高藤仙道の特徴というか実践して引っかかる点は周天法と内丹法を同列
少なくとも周天の先に内丹があると論じている所。
この二つは全く別物で考え方や気や意識の使い方が異なるというか真逆。
だから気の行に関わる前に、自分が周天法をするのか
内丹法をするのか明確に意識する必要がある。

周天法と言うのは先ず意識で気を捉え囲みこれを陽気とする
それを意識、呼吸、身体操作で強化しなが全身に巡らせるのが周天法。
内丹法というのは先天の気、先天の神の覚醒という自己の枠組みを
超えた感覚の覚醒が前提で、その自己を超えた感覚の拡がりが
自己の中心部で焦点を結ぶのが「丹」。
周天法のロジックだと全身周天、+意識で行う外部周天まで。
実際、高藤本でも小周天など実際に気を廻す修行法は大周天以上になると
概念や修行法が曖昧になると書いている、それはもともと気の世界が違うから。

内丹法の方向に行くと初歩の段階から周天法の大周天以上の現象が起きる。
たぶんそれは小周天的方法で気の世界に入り込んでいる人達には理解出来ない
と思うがもともと別のものなんだね。
そして日本人には周天法より内丹法の方が向いている。
その理由は機会があればまた。