統制を取り、勝つ為の手段と云えばそれまでだが、
 昭和時代の野球部の人間関係を見ていると、
 「苛め、非行予備軍」を育成している様に思える。

 野球部監督もマナーが悪いのが居た。
 練習中に喫煙、ポイ捨て、部員に酒を注がせたり、車を洗わせたりする。
 合宿で監督、コーチの部屋の掃除、少しでも汚れているなら
 殴る、蹴るの暴力。この様な環境に身を置くと、部員は部外者や後輩に
 その鬱憤ばらしを行う、しかし、彼等には「鍛えてやっている」等と云う
 大義が成り立つ。
 監督、コーチも目上の者に対して礼儀が成り立っていれば、部外者や後輩は
 適当に苛めて良い等と公言している人間も居る。
 結局、「他で失礼な事をしてまで絶対服従出来ない」と退部した人間も結構居た。
 某ヨットスクールや東京都知事や体育会系の指導者はこの様な人間関係を望んでいると思う。
 正しくは無いが統制は取れるからか?自らが頂点に居れるからか?
 上記の話は昭和50年代頃の私の近所の野球部の話。
 体罰無条件肯定、強いと何をしても良いと云う感覚は此処で養われるとおもう。