デートカー

 息子が俺の書斎のドアをノックした。俺は「入れ」と言った。
 息子はお願いがあると言ってきた。
「俺、今日、免許が取れた。それでお願いがあります」
 まぁ、ここで察した。マイカーが欲しいということだろう。息子が中学生になってからは仕事が忙しくなり、ほとんど付き合えなかった。その罪滅ぼしとしては安いものだ。
「なんだ?」
「車を買う金を貸してほしい」
「いくらの前に車はなににするんだ?」
 これは重要だ。どうせ、SUVだろう。俺の趣味ではないがそんなものだ。
「S13 シルビア。100万円で全部やってくれとるところを探した」
 息子よ。ずいぶんと渋い趣味だ。俺と妻にとっても思い出深いクルマ。そして、息子がこの世に生を受けるきっかけのクルマ。もうちょっと、話を聞いてみよう。
「お前、AT限定だよな?ありゃ、ATで乗ってもつまらないぜ」
 息子はあきれた顔をした。
「話しただろ?MT免許にするって。だから、おやじは」
 これは俺のミスだ。息子への関心が薄かった。もう少し息子に話を聞こう。
「あの年式だと、そのぐらいの価格か。そんなものだな。状態はどうなんだ?」
「年式相応だけど、あの時代の日産だから、そんなに悪くもない」
「なんでR32 GT-Rとか言わないんだ?」
 ちょっと、からかってみた。
「さすがにおやじ殿がいまをときめく企業の執行役員でも、それは言えない。で、シルビアはOKなの?」
「基本的にはOKだ。ただなぁ、あのクルマは俺とかあさんにとって思い出深いクルマでさ。なんか、照れくさいんだよ」
「どんな話があるの?」
 俺はノートPCのクラウドドライブのフォルダを開いて、一枚の写真を息子に見せた。

 2000年対応の仕事がひと段落して、俺のPRJでBBQをやろうということになった。場所は湾岸の公園で電車で行きにくい場所だった。ただ、そのBBQ自体はこの話に関係がないので、またの物語にする。妻とは同じPRJにいたがチームが違い、話したことはなかった。
 BBQが終わり、荷物をクルマで持って来ている人のクルマへ運ぶことになった。その時、妻が乗っていたのがライムグリーンのS13 シルビアだった。
 俺は、そのS13 シルビアのトランクに荷物を積む彼女、いまの妻に声をかけた。
「なつかしいクルマだね。俺は学生時代にあこがれたよ」
 妻は照れることもなく、返してきた。
「いいでしょ?もう、最終型から10年も経っているから安かったの」
 当時のS13 シルビアは俺の会社の賞与なら一回分でおつりがくるくらいだ。
「まさか、チューンしている?」
「どノーマル。隣に乗って帰る?」
 いきなりストライクな子だと思った。
「いいの?それなら、お願いするか」
「ただし、最初、運転はさせない。わたしの運転を見ていて」
「それでいいよ」