死後の世界が気になる
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死んでも死後の世界が待っているかもしれない。
それに自殺したら地獄に行くっていうし。
死んでも死後の世界で生きなきゃいけないなんてどうしよう。 結果的に今の話を短く言うと「理屈が悪だ」としても伝わる。まあ、理屈、動機、意志、これらのある行為は全て悪なのさ、同時に全て善でもあるのだけどね。つまり悪を生み出さない様にするには善も生み出すなとなる。
自然の様に理屈(動機)のない振舞いであれとね まあ、生きようとか生きたいという意志も、
死のうとか死にたいという意志も、両方共に疑えと、どちらも騙されて地獄存続の燃料にされてしまうぞと、そして、なるだけ何にも意志を向けない、理屈(動機)の無い振舞いであれと。 天使は善方向へ地獄(世界)を揺らし
悪魔は悪方向へ地獄(世界)を揺らす
どちらも地獄運営者側からの使徒だ
善方向であれ悪方向であれ、地獄の存続に
一役かって揺らしに来ているだけである
昔天から堕ちた者が地獄を作ったと言うだろ
それがこの世界さ かくして、地獄(世界)の住民は、騙されて地獄界(世界)存続と地獄の民存続の為に必死に揺れ続ける。エネルギー循環永久機関であるこの地獄(世界)は、いつまでも終わらない。故に永久機関なのだ。自業自得でもあるのだけれど。 考えたら怪しな世界だろ、人間は生まれた時点で労働を課せられているのだ。
・空気を吸って吐け、それを繰返せ
・食料を食って排便せよ、それを繰返せ
・異性を捕まえて交尾せよ、それを繰返せ
これらをしなければ苦痛を味わう仕様だ。 後はこれを人間が自発的に喜んでする様に洗脳すれば、エネルギー循環永久機関の一丁出来上がりだ。人類という奴隷は実に良くエネルギーを生み出し、止まらず奴隷が奴隷を生み、永久に循環させてくれる、それも喜んで。もう何というか、ご苦労さんとしか言えんね。 自ら喜んで振動するほどに洗脳の行き届いた奴隷は、今後もし地球(地獄)に大災害が起きるなら、救世主(地獄運営者側の使徒)が救いに来るかもね、今後も地獄運営の為に活躍してもらう貴重な奴隷労働力だから 地獄の民は気付けまへんか
ほぼネコソギ「逆」に洗脳されてまんねんで
という事に。しかしまあ無理なんやろね
だからこそ続く永久機関 >>523の話に付け加えて思う事
この話に出てくる旧帝国軍もドメイン軍も羨ましく無い、所詮勝てば官軍理論で勝った方の組織が残った話。ほんでその宇宙人も普段は使命で働いて過ごしてるみたいだけど、それザックリ言えば奴隷とカテゴリー同じですからねと。 早い話、本当はこの世界でやる事なんて何も無いのよ、だから皆さんがやってる事は全て意味の無い事ですよと、その宇宙人が使命でやってる事も意味が無い、それでもその意味の無い事をさせてでも、世界を揺らし続けたい勢力が居るんだろうねという話。 揺れが止まると世界が消えて無くなるから
世界が消えて無くなると困る勢力って何?
多分この世界(地獄)にしか居場所が無い者
地獄が無くなると行き場所が無くて困る者
だからそいつらは世界を揺らす
住民の感情を揺らす、様々に揺らす者が
荒らす憎むべきもの? とか… 人はこう言うのよ「感動したい」と、まあ感情を揺らしたいのね、特に好奇心旺盛とか、サプライズ好きとか、リベンジ好きとか。感情の揺れが生きてる事でもあるんだけど、住民がこんなのばかりだから揺れが止まる事は無いわな。地球が精神病院に例えられる理由でおます。 長期間に渡り洗脳され続けて
来てまった結果の産物でおます。
訳も分からず喜んで躍り狂う奴隷達の世界
は〜あ、いやいや
皆様もなんとかして脱出しなはれやと…
Good lack! 霊能者とかスピリチュアルな人間は霊的に程度が高いという考えが、現代の社会を混乱させているようです。
実際はそうとは言えないのです。ある神仏の熱烈な信者になったからといって、
それだけで霊的に向上するわけではありません。大切なのは日常生活です。あなたの現在の人間性、それがすべてのカギです。
ブログを開設し、スピリチュアル本から剽窃した知識をならべて威張っている霊能者よりも、
経営者や経済学者、物理学者、芸術家といった、霊能とは無縁の人の方がはるかに霊格が高いというケースがいくらもあるのです。
問題は何を信じるかではなく、これまで何をなしてきたかです。
ヒーリングや金運セミナーなどと称して多額の金銭をむしり取る行為は霊格が低い証明なのです。 人間は宇宙の奴隷
宇宙無しでは生きていけない
人間というちっぽけな存在
死ねば終わり、意識は消滅
宇宙のために生きるのだ
私は見ている 酒やタバコやギャンブルの様に止められなくなる危険性があるものがある、それらを理由もなく止められなく成った者を◯◯依存症という。こういうのを根本的な事から見直すと、全人類は空気吸って吐きたい依存症だし、食料食って排泄したい依存症なんだよね。 異性と交尾したい依存症は全人類がそうではない、これは酒やタバコの部類で意志の強さで止められるものも居る。だけど、これらの依存症が大多数の当たり前になると、自らを正当化する様に、それは生きる為の本能(依存症)だから仕方がないと言い出すのさ。 ここで一度、逆に考えてみるといい、生きる為に本能(依存症)があるのか、本能(依存症)があるから生きているのかをな。
◯◯依存症の人は◯◯をする為に生きてる状態に成ってるだろ、彼らは生きる為に◯◯依存症に成っている訳じゃないのさ。 つまり人類も◯◯依存症と同じく根本的には、吸って吐くの依存症と食って排泄の依存症よ、
この吸う食うをする為に生きてるのであって、生きる為に吸う食うの依存症(本能)な訳じゃないのさ。要するに人類は生きたい(吸いたい食いたい)中毒(依存症)だから生きてるだけよ。 まあ、なんかゾンビそのものだろ。人類。
この中毒(依存症)を意志の強さで止められた者もしくは何時でも止める事が出来る準備が整っている者だけが、死期と共に成仏するんだろうさ。んで中毒(依存症)のままの奴は、成仏出来ずに永遠に輪廻コースよ、たぶんな。 まあ残念ながら、我々人類は高貴な使命の為に生まれて来てるのではなく、依存症という病人だけが生まれて来てるという事。我々全員依存症という止められない止まらない病だったという話。生きたい(吸いたい食いたい)病が治るまで無期限闘病輪廻生活ですよと。 生きて死にたいを繰返したい依存症
吸って吐きたいを繰返したい依存症
食い排泄したいを繰返したい依存症 こんな病気を克服しようとすれば「即身成仏」くらいしかない。要するに「即身成仏」を何時でも実行出来る意志の強さと覚悟が整った者を「覚者」と言うのだろうよ。
この病気を完治させる難易度は高過ぎるわな。 しかし依存症という病気持ちじゃない正常な大多数は、そもそもここに生まれて来ていない、つまりここに生まれて来ている病人(全人類)は落ちこぼればかりなのだ。だから自業自得のその完治の難易度高い病気を克服したからといって、偉くも何とも無いのですよと。 まあ気楽に行けや
どんなに偉いと言われてる人も
この世界に生まれ堕ちた者に偉い人はいない
堕ちた時点で落ちこぼれ確定
言わばこの世界は精神病院
ここに生まれ堕ちる者は依存症の病人ばかり バネは伸びる為に縮む
爆弾は爆発する為に圧縮する
人は復讐したい為に我慢をする
国は戦争したい為に平和にする
世界は振動したい為に振動する
生々流転、諸行無常、飛花落葉
有為変転は世の習い 自らの意志で「ふるえ」を止められない病人が病気を克服する事から逃避し、逆に病気である「ふるえ」を肯定する世界を構築しようと奮闘するも「ふるえ」る世界に安定は見つからず。
求む、ガイドブック「ふるえる世界の歩き方」 決してふるえが止まる事のない
世界の中心で、その意味を問う オリンピック、ワールドカップ、万国博覧会、
各種イベント、娯楽、祭り、そうだ揺らせ揺らせ、地獄の民はもっとふるえたいのだ、揺らして欲望を煽れ、そうして世界を回すのだ、回して維持せよ、消してふるえを止めてはならん。
この地球の獄 こと 地獄を失わない為に。 死後の世界はあってほしい
物質にとらわれない世界ィなんでしょ? -_--__--__--_-___----_--_-________-____----_---_-_--_---___-__--__-__-_--
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--_--___-__-__-__---__--__-_-_-_--____--____-__-_-__-____--__------_----- 新たな「業」を発生させ続け、振動が止む事がないよう誘導する地獄運営側の宣伝文句等々
「生めよ。ふえよ。地に満ちよ。」
「友達百人出来るかな♪」 「業」を消化する為に生まれてきて
「業」を消化する
有り難くそこで別れ終わればいいものを
繋ぎ留める事でまた新たに「業」を生む
終わりなき「業」の世界 つまりそんなシステムを構築した「神」を自称する無能こそが全ての元凶であり、キリストも大罪人だ
その不毛な生命の循環を阻害するオナニーこそが我々にとっての正義という事だな!
これはもうコキまくるしかあるまいw 「業」を終わらせに来たはずが
「業」を増やして帰る地獄の民
「業」を絶やさずに繋いで来た者が残っている世界があるだけ、「神」など居ない、自業自得の責任を押し付ける為に「神」という架空の存在を想像している自分がいるだけ。 シナリオなどどうでもいい
結末は同じだから
どのルートのシナリオも
全ての「業」が無くなるまで
全てが消えて無くなるまで
全てが「無」になるまでのシナリオだから 「無」が嫌な地獄の民は無駄な抵抗をする
地獄の民の「我」は「業」を増やし
シナリオをより複雑に増やしてゆく
「無」から逃げる様に
無駄な抵抗なのだが…… 人は「業」消化の為、その家族の元に生まれ、あらゆる知人と知り合う、そして「業」を消化すればそっと離れればよいのだ、そっと離れられない状況があるなら、まだ「業」が残っているだけの話、現状の世界との絡み境遇が「業」の表れそのものという事 「友達百人出来るかな♪」の歌詞は正気の沙汰ではない。自ら進んで「業」を作りに行けと誘導している、世界に絡みに行ってシナリオを増やせとね、本当に進むべき方向は逆なのだ、世界と絡まざるを得ない「業」を消化し、世界からそっと離れる方向へ進むべきなのに。 「来るもの拒ます去るもの追わず」
が真理である、しかし地獄の民は
「来るものを拒み去るものを縛る」
そしてこう言う「法律だから」と 世界からそっと離れる準備の整った者とは「業」が無くなっている者だ、「業」が無くなっている者の姿とは、誰にも怨まれず誰にも期待されてもいない、他者の誰の記憶にも殆ど残っていない空気の様な姿である。だからこそ、世界からそっと離れられるのである 自然のモノは「業」以外の事に関心が無い
故に「業」だけを消化して一生を終える
だから自然のモノはアッサリと気持ちが良い
人間は「業」以外のあらゆる事に関心を示す
首を突っ込んで新たな「業」を生む
だから人間はネチネチとしてウザイ 強欲が故に「業」が積み重なり、まるで利子の様に、雪だるま式に「業」が「業」を生み……
「業のネズミ講にハマった生物の住む星」 「綺麗な花には棘がある」という
少し言い換えて「美しいものには毒がある」
毒とは麻薬の様に中毒を起こすものの事だな
「美しい(興味を惹く)ものは中毒(依存性)への罠」かもしれないね、罠に掛かると依存性になるよとか。
つまり何事もやり過ぎず程々ですよだな、いつでも止められる様に。
中毒(依存性)になってしまってからでは遅い。
益々止めるのが困難になって行くよと。
こんなのも良い感じの台詞かもしれない。
今生きている人類は、もう既に中毒(依存性)になってるんだろうよ、あらゆる種類の欲望中毒(依存性)に。だから止める事が困難なんですよ、みたいな話も書いておこう。 やーめた
死後の世界は死んでみな分からん
それでいいやん
お好きな様にどうぞ
知らん
以上終わり _---_____-_-__--_---__---__-_--_--_-__-__--__-__----__--__-___--__-__-_--
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-__-_____-___-__---__-----_______-__-_-_---__-__---_--__--------__----___ 岩手県奥州市・黒石寺の蘇民祭といえば、氷点下のもと、六尺褌一丁姿の男達が五穀豊穣・無病息災を祈願し「ジャッソウ!ジョウヤッサ!」と声をあげ「蘇民袋」と呼ばれる護符の入った麻袋を奪い合う勇壮な祭で、無形民俗文化財として国に指定されている。
祭のあと、男達は集会所に集まり、普段着に着替え、飲み合う。
六尺は、激しい祭でドロドロボロボロになるから、使い捨てで、ゴミとして出される。
>>1はいつもそれが狙いだ。
捨てられている六尺の、できるだけ汚れてる奴を10数本ほど、こっそりさらって家に持ち帰る。
そして、深夜、>>1一人の蘇民祭が始まる。
>>1はもう一度汚れた六尺のみ身に付け、部屋中にかっさらってきた六尺をばら撒き、「ウォーッ!」と叫びながら、六尺の海の中を転げ回る。
汚れた六尺は、雄の臭いがムンムン強烈で、>>1の性感を刺激する。
前袋の中のマラは、もうすでに痛いほど勃起している。
六尺の中に顔を埋める。
「臭ぇ!」
汗臭、アンモニア臭や、股ぐら独特の酸っぱい臭を、胸一杯に吸い込む。
「たまんねぇ」
「臭ぇぜジャッソウ!雄野郎ジョウヤッサ!」と叫びながら、前袋ごとマラを扱く。
嗅ぎ比べ、一番雄臭がキツイやつを主食に選ぶ。
その六尺には、我慢汁の染みまでくっきりとあり、ツーンと臭って臭って堪らない。
その六尺を締めてた奴は、祭で一番威勢が良かった、五分刈りで髭の、40手前の、佐藤真治さんだろうと、勝手に想像して、鼻と口に一番臭い部分を押し当て、思いきり嗅ぎながら、「佐藤さん臭ぇぜ!俺がいかせてやるぜ!」と絶叫し、マラをいっそう激しく扱く。
他の六尺は、ミイラのように頭や身体に巻き付け、佐藤さんの六尺を口に銜えながら、「ウォッ!ウォッ!」と唸りながらマラを扱きまくる。
そろそろ限界だ。
>>1は前袋からマラを引き出し、佐藤さんの六尺の中に、思いっきり種付けする。
「どうだ!気持良いか!俺も良いぜ!」と叫びながら発射し続ける。
本当に佐藤さんを犯してる気分で、どすこい熊太郎なんかよりムチャクチャ気持ち良い。
佐藤さんの六尺は、>>1の雄汁でベトベトに汚される。
「佐藤!貴様はもう俺のもんだぜ!」
>>1の祭が済んだあと、他の六尺とまとめて、ビニール袋に入れ押し入れにしまい込む。
また来年、祭で六尺を手に入れるまで、オカズに使う。
押入れにはそんなビニール袋がいくつも仕舞ってあるんだぜ。 死後の世界があってほしい。
生まれ変わりがあってほしい。
この人生が一回だけなんて、あまりに惨め。
天国へ連れてってくれるなら、
上のカーストに転生できるなら、
この苦しみも受け入れられる。
そんな願いを叶えてくれるのは宗教しかない。 生まれ変わるって
人間は人間に
セミはセミに
カエルはカエルに
ってそんな都合よく行くと思う? 寧ろ、人間からセミに生まれ変わる事の方が
イメージ湧かないけど? 神は全知全能なんていうが全知全能なんてそれ自体が矛盾でどうしたって存在しえないだろ。 __-_--___---__--__-_-____-------_---______-__-_____-----_-___--_-_-__----
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_----_--_---_-__-_________----__-___-____---___---_-___-_-__----_-_---_-- 例え虫畜生に転生されずとも
人間のクズの子として転生し、虐待の果てに殺される
って可能性もあるしな
これを何度も繰り返させられる事が本物の地獄だろうな 真偽はともかく何でそんな嫌な世界観の宗教が東洋西洋に生まれて主流として定着しちゃったんだろうな
過度に厳しいものはウケなさそうなもんだけど
自殺が殺人以上の罪で地獄行きってルールも坊さんはブラック企業に勤めて過労自殺した人とかの葬儀の場で言えんの? 宗教なんてのは、所詮は人に道徳を説くのに都合の良い方便のようなもの
そして広まった挙句に矛盾ばかりが露呈し、果てには金儲けの為、テロの為に便利な方便に変貌する
人の救済の筈が人の害になるとか、とんだお笑い草だな
ぶっちゃけ「人間にとって都合の良い神など居ない」と思った方がまだ救われる気がするね
神なんて代物にすがろうとするから、逆に救われない事に必要以上に落胆するのさ 『自殺したら地獄に行く』っていうのは元々日本にあった思想じゃなく海外から入ってきたものだけどね。
そもそも、生命というものは循環していくのが自然の摂理で、死んだ後も続きがあるなんて生物史の観点で考えたら
物凄くおかしな話なんだよな。 死は無だけど怖くは無いよ。
生まれる前に戻るのと同じ感覚だ。
最後まで楽しく生きる、そして無になる。
生まれる前が怖いとは思わなかったはずだ。 何年か前に「シルバーバーチは悪霊だった」ってスレでシルバーバーチの信奉者が完膚なきまでに
論破されまくってて不覚にも笑ってしまった事があるんだが、バーチ信奉者よりもバーチを信奉してる連中のおかしさを
理路整然と指摘してる相手の言い分の方がはるかに筋が通ってた。
バーチ信奉者は悔し紛れに悪態をつくくらいしか出来てなかったけど、結局死んだら無になるという事が受け入れられない人が
バーチやスピに縋るんだなという事がよくわかった。 見てきたけど、あんまよく分からなかった。
まあ、死んだら無でも何でもいいが。
そういう奴に限って、墓参りしたり線香立てたりするからなぁ。 信じてはもらえないだろうけれど人は死んでも無にはならないんだ。
だから死者の霊と日常的にコンタクトしている人々がいる。
一部の科学者(工学者を含む)もそのコンタクトに立ち会っている。
死者すべてとコンタクトできるわけではないことに注意。 墓参りとかは生きてる人間の為の行為だから、なんらおかしな行為じゃないからな。 聖書に出てくる堕天使(サタンや悪魔ともいう)が実際にこの地球上の人々に
影響をもたらしていることも事実です。つまり聖書に出てくる天使や神はいるともいえる。
ちなみにシルバーバーチについては知らない。
三大宗教のひとつとしての仏教における仏様も実際に存在する。
この場合の「存在する」という意味は物理的に存在するということではない。
神仏や天使・堕天使は霊的な存在としてあるということ。 >墓参りとかは生きてる人間の為の行為だから、なんらおかしな行為じゃないからな。
詭弁。詭弁。
死んだら無だと思ってたら、絶対やらないからそれ。 >>583
俺も今検索で引っ掛けてザッと読んでみた
いかにもって感じの内容だったねw
でもまあ、救いが欲しくて藁をもすがる思いの人間の気持ちは解らんでもないよ
最も否定すべきは、その弱者を喰い物にしている悪徳(自称)宗教団体だろうね
そのスレの冒頭にもあったが、いかにも半島人の考えそうな事だなw 霊的な存在に働きける(コンタクトする)と反応が返ってくるから
その霊的な存在があると述べています。妄想からこのように
述べているわけではない。実証的な現象ではないかと思います。
だから科学者も興味を持つわけです。 >>590
>死んだら無だと思ってたら、絶対やらないからそれ。
んなこたあない。葬式も墓参りも生きてる側の都合よ。 うそうそ。本当は死後の世界信じちゃってるんだろ。
無理しなくていいよ。 現在の知見では、人が死んだら無に帰すということは言い難い状況です。
生まれ変わりの記憶が詳細に調査されており、死んだら無に帰すという
命題には疑問符がついています。 なんでそうなる?葬式も墓参りも一つの風習であり文化でしょうよ。それをする事が死後の世界を信じてる事とは
関係ないよ。 ヘミシンクという技術も確立されていますので興味があれば
ご自分で体験することも可能です。霊媒(=ミーディアム)に
対しても科学的な研究が進んでおり、査読付き論文も出ています。
つまり再現性のある現象が研究対象となっています。 俺も霊魂の存在に関しては、一応は肯定派かな
だけど霊魂って言ってもピンキリだろうしなぁ、中にはフザケた奴も結構居るだろう
俺のようなフザケた奴がその自我を保ったまま霊魂になったなら
最初は未知の叡智を多少披露して神気取りした後にジョークに走るぞ
取り敢えず俺を称える為にピラミッド1つ作ってみろ、とかなw 霊ってめちゃめちゃ嘘付くからな。特に人間に語り掛けるような自己顕示欲の強い霊は嘘付きなのが多い。 その辺の神社仏閣に祀られてる神って
ぶっちゃけ気の塊だぞ 年齢を重ねるごとに1年が過ぎるのを速く感じる様になるだろ、あれ興味がわく物事が減ってくるからよ、意識してしまう物事が減ってく現象、最後には万事当たり前って所に行き着くと思うね、そこでは時間を体感しない、存在も体感しない、そんな終点ね。 時間も存在も無い終点「無」だね。
でもね、人はこの現象に逆らうのよ、もっと意識したいと刺激を求めてさ、若々しく在りたいとか、無理して逆らう訳ですよ、バイアグラ使ってでもヤリたいとか、脂肪吸引してでも食いたいもの食いたいとかさ。もう中毒よね。 社会環境に洗脳されちまってんのよ。
つう訳で人は自ら刺激を求めてるって話、
振動し続けたい、ふるえ続けたいのさ、
いつまで経っても輪廻が終わらんはずです、
神様なんて居ません、単純にふるえ続けたいという自分の自業自得があるだけですよっと。 「霊」について考察してみるかね。
ちなみに俺は霊に出会った事はないぞ。
思うに人が霊って言ってるのは自分の「業」
の事なんじゃねーの。ちなみに俺の中では
「業=シナリオ」なんだけど。
其々が其々の自分の業(シナリオ)を見て「霊」だっつってんのよ。 だから、自分の業(シナリオ)が濃い人の方が
濃い「霊」=「業(シナリオ)」を見るんじゃねーの。業(シナリオ)の薄い人は霊も薄いってか
見たとしても気付かんぐらい薄いとかさ。
そんなんだと思うぜ、まあ憶測だけどね、
じゃあね〜、バーイ。 そうそう、こんなのも入れとくか。
つまりチャネラーとかの類いは、其々自分の
「業=シナリオ=物語」を披露してんのよ、
自分の濃い業をさ、だから俺には関係無い話なのよ、そんなのを信じれば信じる程、他人の業に巻き込まれまっせと。 でまあ、大多数が同じ一人の「業=物語」に巻き込まれまくってんのが宗教であり、現世なんじゃねーの、だから同じ物語に巻き込まれてる多くの人は同じ様な「霊=物語」を見るのも合点が行くとかさ。まあ憶測でさぁーね。バ〜イ さて問題です、どんな環境に居ようとも何もしなくても死なない(死ねない)体を手に入れた種族がありました、その種族(70億人)は何をするでしょうか? 呼吸する必要無いし食料食う必要も無い、だから仲間を作る必要も無い、仲間作ったとしても仲間の言う事を聞く必要が無い、逆に言うと誰も自分の言う事を聞かない、子は親の言う事を聞く必要が無いから当然言う事を聞かない。
誰かを殺そうにも死なないので殺す意味が無いので誰も殺さない、逆に誰からも殺される事も無い、つまり何も要らない、そんな世界で何をする? 答え、何もしなければよい。終わり。
だけれども現代人は、無理矢理にでも何かをするぜ、何もしないでは居れないから、振動していたいから、ふるえていたいからね、もう、それ病気ですよっと。 上の方で真の自由人の定義について語られてたけど完全に同意する。 人間だけ特別という考え方を排除してみ。
さっき死んだ蚊は魂となっただろうとか、
このダニは潰れたが魂は生きているとか考えるか?
人だけ特別て言うのは宇宙の中心が地球だ言うのと同じくらいご都合主義だぞ。 人間は特別なんだよ。神に似せて作られているから。
その他多くの動物や、虫 とは違う。 ダニはダニの世界を人間は人間の世界を生きてるからな 考えれば考えるほど死後の世界はない
臨死状態の脳は存在しているが火葬場で焼かれた脳の灰が昨日してるとでも言うのか? ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています