人というものは後悔する生き物で、それが特に顕著に表れるのは死が関係する瞬間である。そんな、だから何だよというような雑学くらいしか、走馬灯として奔らない僕の人生とは、いかがなものなのだろうか。
 ――本当に楽しくない人生だった。只々、沈んでいくだけの自分の体を眺めながらそんなことを考える。ふと、上を向いてみると、そこには夕焼けの美しい景色を海が映し出していた。
 「ああ、綺麗だな」と思って手を伸ばしても僕の体は只々、沈んでゆくだけ。
 こうして思い出したばかりの雑学を少しばかり実感しながら僕はこう言うのだ。
 「最後にいいものが見れたなあ」と。
 「いやいや。そこは『やっぱりまだ死にたくないなあ』でしょ」
 案外、水中でも声というものはハッキリと聞こえるものなんだな、と声の主の方を見るとそこにはいわゆる人魚というやつがいた。
 この光景を死の間際の幻覚だと切って捨ててもいいのだけれど、もしこれが本物だとしたら、もう少しくらいは生きてみる価値があるかもしれない。
 そこで僕が「『やっぱりまだ死にたくないなあ』」と体の中に残っている少ない空気を振り絞って言うと、人魚は「でしょ?」と笑顔で僕に言うのだった。

◇ ◇ ◇

 「ふふっ、大丈夫?」
その人魚らしきものは僕を砂浜に引き上げてからそう言った。なぜ笑っているのだろう? というか、本物の人魚だったのか。
 人の上半身に魚の下半身。整った顔立ちと夕焼けの橙の光を反射する鱗を見て、純粋に奇麗だなと思わされる。これで歌もうまいときているのだから神様も大概に不平等だ。そんなことはずっと前から知っていたけれど。
 もしかしたら、歌の下手なマーメイドもいるのだろうか。それに、マーメイドとマーマン、雪女と雪男、というような見た目やイメージの男女格差はなんなのだろうか。
 「そんなにジロジロ見られたらオネーサン照れちゃうな〜」
 そう言われて目を逸らすのだが、如何せんその後の話題がない。ああ、助けてもらったのだから、お礼くらいは言わなければ。
 「その……助けていただき、ありがとうございます」

「君、それほんとに思ってるぅ?」

む。失礼な。
「思ってますよ。半分くらいは」

「もう半分は?」

「人魚を見るためだけに生きてみたけれど、見たからどうというわけでもなかったなあ。です」

「あははっ。うん、正直なのはいいことだ」

褒められてしまった。褒められて……褒められて。今までの人生のなかで褒められたことがないので、反応に戸惑ってしまう。いや、それよりも……嬉しい。嬉しいのか。僕は。褒められるとはこんなにいいものだったのか。きっと、この感情のために働けていたら僕の人生はもうちょっと変わっていたのだろう。いや、褒められてこなかったからこそ、こんなにも嬉しいのか? なにはともあれ。浪速友あれ。――友達、欲しかったなあ……。おっと、話題がずれた。
「ありがとう、ございます。これは、半分じゃなくて、十二割のありがとう、です」
思わず、声が震えてしまうくらいには嬉しいのだ。だからこその十二割の感謝。

「ちょっと褒められただけで、これとは……。いったいどんな酷い生活を送ってきたのさ。あー、待って。言わなくていいから。正直、聞きたくない」