【リレー小説】TPパニック 〜 殺し屋達の絆 〜
舞台は台湾の首都台北
主人公は台湾マフィアお抱えの殺し屋ファミリー「タオ一家」三男マルコム
通称「マル」、ただし偽名である
彼らは互いの名前をイングリッシュ・ネーム及び偽名で呼び合い、誰もその本名を知らなかった ヴェントゥスは切断された首ごと、煙のように消えた。
「私は夢でも見ているのか!?」
動揺するメイファンにたいし、煙のように姿を出現したヴェントゥスがその脇腹に正拳突きをお見舞いした。
「おう゛っ!?」
打込まれた拳は、気の鎧を打ち砕きながら脇腹に深くめり込んだ。、メイファンは胃液をはきながら大きくよろめき、膝をついた。
「残念だけど、俺はそう簡単には死なないし、君のチンケな気の鎧では俺の攻撃は防げないよ」
ヴェントゥスはメイファンを見下ろすように言うと、にこりと笑った。
「言っただろう?俺はリウより強いって」 メイファンの脳裏には、あの日のトラウマが蘇りつつあった。
リウ・パイロンから受けたあの仕打ちを。 「ひっ、ヒィィィィ〜……!」
メイファンは恐怖し、普通の少女のように弱々しい声を出した。
自分が絶対に勝てない男の顔を、なぜか丸太ん棒とともに思い出してしまった。
その男、リウ。
それよりも目の前のヴェントゥスは確実に強い。メイファンにはありありとわかった。
大船に乗ったつもりでいたララも、メイファンの弱気に縮み上が……りはしなかった。
「リウより強い?」
メイファンは唐突に白くなった。
「キャハハハ! じゃあテメー殺したらリウも殺せんな?」
そして信じられないほどのスピードでヴェントゥスの股間を蹴り上げた。
全裸のアソコを隠そうともしないで。 しかし、手応えがなかった。まるで煙を蹴るような感覚だった。
「もう通用しないよ。何とかの顔も三度までつぎやったら怒るからね。」
ヴェントゥスは腰に手を当て、呆れたように言った。
「うるせーっ、こうなったら」 ララは窓から飛び降り、逃げ出した。
対処法の分からない相手にはこの手に限る。
メイファンの仕事は彼を殺すことではない。
ララは後ろを振り返った。ヴ キンバリーはマルコムからのメッセージを読んだ。
▲ 会いたい。僕は君を信じている!
軽く目を伏せると、キンバリーはすぐに返信した。
◯ 私、あなたを騙していたのよ
マルコムからのメッセージはすぐに返って来た。
▲ 父が憎いんだろう? 僕も父の所業には腹を据えかねている
▲ 実は父に殺されかけた。それで家を飛び出した。どこかで会えないか? 僕は君に協力する
キンバリーは無表情にスマートフォンを操作した。
◯ じゃあ、22時にカフェ「海辺のカフカ」で── 「海辺のカフカ」では小清新のミュージシャンによるアコースティック・ライブが行われていた。
それがちょうど終演に差し掛かる時間になってキンバリーは入店した。
モスコミュールを注文し、立ち見も出ている客を眺めながらカウンターに座ると、すぐに入口にマルコムの姿が現れた。
「キム!」
近づいて来たマルコムに、キンバリーはいつものように微笑みはせず、言った。
「私を殺しに来たんでしょう、マル」
「違う」
マルコムは真剣な顔で言った。
「僕に君は殺せない。タオ・パイパイを一緒に倒そう」 キンバリーが泊まっているというホテルの一室で、マルコムは彼女を抱いた。
「僕は君なしでは生きては行けないんだ」
「嬉しいわ、マル」
キンバリーはマルコムの首の後ろに手を回し、優しく口づけながら、その腰の動きを受け入れた。
「キム! キムーーっ!」
「ああっ! マル!」
キンバリーは高まり、叫ぶように言った。
「愛してる! 愛してるの!」 行為が終わり、マルコムは幸せそうにキンバリーを抱き締めて眠った。
どれだけ時間が経ったのだろう。
ふとマルコムが目を覚ますと、隣にキンバリーがいない。
玄関の外に誰かの気配がする。
明らかにキンバリーではなかった。
ドアが開き、男の影が現れるなり日本語で言った。
「嬉しいなぁ。アンタ殺したらララちゃんがヤらしてくれるんだわ」 マルコムは全裸のまま、急いで靴を履いた。
すぐにわかった。まったく同じリーガルの靴だが、自分のスーパージェットバージョンではなかった。
自分がいつも履いている靴をよく知る人間によって普通のリーガルシューズにすり替えられたのだ。
「キム……!」
マルコムは絶望的したように目を覆った。
「まぁ、卑怯な真似はしねーよ」
明かりが点き、飛島優太の顔を照らし出した。
「タイマンで殺し合い、しよーぜ」 「ウォー・シー・フェイダオ・ヨウタイ(私は飛島優太です)」
優太はキンバリーから習った中国語で言いながら、ステップを踏んだ。
「チンドードー・ジージャオ(どうぞよろしくお願いします)」
発音が悪すぎてマルコムにはまったく伝わらなかった。
憎むような目を優太に向けると、マルコムも構える。
「見たところ、まだ子供のようだが、容赦はせんぞ」
「なんか見た目で甘く見られてっかな」
相手の言葉はわからないが、なんとなく察して優太は笑いながら言った。
「こう見えて俺、日本一の殺し屋なんだぜ? なめんな」 その頃、茨木敬は1人で夜の街にいた。
病院の側にある屋台で買った烤肉(台湾式バーベキュー)をつまみに台湾ビールの金杯を飲みながら、病院の様子を伺っている。
バーバラ・タオがここに現れるかもしれないとの情報をキンバリーから得ていたのだ。
そして話を聞く限り、バーバラに相性がいいのは自分であるとのことだった。 提案したのは茨木だった。
兵隊を1日でごっそり減らされ、作戦会議の途中でトップの兵藤直樹を殺られた。
こうなったらうかつにタオ家の屋敷には攻め込まず、外で待ち伏せてタイマン勝負で殺ろう、と。
それにはタオ一家のメンバーの動きをよく知るキンバリーの存在がとても心強かった。 バーバラ・タオは姿を現さない。
ビールをちびちび飲みながら、茨木は呟いた。
「現れんでいいぞ」
そして串に刺した豚肉を歯でひきちぎった。
「現れてくれるな、畜生め」 茨木は追加でソーセージ、猪血湯(豚の血を固めたもの)、揚げ豆腐の3串と台湾フルーツビールのマンゴーとグレープを買って来た。
「フルーツビール……イケるな」
石のベンチで一人宴会をしているとバイクの音が聞こえた。
2ストロークのスクーターの音があちらこちらから聞こえる中、ドゥカティのLツインエンジンの音は目立っていた。
「捕まらんかったか……」
バーバラのドゥカティが去って行く音を聞きながら、茨木はほっとしたように一人宴会を続けた。 「クソ兄、どこ行ったのよ」
バーバラはバイクを走らせながら呟いた。
「もし裏切ってたりしたら殺してやる」
そして裏切りという言葉からキンバリーの顔を思い出し、ニヤリと笑った。
「それにしてもキンバリー……見直したわ」 マルコムは吹っ飛び、壁に激突した。
自分から飛び、ダメージを軽減したのだ。
それでなければアバラを折られ、重大なダメージを受けていた。
「おいおい」
優太は余裕の表情で言った。
「もうちっと楽しませてくれよ」
その姿にマルコムは実兄ガンリーの姿を重ね見た。
優太の戦闘スタイルはそれによく似ていた。
パワーはガンリーほどではないが、スピードは優太のほうが優っている。
マルコムは口元の血を拭った。
模擬戦で兄ガンリーには一度も勝てたことがなかった。 並の者相手ならマルコムは普通の靴でも負ける気はしなかった。
しかし目の前の敵はガードを固め、顎を引き、凄まじいスピードで拳を放って来る。
マルコムの最も苦手なタイプだった。
隙がない。攻撃が速い。
その上マルコムは精神的にも重大なダメージを受けていた。
もし、ここで勝ったとしても、どこへ帰れというのか。
最も帰りたい場所──キンバリーの胸は開かれていなかった。 「へへ……。弱いぜ」
優太は余裕綽々だった。
「てめー殺せばララちゃんとヤれて、俺が主人公になれるな」
しかし、優太にはさっきから目障りになっているものがあった。
マルコムがハイキックを放つたびに、見たくもない長いものが目の前を横切るのだ。
「へい!」
優太はマルコムにジェスチャーでパンツを穿くよう求めた。
「時間やる。待っててやるから、パンツ穿いてくれ」
マルコムは優太の言っていることの意味を理解した。
パンツはベッド側の床の上に落ちていた。 マルコムはパンツを拾う。
それとともにベッドの下を見た。
キンバリーは気づかなかったようだ。
持って来ていた予備のスーパージェット・リーガルはそこにあった。 しかしパンツを穿かせてもらう暇はあっても、靴を履き替えさせてもらえる暇はなかった。
どこかにカメラの気配も感じる。
どうせキンバリーが靴の秘密はバラしているだろうが、実際に見られて対策を練られることをマルコムは嫌った。
何より超小型ジェットを噴射する『条件』を知られるわけには行かない。
マルコムは予備のシューズを素早く手に取ると、窓ガラスを割って飛び降りた。
「あーーっ!?」
優太は思わず声を上げた。
「お前……! ここ、48階……!」 マルコムは落下しながら予備のスーパージェット・リーガルシューズを履くと、ジェットを点火させた。
パンツ一丁に革靴姿のイケメンが、鉄腕アトムのように、月夜を飛んで行った。 「なんだありゃ……」
優太は呆然と窓の外に足の裏から火を噴いて遠ざかるマルコムを見送った。
「クソッ! これでララちゃんとヤれると思ったのに!」
「飛島くん」
キンバリーの声が天井のスピーカーから聞こえた。
「逃がしたのね」
「うるせー!」
「よかった」
キンバリーの声は言った。
「あなたが死ななくて」 優太は部屋を出ると、まっすぐにララの部屋へ向かった。
「ムカついてしょうがねぇ。ララちゃんのおっぱい吸ってからじゃねーと寝らんねーわ!」
そしていつものようにノックもせずにララの部屋の扉を開けた。
しかしそこにララの姿はなく、初めて見る肌の黒い少女が、全裸でベッドの上に胡座をかいて缶ビールをごくごく飲んでいた。
「……誰?」
「よう」
メイファンはスチャッと手を挙げて挨拶した。 「ビール」
優太は日本語で言った。
「俺も貰っていいか?」
「ダメだ」
メイファンは中国語で答えた。
「お前に飲ませる酒は一滴もねぇ。欲しけりゃ自分で持って来い」
「あぁ、じゃ、ルームサービス呼ぶわ」
優太は受話器を取ると、キンバリーに習った中国語で「ピージョウ(ビール)、ピージョウ」と言った。
「あれ?」
受話器を置くと優太は言った。
「なんで俺達会話できるんだ?」 「お前、ララに気持ち悪いことしてた奴だよな」
メイファンは中国語で言った。
「あ。ああ、ララちゃんどこよ?」
「ララは寝た」
「水餃子食べてんのか。そうか」
「ああ。ところでお前、名前は?」
「ミンチは好きだぜ。ハンバーグとかよ」
「そうか。よくわからん」
「はっ?」
優太は急に閃いた。
「お前、もしかして『黒色悪夢』か?」
「うんうん」
メイファンはよくわからないけど頷いた。 「そっか〜。まさかこんな女の子だとはなぁ」
「こう見えて酒は強いんだぞ」
「お前、何歳なの?」
「まだこれ6杯目だ」
そう言いながらメイファンは拳でグーを作り、親指と小指を開いて中国式の『6』を作ってみせた。
「は? 何、その手つき?」
「ああそうか。日本式はコレか」
メイファンは改めて右手のパーに左手の人差し指を一本重ねた。
「60歳!?」
優太は驚き、考え直した。
「……なわけないよな。6歳? ……なわけもないから、16歳か?」
「ソウダヨ」
ララよりは日本語を知っているメイファンは日本語で答えた。
「それにしちゃ見事に性的魅力ないなぁ、お前」
優太は褒めるように言った。
「6杯ぐらいまだ序の口だ」
メイファンは得意げに笑った。
「飲み比べすんぞ。ほらお前のが来た」
ホテルの従業員が瓶ビールを10本持って入って来ると、全裸のメイファンを見て慌てたように出て行った。 「お前、おっぱい結構大きいし、乳首も綺麗なピンク色なのにな」
優太はビールを飲みながら不思議そうに言った。
「ちっとも襲う気にならん」
「それはそうと、さっきマルコムが来ていたな?」
「気づいてたか? さすが黒色悪夢だな」
「お前が戦ったのか?」
「俺、勝てそうだったんだけど、逃げられちったよ〜」
優太は悔しそうに言った。
「気にするな。アレにはお前じゃ勝てん」
「そうなんだよ。パンツ穿かせてしまったばっかりに……」
「そうそう。パンパン!ってピストルで撃ったところでアイツには通用せん」
「パンパン? 俺とセックスしたいのか? 残念だけどお前じゃその気になんねー」
「残念だったな。まぁ、飲め」
「おう……って、俺の酒、自分にも注いでんじゃねーよ」 「お前、いくつだ?」
メイファンが聞いた。
「ビール? 25本目だ。トゥエンティ・ファイヴ」
優太はヘロヘロになりながら笑顔で答えた。
「結構いってんだな、見た目のわりに」
「おい、お前、今までに何人殺した? 俺はなー、こんだけ」
優太は右手で4を作った後、両手で8を作って見せた。
「48本も飲んでねーよ」
メイファンは据わった目で言った。
「数えてねーけどな。まぁ、でも、かなり飲んだ……」
メイファンはぱたりと倒れると寝息を立てはじめた。 そしてまた日が昇り、カーテンの隙間から差し込む日光でララは目を覚ました。
「・・・酒臭い」
彼女は換気ををするため窓を開けた。開いた窓から入るそよ風が心地よい。
「昨日は見ちゃいけない物を見ちゃったなあ」
ララの脳裏には、あの地下世界の光景が焼き付いて離れなかった。
同じ顔の人々が生活している、まるで映画のような話だ。
しかも、その顔が殺しのターゲットであるタオ・パイパイ何だから結構印象に残る。 物思いに耽っていたララだったが、あくびが聞こえたので振り返った。
「あれ、ララちゃんいつの間に帰ってきたの?」
日本人の「ゆーた」だ。部屋に漂う酒の臭いは奴の仕業のようである。
「あっ」
ララは自分が裸と言うことに気が付いた。急に恥ずかしくなり、シーツを慌てて羽織る。
(また見られた…ッッ!) 「オッスおはよう。」
優太は大きな声で挨拶した。
しかし、ララは黙っている。
「ひぇっ」
「おう、無視すんじゃねーよ」
優太はシーツの隙間から手を入れくすぐり始めた。 「うひゃひゃひゃっ」
ララは我慢出来ず笑い声を上げた。
「あ〜、おっぱい柔らけー」
優太はララの乳房を堪能し始める。 優太のセクハラは更にエスカレート、
ララの股間にまで手を伸ばした。
「うっ」
ララは肩を震わし、その刺激から逃れようと足を閉じようとしたが、優太は無理矢理広げる。
「おっきもちええんか?、ここがええんか」
優太はララの耳元で囁いた。
奴の右手が、クリトリスを指を転がし、左での指が、肉の溝を往復するたびに快感の並みに襲われる。
ララはまた優太の手で何度も達してしまった。 しかしララは触られる前から濡れていた。
また舌で舐めてほしいという期待もあり、されるがままになっていた。
「ところで」
優太はエッチなことを続けながら、ララの耳元で聞いた。
「黒色悪夢、どこ行ったの?」
「く……クコショク? アクム?」
ララは聞こえた通りに繰り返した。
「ブラック・ナイトメアよ。ところでアイツの名前聞くの忘れてた。アイツの本名、何? ワッツ・ハー・ネーム?」
「メ、メイヨー(あ、あの子に名前はないわ)」
「メイよ?」
優太は奇跡的に正しい情報を得た。
「そうか。メイって言うのか」
そして乳首を舌先でツンツンしながらトロトロになった秘部をかき回しているうちに、ララはまたしても痙攣しはじめた。 「あ、そうだ」
優太は急にララから手を離し、立ち上がった。
「早くマルコムの野郎ぶっ殺さねぇと、ララちゃんに俺のこれ、ブチ込めねぇ」
そう言うなり急ぎ足で部屋を出て行った。 優太「おろろろろろっ」
廊下に出たところで優太は嘔吐した。 ララ「ジェイコブおじさん、地下世界においてきたけどまあいいや」 ジェイコブおじさん「この(地下)世界こそわしの世界、故郷のことはもう何も思うまい!」 優太はキンバリーに誘われて彼女の部屋にいた。
もちろんセクシーなお誘いではない。
しかしズボンの前をギンギンに膨張させた優太は、薄着の彼女を今にも押し倒しそうだ。
「優太くん」
それを制するようにキンバリーが言った。
「マルコムのこと、弱いって思ってる?」
「いやぁ、アイツは強いよ」
優太は誤魔化すように笑いながら言った。
「俺が強すぎるだけ」
キンバリーは口元に意味ありげな笑いを浮かべると、一揃いの革靴を出し、テーブルの上に置いた。 「これがスーパージェット・リーガルシューズよ」
「ははぁ」
優太はそんなことよりまず抱かせて欲しかった。
「キムさん、まず一発……!」
キンバリーは人差し指で優太の胸を止めると、その指で革靴を差した。
「この靴を履きこなして見せたら、どうぞ?」 「うひょーっ! こんなもん!」
優太は急ぎ足で革靴を履いた。サイズは少し大きかったが、足を動かすと抜けるほどではなかった。
「ほら! 履いたぜ? やろう!」
「履くのと履きこなすのとは違うわよ」
キンバリーはバカにするように言った。
「そんな日本語の違い、台湾人の私でもわかるけど?」
「え〜。かっこよく履けてりゃいいんだろ?」
「その靴に限っては意味が違うわ」
キンバリーは命令した。
「優太、その靴をジェット噴射させてみなさい」 優太は一旦革靴を脱ぎ、手に取ってまじまじと見た。
普通の革靴だ。特別重いわけでもない。
よくよく見るとアウトソールとヒールの部分、そして靴底に小さな穴が開いており、黒い部分なのでわかり辛いが、少し焦げたようになっている。
「わかった! ここから火ィ噴くんだ!」
「どうやって?」
「どうやって? ……って?」
「どうやってそれを操作するの?」 「そりゃリモートコントロールだろ」
優太は投げ槍に言った。
「で、コントローラーがねぇから動かせねぇ、終わり。ヤらせろ!」
「逃げるのね」
キンバリーは見下すように嘲笑った。
「逃げてねーだろ!」
「履きこなせないのなら話は終わりよ。大体あなた、格好よくという意味でもちっとも履きこなせていないわ」
「んだと!? ゴチャゴチャいいから早くヤらせろや、オバサン!」
「オバサンだと?」
穏和なキンバリーの顔が鬼のように変わった。
「25歳のうら若きレディーに向かってオバサンだと!?」
「うるせぇ! 爆発しそうなんだよ!」
優太はズボンの前を膨らませる攻撃的なテントを見せつけながら叫んだ。
そこへドアが開き、肌の黒い少女が全裸で入って来た。 「あ。メイ、オッス」
優太は急に大人しくなって言った。
「見せろ」
メイファンは優太を無視して革靴のほうをまじまじと見た。
「だ、誰? あなた……」
キンバリーは目を丸くして中国語で聞いた。 メイファンはキンバリーにも答えず、スーパージェット・リーガルシューズを手に取ると、様々な角度から観察した。
「ウーン凄い。見た目は普通の靴だ……。中にも仕掛けはない。と、すると……」
「誰?」
キンバリーが優太にそっと聞いた。
「は? 知らねーのかよ!?」
優太は目を丸くした。
「あれが黒色悪夢だろ? アンタが中国から呼んどいて……」
「あの子が?」
「……リモートコントロールだな」
メイファンは中国語で呟いた。
「だろ?」
優太は日本語で言った。
「コントローラーはたぶんマルコムが持ってる。だから……」
「いや」
メイファンは中国語で言った。
「アイツはあの時、コントローラーらしきものは持っていなかったし、手を動かしてはいなかった」 メイファンは靴を履いてみた。
かなりサイズが大きく、子供が大人の靴を履いたようになった。
しかし『気』で足を大きくすると、ぴったりと足にフィットした。
「なんかスゲーことしたな、今?」
優太が声を出す。
「手品だ」
メイファンは手から紙吹雪を出して見せた。 「靴の中の爪先に何か隠しボタンでもあるかと思ったが、何もないな」
メイファンは呟いた。
「ならばどこかで操作している。手でもない、口の中でもないとすると、あとコントローラーを操作できる部位って……」
キンバリーは優太に通訳した。
「どこかないか?」
メイファンは二人に聞いた。
「あ、そうよ。マルコムには……その……」
「あ、そう言えばアイツ……」
キンバリーと優太が同時に言った。
「尻尾があるのよ」
「尻尾があったぞ」 その頃マルコムは、ブリーフパンツ一丁に革靴というスタイルで、隠れるように街の裏通りを縫って歩いていた。
「服が欲しい……。ただしお洒落な服でなければ駄目だ!」
公園で遊ぶ子供達がマルコムのほうを指差して笑った。
「スーツでなくてもいい! しかしお洒落な服でなければ駄目だ!」 子供達の話し声がうっかり耳に入ってしまった。
「あれぇ? あのお兄ちゃん、前も後ろももっこりしてるよ〜?」
うわあぁあぁあ! と、マルコムは耳を塞いで走り出した。 「マル!」
仏像の前でうずくまって頭を抱えていたマルコムは、名前を呼ばれて身を起こした。
見るとOLルックのバーバラがこちらへ向かって駆けて来る。
「姉さん!」
マルコムは涙を流して喜んだ。
「半裸に革靴を履いた男がウロウロしていると聞いたから、探していたのよ」
バーバラは憐れみを込めた声で言った。
「しかも前も後ろももっこりしてるっていうから……あなただと確信したわ」 紳士服店でマルコムはバーバラに服を買ってもらった。
カジュアルな服だが、シャツとズボンとベルトで締めて1万4千TWD(約5万円)だった。
「お洒落だ」
マルコムは満足そうに言った。
「これで尻尾も隠せる」 「ありがとう、姉さん」
振り向くとバーバラは優しい笑顔を浮かべていた。 「あなた、タオ・パイパイに逆らったのね」
ステーキハウスで向かい合って食事をしながら、バーバラが言った。
「と言うか、殺されかけたんだ、父さんに」
ニュアンスをなるべく軽くしようとマルコムは肩をすくめて悪戯っ子のように笑って見せた。
「私が面倒見てあげる」
バーバラは母親のように言った。
「あなたは可愛い弟だもの」 「ところで」
バーバラは話題を変えた。
「あなた、キンバリーに会ったわね?」
マルコムは思い出し、顔を暗くした。
「それにしてもあの子、見直したわ」
バーバラはキンバリーを褒めた。
「何も出来ないお嬢ちゃんかと思っていたら……やるじゃない。この私達を騙して陥れようとするなんて」
「姉さん……」
マルコムはバーバラの顔を見た。
「認めるわ、あの子は立派に強かな女」
バーバラは肉を噛むと、楽しそうに引きちぎった。
「このあたしが直々に蜂の巣にして殺してあげる」 【主な登場人物まとめ】
─ タオ一家 ─
◎タオ・パイパイ……タオ一家の父であり、伝説の殺し屋と呼ばれる台湾1の悪党。
既に殺し屋を引退し、子供達の管理と育成に身を注いでいるが、その実力はまだ最強レベルだと思われる。
◎ジェイコブ・タオ……タオ一家長男。前妻エレナの子。31歳。
小柄で陰気な顔つきの毒殺のプロ。どこからでもあらゆる手段で敵の体内に毒を注入できる。身体能力はウサギ以下。
現在、記憶をなくしており、ヴェントゥスと行動を共にしている。愛車は黒いホンダロゴ。
◎バーバラ・タオ……長女。29歳。エレナの子。美人でナイスバディ。お金と自分にしか興味がない。
暗器とハニートラップを得意とする。超短気であり、標的を見つけたらすぐに銃を乱射する。愛車はドゥカティの1000ccバイク。
◎マルコム・タオ……三男。27歳。エレナの子。長身でイケメン。お洒落。愛靴スーパージェット・リーガルを武器とし、一撃必殺を得意とする。
キンバリーを愛しているが、その想いは虚しく裏切られた。尻尾があり、そのことをとても気にしている。愛車は白いテスラ。
◎キンバリー・タオ……次女。25歳。オリビアと前夫の子。長身で長髪。太陽のように明るく、バーバラ以外の家族皆から愛されている。
一家を裏切り、ムーリンを除く全員を殺そうと、日本のヤクザと中国の殺し屋と手を組んでいる。
◎サムソン・タオ……四男。19歳。タオ・パイパイがどこかのデブ女に産ませた子。デブ。
影が非常に薄く、助手席に乗っていても運転手に気付かれない能力の持ち主。最近結婚した。
発明が得意であり、マルコムのスーパージェット・リーガルシューズも彼の発明品。
◎タオ・ムーリン……四女。17歳。タオ・パイパイとオリビアの子。金髪でぶさいく。
普段は殺し屋でもない普通の女の子だが、キレると一家1の攻撃力を無差別に爆発させてしまう。
◎ヒーミートゥ……四男サムソンが結婚した原住民パイワン族の娘。現代人らしからぬ呪術のようなものを使う。
─ 死亡 ─
◎タオ・ガンリー……次男。
◎タオ・モーリン……三女。 ─ 中国日本連合勢力 ─
◎メイファン……中国からやって来た最強の殺し屋。通り名は黒色悪夢。まだ16歳の少女だが、『気』を操り何でも武器に変えてしまう能力を持つ。
◎ララ……19歳の色白の少女。メイファンと身体を共有しているメイファンの姉。強力な治癒能力を持つが、戦闘能力はウサギ並み。この物語の真の主人公?
◎ジャン・ウー……ララの手伝いをする白ヒゲの老人。ジャッキー・チェンの「酔拳」に出て来る蘇化子にそっくり。
◎飛島優太……18歳の高校生だが既に48人の同業者を殺害している殺し屋。スケベ。暴力団体飛島組組長の次男。
◎茨木敬……『ステゴロの鬼』と呼ばれる喧嘩師のヤクザだが、誰もその喧嘩を見たことがない。警察の犬?
◎ことぶき ひでぞう……運転手。死亡した?
◎鶴見……ひでぞうの兄弟分。
─ 死亡 ─
◎兵藤直樹……日本のヤクザ『花山組』の幹部。
◎阿久津恭三……花山組のヤクザ。
─ その他 ─
◎ヴェントゥス……世界に7人いる『光の守護者』の1人。その中でもNo.2の実力を持つと言われている。金髪の七三分け。中立的立場?
◎ハリー・キャラハン……ヴェントゥスの舎弟の白人。
◎ヤーヤ……ムーリンが友達になった17歳の女子高生。
◎ユージェ……ヤーヤが思いを寄せる年上のロック・アーティストを目指す青年。 「しかし、あの日本人の子供……」
マルコムは自分と戦った飛島優太のことを思い出しながら、呟いた。
「オレの尻尾を見て、驚かなかったな。それどころか、パンツを穿けと言ってくれた……」 「実は……」
キンバリーとメイファンに向かい、優太は告白した。
「俺もあんねん、尻尾」 優太はメイとキムに臀部を突き出した。
臀部は女性のように大きかったが、お尻の谷間から陰毛がモッサリと飛び出ており、
どこか不潔な印象を受けた。
だがメイとキンバリーが注目していたのはそこではなく、谷間の上からブラ下がった、立派な尻尾であった。
「ほらあるだろ」 「きたなっ!」
メイファンは日本刀を振り上げ、斬り落とそうとした 優太が日本刀を避けようと尻尾を動かすと、
メイファンの履いている靴の左側から火が吹き出し、
飛ばされたメイファンは壁に叩きつけられた。 メイファン「何すんだ!」
優太「とぅっ、とぅいまっとぇーん!」 メイファンは日本語「とぅっ、とぅいまっとぇーん!」を覚えた! 不思議なことに優太が尻尾を動かすとジェット靴は反応した。
優太は靴を履くと、左に少しだけ尻尾を動かしてみる。
右側のジェットが点火し、優太は右へ転んだ。
「俺、これを操作できるようになりてぇ!」
優太は言った。
「それには靴がちと大きい。ブカブカだ!」
「いい靴職人がちょうど身近にいるわ」
キンバリーはその名を呼んだ。
「ひでぞうさん」 茨木は昨日の失敗をキンバリーに責められ、完全装備でバーバラを探しに街へ出て来た。
バーバラのバイクを追えるよう、陳氏からバイクを借りて来たのだが……。
「1000ccのスポーツバイクをこれで追えってのかい……」
茨木は白いキムコの125ccスクーターを押して歩きながら、呟いた。
頭に被ったヘルメットはキンバリーから借りたピンク色のジェット型だ。
バーバラの動向が掴め次第キンバリーからやって来る連絡を待つため、歩道にバイクを停めた。 この前優太と牛肉麺を食った店でまた飯を食った。
食事をしながらチラチラとタピオカミルクティーの店のほうを気にしている。
店の前に出来た短い行列の中に、今日はあの丸顔の女の子の姿はなかった。 ムーリンはスマートフォンの待ち受け画面を見る。
今日はヤーヤからのメッセージが一通も届いていなかった。
これでいい、とムーリンは思う。
「自分を信じるなんて、出来るわけないよ、ヤーヤ……」 ヤーヤは学校を終え、私服で一人、街を歩いていた。
2人で遊んだ場所を次々巡る。
どこにもムーリンの姿はなかった。
『これだけすべてのメッセージが未読のままってことは……』
ヤーヤは考えた。
『何かあったかと思ったけど……』
1通だけ、最近送ったメッセージが既読スルーになっていた。
『あたし……理由はわからないけど、嫌われたんだよね?』
『もう、探すのはやめよう……』
そう考えながら、ばったりムーリンに出逢えそうな場所を巡り歩いた。 「あっ」
茨木は思わず小さく声を上げた。
タピオカミルクティー店の前に、丸顔ショートカットの健康的な肌色の女の子が並んでいたのだ。
「あの娘だ」
茨木はストーカーに変身した。 ヤーヤは自分の原付スクーターに乗り、これで最後と思いながら、ある場所へ向かっていた。
この間、ムーリンのママを見た、あの場所だ。
すぐ向こうに公園か何かの森林が見える、人通りのない場所だった。
ここでムーリンに会えなかったら、諦めようと決めていた。 茨木は白いキムコの125ccスクーターで、赤い原付スクーターの女の子を距離をとって追いかけていた。
キンバリーに知れたらまた小言を言われるどころではないだろう。
任務そっちのけで、意味のわからないことをしている。
しかし彼は止められなかった。
異国の地で美少女のあとを尾けるのは、得も言われぬ甘美な味わいがあった。 ふと、気づいた。
『この方向は……』
前方にタオ家の敷地、黒い森林が見えはじめる。
赤い原付スクーターの少女はバイクを道脇に停めると、歩いて森のほうへと歩き出した。 ヤーヤは歩きながら、スマートフォンでメッセージを送った。
『今、この間ムーリンのママと出会ったあたりにいるよ。森に向かって歩いてる。もし……嫌われたんじゃないのなら……会えないかな(´・c_・`)』
メッセージを送信し終えると、空を見た。
鉛の雨でも降って来そうな空の色がなんだか不吉だった。 突然、後ろから肩を掴まれた。
ムーリンの手ではありえない、ごっつい男の太い手に、恐怖の表情でヤーヤは振り向いた。
そしてすぐに悲鳴を上げた。
顔中傷だらけの、この間タピオカミルクティー店の前で見たおじさんが、意味のわからない言葉を発している。
その両腕が自分を掴み、どこかへ連れて行こうとしていた。 「そっちへ行くな!」
茨木は放っておくことが出来ずに少女を引き止めた。
「知ってるのか? その先は殺し屋の巣窟だぞ。危険なんだ。さぁ、戻るんだ」
少女は明らかに自分の傷だらけの顔を見て怯え、パニックを起こしていたが、知ったことではなかった。
あんな危険な場所にこんな可憐な女の子が向かおうとするのを止めないわけには行かない。 ヤーヤは叫んだ。
「誰か! 誰かー! 殺される!」
森のほうへ向かって走って逃げようとすると、男の手はさらに強引に腕を掴んで来た。
「ひあああ! ムーリン! 助けて!」
ちょうどそこへ森のほうからムーリンの姿が現れた。 「ヤーヤ!」
ムーリンはその光景を見て大声で叫んだ。
「ムーリン!」
ヤーヤは気づき、叫んだ。
「来ちゃダメ! 誰か人を呼んでーーッ!」
茨木は森のほうから現れた少女の姿を睨んだ。
金髪、ニキビだらけの顔の少女、森のほうから……
確信した。
「『暴れ牛』だ!」
茨木は力ずくでヤーヤを抱き締めると、抱え上げた。
「逃げるぞ!」
その様子がムーリンには、人さらいにヤーヤが連れ去られようとしているように見えた。 「や、ヤーヤッ!」
ムーリンは叫んだ。
「ムーリン!」
ヤーヤは恐怖に泣き叫んだ。
「ああひとををを呼んでぇぇ!」
「ヤヤヤヤーヤッ! アアッ!」
「ムーリーーンッ! アアアーー!」
「どぅどぅどぅ……」
ムーリンの顔が割れ、中から笑顔の仮面のようなものが現れる。
「どぅばごくあらダーーーッ!!!」 ヤーヤは、見た。
ムーリンの身体から無数の触手のようなものが現れた。
それは空気を斬り裂くように飛んで来て、ムチのような音を立てた。
顔中傷だらけの男が自分を庇うように抱くと、何も見えなくなった。 ムーリンは気を失って倒れていた。
ヤーヤは震えながら、傷ひとつなく、しかし動けずにいた。
茨木はヤーヤを抱いてアルマジロのように丸くなり、その背中にすべての暴走の刃を受け止めていた。
「ふぅ……」
茨木は顔を上げた。
「大丈夫か?」
覗き込んだ少女は目を見開き、茨木の顔越しに、道に倒れた金髪の少女のほうを震えながら凝視していた。 「くっ……!」
茨木は立ち上がると、痛みに顔を歪めた。
着ているスーツはズタズタに裂かれ、中に着ている防弾チョッキも、意味を為さなかったかのようにバラバラになっていた。
元々傷だらけの背中には血が滲んでいた。しかし深刻なほどの新たな傷は刻まれていなかった。
茨木敬の背中はまるで角質化したように硬い。
その上に防弾チョッキを着ていれば、マシンガンの連射でさえも防いでしまう。
それでも『暴れ牛』の攻撃を受け止めた後では、そのダメージに身体を動かすのもきつかった。 「……ッ。化け物め」
そう言うと茨木は懐から大きなピストルを取り出した。
ゆっくりと、それを道に倒れている金髪の少女へ向ける。
ヤーヤはただ茫然としていた。
男がムーリンを殺そうとしているのに気づくと、ようやく「啊」と口を開けた。 「……な……ッ!?」
茨木は驚きの声を上げた。
銃弾は大きく外れ、アスファルトの地面で弾け、道脇の木に穴を開けていた。
保護したショートカットの少女が後ろから自分に体当たりをかまして来たのだ。
岩のような茨木の身体が猫のような少女のタックルを受け、揺れた。
少女は、茨木と倒れている『暴れ牛』の間に急いで立ち塞がると、顔をひきつらせて何か叫んだ。
「朋友!(ポンヨゥ)」 そこへキンバリーから電話がかかって来た。
茨木は二人の少女から目を離さずに電話に出た。
「こちら茨木……」
『バーバラが現れたわ。今、どこにいますか?』
「『暴れ牛』を発見したので追って来た。今から射殺するところだ」
『ハァ!?』キンバリーは電話の向こうで激怒した。『ムーちゃんは標的の中に入ってないでしょーが!!! ムーちゃん殺したらテメーも殺すぞボケ!』 朝、ララは目を覚ました。
部屋の入口には鍵をかけてある。
ベッドの上で枕を抱いて猫のように伸びをすると、きょろきょろと辺りを窺った。
メイファンは眠っている。
誰もいない。
静かだ。
ララは腰をもじもじと動かすと、半身を起こした。
『今日は……来ないのかな』
自分の股間に伸びかけた手を慌てたように引っ込める。 優太は朝早くから靴を履きこなすための特訓を再開していた。
操作方法はもう頭ではわかっていた。
「右に動かすと……」
軽く尻尾を右に動かすと、左からジェットが噴射された。
一歩だけ左へ飛び、着地する。
「左に動かすと……」
今度は右へ飛び、着地した。
「……尻尾を縮める」
靴先からナイフが出た。
「……で、尻尾を後ろぉ……お、お、お!」
靴の後ろから勢いよくジェットが噴射され、優太はまた派手にスケート靴で滑るようにこけた。 「クソが!!!!」
優太はスーパージェット・リーガルシューズを脱ぐと、思い切り床に叩きつけようとし、また思い止まった。
「履きこなしたら……キンバリーさんとエッチ……」
そう呟くとまた靴を履き、特訓を続けた。 ムーリンはまだ眠っていた。
『暴れ牛』の発動で気を失ってからもう12時間以上が経っていた。
キンバリーはその額を撫でると、部屋を出ようとした。
「キム姉……?」
振り向くと、ムーリンが目を開けていた。
責めたがっているような、甘えたがっているような複雑な表情で、目を逸らすとムーリンは言った。
「……お腹空いた」 「大丈夫なのか?」
茨木が聞いた。
「何がかしら?」
キンバリーは答えた。
食堂で思春期の食欲を見せつけるムーリンを眺めながら、二人も少なめの朝食を取る手を動かした。
「危険だ」
茨木が言った。
「ムーちゃんは普通の子よ」
キンバリーは答えた。
「タオ・パイパイに殺人兵器に改造されてしまっているだけ。なんとかこの子の中の『暴れ牛』を取り除くわ」 キンバリーは知らなかったのだ、ムーリンの『暴れ牛』はタオ・パイパイによって埋め込まれたものではなく、
彼女が産まれ持ったものだということを。 ムーリンはキンバリーが自分を殺そうとはしていないことはわかった。
しかしその手が自分に触れようとするたびに、身を強張らせて振り解き、威嚇するように言った。
「触るな、腐れ外道」
姉モーリンをヤクザに殺させたキンバリーのことがどうしても許せなかった。許せる筈もなかった。
そんなムーリンを悲しそうに見守るキンバリーの姿を、ムーリンの目に仕掛けたカメラを通してタオ・パイパイは見ていた。 「ふっふっふ」
暗い自室でタオ・パイパイは呟いた。
「丸見えじゃぞぃ、キンバリーよ」
そしてコントローラーを握り、動かしかけたが、止めた。
「まだじゃ。もう少し……」 ララが食堂にやって来た。
やたら暗い顔で物凄い食欲を披露している見慣れぬ金髪の少女を見て、キンバリーに聞いた。
「あれ、誰ですか?」
「ムーリンよ」
「ムーミン?」
「『暴れ牛』……と言えばわかるかしら?」
ララは思わず「げっ」と小さく叫び、腰を浮かせた。 「あの子、天使なのよ」
キンバリーは苦い微笑みを浮かべ、言った。
「天使の中に悪魔が棲んでいるの」
「ははは」
怯えた表情でララは、口から呑気な笑い声を出した。
「私達と正反対だな」 優太が風呂上がりの格好で食堂に現れた。
「おはよーッス」
茨木の隣の席に座ろうとしながら、ララを見つけて笑顔を見せた。
「あ、ララちゃん、おはよ〜」
入口に現れた時から優太をずっと見ていたララは、ぷいっと顔を背けた。 「オッサン、何しょぼくれてんの?」
優太は茨木に聞いた。
「しょぼくれてなんかいない!」
茨木は不機嫌そうに答えた。
「この人、ムーちゃんを殺しかけたから、私がたっぷり叱ってあげたのよ」
キンバリーが横から言った。
「ムーちゃん……って誰?」