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ロスト・スペラー 19
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/07/05(木) 21:21:14.20ID:79tLuu1L
何時まで続けられるか


過去スレ

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0101創る名無しに見る名無し
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2018/08/01(水) 19:05:56.96ID:BZ58zcXk
彼女は自分の考えを纏めながら、今の気持ちを正直に告げる。

 「戦いたい訳じゃないよ……。
  でも、自分達だけ安全な所で待ってるって……、それで良いのかな?
  私達にも何か出来る事があるんじゃ……」

ワーロックは穏やかな笑顔でリベラに言う。

 「そう思うなら、そうすれば良い」

 「えっ」

笑顔の意味を量り兼ねて、彼女は困惑した。
何か喜ぶ様な事なのか、何が嬉しいのか?

 「お、お養父さんは……」

 「私の事は関係無い。
  今の自分の気持ちを大事にするんだ」

ワーロックは自立を促しているのだと、リベラもコバルトゥスも察した。
彼は娘の為に、敢えて引き下がる決断をしたのか?
そうした疑念を2人は抱く。
ワーロックはリベラに説教する。

 「リベラ、お前が『何か出来る事は無いか』と言い出した事を、私は嬉しく思う。
  『人の助けになりたい』と思う、それは人として当然の、真っ当な感情だ。
  私に付き合う必要は無い。
  私も好い加減、年を取って来た。
  若い頃の様には戦えない」

 「何言ってんスか、先輩。
  俺と、そう幾つも変わらないっしょ」

コバルトゥスは笑い飛ばそうとしたが、ワーロックは悲しい瞳を向けた。

 「そうは言うがな、年々衰えを感じるんだ。
  私の魔法資質では、魔法で体力を補う事も難しい」
0102創る名無しに見る名無し
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2018/08/01(水) 19:07:17.01ID:BZ58zcXk
ワーロックの魔法資質の低さは、リベラもコバルトゥスも知っている。
故に、何も言えなかった。
如何にも年老いている風では無いが、もう数年で五十路に届く事を思えば、無理はさせられない。
リベラは決意して、コバルトゥスに告げた。

 「コバルトゥスさん、私も反逆同盟と戦います。
  何か少しでも私に手伝える事があれば……」

 「良いのかい?
  お父さんは――」

 「良いんです」

彼女はコバルトゥスの問に被せて答え、反論を封じる。
そして、ワーロックに視線を送った。
「これで良いんだよね?」と。
その態度をワーロックは良くは思っていなかった物の、それは心の中に仕舞って、今の時点では、
これで良いのだと小さく頷いて見せた。
リベラはワーロックの歓心を買おうとしている。
どうすれば、彼が喜ぶかと考えている。
それが彼女の価値基準になってしまっている。
養父が喜ぶ事が良い事で、悲しむ事が悪い事なのだと。
儘ならぬ物だなと、ワーロックは複雑な思いで俯いた。
しかし、リベラが自分で反逆同盟と戦う道を選んだ事は、歓迎すべきである。
その内に、独りでも生きて行ける様になるだろう。
そう考えて、ワーロックは無言で過ごした。
これで一家は再び散り散りになる……が、家族と言う関係が終わる訳では無い。
寧ろ、家で一緒に暮らしていた頃より、絆は深まっている様に思える。
0103創る名無しに見る名無し
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2018/08/01(水) 19:12:19.01ID:BZ58zcXk
後にコバルトゥスはワーロックに尋ねる。

 「先輩、本当に帰っちゃうんスか?」

 「私は私で反逆同盟との戦いを続ける。
  お前達と一緒には居られないが」

その回答に、コバルトゥスは安堵の笑みを浮かべて言った。

 「やっぱり嘘だったんスね。
  下手な嘘は吐かない方が増しッスよ」

ワーロックは深刻な表情で語る。

 「リベラは今の儘では行けない。
  私から離れて旅をする事で、精神的に自立し、成長しなくては」

それを期待して、彼はリベラをコバルトゥスに預けた積もりだった。
しかし、これまでの旅でリベラの依存心が変わった様には見受けられない。
ワーロックはコバルトゥスに謝罪する。

 「本当は、お前に頼り過ぎるのも良くないのかも知れない。
  リベラを押し付けて、悪いと思っている」

 「そんな――」

「そんな事は無い」とコバルトゥスは言おうとしたが、ワーロックは聞かなかった。

 「お前には、お前の都合がある筈だ。
  例えば、反逆同盟との戦いで、危険に飛び込まなきゃ行けない場面が訪れたとして。
  そう言う時に、リベラが傍に居る所為で思い止まる何て事が……」

コバルトゥスは自由人で、束縛を嫌う。
本気で反逆同盟と戦う時、リベラと一緒に居る事が枷になるのではと、ワーロックは心配していた。
0104創る名無しに見る名無し
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2018/08/02(木) 19:01:32.35ID:WPLu1QrD
コバルトゥスは肩を竦めて、戯(おど)けて見せる。

 「気にしないで下さい。
  反逆同盟と戦うって言いましたけど、計画とか何か考えがある訳じゃないんで。
  リベラちゃんと一緒なら、暢(のん)びり観光旅行でもしますよ、ハハハ」

 「そうしてくれると助かる」

ワーロックは安堵とも呆れとも取れる小さな息を吐き、遠い目をした。
それが気になったコバルトゥスは、自ら尋ねる。

 「先輩は……。
  どうやって反逆同盟と戦うんスか?」

 「魔導師会やレノックさん達と連絡を取り合って、私に出来る事をする。
  それだけだ」

 「危ない事はしないんスか?」

 「……時には命懸けになる事もあるだろう。
  なるべく危険は避けるが、どうしても避けて通れない事はあると思う。
  余り言いたくは無いが、命を落とす事が無いとは限らない」

 「何で、そこまでするんスか?
  戦いは魔導師会とかに任せとけば良いじゃないッスか」

ワーロックは責任感が強く、自ら重い物を背負い込む癖があった。
だからコバルトゥスは彼を信頼するのだが、不安にもなる。
何時か自分の手に余る事に打ち当たり、避けることも逃げる事も出来ずに、押し潰されるのではと。
0105創る名無しに見る名無し
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2018/08/02(木) 19:02:45.00ID:WPLu1QrD
ワーロックは苦笑した。

 「お前も言っていたじゃないか……。
  反逆同盟の連中が悪さしてるんじゃ、気楽に旅も出来ないって」

 「それだけの為に?」

信じられないと言う顔をするコバルトゥスに、ワーロックは少し眉を顰めた後、毅然と言い切る。

 「リベラやラントの為、共通魔法社会に生きる全ての人の為に。
  この平和を脅かす存在を放置する訳には行かない」

コバルトゥスは目を丸くして驚いた。

 「そんな正義の味方みたいに……」

ワーロックは飽くまで、何の責任も無い一人の市民。
それも魔法資質の低い、守られる側の存在だ。
大きな正義を掲げて行動するのも、彼らしくないとコバルトゥスは訝った。
だが、ワーロックは至って真面目である。

 「コバギ、この戦いは想像以上に深刻で重大な危機なんだ。
  それを前にして、『私にしか出来ない』事がある。
  『私になら出来る』かも知れない事がある。
  私が戦わない訳には行かない」

 「……先輩にしか出来ない事って何スか?」

 「私の魔法に関わる事だ」

ワーロックは未だ自分の魔法の全てを明かしていない。
強敵を打倒する為の切り札は、その時が来るまで伏せておく物だ。
ラントロック等が離脱して、フェレトリも力を失い、反逆同盟は最早組織としての体を成していない。
決戦の時は近い。
0107創る名無しに見る名無し
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2018/08/02(木) 19:06:47.06ID:WPLu1QrD
「お養父さんは、本当に独りで帰る積もりなの……? 私達と一緒に行かない?」

「遠慮しておくよ。今の私では足手纏いになる。元々独り旅をしていたんだし、寂しくは無いさ。
 村の人達も居る」

「お養父さん、独りで大丈夫? 御飯とか、お風呂とか、お掃除とか……」

「親を馬鹿にしてるのか」

「そうじゃないけど、心配で……」

「お前の方こそ、大丈夫なのか? 本当は帰りたいんじゃないのか」

「……でも、やっぱり自分だけって言うのは……」

「それで良い。後悔の無い様に生きるんだぞ。コバルトゥスと仲良くな。奴は意外と繊細な所がある。
 突っ走りそうな時は、止めてやってくれ」

「分かった」

「反逆同盟との『戦い』だから、当然危険が予想される。絶対に無理はするなよ」

「分かってる」

「何か行動する時は、魔導師会やレノックさん達と連絡を取り合って、連携する様にな。
 コバルトゥスは面倒臭がって、自分からは協力を申し出ないだろうから……」

「はい」

「他に何か言っておく事は無かったかな……」

「あ、あの、お養父さん、大丈夫だから」

「用心するに越した事は無いんだ。直ぐに助けを呼べる様に、魔導師会の人に緊急用の回線を、
 用意して貰おうか?」

「じ、自分で言うから」

「大丈夫か? 忘れるなよ、重要な事だからな?」

「分かってるよ……」
0108創る名無しに見る名無し
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2018/08/03(金) 19:22:49.39ID:PZyQ2ByB
「リベラちゃん、良かったのかい? お父さんと一緒じゃなくて」

「もう言わないで下さい。私は決めたんです」

「俺と一生添い遂げるって?」

「茶化さないで下さい」

「ははは、御免、御免。所で、ラントは誘わないのかい?」

「ラントを……?」

「仲間は多い方が良いと思うんだけど」

「ラントはラントの考えがあるみたいですから」

「残念だな。反逆同盟を倒すまでの間、協力出来ないかと思ってたんだが……。
 駄目元で話だけはしてみるよ」
0110創る名無しに見る名無し
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2018/08/03(金) 19:24:29.18ID:PZyQ2ByB
それぞれの道


ブリンガー地方キーン半島南端にあるソーシェの森にて


反逆同盟から離脱したラントロック等は、ソーシェの森の魔女ウィローに匿われ、
そこで家族との再会を果たした。
改めて反逆同盟と戦う決意をした、コバルトゥスとリベラに対して、ラントロック等は……。

 「ラント、君も俺達と一緒に、反逆同盟と戦わないか?」

 「同盟と……」

ウィローの住家の広間で、コバルトゥスに共に戦わないかと誘われたラントロックは、
迷いを顔に表す。

 「元仲間と敵対するのは、気が引けるか」

 「それもあるけど……。
  小父さん、『マトラ』は強いらしい」

 「マトラって、反逆同盟の長『ルヴィエラ』の事だな?
  知ってるよ。
  俺達の手には到底負えない、化け物みたいな奴だと教えられた」

 「誰に?」

コバルトゥスがマトラの事を詳しく知っている様なので、ラントロックは驚いて尋ねた。

 「レノックとか言う子供の姿をした魔法使い」

 「あぁ、レノックさん……。
  音楽の魔法使いの」

ラントロックもレノック・ダッバーディーとは面識がある。
レノックは度々禁断の地を訪れては、ワーロックの家族の様子を見に来ていた。
「小賢人」レノックの魔法資質は優れており、音楽を用いた彼の魔法の華やかさ、美しさには、
ラントロックも敬意を持っていた。
0111創る名無しに見る名無し
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2018/08/03(金) 19:26:07.10ID:PZyQ2ByB
コバルトゥスは説得を続ける。

 「何もルヴィエラと直接戦おうって訳じゃない。
  仮令、力及ばずとも、同盟の悪事を止める為に、出来る事はある筈だ」

 「……義姉さんや親父も一緒なの?」

嫌そうな顔をするラントロックに、コバルトゥスは半笑いで答えた。

 「お姉さんとは一緒だけど、お父さんは別行動だ」

 「そう……」

ラントロックは肯定の返事も否定の返事もせず、何事か考えている。
彼が結論を出すまで、静かに待つコバルトゥスに、獣人のテリアが横から声を掛けた。

 「同盟と戦うのか?」

 「君はテリア……」

彼女はコバルトゥスに辛辣な一言を浴びせる。

 「トロウィヤウィッチを巻き込まないでよ。
  私達は反逆同盟とは縁を切ったんだ。
  それで十分だろう?」

 「君の意見は分かった。
  だけど、俺はラントに話を聞いてるんだよ」

コバルトゥスも強気に言い返し、テリアは無視してラントロックを真っ直ぐ見据えた。
0112創る名無しに見る名無し
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2018/08/04(土) 19:24:25.40ID:4ZGQvORg
それに対してテリアは立腹するも、素直にラントロックの答を待つ。

 「俺は……戦いたくは無い……」

コバルトゥスは落胆の、テリアは安堵の溜め息を、同時に吐く。

 「それなら仕方が無い。
  魅了の魔法は戦いには向かないか」

ラントロックの魔法は直接相手を傷付ける物では無い。
魅了の魔法が効かない相手には、全く無力になってしまう。
戦いたくないのであれば、無理は言うまいと、コバルトゥスは引き下がった。
所が、ラントロックの方は話を終わらせる積もりは無かった。

 「待ってくれ、小父さん。
  戦いたくは無いけど、でも……、これで良いのかって気持ちはある。
  俺に……、俺達にも出来る事があるのか……?」

これにはテリアが驚いた。

 「止せ、トロウィヤウィッチ!
  戦いは共通魔法使い共に任せておけば良い!
  私達には何の関係も無い事だ!」

彼女の言葉に、コバルトゥスが反論する。

 「無関係でも無い。
  共通魔法使いから見れば、俺達は『外道魔法使い』で一括りだ。
  外道魔法使いの中にも、共通魔法使いの味方が居る事を示すのは重要だ」

政治的な「大人の発言」に、ラントロックは反感と憧れを同時に覚える。
大局を見て行動出来るのは格好良いが、打算的な所は嫌悪する。
0113創る名無しに見る名無し
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2018/08/04(土) 19:26:11.15ID:4ZGQvORg
コバルトゥスは不信の目をするラントロックを見て、今の言葉は不味かったかと思い、言い添えた。

 「そう言う建て前とは別に、邪悪を許しては行けないと言う気持ちもある。
  俺は精霊魔法使いだ。
  精霊の秩序と世界の平穏を守る役目がある」

そう言いながら、彼は両親の事を思い出していた。
どうして父と母は、自分を置き去りにして行ってしまったのか?
精霊や人間が、どうなろうと知った事では無いと、幼い頃の彼は思っていた。
自分達を奇異の目で見る共通魔法使いの為に、命を落とす事は無かろうと……。
今でも両親の気持ちは解らない。
しかし、どう言う人だったかは何と無く解る。

 「善人振る積もりは無いが、俺は血の定めに生きる」

 「血の定めが無かったら?」

ラントロックの問い掛けに、コバルトゥスは真剣に答えた。

 「それでも『力』があれば、戦っていたと思う。
  どこか遠い場所の見ず知らずの人を救う気は無くとも、目の前の不幸な人は見過ごせない。
  そう言う物だろう?」

感情に訴える事は、時に理屈で諭すより効果的だ。
ラントロックの心は揺れた。
コバルトゥスは更に言う。

 「迷いなんてのは表面的な物だ。
  本心では、『こうしたい』、『こうありたい』と言う理想がある。
  それが出来ないから迷う。
  ラント、君の理想は何だ?
  戦うにしても、戦わないにしても、それは何の為だ?」
0114創る名無しに見る名無し
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2018/08/04(土) 19:27:31.59ID:4ZGQvORg
何の為と聞かれて、ラントロックが先ず思い付いたのは、義姉の事だった。
彼の義姉リベラは、コバルトゥスと共に反逆同盟との戦いを続ける。
もし義姉の身に何かあった時、自分は後悔しないと言えるのか……。
少し前に仲違いしたばかりだが、恨みや憎しみの感情は無い。
寧ろ、本気で怒られて、自分を心配してくれているのだと感じる。
これが実父であったならば、逆に益々反感を強めたに違い無いが……。
ラントロックは長い間を置いて、こう答えた。

 「俺も同盟と戦う。
  それは……小父さんや義姉さんの為だ。
  もし同盟との戦いで、小父さんや義姉さんの身に何かあれば、俺は後悔するだろうから……」

テリアは目を見張って、猛烈に反対した。

 「馬鹿を言うな!
  他人の事なんか、どうだって良いじゃないか!
  もっと身勝手で良いんだよ!」

一方でコバルトゥスは深く頷く。

 「仲間は一人でも多い方が良い。
  1人では出来ない事も、2人なら出来る。
  2人では出来ない事も、3人なら出来る」

ラントロックはテリアを一顧した後、コバルトゥスに告げた。

 「一応、皆とも相談してみるよ。
  一緒に戦ってくれるかも」

そう言うと、ラントロックは席を立ち、2階に上がる。
テリアは暫しコバルトゥスを睨んでいたが、やがてラントロックを追って行った。
0115創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/05(日) 19:42:37.14ID:jZnB5o03
ラントロックは一緒に反逆同盟を抜け出した者達を一室に呼び集めて、自らの決意を語った。

 「今後の話なんだけど、俺は反逆同盟と戦おうと思う」

魚人のネーラと鳥人のフテラは、目を剥いて反対した。

 「正気か!?」

それ見た事かと、獣人のテリアは呆れる。
悪魔公爵の組織を敵に回そう等、全員反対するに決まっているのだ。
しかし、ラントロックは引き下がらない。

 「ああ、正気だ。
  何時までも、身を隠しながら逃げ回る訳にも行かないだろう?」

逃亡生活にも限界が来るであろう事は、皆薄々解っていた。
マトラ事ルヴィエラの気紛れに怯えて、鼠の様に隠れ暮らす生活が辛い物である事は、
想像に難くない。
だが、反逆同盟と戦う苦難に比べれば、何て事は無いと言うのが、ネーラ、フテラ、テリア3体の、
統一した見解だった。

 「皆は俺『達』と一緒に行動するか、ここで戦いが終わるまで匿って貰うか、ここで決めてくれ」

ラントロックに二者択一を迫られ、3体と残る1人のヘルザは沈黙した。
そんな中、ネーラが諭す様に彼に言う。

 「何もトロウィヤウィッチが戦う事は無いじゃないか」

ラントロックは頷いて答える。

 「そうかも知れない。
  でも、俺の家族や知り合いが戦ってるんだ。
  俺だけ何もせずに見ている訳には行かない」

生まれが魔物であるネーラには、家族と言う物が解らない。
0116創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/05(日) 19:43:43.14ID:jZnB5o03
ラントロックは毅然とネーラに告げる。
 
 「今度ばかりは強引に連れて行く事も出来ない。
  皆、自分で判断してくれ」

そう言われ、互いに顔を見合わせるネーラとフテラ。
少しの間を置いて、フテラがラントロックに尋ねる。

 「本気でマトラと戦う気なのか?」

彼女はラントロックに必死さが無い事を怪しんでいた。
未だマトラの恐ろしさを理解していないのかと。

 「マトラは強い。
  フェレトリなんか比べ物にならない位に。
  あれの前では、フェレトリでさえも取るに足らない雑魚なんだ」

ラントロックは小さく頷いて応じた。

 「だから、直接は戦わない。
  反逆同盟の野望は阻止するけど、マトラと戦(や)り合ったりはしない」

 「あっ、そっかあ!」

納得したテリアの頭を、フテラが鉄槌打ちで叩く。

 「ギャフン!」

 「何が、『そっかあ』だ!
  マトラが黙って見過ごす物か!」

反逆同盟の活動の邪魔をして、マトラと敵対せずに済む訳が無いのだ。
途中でマトラが飽きでもしない限り、どこかで対峙する事になってしまう。
0117創る名無しに見る名無し
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2018/08/05(日) 19:45:24.34ID:jZnB5o03
それでもラントロックは真剣に訴えた。

 「皆が戦いたくないって言うなら、それは仕方が無い事だ。
  マトラと戦わないって言ったって、実際そう都合好くは行かないだろう。
  でも、俺は自分にも出来る事があるのに、やらない訳には行かないんだ。
  解ってくれとは言わないよ。
  戦いが終わったら、又会おう。
  そして、皆で平和に暮らせる土地を探しに行こう」

その言葉に触発されて、ヘルザが立ち上がる。

 「わ、私も一緒に行って良い……かな?」

ネーラ、フテラ、テリアの人外3体は目を見張って、止めに掛かった。

 「止せ、足手纏いになるだけだ!」

 「自分の魔法も判らないのに!」

 「そうだ、そうだ!」

一斉に非難されたヘルザは怯むが、ラントロックは構わず受け容れた。

 「気にする事は無い。
  仲間は多い方が良い」

彼もヘルザを止める物だと思っていた3体は、衝撃を受ける。

 「本当に良いのか、トロウィヤウィッチ!?」

 「死ぬかも知れないんだぞ!」

 「そ、そうだよ!」

ラントロックは頷き、自分がコバルトゥスに言われた事を彼女等にも言った。

 「1人じゃ出来ない事も、2人なら出来る。
  2人じゃ出来ない事も、3人なら出来る。
  3人じゃ出来ない事も、4人なら出来る。
  そうだろう?」
0118創る名無しに見る名無し
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2018/08/06(月) 18:44:02.99ID:b3wwbgG4
人外の3体が反逆同盟に居た頃は、昆虫人スフィカを含めて「B3F」を名乗り、4体で活動していた。
しかし、それは狩りを円滑に行う為であり、強敵に対抗する為では無い。
3体が重苦しい沈黙を続ける中、最初に口を開いたのは鳥人のフテラだった。

 「仕様が無いな、私も一緒に行って上げるよ」

ネーラとテリアは目を丸くし、彼女を凝視した儘で硬直する。

 「正気かよ、フテラ」

あり得ないと言う顔をするテリアを、フテラは見下した。

 「お前は大人しく引っ込んでいろ。
  それが地を這う物には相応しい」

嘲笑されたテリアは、怒るよりも狼狽して、ネーラを顧みる。
ネーラも基本的な考えはテリアと一緒だった。
彼女の場合は反逆同盟からの離脱でさえ、自分の意志では不可能だったのだ。
その上、反逆同盟の活動を妨害しよう等とは、とても畏れ多かった。
ネーラは弱気な瞳でフテラを見詰めて問う。

 「恐ろしくは無いのか、フテラ」

 「私は何百年も昔、旧暦から生きる物だ。
  マトラの飼い鳥では無いし、子供でも無い。
  ネーラ、あんたも同じだろう?」

フテラもネーラも、マトラの力を借りて人化した訳では無い。
長い年月を経て、魔性と知性を蓄えて行った動物だ。
マトラが倒れても力が衰えると言った影響は無い。
0119創る名無しに見る名無し
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2018/08/06(月) 18:45:55.79ID:b3wwbgG4
沈黙するネーラを見て、これは彼女を出し抜く好機ではないかと、テリアは心変わりした。

 「良し、分かった!
  私も一緒に行くぞ!」

これにはフテラが吃驚する。

 「ほ、本当に良いのか!?」

フテラも内心、これは他の2人を出し抜いて、ラントロックに接近する好機だと思っていた。
テリアの参戦は本来ならば歓迎すべきだが……。
0120創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/06(月) 18:46:30.80ID:b3wwbgG4
 「マトラを恐れないと言うんだな?」

再びのフテラの問に対して、テリアは平然と答える。

 「直接は戦わないんだろう?
  じゃあ、良いじゃん。
  他の同盟の奴等は、どうでも良いしぃ」

彼女はネーラやフテラの忠告を忘れて、元の思考に戻っていた。
魔物らしい薄情さを発揮して、元仲間に牙を剥く事も躊躇わない。
ラントロックは参戦を決意したフテラとテリアに礼を言う。

 「有り難う、フテラさん、テリアさん」

そしてネーラにも視線を送った。
暗に一緒に来てくれないかと期待されていると、ネーラは判っていたが、小さく首を横に振る。

 「私は……行けない」
0121創る名無しに見る名無し
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2018/08/06(月) 18:48:31.30ID:b3wwbgG4
寂し気な顔をするラントロックを、フテラとテリアが慰める。
2体共、心の内では笑っていた。

 「もう良いよ、こんな奴」

 「そうそう、弱虫は放っとこう」

ネーラは2体に貶されながらも、反論しなかった。
概ね、その通りだと認めているのか、悔しがりもしない。
それをラントロックは不審に思い、ネーラを見詰める。
彼女は小声で答えた。

 「私は私に出来る事をする」

ネーラにも彼女なりの考えがあるのだろうと察したラントロックは、小さく頷き返した後、全員に言う。

 「それじゃあ、皆、準備が出来たら外に集まってくれ。
  険しい旅になると思う。
  でも、1人じゃないから、協力して乗り越えて行こう」

彼は一足先に退室して、一階に下りると、義姉リベラの姿を探した。
リベラは一階の広間で、コバルトゥスと立ち話をしていた。
義姉を発見したラントロックは、直ぐには顔を出さず、少し2人の話を聞いてみる事にする。
盗み聞きは良くないと解ってはいたが、何を話しているのか、興味の方が先行した。

 「本当にラントが私達と……?」

 「ああ。
  君達は姉弟なんだなと思ったよ」

 「どう言う意味ですか?」

 「どうって、その儘の意味だけど」

コバルトゥスの言葉の意味が、リベラもラントロックにも解らない。
0122創る名無しに見る名無し
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2018/08/07(火) 19:02:47.45ID:PzRdPIcW
そう言われるからには、何等かの共通点、似通った性質がある筈だが、双方共に無自覚だった。
互いに本当の姉弟では無いと判っているから、「似ている」と言われる事に違和感がある。
疑問ではあるがその話は横に置いて、ラントロックは義姉が自分も反逆同盟との戦いに加わる事に、
悪感情を持っていない様だと察して、少し安心した。
先は喧嘩別れの様になって、嫌われてしまったのではと気にしていたのだ。
彼は今来たばかりを装って、2人の前に現れる。

 「小父さん、後3人来てくれる事になったよ」

 「おお、それは良かった」

ラントロックは義姉では無く、先ずコバルトゥスに話し掛けた。
リベラとコバルトゥスは同時に振り返り、彼に視線を向ける。

 「ラント」

リベラとラントロックは互いに見詰め合う。
その儘、暫し無言。
重苦しい沈黙を先に破ったのは、リベラの方。

 「良いの?
  貴方には目的があるんじゃ……」

 「反逆同盟から抜け出した俺達は、裏切り者として追われる身だ。
  先ず、この騒動を片付けないと、落ち落ち夜も眠れない」

ラントロックは義姉が心配だと言う本心を隠した。
本当の理由を知っているコバルトゥスは、こんな時に見栄を張るのかと苦笑を堪える。
散々暴露した後で、今更隠す必要も無かろうにと。
0123創る名無しに見る名無し
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2018/08/07(火) 19:06:56.26ID:PzRdPIcW
リベラはラントロックの手を取って言った。

 「有り難う、ラント。
  一緒に来てくれて」

家族が離れ離れになると思っていた彼女は、ラントロックが同行してくれる事が、素直に嬉しかった。

 「そんな、礼なんか……。
  これは俺達の為でもあるんだし」

義姉を異性として見ているラントロックは、照れながら否定する。

 「……そうだね、御免、大袈裟だよね。
  でも、ラントと一緒に居られるのが嬉しいんだ。
  本当は1年足らずの筈なのに、もう何年もラントと離れていたみたい」

「一寸背が高くなったね」とリベラは付け加え、ラントロックの頭を触る。
未だリベラの方が背が高いが、遅くとも2年後にはラントロックが追い抜いているであろう。
ラントロックは益々照れて、赤面した儘、俯いた。
その様子を見ていたコバルトゥスは、リベラの精神の弱さを心配する。
彼女の態度は本人も言う通り、大袈裟だ。
家族が離れ離れになる事を、誰よりも恐れている。
故に、自立したがっているラントロックや、自立を促したいワーロックとは相容れない。
この先、彼女が孤独の恐怖を克服出来るのか……。
旅の中で徐々に彼女の意識を変えて行くしか無いと、コバルトゥスは小さく溜め息を吐いた。
ワーロックから養娘を託されたも同然の今、リベラを一人前の大人にするのは、己の責任なのだと、
変に気負うコバルトゥスだった。
0124創る名無しに見る名無し
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2018/08/07(火) 19:09:16.19ID:PzRdPIcW
その後、ラントロック等と同行する事を決めた2体と1人が合流する。
コバルトゥスの姿を見て、フテラとテリアは本日何度目か知れない驚きを味わう。

 「お、お前は!」

コバルトゥスもラントロックの同行者が、この2体だとは思わなかった。

 「……ラント、こいつ等を信用して良いのか?」

彼は裏切られはしないかと、小声でラントロックに尋ねる。
耳の良いフテラとテリアは、確りと聞いていて、不満を顔に表した。
ラントロックは自信を持って頷く。
 
 「ああ、大丈夫」

彼の瞳が妖しく輝く。
コバルトゥスは己の心臓が一度大きく弾んだのを感じた。

 (魅了の魔法か……)

魅了で裏切りを防げるなら良いがと、コバルトゥスは完全に納得はしていないが、
一応は疑問を引っ込める事にした。
リベラは難しい顔をしているコバルトゥスに尋ねる。

 「お知り合いですか?
  一人はエグゼラで戦った人ですよね」

 「そうだよ、人を食らう化け物だ」

 「えぇっ!?」

そんな物と一緒に旅をして大丈夫なのかと、リベラは動揺してラントロックに目を遣った。
0125創る名無しに見る名無し
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2018/08/08(水) 18:58:14.24ID:b6fuKR2l
ラントロックは義姉を安心させる為に、説明する。

 「だから、大丈夫だって。
  もう反逆同盟とは縁を切ったし、人間を襲ったりもしない」

そう言われても素直に信じられないリベラは、フテラとテリアに目を向けた。
怯えの感情を読み取り、2体は不機嫌な顔をする。
しかし、リベラは彼女等の予想しない行動に出た。

 「私はリベラ・アイスロン。
  よ、宜しく」

挨拶と同時に握手を求められ、2体は戸惑う。
フテアとテリアは互いの顔を見合い、視線で握手する順番を譲り合った。
0126創る名無しに見る名無し
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2018/08/08(水) 18:58:53.91ID:b6fuKR2l
結果、先にフテラが握手に応じる。

 「ど、どうも、宜しく」

片手だけ人の手に変えた彼女は、愛想笑いしつつリベラの手を取った。
極普通の握手をして、互いに手を放そうとした所で、ラントロックが横から言う。

 「フテラさん、名乗らないと」

 「あっ、ああ、私はフテラだ。
  『鳥人<プテリアントロポス>』のフテラ。
  『人間<シーヒャントロポス>』では無い」

フテラが名乗りを終えると、テリアが進み出て、自らリベラに握手を求める。

 「私はテリア、宜しくね!
  『獣人<シリアントロポス>』だよ」
0127創る名無しに見る名無し
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2018/08/08(水) 19:00:12.38ID:b6fuKR2l
笑顔から覗く鋭い牙に、リベラは一瞬怯んだが、躊躇わず手を取った。
テリアの手はフテラより筋肉質で、爪も鋭い。
その握力にリベラは顔を顰める。

 「い、痛い、痛い」

 「御免、御免、つい力が入っちゃった」

勿論、態とである。
テリアは腕力で優位な事を示したのだ。
彼女が手を放すと、リベラの手には真っ赤な跡が残っていた。
そして、優越の笑みを浮かべる。
悪い癖だなとラントロックは呆れ、テリアに注意する。

 「テリアさん、その人は俺の義姉(ねえ)さんなんだ。
  それなりの敬意を払って貰いたい」

その一言に、フテラもテリアも狼狽する。
特にテリアは慌てて言い訳した。

 「そ、そう言う事は先に言ってよ〜!
  ニュ〜ン、御免よ、御免よ、お姉さん」

俄かに態度を変えて擦り寄る彼女に、リベラは苦笑いで応じる。

 「な、何とも思ってないから……」

フテラは呆れた顔で溜め息を吐き、テリアをリベラから引き剥がした。

 「こう言う奴なんだ、済まないね」

 「ニュ〜……」

テリアはフテラに襟首を掴み上げられ、仔猫の様に大人しくなった。
0128創る名無しに見る名無し
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2018/08/08(水) 19:01:32.90ID:b6fuKR2l
反逆同盟に所属していただけあって、変な人達だとリベラは圧倒される。
そんな中、未だ後ろの方に引っ込んでいて、自己紹介をしていない一人が、彼女は気になった。

 「ラント、そっちの子は?」

 「ああ、ヘルザ」

ラントロックはリベラの問い掛けに応じて、ヘルザを手招きして呼び寄せた。
ヘルザは彼に促されて、自己紹介をする。

 「わ、私はヘルザ・ティンバーです。
  宜しく、お願いします」

 「私はリベラ、宜しく。
  貴女も反逆同盟から逃げ出したの?」

 「ええ、はい、一応……」

リベラは畏まって小さくなっているヘルザを、真面真面と見詰めて尋ねた。

 「ええと、貴女も人間じゃないの?」

 「あのっ、いいえっ、私は人間です!」

 「あっ、御免なさい……」

 「い、いえ、気にしてないので……」

互いに配慮し合いながら話していると、横からコバルトゥスがヘルザに問う。

 「君は、どんな魔法を使うんだい?」

背の高い男性の登場に、ヘルザは緊張の剰(あま)り硬直した。
0129創る名無しに見る名無し
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2018/08/09(木) 19:18:03.09ID:SpIFzEVZ
それを見たコバルトゥスは一つ咳払いをして、自己紹介する。

 「これは失礼、お嬢さん。
  未だ名乗っていなかったね。
  俺はコバルトゥス・ギーダフィ、精霊魔法使いだ」

しかし、礼儀正しく接しても、ヘルザは俯き加減で何も答えない。
気取った言い方が不味かったかなと、コバルトゥスは反省した。
若い女を引っ掛けて遊んでいた彼だが、若過ぎる女の子の扱いは分からない。

 (俺も年を取ったかなぁ……?)

容姿には自信があるが、若い子には「小父さん」は受けないかと、コバルトゥスは肩を落とした。
沈黙するヘルザに代わって、ラントロックがコバルトゥスに説明する。

 「ヘルザは未だ自分の魔法が判ってないんだ。
  共通魔法使いじゃないのは、確かなんだけど……」

そんな子を戦いに連れて行って大丈夫なのかと、コバルトゥスは驚いた。
何かあった時、ラントロックでは責任を負い切れないだろう。
若さ故の暴走かと思う。
だが、ラントロックは冷静だ。
ヘルザには聞こえない様に、声を潜めてコバルトゥスに言う。

 「戦う以外にも役目はある」

 「何だ?」

 「義姉さんを危険から遠ざける」

数極思考した後、成る程とコバルトゥスは頷いた。
戦えないヘルザが居れば、「彼女を守る」と言う名目で、自然にリベラを戦いから引き離せる。
0130創る名無しに見る名無し
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2018/08/09(木) 19:19:04.13ID:SpIFzEVZ
コバルトゥスはラントロックに向けて、嫌らしく笑う。

 「悪い奴だなぁ」

そんな風に言われるのは心外だと、ラントロックは眉を顰めた。

 「それだけじゃない。
  魔法にも期待してるんだ」

 「何の魔法か判らないのに?」

コバルトゥスは訝る。
戦略上、計算出来ない物は、無い物として扱うのが正しい。
何時どこで、どんな風に作用するかも判らない物に、期待を掛けるのは愚かだ。
それはラントロックも理解していたが……。

 「マトラは強いんだろう?
  普通に戦っても勝てないなら、未知の力に賭けるのも悪くない思う。
  勿論、期待し過ぎるのは良くないけど」

共通魔法使いだけで、マトラ事ルヴィエラを倒せるかは不明だ。
もしかしたら、総力戦になるかも知れない。
都合好くヘルザが新しい魔法に目覚めるとは限らないが、可能性が少しでもあるのなら、
試してみるのは悪くない。

 「そこまで考えての事なら、何も言わない。
  確り守ってやれよ」

コバルトゥスはラントロックの肩を強目に叩いて、発破を掛ける。
ラントロックは少し自信の無さそうな顔で、小さく頷いた。
0131創る名無しに見る名無し
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2018/08/09(木) 19:19:37.25ID:SpIFzEVZ
こうして4人と2体は、一緒に反逆同盟と戦う旅をする事になった。
……と言っても、具体的な目的地や標的がある訳では無く、暫くはレノックから情報を貰って、
行き先を決める事になるのだが……。
その際の騒動は、又後の話。
0132創る名無しに見る名無し
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2018/08/10(金) 19:14:48.92ID:yjCwIC7q
at that time


「久し振りだな、精霊魔法使い」

「あんたは……。確か、ヴァイデャと呼ばれていた……」

「事象の魔法使いだ。ヴァイデャは職業に関する号(よびな)。しかし、よく私の号を覚えていたな。
 何十年も昔に、一度会った切りの者の事を」

「記憶力は良い物でね」

「あの時は、お前の存在の危機だった。忘れる訳も無いか」

「その事は――!」

「お2人共、何の話をなさってるんですか?」

「ああ、以前に彼が女の――」

「いや、何でも無いんだ、リベラちゃん」

「女の……?」

「どうも聞かれたくない事らしい」

「本当に何でも無いんだ、あっちに行こう、リベラちゃん」

「何なんですか、コバルトゥスさん……。あ、ヴァイデャさん、失礼します」

「はいはい」
0133創る名無しに見る名無し
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2018/08/10(金) 19:16:18.70ID:yjCwIC7q
meanwhile


「フェレトリ、入るぞ」

「マトラ公であるか……。何用か?」

「何用か、では無かろうよ。どうした、その様は?」

「昆虫人から話は聞いておろう」

「手酷くやられた様だな」

「笑いに来たのか? 笑わば笑うが良い。最早、嘗ての力は無く、言い返す気力も無い」

「重症だな。私の霊を分けてやろうか?」

「何?」

「我が精霊を、そなたに貸してやろう」

「良いのであるか?」

「気にするな。私にとっては、本の一部だ」

「忝い」

「しかし、そなた程の物が、ここまで追い詰められるとは」

「マトラ公も油断召されるな。魔城に現れた、あの男である」

「……誰だ?」

「お忘れか? それとも――」

「聖君は片付けた筈だが……。他に何ぞ居ったか?」

「奇怪な男である。無能に見えて……。否、マトラ公は御案じ召さるな。我が始末を付ける故」
0134創る名無しに見る名無し
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2018/08/10(金) 19:17:45.23ID:yjCwIC7q
afterword


「先輩、ラントも俺達と一緒に行く事になりました」

「大丈夫なのか?」

「ええ、そんなに危ない事をする積もりは無いんで」

「いや、そうじゃなくてだな。面倒見切れそうか? もう何人か大人が付いていた方が……」

「あー、そう言う心配ッスか……。大丈夫だとは思うんスけど……」

「私の方で、同行してくれる人を探してみよう。人の間に立って、物事を仲介出来る人物が良い」

「あ、出来れば女の人、お願いします。フヘヘ」

「その要望は聞けない。ラントが居るからな」

「魅了されるから?」

「ああ。仲介者が一方に肩入れするのは良くない」

「ラントを信じてないんスか?」

「お前は魅了の魔法の恐ろしさを知らない。あれは使用を意図する必要が無い。逆に、
 意図しなければ抑えられない」

「そうなんスか」

「お前も他人事じゃないぞ。何時の間にかラントに魅了されている何て事が無い様にな」

「俺、男なんスけど」

「男女は関係無いんだ」

「えっ? ……まあ、平気っしょ? 平気、平気」

「そうだと良いがなぁ……」
0135創る名無しに見る名無し
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2018/08/10(金) 19:19:57.11ID:yjCwIC7q
「私が来た意味は無かった様ですね」

「そうでも無いよ。フェレトリが再び、ここに来ないとも限らない。確り守っておくれよ」

「自分より目上の存在に頼られるとは、何とも奇妙な感覚です」

「あのね、これでも私は女の子なんだよ? もう少し気を遣ってくれないか」

「魔法使いに男も女も無いでしょう。それ以前に、貴女は『女の子』とは――」

「お黙りっ! 近頃の若い者は、口ばっかり達者になりおって!」

「私も若くは無いのですが……。冗談は扨置き、伯爵級の悪魔と対峙する事になるのですか?」

「恐らくな。……怖いのか?」

「いえ、楽しみです。昔から戦いには縁が無かった物ですから、どこまで事象の魔法が通じるか」

「あんたは強いよ。その力は数多の魔法使いの憧れだった」

「貴女に、そこまで持ち上げられると、気持ちが悪いですね」

「この男は……」
0137創る名無しに見る名無し
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2018/08/11(土) 19:23:35.35ID:2C39CEGT
崇高なる存在


第四魔法都市ティナーにて


ティナー市は唯一大陸で最大の人口を誇る大都市である。
人が多いと言う事は、それだけ経済活動が活発で、市民の生活にも余裕が出来る。
人が多ければ、傑出した人物の出現も、それに比例する。
とにかく数は力なのだ。
一方で、良い事ばかりではない。
人が多ければ、それだけ悪事を働く人も増える。
傑人は善良な者ばかりではない。
悪の傑物も出現する。
並外れた知能と計画性を持った、邪悪な人間が……。
0138創る名無しに見る名無し
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2018/08/11(土) 19:28:25.36ID:2C39CEGT
巨人魔法使いの襲撃、自己防衛論者の魔導機密造事件、そして協和会の人身売買事件を経て、
ティナー市内では再び魔導師会を頼りにしようと言う者が増えて来た。
反逆同盟の出現で、都市警察の治安維持能力に疑問や限界を感じる市民が増えた事が、
その背景にある。
一方で、復興期の様に魔導師会が権力を握り、直接都市の行政に介入しようと言う、
懐古的で強硬な主義や主張は、少なくとも魔導師会本部では潰えた。
これにはファラド・ハクムの失脚が関係している。
だが、魔導師会を頼ろうとする市民の一部は、遂に自ら魔導師会に市政を掌握せよと要請した。
そこでティナー地方魔導師会も、市政に介入する事は無いと度々宣言しなければならなかった。
これは平穏だった時期では、全く考えられなかった事である。
潔癖な魔導師会は、どちらかと言うと市民に嫌われていた。
所が、貧富の格差が拡がるに連れ、富める者は不正を働いていると言う意識が市民の間に広がり、
間の悪い事に、協和会事件が、それを一部証明する形になってしまった。
格差の是正は公平な魔導師会によって成されると言う幻想が、一部の市民にはあるのだ。
0139創る名無しに見る名無し
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2018/08/11(土) 19:30:34.71ID:2C39CEGT
そんな中、自己防衛論者の集団『帳幕の会<シュラウズ>』の派生である、『忠臣の集い<リテイナーズ>』が、
奇妙な動きを見せていた。
「帳幕の会」は飽くまでも「自衛」の為の武装組織を目指した剣士会や、棘盾の会とは異なり、
武力を持つ集団が政治権力を持つべきだと言う、主張を繰り返していた。
この武力とは都市警察の事では無い。
詰まり、武装する権利を持つ為に政治に介入するのではなく、武装して政治の主導権を握ろうと言う、
危険な野望を持っていたのである。
そこから派生した「忠臣の集い」は、更に歪な思想に染まっていた。
それは「魔法資質の高い選ばれた者が、魔法資質の低い一般人を率いる」と言う物である。
故に『従僕<リテイナー>』。
単に武装しただけでは、市民は脅威から己の身を守れない。
優れた者による統治が必要なのだ。
一口に「優れている」と言っても、多様な優秀さがあるが、最も重要な物は「魔法資質」。
どんな危険が訪れようとも、魔法資質の高い者に守って貰えれば安全だ。
だから、魔法資質の高い者を統治者に迎え、その庇護下で平穏を取り戻そう。
こうした彼方任せの考えに染まる者が、徐々にではあるが増え始めていた。
0140創る名無しに見る名無し
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2018/08/12(日) 20:10:56.34ID:8kHVku94
ティナー市内の地下クラブ・ホール「DD」にて


クラブ・ホール「DD」は普段は酒の飲めるダンス・ホールである。
よくインディ・バンズが小規模な『演奏会<コンサート>』を開催しているが、趣味の集いにも利用される。
この日は「忠心の集い」が、会合を開いていた。
正式な政治団体であれば、この様な場所では無く、ホテルや公民館、市民会館を利用するが、
「忠心の集い」は自己防衛論者の分派である事から、信用が無い。
忠心の集いの会員も、そうした場所を借りられず、クラブ・ホールで集会を開催する事を、
恥や屈辱とは思わず、寧ろ人目を避けられる場である事を好都合だと考えていた。
会合に集まった人数は、100人に満たない。
余り広くない場所である事も理由だが、そもそも熱心な賛同者が少ないのだ。
非常時は頼るかも知れないが、普段は関わりたくない。
そうした消極的な支持に留まる者が大半を占める。
逆に言えば、ここに出席する様な者は「精鋭」だ。
忠臣の集いの「会合」とは、誰かが講演や演説をするのでは無く、銘々が自由に出席者と話して、
意見交換をする形式。
一見では会長や幹部に接触する事は難しい。
0141創る名無しに見る名無し
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2018/08/12(日) 20:11:39.39ID:8kHVku94
会合の出席者の中に、地下組織の出身者が混じっていた。
彼は忠臣の集いを見張る為に、魔導師会に雇われた潜入者で、職に溢(あぶ)れた流れ者を装って、
この会合に参加した。
金を掛けずに、身形だけを整えれば、それらしく見える物だ。
地下組織に所属していた彼には、会合に参加している会員では無い人物の正体が判る。

 (……『猫悪党<キャトラスカル>』関係の『手配師<フィクサー>』が何人か居るな。
  何をしようってんだ?)

フィクサーの服装は地下組織の人間と共通している部分がある。
先ず、身形は綺麗にしており、服装は高価な物で纏めている。
そして、魔法から身を守る『装飾品<アクセサリー>』を態と目立つ様に身に付けている。
ここでは身分を隠す積もりは無い様だ。
忠臣の集いは既に魔導師会や都市警察に目を付けられている。
それなのにグレー・ゾーンの人間と結託して、何をしようとしているのか?

 (この上、騒ぎを起こそうなんて、余っ程気が狂ってない限り考え難いが……。
  未練囂しく組織を維持してる様な連中が、そうじゃないとは言い切れない)

潜入者がフィクサー達を監視していると、忠臣の集いの会長であるドロイト・ドイトが、
フィクサーの1人に話し掛けた。

 (来た、来た)

ドロイトは31歳の若造で、組織の長には頼り無い。
金持ちでも無ければ、権力者でも無いし、そうした者達との繋がりも無い。
長が居なくなった潰れ掛けの組織を、どうにか維持しているだけだ。
潜入者は近過ぎず、遠過ぎない距離までドロイトに接近し、耳を澄まして会話を盗み聞きする。
重低音の音楽と、人の話し声、足音が煩いが、何とか内容は聞き取れる。

 「――――博士とは、――会える?」

 「そう焦――。――に必要なのは、――だろう?」

 「……本当に――は有る――?」

 「直接――て、試して――んだな」

 「その為には、先ず――が無いと」

ドロイトはフィクサーに何かを催促している様子だった。
取り敢えず、フィクサーを通じて何者かと会おうとしている事は判る。
0142創る名無しに見る名無し
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2018/08/12(日) 20:12:35.09ID:8kHVku94
キャトラスカルのフィクサーが紹介すると言う事は、碌でも無い人物に決まっている。
「忠臣の集い」の目的を考えると、お飾りに相応しい、高い魔法資質の持ち主を探しているのかと、
この潜入者は予想した。
潜入者が監視しているのも知らず、ドロイトは小さな『錠剤<タブレット>』が数個入った小瓶を、
フィクサーから受け取る。

 (あれは何だ?
  麻薬……の訳は無いか)

潜入者は直感で麻薬では無いと思った。
フィクサーは飽くまで、キャトラスカルを「必要とする人物」に紹介するのが仕事だ。
自分で危ない橋を渡る事はしない。
しかし、合法な物とも思えなかった。
容器は市販の栄養剤の小瓶に似ているが、中身が少な過ぎる。
使い掛けの物を人に渡す訳が無い。
気になった潜入者は、それと無くフィクサーに接触する。

 「なあ、あんた。
  今、会長に渡したのは何だ?」

行き成り話し掛けられたフィクサーは、警戒した目で潜入者を見た。

 「何だ、手前?」

 「何だとは御挨拶だな。
  お宅とは結構付き合いがあったんだが……。
  一々客の顔は覚えて無いってか?」

 「だから、どこの誰だよ」

フィクサーは惚けつつ、記憶を辿っている。
0143創る名無しに見る名無し
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2018/08/13(月) 19:17:57.26ID:yZw4pCzu
潜入者は小声でフィクサーに告げた。

 「ここでは言えない。
  あんただって、そうだろう?
  『枷<シャックル>』」

シャックルとは、このフィクサーが所属している会社だ。
会社と言っても、本拠地や実体がある訳では無い。
仕事上の都合で名乗るだけの物である。
フィクサーの表情が強張った。

 「どこで、それを――」

 「先も言ったじゃないか?
  お宅の『客』だったって」

実際には客だった訳では無い。
繋がりのあるフィクサーは居るが、シャックルとは違う。
但、その伝手でフィクサーの事情には詳しい。

 「……それは良いとして。
  今、会長に渡したのは何なんだ?」

 「さあな?
  そんなに気になるなら、会長に直接聞けば良い」

これは真面な物では無いと、潜入者は確信した。

 「そうするよ。
  又、仕事で会うかもな」

潜入者はフィクサーの肩を軽く叩くと、ドロイトに向かって行く。
0144創る名無しに見る名無し
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2018/08/13(月) 19:19:06.70ID:yZw4pCzu
ドロイトは別のフィクサーと話をしていた。

 「駒が――い。
  1人、2人――わない――、どうでも――奴を――てくれ」

 「どうでも――?」

 「足の――――奴。
  ――が居なくて、――持て余し――様な。
  ――素質――らない」

 「はぁ、何に――んだ?」

 「犯罪を――――ってんじゃ――。
  只の――係だ」

このフィクサーはドロイトの提案を怪しんでいたが、商売と割り切って話に乗る。

 「1人5――、どうだ?」

 「高――る、半額――未だ――。
  1万に――らないか?」

フィクサーを介して誰かを雇おうとしている事は判る。
そして、フィクサーを介するからには、雇うのはキャトラスカルだ。
態々キャトラスカルを雇う理由は不明だが、良からぬ事だろうと察しは付く。
ドロイトは金に余裕が無いのか、値切ろうとしている。

 (値切ったら注文通りの物が届かないかも知れないのにな。
  フィクサーを何人も呼んで、付き合いがありそうな割に、今まで使った事が無いのか?)

フィクサーを利用する際は、言い値で買うのが基本だ。
信用商売だから、フィクサー側も無理は言わない。
0145創る名無しに見る名無し
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2018/08/13(月) 19:19:57.01ID:yZw4pCzu
潜入者が心配した通り、フィクサーはドロイトに捨て台詞を吐く。

 「『苦情<クレーム>』は――――ないぞ」

ドロイトは何を企んでいるのかと、潜入者は益々怪しんだ。
こうなったら自分で確かめるしか無いと、彼は愈々接触を試みる。

 「初めまして、ドロイト会長。
  お会い出来て光栄です」

潜入者が悪手を求めると、ドロイトは少し驚いた様な顔で応える。

 「あー、君は?」

 「失礼しました。
  私はグウィン・ウィンナントです。
  友人の紹介で、ここに来ました。
  どうか、お見知り置きを」

 「えー、それで、何の用かな?」

偽名を名乗る潜入者に、ドロイトは困惑して尋ねた。

 「何やら人をお探しだった様なので」

 「人?」

 「いや、盗み聞きした訳じゃないんですけど……。
  人手が欲しいんですよね?」

潜入者はドロイトがフィクサーから紹介された人物を使って、何をしようとしているのか、
直接自分の手で探ろうとする。
0146創る名無しに見る名無し
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2018/08/14(火) 18:52:36.92ID:eLksXuls
ドロイトはグウィンを、自分を売り込みに来た、出世意欲の高い人物だと読み取った。

 「ああ、その通りだが……。
  二、三、質問させてくれるかな?」

 「はい、何でも聞いて下さい」

「グウィン」は勢い良く返事をして、やる気がある所を見せ付ける。
如何にも、それだけが取り得の様に。
ドロイトは苦笑しながら質問した。

 「君は手配師では無さそうだが……、どんな仕事をしている?」

 「ははは」

グウィンは笑って誤魔化した。
そこへドロイトは虚偽の発言を検知する魔法を密かに使う。
これは愚者の魔法とは違い、嘘を封じたりはしないが、意図的な虚偽の発言に反応する。

 「答えてくれ」

 「いや、その、今は……」

察してくれと言わんばかりに、グウィンは言葉を濁して苦笑いした。
真昼間から世間的には怪しまれている団体の会合に参加しようと言う人物は限られている。
詰まりは、真面な職に就いていない。
ドロイトは察して、次の質問に移った。

 「今は独りで暮らしている?
  親しい友人とかは居るかな?」

 「独り暮らしではありますが、友人は多いですよ」

友人が多いと言う事は、人脈が多様であると言う事。
それを強調するのは、自信の無さの表れでもある。
0147創る名無しに見る名無し
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2018/08/14(火) 18:53:14.49ID:eLksXuls
ドロイトは「友人が多い」が嘘だと見抜いた。

 「特に親しい人は?」

 「あぁ、いや、そんなには居ませんけど……」

これは本当。

 「家族とは定期的に連絡を取っているかな?」

 「いえ、親とは暫く疎遠で……。
  そんな年齢(とし)でも無いですし」

これも本当。
ドロイトは呆れた様に溜め息を吐く。
普通なら、こんな人物を雇いたがる所は無い。

 「君は友人も少なく、独り暮らしで困っていると」

 「いや、困ってるって程じゃないですけど」

グウィンは強がって、ドロイトの言う事を否定する。
ドロイトの魔法では、これは真実と判定されたが、見栄っ張りなら、こんな反応をするだろうと、
受け流された。
例えば、年収1000万の人から見れば、その半分の500万以下は「安い」部類に入るだろう。
だが、逆に年収300万の人から見れば、500万は少なくとも自分よりは「高い」。
見栄っ張りは現状に満足はしていなくても、今の自分が低い位置にある事は認めたがらない。
これは嘘と言うより、重篤な自己欺瞞だ。
自分自身を欺く事により、自分の精神的な優位と安定を保つ。
だから、嘘を吐いたと言う自覚も無い。
そう確信したドロイトは、少し沈黙した後に、こう告げた。

 「……まあ、人手が欲しいのは事実だよ。
  1週後、19日だ。
  南東の時に、ロングルーフ・ビルディングの12階3号室に来てくれ」
0148創る名無しに見る名無し
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2018/08/14(火) 18:54:51.55ID:eLksXuls
グウィンは勢い良く返事をする。

 「はい、分かりました!」

呆れ気味に愛想笑いをするドロイトを見て、潜入者は心の中で舌を出した。
上手く彼に取り入れたかは未だ判らないが、少なくとも再度接触する機会を作る事は出来た。
ドロイトが……否、忠臣の集いが、人手を欲する理由とは何か?
必ずしも不法行為とは限らないが、仮令無駄足でも次に繋げる事が出来る。
話を終えて去ろうとするドロイトに、潜入者は恰も今思い付いた様に、序でを装って尋ねた。

 「あ、会長!
  そう言えば、先(さっき)の瓶、何が入ってたんですか?」

彼が大きな声で言ったので、ドロイトは緊張の余り一瞬硬直し、慌てて周囲を見回す。
その後、何も聞かなかったかの様に、グウィンを無視して距離を取った。

 「会長!」

潜入者が追い掛けようとすると、屈強な男が2人、ドロイトの後を追わせまいと立ち開(はだ)かる。
ここで騒ぎを起こして撮み出されては行けないと、潜入者は肩を竦めて、男達に背を向けた。
それから潜入者は適当にホールを彷徨いていたが、特に面白い事は無い。

 (結局、19日まで待つ以外に無いか……)

徐々に人が少なくなって来た所で、彼は目立たない様に退散した。
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2018/08/20(月) 19:28:21.74ID:h2RXh63q
ロングルーフ・ビルディングにて


そして迎えた一週後、19日。
潜入者は南東の時より1角も早く、ロングルーフ・ビルディングの12階にある3号室に着いた。
今日ここで何か行われるのであれば、その準備の様子を観察しようと思ったのだ。
ロングルーフ・ビルディングは、ティナー市内では普通に見られる高層建築物である。
一般的なオフィス・ビルディングで、特に利用に制限等は無い。
部屋に空きがあれば、適切な金額で、短期でも長期でも借りられる。
「ロングルーフ」の名は、建設出資者の名字に由来しており、外観に特徴的な物がある訳では無い。
潜入者は12階に上がってみたが、そこには誰も居らず、静まり返っていた。

 (準備は前日に済ませておいたとか?
  どれ、一寸お邪魔してみようか)

彼は3号室の戸を叩いたが、反応は無い。
取っ手に手を掛けてみた所、無用心にも鍵が掛かっていない。
これは好都合だと思った彼は、堂々と入室した。
室内には誰も居ない所か、机の一台、椅子の一脚も置かれていない。

 (こんな所に人を集めて、何をさせる積もりなんだ?)

ここで潜入者は、もしかしたら罠に嵌められたのではと予感したが、1人を陥れるのに、
そこまでするかと怪しんだ。
然程資金に余裕がある様にも見えないのに、態々オフィス・ビルディングの一室を借りてまで?

 (一応、警戒しておくに越した事は無いか)

彼は誰も居ない室内を歩き回り、何か仕掛けが無いか見て回る。
0153創る名無しに見る名無し
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2018/08/20(月) 19:29:29.45ID:h2RXh63q
一通り調べても、結局何も見付けられなかったのだが、後2針で南東の時と言う所で、
人が入って来た。
ここには身を隠す場所も無いので、潜入者は敢えて堂々と待ち構える。

 「あ、貴方は誰ですか?」

入室して来た人物は、潜入者と目を合わせて驚いた。
見た目は若い、極普通の男性だ。
屈強そうにも見えない。
「グウィン」と同じく呼び集められた者なのかと、潜入者は思った。

 「人手が必要だって言われてな」

それを聞いた若い男は、小さく安堵の息を吐いた。

 「ああ、誰かに呼ばれて来たんですか」

 「会長に呼ばれた」

 「へー、会長が直々に……」

若い男は室内を見回して、何度も頷き、独り言を零す。

 「――広さは、こんな物か」

一体ここで何をしようと言うのかと、潜入者は怪しむ。
彼は思い切って、若い男に尋ねた。

 「ここで何をするんだ?」
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2018/08/20(月) 19:30:46.56ID:h2RXh63q
若い男は少し眉を顰めて訝る。

 「聞いてないんですか?」

 「ああ」

若い男は暫し沈黙して、潜入者を見詰めた。
潜入者は、この若い男は「グウィン」とは違う立場の人間だと感付いた。

 「聞かされてないって事は、知らなくても良いって事なんでしょう」

それだけ言うと、若い男は詳細を明かさない儘、話を打ち切って壁に凭れる。

 「何もしなくて良いのか?
  準備とかで手伝いが要るから、俺を遣したんじゃないのか」

潜入者の問いに、若い男は小さく頷いた。

 「準備なんて大層な事はしませんよ。
  取り敢えず、人が集まるまで待ってて下さい」

潜入者は腑に落ちない儘、大人しく南東の時を待つ。
0155創る名無しに見る名無し
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2018/08/21(火) 19:28:52.35ID:hhQf8RWm
だが、徒(ただ)待つだけでは暇なので、彼は若い男と雑談をした。

 「あんたも『忠臣の集い』の会員なのか?」

 「ええ、そうですよ。
  貴方は?」

 「俺は新入りだ。
  ――って事は、あんたは先輩になる訳か」

 「気にしないで下さい。
  一応、会員同士で上下は無いので」

 「幹部でもないのか?」

 「ハハ、残念ながら」

若い男は苦笑いして答える。
潜入者は鎌を掛けてみる事にした。

 「こんな所に幹部級は来ないってか」

 「まあ、そうですね」

潜入者は考察する。
「こんな所に幹部級は来ない」と言われて、同意した。
これを素直に受け止めれば、今日は幹部は現れないと言う事。
更に深読みをするならば、ここで起こる事は余り重要では無いのかも知れない。
逆に、所謂「汚れ」の仕事で、幹部を関与させられないのかも知れない。
この若い男は幹部級では無いが、幹部と接触可能な、比較的幹部に近い立場の人間。
0156創る名無しに見る名無し
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2018/08/21(火) 19:30:37.04ID:hhQf8RWm
南東の時になると、疎らに人が集まって来た。
「集まった」と言っても、然して多くは無い。
新しく来たのは5人だけ。
内1人が、「忠臣の集い」の若い男と話をする。

 「全部で5人か?」

その問い掛けに、若い男は潜入者を一瞥して答えた。

 「いや、この人は手伝いだ。
  会長に呼ばれて来たらしい」

 「へー、信用されて無いのかね……」

 「深読みするなよ。
  普通に人手が足りないと思って、遣されたのかも知れないだろう?」

どうやら2人は同格で、どちらも忠臣の集いの会員ではあるが、幹部では無い様だ。

 「被験者は4人か……。
  男2人に女2人、データを取るには少し頼り無いな」

 「余り目立つ訳には行かないから仕様が無い。
  飽くまでテストだからな」

「被験者」、「テスト」と不穏な単語が聞こえる。
潜入者は本来であれば、自分も「被験者」の側だったに違い無いと察した。
「会長に呼ばれた」事を、忠臣の集いの「実験者」が都合好く誤解してくれたので、助かったのだ。
0157創る名無しに見る名無し
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2018/08/21(火) 19:38:25.10ID:hhQf8RWm
南東の時になってから2針が経過した。
これ以上は遅れて来る者も居ないだろうと、この場に居る7人で「実験」が行われる。
その前に、後から来た忠臣の集いの者が、潜入者に指示を出した。

 「おい、あんた!
  扉の前で待機しててくれ。
  勝手に入って来る奴や、出て行こうとする奴は、取り敢えず止めろ」

 「部屋の中で?
  それとも外?」

 「中で構わない」

潜入者は大人しく従い、扉に背を預けて、「実験」の様子を見守る。
その後、先に来た忠臣の集いの者が、大きな声で全員に趣旨を説明する。

 「注目して下さい。
  これから皆さんには、この錠剤を飲んで貰います」

そう言いつつ、彼は懐から錠剤の入った小瓶を取り出した。
これは一週間前にドロイト会長がフィクサーから受け取った物では無いかと、潜入者は疑う。
瓶も中身も、よく似ているのだ。

 「これを1錠だけ飲み込んだ後、暫く安静にして、変化があれば教えて下さい。
  何の薬かは結果に影響すると行けないので、言えません。
  毒とか、体に悪い物ではないので、安心して下さい」

1人が説明している間に、もう1人の会員は被験者を観察しながら、何やら書き留めている。
0158創る名無しに見る名無し
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2018/08/22(水) 19:26:24.57ID:Zv7lCR2+
 (新薬の実験?
  『体に悪い物ではない』……って、何の薬かも判らないのに、信用出来るか?)

潜入者は呆れ笑い、被験者達の反応を窺った。
皆不安そうな顔をしている中、1人の男が質問をした。

 「仕事があるって言うから来たんだが、金は払って貰えるのか?」

 「はい、無事に終われば2万MG支払います」

丸で『無事に終わらない』事があるかの様な物言い。
深い意味は無いのかも知れないが、最初から懐疑的な潜入者は、引っ掛かりを覚える。
しかし、被験者の中には突っ込んだ質問をする者は居ない。
薬を飲むだけで何も無ければ、それで2万貰えるので、楽と言えば楽だが……。

 「それでは、1人ずつ取りに来て下さい」

案内に従って、被験者は素直に錠剤を受け取りに並ぶ。
こんな曖昧な説明で、よく納得する物だと、潜入者は呆れて見ていた。
錠剤を貰った後の反応は様々だ。
直ぐに飲み込んでしまう者、躊躇いながら観察して飲む者、取り敢えず周囲の行動を見て倣う者。
後から来た方の会員が、被験者全員の反応を見ながら、引き続きメモ帳に何か書き留めている。
どんな変化が起こるのかと、潜入者も関心を持って見守る。
所が、1点経っても、2点経っても、変化らしい変化は見られなかった。
良い事なのだろうが、これでは何の実験か判らない。
実験者である会員の2人も、困惑している。
何も起きない儘、1針が過ぎようかと言う時、被験者の1人が発言した。

 「あの……何時まで、この部屋に居れば良いんですか?」

先に来ていた会員は、冷静に答える。
 
 「何か変化があるまで」
0159創る名無しに見る名無し
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2018/08/22(水) 19:27:29.29ID:Zv7lCR2+
それを聞いた被験者達は、動揺した。
別の1人が不安気な声を上げる。

 「何も変化が起こらなかったら?」

 「そんな筈はありません。
  取り敢えず、1角は待って下さい」

一体何が起こると言うのか?
被験者は皆々、半信半疑ながら時が過ぎるのを待った。
そろそろ錠剤を飲んでから、半角が経とうと言う頃になって、被験者の1人が発言する。

 「あの、一寸良いですか?」

周囲を気にしており、僅かに動揺が見られる。
明らかに何かあった様子。
後から来た会員が、手招きして呼び寄せる。

 「私が聞きましょう。
  ……小さな声で、お願いします」

他の被験者に聞こえない様にとの配慮かと、潜入者は直感した。
それは単純に実験の目的で聞こえては行けないのか、それとも聞こえては行けない様な変化が、
起こると言うのか……。
会員と被験者は小声で話し合う。
双方の表情は真剣だが、潜入者には聞き取れない。
盗み聞き出来ない距離では無いのだがと、潜入者は訝った。
彼は耳の良さには自信があった。
0160創る名無しに見る名無し
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2018/08/22(水) 19:28:53.32ID:Zv7lCR2+
 (口が動いているだけで、声に出していない?
  テレパシーか?)

テレパシーを使う際には、口を動かす事で発言者を明確にする例がある。
口の動きとテレパシーの内容が同期していると、聞き手にとっては聞き違いも減らせるし、
話し手にとっては雑念の混入も防げる。
これでは盗み聞きが出来ないと、潜入者は小さく諦めの息を吐いた。
一体どんな変化があったのかと、彼は気になる。
テレパシーを盗み聞きする事も出来るが、これは察知される危険も孕んでいる。
ここで下手に信用を失うよりは、実験終了後に直接聞いた方が良いかも知れないと、
潜入者は引き続き大人しく実験の経過を見ている事にした。
会員との話を終えた被験者は、真っ直ぐ潜入者の前に立った。

 (退いて)

行き成りテレパシーで命じられたので、潜入者は動揺して、会員の2人に視線を送る。
後から来た方の会員が、笑いながら答えた。

 「通して良いぞ」

どうやら、この人物のデータは取れた様だ。
それにしても急に態度が大きくなったと、潜入者は怪しむ。
会員とのテレパシーでの会話で、何か言われたのか?
反感を覚えた潜入者だったが、ここで騒ぎを起こしては潜入した意味が無いと思い、
不気味さを感じた事もあって、素直に道を譲った。
被験者は嘲る様に鼻で笑って、退室する。

 (感じの悪い奴だ……)

潜入者は内心で毒吐いた。
0161創る名無しに見る名無し
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2018/08/23(木) 21:44:16.63ID:yxjb5bca
残る被験者は3人。
1人が退室してから1点も間を置かず、次の被験者が会員に近付く。
無言で真っ直ぐ歩いて行く姿を見て、潜入者は困惑した。

 (何をする積もりだ?)

それから被験者と会員は無言で見詰め合い、時々頷き合う。

 (又、テレパシー?)

共通魔法社会に於いて、テレパシーでの会話は一般的ではない。
内緒話をしたい時には役立つが、それは短時間の会話に限る。
テレパシーを使っている事は、魔力の流れや雰囲気で、意外に見抜かれ易い。
上手く誤魔化すには、それなりの訓練が必要だ。
現に潜入者もテレパシーの使用を疑っている。
加えて、忠臣の集いの会員から、テレパシーを使えと言う指示があったとしても、多くの人にとって、
テレパシーは使い慣れない物。
思念が漏れたり、雑念が混じったりと、予想外の事で、意思の疎通が困難になり易い。
安い金で呼ばれた人間に、そんな技術が具わっているとは考え難いのだ。
しかし、残る2人も全員、忠臣の集いの会員とはテレパシーで会話した。
テレパシーを使ったと言う確たる証拠は無いが、それ以外に無言で見詰め合った儘、
何もせず意思の疎通が可能だとは思えない。
被験者が全員退室し、実験は終了した。
これが何の実験だったのか、潜入者には何も分からなかった……。
0162創る名無しに見る名無し
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2018/08/23(木) 21:44:44.48ID:yxjb5bca
後から来た方の会員が、潜入者に声を掛ける。

 「御苦労さん、帰って良いよ」

 「えっ、報酬は?」

金を貰えるとばかり思っていた潜入者は、慌てて尋ねる。
会員の2人は面食らった様子で、互いの顔を見合った。

 「あんたも会員なんだろう?」

 「報酬なんて出ませんよ。
  私達も無償なんですから」

それを聞いた潜入者は、大袈裟に落胆して見せ、深い溜め息を吐いた。
彼は実際には潜入任務の最中なので、殊更金に執着する必要は無い。
飽くまで、不審に思われない為の演技だ。
無報酬だとは知らされていなかった風を装う潜入者に、会員の2人は同情した。

 「……報酬の代わりと言っては何ですが、一錠如何です?」

演技が功を奏し(?)、先に来た方の会員が、潜入者に錠剤を渡そうとする。
潜入者は露骨に怪しんだ。

 「何の薬かも判らない物は、一寸……」

 「悪い物ではありませんよ。
  少し体の調子が良くなるだけの薬です。
  効果に個人差はありますが、大体は1日以内に切れます。
  特に副作用や依存性は無いので、安心して下さい」

麻薬かなと潜入者は思ったが、それは考え難いと直ぐに自分で否定した。
麻薬を扱っているにしては、用心深さが足りない。
0163創る名無しに見る名無し
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2018/08/23(木) 21:47:10.02ID:yxjb5bca
 「否々(いやいや)、そんな事言われても……」

潜入者は明確には断らなかった。
強気に不要である旨を伝えれば、この2人は引き下がるであろう。
それでは情報を引き出せない。
慎重な潜入者に、会員は詳細な説明を始める。

 「違法な物ではありません。
  ……と言っても、信用して貰えないでしょうから、種明かしを。
  これは本当に体の調子を良くするだけの薬です。
  副次効果として、使用者の魔法資質を高めます」

 「MAD?」

 「いえ、MADとは違います。
  至って健全な物で、法律にも触れません」

MADとは魔法覚醒剤の略である。
「魔法資質を高める」との謳い文句で違法に取り引きされているが、その大半は効果が無い。
魔法資質とは生まれ付きで限界が決まっているので、効果がある訳が無いのだ。
もし本当に魔法資質が高まってしまうと、これまでの学説が一気に引っ繰り返る。
しかし、この怪しい謳い文句に惹かれる人々は後を絶たない。
未だ不信の目を向ける潜入者に、会員は説明を続ける。

 「人には魔法資質が高まる『条件』がある事は知っていますか?」

 「ああ、その位は」

これは常識だ。
人には魔法資質が高まる条件があり、それは人によって異なる。
例えば、静かな状態が良いとか、逆に騒々しい状況が良いとか、暑い時に調子が良い者も居れば、
逆に寒い時に調子が良い者もあり、どちらでもない程々の温度が良い者も居る。
だが、必ずしも「飛躍的に高まる」とは言えない。
環境によって好調不調の波が激しい者もあれば、殆ど変わらない者もある。
だから、人は魔法資質が「覚醒する」と言う表現に、希望を持ってしまう。
0164創る名無しに見る名無し
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2018/08/24(金) 19:03:27.64ID:Kf+yZp01
 「この薬を飲めば、その条件を無視して、ある程度魔法資質を高める事が可能なのです」

 「本当に?」

そんな馬鹿馬鹿しい事があるかと、潜入者は内心で否定しながらも、興味を持った風を装った。

 「はい。
  効果は人によりますが……」

 「効果が判ってるのに、実験したのか?」

 「いえ、これは新薬ですから。
  本当に安全なのか、確かめている最中です。
  『提供者』の話によると、安全らしいのですが」

 「『提供者』?
  魔導師会の許可は取ってあるのか?」

 「いえ、だから、そんな必要は無いんですって。
  これは『体調を良くする』だけの薬です。
  魔法資質が高まるのは、副次的な効果」

潜入者は情報を整理する。
詰まり、新薬に偶然「魔法資質が高まる」効果があり、魔導師会に規制されない様に、
それは公にしない儘で、大量に仕入れて実験しているのか?

 「魔法資質が高まるってのは、提供者も知ってんのか?」

 「ハハハ、どうなんでしょう?
  私は知りませんが……。
  どうですか?
  欲しいなら上げますけど、要らないと言うなら別に――」
0165創る名無しに見る名無し
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2018/08/24(金) 19:04:30.88ID:Kf+yZp01
惚けられると、益々怪しい。
大きな陰謀があると、潜入者は予感していた。

 「じゃあ、一個貰おう」

そう彼が言うと、後から来た方の会員が、一言告げる。

 「ここで飲んでくれよ」

持ち帰って、成分を分析する事は許さない。
新薬なのだから、当然ではある。
潜入者は躊躇った。
本当に飲んで無事なのか?
他の被験者に、害があった様子は無かった。
気になる点と言えば、何故か全員がテレパシーを使っていた位。
それが薬の効果で「魔法資質が高まった」影響だとしたら?
普段使い慣れない筈のテレパシーを、簡単に使える様になる程、魔法資質が上昇したのか?

 (『虎穴に入らずんば虎児を得ず<ノー・リスク・ノー・ゲイン>』か)

潜入者は覚悟を決めて、この場で薬を飲んでみる事にした。
効果が本物だとして、だから何だと。
これは相手の正体を探る為には避けられない事であり、魔導師会には有りの儘を報告すれば良い。
そう腹を括って、潜入者は言う。

 「ああ、構わん。
  くれよ」

 「はいはい」

先に来た方の会員は、小さく頷いて1錠の錠剤を手渡した。
0166創る名無しに見る名無し
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2018/08/24(金) 19:05:48.00ID:Kf+yZp01
潜入者は手の平に乗せた錠剤を凝視する。
見た所は何の変哲も無い、白い円盤状の錠剤である。

 「これは丸呑みするのか?」

彼の問いに、先に来た方の会員が応える。

 「ああ、噛まずに飲んでくれ」

潜入者は何度も自分に大丈夫だと言い聞かせて、錠剤を飲み込んだ。
後から来た方の会員が、メモ帳に何事か書き留めている。
自分も被験者になったのだと、潜入者は自覚して、少し後悔した。
元々被験者になる筈が、誤解から運良く仲間と間違われ、一歩引いた立場から観察出来ていたが、
これでは自分から被験者になった様な物。
変化は1点後に表れる。

 (……この靄みたいなのは何だ?)

潜入者の視界に、煙の様に漂う奇妙な靄が映り出した。
それが「魔力」と理解するのに、何極も要らなかった。

 (本当に魔法資質が高まるのか!?)

そんな馬鹿な、幻覚では無いかと、潜入者は疑う。
魔法でも使わない限り、人並みの魔法資質では、魔力を目で見る事は出来ない。

 「変化が起きた様だな。
  どんな感じだ?」

潜入者の動揺を読み取って、後から来た方の会員が問い掛ける。
0167創る名無しに見る名無し
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2018/08/25(土) 19:18:53.17ID:jovmavY9
 「……魔力が見える」

潜入者は素直に答えた。
試しに軽く手を動かしてみると、それに連られて、魔力の流れが生じるのが解る。
指先に纏わり付く、細かい魔力の動きまで、明確に認識出来る。
これが「天才」と呼ばれる人間が見ている世界なのだ。
実験者である会員の2人が纏っている魔力の流れも解る。
彼等が自分より大きく劣っている事も。

 (これは凄い!)

優越感が潜入者の心を満たした。
大きく息を吸うだけで、周囲の魔力が集まり、自分の体を覆う。
彼の魔法資質の増大は、他の被験者よりも大きいと言う事実を、会員の2人は認識する。
0168創る名無しに見る名無し
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2018/08/25(土) 19:20:25.73ID:jovmavY9
 「随分、調子が良いみたいだな」

会員の言葉に、潜入者は大きく頷いた。

 「ああ、素晴らしい……」

彼は悉(すっか)り力の虜になっている。
魔法資質の高まりは、自信や自尊心の増長に結び付く。
薬に依存性が無くとも、この快感から逃れる事は出来ない。
0169創る名無しに見る名無し
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2018/08/25(土) 19:20:58.06ID:jovmavY9
潜入者は戯れに、マジックキネシスを使った。
特に呪文を唱えずとも、動作だけで魔力が己に付き従う。
見えない手が、後から来た方の会員の胸座を掴んで、床に足が着かない程度に持ち上げた。

 「ぐっ、な、何を……!」

その慌てる顔が面白く、潜入者は高笑いする。

 「ハッハッハ!
  ああ、悪い、少し力を試してみたくなって」
0170創る名無しに見る名無し
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2018/08/25(土) 19:22:48.10ID:jovmavY9
 「く、苦しい……。
  良いから、早く降ろせ!」

強い命令口調が癇に障り、潜入者は会員を乱暴に壁に押し付けて、マジックキネシスから解放した。
背中を強打した後、床に伏した会員は、咳き込みながら恨みの言葉を吐く。

 「悪巫山戯が過ぎるぞ、この野郎!」

潜入者は舌打ちして、再びマジックキネシスを使い、彼を押さえ付ける。

 「ぐぐぐっ、き、貴様っ!」

もう1人の会員が、潜入者を宥める。

 「その位で良いでしょう?
  余り調子に乗らない事です。
  薬の効果は長持ちしませんよ」

その物言いに潜入者は立腹したが、冷静になって考えた。
事前に説明された通り、薬の効果は1日以内で切れる。
ここで暴れても優越感は一時の物に過ぎない。
それよりは忠臣の集いと関係を保って、薬を貰い続ける方が賢いのではないかと。

 (これは飽くまで潜入調査なんだ。
  会に近付けるなら、何でもありで上等だろう)

潜入者は自分に言い訳をした後、押さえ付けていた会員を解放する。
もう生意気な口を利くなと、強気に視線で釘を刺して。
0171創る名無しに見る名無し
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2018/08/25(土) 19:24:47.51ID:jovmavY9
後から来た会員は、忌々し気に外方を向いた。
先に来た会員は、彼を放置して潜入者に話し掛ける。

 「会長の目に狂いは無かったと言う事でしょうか……。
  貴方の秘めた才能には驚かされました。
  貴方なら忠臣の集いを支える幹部になれるかも知れません」

 「幹部……俺が?」

悪くないなと、潜入者は傲慢になっていた。
ここで会員は驚くべき思想を暴露する。

 「私達は優れた魔法資質を持つ者が、大衆を導くべきだと信じています。
  魔法とは有らゆる事を可能にする『能力<パワー>』。
  それを扱うのに欠かせない魔法資質こそが、人の優劣を決めるのです」

彼の言葉が潜入者の胸に心地好く響く。
間接的に自分が優れた人間だと、褒め称えられているのだから。

 「『法』だの『権利』だの『義務』だのは、弱者が強者を縛る鎖でしかありません。
  こんな物があるから、反社会勢力が増長するのです。
  『強者が弱者を守る』、『弱者は強者に従う』と言う、人間社会の本来の姿に立ち返りましょう。
  忠臣の集いは、その為の組織。
  弱卒共に真の強者が誰かを知らしめ、仰がせるのです」

ここで潜入者は疑問に思った。
弱卒とは一般市民の事である。
では――?

 「真の強者とは誰だ?」

 「未だ見ぬ方です」

 「俺では不足か」

潜入者は露骨に不機嫌になり、会員を問い詰める。
0172創る名無しに見る名無し
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2018/08/26(日) 20:09:49.78ID:SOYhAxwk
だが、会員に動揺は無かった。

 「貴方の力は素晴らしいと思います。
  千人に一人、否、一万人に一人の才能かも知れません……が、我々が求めている物は、
  もっと大きな力です。
  この世界全体を覆えてしまう様な……」

 「そんな奴が居るのか?」

潜入者は純粋に可能性を怪しんだ。
会員は迷わず言い切る。

 「居ます。
  我々は、その方をお支えする忠臣です。
  未だ見ぬ王を迎える為に、弱き者を導くのです」

狂っていると言うのが、潜入者の正直な感想だった。
魔法資質至上主義は、共通魔法社会でも珍しくは無い。
実力主義の変形だ。
しかし、そこに英雄待望論が混ざると、話が違って来る。
来(きた)る『救世主<セイヴァー>』が、必ずしも善人とは限らない。
それとも強者に服従するとでも言うのだろうか?
支配者になりたがるとも限らず、君臣の関係を拒否されたら、どうするのか?
もう救世主は用意されているのではと、潜入者は直感した。
彼の気持ちの昂りは、時間の経過と共に薄れて行く。
興奮は醒め、落ち着いた思考が戻って来る。
0173創る名無しに見る名無し
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2018/08/26(日) 20:10:49.17ID:SOYhAxwk
潜入者は一つ溜め息を吐いて、自分の考えを整理した。

 (潜入調査は続行する。
  この儘、忠臣の集いに取り入り、行ける所まで行く。
  だが、先は長く無いだろうな……)

忠臣の集いは何れ自滅するだろうと、彼は予感していた。
失策を犯し、打撃を受けた組織は、先鋭化して延命を図る。
帳幕の会は大衆からの支持を失い、路線を変更して忠臣の集いとして再出発した。
その実態は、歪な実力主義を掲げる、危険な組織だった。
魔法資質が高まる薬は魅力的だが、魔導師会や今所属している地下組織を裏切るには不十分。

 「よく分からんが、俺でも幹部は務まるのか?」

 「その魔法資質さえあれば」

他には何も要らないと、会員は暗に告げていた。

 「お飾りで良いってか」

 「貴方の存在は会員達の希望になります」

薬を服用して魔法資質が高まった一例として、彼等は潜入者を宣伝に利用しようと言うのだ。
その為の幹部待遇。

 「……良いぜ、丁度稼ぎに困ってたしな。
  楽して儲かるなら、それに越した事は無い」

 「では、明後日の同じ時間に、ここに来て下さい」

 「分かった」

こうして潜入者は忠臣の集いの幹部に昇進した。
この決断を彼は後悔する事になる……。
0174創る名無しに見る名無し
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2018/08/26(日) 20:14:20.42ID:SOYhAxwk
潜入者は魔導師会に一連の活動で得た情報を報告した。
しかし、唯一つ魔法資質が高まる薬の事だけは伏せた。
これを自由に入手出来る立場になれば、回収出来るだけ回収して、後は魔導師会に告発する。
そうする事で薬を自分だけの物にしようと企んでいた。
売り捌く積もりは無い。
そんな事をしたら魔導師会に目を付けられてしまう。
密かに自分で使う目的の為だけに入手するのだ。
使い所は幾らでもある。
地下組織の構成員に荒事は付き物だ。
魔法資質が高くて困る事は無い。
そんな企みを隠して、潜入者は再びロングルーフ・ビルディングへ。
12階の3号室の前では、先日会った会員が待っていた。

 「よく来たな。
  今日は暴れないでくれよ」

 「ああ、この前は悪かったよ。
  気分が高揚して、どうかしていた」

潜入者は素直に謝罪する。
薬の強化が無い状態では、魔法の才能は全く凡人と変わらないのだ。
同時に彼は暗に薬の危険性を告げた積もりだったが、それに対する反応は無かった。

 「中から呼ばれるまで、ここで待ってな」

会員は事務的な最低限の指示を伝えるだけで、それ以上の事は言わない。
0175創る名無しに見る名無し
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2018/08/27(月) 18:59:23.71ID:CFtw8J6c
暇になった潜入者は、雑談をしようと話し掛けた。

 「あんた、平の会員じゃないだろう?
  幹部じゃないって言ってたが、役職は?」

 「『忠実な騎士<ロイヤル・ナイト>』」

会員の答に、潜入者は一瞬言葉を失う。

 「冗談だろう?」

今時「騎士」等と言う役職があるのかと。
それを本気で役職にする組織があるのかと。
時代錯誤も甚だしい。
しかし、会員の目は本気だった。

 「忠義の騎士は会員の中でも、特に忠実な者の中から選ばれる」

 「じゃあ、俺の役職は何なんだ?」

 「あんたは『力ある者<インフルエンサー>』だ。
  人々を守り、従える」

その口振りから、潜入者は自分が今以上の地位になる事は無いだろうと察した。
組織図は不明だが、規模が大きくない事から、役職も多くは無いと予想出来る。
会長を筆頭に、忠実な騎士団があり、力ある者は、それとは別系統なのだ。
0176創る名無しに見る名無し
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2018/08/27(月) 19:00:41.73ID:CFtw8J6c
潜入者は組織の事を深く知ろうと、更に尋ねる。

 「あんたが騎士だってんなら、騎士団長は誰なんだ?」

 「言っても分からないだろう?
  それとも心当たりでもあるのか」

冷たい返答に、潜入者は怪しまれたかと思い、手を変える。

 「ああ、確かに。
  名前だけ言われてもな……。
  どんな奴なんだ?」

 「どんなって……。
  よく分からない。
  得体の知れない所があるかな」

取り敢えず、会長以外に騎士を纏める長が居る事は確定した。
潜入者は大袈裟に驚いてみせた。

 「そんなのが団長で大丈夫なのかよ」

 「でも、会長の信頼は厚いから」

 「会長の事は信頼してるのか?」

その問いに、忠実な騎士は何も答えなかった。
話を逸らかす様に、視線を外して沈黙する。
会長も信頼していないと言うなら、何が目的で、こんな組織に属しているのか?
0177創る名無しに見る名無し
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2018/08/27(月) 19:02:42.11ID:CFtw8J6c
そんな話をしている内に、忠実な騎士は室内からのテレパシーを受け取り、潜入者に話し掛ける。

 「おい、出番だぞ」

 「ああ、所で俺達は互いに名前も知らない訳だが」

そう潜入者が言うと、忠実な騎士は平然と答える。

 「俺は知っている。
  会長から聞いた。
  あんたの名前はグウィンだろう?
  俺はオーソンだ」

 「お、おう、宜しく」

少々面食らいつつも潜入者は握手を求めたが、忠実な騎士は手を取らなかった。

 「今更、挨拶は要らないだろう。
  早く行けよ」

連れ無い奴だなと、潜入者は少し眉を顰めて、3号室に入った。
室内には30人程度が詰め掛けていた。
皆、入室した潜入者を観察するかの様に、凝視している。
先日会った、もう1人の会員が、潜入者を紹介する。

 「彼はグウィン・ウィンナント。
  力ある者の一人」

そう言うと彼は、「グウィン」に錠剤を差し出した。

 「飲めば良いのか?」

潜入者の問に、会員は深く頷く。
0178創る名無しに見る名無し
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2018/08/28(火) 18:35:40.33ID:JnUdvBah
潜入者は錠剤を受け取り、呑み込んだ。
効果が表れるまで、暫く時間が掛かる。
その間、気不味くは無いだろうかと、先の事を心配していた時だった。
彼の予想を裏切り、効果は直ぐに表れる。
室内の魔力の流れが目に見え始め、内から自信が漲って来る。
しかし、先日の様に増長はしなかった。
寧ろ、不安が増大して行く。

 (……この前より、強くなっていないか?)

潜入者は室内の魔力を完全に掌握していた。
目の前の人間全員が、丸で塵滓の様に感じられる。
同じ人間では無く、木偶の様だ。

 「おお……」

 「何と……」

「グウィン」の魔法資質の増大を、室内の全員が感じ取り、感動と畏敬の眼差しを向ける。
これが「力ある者」なのかと。
その視線を当人は鬱陶しく思っていた。

 (力の無い屑共め……。
  蟻ん子の様に踏み潰してやったら、どんな顔をするか……。
  いや、何を考えているんだ、俺は……)

潜入者は無意識に適当な数人を選んで、処分しようと思っていた。
既の所で我に返り、空恐ろしくなる。
先日と異なり、力の増長に対して、心の増長が追い付いていない。
丸で二重人格の様に、増長した心と冷静な心が二分されている。
自分も知らない残虐な何者かが、己の中に潜んでいるかの様。
0179創る名無しに見る名無し
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2018/08/28(火) 18:37:13.78ID:JnUdvBah
そこへ先の会員が、挑発する様に潜入者に依頼する。

 「皆に少し『力』を見せてやって下さい」

そんな言い方をして良いのかと、潜入者は恐れた。
抑えが効かなくなった、自分の中に芽生えた残虐な何者かが、何をするか分からない。
心配は的中する。
潜入者の指が勝手に動き、集まった中の1人の男性を指し示した。
指された男性は、その場で直立した儘、失神する。
何が起こったのか、誰も理解していない。
やや時間を置いて、失神した男性が後方に倒れ込む。
受身も取れず、後頭部を床に強打するが、死んだかの如く反応しない。
そこで漸く、皆が異変に気付く。
潜入者は適当に、集団の中から又一人を指した。
その者も白目を剥いて倒れ込む。

 「ハハハ」

潜入者は笑っていた。
指差しただけで倒れて行く者が、滑稽で面白いのだ。
そんな調子で3人も倒せば、誰でも因果関係を察する。
詰まり、「グウィン」が指差した者は、気絶して倒れると言う事に。
自分を見る目が恐怖の一色に染まって行くのが、潜入者には快感だった。
凡人は彼に睨まれただけで、この世の終わりの様な顔を見せる。
だが、怯える者達を見るのも、直ぐに飽きが来る。

 「はぁ……」

溜め息を吐いた潜入者は、会員に目を遣った。

 「こんな物で良いか?」
0180創る名無しに見る名無し
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2018/08/28(火) 18:41:03.28ID:JnUdvBah
その問い掛けに、会員は穏やかに答える。

 「十分です」

高揚感を失った潜入者は、再び小さく溜め息を吐く。
落ち着くまでの時間が、前より長い。
心配事は2つ。
今後も魔法資質は増大して行くのでは無いかと言う事。
自惚れと言われてしまえば、それで終わりだが、薬を飲む度に魔法資質が上がって行く予感がする。
もう1つは、自制が効かなくなるのではと言う事。
高揚感は能力の上昇に伴う物と思われるが、上昇幅が大きい程、暴走も長引く懸念がある。
不安になる潜入者を余所に、会員は自信に満ちた声で、この場に集まった皆に告げる。

 「恐れる事はありません。
  彼は私達の味方です。
  この『力』が我々を脅威から守るのです。
  都市警察や魔導師会が、何の役に立ちますか?
  出動は遅く、肝心な時に数が足りない。
  しかし、忠臣の集いは違います。
  我々には『力ある者』が付いています。
  真の王の誕生も近付いています」

これでは丸で脅しだが、気にする者は居ない。
「真の王」に就いて、質問する者も居ない。

 「今日の所は、これで解散しましょう。
  我々と共にあれば、何も恐れる事はありません。
  困った時は何時でも力になります」

その儘、今回は解散となる。
0181創る名無しに見る名無し
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2018/08/29(水) 18:38:24.67ID:jNK/ymYD
室内で先日の会員と2人残った潜入者は、質問せずには居られなかった。

 「今日集まった連中は何なんだ?」

 「一般の会員です。
  会に忠誠を誓ってはいる物の、未だ『力ある者』を目にしていない人達」

 「そいつ等に俺の力を見せ付けて……?」

 「私達が無力で無い事を知って貰います」

それで忠誠心が高まるのかと、訝し気な顔をする潜入者に、会員は告げる。

 「人々が欲している物は、強者による加護です。
  守って欲しいのは『皆』では無く、『我が身』であり、『近しい人達』です」

 「ボディーガードが欲しいのか」

 「言い得て妙ですね。
  魔導師会や都市警察で用足りるなら、民間の警備会社は儲かりません。
  そんな物ですよ」

詰まる所、「グウィン」は用心棒としての役割を期待されているのだ。
『幹部<カードレ>』も『力ある者<インフルエンサー>』も有名無実。
騎士の方が核心に近い。
不満気な顔をする潜入者に、会員は更に告げる。

 「御安心下さい。
  使いっ走りの様な真似はさせません。
  あ、今回分の仕事料です」

思い出した様に金封を渡され、潜入者は取り敢えず受け取った。
然程厚みが無いので、大金で無い事は判る。
0182創る名無しに見る名無し
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2018/08/29(水) 18:40:16.71ID:jNK/ymYD
金封を開いて中を検めた所、2万MGが納められていた。
「幹部」待遇としては物足りないが、決して安い訳では無い。
それを懐に仕舞いつつ、潜入者は会員に対して問を続ける。

 「所で、あんたも『騎士』なのか?」

 「誰から聞きました?」

会員の反応から、「騎士」の事は部外秘なのかと、潜入者は予想した。

 「いや、そこで……ああ、そう、オーソン、オーソンから聞いた。
  あいつが騎士なら、あんたも同じかと思って」

 「そうですよ。
  私も彼も忠実な騎士です」

問い詰められるかと思っていた潜入者だが、それに反した淡白な肯定の返事に少し思案する。
揺さ振られているのか、試されているのか、どちらとも言えない。
そして、意を決して問い掛けた。

 「騎士を纏めてるのは騎士団長か?」

 「一応『忠臣の集い』は『会』ですから、それを言うなら『副会長』でしょう」

オーソンの時とは反応が違うなと、潜入者は怪しむ。
副会長を便宜的に騎士団長と呼んでいるのか、それとも……?

 「騎士を纏めてる副会長って、どんな奴なんだ?」

 「何故そんな事を?」

「グウィン」は力ある者で、騎士ではない。
それなのに直接の関係は無い副会長の事を尋ねられ、この騎士は疑問の眼差しを向ける。

 「何故って……特に理由は無いが、気になってな。
  俺が知ってるのは会長だけだからさ」
0183創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/29(水) 18:41:02.72ID:jNK/ymYD
騎士は暫く黙っていたが、やがて小声で答える。

 「信頼出来る人ですよ」

そうなのかと潜入者は心の中で密かに驚いた。
彼はオーソンより中枢に近い立場にある様だ。
2人は同格だと思っていた潜入者だが、そうでは無さそうだと認識を改める。

 「オーソンの事は、どう思ってるんだ?」

騎士は又しても疑問の眼差しを向ける。
今度は一層疑いの色を濃くして。

 「どう言う意味ですか?」

 「いや、深い意味は無い。
  親しそうな感じだったんで、どう言う関係なのかと。
  ……友人?」

騎士は打っ切ら棒に答えた。

 「個人的な付き合いはありません。
  友人と呼べなくも無いのですが、そこまで親しくもありません。
  偶々同時に会員になっただけです」

潜入者は小さく笑い、冗談めかして言う。

 「あんたの方が昇進は早そうだ」

 「そうですね」

それに応えて、騎士も小さく笑う。
今はオーソンと同格かも知れないが、そう遠くない内に彼は昇進するだろう。
恐らくは、組織への忠誠を買われて。
0184創る名無しに見る名無し
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2018/08/30(木) 18:44:47.46ID:2JMMelzn
潜入者は話を変えて、今後の事を尋ねた。

 「これから俺は、どうすれば良い?」

騎士は間髪入れずに答える。

 「貴方は『力ある者』、選ばれた人間です。
  これから用殿に案内します。
  特に用事が無ければ、用殿に滞在する様にして下さい」

 「用殿?」

魔導師会の情報では、忠臣の集いは主な拠点を持たない筈だった。
会長であるドロイトも特定の建物に出入りしている様子は無い。
会合や集会を行う場所は、その時々で違う。

 「選ばれた者のみが入れる、特別な場所です」

騎士の口振りから、部外者は入れない所だとは判るが、一体どこだと言うのか?

 「付いて来れば分かります。
  そう悪い所ではありませんよ」

余り良い所では無いのだろうと、潜入者は察した。
快適な場所であれば、そうと素直に伝えるだろう。

 「とにかく付いて来て下さい」

騎士は有無を言わせずに、「グウィン」を本部に案内しようとする。
その前に潜入者は尋ねた。

 「付いて行くのは構わないが……。
  そう言えば、あんたの名前を聞いてなかった」
0185創る名無しに見る名無し
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2018/08/30(木) 18:48:07.80ID:2JMMelzn
騎士は緩慢な所作で振り返り、奇妙な間を置いて答える。

 「ロフティ」

その一言だけで、彼は退室してしまう。
潜入者は小走りで後を追った。
廊下に出ると、丁度ロフティが3号室の前で待機していたオーソンに話し掛ける所。

 「御苦労さん。
  私はグウィンを用殿に連れて行く」

 「あいつなら大丈夫だろう。
  ……そんじゃ、お先に失礼」
0186創る名無しに見る名無し
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2018/08/30(木) 18:48:35.30ID:2JMMelzn
「グウィン」に気付いたオーソンは、彼に一瞥を遣ると、ロフティと別れて先に階段を下りて行く。
ロフティはグウィンに振り返って言う。

 「私達も行きましょう」

 「ああ」

その後に続く様に、2人も階段を下りた。
建物の外に出ると、既にオーソンの姿は無かった。
ここから馬車でも拾って目的地に移動するのかと、潜入者は予想していたが、ロフティは徒歩の儘。
馬車が正面から来ても、止めようともしない。
仕方無く、潜入者は彼の後を付いて歩く。
0187創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/30(木) 18:49:18.36ID:2JMMelzn
2針掛けて市街地の外れに出ると、ロフティは真っ直ぐ廃工場地帯に向かった。
ティナー地方は開花期の盛りには、多くの工業地帯があったのだが、経済活動が落ち着き、
効率化が進んだ平穏期になって、それ等の半数以上が廃墟となった。
廃墟となった工場は、地下組織が占拠したり、逃亡者や生活困窮者が住み着いたりして、
犯罪や不法活動の温床になる。
廃工場地帯が、そっくり貧民街となる例もある。
ティナー地方民の総計には、身元不明者や住所不定者が含まれておらず、それ等を加えると、
5〜10%程度は人口が増えると見られている。
0188創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/30(木) 18:54:23.70ID:2JMMelzn
市街地の外れにある廃工場地帯にて


廃工場地帯で人が住み着くのは、元々寮や社宅、集合団地、研修所、保養施設だった場所。
ロフティは廃工場が立ち並ぶ通りを真っ直ぐ抜けて、少し離れた場所にある保養施設に向かう。

 (ここを縄張りにしてたのは……、ああ、テッコールだったか)

地下組織テッコールは主に魔導機の違法改造を行っていた。
「こう言う機能が欲しい」、「この機能は要らない」と言った要望に応えるのは、商売としては普通だが、
事が魔導機の改造となると、そうは行かない。
基本的に悪用されるのを回避する様に、又、危険が無い様に配慮されているので、改造その物が、
御法度の雰囲気がある。
勿論、違法で無い改造もあるのだが、素人が手を出して良い分野では無い。
テッコールは元機械技師等が中心となって、魔導機の改造を請け負っていた。
自己防衛論者の活動にも協力しており、魔導機のリミッターを外す等、危険な改造を行った。
それが魔導師会に発覚した事で、半年前にテッコールは壊滅した。
縄張りを守っていた組織が無くなった事で、新たな組織――即ち忠臣の集いの跋扈を許したのだ。

 (……魔導師会が出張ったんで、どこも後始末や引き継ぎを嫌がったんだよな。
  熱りが冷めるまで待つ積もりだった。
  その隙を突かれたか)

貧民の世話は魔導師会の仕事では無い。
魔導師会は「魔法に関する法律」に違反した組織を潰した。
後の事は、都市警察に任せるのみで、その都市警察も既存の地下組織が動かない限りは、
問題にしない。
貧民街に公権力が介入すると、それだけで大騒動になるのだ。
特に大きな廃工業地帯であれば、住み着いている者の数は万単位になる。
その一人一人を逮捕して、一人一人戸籍を照会して、存在しない者には一々戸籍を与えて、
更には生活の実態調査から職業案内まで……。
とても通常の業務の範囲内では収まらない。
平穏期の初期、街に溢れていた失業者の処理に対応が追い付かず、市街地に屯されても困るので、
半ば強引に廃工場地帯に押し込んで、見て見ぬ不利をした付けなのだ。
0189創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/31(金) 18:45:00.78ID:Tw0GGw0L
保養施設の門には鍵が掛かっておらず、誰でも入れる様になっている。
だが、誰が好き好んで、こんな貧民街を通り抜けた先にある、人気の無い廃墟に入りたがるのか?

 (……そう言えば、乞食共の姿を見なかったな)

貧民街に立ち入った者は、先ず物乞いをする集団に囲まれる。
それも何度も何度も。
金や物を恵まない限り、そこを通してはくれない。
これは普通の感覚なら都市法に違反していると思ってしまうのだが、基本的に無視されている。
理由は、廃工場地帯は交通路でも公共の場所でも無い為だ。
自治体が買い取って「公共の場所」にしてしまうと、開花期に企業が金に物を言わせて完成させた、
無駄の象徴の様な物を、維持管理しなければならない。
もし老朽化した施設内で事故や事件でも起きよう物なら、その管理責任を厳しく問われる上に、
撤去しようにも莫大な金が掛かる。
そう言う訳で、盗みでも働かない限りは、物乞いも見過ごされているのだが……。

 (官公の手が入るって情報は無かった……となると、こいつしか居ない)

物乞いも地下組織の人間にまで纏わり付いたりしないが、潜入者は、この土地には馴染みが無い。
恰好も普段とは違い、危ない人間である事を堂々と主張していない。
詰まり、物乞いが姿を現さないのは、ロフティを警戒しているからと言う事になる。

 (後で、その辺の連中に話を聞いてみるか)

忠臣の集いの人間が居ない所で、情報収集をしようと、潜入者は密かに決める。
0190創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/31(金) 18:45:39.64ID:Tw0GGw0L
保養施設の敷地内には、混凝土のブロックが敷き詰められているが、背の低い雑草が、
隙間から生え放題の状態。
建物の外面も蔦が侵食しており、如何にも無人の廃墟の様。
しかし、一歩施設内に踏み込むと、全く新築の様と言う、正反対の印象を受ける。

 (最近までテッコールが使っていた……にしても、綺麗過ぎるな。
  忠臣の集いが手を加えたのか?)

埃一つ落ちていない事に、潜入者は驚愕した。
それを見たロフティは、小さく笑う。

 「元廃墟とは思えないでしょう。
  貴方の様な『力ある者』の中に、物好きが居まして」

業者が清掃したのでは無いのかと、潜入者は溜め息を漏らす。
『力ある者』も、それなりに数を集めれば、変な奴の1人や2人は紛れ込むだろうと、
彼は余り気にしない事にした。
2人は玄関から廊下に移動する。
長く広い廊下では、足音が良く響く。
未だ日は高いが、照明が無く窓も少ない為に、妙に暗い。
数点歩いた2人は、「娯楽室」と看板が掛かった部屋に着く。

 「普段は、ここで待機していて下さい。
  他の『力ある者』の方々とも話し合って、揉め事が無い様にして頂ければ、『この施設では』、
  自由にしていて構いません」

気になる物言いだなと、潜入者は思った。
ロフティは娯楽室の扉を開ける事無く立ち去る。
独り残された潜入者は、覚悟を決めて、娯楽室の扉を開ける。
0191創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/31(金) 18:53:49.72ID:Tw0GGw0L
彼が無言で扉を開けると、中で屯していた者達が一斉に振り向いた。
全員で10人程度と言った所。
その中でも特に威圧的な魔力を纏っている1人の男に、潜入者は注目する。
背丈は9分身と、やや小柄。
カード・ゲームの遊戯台に腰掛けて、潜入者を鋭く睨んでいる。

 「新入りか」

そう言うと、彼は台から下りて、徐に数歩潜入者に近付いた。
ロフティが応える。

 「はい、そうです。
  揉め事の無い様にして下さい」

 「はいはい」

小柄な男が適当な返事をすると、用は済んだとばかりにロフティは静かに退散した。
立ち尽くす潜入者に、小柄な男は更に詰め寄って、こう言う。

 「取り敢えず、どの位の強さか、見せて貰おうかな。
  おい、トーチャー」
0192創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/08/31(金) 18:54:29.53ID:Tw0GGw0L
彼が指先で合図をすると、壁に縋っていた痩せた男が進み出た。

 「こいつを可愛がってやれ」

小柄な男は引っ込み、代わりに痩せた男が名乗る。

 「俺はトーチャー。
  一応、確認しておくが……。
  お前も『力ある者<インフルエンサー>』なんだよな?」

 「ああ、俺はグウィンだ」

素直に名前を言った潜入者に対して、痩せ男のトーチャーは小さく笑う。

 「グウィンか……。
  そんな名前は直ぐに必要なくなる」

彼は指先を燐寸の様に擦って鳴らすと、人差し指の先に小さな火を灯した。
0193創る名無しに見る名無し
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2018/09/01(土) 19:12:26.42ID:1wGU4IEt
トーチャーが人差し指を回すと、炎の輪が出来上がる。

 「この中では、俺は真ん中より少し上の強さだ。
  詰まり、俺に勝てば少なくとも、ここに居る連中の半分よりは強いって事になる」

そう説明すると、彼は人差し指を潜入者に向けた。
炎の輪が、丸で『戦輪<チャクラム>』の様に飛んで行く。
不穏な雰囲気を感じていた潜入者は、マジックキネシスで掻き消そうとした。
見えない手が戦輪を掴み止める……が、炎の勢いは弱まらず、益々激しく燃えて、
魔力で作られた腕に燃え移る。

 「『火達磨<ファイア・トーチ>』になりな!」

トーチャーは両手の平に、更に2つの火炎弾を作り、潜入者に投げ付ける。
それを潜入者は全てマジックキネシスで受け止め、トーチャーに押し返した。
両足で確と床を踏み締め、大きな壁を力一杯突き飛ばす動作をする。

 「火達磨になるのは、手前の方だ!!」

魔法資質では相手を上回っていると言う確信が、潜入者を強気にする。
昨日今日で行き成り力を手にした者が、同時に魔法知識も持っている訳が無い。
魔法知識に差が無いなら、魔法資質の差が実力の差に直結する。
燃え盛る魔力の壁が、トーチャーに押し寄せる。

 「うわっ、危(やば)い、危い!!」

トーチャーは慌てて炎を消したが、押し寄せる魔力の波までは防げない。
マジックキネシスに弾き飛ばされて、壁に叩き付けられる――前に、彼は空中で見えない壁に、
叩き付けられる様に、不自然に止まった。
その衝撃で彼は気絶して、床に叩き落とされる。

 「観戦してるだけの連中を巻き込まないでくれよ」

潜入者に対して、そう注意したのは小柄な男。
恐らくは、彼がマジックキネシスで壁を作り、潜入者の攻撃を押し止めたのだ。
0194創る名無しに見る名無し
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2018/09/01(土) 19:14:21.78ID:1wGU4IEt
小柄な男は再び潜入者の前に立つ。

 「中々の魔法資質だ……が、俺よりは弱いな」

生意気な事を言う禿(ち)びだと、潜入者は密かに立腹した。
先の戦闘で興奮して、気が立っているのだ。
潜入者が睨み付けると、小柄な男は余裕の笑みを浮かべながら言う。

 「全力を出してみろよ」

その挑発に、潜入者は乗った。

 「良いぜ、よく見ろ」

精神を集中すれば、自然と魔力が集まって来る。
呼吸をする度に、身に纏う魔力が濃くなるのを実感する。
娯楽室全体が自分の支配下にあると認識する……には至らない。
小柄な男も又、魔法資質の高まりを披露していた。
侵入者の目に初めは小さく見えていた彼が、徐々に大きな存在へと変わって行く。
互いの魔法資質は、部屋を真っ二つに分けて拮抗した。
入り口側は潜入者。
その反対側は小柄な男。
だが、互角では無い。
小柄な男の方が、余裕がある。
一方で、潜入者の方は、これ以上は強く出来そうに無かった。
小柄な男は意図して、力を抑えている。
暗に敗北を認めろと言っているのだ。
然も無ければ、ここで叩き潰して無様な姿を晒させてやると。
0195創る名無しに見る名無し
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2018/09/01(土) 19:15:37.95ID:1wGU4IEt
少し迷った潜入者だが、ここは素直に降参する事にした。

 「あんたの強さは、よく解った。
  これ以上は止めよう」

しかし、小柄な男は徐々に圧力を強めて行く。

 「そうじゃないだろう?
  お願いする時は、どうするんだ?」

彼は降伏の言葉を聞くまでは、圧力を解かない積もりだ。
話の分かる男と見せ掛けて、嫌らしい奴だと潜入者は内心で毒吐いた。
屈辱を受け容れるか、抵抗して意地を見せるか、潜入者は迷ったが、一時の恥は忍ぶ事にした。

 「……もう止めてくれ。
  あんたには勝てない」

それを聞いた小柄な男は、これで許すべきか許さざるべきか少し思案する。
その間も圧力は緩めない。
強いマジックキネシスが、徐々に潜入者に迫る。
歯噛みする潜入者を見て、小柄な男は決意した。

 「それじゃ不十分だ」

もっと無様に命乞いをしろと、彼は暗に言っていた。
これが地下組織や不良少年グループであれば、反抗して「根性を見せる」のも一つの手段だが、
『力ある者』は性質が分からない。
根性無しと笑われる覚悟で、潜入者は膝を突き平伏する。

 「頼む、許してくれ!
  この通りだ」
0196創る名無しに見る名無し
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2018/09/02(日) 17:02:08.23ID:I25HzM/Y
小柄な男は呆れた顔で、暫し潜入者を見詰めていたが、やがて小さく溜め息を吐いた。

 「冷静な判断が出来る……と言えば良いのかな?
  今日から、お前の名前は『ブロー』だ、新入り」

新たな名前を与えられた事に、潜入者は困惑する。

 「ブロー?」

 「『力ある者』としての名だ。
  お前は、これまでの人生を捨て、『力ある者』として生きるのだ」

その言葉の意味を潜入者は理解していたが、敢えて分からない振りをした。

 「はぁ、俺は『ブロー』……で、あんたは?」

そして、小柄な男の名を尋ねる。

 「俺は『ビートル』」

如何にも気取った風に堂々と名乗った彼を、潜入者は測り兼ねる。
この男は副会長以上と連絡を取っているのだろうか?
どうも、そうは見えない。
不良少年グループの様に、格好付けで二つ名を口にし、遊んでいるだけなのではと。

 「ブロー、お前は序列3位だ。
  トーチャーの2箇(こ)上な」

 「1位は、あんた……で、2位は?」

潜入者は室内を見回して、自分より強そうな者を探した。
0197創る名無しに見る名無し
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2018/09/02(日) 17:03:23.44ID:I25HzM/Y
ビートルは遊戯台で独りカードを並べている男を指す。

 「あいつだ。
  名前は見た儘、『カードマン』。
  ……おい、カードマン!」

彼はカードマンに呼び掛けるが、反応は無い。
無言でカードを並べ続けている。

 (もしかして、ずっとカードを弄っていたのか?
  俺が入室した時から?)

ビートルは肩を竦めた。

 「あんな奴だが、実力は確かだ。
  疑うなら、喧嘩を売ってみると良い」

 「いや、遠慮しておく」

得体の知れない男だと、潜入者はカードマンを見て思った。
カードマンを凝視している潜入者に、ビートルは問う。

 「4位以下の紹介もしようか?
  最下位は9――っと、お前を入れて10位だが」

潜入者は室内を一覧し、小さく笑って答えた。

 「俺より下には興味が無い」

彼は敢えて挑発的な言動をした。
実際、トーチャー以下なら相手にならないだろう。
トーチャーより上に4位が居るが、ビートルが自分より下と見積もったのであれば、問題無かろうと、
彼は判断した。
0198創る名無しに見る名無し
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2018/09/02(日) 17:04:21.26ID:I25HzM/Y
大きな事を言う物だと、ビートルは苦笑する。

 「強気だな。
  寝床は宿泊所の空き部屋を好きに使うと良い。
  それと外出する時は、俺の許可を取れ。
  分かったな?」

 「ああ。
  早速だが、外に出たい」

早速の潜入者の要望を、ビートルは怪しんだ。

 「何をするんだ?」

 「特に何をするって訳じゃないが……。
  少し散歩を」

 「散歩?
  ここは廃工場地帯だぞ」

廃工場地帯と言えば、貧民と無法者の塒だ。
見て楽しい物は無いし、買い物を楽しむ事も出来ない。

 「俺の勝手だ」

一々干渉するなと、冷淡な態度をする潜入者に、ビートルは疑わし気な眼差しを向ける。
弱気になると益々怪しまれると思い、潜入者は強気に出たのだが、逆効果だったかと思った。
しかし、ビートルは予想外の言葉を告げる。

 「……『遊びたい』なら止めはしないが……。
  余り騒ぎにならない様に、程々にしておけよ。
  後始末の為に、『ダストマン』を連れて行け」

ビートルが娯楽室の隅に目を向けると、巨大な黒い影が動き出した。
0199創る名無しに見る名無し
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2018/09/03(月) 19:03:51.91ID:3quSoedE
それは灰色の毛皮で全身を覆った男。
いや、外見からは男か女かも判らない所か、人間なのかも判らないが……。
彼は熊の様な巨体を揺らして、潜入者に近付くが、全くの無言。
代わりに、ビートルが紹介する。

 「こいつがダストマン。
  序列は最下位。
  掃除が趣味の変な奴だ」

潜入者は改めてダストマンをよく観察した。
全身を覆う灰色の毛皮の正体は、何と埃の塊。

 (……埃塗れで汚くないのか?)

それが潜入者の率直な感想。
この保養施設が綺麗なのは、ダストマンが居るからなのだと、彼は察した。
では、ビートルは何の為に自分にダストマンを同行させるのか?
監視以外には無いと、潜入者は決め付ける。

 「こいつと一緒に行動しろって?
  子供(ガキ)じゃあるまいし」

彼は拒否したが、途端にビートルの貌(かお)付きが険しくなった。

 「俺の言う事が聞けないってのか」

ビートルは(恐らくは彼自身が設定した)序列1位の力を再び見せ付けて、潜入者を威圧する。
魔力の影響を受けて、ダストマンの纏っている埃が小刻みに震える。
0200創る名無しに見る名無し
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2018/09/03(月) 19:05:27.43ID:3quSoedE
潜入者は反抗する意思が全く無い事を示す為に、態度を豹変させて直ぐに従った。

 「分かったよ、あんたの言う通りにする。
  ダストマン、付いて来るなら勝手にしろ」

これでは貧民街の住民に、最近の事情を聞く事が出来ないと、潜入者は残念がった。
だが、ここで散歩は取り止めると言ったら、それこそ疚しい事を考えていたと勘繰られそうで、
彼は仕方無く外出する。
ダストマンは埃塗れの体で、潜入者に付いて行く。
保養施設の外に出ても、ダストマンは埃塗れだった。
寧ろ、砂や枯れ草を巻き込んで、益々膨らんでいる様。
それが気になって仕様が無い潜入者は、不気味に付いて来るダストマンに話し掛けた。

 「ダストマン、あんたは序列10位――最下位なんだろう?」

 「何で言い直した?」

 「い、いや、深い意味は無いんだが」

低い声で真面目に問い返され、潜入者は困惑する。
最下位と言われているのだから、もっと卑屈かと思っていたのだが、そうでは無かった。
寡黙ではあるが、自分の意思はあるらしい。
潜入者は咳払いして、改めて尋ねる。

 「……何で最下位なんだ?」

 「『弱いから』以外に理由が必要か」

 「俺は馬鹿じゃない。
  あんた、その埃を集めるのに、どれだけの魔力を使ってる?
  本当の実力は、俺と大差無い所か、ビートルにも対抗出来そうな気がする」
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