そんなに難しい話ではない
呪うとか祝うといのは、二者間以上で共通認識や概念を持ち合わせる時に働く
つまり、「言葉」で発動するもの
身近なものでは「名」もそう
昔の人はその呪術性から本名は名乗らなかった(護身の意味合いが強いが)
そういった当たり前の共通認識は「常識」や「普通」となるので何の問題もないが、例えば
軒下に鰯の頭を木の棒に刺して飾っている家を見かけたら貴方はどう思うだろうか
しかも、理由を問えば「妖怪をはらうため」という
これは「事八日」といって一部地域では本当に行われるが、知らない人は奇異な目で見るだろう
呪いが通じるのは呪いを信じている人のみである
託宣によるまつりごと、呪術による政敵の失脚
それらが巷間の噂に上るような時代のもの
或いはその時代から伝う憑き物筋や民間呪術とそれを支える人たちのもの
「呪い」なんて効く世の中ではないのです