あなたは手を伸ばしボトルを取ると、しげしげと観察します。
 思いのほか、ずっしりと重い。ラベルに書いてある文字はアルファベットのようにも見えますが、読めません。コルク栓はしっかりと締められていて、瓶の縁よりもわずかに沈んでいます。
 そこであなたは、はたと気付きました。コルク抜きがない。
 ボトルの他には、グラスがあるのみ。クリスタルでしょうか、色褪せたボトルとは対照的に宝石のようなきらめきを放っています。
 でもここに芳醇なワインを注ぐためには、コルク抜きが必要なのです。

 あなたは焦ります。
 どこかに落ちてないか。あるいは、何か代わりになる物でもあれば。
 でも、そんなものがないことは初めから分かっています。絶望がさらなる渇きと飢えを誘いました。
 ふと、傍らに立つワイングラスが眼に止まりました。これを割れば、刃物の代わりになるだろうか。コルクを綺麗に抜くことはできなくても、削り取って穴を空けられれば。
 あなたはグラスを取り上げると、壁に投げつけました。カシャンと、予想外に軽い音を立ててグラスは砕け散りました。
 それを見たあなたは慌てて立ち上がり、駆け寄ります。刃物どころではありません、粉々になってしまったのです。
 思い切り投げたつもりはなかったのに、それとも冷静さを欠いて力が入ってしまったのでしょうか。少しでも大きな破片をと拾い上げてみますが、指先に力を入れただけで簡単に砕けてしまいます。
 こんなに脆いものだったとは、思いも寄りませんでした。

 こうなったら。
 あなたはコルクの表面に爪を立てました。時間がかかってもこうやって削るしかない。
 ボトルの先端で壁を叩いて割ることも考えましたが、ワイングラスの末路を思うとその勇気も出ません。ここは慎重にいくべきなのです。
 幸いなことに、コルクは柔らかく人の爪でも削れないことはありません。でもさすがに生身では無理があり、すぐにボロボロになって血もにじんできました。十本の指を全部使ってでもと覚悟を決め、夢中で掘って行きました。
 ボトルの口は狭く、掘り進むにつれ指が入らなくなって来ました。小指ならなんとか通りますが、力がうまく入りません。
 そのうえコルクが緩んできたせいか、掘り出そうとしても奥へ逃げてしまうのです。これでは栓を抜くことが出来ません。

 と、その時あなたは考えました。
 抜くのが無理なら、このままボトルの中に落としてしまえばいい。そう気付いたあなたは、小指を思い切り押し込みます。
 コルクはグイっと沈んで行きます。が、それが限界でした。指が入るギリギリまで押し込んでも、そこに留まったまま指先に感触を伝えます。
 逆さにしても、思い切り振っても、中身が出てくる気配はなく、コルク栓はボトルの奥で踏みとどまっているようでした。
 絶望に涙が溢れそうになります。でもあなたは不屈の心で自分に言い聞かせます。冷静になれ、と。

 あなたはボトルを立てると、コンコンと軽く床に当てました。
 小指を差し入れ確かめると、心なしか指先の感触が軽くなった気がします。
 さらに数回叩いてもう一度確かめると、明らかにコルクが沈んだのがわかります。でもボトルを逆さにしても、まだ中身が出てくる気配はありません。
 あなたは慎重に、深呼吸を繰り返しながら、ボトルを床に当て続けます。
 やがて、チャポンという微かな音が耳に届きました。ボトルを振ると、チャボチャボと今までにはない澄んだ音が響きます。

 とうとうやりました。
 あなたは夢中で先端に唇を押し付け、ボトルを逆さに立てました。
 芳醇な液体が、口の中になだれ込んで来ます。
 口いっぱいに含んだそれを、でもあなたは思い切り噴き出しました。

 白い床の上にまき散らされたのは、それと同じ色の白い液体でした。
 予想だにしなかったその正体に、あなたは絶望の声を上げたのです。

「俺、牛乳飲めないんだよ……」