先天の気(クンダリーニ)を覚醒させて下丹田に留めておくと
全身の身体感覚の方が下丹田の気と融合して「定」と呼ばれる変成意識に入る。
つまり先天の気(クンダリーニ)を上げたり回したりしないと
エネルギーではなく「場」として認識されるんだね。
釈迦の仏教にはクンダリーニ理論はないがその代わりになるのが四禅定ではないかと思う。
何故ならこちらの方に行くと回さない代わりに幾つかの空間の周波数を揃え調整する必要がある。
それがたぶん四という単位。
体験的に言うとドパ−ミン、セロトニン、オキシトシンなどの神経伝達物質やホルモンが関わっている。
これらは主観的に働くと同時に一つの指向性を持った波動として外界に伝播する。
つまり禅定が進むと外界と繋がる情報空間を形成する。

原始仏教にクンダリーニ理論が無いのに六神通の獲得などを言っているのは
たぶんこれが根拠だと思う、決してその方法論を隠したり切り捨てたりはしていないと思うの。