(5)加賀藩の非人政策
1670年代、連年の不作のために、農民が都市に流入し、正業に就けず、無宿者が増大し、非人化(乞食など)していく者が絶えませんでした。
非人が金沢に集中したり、盗賊がはびこったりして、社会秩序が不安定になりました。
加賀藩は盗賊改め方奉行を設置し、藤内に金沢に入ってくる非人を取り締まらせました。(1698年頃、1830年頃も同様)

藤内には、耕作を制限し、村外追放するなど、差別政策を強化しましたが、非人に対しては、
新田開発、百姓分下人として労働させ、帰農希望者には半年分の飯米を支給しています。
これは、非人化した農民を帰農させ、藩財政を立て直す政策です。
このように、賤民(藤内と非人)の間にも差別を設けて支配していました。