酷評よろ

広い玄関から中へ入ると20メートルくらいの廊下があって西側が法事・行事の時に檀家を招き入れお経を上げる広い法堂(ハットウ)だった。私と弟夫婦、私の両親はそこに上がってしばらく部屋に飾られている仏像や絵画などを眺めた。
外の景色を見ると虚空のように無限を表す青空に入道雲が浮かんでいた。
弟の子供が綺麗な顔をして仰向けにすやすやと眠っていた。8ヶ月になったばかりのカレンは座布団を2枚敷いて仰向けになって、まるで全てが平穏無事であるかのように仏のような綺麗な顔をしていた。
「兄貴、今日はありがとうな」と弟が他人行儀に礼を言ってきたので、私は何の気なしに「子供は男の子だったのか?」と訊いた。
弟は「そうだ」と言って、私に順を追って説明してくれた。私はその時に初めて弟の長男が水子になった詳しい経緯を知った。
弟夫婦の初めての子供は一年半前に死産した。健康に問題があったわけではなく、臍の尾がその子の首に絡まってしまったのだという。それは不運としかいいようがない不幸な出来事だった。
私の父親がいつか私に言っていた。
その日、その男の子がこの世に生まれ出ずる筈だった日に黒いオニヤンマが浴室で窮屈そうに羽根を壁にぶつけていた。
どこから迷い込んだのか、窓は網戸になっていてこんなところにどうやって入ってきたのだろう、それに気づいた者はいなかった。
親父は外に逃がしてやろうと窓を開けてしばらく見ていたが蝶々は相変わらず壁際にパタパタ音を轟かせていたが、やがて腰を落ち着けるかのようにピタッどこかに止まって動かなかったらしい。
それを親父が虫の報せだとわかって妙な胸騒ぎがすると共に、すこぶる穏やかな陽の光が浴室に差し込んできた、という実しやかな話を私にした。
恐らく、その子は安らかな天国に旅立ったのだ、と親父は言っていた。