「あり得ない。なに馬鹿な事を言ってんだよ」
「確かに、店舗経営を失敗したような民間人が、いきなりスパイと言うのは変かもしれないが、スパイという存在が必ずしも訓練を受けた優秀な人間でなければならないなんて、それこそが映画を見過ぎた人間の浅はかな考えだよ」
「つまり、どう言う事だよ」
「湯川氏は自らがスパイに仕立てられたと言う自覚は無かったと思う。そして、それは彼にこの商売を持ち掛けて、資金提供した組織のまさに思惑通りだった……としたら」
「はいはい……」
こうなると、この主神という男は誰にも止められない。適当に相槌を打って、気が済むまで語らせておくに限る。
「つまり、彼は送り込まれたと言っても過言ではないかもしれない。スパイと言うよりモルモットとしてね」
「モルモットなんて、いくら何でも失礼だぞ! 」
「だが、そう考えると全ての辻褄が合うんだよ」
「それが分かったところで、俺たちには何のメリットも無い。考えるだけ時間の無駄さ」
「無駄……なのか?」
「仕方ないだろ」
「お前は仕方ないってのが口癖だよな」
「それこそ余計なお世話だ」
スープだけを残す俺のどんぶりの隣で、主神はまだ麺を啜っていた。テレビでは、何とかの専門家と称する男が、地図を前にしてあれこれと解説していた。それを聞き流しながら、俺は隣に座る主神がラーメンを食べ終わるのを待っていた。