【リレー小説】TPパニック 〜 殺し屋達の絆 〜
舞台は台湾の首都台北
主人公は台湾マフィアお抱えの殺し屋ファミリー「タオ一家」三男マルコム
通称「マル」、ただし偽名である
彼らは互いの名前をイングリッシュ・ネーム及び偽名で呼び合い、誰もその本名を知らなかった 考える暇などなかった。
マルコムは咄嗟に靴をジェット噴射させた。
メイファンにはマルコムの首をはねる未来が見えていた。
しかしそれは敵の予想外の動きで外れることとなった。
マルコムは身体を動かすことなく横へ瞬間移動した。
メイファンの手刀は空を斬り、体勢を崩す。
「うぉっ!?」と驚き叫んだメイファンのこめかみ目掛け、靴の先から出たナイフが襲いかかった。 相手の動きには『気』が伴わなかった。
まるで意思のないもののように死角から襲いかかって来た靴先のナイフをメイファンは避けることが出来なかった。
ナイフは急所のこめかみを正確に捉え、突き刺さった。 「お前……」
マルコムは着地すると、言った。
「何者だ!?」
ナイフは折れていた。
メイファンは咄嗟に『気』の盾を作り、防いでいた。
「私の名は……」
メイファンは名乗った。
「黒色悪夢」
「やはりか」
マルコムは予想通りの答えに眉ひとつ動かすことはなかった。
「ところでララちゃんはどこだ?」
「私の姿を見たお前を生かしておくことは出来ん」
メイファンはそれには答えず言った。
「今、ここで必ず殺す」
「オレのスーパージェット・リーガルを見た者は生かしておけない」
マルコムも言った。
「逃げないでくれて感謝する。必ずここで仕留める」 メイファンは気を逸らさないようにしながら武器にするものを探した。
床に転がるガンリーの首を見た。
マルコムの靴の後ろからジェット噴射が始まるなり、両足のサマーソルトキックが飛んで来た。
攻撃を放つ前にマルコムが微かながらも予備動作を見せたので避けられた。
避けながらメイファンはガンリーの首を拾うと、それに『気』を込めて爆弾を作り始める。
これを爆発させて大ダメージを与え、動きを止めてやる。
こちらも爆発のダメージは食らうだろうが、『気』の鎧を作って最小限で済ませる。
計算が狂って少々ダメージが大きくてもララがいる。
ララのことは守る。ララがいれば回復が出来る。 しかし爆弾を作る暇は与えられなかった。
マルコムは外れたサマーソルトで天井を向いた足に、今度は靴底からジェットを噴射させた。
瞬時に床に倒立の姿勢で着地するなり、横からのジェット噴射で首を斬りにかかって来た。
「メチャクチャだ!」
メイファンはかろうじて避けながら叫んだ。
「人間の動きじゃねーぞ、それ!」 かろうじて避けられるのはジェットを噴射する直前になんとなく勘が働くからだ。
ガンリーのように丸見えではないが、どこかに次の攻撃を予測させるポイントは感じていた。
実際、ジェットがマルコムの身体の一部になっているわけはなく、どこかで何かの操作をしているのだろう。
口の中か、それとも手か、まったくわからないが、どこかで操作をしているような『気』の動きはあった。
しかしそれを感じた瞬間ジェットの速さで攻撃が来る。狙って来る場所も読めない。
まるでロボットを相手にしているようだ。 「すげーな、お前」
メイファンは時間を稼ごうと、相手を誉めた。
「ずいぶん苦労して身につけたんだろーな、それ」
「そう。コイツはオレにしか履きこなせない」
そう言いながらマルコムの姿が消えた。
メイファンには本当に見えなかった。
しかし勘が働き、小さくジャンプすると、アキレス腱を正確に狙っていたマルコムの背後からのローキックは空を切った。 『コイツ天敵だ!』
メイファンは手に持ったガンリーの首を苦し紛れに投げつけた。
『何もさせて貰えねー!』
首を避けるかと思いきやマルコムはキャッチした。
そしてそっと床に置く。
マルコムに隙が出来た。
しかしメイファンはそれを逃げるために使った。
何よりこの部屋に向かってもうひとつ、バケモノのような『気』が向かって来ているのを感じていた。 「チクショーッ!」
メイファンは回転を加えながら、渾身の『気』を背後の窓にぶつけた。
窓は予想通りの強化ガラスだったが、なんとか割れ、そこから急いで逃げ出した。
「大失態だ!」 「愚かな……。この屋敷から逃げられると思うか」
マルコムは余裕ある動作で窓に近寄り、見下ろす。
「父さんが自室でお前を見ている。遠隔操作のセキュリティシステムを使い、お前を逃がさない」
そこへタオ・パイパイが飛び込んで来た。
「ハハハハ! 黒色悪夢め! ここが貴様の墓場じゃ!」
「父さん……」
マルコムは手で顔を覆った。
「逃げられてしまったよ。自室にいなきゃ駄目じゃないか」 「すまん」
タオ・パイパイは素直に謝った。
「しかし、これでわかったじゃろう。あの小娘が黒色悪夢だということが」
「いや、初めて見る奴だったよ」
マルコムは言った。
「ララちゃんじゃない。別人だ」
「だーかーらー! 化けておるんじゃ!」
「何事なの?」
そう言って父の後からキンバリーが入って来た。 キンバリーは床に転がるガンリーの首を見て悲鳴を上げた。
「キャーッ! ガンリーお兄さん!」
マルコムは惨たらしいものを見せないよう、それを後ろへ隠す。
「キム。君は見るな。見ちゃいけない」
マルコムは父に言われてもまだ信じていなかった。
黒色悪夢とララちゃんは別人だ。
だって、そうでなければ、ララちゃんと友達だというキンバリーは…… キンバリーは泣きながら一人部屋を出た。
部屋を出ると、思わず顔が笑いで歪む。
そして誰にも聞こえない声で呟いた。
「まず……1人」 「もう、中国帰る!」
朝、公園のベンチに座って胡椒餅を食べながら、ララはカンカンだった。
着ている化繊の服は夜市で買ったものだ。
「こんな危ない仕事だとは思わなかったわ! 今までサッと片付けてサッと帰ってたじゃない!」
「ララ……」
「何よ、メイ!?」
「言いにくいんだが……」
「んっ?」
「昨夜の闘いで非常に疲れた。おまけにあの光を浴びたせいか、ムチャムチャ眠い……」 「ちょーーっ! 待ーーーっ!」
呼び止めるのも虚しく、ララの中でメイファンは深く眠ってしまった。
「まーーーっ!!」
何も答えはなくなってしまった。
「まーー……っ」
ララは辺りをきょろきょろと見回すと、コソコソと逃げ出すように動き出した。 「はぁ、がまんできない」
ララは周囲をキョロキョロし人が来ないことを確認すると草むらに入る。
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ」
そして、スカートをまくり己の股間に手を当てまさぐり始めた。
しかし、背後から気配がしてドキッとして彼女は動きを止めた。
「つ か ま え た。」
その声とともに目の前が大きな手で覆い隠され暗くなる (ううっ、こんな状況なのにとめられないよぅ…っ!!)
だが、股間をなぞる指の動きは止まらない。
恐怖と緊張感に羞恥心が合わさり、ララの性的興奮は更なる高まりを見せるのだ。 「無礼者っ!」
ララは誰だかわからない背後の男を振り払った。
そして習家の家紋の入った印籠を取り出すと、叫んだ。
「この印籠が目に入らぬかーっ! 私は習近平中国国家首席の養女、ラン・ラーラァだぞーっ!」
「そんなもんあったんか」
ジャン・ウーは軽く流した。
「ワシじゃよ、ワシ」
「この私にハレンチなことしたら、中国からものすごい軍隊が押し寄せるんだからーっ!」
「だからワシだって」
「あれっ? ジャン爺?」 「あっ。そうだ!」
ララはいいことを思いついた。
自分の旅行バッグはバーバラのロケットランチャーに燃やされてしまったが、幸いスマホと財布と印籠だけは身につけていて無事だった。
ララはスマホを出すと国際電話をかけた。
「忙しいかな……。出るかな」
しかし習近平はすぐに電話に出た。
『メイファンか?』 「あっ! あたし、ララ!」
『なんだララか……。メイファンに替われ』
「メ、メイは今、くたびれて眠ってて……」
『じゃあ電話して来るな。……一応聞くが何の用だ』
「あ、あのっ……! おと、おと、おとうさん」
『お前にお父さんと呼ばれる謂れはない』
電話の向こうで習近平は冷たく言った。
『私が養女にしたのはメイファンだ。お前は中にくっついてただけだ』
「あたし……中国に帰りたい」
『またメイファンの仕事の邪魔をしているのか。何の役にも立たんならせめて邪魔だけはするな』 「でもメイ……。今回の仕事ムリだって。メイも中国帰りたいって」
『嘘をつくな』
習近平は不機嫌な声で言った。
『あれはころ……ゲフン、仕事においては完璧だ。お前が中に入っていなければより完璧なんだがな』
「……」
『台湾猿が盗聴しているかもしれん。切るぞ』
「待って! ……習近平」
『呼び捨てにすな』
「……習近平さん」
『なんだ。早くしろ』
「メイのこと、愛してる?」
『くだらんことを聞くな!』
習近平はうんざりした口調で吐き捨てた。
『あいつを私の養女にしているのはひとえにころ……エフン! ゲフン! ……切るぞ』
そう言うと習近平は本当に電話を切った。 「こうなったら……」
ララは暫くしょぼくれていたが、やがて顔を上げた。
「自力で帰ったるわ!」
「ララちゃん」
背後から優しい女性の声がした。
「キンバリーさん! どうしてここが?」
「ワシが教えたんじゃ」
ジャン・ウーが白いヒゲを撫でながら言った。 「昨日はご苦労様」
キンバリーは美しい長い髪を手で揺らしながら言った。
「あと五人よ」
「それが、その……」
ララは言いにくそうに言った。
「黒色悪夢が……昨夜のマルコムさんとの闘いで傷ついて……寝込んじゃって……」
「黒色悪夢が? 傷を負ったの?」
キンバリーは驚き、次にはなぜか誇らしそうな表情で笑った。
「そう……。マルの攻撃が……。あの黒色悪夢に……傷を?」 キンバリーはララを連れて黒いベンツの後部座席に乗った。
「その女の子は?」
助手席の黒いサングラスの男がキンバリーに日本語で聞いた。
「中国側の仲介者よ」
キンバリーは流暢な日本語でララを紹介した。 グラサン「ひでぞう、出せ」
ひでぞう「へい!」
ひでぞうの運転でベンツはやがて高級ホテルの前に着いた。
グラサン「よし、ひでぞう、もう帰っていいぞ。お前は別に名前もなくてよかったキャラだ」
ひでぞう「そんなぁ……」 「よし……。こうなったら俺が主人公になってやる」
ひでぞうはホテルに入って行く3人を見送りながら、天に誓った。
「俺が主人公になって、お前ら皆殺しだァーッ!」
そう言って勢いよく振った手が誰かに当たった。
「痛ぇのぅ」
その声にひでぞうが振り返ると、見慣れぬ男二人がいつの間にか後ろに立っていた。
1人はサングラスをかけた顔面が傷まみれ、もう1人は坊主頭で鬼のような目つきをしている。
どう見てもヤクザだ。
いや、よく見ると、サングラスのほうの男のことはひでぞうでも知っていた。
「ス……ステゴロの鬼……茨木 敬!?」 ひでぞうの顔が青ざめる。
ひでぞう「・・・すいません」
茨木「・・・気をつけろって、お前寿じゃねえか」
茨木とひでぞう、二人は知り合いだった。 坊主頭のほうは名前を鬼頭 洋といった。
鉄砲玉から上り詰め、若くしてハラグチ組のNo.1戦闘員となった男である。
「おい、茨木よォ」
鬼頭は言った。
「そいつ、殺してみせろや」
「いえ、こいつは、知り合いで」
「知り合いだったら殺せねェのかァ!? アア!!!?」 茨木は寿を殺せないわけがあった。
ステゴロの鬼というのは表の顔、
本職は公安警察のスパイ…つまりカタギである。 「そいつ俺のこと殴りやがったんだぜェ?」
鬼頭はしつこく絡んだ。
「お前、そいつの知り合いなら極道のお前が代わりに指詰めて詫びするか、お前がそいつ殺すかすんのが筋ってもんじゃねェのか? ア??!!」
茨木は黙った。
鬼頭はさらに続ける。
「っていうかよォ、見てみてェんだわ。イバラキケイっつったら有名な喧嘩師だけどよ、本当に強ェかどうか見たいからよ、そいつ殺せ、な?」
「……小物が!」
茨木は小さく吐き捨てた。 ララがキンバリーについてホテルの広い一室に入ると、中にいた6人の男達がこっちを見た。
ヤクザばっかりの部屋になぜ自分がいるのかわからなくなって、ララはキンバリーに小声で言った。
「あの……。あたし、帰ります」
「どこへ?」キンバリーは不思議そうに聞いた。
「……中国へ」
「ダメよ。仕事が済むまでは帰して貰えないわよ」
「いや、帰りたい……」
「大体、地下鉄の乗り方もわからなかった子が1人で飛行機に乗れないでしょ?」
「……」 「やぁ、キンバリーさん」
一番偉そうな、しかし穏やかそうな痩身のヤクザが立ち上がって挨拶をして来た。
兵藤 直樹という名の花山組幹部である。
「兵藤さん、お久しぶりです」
キンバリーは明るく微笑み、日本語で挨拶をした。
「その少女が……例の?」
兵藤はララを一瞥しながら言った。
「ええ。『黒色悪夢』の部下のララちゃん」
「いや……。これは……ちょっと……」
兵藤はララをチラチラと見ながら苦笑した。
「務まるのかな、こんな娘に……」 「いや、うまいと思うなァ」
ソファーのど真ん中で四肢をいっぱいに広げて寛いでいた男が少し離れたところから言った。
「完璧なカモフラージュだ。こんな可愛い娘がまさか殺し屋の手配者とは誰も思わないよ〜」
それを言うその男も、この部屋には場違いだった。
いかにもヤクザといった高そうなスーツは着ているが、童顔に高い声は、まるで普通の高校生のようだ。 「……この子が?」
キンバリーが兵藤に聞く。
「えぇ」
兵藤は頷いた。
「飛島 優太。最強かつ最凶のヒットマンと呼ばれる男です」
「そうは見えないわね」
「まだ18歳の高校生なんですが、既に48人の同業者を殺しています」 「よろしく! キンバリーさん」
飛島は手を上げ、フレンドリーな笑顔を見せた。
「ところで『黒色悪夢』がしくじったらしいね」
「1人殺ったわ」
キンバリーはそう言って可笑しそうに笑った。
「でも、マルコム・タオには歯が立たずにみっともなく負けたのよ」
ララは日本語がわからないので持たされたジュースを居心地悪そうに飲んでいた。 飛島は飛び上がるように立ち上がると、ララのところへやって来た。
「君、可愛いなぁ。同い年ぐらい?」
ララは答えた。
「ティンブットン、リーワン、ぶはぉいーすぅ(ごめん日本語わからん)」
飛島はそれを聞くとにっこり笑って言った。
「俺さ、俺の世界はさ、喧嘩が5割、あとの5割は性欲で出来てんだよね〜」
「?」
「ねぇ、黒色悪夢より先に俺がマルコムって奴殺したらヤラせてくれない?」
「?」
「ほら、こうやって返事して」
飛島はそう言いながら何度も頷き、ララにも真似るよう促した。
「?」
意味がわからないながらもララは真似して何回も頷いた。
「やったぁ!」
飛島は握手をしながらララに言った。
「約束だよ? 破ったらてめぇコンクリート詰めにして東京湾に沈めるからな?」
笑顔の飛島につられてララもにっこり笑った。
「俺、名前、ゆーた。ユータ」
飛島は自分を指差しながら言った。
「ゆ、ゆーた」
「ララちゃん、よろしくね」 そこへノックの音がし、「失礼します」と言って茨木が入って来た。
飛島が急につまらなそうな顔になって茨木を見る。
「お久しぶりです、兵藤さん」
茨木は膝に手をついて頭を下げ、兵藤に挨拶をした。
「彼の名前はイバラキケイ。最強の喧嘩師だよ。飛島だけではと思い、日本からもう二人呼んだんだ」
兵藤はキンバリーにそう紹介すると、不思議そうに茨木のほうを見た。
「あれ? もう1人は? 鬼頭 洋と一緒に来た筈だろう?」
「すんません、兵藤さん」
茨木は答えた。
「あんまり無礼な奴なんで、食っちまいました」 場面はタオ・パイパイの研究室に移る。
「そうか、まさかキンバリーが裏切るとは」
手術台に腰かけたタオ・パイパイが誰かと連絡を取っている。
「うんうん…いや、まだ手を出さなくてもいい。」 タオ・パイパイがなぜそのことを知ったか。
彼は昨夜のマルコムの目に仕掛けたカメラの映像をもう一度観ていたのである。
「これが黒色悪夢か……」
その動きを観察し、ニヤリと笑う。
「なるほどな。奇妙な手品を使う奴じゃ」
そしてふいに気になった。その数時間前、マルコムがどうして黒く変わる前の黒色悪夢と一緒にいたのか。
そして時間を戻して再生すると、映っていた。
キンバリーがマルコムに言った。
「ええ。中国人のお友達なの。名前はララちゃんよ」 場面は再びホテルへ。
「はぁ、やっとおわった。」
ララはベッドへ大の字にして横たわった。
「メイはまだおきんのか」
相部屋のジャンが尋ねた。
「うん」 ララにはキンバリーの気持ちがわからなかった。
あの部屋には5人の日本人に混じって1人、台湾人もいた。
「陳氏」としかわからないが、ニコニコと笑顔の柔らかな白髪の老人だった。
陳氏はキンバリーとは顔馴染みのようで、親しげに中国語で会話をしていた。
それを横から聞いた限りでは、陳氏は殺し屋を使ってキンバリーの実の妹を殺したらしいのだ。 「ポクを恨んでおるかね、キンバリー?」
陳氏は笑顔を崩さずに言った。
「父親が違うとはいえ、モーリンは君の実の妹だ」
「いいえ、おじさま」
キンバリーはサバサバとした笑顔を返したのだった。
「モーリンも、弟(四男)も、標的リストに入っていますのよ」 実の弟妹を殺すなんて、ララには考えられなかった。
妹のメイファンを殺したいほど憎んだことは、確かに自分にもある。
しかし本当に殺してしまったら、恐らく自分もすぐに後を追うことだろう。 このホテルにいれば安全だ、とキンバリーはララに言ってくれた。
タオ・パイパイが裏切り者の陳氏を血眼で探しているが、見つけられていない。
それがこのホテルの安全性を物語っている、と。
安全なのは嬉しい、いいことだ。
その反面、ララは退屈だった。
ララはベッドに身を投げると、呟いた。
「楽しい旅になるはずだったのにな……」 「あーあ。お外に出たいな」
ララが呟くと、すぐ側で男の声がした。
「へい!」
ビクッとしてララが飛び起きて見ると、いつの間にかベッドの脇の椅子に座り、飛島 優太がニコニコしながらこちらを見つめていた。
「ララちゃん! レッツゴー、アウトサイド、ウィズ・ミー。OK?」
下手な英語はなんとか伝わったが、ララは中国語で答えた。
「いや、キンバリーさんから、外出はするなと、固く言われてる……し」 タオ・パイパイにとってキンバリーがどれだけ可愛かったか、他人にはわかるまい。
血の繋がらない自分をパパと呼んでくれ、小さい時から側にずっといてくれ、太陽のように明るい笑顔をいつも見せてくれた。
殺し屋の修行で殺気の籠った目に育った実の子達と違い、キンバリーは愛に溢れた子だった。
マルコムの目に映っていた映像だけでは地獄のタオ・パイパイですら信じられなかった。信じたくなかった。
確定的な証拠がない限りは──
「……こういう時こそ、アイツじゃ」
タオ・パイパイは呟くと、四男の部屋に繋がるインターホンのボタンを押した。
「通称カメレオン・ホンフー(デブ)。同じ部屋にいても相手に気づかれない天性のスパイ。名前は忘れたが四男を使ってキンバリーを探るのじゃ」 しかし四男は部屋にいないようだった。
いや、もしかしたらいるのに気づかないだけかもしれないが、返事がないからにはどうやらいないようだった。
「外出しておるのか」
スマホに電話をかけると、すぐに四男は出た。
「やあ、パパ。何か用?」
「仕事じゃ。どこにおる? すぐに帰って来い」
「無理だよ」
「なんじゃと?」
「今、台北から500km以上離れた台東の山ん中にいるんだ」
「なぜそんなところに」
「僕、原住民のパイワン族にスカウトされてさ。原住民になったんだ」 「アホか! 帰って来い!」
「やだよ。もうこれから一生ここで暮らすって決めたんだから。名前も『メヴレヴ』って原住民名を貰ったんだぜ」
「ハアァ!?」
「それに昨日、結婚したんだ。ヒーミートゥって名前のエキゾチックな美少女でさ。いやぁ兄弟の中で自分が一番早く結婚できるなんて思ってもなかったよ」
「ふざけるな! 今すぐ帰って来い!」
「えー……やだ」
「お前の中に実は自爆装置を埋め込んでおる」
タオ・パイパイは嘘をついた。
「押すぞ」
「え〜。じゃ、妻も一緒に連れて帰っていい?」
「いいから」
「新幹線でも高雄から3時間ぐらいかかるけど、山から高雄まで出るまでもたぶん3時間かかるから……」
「いいから!」
タオ・パイパイはキレた。
「待つから!」 「僕、帰らなきゃ」
電話を切ると、四男サムソンは妻に言った。
「一緒に来てくれる?」
「部落の掟がある」
若き妻ヒーミートゥは言った。
「町へ出るなら猪を一頭、土産に持って行く」
赤や黄色や白に彩られた色鮮やかな部族衣裳に身を包んだヒーミートゥは槍を手に持つと、猪を狩りに山へ入って行った。
それを見送りながら、サムソンは呟いた。
「いや、今時こんな原住民いないだろ」 ジャン「外出はやめなされとキンバリーさんに言われておるから無理じゃよ」
優太「ああっ、誰だよてめぇは!?俺はララちゃんとしゃべってるんだ。ジジイは黙ってろ!」 「わーい! マンゴーかき氷!」
ララは優太と並んで西門町の若者通りを歩いた。
「タピオカミルクティー! QQ(もちもち)ゥ〜!」
羽根を伸ばすように腕を広げて跳び跳ねるように歩くララを、優太はエロい目をして見守った。 黒いレザースーツを着た女が二人を尾けていた。
「見〜つけた」
バーバラは舌なめずりをする。
いつもならすぐに銃火器を取り出すところだが、
一般の若者が大勢歩いているストリートではさすがにそれは出来ない。
ララが人気のないところへ行ってくれるのを待っている。
それが叶わないならナイフを心臓に当たるまでメッタ突きにするつもりだ。 優太はバーバラ・タオの尾行にまったく気がついていなかった。
ララの露出した白い太ももに気を奪われまくっていた。 浮かれている優太に1人と男がやって来た。
「飛島優太、お前ホテルにいるんじゃなかったのか」
優太は振り向いた。
「あっ、茨木…の兄さん」
男は茨木だった。 「死ねや! オッサン!」
優太はいきなり茨木に殴りかかった。
「ハァ!!?」
いきなりすぎる攻撃に茨木は防御するのが精一杯だ。
「男が離れたわ」
バーバラは少し後ろを人混みに紛れてついて歩きながら、袖の中のナイフの束を握った。
「チャ〜ンス♪」 ──今日、一緒にどっか遊びに行こうよ
スマートフォンの待ち受けにヤーヤからのメッセージが表示された。
ムーリンはLINEの画面を開かなかった。メッセージは相手から見れば未読のままだ。
「あたしは……誰からも愛される資格ないし……」
ムーリンは天井から吊った縄に自分の首をかけた。
「ヤーヤの友達でいる資格なんかないし……」
涙がぽろぽろと床にこぼれた。 あとは踏み台を蹴るだけでよかった。
それだけでママやお姉ちゃんのところへ行ける。
しかし震える手が縄に入れた自分の首を遠ざけた。
踏み台が倒れ、ムーリンは床に尻餅をつく。
「なんで……死ねないの?」
ムーリンは捨てられた子供のようにその場で泣き続けた。
何度死のうとしても、脳に埋め込まれた自殺防止装置が働き、阻止されてしまう。
ムーリンはそんなことなど知らず、自分の卑怯さに底のない自己嫌悪に陥って行った。 「・・・あれ、黒色悪夢・・・は?」
バーバラは目をキョロキョロさせる。黒色悪夢だと近づいてみたら別人だったからだ。
「あの私に何か?」
黒色悪夢だと思っていた人が尋ねた。後ろ姿こそ似ているが全く知らないおばさんだった。
だがそれは茨木と優太たちも同じだ。
「あれぇ!?」
優太と茨木は先ほどのことを忘れたように慌てて人混みを探し始めた 「ムカつく!!」
バーバラはおばさんの胸をナイフでメッタ突きにした 歩いていたら突然、自分の口が「走れ」と命令したのだった。
ララは反射的に走り出し、意味もわからないまま優太とはぐれたのだった。
別にそれはどうでもよかった。
舗道のベンチに座ってQQなタピオカミルクティーを飲んだ。
「さっき、なんか危なかったの、メイ?」
しかしメイファンの返事はなかった。
また眠ってしまったようだ。 ララは賑やかな西門の町を眺めた。
同じ中国語を話す国なのに、自分の育った北京や現在住んでいる西安とはまったく空気が違っていた。
奇妙な髪型に黒縁眼鏡をかけた「文青」の若者達、南方系の大きな男の人、イスラム風ファッションの女性、様々な人が歩いている。
日本語の看板を掲げたアニメの専門店、ライブハウス、何やらいかがわしい感じの何かの店が色鮮やかに立ち並ぶ。
中国では耳にすることのないヒップホップが聞こえて来た。
空気は緩く穏やかで、自由という言葉がララの頭に浮かんで来た。 どこかからララも知っている台湾のヒット曲が聞こえて来た。
ララはふんふんと合わせて歌った。
でも、なんだか楽しくなかった。
「メイ」
ララは自分の中に声を投げた。
「メイ!」
返事はなかった。
「1人じゃ楽しくないよ。起きてよ、メイ……」 「たまにはオッサンとのデートもいいもんだね」
茨木と向かい合ってテーブルに座りながら優太が言った。
「緊張しなくていいや」
「お前が緊張するのは下半身だけだろ」
牛肉麺が二椀、運ばれて来た。
茨木は箸を取り、柔らかく煮込まれた牛肉を割ると、口に運ぶ。 「ララちゃん、見失っちゃったなぁ」
優太が麺をズルズル啜りながら言った。
「別に俺達はあの娘のボディーガードじゃない」
茨木は静かに麺を口に運びながら言った。
「あの娘が殺されたってどうでもいい」
「んだと!? オッサン! 俺はすごく困んだよ!」
優太は出かけた拳を引っ込めながら言った。 「あの娘に惚れたのか?」
茨木は青春のお裾分けを期待するような笑顔で聞いた。
「チャイニーズガールの綺麗な娘は現実離れしてるぐらい綺麗だって聞いてたけどさ」
「うんうん」
「あの娘はそこまではないけど」
「ないんかい」
「でもさァ、なんか、物凄いいい匂いがするんだよなァ……。甘くて、エロくて。たまんねぇよ」 ホテルに帰るとララはキンバリーやジャン・ウーにこってり絞られ、
そのまま疲れたような足取りで自室に戻った。
「…あ〜、ちかれたぁ」
ララはつまらなそうな顔で溜息を付いた。
「ねぇ、起きてよメイ」
「…」
メイファンからの返事はない。しかし、気持ちよさそうに眠っているのがなんとなく分かった。
「なんだコイツ、クッソムカつく」
苛立つララはベッドの上に寝そべると布団を被って寝た。 「あれ、買ってみようか」
茨木はタピオカミルクティーの店の前に出来ている短い行列を指して言った。
「オッサンがタピるの?w いいよ、俺のも買って来て」
18歳の優太にパシり扱いされても機嫌を損ねることなく、茨木は立ち上がった。
「タピるのはギャルだけのもんじゃねぇ。俺は甘いものが大好きなんだ」 茨木が行儀よく行列に並んでいると、後ろから背中を指で突っついて来る者がいる。
振り向いて見ると、ネイビーのTシャツにグレーの短パン姿の少女だった。
茨木の顔をまっすぐ見て中国語で何か言っている。
ショートカットに丸顔の少女を見るなり、茨木は恋に落ちてしまった。 ヤーヤがタピオカミルクティーを買おうといつもの店に行くと、短い行列の一番後ろにスーツ姿のおじさんが立っていた。
あまりにタピオカミルクティーに似合わないそのおじさんを見るなり、ヤーヤはその背中を突っついた。
振り向いたおじさんの顔は傷だらけだったので、これは間違いなくお客じゃないと確信し、ヤーヤは言った。
「ちょっとおじさん。ここはお店の行列だよ。邪魔だからちょっと退いてくれないかな」
するとおじさんはいきなり挙動不審になり、気持ち悪い笑顔で「どうぞ」という手つきとともに退いてくれた。
ヤーヤが商品を買い、くるりと振り返るとおじさんはまだそこにいて、チラチラと盗むようにヤーヤの姿を見ていた。
ヤーヤは急いで走り去った。 パンパンに充填されたカップのビニール蓋に太いストローを刺し、吸い込むと、
脳天まで突き抜けるような茶葉の爽やかな香りとともに、大粒のタピオカがこれでもかと流れ込んで来た。
「おほっ!」
茨木は思わず涙を流し、言った。
「この世にまだこんな美味いものがあったとは……!」
だらけた格好で座っていた優太も、吸い込むなり笑顔になった。
「日本のコンビニで飲んだのとは大違いだわ。タピオカがもっちもち」
「台湾ではもちもちのことをQQって言うらしいぞ」
「キュッキュッって言うより、やっぱもっちもちだな」 ベッドの上で眠るララは目を覚ました。
「ん〜、どれくらい眠っていたんだろう」
起き上がって、ホテルの窓をみるともう夕暮れだ。
「・・・寝るか、やることもないし」 「それにしても台湾の女の子は可愛い……」
突然、茨木が言い出した。
「ナチュラルで、健康的で……」
「何? オッサン、恋でもしたの?」
優太はそう言ってすぐに大笑いした。
「まさかなぁ」 「ジャン爺?」
ララは眠りに落ちる直前、ドアが開く音で目をを上げその方を見た。
「お前がラン・メイファンだな?」
そこには知らない男が立っていた。
「うわっなんだなんだ!?」
恐怖を感じたララは、部屋の隅へ逃げた。
「あ、おれハリー・キャラハン。光の守護者の1人だ。ヴェントゥス兄貴に頼まれてきたんだ。」
目の前の白人男性はそう言うと、ララに近づいてきた。
「くっくるな、メイはここにはいないぞ!」
「俺はお前の1人遊びに付き合うつもりはないぞ、メイファン。」 『……な、わけないか』
ララは夢から覚めるとまた眠った。
タオ・パイパイですら突き止められないこのホテルに、
しかもヤクザの厳重な警戒の中を潜り抜けて部屋に入って来られる者などいる筈がなかった。 ヤーヤはLINEを開いた。
今日、ムーリンに送った4通のメッセージはすべて未読のままだった。
電話しても、出ない。
『何かあったの? ムーリン……』
これだけ面倒臭い子、いつもならこっちから縁を切るところだ。
しかしムーリンのことは放っておけなかった。
同性婚が法的に認められた昨今の社会のムードに乗せられているつもりはなかった。
しかしヤーヤはムーリンのことを守ってやりたいという、男らしい気持ちに包まれていた。 「ララ、起きろ」
眠っているララの口を動かしてメイファンが言った。
「ムニャ!?」
ララは半分だけ目を開けた。
「起きろよ! いつまで寝てるつもりだ? 今、何時だと思ってんだ!」
枕元のスマホを取り、時間を見た。夜の10時半だった。
「呼ばれたらサッサと起きろよな。……ったく! このねぼすけが!」
「すいませーん」
棒読みで謝った。 「……ったく、妙な技をかけられちまったぜ。昼間は眠くてどうしようもない」
「あっそう」
ララは身体を起こすとサイドテーブルから飴を取り、口に入れた。
「しかし夜になるとどうやら意識がはっきりするようだ」
「ふーん……」
「ララ、お前、昼の間はずっと寝てろ」
「ええ!?」
ララは思わず飴を吐いた。
「断る!」
「なんでだよ」
「昼夜逆転はやだ!」 「ここどこ?」
見渡すととそこはホテルではなかった。
「こっちが聞きてーよ!」
メイは声を荒げるように言った。
「今までの方が夢だったりして」 「しょーがないだろ。私は昼間は眠くて起きてられないんだ」
「昼間メイが起きてればいいじゃん」
「起きてられねーんだってば」
「勝手言うな!」
「どうしようもねーんだってば」
「じゃあ昼間メイが寝て、夜はあたし寝てるわ!」
「身体が休まらんだろ。ずっと起きてることになる。それにお前が寝てたら私が傷ついた時、誰が治すんだ」
「そん時起こしゃいーじゃん!」
「呼んでもサッサと起きねーねぼすけが何を言う」
「お前だろ!」 「それにな、私達は黒白揃っての『黒色悪夢』なんだぞ」
「だったら『灰色悪夢』じゃん!」
「それじゃなんか語感が嫌だから黒にしてるんだよ」
「じゃあやっぱ白いらないじゃん!」
「何怒ってんだよ。お前は必要なんだ。お前がいなけりゃ……」
「嬉しくないから! フン! だ」 「とりあえず今から作戦会議を行う」
「作戦会議? そんなの今までしたことないじゃん」
「今回の敵は手強い。おまけに私が妙な技をかけられてこの状態だ。今までの仕事とは勝手が違う」
「ねぇ……メイ」
「何だ」
「中国に……帰ろ?」
「アホ言うな」 ララはベッドに寝転ぶと、拗ねたように言った。
「つまんないんだもん。それに怖いし……」
「お子ちゃまか」
「あーあ。サクッと殺して、あと観光して、帰れると思ってたのに」
「おいおい。サクッと殺すとか、物騒なこと言うようになったもんだな。あの優しかった姉ちゃんが」
「誰の影響だよ!?」
「大体お前、他人様の命を何だと思ってんだ」
「お前に言われたくないわ!」 「まぁ、とりあえず黙って聞け。作戦会議だ」
メイファンはそう言うと、仕切りはじめた。
「今回、標的6人のうち4人と接触。1人を始末した」
ララは何も言わずに新たな飴を口に入れた。
「始末出来なかった3人だが、これがいずれも厄介だ」
ララは口の中で飴を転がしカランコロンと音を立てた。
「真面目に聞け!」
「カラン……コロン」 「まず、最初に接触した毒使いだ」
ララは思い出してしまい、鳥肌が立った。
「正直あいつがいつ毒を盛ったか、未だにさっぱりわからん。わからんからには防ぎようがない。何も飲み食いするなとも言えんし……」
「カラン……コロン……」
「その飴大丈夫か」
「カラン……コロン……」
「まぁ、しかしあいつはフィジカルが弱すぎる。そこが弱点だ」
「カラン……コロン……」
「『攻撃は最大の防御』というのは単なる基本に過ぎないが、その基本があいつには大いに通用する」
「カラン……コロン……」
「もし私が寝ている時にあいつを発見したら、お前が闘え」
「ブーーッ!?」 (…こんな彼女″ら″が黒色悪夢だとはねぇ、仕事なんでね、死んで貰う。)
この部屋に標的の1人、タオ・サムソンが潜んでいることに
メイファンとララは気が付いていなかった。 「大丈夫だ。私の見立てではお前レベルでもあいつなら殺せる」
「何を言う!!!」
「まぁ、任せたぞ。次は銃火器ぶっ放すボインの姉ちゃんだ。あれもヤバい」
ララは口を尖らせながら新しい飴の袋を開けた。
「あいつ、狙いも定めずに乱れ撃ちして来る。ああいうのは苦手だ。『気』を読む暇がない」
ララは新しい飴を口の中に放り込んだ。
「今日の昼、あいつがお前を殺しに来てたが……」
「そうなの!?」ララは口に入れたばかりの飴を吹き出した。
「さすがのあいつも大勢人がいる場所では銃火器は使えんようだ。ところで……」
メイファンはサムソンのほうを見た。
「お前、何?」 「えっ? えっ?」
サムソンはびっくりして武器を落とした。
「僕が見えるの!?」
「てめーが幽霊なわけねーだろ」
メイファンはララの姿のまま言った。
「そんな濃い『気』を暑苦しくムンムン出しといてよ。目で物を見る奴にはどうか知らんが、『気』で物を見る私には丸見えだ」 メイファンはサムソンを縄で縛ると、ララに言った。
「このデブ盾に使え。あいつが撃ちまくって来たらこのデブ前に出せ」
「わかった」
ララは頷いた。 「残るはあのイケメンだが……」
メイファンは眉間に険しい皺を寄せて言った。
「アイツは私がなんとかする」
「天敵なんでしょ」
ララは白けたように言った。
「メイには勝てない相手だよ。諦めて中国、帰ろ?」
「バカ言え」
メイファンは笑った。
「天敵だからこそ、乗り越えるんだ。こんな楽しいことはない」 「そしてサクッと全員殺したら、私が観たかった宇宙人のライブだけ観て、サッと帰ろう」
勝手なことばかり言うメイファンに、ララは発狂寸前だった。 「…すごいな、ほんとに気だけの人がいるなんて」
サムソンはメイファンの目を覗きながらいった。縛っていたはずの縄は切られていた。
「…暑苦しい顔をちかづけるんじゃねぇ」
メイファンはサムソンを張り飛ばした。 新しい朝がきた。
「おっす、おはよう!」
ゆーたとかいう男の大声でララは目を覚ました。
「うぅっ、朝からうるさいなぁ」
ララは不機嫌そうな顔でベッドから起き上がる。 時計を見るとまだ5時にもなっていない。
「まだ寝よう」
と布団を再び被り眠りに就こうとしたが、
汗っぽい感じが不快だったので入浴するためベッドから上体を起こしながらベットから降りた。 昨夜は最悪だった。
眠れなくなったメイファンが夜通し話しかけて来たのだ。
ようやくまた眠ってくれたのは朝陽の昇った4時過ぎのことだった。
『あぁ……あたし、今、すごくメイファンを殺したいなぁっ……』
ララはユニットバスのシャワーを浴びながら、思った。
『キンバリーさんもこんな気持ちなのかなぁ……』 「ヒエッ」
ララが部屋に備えてあるはずのバスタオルを棚から取り出していると
誰かがお尻をわしづかんできたので、振り向くと優太がいた。
「あ〜たまらねえぜ」
彼の顔は紅潮していた。酒の匂いが鼻を突く。どうやら酔っ払っているようだ。
「ちょ、やめて」
ララは拒絶し抵抗したが、中国語なので彼には通用しないし、
酔っ払ってるのでやめようとしない。
「ララちゃんごめんね、俺もう」