『すくい』

 不意に強い風がガタリと窓を揺らし、暖房の効いた病室へ微かな寒気を忍ばせた。窓の外に目をやると、春一番が激しく木々を揺らしている。何処か閑散とした病棟の中庭を眺めていると、遠くからまた救急のサイレンが聞こえてきた。音は恐らく、こちらに近づいてくるのだろう。そう想うと心が一層重くなった。
「誰?」
 少年の声に私は振り向いた。
「起しちゃったかな? 心配しなくてもいいよ。気分はどう?」
 マスク越しのくぐもった声でそう答える。
「おじさんは誰? 新しい先生?」
 ベッドに横たわったまま、少年は不安そうに再び尋ねる。頰は痩け、所々黄疸が見られる。病状は悪そうだ。かなり苦しんだのだろう、目は虚ろでやつれた表情をしている。新種のウイルスは年齢など選んではくれない。当たり前だ。しかし、こんな子供にまでーー私は思わず拳を握り締めた。
「大丈夫だよ。心配しなくていい。新しく君を担当することになった井出という者だ。よろしく。私はね、君を救いに来たんだよ」
 そう答えると少年の目に少し安堵の色が窺えた。無理もない、こんな小さな病室で毎日同じような日常を送っている彼にとっては、些細な変化でさえ不安の種となるのだろう。
「さて、悠太くん、だっけな? これから私は君に注射を打たないといけない訳だが、その前に先生と少しお話しをしようか。何でもいい。担当として、君のことを知っておきたいんだ。どんな話でもいいぞ? 君の好きなこと。楽しかった思い出。どんなことでもいい、君の話をしてくれないか? 勿論、できる範囲でいい。体が辛かったら無理をすることはないが、どうだろう、話せそうかな?」
 話相手に不足していたのか、私がそういうと少年は堰を切ったように話を始めた。