる課題を未だにクリアできていないことが現在あの当時と全く同じ事態を
引き起こした一因だろう。未だクリアしきれずにいる数百年前のカルマの再現が現状とも言える。
ダライ・ラマはチベット仏教ゲルク派の転生活仏であって政治的な権力はなかったが、信者の
グシ・ハンにうまいこと国を作ってもらった結果、(自衛もかねて)政治的権力を持った形になる。
その権力に多くの貴族や野心を持つ者達が群がり利用してきたことは言うまでもない。