当時はもうSUVの時代に入っていた。バブル時代のデートカーは珍しくなっていた。助手席に座って、一番、最初におどろいたことはMTだったことだ。
「え、AT限定じゃないの?」
「わたしたちが高三の時ってAT限定なかったでしょ?」
 あれ、あまり若くない。いや、それをつっこんではだめだ。話を合わせろ。
「よく考えたら俺の時もそうだった」
「そんな、わたしに気をつかわなくても」
 そう言い、彼女はまんざらでもない感じになった。
 彼女はキーを回して、エンジンをかけ、数分、暖機運転をして、クラッチを踏み、ギアを一速に入れ、走り出した。
 彼女のクラッチ操作はスムーズだった。俺よりうまいかもしれない。俺は当時、都心部のマンションに住んでいてクルマを手放していた。学生時代はMTのシビックに乗っていた。
 ブレーキも静かだけど、ちゃんと停止位置はあっている。彼女は運転がうまかった。
「どう?なんとなく、このクルマがわかってきた?次のPAから乗ってみる?」
「ああ、そうしてくれれば」
「ところで、あんたの家はどこなの?わたし、意識しないで走り出したけど」
 とっくに俺の部屋はすぎたところだ。
「とっくにすぎた。まぁ、いいや。よければ二人だけの時間をもうちょっと過ごしたい」
 彼女が変わった。
「いやー、まー、あんたはいい男だし。わたしは別にいいけどさ。でも、いきなりはだめよ」

 最後に妻が言ったこと以外は息子に話した。ちなみにこの日に息子を授かったわけではない。ただし、この晩は第三京浜を港北で降りて、新横浜へシルビアを走らせた。

「お前が生まれてくるまでこのクルマに乗っていたよ。お前が生まれてくるから、オデッセイに乗り換えた」
「いまはレクサス RXっすか?」
 息子も嫌味だ。趣味でないのをとっくに見透かしていたか。
「ありゃ、ゴルフ場でクライアントに見栄を貼るためだけだ。ドライブ自体はたいしておもしろくない。いいぞ、シルビア。ただし、条件がある」
「なに?」
「俺とかあさんにも貸せ。どうせ、大学へ行っている日は乗らないだろ?」
「ああ、大学は電車で通う。でも、おやじ、平日に休めるの?」
「お前をほっといて、本当に悪かったと思う。ただ、かあさんのことも少し考えないとな」
「いいんじゃない。おやじ、忙しすぎたものな。おかげで俺は金のかかる私立へ行けて、なにも言えないけどな。でもさ、いまさら弟や妹は勘弁だぜ」
 あの頃よりS13 シルビアが似合う女性に妻はなっている。
 あるかもしれない…