偶然は必然 計算された世界

同じ事のようだけど、私にとっては違うんだよね

偶然だと思うのは誰か、必然だと思うのは誰か
計算されていると感じるのは誰か、または計算しているのは誰か

なんだか哲学的問答のようであって、実証不可能な事のよう…
だけど、‘’誰か=私‘’とすれば、それは実証可能に成るんだ

ただ、やってみればいい
それはとても、独りよがりで、自分勝手で
結果はいつも違っていて、実験の体すら成さなくて…

でも、そこに残るものがあるとすれば、それが 私 ってことなんだ
実証=私
もともと実証結果は、他と比較するものでは無いんだよ

科学では原因が同じなら結果も同じになるだろうと言う考えを元に
実験、実証する訳だけど
人はそんな単純な構造では無いんだよね

なぜ人は単純な構造では無いのか
それがアセンション・ディセンションに結び付いて行くのだと
私は思ってる
だから、それを解き明かしたい


続きは多分、夜にでも