生命自体が情報の集積体という表現には感じるものがある。
この場合の「情報」の意味をどう解釈するかという問題があるね。
ただ、「あの世」にアクセスするときは「情報」にアクセスする
ことと説明したほうが懐疑的な人たちに受けがいいかもしれない。
ただし、その情報の集積体である霊は記憶装置にとどまり続ける
ビットの羅列とは異なる。その情報自体が絶えず変化している。