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ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【240】

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0001創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/04/05(水) 09:36:29.05ID:HrRddKt6
オリジナルの文章を随時募集中!

点数の意味
10点〜39点 日本語に難がある!
40点〜59点 物語性のある読み物!
60点〜69点 書き慣れた頃に当たる壁!
70点〜79点 小説として読める!
80点〜89点 高い完成度を誇る!
90点〜99点 未知の領域!
満点は創作者が思い描く美しい夢!

評価依頼の文章はスレッドに直接、書き込んでもよい!
抜粋の文章は単体で意味のわかるものが望ましい!
長い文章の場合は読み易さの観点から三レスを上限とする(例外あり)!
それ以上の長文は別サイトのURLで受け付けている!

ここまでの最高得点79点!(`・ω・´)

前スレ
ワイが文章をちょっと詳しく評価する!【239】
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0386創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/04/22(土) 02:59:33.21ID:J4mQA9IC
焼きのり

 退官して、もう3年が経過した。大学の先生、それも文系学部なぞ、テストのない期間はそんな遅くまで学校にはいない。わたしなぞ、学生に愛されているわけでもなかったので、講義が終わると、さっさと帰路についた。わたしの大学の同級生で私立の女子高の教師になったものもおったが、部活を持ったりするととにかく忙しいということだった。大学の教員なぞ、のんきなものだ。いまも暇だが大学の教員時代も暇だった。
 わたしはハイデガーの研究では日本の学界でも名は知られていた。ただ、それも、あの「黒いノート」があきらかになる前までだ。日本の思想・哲学界は影響がないと言われていたが、それでも、ハイデガー哲学を志す学生は少なくなり、マルクス・ガブリエルのような新進気鋭の哲学者がハイデガーを否定したため、大学の哲学科のなかでの扱いも軽くなった。わたしは黒いノートはドイツ語で出版されて時点で取り寄せて読んだ。
 読んだのが退官直前でよかった。わたしも一気にハイデガー哲学への興味を失った。若いヨーロッパの哲学者たちと同じ気持ちになった。それでも、退官まで大学で教鞭をとっていたのは、ひとえに退職金のためだ。少なからず、残っていた自宅のローンを考えると仕方がなかった。バブル時の高掴みではなかったが、一生に一度のローン、働かない、いや、大学の教員をやめて返せるものではなかった。
 そのため、わたしの小遣いはそんなに多くはなかった。そんな、わたしの楽しみが、そばやで一献を楽しむことだった。大学の教員なぞをやっていると学生と飲みに行くときもある。最近のチェーン居酒屋はどうもちゃんとしたアルコールが出てくるようだが、炭酸やわたしの知らぬなにかで割ったチューハイばかり。ビールはわたしの嫌いなキリンやサントリー。世間では嫌われているようだがアサヒが出てくるところだと、まだましだ。それに、そういうお酒はわいわいと飲むものだ。ハイデガー研究者にはそんなお酒は似合わない、いや、嫌いだ。フランス哲学の研究者たちは「ここはカルチエラタン」といいながらそういう酒を飲むが好かん。アメリカ哲学の研究者は一軒目からシティホテルのバーでカクテルをオーダーする。もっと、好かん。こいつらはウォール街で哲学をやっているのかと思っていた。ドイツ哲学こそが偉大なのだ。

「先生、いらっしゃい!」
 そば屋ののれんをくぐると店主の娘の明るい声が響く。店主の娘と言っても、わたしより少し若いぐらいで、もう、その娘の娘は高校生で学校が長期の休みに入ると店を手伝っていたりもした。
「こんちわ。いつもの席はいいかな?」
「今日も空いていますから、どうぞ」
 娘がおひやとおしぼりを差し出してくれた。わたしは顔を拭き、おひやを一口、飲んだ。学校での緊張感が溶け、リラックスした。
「今日はちょっと暑いから冷やと焼きのり」
 娘は「はい」と元気に返事をした。ただ、それはむだに声がでかいだけではなく品のよさがある。
 このそば屋は都心から郊外に伸びる私鉄の各駅停車の駅の駅前の商店街のなかでやっている。わたしがこの駅に越してきた時にすでに店はあった。もっとも、そのころはいまより、のれんもまだきれいで、店もぴかぴかだった。そんな、何代目とかの伝統のある店ではない。昼間はかつ丼やカレーも出す、街の庶民的なそば屋だ。夕方になると商店街の店主や駅から自宅に戻る前に寄るビジネスパーソンがいるため、お酒のあての品ぞろえもよかった。千円札を数枚で勘定は済む。だから、薄給で住宅ローンを抱えた、わたしでもよく来られた。
 娘がコップに入れた日本酒と焼きのりをテーブルに置いた。実を言うと、わたしは、この店に引っ越してきた時から通っているが、銘柄は知らない。銘柄を指定したことはない。店主がその時々に応じて、仕入れて、お客に出している。ただ、店主を信用しているので、銘柄を訊くような無粋な真似はしない。これはハイデガー研究者の意地だった。存在と時間というものを考え抜いた結果、そこに至った。だからこそ、黒いノートなぞくだらないものにはがっかりしたのだ。
 その酒は基本的にそば屋のあてにあうものをチョイスしていたが、たまに変化球でフルーティや若いのもあった。冷やでなら、熱燗ならではというチョイスも。
 一口、飲むと、今日の酒はわたしがまとっていた外の暑い空気を吹き飛ばしてくれた。
0387創る名無しに見る名無し
垢版 |
2023/04/22(土) 03:00:45.98ID:J4mQA9IC
 わたしはテレビを見た。この店はそんなしゃれた店ではないから、テレビもある。チャンネルはいつもNHKだった。大相撲をやっていた。
「いまは夏場所だっけ?」
 娘もお客はわたし一人で、常連なので気をぬいていたのかテレビを見ていた。
「ええ、そうですよ」
「そりゃ、暑くなるわけだ」
 娘はなにか思い出したようだ。
「あれ、先生、この時期は毎年、忙しいと言っていたような」
 私は苦笑した。
「もう、退官して何年だよ。いまはカルチャーセンターで講師。ありゃ、大学の新学期ほど忙しくないからさ」
「あら、先生の講義が聴けるなら、わたしもおとうさんと通おうかしら」
「おいおい、店を閉められちゃ困るよ」
 娘の雰囲気が変わった。店主が厨房から出てきた。
「先生、まいど」
 店主はわたしより10歳から15歳くらい上だ。厨房にいることが多かったが、手が空くとテレビを見るために厨房から出ることもあった。
「どうも。今日もお酒、おいしいよ」
「ありがとうございます。実は、店をたたむんですよ」
「え、また、どうして?」
「先生の家のあたりでも噂はあると思うんですけど、ここ、マンションになるんです」
 妻から夕食の時に話を聞いた。駅前にタワーマンションが建設されると。
「あの話か。しかし、二階に大将は住んでいるよね?どうすんの?」
「いや、土地提供者に部屋は用意されるので、そこに引っ越します」
「店は?」
「そこなんですよね。うちはかあちゃんがいなくなってからふたりだときつくてね」
 そうだ、前は大将、大将の奥さん、娘の三人で切り盛りしていた。奥さんがなくなったのは、わたしが退官してから1年後だったか。もう、2年か。
「ただ、先生みたいな古くからのお客さんがいらっしゃるので、昔の酒屋みたいな角打ちをやろうかと」
「いいじゃない。大将は酒の目利きができるし」
「ええ、それもいいかなと。まぁ、街が変わるなら、わたしも変わらないといけないと思いまして。ひとつ、酒の目利きだけで勝負しようかと。負けたところでマンションを売ればどうにかなりますし」

 わたしは店を後にした。大将が変わる。わたしもカルチャーセンターの講師などくだらないと言ってくさっていないで、新しいことにチャレンジしてみるか。
 書店に入り、最新の哲学書がないか探してみた。若いころの思想を選ぶセンスはまだ衰えていないはずだ。
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