ロスト・スペラー 19
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今から500年前まで、魔法とは一部の魔法使いだけの物であった。
その事を憂いた『偉大なる魔導師<グランド・マージ>』は、誰でも簡単に魔法が扱えるよう、
『共通魔法<コモン・スペル>』を創り出した。
それは魔法を科学する事。
魔法を種類・威力・用途毎に体系付けて細分化し、『呪文<スペル>』を唱える、
或いは描く事で使用可能にする、画期的な発明。
グランド・マージは一生を懸けて、世界中の魔法に呪文を与えるという膨大な作業を成し遂げた。
その偉業に感銘を受けた多くの魔導師が、共通魔法を世界中に広め、現在の魔法文明社会がある。
『失われた呪文<ロスト・スペル>』とは、魔法科学が発展して行く過程で失われてしまった呪文を言う。
世界を滅ぼす程の威力を持つ魔法、自然界の法則を乱す虞のある魔法……。
それ等は『禁呪<フォビドゥン・スペル>』として、過去の『魔法大戦<スクランブル・オーバー>』以降、封印された。
大戦の跡地には、禁呪クラスの『失われた呪文』が、数多の魔法使いと共に眠っている。
忌まわしき戦いの記憶を封じた西の果てを、人々は『禁断の地』と名付けた。
ロスト・スペラー(lost speller):@失われた呪文を知る者。A失われた呪文の研究者。
B(俗)現在では使われなくなった呪文を愛用する、懐古趣味の者。偏屈者。 魔法大戦とは新たな魔法秩序を巡って勃発した、旧暦の魔法使い達による大戦争である。
3年に亘る魔法大戦で、1つの小さな島を残して、全ての大陸が海に沈んでしまった。
魔法大戦の勝者、共通魔法使いの指導者である、偉大なる魔導師と8人の高弟は、
唯一残った小さな島の東岸に、沈んだ大陸に代わる、1つの大陸を浮上させた。
それが現在の『唯一大陸』――『私達の世界<ファイセアルス>』。
共通魔法使い達は、8人の高弟を中心に魔導師会を結成し、100年を掛けて、
唯一大陸に6つの『魔法都市<ゴイテオポリス>』を建設して世界を復興させた。
そして、共通魔法以外の魔法を『外道魔法<トート・マジック>』と呼称して抑制した。
今も唯一大陸には、6つの魔法都市と、それを中心とした6つの地方がある。
大陸北西部に在る第一魔法都市グラマーを中心とした、砂漠のグラマー地方。
大陸南西部に在る第二魔法都市ブリンガーを中心とした、豊饒のブリンガー地方。
大陸北部に在る第三魔法都市エグゼラを中心とした、極寒のエグゼラ地方。
大陸中央に在る第四魔法都市ティナーを中心とした、商都のティナー地方。
大陸北東部に在る第五魔法都市ボルガを中心とした、山岳のボルガ地方。
大陸南東部に在る第六魔法都市カターナを中心とした、常夏のカターナ地方。
共通魔法と魔導師会を中心とした、新たな魔法秩序の下で、人々は長らく平穏に暮らしている。 ……と、こんな感じで容量一杯まで、設定を作りながら話を作ったりする、設定スレの延長。
時には無かった事にしたい設定も出て来ますが、少しずつ矛盾を無くして行きたいと思います。 よく登場する魔法
・愚者の魔法
嘘が吐けなくなる共通魔法。
恐らく、最も多く登場している。
こう言う少し捻った名前の魔法は、大体開花期に発明されている。
「嘘を吐く」と言う思考を封じる物で、意識的に真実と異なる事を言えなくなる。
但し、事実と異なる「思い込み」まで見抜ける物では無いし、「心変わり」を防ぐ事も出来ない。
嘘しか言えなくなる「虚言の魔法」や、強制的に真実を喋らせる「自白魔法」は、これの発展型。
約束を守らせる「契約の魔法」も、人の「意識」を利用すると言う意味では、同系統の魔法。
愚者の魔法に抵抗する事は難しくないが、抵抗した時点で疚しい事があると自白している様な物。
達人は使用した事や、抵抗した事を悟らせない。
効果は数点程度の一時的な物から、何日、何月も続く物まである。
一時的な物であれば、使用に罰則は無いが、濫りに使うと「人を信用しない変人」だと思われる。
常に他人に嘘発見器を強制する様な人と思って欲しい。
日常生活で使用する機会は余り無いが、裁判での証言や警察の取り調べの他、重要な契約や相談、
約束事をする時には多用される。 ・発火魔法
その名の通り、火を点ける魔法。
これも多く登場している。
明かりを灯したり、物を燃やしたり、火薬を爆発させたりと、用途は広い。
日常生活にも使われる。
簡易な為に攻撃に用いられる事もあり、魔導師は対処法を熟知していなければならない。
銃火器や爆弾を暴発、誘爆させるのにも使える。
これは魔力の遍在性と透過性を利用した技で、薬莢や燃料槽に直接点火する。
・探知魔法
主に、周囲の状況を探るのに使われる魔法。
これも魔力の偏在性と透過性を利用している。
探知する対象は人間だったり、動物だったり、金属だったり、鉱物だったり様々。
地形や地質を調べる物は、「探査魔法」とも呼ばれる。
魔法資質の高さと探知範囲が比例するので、その優位性が明確な魔法でもある。 ・回復魔法
傷を癒す魔法を言う事が多いが、疲労を回復する魔法や、毒物を分解・除去する魔法、
精神を落ち着かせる魔法も含む。
「酔い覚ましの魔法」も、広義の回復魔法。
流石に死者の復活まではしないが、損壊した死体を綺麗な状態に戻す位は可能。
共通魔法の体系に「回復魔法」と言う大分類がある訳では無く、負傷を回復する魔法でも、
「自然回復を早める魔法」、「直接肉体を再生する魔法」、「状態を元に戻す魔法」の3種類がある。
軽傷であれば自然回復を早める方法で良いが、重傷の場合は早期に肉体を再生する必要がある。
「状態を元に戻す魔法」は、「直接肉体を再生する魔法」とは違い、過去に記録した状態に帰る物。
状態の記録が必要な上に、概念的には時間操作に近く、消費する魔力量も膨大になる。
理論的には、これを繰り返せば若さを維持出来るが、魔力の確保が困難。
途中で魔力が足りなくなる等して、過去の復元が失敗すると、悲惨な事になる。
故に、「状態を元に戻す魔法」は禁断共通魔法の上に、「過去の状態の記録」との併用が不可欠。
どちらも仕様の理解が困難な高難度魔法であり、個人での使用は実質不可能。
・水渡りの魔法
水面を歩く魔法。
飛行や浮遊の魔法よりは簡単だが、平衡感覚が優れていないと直ぐに転倒する。
よって水上を歩くには、多少の訓練を要する。
スケートやスキーみたいな物で、必ず修得する必要は無いが、上手に出来れば格好良い。
「波乗りの魔法」とも呼ばれる。
水の流れを無視して歩ける物と、水の流れに乗る物の2種類があり、それぞれ使い勝手が違う。
水に浮く原理は、俗説的な「水蜘蛛の術」に近い。
類似の魔法に雪上渡り、沼渡り、氷上渡り、綱渡り、滑走の魔法がある。 ・拘束魔法
対象の身動きを封じる魔法。
主に執行者が使う。
「硬直の魔法」、「金縛りの魔法」とも呼ばれる。
登場頻度は高い。
大別すると、意識に働き掛ける物と、直接身体を固定する物の2種類がある。
前者は成功率が低く、後者は魔力の消費が大きい。
精霊言語による詠唱では無く、「バインド!」、「動くな!」、「止まれ!」等の人語で発動する事が多い。
これは訳語詠唱と呼ばれ、その意味を対象に理解させる事で、動きを止める。
気を失わせて動きを止める物は、「気絶魔法」に分類されるが、こちらは更に成功率に難がある。
共通魔法以外の物もある。
・浮遊魔法
宙に浮く魔法。
魔力の消費量は高度に比例するが、風を上手く利用すれば、ある程度は抑えられる。
よって、気流の関係で高高度だと逆に魔力消費量が少なく済むと言う事もある。
基本的には静止状態の方が、動いている時よりも魔力消費が大きい。
多くの人は地表擦れ擦れを浮くのが精々で、大空を飛べる者は少ない。
しかし、多くの都市では都市法で、一定範囲内の高度での飛行や浮遊を禁じているので、
空を飛べないからと言って、一般の人が不便を感じる事は無い。
サティは魔力石を使わずに常時浮遊しているが、それは彼女の高い魔法資質があっての事で、
他に同じ芸当が出来る者は稀である。
浮遊魔法は魔法学校の授業でも練習するが、重要度では「大跳躍」や「高速移動」の方が高い。
分類的には、滑走や水渡りの魔法に近く、空中歩行や滑空、重力軽減とも関連する。 ・身体能力強化魔法
腕力、脚力等の身体能力を強化する魔法。
大別すると、筋肉量を増大させる物と、魔力で身体能力を補助する物に分かれる。
共通魔法では、後者の方法が一般的。
脳に作用して、強引に肉体の限界を超えさせる物もある。
魔法使いだからと言って、非力と思い込み、侮っては行けない。
筋力の強化だけでなく、肺活量や血行を補助する物もある。
疲労を回復する魔法には、身体能力強化に含まれる物もある。
自然治癒能力の強化も、身体能力(身体機能)の強化と言える。
・通信魔法
魔力を介して、思念を他人に送る魔法。
これも結構な頻度で登場する。
本文中では「テレパシー」、「魔力通信」等と呼ばれている。
魔力ラジオウェーブ放送も、通信魔法を利用している。
共通魔法使いであれば、短距離なら特に道具を用いなくても、テレパシーで会話可能な者が多い。
他人に聞かれたくない時に使うが、魔法なので妨害されたり、盗み聞きされたりする可能性はある。
周辺の魔力場が乱れていると、通信不能になる事もある。
思念は肉声とは違う場合もあるが、その人の特徴が表れるので、慣れれば判別は容易。
遠距離で交信する場合は、通信機を使って魔力ラジオウェーブに乗せる。
熟練者は通信機を使わなくても、魔力ラジオウェーブに思念を乗せたり、逆に思念を拾ったり出来る。
この魔力ラジオウェーブは、大陸中に張り巡らされた魔力結界に沿った物で、結界の外、
僻地や外地では、魔力ラジオウェーブを利用した通信は困難になる。
共通魔法使い以外の魔法使いも通信魔法は使うが、各々仕様が異なる。 ・威圧
魔法資質が低い者は、魔法資質が高い者に、威圧感を受ける。
これは本能的な物で、子供が大人に威圧感を受けるのと同様である。
共通魔法使いに限らず、動物であっても、魔法資質を持つ存在であれば、全て同じ。
態々魔法で威圧感を与えずとも、高い魔法資質を誇示する様に、大量の魔力を纏えば、
それが威圧となる。
よって、執行者は平時は魔力を意図して纏わず、緊急時には魔力を纏う事で、
非常事態を周囲に意識させる。
但し、魔法資質が低過ぎる者は、そもそも魔力の感知が困難なので、威圧されない。
一見利点の様だが、身に迫る危険を察知出来ないと言う事なので、やはり欠点が大きい。
・銅錆の魔法
気配を消す魔法。
尾行や逃走、侵入、奇襲に使う。
これも開花期に開発された魔法。
名前の由来は、最も目立つ金とは反対の、煤(くす)んだ緑色から。
周囲に溶け込んで、存在感を無くす。
姿を消したり、透明になったりするのでは無く、人の意識から外れる。
気付かれたくない相手に掛けたり、気付かせたくない人や物に掛けたりする。
消音や消臭魔法と併用するのが普通。
共通魔法使い以外も使用するが、効果や発動する仕組みが細かい所で異なる。 ・即死魔法
対象を即死させる魔法。
本編内では、「死の呪文(デス・スペル)」と呼ばれている。
「即死させる」だけであれば、手段は多数あるが、単に生命活動を停止させるのでは無く、
肉体や精神を直接分解、消滅させる魔法を言う。
精霊を攻撃して魂を削る魔法や、人間を分子レベルまで分解する魔法が該当する。
精霊を狙って仕掛ける魔力分解攻撃も、これ等と似た様な物。
「即死」では無い、「漸死」魔法もある。
例外無く禁断共通魔法。
・転移魔法
魔法陣から魔法陣へ移動する魔法。
共通魔法に於いては、時空間を操る禁断共通魔法に分類されている。
肉体を維持した儘の転送は非常に困難で、時空間を歪曲する為に膨大な魔力を要するが、
より少ない「情報」の転送は実現している。
その一つが精霊体の移動であり、魔力の塊を遠隔地に送る物。
元々存在の不確かな魔力は、不規則に消えたり現れたりする性質がある。
情報を紐付けた魔力が「消える」と、それが少し離れた場所に「現れる」と言う実験結果を利用し、
魔力の塊を情報の塊として、意図的に「消し」、狙った場所に「現れさせる」事で、空間を飛び越える。
行く行くは、魔力に肉体を含めた大質量の情報も乗せられないかと、期待されている。
共通魔法以外にも、瞬間移動や転移魔法はあるが、水を介そうが、影を介そうが、原理は同じ。
多用すると「実在」が希薄になる。 魂の導く先は
第四魔法都市ティナー 中央区 ティナー中央議事堂にて
ティナー中央議事堂は、ティナー地方の主要な会談や会合、会議、委員会を開催する、
重要な施設である。
しかし、魔法陣を描く都市の中心の座は、ティナー地方魔導師会本部に譲っており、
それに遠慮する様に、少しだけ南西に外れて配置されている。
この配置関係が魔導師会と都市連盟の力関係である……と言われていたのも、今は昔の話。
ティナー地方都市連盟は、他の地方に先駆けて魔導師会から独立し、数々の権限を獲得した。
今やティナー地方都市連盟は魔導師会と対等になったと言われるが、それは同時に、
都市連盟の責任が重くなった事も意味する。 ティナー地方都市連盟の代表議員の一人、シューヴェル・ターレル議員(フェンス市代表)は、
後継者問題を抱えていた。
シューヴェルの息子であるユーベルは、彼の秘書を務めていながら、後継者となる事を嫌った。
「又、出張なのかい?」
「ああ、週末に市議会との調整がある。
お前も来い」
「えぇ、嫌だよ。
どうも、ああ言う人達とは話が合わないんだ。
年代も違うし」
「子供みたいな事を言うな。
私も年だ、そろそろ引退したいのだが……、この調子ではな」
「好きにすれば良いじゃないか、父さん。
誰も止めないよ」
「お前が跡継ぎになってくれれば……」
「議員の世襲なんて、今時流行らないよ」
やる気の無いユーベルの反応に、シューヴェルは深い溜め息を吐く。
「そうは言うがな、現実それは難しいんだよ。
忙しい割に報酬も大した事は無い、地方都市の議員なんて、やりたがる人は居ないんだ。
新人となれば尚の事、苦労が多い。
その点、お前が跡を継いでくれれば、私も助言してやれる事は多い。
後援会の人達も、お前の事なら知っている」 ユーベルは呆れて笑った。
「だったら、俺が議員になる気が無いって事も知ってる筈だ」
その通りシューヴェルの後援会でも、ユーベルを担ぎ上げようと言う声は、そこまで大きくない。
新たに候補を立てようとする動きもある。
だが、中々適任者が見付からないのが現状。
シューヴェルはユーベルに尋ねた。
「私が議員を辞めたら、お前も秘書では居られないんだぞ。
どうする気だ?
その年で無職になって、働き口の当てはあるのか?」
シューヴェルとしては厳しい事を言った積もりだったが、ユーベルには通じなかった。
「心配は要らないよ。
こう言う時の為に、兀々貯金して来たんだ。
それに実は、学生時代の友人が立ち上げる会社で、働かないかって誘われてて」
「何の会社だ?」
「電気機械さ。
これからの時代、魔力の供給は細る一方で、魔導機の需要は落ち込む。
その代わりになるのが、機械だよ。
電気機械による『自動化<オートメーション>』の時代が来る」
「何を言っているのか解らん……。
それが何だと言うんだ?」
「これからの時代は、魔力の代わりに、電気で物を動かす様になる。
手始めに、蓄電石と電灯を売る。
魔導機製造会社を退職した人達と協力して、新しい蓄電石を開発したんだ」
シューヴェルにはユーベルの話が理解出来ない。 だから、取り敢えず否定する。
「上手く行く訳が無い。
明かりが必要なら、回り諄い真似をせずとも、明かりの魔法を使えば良い。
明かりを発するだけの魔導機だって、そこらで普通に売っている」
「違うよ、魔力は遍在しているけど、不安定だ。
呪文の詠唱には熟練が要る。
でも、電力は違う。
魔力の代わりになるし、魔導師会の制限も受けない。
電化製品は目立たないだけで、既に世に溢れているんだ。
今一普及しないのは、蓄電石の性能が悪いから。
俺達の蓄電石は、より小型で、より多くの電気を、長時間蓄えられるし、再充電も出来る。
これが標準規格になれば、一気に電化の道が開ける」
「夢物語だ。
お前は素直に私の跡を継いで、議員になれば良い。
そっちの方が生活も安定している」
新しい企業を立ち上げて、そこで働くと言う事は、失敗する可能性も大きい。
事業が上手く軌道に乗らなければ、忽ち経営は苦しくなる。
誰でも判る事だ。
しかし、ユーベルは反論した。
「父さん、俺は代議員の方が先行きが怪しいと思ってるよ。
年々得票数が減ってて、この間なんか落選候補と千票を切ってたじゃないか」
「それは私が老いて来た所為だ。
お前と言う新しい風が吹き込む事を、世間は望んでいる」
「新しい風って言っても、俺には何の目的も無いよ。
議員になっても、父さんの真似事しか出来ない」
「それで良いんだ。
最初は誰でも、そんな物だ」 親として、子に跡を継いで欲しいと思うのは、自然な感情だ。
シューヴェルも父親の跡を継いで、代議員になった。
若き日の彼も、同級生が自らの道を選んで行く事に焦りを感じていたが、結局は父の秘書になり、
政治を学んで代議員となった。
だが、ユーベルは不満気な顔をする。
「結局、誰でも良いって事じゃないか……。
そんな看板を挿げ替えて、人を騙すみたいな事」
「誰でも良くはない。
お前には『ターレル』の『名』がある」
「……その『ターレル』が、もう通用しないって言ってるんだよ。
父さんは引退するのが遅過ぎた。
こんな状況で出馬させられても……」
実際、シューヴェルは次の選挙が危うくなったので、代わりに息子を担ぎ出そうとしたに過ぎない。
市民の支持があれば、未だ自分が議員を続けようと思っていた。
それでも、ターレルの名を腐らせたのは自分であり、世代交代を言い訳にして息子を表に立たせ、
汚名逃れに利用しようとしている風に見られるのは、我慢がならなかった。
それも実の息子に!
「家は代々議員だったんだぞ!
お前の代で絶やす気か!」
「代々って、お祖父さんの代からじゃないか……。
お祖父さんと父さんと、高が2代で代々って」
他の生き方を知らないのかと、ユーベルは呆れる。
「父さんと後援会の人達には悪いけど、新しい、もっと確りした人を探した方が良いよ」 最早シューヴェルにユーベルを止める手立ては無かった。
親子の縁を切ろうと、家から追い出そうと、ユーベルは意に介さないであろう事は、明白だった。
「悪いと思うなら――……頼む、考え直してくれ!」
自らの不利を悟ったシューヴェルは、俄かに下手に出た。
「今から次の候補を探す事は無理なんだ!
お前が出てくれなければ、後援会も面目が立たない」
選挙に負けたら負けたで諦められるが、不戦敗では痼りが残る。
あの時シューヴェルの息子が出馬していればと、親子共々恨まれる立場になってしまう。
追い詰められたシューヴェルは観念して、洗い浚い白状する事にした。
「確かに、『出れば勝つ』とは言えない。
極端な事を言えば、落ちても構わない。
唯、戦わずに降りる事は出来ないんだ。
後援会を畳むなら畳むで、それなりの理由が必要なんだよ」
ユーベルは一層深い溜め息を吐く。
「選挙だって只じゃないのに。
そんな思い出作りみたいな真似する位なら、その金で旅行にでも行った方が良いんじゃない?」
「後援会の金は、政治活動以外には使えない。
お前も会社を興すなら、公私の区別は付けろ。
横領だの着服だので訴えられたいのか」
父の真面な忠告に、ユーベルは苦笑いした。
「分かってるよ、冗談だって」 結局、ユーベルは父に説得されて、選挙に出馬する事になった。
同時に、彼は裏で友人達が立ち上げる会社の手伝いもした。
「選挙活動はしなくて良いのか?」
「どうせ落ちるんだ。
程々で良いんだよ」
「選挙なあ……。
他に良え候補(やつ)知らんし、一票入れたろか?
未だ籍は地元にあるで」
「止してくれ。
何かの間違いでも通ってしまったら、皆と働けない」
ユーベル本人も選挙活動は行う物の、役割は地元での宣伝に留まり、市内の離れた地域まで、
支援を呼び掛ける為の遠出はしなかった。
選挙公約にも「地元の声を伝える」以上の目立った物は無く、後援会の者等も何とは無しに、
これが最後の選挙活動になる事を悟っていた。
そして、投票日の深夜、魔力ラジオウェーブ放送で開票の速報が伝えられる。
「フェンス市、ユーベル・ターレル、当確。
ユーベル・ターレル、当確です」
後援会の事務所で支援者と共に結果待ちをしていたユーベルは、当確の報せに面食らっていた。
「真面(マジ)かぁ……」
誰も当選するとは思っていなかった。
事務所内では喜びよりも、戸惑いの声が多い。
勿論、シューヴェルの様に当選を喜んだ者が居ない訳では無いが……。 誰も彼も「今後の事」を考えていただけに、予定は大きく狂ってしまった。
当選してしまったら、余程の事情が無い限りは、代議員を辞退する事は許されない。
翌日、ユーベルは友人達に魔力通信で連絡した。
「悪い、通ってしまった」
「ああ、知っとる、速報聞いとった。
こんな事になるんやないかと、薄々思っとったんや。
お前、根は真面目やし、見た目も悪ないしな。
まあ、なってもうたんはしゃあ無い。
それより、提案があるんや。
折角代議員になったんやしな、こう、電化を広める方向には行けへんやろか?
都市法とか色々面倒な事あるしな、議員先生が味方に居ったら心強いわ」
政治方面でも、市民の生活を変えて行けないかとの提案に、ユーベルは頷く。
「ああ、俺に出来る事なら」
抜け駆けの様な形になってしまった詫びの気持ちもあり、彼は何とか友人達の事業を、
成功に導く手助けをしたいと考えた。
意外な形ではあるが、目標が出来た事で、彼の代議員生活にも意味が生まれる。
「……これが運命だったのかもなぁ……」
余りに奇妙な巡り合わせに、ユーベルは気弱な溜め息を吐いた。
元々志も無く代議員になる積もりは無かったのに、代議員になって志が出来るとは。
神を信じない魔法暦に「運命」を論じる者こそ少ないが、それでも偶然とは思えない、
何等かの働きがあるのだ。 喋繰り
ティナー地方の芸能の一に「喋繰(しゃべく)り」と言う物がある。
その名の通り、面白い事を喋って、客を笑わせる物。
笑えるだけでなく、知的な言い回しがあると、尚良(なおよし)とされる。
昔は通りで高台に立ち、「聞きなっしゃい、聞きなっしゃい」と通行人に呼び掛けて、
人が集まった所で話し始めたと言う。
面白ければ銭を投げられ、詰まらなければ石を投げられた。
大元は噂話や吉事、凶事、店の宣伝、新しい法律等を集落に伝える、「触れ回り」とされる。
開花期になると、交通法が改められ、通りで勝手な商売が出来なくなった。
その為、宿や屋敷の一間を借りて、「喋繰り」を披露する様になる。
この頃から挨拶に、「よう来なはった」が加わり、「よう来なはりました、まあ聞いとくんなはれ」が、
話初(はなしはじめ)の挨拶として定型化する。
「喋繰り小屋」と称する専用の劇場が建てられた事もあったが、極少数の例を除いて、
平穏期の中頃には殆どが廃業した。
景気の後退や、娯楽の多様化で、客足が遠退いた事が原因とされる。
現在の「喋繰り」は話芸の一種、それも伝統芸能として、細々と生き残っている。
喋繰りに必要な才能は、「度胸」、「閃き」、「声」と「舌」。
伝統芸能でありながら、現在でも血統より実力が重視される。
その様は「血は要らぬ、耳で覚えろ、舌回せ」と語られ、実力者の下に弟子が集う。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています