茨木敬くんの日常
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主人公は茨木敬くん、33歳独身のヤクザです。
顔も身体も傷だらけで喧嘩もメチャメチャ強く、見た目は怖いけど心は優しい人です。
子供、女性、老人は絶対に殴ることが出来ず、スイーツが大好きです。
孤児院出身なので、特に身寄りのない人に対してはとっても優しいです。
そのくせお酒や辛いものも好きで、敵対する人をブッ殺したことも何度もあって、渋みが全身から滲み出ています。
そんな茨木くんの平凡な日常。さて、今日はどんなことが起こるのかな? 「1本は捨てるしかないでおじゃるね」
剛力あやの組長は自分のチームの顔ぶれを眺めると、仕方なさそうに言った。
「まぁ、後はマロと上戸だけで楽勝でおじゃる」 「誰が強いのかわからん」
優太は首をひねった。
「俺、自分の組のこと、まだ知らなすぎだわ」
「自信のある人、手を挙げて?」
藤あやみが促した。
しかし誰も自信がなさそうに、手を挙げる者は誰もいなかった。 「ウチが出ますどすえ」
唯一手を挙げたのは中條母だ。
「ええ? おばちゃんにはキツいでしょ」
優太はそう言うと、茨木敬の顔を見た。
「どうなの? 強いの?」
「さあ?」
茨木も首をひねった。
「だが、見事なモンモンなのは確かだ」 「本多さんは? 」
優太は自分の組の若頭に声を掛けた。
「立派な鯉のモンモンじゃん?」
「しかし……たかが鯉でさあ」
本多は首を横に振った。
「カープが野球で強いようには、私の鯉は強くありません」
「ゆーたはどうなの」
ヤーヤが横から聞いた。
「組長さんでしょ。強い」
「いや、コイツはダメだ!」
茨木が即答した。
「この競技には絶望的に向いてないわ」
藤あやみも即答した。
「エヘヘ……」
優太は恥ずかしそうに笑った。 結局、元東城会のエースだった桐生という男が先鋒を務めることに決まった。
次鋒は中條母こと中條かなこ。
「大将は決まりだよな」
優太が当然のように言った。
「オッサン、頼むぜ」 茨木敬の脳裏にあの夜のことが浮かんだ。
剛力あやのの金剛力士に、自分の桜吹雪は勝てなかった。
おそらく……いや間違いなく、剛力組の大将には奴が出て来るだろう。
自分は……勝てるのか?
自信がなかった。 「いや……俺は……」
「確実に勝てるのオッサンしかいねーよ。任せたぜ」
優太は茨木の背中を叩いた。
「それに……。あやちゃんのカタキ、取るんだろ?」
「……そうだな」
茨木は自分の頬を一発、殴った。
「俺がここで立たなくてどうする、茨木敬!」 相手チームの先鋒の姿を見て、新飛島組は騒然となった。
「剛力組先鋒、平山あやめ」
運営がその名を呼び、ショートカットにナイスバデーな20歳代半ばぐらいの美人が颯爽と前へ進み出た。
「かっ……可愛い!」
「俺の胯間がもこみちになっちゃった!」
「やっぱ俺が出る!」
「桐生、てめぇ代わってくれ!」 次いで次鋒、上戸あやこの名が呼ばれ、全身一揺れもしない筋肉の鎧のような、女とは呼びがたいものが前に進み出た。
「……アレはいかん」
「見たくもない」
新飛島組は意気消沈した。
「アレは中條のお母さんにあげる」
「大将、剛力あやの」
運営が名を呼ぶと、真っ白な化粧をしたマロ眉の婆さんがファッションモデルのような歩き方で前へ出た。
しかし新飛島組は誰も見ていなかった。
「先鋒、やはり私に行かせてください!」
若頭の本多が真っ赤な鯉の刺青を誇示しながら、喚いた。 続いて新飛島組チームの選手名が発表された。
「新飛島組先鋒、飛島優太」
茨木が飲んでいたスポーツドリンクを激しく噴いた。 「次鋒、中條かなこ」
名を呼ばれ、中條母が歩み出る。
匕首を両手で抱え、決死の表情だ。
「なんと……私の相手は♀ですかッ!」
上戸ががっかりしたように言った。
「屈強な♂をぶち殺すつもりで楽しみにしていましたのに……ッ!」
「瞬殺して差し上げろ」
剛力組長がつまらなそうな顔で言った。
「どんな男も敵わぬお前の敵ではないでおじゃる」 「大将、茨木敬」
「おうッ!」
気合いを充分に見せつけて茨木が前に出た。
「剛力ッ! この間の雪辱じゃ!」
「まんまと出て来おったわ」
剛力あやのは嬉しさについ歪んでしまう顔を扇子で隠しながら、言った。
「今日、主役はマロのものになるでおじゃる」 その頃、茂みの中では迎良組の老組員達が昇天していた。
さっき目にしたものを頭の中で反芻しながら、彼らは亡者のように呟いていた。
「菩薩様って本当にいただな……」
「ああ、冥土への最高のみやげになっただ……」
「もう、いつ死んでもいいだな……」 先鋒戦が始まった。
何もない関ヶ原の野に向かい合って立つと、両者は睨み合……いや見つめ合った。
「組長さんが相手だなんて光栄です」
平山あやめは恥ずかしそうに言った。
「どうせ私、捨て駒ですから……。うちの組長に『遠慮なく負けて来い』って言われてます」
「もっと自信を持ちなよ」
優太はイケメン顔で言った。
「君はとても魅力的だ」
「あ……ありがとうございます」
平山は長い睫毛をしばたかせて言った。
「では、よろしくお願いしますね」 「ゆーたの刺青って、どんなの」
ヤーヤが茨木に聞いた。
「どんなのも何も……」
茨木は答えた。
「アイツ、刺青入れてねぇんだ」
「刺青なんて時代遅れだ! とか言ってたけど……」
藤あやみが言った。
「単に痛いのは嫌だってだけよね」
「タトゥーシールは貼っときました」
本多が言った。
「それでも、アレじゃあ……」 「それでは……始めッ!」
戦闘開始の合図がかかった。
「さっさと終わらせて近くのファミマにふたりでしけこもう」
そう言いながら優太が着ているガウンに手をかける。
「あっ、ファミチキ食べたいです」
平山も自分のガウンに手をかけた。
「いくよっ!」
「勝負です!」
二人のガウンが宙に舞った。 平山あやめのタトゥーが晒された。
「あっ!」
「あれは……っ!?」
観客がどよめく。
平山の華奢な背中に乗せたあったのは真っ黒なヒラメの彫り物だった。
「……魚拓?」
「可愛いよ」
優太はそのヒラメよりも、腰のくびれと胸を隠すしているすべらかな二の腕に釘付けになりながら、言った。
「オリーブオイルかけて食べたいな」
そう言いながら後ろを向いた優太の背中は真っ白だった。
ただ左肩にひとつ、ピンク色の小さなハートがあるのを除いては。 「可愛い」
平山あやめは思わず笑顔を見せた。
「僕の負けだ」
優太は言った。
「早くファミマに行こう」
「はい」
「ファミマの駐車場にタクシー呼んで、そこから遊びに行こう」
「ふざけんな」
遠くで茨木が呟いた。
「次負けたら終わりなんだぞ!」 しかし優太は観客の罵声を浴びながら、平山あやめと手を繋いで会場を出て行った。
「なんと……ッ!」
上戸あやこが声を上げた。
「平山が勝ってしまいましたぞッ!?」
「よいでおじゃる」
剛力あやの組長は無表情に言った。
「お前は全力で対戦相手を潰すがよい」
「よいのですかッ!?」
「茨木敬はいつでも殺せるでおじゃる」
剛力組長は野望に燃える目で言った。
「この大運動会に優勝し、天下を取れる機会は今しかごじゃらぬ」 中條母が据わった目をして前にしゃしゃり出た。
上戸あやこもドスドスと地響きのような足音で前へ出る。
向かい合った二人を見て、茨木は声を漏らした。
「まるで柳の枝と檜の大木だ」
観客達も口々に呟く。
「あ〜あ、こりゃ闘る前から……」
「決まったな」
「目に見えてる」 「奥さん」
上戸が野太い声で言った。
「棄権するなら今のうちだ。無駄な殺生は好まん」
「あんさん達……」
枯淡の母といった趣で、中條かなこは言った。
「ウチの娘を殺らはったんどすなぁ?」
「中條あやのことか」
上戸は真面目な顔で答えた。
「あれは通り魔事件でしょう」
「黙りや」
中條母は着物の袖を口惜しそうに噛んだ。
「母の執念、とくと見さらせ」
その時、戦闘開始の合図がかかった。 上戸は着物を勢いよく脱いだ。
厨房まで筋肉と化した裸体が露になる。
「手は一切抜きませんぞ?」
そう言うと、ゆっくりと後を向く。
背中の仁王像の彫り物が姿を現した。
「これで終わりじゃあーーッ!」
仁王の目が赤く開き、三千度の炎がそこから発射された。
観客が悲鳴を上げ、思わず逃げ出す者も多くいた。 しかし中條母は身を紅蓮の炎に包まれながらも立っていた。
「ホホホ」
母は着物の袖で口元を隠し、余裕で笑う。
「確かに格闘勝負ならば、貴女に勝つ術などおまへんどしたろうなァ……」
「何……?」
一撃での勝利を確信していた上戸は動揺を隠せない
「言わばこの『タトゥー睨めっこ』は精神戦」
中條母は勢いよく着物の上をはだけた。
「とくと見や、我が50年の人生の詰まった刺青じゃ!」 それはまるで天へ向かって昇る大瀑布であった。
中條母の背中に描かれた昇り龍が目を開くと、轟音が鳴り渡り、激しい水流が上戸の足を地面から離しにかかる。
「く……ッ!」
しかし上戸は耐えた。
「なんのこれしきーーッ!」
観客が次々と竜巻に呑まれるように空へと放り上げられる。
茨木は飛んで行きそうなヤーヤをしっかりと抱き止めた。
「このようなものッ! 炎でかき消してくれるわ!」
上戸の仁王像が口を開く。
目から発射された炎よりも強い、七千度の業火がそこから吐き出された。 急に世界は静寂に包まれた。
中條母の大瀑布も、己の仁王像の吐く業火の音も消えた世界で、上戸は周囲を見回した。
「なんじゃ、ここは……」
暗闇の向こうから誰かが歩いて来る。
「上戸副組長……」
それは松浦が殺した筈の中條あやだった。
顔の真ん中が潰れているが、声とシルエットでわかる。
「はん!」
上戸は鼻で笑った。
「つまらんまやかしだ!」 「私をころしたのは……だあれ?」
中條あやは少し震える声で言った。
「通り魔だ」
「わわたしをこころしたたのは……だあれれ?」
「くだらん」
上戸は拳を振り上げた。
「さっさと地獄へ帰れ、フンッ!」
その時、上戸は気づいた。
中條あやの手が、誰かと手を繋いでいる。 「彼氏を連れて来たの」
中條あやは、顔のない顔で嬉しそうに笑った。
「ムウッ!?」
暗闇の中からだんだんとその姿が現れる。
姿を現しきらないうちから、その男の眩さが上戸の目を潰した。
「彼氏を連れて来たの」
中條あやが連れて来たのは、黄金の聖衣に身を包んだドラゴンであった。
「ぎゃーーッ!?」
目を潰された上戸が悲鳴を上げた。 黄金の聖衣を身に纏ったドラゴンは、言った。
「廬山昇龍波」
その言葉を口にしただけで、上戸は上空へ吹っ飛んだ。 300m空を飛び、地面に叩きつけられた上戸は、さすがに立ち上がれなかった。
「貴様……」
上戸は中條母に聞いた。
「なぜワシが『聖闘士星也』の……しかもドラゴン紫龍のファンだったと知っている……?」
「あなた、ウチと同世代ですやろ? 聖闘士星也世代……」
「そっ……それだけで!?」
「女のカンより強いモンはありまへん」
中條母は勝者の宣告を受けながら、目を細めて笑った。
「そして若い頃に憧れた存在には、誰も勝つことは出来まへん」 「お母さん……」
茨木敬は、その闘いを目に焼き付けながら、呟いた。
「あなたの闘い……俺の糧とさせていただきます」
そして向こう岸の対戦相手、剛力あやの組長を睨みつけた。
剛力はその視線に気づくと、馬鹿にするようにフッと笑った。 その光景を見つめる謎の男が居た。
名を「茨木 薪火太郎」。この物語の根幹に関わる超重要人物である 茨木敬にはまだ迷いがあった。
母が娘の敵を討ったようには、中條あやと山本サアヤを殺した剛力組への憎しみをパワーに変えることが出来ずにいた。
ぶっちゃけ作者の思い通りになることに反抗したかったのである。
『これで俺が憎しみで超パワーアップして勝ってしまったら、中條はまるでそのための単なる道具みたいじゃないか!』
中條との幸せだった同棲生活の日々が胸に甦る。
『中條は道具なんかじゃねぇ! 俺に平和で美しい日常をくれた、かけがえのない存在だったんだ!』 焚火太郎「ククク...哀れだな、兄者よ。まるで炎に向かう蛾の様だ。いつまで主人公を気取っているつもりだ?」 クロ「薪火太郎なのか焚火太郎なのかどっちだよ!?」 茨木敬と剛力あやのは向かい合った。
「上戸が負けたのは計算外であった」
剛力は悠々と扇子を動かしながら、言った。
「しかしこれでマロがおまえを殺せば、主人公の座と組の天下、どちらもマロの物じゃ」
「……」
茨木敬は何も言えなかった。
「どうしたでおじゃる?」
剛力は見下すように笑った。
「この前、派手に敗北したのが頭に焼き付いておるでおじゃるか?」 『しまった』と茨木敬は思っていた。
中條母があれ程だと知っていれば、中條母に大将を任せればよかった、と。
自分の最大奥義『さくらだモンッ☆』は剛力あやのには通用しなかった。
しかしあの時、若頭の上戸には、確実に効いていた。
自分が上戸と闘ればよかったのではないか。
中條母なら、亡き娘の敵を討つ執念と、強大な龍の力で、このバケモノにも勝てたかもしれない。
しかし、自分は…… 「おい」
剛力組長の背後でクロが言った。
「あいつ、チキンになってるぞ。お前の楽勝だな」
「ホホホ」
剛力は笑った。
「手羽先のごとく、真っ二つに折った後、むしゃぶりついてくれるわ」 「なぁ」
茨木は胸の中の中條あやに話しかけた。
「俺……負けてもいいか?」
「どうしちゃったのよ、敬くん」
中條は答えた。
「アンタらしくもない」
「だって、あのバケモノ殺したところでお前は帰って来やしないだろ?」
「……そうだけど」
「なら、俺が殺されて、お前の所へ行くよ」
「……敬くん」
「また、一緒に暮らそう。俺はそれが一番いいと思う」
「……おとーさん」
「お、おとーさん!?」 我に返ると、目の前にヤーヤがいた。
茨木の様子を見て、心配でたまらずベンチから駆け出して来たようだ。
「おとーさん」
ヤーヤは茨木の目をまっすぐ見つめて、言った。
「ヤーヤはおとーさんが好き」
「えっ?」
「好きだから、勝ってほしい。そして、一緒に暮らす」
「ええっ!?」
「おとーさんは、絶対、勝つ」
ヤーヤはそう言うと、両拳を強く握り締め、中国語で言った。
「加油(がんばれ)!」 ベンチへ戻って行くヤーヤの後ろ姿を見送りながら、茨木は思った。
『加油(ジァーヨゥ)、か。いい言葉だ』
『ヤーヤ、俺は君の……DTBのヤンちゃんの、ただの一熱狂的な大ファンのつもりでいた』
『しかし……今の言葉、そう受け取ってもいいんだな?』
『俺と……アイドルとファンの垣根を越えてもいいと……! そういう意味なんだな!?』 「中條! 俺はお前のことは絶対に忘れない!」
茨木は人目を憚らず叫んだ。
「しかし俺は、過去を振り返らない! 俺はあの娘と新しい愛の生活を始める! いいな!? 中條ッ!?」
ヤーヤの言葉が文字通り茨木敬に油を加えた。
「16歳差がなんぼのもんじゃいッ!!」 ベンチに帰ったヤーヤはそんな茨木の姿を見て、少し困ったように呟いた。
「あれ……。なんか。誤解されてる?」 自動車を買おう、茨木敬はそう思った。
思えば中條と暮らしていた時、なぜ自分は自動車を持たなかったのか。
彼女が出来れば自動車を持つのが当然じゃないか。
茨木の幸せな妄想はとどまることを知らぬ爆発のように広がった。
ヤーヤの言葉がまさしく火を注ぎ、真っ赤なオーラが天を赤く染めた。 「どうしたでおじゃる? 急に別人のようになりよったな?」
剛力あやの組長は言葉ほどには驚いた様子もなく、言った。
「それでなければ面白くないが」
「剛力」
茨木は対戦相手を睨みつけた。
「俺は次の段階へ行くぞ」
「そうでおじゃるか」
剛力は見下しながら、言った。
「お前の最大奥義はマロには通じん。それで果たして勝てるかなァ?」 ヨコヤがまだ出番を待っていた。
茨木薪火太郎なのか焚火太郎なのかは物語に関わるその時を待っている。
ヤーヤが胸の前で両手を繋いで組み、神様に祈った。
優太はファミリーマートからタクシーを拾って平山あやめとお城に遊びに行った。
それぞれの思いが交錯する中、ようやくのように、今、戦闘開始の合図がかけられた。
「はじめッ!」 「いきなり死ぬでおじゃる」
そう言うと、剛力あやのは着物を脱いだ。
相変わらず歳の割に綺麗な乳房が露になる。
そしてくるりと背中を向けると、金剛力士が2体に増えていた。
2体の目が同時に赤く光ると、そこから発射された一万三千度の炎が大地を覆い尽くした。
上着を脱いだばかりのところだった茨木は、思わず叫んだ。
「やめろや、この糞馬鹿野郎!」 茨木は背中の桜吹雪を逆走させた。
炎を吸い取った桜の花弁が、茨木の内へと舞い戻っ行く。
「ぬああああちぃ!」
一万三千度の炎を吸って苦しむ茨木を見て、剛力は呆れたように言った。
「……吸い取った?」
「あぶねぇじゃねぇか……」
茨木はベンチのヤーヤが無事なのを確かめると、剛力を叱った。
「観客を巻き込むな馬鹿野郎!!」 茨木の桜吹雪が剛力の身体を覆って渦を巻く。
「ぬおゎ!? これは……」
逃げ場のないピンク色の嵐に剛力は一瞬、慌てた。
しかしすぐに金剛力士が2本の金棒を振り下ろし、吹雪を切り裂く。
「無駄なあがきは見苦しい」
そう言うと、左右から金棒が茨木の身体を打った。 「ぬぐぉわ!?」
金棒の挟み撃ちに茨木の全身に衝撃が走る。
しかし茨木は背中の桜吹雪を全開でピンク色に咲かせ、剛力に送り続けるのを止めなかった。
「なんでおじゃる」
剛力はなおも2撃、3撃と茨木を打つ。
「主人公とはこんなもんか」
「剛力!」
血だらけになりながら、茨木は吠えた。
「主人公の何たるかをお前に教えてやる!」 「ほほう」
剛力は茨木の脳天を金棒で潰しながら、言った。
「聞こう。主人公とは何でおじゃる?」
「教えてやる」
茨木は言った。
「主人公とは、この俺のことだ!」
「ホホホ」
剛力は笑うと、茨木のこめかみを金棒でかち割った。
「今からはこのマロのことでおじゃるよ!」 最大の急所を攻撃された。
茨木は防御をすることも出来なかった。
大きく開いた口から桜の花弁を散らせながら、茨木敬は倒れた。
「おとーさん!」
ヤーヤが叫ぶ。
「おとーさん! 立つ!」
その声は茨木の耳に届いた。
しかし身体が言うことを聞かない。
立ち上がるだけのことが、出来ない。
「勝者、剛力あやの!」
審判がその掴み、高く掲げた。
「これにて極道大運動会は終了ッ! 優勝は、剛力組!」 「ホホホホ」
剛力あやのは遂に天下を手に入れ、満足そうに笑った。
「ホホホ……ぐ、ぐふっ!?」
その色白の身体が顔までピンク色に染まっていた。
「ぐ……これは……?」
鼻や口から入り込んでいた茨木の桜吹雪が、
剛力あやのの中で爆発を起こした。 それはまるで秋の大運動会に華々しく狂い咲きした桜の大樹のようだった。
剛力は自らの内部から沸き起こった大きな力に耐えきれず、身体を痙攣させると、その場で破裂した。
観客達は剛力あやのの死を見るというよりも、まるで大輪の花火を見るように、誰もが笑顔だった。 「ざまァ見ろ」
茨木は倒れたまま、言った。
「他人の夢や幸せをさんざん壊しやがった報いだ」
ヤーヤが慌てて駆けて来て、言った。
「病院よんだよ!」
「ありがとう。救急車、な」 「剛力……。てめえは死んでも悲しんでくれる人なんか1人もいねぇだろ」
観客がみな美しい花火を見て笑っている中、しかし悲しむ者はいた。
「ごごご剛力さん!」
紫色の髪をした、100歳ぐらいの老婆が杖をついて前に歩み出た。
「死んでしまうとは何事よ!」 「あれは……誰だ?」
茨木は応急処置をしてくれている藤あやみに聞いた。
「会長よ」
藤は答えた。
「先代組長。名前は殺屋(あやや)のりこ」 「ああ……貴女が死んでしまっては、せっかく大運動会に優勝しても、組を仕切ってくれる人がいないじゃないの!」
殺屋は悲嘆に暮れた。
「上戸はトップを任せるにはまだ若いし、何より脳味噌が筋肉だわ。私が再任するにも……この歳じゃ……」
「もし」
殺屋に横から声を掛けたのは、中條母だった。
「よろしければ、私が組長をやらせてはいただけまへんやろか」 上戸を破ったほどの実力の持ち主であり、元広島一の暴力団緒方組のおかみさんをやっていた中條母なら文句があろう筈もなかった。
殺屋のりこ会長はむしろ是非お願いしたいと逆に申し出た。
「可愛い娘を亡きものにした憎き剛力組でしたけれど……」
中條母は、殺屋会長に誓った。
「この私にお任せいただけるのならば、名実ともに日本一の任侠一族に育ててみせますわ」 救急車がやって来た。
「病院か……。苦手なんだよな」
担架で運ばれながら、茨木は呟いた。
剛力組の優勝に沸く関ヶ原の会場を、茨木はまるで主人公らしくなく退場した。
「まぁ……。ともかくこれで一件落着だ」 気を失っていた茨木敬が病院のベッドで目を覚ますと誰もいなかった。
「あれっ?」 しかしよく見ると病室の隅にクロがいた。
「お目覚めかい?」
「な……なんで……」
茨木は呆けたような声で言った。
「なんで……ヤーヤがいねぇんだ」
「仕方ないだろ」
クロは笑った。
「アイドルは忙しいんだ」 「しかしよくやったぞ、茨木敬」
クロは明るい声で言った。
「あの戦いでお前は覚醒主人公となった」
「覚醒剤みたいな言い方やめろや」
「これで遂にあの仕事を任せられる」
「仕事だと?」
「台湾へ再び飛べ、茨木敬」
「台湾へ?」
「滅茶苦茶になった台湾を、お前が救うんだ」 「……やめてくれ」
茨木はベッドに伏せたまま目を閉じた。
「俺は平和な日常を送りてぇんだ」
「なんだと?」
クロは大きな目で茨木を睨むように見た。
「もう血生臭いのは勘弁だ。俺はこれからヤーヤと愛の生活を送るんだ」
「バカ」
クロは叱るように言った。
「そのヤーヤの祖国を救うんだ」
「俺1人に何が出来るってんだよ。やめてくれ」 「まだあっちに救いたい人がいるだろう」
クロの言葉に茨木は少し考え、首を横に振った。
「ヤーヤと優太が生き返ったから別にいーよ。あとは親しかった奴、いねーし」
「キンバリー・タオはどうするんだ」
「腐れ外道女か。関係ねぇ」
「非道い奴だな、お前!」
クロは激怒した。
「台湾がどうなったっていいって言うのかよ!? お前こそ腐れ外道だ!」 「とにかく俺はヤーヤと平和に暮らすんだ」
茨木は言い張った。
「クルマを買って、毎日ヤーヤをテレビ局まで送り迎えして……」
夢見るような笑顔を浮かべた茨木に、クロは罵声を浴びせながら泣き出した。
「この人非人! 自分さえ幸せだったらどうでもいいってのか! ヤーヤに言うぞ!」
「ヤーヤも俺が台湾を救えるヒーローだなんて思ってねーよ」
「メイファンちゃんとララちゃんを助けてあげようとか思わんの!!?」
「なんでその名前が出て来んのか知らねーけど」
茨木は無関心な顔で言った。
「俺、全然親しくなかったし」 「よし。後悔するぞ?」
クロは病室を出て行きながら、茨木に何度も指を差して言った。
「お前は絶対後悔する!」
「するもんか」
茨木は飄々と言い放った。
「俺は絶対幸せになるんだ」
「死ねや!!」
クロは勢いよく病室のドアを閉めた。
「いいのか、アニキ」
茨木薪火太郎が言った。
「アイツを怒らせると恐ろしいぞ」
「誰だ、お前」
茨木敬は本心から言った。
「いつからそこにいた」 薪火太郎「弟の顔を見忘れたのかよ!?」
敬「悪いが俺は孤児院育ちで身内はいない。そういう詐欺なら他をカモってくれ」
薪火太郎「兄さん!!」
敬「やめろ気持ち悪い! お前の顔を見ていると何故だか気持ち悪い━━!」 「何と言おうと俺はお前の弟だ」
薪火太郎は含み笑いをしながら、言った。
「兄貴が死んだら兄貴のものはすべて俺が貰う」
「なんだそれは」
敬は不快を露にした。
「また来てやるぜ、兄貴。見舞いに来てくれるヤツいなさそうだからな」
そう言ってくるりと背を向けると、薪火太郎の後頭部には、もうひとつの顔があった。
前面の顔と同じ人相だが、より極悪そうな表情のその顔が、薄笑いを浮かべたながら、言った。
「よう。俺は焚火太郎だ。お前の金は俺の金、お前の女は俺の女。ヒヘヘッ!」
「うわっ」
茨木敬は思わず言った。
「こんな奴絶対知らんわ」 ドアがノックされた。
入って来たのは医者だった。
「意識が戻られたと聞きましたので、来ました」
「毎度御世話かけます」
前と同じ先生だったので、茨木はそう言った。
「いやはや。前回も全身を銃で撃たれ、さらに尻から内臓を引っこ抜かれての入院でしたが……」
先生は笑いながら言った。
「今回は頭蓋骨陥没の上、脳味噌が潰れていました。これで生きているというのは本当に凄い」
「ハハハ。主人公の特権らしいです」
「ただし。次はないと思ってくださいよ?」
先生は釘を刺すように言った。
「いつまでも主人公じゃないんですから」 夜になり、またドアがノックされた。
「よっ。オッサン」
入って来たのは優太だった。
「おう。すまんかったな」
茨木は顔を見るなり謝った。
「優勝できなかった」
「まぁ、それは悔しいけどよ」
優太はベッドの脇にドカッと座ると、自分が見舞いに持って来たカットフルーツを食べはじめた。
「まぁ、でも、あの大運動会で準優勝なら儲けモンだわ」
「悔しいのか」
茨木はまじまじと優太の顔を見た。
「あぁ。そりゃよ……」
「あの平山あやめとかいう女とはどうなった?」
「あ? もちろんヤリ捨てたよ。ま、8発ヤッちゃったけど……」
「おいこら。なんでさっき、俺が謝ったんだ。なんで俺が謝んなきゃなんねーんだ?」
「は? てめーがボロ負けしたからだろうが!」
「テメェが初戦に出やがるからだろうが!」
「アア!!? 俺がヤリたかったからヤッたんだよ文句あんのかコラ!」
「静かにしてください」
いつの間にかドアを開けて入口に立っていた婦長が言った。
「何時だと思ってんだゴルァ」 ヤーヤが見舞いに来ないまま茨木は退院を迎えた。
「い……忙しいんだよな?」 アパートに帰ると生活の形跡がなかった。
キッチンを使った跡も、布団を使った形跡もない。
「帰れないほどアイドルの仕事が忙しいのか……」
茨木は座布団に腰を下ろすと、呟いた。
「そりゃ見舞いにも来られねぇわけだ」 「さて……。コレでも見るかな」
茨木はリモコンを手に取ると、ハードディスクレコーダーの電源を点ける。
録り溜めしていたDTB48のバラエティー番組を観るためだ。
「TVの中ででもお前の笑顔が観れりゃいいんだ」 一番最初の録画を再生する。あの大運動会の次の日の放送だ。
番組は生放送なので、ヤーヤに疲れが出ていないか心配だった。
オープニングが始まる。
雛壇に並んで座ったメンバーの中にヤーヤの姿はなかった。 司会のお笑い芸人が告げる。
「今日はヤンちゃんが体調を崩し、お休みということで……」
「なにっ!?」
茨木は思わず呟いた。
「しかし、ここで寝てた形跡はないぞ!?」 すぐに次の録画を観る。
しかし次の日も、その次の日も、結局一週間ぶんすべての放送にヤーヤは出ていなった。
ネットの掲示板を見ると、ヤーヤの状態を知る者はなく、勝手な想像が書き連ねられていた。
━━ 山本サアヤの後追って自殺したんじゃね?
━━ いや、男だな、これは
━━ 妊娠したから出て来れないんだってよ 「あっ、わかった」
茨木はぽんと手を叩いた。
「DTB48には寮があるって聞いた。そっちへ移り住んだんだな?」
そしてスマートフォンを取り出すと、ヤーヤに電話をかけた。
「こんなとこ1人じゃ寂しくていられねぇもんな……」
狭くて何もない自分の部屋を見渡しながら、ヤーヤが出るのを待つ。
しかしヤーヤは電話に出なかった。 サラサラ黒髪ロングストレートの少女がトイレのドアをノックして、声を掛けた。
「どうしたの? かたくてなかなか出ないの?」
ヤーヤはじっと黙っていた。
トイレの窓はあまりに小さい。
こんな所からは脱出できそうにない。
「あんまり頑張ると痔になるわよ」
心配そうに言う黒髪の少女に、後ろから別の少女が声を掛けた。
「もしかして逃げようとしてんじゃない? ケケケッ」 「逃げる? どうして?」
黒髪の少女は首を傾げた。
「まるでヤンちゃんが私達のこと嫌っているような言い方はやめてよ、愛。不快だわ」
「キャハハ。お友達のつもりなの? ヤンちゃんと?」
愛と呼ばれた少女は可笑しそうに言った。
「さすがは天然お嬢様、月夜野 舞さんだべ」
「無礼な! 私とヤンちゃんは本当に友達なのよ」
月夜野 舞は眉を吊り上げ、トイレのドアを拳で叩いた。
「ヤンちゃん! 早く出ておいで。大丈夫、もう痛いことはしないから」 「おい、月夜野 舞」
突然、隣の部屋から殺伐とした男の声が二人の名前を呼んだ。
「それと苗場 愛。こっちへ来い」
「はぁーい」
苗場 愛はすぐに返事をし、歩き出しかけた。
しかし月夜野 舞は首を横に振った。
「行きたいのならお行きなさい。私はここに残ります」
「おい」
隣室の男の声が不機嫌になった。
「俺が来いって言ってんだ。来い」 ドアが開く音がした。
月夜野 舞が振り向くと、Tシャツに短パン姿のヤーヤが仕方なさそうにトイレから出て来た。
「ヤンちゃん! ウンコ出たの?」
ヤーヤは何も答えずにトイレのドアを閉めた。 「長いウンコだったわね。4日も……」
ヤーヤに一方的に話しかけながら、月夜野が隣室に入ると、顔の小さな美少女がまだ泣いていた。
ソファーにもたれて地べたに座り、顔の小さな少女は、月夜野とヤーヤの顔を見ると震える声で言った。
「ぱるが死んじゃうの」
「そうね」
月夜野はそっけなく返事をした。 顔の小さな少女の名前はヤーヤでも以前から知っていた。
牧区上 昆子(まきくがみ ぴりこ)。日本人でも読むのが難しいその名前をヤーヤが知っていたのは、彼女がDTB48の最大のライバルグループ『どっぺり坂46』のエースであるからに他ならない。
女の子ならば誰もその横に並ぶのを嫌がるほどの超小顔、永遠の少女のような趣、
お人形のようなたたずまいと毒舌とのギャップが日本中に受け、彼女単体の人気ならDTB48に敵う者はいなかった。 しかも彼女は台湾人の血が1/4入っているクォーターである。
ゆえに台湾でも特別に凄まじい人気があり、ヤーヤは今、目の前に牧区上 昆子の実物がいることを改めて信じられない気持ちで見た。 「ぱる……だいじょぶ?」
ヤーヤがそう聞くと、牧区上は声を荒らげて即答した。
「大丈夫じゃねーよ糞ボケが!」 ソファーの上には一匹のフェレットがおり、ぐったりしていた。
牧区上 昆子はその頭から背中を撫でながら、涙声で言った。
「……まだ一歳半なんだよ? なんでこの子が死ななきゃなんないの? リンパ腫って何だよボケ……」
「最初は可哀想って思ったけどさぁ」
苗場 愛が言った。
「100回以上も聞かされるとさすがにウンザリするわ」 「ぱる、かわいそう」
ヤーヤの目から涙が一筋、落ちた。
「ぴりこちゃん、悲しい」
「わかってたまるかよ!」
牧区上が吠えた。
「ぱると一緒に暮らしたこともないくせに!」 「もう、構うな」
そう言ったのは先ほど月夜野と苗場を呼びつけた男だ。
綺麗な顔をした40歳前後ぐらいの男だが、明らかにカタギではない。
「とりあえずヤン・ヤーヤ。決意は決まったか?」
「け……けつ?」
ヤーヤはその日本語の意味を一生懸命理解しようとして手をバタバタさせた。
「けつの位置決まったかって……何」
「おいおい。マジかよ」
男は苛立った様子で言う。
「もっと日本語勉強してくれ。台湾は日本の植民地だったんだぞ。昔は台湾の公用語は日本語だったんだ」
「……すみません」
ヤーヤは恐縮した。 「見ての通り……」
男は言った。
「どっぺり坂46のエース牧区上 昆子がペットに余命2ヶ月宣告されたショックでお仕事ができないんだ」
「はい」
ヤーヤは頷いた。
「そこで最大のライバルDTB48のフレッシュエースのお前には台湾に帰ってほしい」
「帰りたいだけど」
ヤーヤは答えた。
「今、台湾、帰れる状態、ない」
「だからさぁ、香港でも中国でもどこでもいいんだよ」
男は苛々と足を揺すりながら、言った。
「お前が邪魔なんだ」 「でも……」
何か言いかけたヤーヤを男は遮った。
「プロデューサーの冬本さんとも話はついてんだ。お前が不法入国者だって情報、ばら撒いてやってもいいんだぜ?」
「でもヤーヤ、日本におとーさん、いる」
「あァ!?」
「おとーさん、いるもん」
「籍入ってないならお父さんじゃねーっつってんだろが! 何べん言わせんだ! 」 「ヤーヤ、帰らない」
ヤーヤはムキになったように言った。
「信じること、日本にあるから!」
「よーしまたリンチするか」
男は舌打ちをしながらそう言った。
「わーい」
苗場 愛がノリノリで立ち上がる。
「もっ、もうやめてあげて!」
そう言いながら月夜野 舞がいそいそとリンチの準備を始めた。 その頃、茨木敬は消えたヤーヤを探しながら、市役所へ立ち寄っていた。
「婚姻届ください」
手に入れたら婚姻届を握り締め、茨木は秋の空に誓った。
『もう中條の時みたいにまったりしないぞ。即刻プロポーズだ!』 「・・・あたまいたい」
ヤーヤはうめきながら目を覚ました。
(・・・私何してたんだっけ・・・あれ?)
意識が徐々にはっきりとしていく内に手足の違和感や体中に感じる鈍い痛みに気がつく。
「えっ・・・これ・・・は」 ヤーヤはパイプ椅子に縛られていた。両手が椅子の肘掛けに、両足が椅子の脚に縄で固定されている。
そしてショッキングだったのは衣服は全て剥ぎ取られ全裸であることだ。
(…なぜこんなことに!?)
ヤーヤは混乱していると目の前の扉が開いて男が出てきた。先ほどのマフィアのような男だ。
「…いい夢は見られたか。散々暴れやがってよ」
男の左目は青く染まり腫れており、口を切ったのが血が滲んでいた。 「グゥッ!」
男の拳がヤーヤの体に打ち込まれ、彼女は呻き声を上げる。
「ここまでするつもりじゃなかったが、お前が暴れるから悪いんだ…ぜ!」
男はさらに暴行をヤーヤに加えた。殴られた衝撃で彼女の割れた腹筋は波打ち、ヤーヤの年齢にしてはたわわな乳房が揺れた。
「…わたっわた…し帰らない…!」
ヤーヤの目は死んでいなかった。彼女は男を睨み付けた。
「…強情な奴め」 男は少し黙り込むと、なにかを閃いたのか戸棚から容器を取り出しふたを開け、中身を手に付けた。
「まあ、飽きてきたしなぁ」
男はヤーヤに近付くと、薬品の就いた手で
彼女の体に塗りたくり始めたのだ。
「ひゃっ!?」
ヤーヤは男の行動を警戒した。体中を這う男の手の感触に不快感を感じる。
「ここはよく塗っとかないとなあ」
男の手が茂みをかき分け肉の溝をなぞると
ヤーヤの体が大きく跳ねた 否、このビルが大きく揺れたのだ。
何やら外が騒がしい。天井から人々の怒号や何かが倒れる音、悲鳴が聞こえる。
「な、何だってんだ・・・!?」
男は何かがおかしいことに気がつくと、彼は拷問を中断し、
懐から取り出した無線機をかけた。
「オイ・・・どうした、上がうるせえぞ?」 しかし無線に出たのは部下の声ではなかった。
ノイズを掻き分けて悪魔のような男の声が、何やら愉快そうに言った。
「俺様が来たんだよ」
「ハァ!?」
「俺様だよ、俺様。わかんねぇかなぁ」
「誰だよ!?」
「俺様を知らんとは。お前、さては名前もないモブキャラだな?」 「…暴動だよ、デモ隊が暴徒化して店舗やビルを破壊し始めたんだ。そう、最近流行のポリコレってやつ」
無線の″俺様″はそう続けた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています