山が近くに見える。左右にあり、挟まれるような迫力を感じる。青い空にはトンビがいて壊れた笛のような声で鳴く。
 ここは田舎だ。ひび割れた歩道は年単位で放置されていた。町の名を持つ寒村と言っていい。
 そんな僻地であっても普通、歩道に豚はいない。近くに豚舎はないので、そこから遁走してきた訳ではないと思う。
 軽い現実逃避を終えて、改めて前方の豚を眺めた。ペットにしては大きい。丸々と太っている。薄桃色の身体を見ているとゴマダレたっぷりの豚しゃぶが食べたくなった。
「おい、そこの豚」
 もちろん、何の反応も示さない。腹這いの姿勢を貫いた。歩き疲れてへばっているようにも思えるが、その心中を推し量ることはできない。
 ふと友人の柴山を思い出す。丸みのある三角顔は大きく、見ているだけでこちらの遠近感を狂わせる。頭部の重さでめり込んだように首がない。年中、Tシャツを着ていて口癖は「暑い」だった。
 あれも豚ではあるが本物ではないので思考を中断した。
 無駄とわかっていながら周辺に目をやる。やはり誰もいない。近くに古ぼけた日本家屋はあるが、あれは亡くなった両親から引き継いだ我が家なので人はいない。
 取り敢えず、豚に近づいて足で押してみた。揺れはしたが抵抗はしない。されるがままの状態に嫌な予感を覚える。
 小さな目を覗き込むと生きてはいた。鈍い反応ではあるが俺を見ているようだった。
「おまえ、美味そうだな」
 危機感のない豚は逃げ出す素振りも見せない。疲労で動けないのかもしれないと思い直す。
 突然の豚の登場には驚いたが、時間と共に頭が働くようになった。これはあれだ。食肉として工場に運ばれる過程でトラックから落ちたのだろう。
 その落下の衝撃で足を痛めたのかもしれない。工場送りと野垂れ死を比べると、どちらが幸せなのだろう。最後に待っているのが死なので比べる意味がないように思えた。
「少し待っていろ」
 俺は幸せを優先に考えて行動に移す。数分前に歩いた道を足早に引き返した。
 半ば壊れた門扉を通って横手へ曲がる。両親が使っていた農作業小屋を物色。過去の記憶は正しく、早々と目当ての物を見つけた。
 再び同じ道を通って豚のいるところへ戻った。優しい笑顔を意識して振り被る。
「俺を幸せにしてくれ」
 鉈を豚の頭部に振り下ろした。今日は豚しゃぶだと心に思いながら。

>>294を見て思い付いたので書いてみた!(`・ω・´)寝るとしよう!