J・L・ボルヘス「八岐(やまた)の園」

第二次世界大戦中。ドイツ帝国のスパイであるイギリス在住の中国人、爆撃すべき重要な軍事機密のある地名を確実に伝える為、同じ姓のイギリス人を殺す。
同僚がスパイとばれて殺されたので、逮捕も時間の問題。
諜報部員の張り番がついているので、おそらく盗聴もされているだろう。だから電話も電報も無理。だから殺人を選ぶしかない。
無名の中国人がイギリス人を殺した、ではなく中国人何某が著名なイギリス人誰某を殺害した、との記事を出させて、同じ地名を爆撃せよ!とのメッセージを送らなくてはいけない。もっと時間があれば…逮捕が迫ってさえいなければ、ターゲットを変えることもできたのだが。

ターゲットはその地名と同姓でなくてはならず、著名でなくてはならず、尾行を撒けるほど汽車の便が少ない(乗り過ごせばかなりのタイムロスがあるような)僻地に住んでいなければならない。

ターゲットは著名な中国学者で、屋敷を訪問して初めてわかったことだが、中国人の祖先で「八岐の園」と呼ばれる美しい庭園と、同題の難解な長編小説を残したことで有名な人物を研究対象にしていた。
尊敬する祖先の数少ない理解者を殺さなければいけない運命に、中国人の心は痛んだ。