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スマホの画面を見ると「忽那美由紀」と出ていた。
「もしもし」と私が言うと、微かな声で「もしもし」と美由紀も返した。
「どうした?」と云うと、美由紀は「何となく」とだけ答えた。このやり取りだけで、すぐに美由紀の精神状態がいつもの彼女ではないことがわかった。恐らくはちょっと落ち込んでいるか、鬱状態なのだろう。
「裕二、どうしていた? 寝ていた?」
「寝てないよ、テレビを見ていた」
「テレビ? 何かおもしろいドラマでもやっていた?」
「いや、バラエティー番組だよ」
やはり明らかに様子がいつもとは違った。高校生活を通して、彼女がこのように口数が少ない時には、必ず何かがあった。この時間帯、
疲れているのだとしても、このように潮らしいのは、何かに傷ついているのだろうことは予測できた。私は彼女のことが心配になった。嫌な予感がした。
「何があった?」
「何って」
「いや、何かあったのかな、と思ってな。こんな時間に電話してくるの久しぶりだしな」
「何となく裕二の声が聞きたくなって」
「おまえ、最近どう?」
「え? 最近? そこそこうまくやっているよ」
「おまえ……」
触れられなくないのはわかっている。心の傷を隠すのはわかるが、彼女が電話をよこしてきた以上、彼女の心の傷のことを訊きだす義務が私にはあった。美由紀とは一度、つよくむすびついていた時期があるのだ。
私は彼女のことをわかってあげられる。それに美由紀が、この時間に私と話しをしたがっているということにも意味がある。私は彼女の抱えているものを引き受けてあげなければならなかった。そうでないと嘘になる。
「 裕二、今すぐ会えないかなあ?」
彼女の言葉に妙な胸騒ぎがした。私はすっくと立ち上がって、向こう側にいる美由紀に寄り添うように電話を持って、窓のところまできて外の風景をみた。東の空には満月が浮かんでいた。
アパートの一階からは住宅が軒を連ねるのが見えるくらいのもので殺風景だった。
「おまえ」と私が言いかけた瞬間に、美由紀が啜り泣いているのがわかった。
「ごめんね、なんか……」と美由紀は云って言葉を詰まらせた。嫌な想像が働いた。美由紀の傍らに黒い影が見えた。
「誰に」と私は訊いた。沈黙が続いた。長いようで短い沈黙のあとに、私は怒鳴りつけるように「誰にやられた」と叫んだ。
「同じサークルの人」
「無理にやられたのか?」
「駄目だってわかっていたの。それが正しくないことは」
「どうして二人きりになった」
自分でも驚くほど大きな声で彼女に怒鳴った。聴く人が聴いたら気狂いじみていると思うかもしれない。
「その人、押しが強くて、すごく。物怖じしない人なのよ。どうしても拒めなかったのよ」
気が狂いそうになった。私は美由紀のことをまだ愛しているのだ。一度、私は彼女と一つになった。私たちは小宇宙の中で合致してしまっている。
激しく感情が揺さぶられた。一瞬、我を失いかけた。頭に血が上ったがすぐに冷静に戻った。デモーニッシュな狼の感情が私の中に芽生えていた。
私は美由紀にすぐに会おう、と持ちかけ、美由紀もそれに応じた。