『記憶の音色』

曲がり角まであと数メートル。
いつもこの辺りで少し息が切れてくる。
苦しいのはジョギングをしているせいだけではない。
その曲がり角を曲がれば、すぐ左手に君の家が見えてくる。日曜日の午後。君がピアノレッスンを受けていた時間帯だ。今はもう、君の弾く音色を聴くことはできない。
君は何に絶望していたのか。
あまりに唐突な別れは先月のことだった。
先生が僕らに伝えた君の死を、僕はまだ受け入れられずにいる。僕は今日も耳をすませて君の家を抜き去った。(了)