【ファンタジー】ドラゴンズリング6【TRPG】
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「アクアッ!あの野郎まで一直線だッ!」
『分かってる!――海の底の底、はるか下を流れる偉大なる水の流れ。
今こそ我に集いて――駆けろ!』
ジャンの背後から現れたのは、深海を駆け巡る水流の群れ。
凄まじい圧力と速度を持つそれを身に纏い、全の竜へ向けて自らを射出した。
『所詮は力押ししかできない亜人か、ならば期待に応えてやるとしようか』
全の竜は右手で結界を維持しつつ、左手で魔法陣を描き始める。
それは本来ならば一流の魔術師が数十人がかりで完成させる強大な魔法。
『これが神罰というものだよ。砕け、ミョルニール!』
目もくらむような雷が天から降り注ぎ、全の竜の左腕がそれを纏う。雷によってはるかに大きくなった左腕は、
巨人ですら焼き尽くすような武器となるだろう。
そうして一直線に突進するジャンに向けて左腕を振り下ろし、お互いの一撃がぶつかりあうかと思われた瞬間だ。
ジャンが右の拳を思い切り握りしめ、まるで全の竜を殴るつもりであるかのような体勢をとった。
『その距離で殴り合えるとでも思ったのかい!?
そのまま雷に焼かれるがいいさ!』
「――いや、殴れるぜ」
その瞬間、ジャンの右腕に先程まで背後にあった水流が次々と宿り、まるで巨人の拳のような形になっていく。
そうして全の竜の肉体ほどにまで大きくなった水流の拳は振り下ろされた左腕に下からかち上げる形ですれ違った。
すれ違いざまにジャンの左半身を雷が焼き、苦痛が全身を駆け巡る。
シェバトの時は片腕のみだったが、左半身ともなれば意識が飛びそうなほどのショックが脳を襲う。
だがジャンはまだ意識を保つ。奥歯を砕かんばかりに噛みしめ、目の前の殴るべき敵はまだ立っていると自分に言い聞かせて。
「歯ァ食いしばれやァァァァ!!!」
感覚の残る右腕を振りかぶり、ウォークライで自らに喝を入れて。
全身全霊を込めた一撃が、全の竜の顎へ鈍く低い音を立てて突き刺さった。
「……やったぜ」
強烈なアッパーを受けて全の竜はよろめき、ジャンは力を使い果たしたように落ちていく。
だが、どこまでも落ちていくことはなかった。既に結界の維持を全の竜は放棄し、場所は竜の神殿へと戻っている。
ジャンは神殿の床に倒れ込み、体勢を崩していた全の竜はやがて大きな笑い声を挙げて、一行へ向き直った。
『フフフ……この長い間……私に立ち向かうものなどいなかった。
だが!この亜人は私をただ一発殴るために全力を賭けて私に立ち向かった』
全の竜は口から流れ出る血にも構うことなく喋り続け、傷を癒すことすら考えずに両手と両翼に魔法陣を展開する。
『それに敬意を表そう。小細工はいらない。君たちは全て、一切、区別なく潰す。
観客を害する役者など、あってはならない……!』
両手に四つ、両翼に四つ。それぞれ属性が異なるのか、色違いの八つの魔法陣からあらゆる攻撃魔法が飛び出る。
さらには全の竜が大きく咆哮し、ウォークライにも似た音圧が一行に叩きつけられた。
【あまりの暑さにカレンダーを見たらまだ7月でたまげました
アクアの指環が欲しいです……】 シノノメが闇を払うまでの間、ティターニアは大地の指輪に宿るテッラととりとめのない問答をして時間を潰す。
「最初は想像と破壊の二面性を持つ絶対神――
真実は創造の善神と破壊の悪神の二項対立かと思いきやそれすら違ってどちらも悪い奴だったとはな」
『……どちらも悪い奴とはまだ決まったわけではないのでは?』
「どういうことだ?」
『全の竜が善なる存在では無かった――となるとその逆も有り得るのかもしれません』
「それは流石にないだろう、現に虚無の竜に食らわれたゆえこちらの世界は今の状態なのだぞ?
いや待てよ? 虚無の竜が悪神である全の竜を粛清しに来た存在だとすれば――全の竜を倒せばあるいは……」
『それに……アルバートさんは全の竜を倒せば虚無の指輪で属性を吸収し世界を再建できると言っていました。
他の属性の竜と指輪の関係性を考えればあの指輪も虚無の竜と無関係とは思えないんですよね……』
どれぐらいの時間が経っただろうか――
長かったのかも短かったのかも分からない時が過ぎた頃、突然闇が晴れた。
>「……す、すみません。一人には……わりと慣れてるつもりだったんですが」
指輪を持つ面々は割としっかりとした足取りだが、指輪を持たないシャルムは真っ青な顔をしてへたりこんだ。
指輪の加護のない者にとっては、とてつもなく長い時間だったのかもしれない。
その様子を見たシノノメが時間がかかったことを詫びる。
>「……時間をかけてしまって、すみません」
「……いや、よくやってくれた」
>『……お見事、お見事。まさか自ら死の淵に飛び込む事でテネブラエとの交信を図るとは。
実にヒロイックだったよ。女の子にしておくのが勿体ないね』
「セクハラという概念を知っているか?
昔のおおらかな時代はどうか知らぬが現代ではその発言は完全アウトゆえ気を付けるがよい」
等と適当に全の竜の無駄口の相手をしつつ、辺りを見回す。
それは今までとは違い、よく晴れた花畑という一見平和な光景だった。
>『最終章の題名は……そうだな。“地を這う者ども”なんてのはどうだろう』
地を這う者ども――その題名から、地を這うモンスターの類による襲撃を警戒するスレイブだったが、
ルクスとの対話に成功したらしきラテによると、それとは少し趣向が違うようだった。
>「うん……だけど今は、それどころじゃないの。急がないと」
光の指輪の力で、この空間の正体が明らかになる。
一行はまるでガラス玉の中のように結界に閉じ込められており、それを全の竜が押しつぶそうとしていた。 >『おっと、気づかれてしまったか。
“地を這う者ども”は君達だったというミスリードだったんだが。
やはりルクスの権能は良くないな。物語の先を盗み見るなんて』
>『もっとも……この先が読めたところでもう手遅れだけどね。
なに、殺しはしないよ。この中に封じて……いつまでも眺めていてあげよう』
「……眺めていられるものならいつまでも眺めているがよい。
お主、退屈が死ぬほど嫌いなのだろう? 果たしていつまで耐えられるかな?」
全の竜のシナリオに乗ってはいけない――手を尽くし結界を破ろうとして体力を消耗すれば相手の思う壺だ。
この堪え性の無い全の竜なら、こちらがじたばたせずに余裕の体でじっとしていればそう長くは持たず音をあげるだろう――
等という希望的観測の下に、斜に構えた根競べ籠城作戦を打ち出したティターニア。
しかしシャルムは、最初のひねくれたクールっぷりはどこへいったのか、熱血正統派な反応を示した。
>「……っ、まだです!」
>「奴が力づくで私達を封印出来るなら、最初からそうすればよかった!
そうしなかったのは、出来なかったから!
今ならまだ、この結界を破れるはずです!」
更に、スレイブがそれに呼応する。
>「俺たちとは異なる次元の生き物、超越した存在であるはずの全竜が、俺たちを『封印』しようとするのは何故だ?
封印しなければ危険なほど――俺たちには、奴を害する力があるからだ。
奴は全能だが、完全ではない。この結界だって、俺たちの力で叩き割れる!」
二人に突き動かされるように、アルダガが先陣を切って動いた。
>「――叩き割ります!」
「叩き割りますって……すっかりこの流れが定番になった気がする……。
これはもうぶち破るしかないな」
観念して正面突破に気持ちを切り替えるティターニア。
当然のごとくアルダガの初撃は阻まれたが、まだ策があるようだ。
>『ああ駄目だ、それは悪手だよ。エーテルの指環は未完成だって、そこの魔術師君が解説してくれただろう?
その指環は私そのものだ。私を滅ぼさんとする者に、私自身が力を貸すはずもない。
しかしがっかりだなあ。期待はずれも甚だしい。散々大口を叩いておいて、結局上位の存在に頼るのかい』
「パンドラが命を投げ打って尚指輪が真の力を発揮していないのはそなたが邪魔しておるからなのだろう?
完全ではないとはいえ彼女ならパンゲアの力を引き出せるかもしれぬぞ――」
ティターニアはそう答えるが、アルダガの答えはその遥か斜め上をいくものだった。
答えというより、もはや全の竜の戯言など耳に入っていないのかもしれない。
>「信仰とは」
>「本来、形あるものではありません。拙僧たちが祈りを捧げる女神像は、信仰を集める言わば"道標"のようなもの。
偶像自体が力を持つわけではなく、神の力の本質は"祈り"そのものにこそ生まれます。
隣人への奉仕。自身の持つ権能を他者の為に使う……女神の教えとはすなわち、『力の再分配』です」 神術による光の鎖が伸びてくる。
以前戦った時にジャンと能力を入れ替えられた時の鎖と似ているが、これは入れ替えではなく能力を共有するための鎖だ。
>「ジャンさん。ティターニアさん。ディクショナル殿。――シアンス殿。
わたしを『信じて』、その力を委ねてくれますか?」
「当たり前だろう。
カルディアで戦ったあの時――我は確かそなたの敗因は仲間がいないことだと言ったな。
ならば……仲間を得たそなたが負けるはずがあるまい!」
>「問題ありません。わたしが信じるのは新世界の創造主たる女神パンゲアではなく――『わたしの中の女神様』です。
きっと大目に見てくれますよ。わたしの女神様なんですから」
アルダガはあの帝国の聖女に聞かれたら破門にされかれない大胆発言をぶちかました。
最初に会った時はひたすら敬虔でお堅い聖職者というイメージだったが、信仰を自分の中で見事に昇華させたようだ。
>『たった今邪教が誕生した気がする……』
>「神装――『黒翼の聖槌(ヴェズルフェルニル)』」
>「わたしたちの世界に……貴方という"神"は、必要ありません。
貴方に全てを託すのならば……これからは、わたしが神になります」
アルダガの勢いはとどまるところを知らず、ついに神になる発言まで飛び出した。
ティターニアは心底愉快そうに笑いながら、鎖に魔力を送り込む。
「ふふっ、ははは! 何、宗教は案外懐が広いものだからな。宗派の一つだと思えば問題ない」
ついに結界の一部が裂け、隙間ができる。
>「……今ですっ!」
>「アクアッ!あの野郎まで一直線だッ!」
>『分かってる!――海の底の底、はるか下を流れる偉大なる水の流れ。
今こそ我に集いて――駆けろ!』
ジャンがいち早く、結界の隙間から飛び出した。
ジャンは雷撃の直撃を受けながらも、全の竜に一撃を浴びせることに成功した。
それとほぼ同時に、辺りの風景が霧消し、元の全の竜の神殿へと戻る。
>「……やったぜ」
「結界が……解けた……!」
>『フフフ……この長い間……私に立ち向かうものなどいなかった。
だが!この亜人は私をただ一発殴るために全力を賭けて私に立ち向かった』
>『それに敬意を表そう。小細工はいらない。君たちは全て、一切、区別なく潰す。
観客を害する役者など、あってはならない……!』 ジャンの一撃は、全の竜を本気にさせるのに十分だったようだ。これでもう本当に後戻りはできない。
最初にシャルムにドラゴンサイトを食らわされた時は傷は何事も無かったのように元に戻り態度も余裕綽綽だったが、
今回は傷を治すのも忘れるほどキレている。 否――もしかしたら治すことを忘れているのではなく、すぐには治せないのかもしれない。
ここから、ティターニアは一つの可能性に思い至った。 「指輪の力を使った攻撃なら通用するのかもしれない……!」
散々茶番劇で翻弄してなかなか直接対決をしようとしなかったのも、実は指輪を持つ者達との戦いを恐れていたからだとすれば説明がつく。
この戦い、実は思っていたよりずっとこちらに分があるのかもしれない。
そう思った矢先、あらゆる属性の魔法攻撃とウォークライのような音圧が一行に襲いかかる。
「「「「四星守護結界――!」」」」
「――指輪の力よ!」
それは単純明快にして強力無比な、桁外れの魔力による力押し。
四体の守護聖獣が防護障壁を構築し、アルバートが虚無の指輪の力を発動して魔法の一部を吸収しても尚、
障壁を突破し押し寄せてこようとしていた。
突破されれば全滅必至だが、ティターニアはやおら眼鏡を外し、不敵に笑う。
アルダガと全の竜の一連のやりとりを見ていて、自分も自らが信じる”神”を顕現する術を持っていることを思い出したのだった。
そしてそれはアルダガの信じる女神と対立するものではなく、源流は同じなのかもしれない。
「先程は散々趣向を凝らした舞台で楽しませてもらったからな。今度はこちらが用意した舞台にご招待しよう!
――ドリームフォレスト」 解き放つは、エルフの長にしか使えぬ結界魔法。
以前は獣人の精霊使いの助力を得ることで成功したが、
今のティターニアには紛れもなくエルフの女王だった聖ティターニアの記憶がある。
辺りの風景が、瞬時にして艶樹の森に塗り替わる。
背後にそびえたつは、神樹ユグドラシル――エルフが命を授かる大樹。
そして人間以外の種族は、パンゲアが礎となった新世界で新しく誕生したもの。
これもまた、女神の一つの姿といえるだろう。
『それがどうした! 背景が変わったところで意味はないだろう!』
「それはどうかな? 皆こちらに集まるのだ!」
ティターニアの持つエーテルセプターに神樹から莫大な魔力が供給される。
それもそのはず、エーテルセプターとはもともと神樹の枝から出来ているのだ。
「――プラントシェル!」
瞬時に周囲の草木や蔦が絡まり合い、テントのようになって一同を覆う。
次の瞬間四星守護結界が砕け散り、全の竜の魔力の奔流がそこに襲い掛かった。
『ヤケでも起こしたか! 涼むのには丁度いいかもしれないが……なっ!?』
勝ち誇っていた全の竜は思わず驚きの声をあげた。
魔力の奔流がおさまると同時、植物のシェルターがほどけるように解けると、無傷の一同が現れたのだ。
「言ったであろう? こちらの舞台だと。さあ――次はこちらの番だ」
神樹から仲間達に光の蔦が伸びて巻き付く。
もちろん動きを阻害するものではなく、逆に移動や回避の補助と防御、及び魔力の供給を行うものだ。
その気になれば蔦をターザンロープのように使ってのワイヤーアクションも意のままだろう。 【ファンタジー】ドラゴンズリング7【TRPG】
ttps://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1532443937/l50
次スレを立てておいた。
多分630kbちょっとまで入るのだがあまり気にせずに投下して
「容量オーバーで書けません」って言われてから次スレにいってもらえばOK ありゃりゃ、730kbだったか……
少し早く立て過ぎたがどちらにしろこのスレでは終わりそうにないのでまあ良いか ディクショナルさんが私を抱えたまま着地を果たす。
……私は少し目を細めて、彼を睨みます。
「……あの、いつまでこんな状態のままでいるつもりですか?」
勿論、彼が私を庇おうとしてくれた事は分かっています。
分かってはいるんですが……流石に、これは恥ずかしいです。
別に嫌だった訳ではないんです。
ただそれを直接言うのはあり得ません。絶対無理です。
でも、何も言わずにこのまま降ろしてもらうのも少々剣呑ですから……
「こういう事は……時と場合を選んで、またお願いしますから」
……なんだか、余計にふしだらな感じになってしまった気もします。
いえ、気のせいですよね。それにそんな事を気にしている場合でもありません。
>「――叩き割ります!」
>「ぶん殴るぜ!」
私の両足が地面に再び触れた頃には、ジャンソンさんとバフナグリーさんは既に動き出していた。
お二人の強烈な打撃が結界を歪ませ……しかし、打ち砕くには至らない。
>『無理だと思うなぁ。結界の強度は勇者達の中で最も腕力のある君を基準に設計してあるんだ。
星都に入ってからの君たちの戦いは全て見ていたよ。いずれも私の結界を破るに足りる威力ではない。
だから――』
……全の竜が言う事を、私達が鵜呑みにする理由はありません。
例えその挑発的な言葉に、一定の説得力があるとしても……私達が諦める理由にはならない。
迫りくる結界は……確かに、堅牢です。
この世界の創造主にして、ドラゴンの真祖。
その圧倒的な魔力に物を言わせた、ただひたすらに分厚く、頑丈な結界。
それ故に……付け入る隙を見つけ出せない。
>「結構。連携による突破力の向上など、貴方は既に計算済みでしょう。
これまで何代にも渡って指環の勇者の姿を見続けてきた貴方には、結末が見えている」
バフナグリーさんが、ふとそんな事を口走った。
だけどその声音から感じるのは諦めじゃなくて……むしろ強い決意。
私は思わず彼女の方を見た。
>「だから拙僧は……わたしたちは。貴方の見たことのない力で、貴方の想定を上回ります」
『ああ駄目だ、それは悪手だよ。エーテルの指環は未完成だって、そこの魔術師君が解説してくれただろう?
その指環は私そのものだ。私を滅ぼさんとする者に、私自身が力を貸すはずもない。
しかしがっかりだなあ。期待はずれも甚だしい。散々大口を叩いておいて、結局上位の存在に頼るのかい』
全の竜は嘲るような声と共に溜息を吐く。
バフナグリーさんは……気にも留めていない。
ただ静かに、祈りを捧げ続けている。
……不意に、全の指環に光が灯った。バフナグリーさんの体そのものにも。
>「信仰とは」
光は形を変えて、彼女の背に翼を模る。 「本来、形あるものではありません。拙僧たちが祈りを捧げる女神像は、信仰を集める言わば"道標"のようなもの。
偶像辞退が力を持つわけではなく、神の力の本質は"祈り"そのものにこそ生まれます。
隣人への奉仕。自身の持つ権能を他者の為に使う……女神の教えとはすなわち、『力の再分配』です」
神術の鎖で編み上げられた翼……。
それが何を意味するのかは、明白です。
>「ジャンさん。ティターニアさん。ディクショナル殿。――シアンス殿。
わたしを『信じて』、その力を委ねてくれますか?」
「そんな事、聞かれなくたって……」
>「信じなかったことなんて、一度もねえよ!
持っていきな、俺の全部!」
むっ……先を越されてしまいました。
>「当たり前だろう。
カルディアで戦ったあの時――我は確かそなたの敗因は仲間がいないことだと言ったな。
ならば……仲間を得たそなたが負けるはずがあるまい!」
……まぁ、いいでしょう。
お二人とも、バフナグリーさんとは奇妙な因縁があったようですし。
もっとも……私だってもう、彼女とは、他人ではないのです。
譲るのは今回だけですからね。
……それでは、気を取り直して。
「……そんな他人行儀な事を聞かないで下さい、バフナグリーさん。
私も、あなたと同じです。
あなたが私を頼ってくれるなら……それだけで、理由は十分なんです」
そして私は、バフナグリーさんの背から伸びる鎖を握り締めた。
彼女の手を取るような気持ちで、両手で包み込む。
>「わたしたちの世界に……貴方という"神"は、必要ありません。
貴方に全てを託すのならば……これからは、わたしが神になります」
「っ……ふふっ、笑わせないで下さいよ。とんでもない事を言いますね、もう」
皆の信仰を帯びたバフナグリーさんが、再び結界へとメイスを振るう。
激しい衝突音、眩い光……二つの力がせめぎ合う。
全の竜の結界に僅かな綻びが生じる。
結界の再生よりも早く、その亀裂が、鋭く研ぎ澄まされた力によって広げられていく。
そして……
「……今ですっ!」
ついにその綻びは、私達が外へと脱出出来るほどにまで広がった。
……だけど、別に大げさに驚いたり、喜んだりなんかしませんよ。
だって……信じてましたからね。あなたなら、必ずやってくれるって。
>「アクアッ!あの野郎まで一直線だッ!」
>『分かってる!――海の底の底、はるか下を流れる偉大なる水の流れ。
今こそ我に集いて――駆けろ!』
真っ先に結界から飛び出したのは、ジャンソンさんでした。
小細工も駆け引きもない、真正面からの突貫。 >『所詮は力押ししかできない亜人か、ならば期待に応えてやるとしようか』
全の竜が嘲けるように笑う。
そう、ジャンソンさんの行いは、例えようもないほど愚かで、無謀……。
きっと少し前の私なら、そう、全の竜と同じ事を思っていたでしょう。
>『これが神罰というものだよ。砕け、ミョルニール!』
『その距離で殴り合えるとでも思ったのかい!?
そのまま雷に焼かれるがいいさ!』
だけど……今なら分かります。
そして全の竜は分かっていない。
なんの小細工もないという事は、絶対に迎え撃たれるという事。
「――いや、殴れるぜ」
それはつまり……敵の攻撃を確実に読めるという事。
自分が間違いなく甚大なダメージを受けると分かっているのなら……後はただ、それに耐えればいい。
>「歯ァ食いしばれやァァァァ!!!」
ジャンソンさんの右拳が、全の流の顎に突き刺さる。
>「……やったぜ」
「今まで数多の英雄譚を見てきた、と言うわりには……見る目がないんですね」
なんて皮肉も程々に、風の魔法でジャンソンさんの体を引き寄せます。
すかさずフィリアさんがそれをムカデの触手で受け止めて、そのまま指環による治療を始める。
一方で全の竜は……
>『フフフ……この長い間……私に立ち向かうものなどいなかった。
だが!この亜人は私をただ一発殴るために全力を賭けて私に立ち向かった』
『それに敬意を表そう。小細工はいらない。君たちは全て、一切、区別なく潰す。
観客を害する役者など、あってはならない……!』
……随分と、余裕がなくなってきたじゃないですか。
神殿の床に、ぼたぼたと血が落ちてきています。
という事は、やはり……
>「指輪の力を使った攻撃なら通用するのかもしれない……!」
「指環の力も、奴のそれと同じ、世界を創造する力ですからね。
感覚的には……上書きしている、といった感じなのでしょうか。
いいじゃないですか。塗り潰してやりましょうよ」
とは言え、良い事ばかりとも言えませんがね。
なにせ全の竜からすれば、最大の弱点が知られてしまった訳ですから……。
それはつまり……もう回りくどいやり方で戦う理由はないという事。
八属性の大魔法に加えて、竜の咆哮。
>「「「「四星守護結界――!」」」」
>「――指輪の力よ!」
守護聖獣達の結界に、虚無の指環。
それらを全て合わせて防御してもなお、衰えない破壊力……。
ですが……動じてなんかあげませんよ。
なにせ、ふふっ……私の先生が、いつになく不敵な表情をしていますからね。 >「先程は散々趣向を凝らした舞台で楽しませてもらったからな。今度はこちらが用意した舞台にご招待しよう!
――ドリームフォレスト」
石造りの壁に囲まれていた神殿が、瞬く間に、深い森の中へと塗り替えられる。
これが、ドリームフォレスト……。
噂には聞いた事があります。エルフの長にのみ相伝される魔術の秘奥。
「そんな……こんな事が……だって、こんなの……」
心臓が高鳴る。呼吸も忘れて、辺りを見回してしまう。
「これが、エルフ族の命の根源、原風景……すごい……」
すごい、すごい、すごい……それしか言葉が出てこない。
ここはエルフという種族の命の故郷。
一人一人が人格を持つエルフ達が、心の奥底に共通して持つ心象風景。
つまり……集合無意識。
実在するかも定かではなかった精神世界を……この世に顕現してしまうなんて。
『それがどうした! 背景が変わったところで意味はないだろう!』
「それはどうかな? 皆こちらに集まるのだ!」
ふふん、やはり何も分かっていませんか。
ならば、思い知らせてあげましょう。
ねえ、先生?
>「――プラントシェル!」
私達を植物の防壁が包み込む。そして……
『ヤケでも起こしたか! 涼むのには丁度いいかもしれないが……なっ!?』
その防壁は全の竜の魔法を、完全に凌いでのけた。
>「言ったであろう? こちらの舞台だと。さあ――次はこちらの番だ」
『馬鹿な……確かに君達を消滅させるだけの威力があったはずだ。
世界を創造する私の力を、たかが被造物が防げる訳が……』
「自分で言っていた事すらも忘れてしまったのですか?
ここは集合無意識を具現化した世界……。
人の心は、感情は、あなたの属性では言い表せないものなのでしょう?」
つまり……
「ここに、あなたが塗り替えていいものなど存在しない。
……いえ、本当なら世界のどこにも、そんなものは無かったのに」
私は『フォーカス・マイディア』を発動する。
神樹から魔力が供給されてくる。
森の清気が私の心身を常に癒やし続けてくれているのが分かる。
ここなら……平時の限界を超えた魔術適性の強化が出来る……。
『……ふん。なるほどね。だが……それはつまり、こういう事だろ?
君達自身の脆弱さは何も変わっちゃいない』
言うや否や、全の竜は再び八属性の魔法陣を描く。
あの一撃を何の準備もなく連発出来るのは流石と言わざるを得ません。 ですが、
「無駄ですよ」
私は全の竜に人差し指を突きつける。
瞬間、発動しつつあった魔法陣に、本来あるべきでない線が刻まれる。
そして……私達に向けて発動されるはずだった魔法の全てが、逆転した。
全属性の魔力の奔流が、全の竜の巨体に八つの風穴を穿つ。
「今の私なら……この世界の創造主の描く魔法であろうと、読み解き、書き換えられる」
……まぁ、本当は物量で攻め続けられたら流石の私も凌ぎ切れなくなるんでしょうけど。
わざわざ教えてやる義理もありません。黙っておきましょう。
それにしても……随分と痛ましい姿になったじゃありませんか。
「どうです、その傷。痛みますか?試しにその痛み、属性で言い表してみて下さいよ。
……出来ないのなら、おめでとうございます。
あなたが求めてやまなかったものを、これから幾らでも思い知らせて……」
私は挑発的な笑みと共に、全の竜を睨み上げて……思わず紡ぎかけていた言葉を失った。
全の竜の胸に穿たれた四つの風穴。
その内の一つ。その奥に……何かが、見えた気がしたから。
あれは……くすんで、ひび割れた……宝玉?いえ、眼球……?
……全の竜は、すぐに傷を塞いでしまった。
ジャンソンさんに殴られた時の傷は、そのままにしていたのに。
「……皆さん、見ましたか?今の……」
見間違いだったかもしれない……。
アレが一体なんだったのかも分からない……。
でも……今、何かが見えたような……。 >「アクアッ!あの野郎まで一直線だッ!」
アルダガのこじ開けた結界の隙間を縫うようにして、まず飛び出したのはジャン。
荒れ狂う水の流れを炸薬代わりに、己を砲弾の如く撃発したのだ。
>『これが神罰というものだよ。砕け、ミョルニール!』
迎え撃つは全竜の左腕。
天上より降り注ぐ雷を掌に纏って、稲妻の速度でジャンを打ち据える。
「あれは……『ディザスター』……!?」
天候の支配と、それにより収束した雷素の攻撃への転用――。
スレイブの得意とする魔法剣術をそのまま竜の規模へと拡大したかのような一撃だ。
奇しくも吶喊するジャンとの交錯は、シェバトでスレイブが彼と演じた果たし合いの再現となった。
異なるのは、ぶつかり合う力のスケール。
全竜の全力と、指環の力を限りなく引き出した勇者との、気の遠くなるほど絶大な魔力の激突。
しかしその最先端、衝突点にあるのはジャンの生身だ。
常人よりも遥かに頑健なハーフオークの総身が、這い回る紫電に灼かれていく――!
「ジャン……!」
シェバトでの戦いの後、片腕を焦がしたジャンの姿が脳裏を過ぎり、スレイブは堪らず声を挙げた。
全竜の一撃だ。灼けるのは片腕だけで済むまい。
雷槌が肉を打ち、皮膚を弾き、骨を焦がされてなお、ジャンは止まらない。
>「歯ァ食いしばれやァァァァ!!!」
――そして、拳が届いた。
渾身のアッパーカットは全竜の顎元へ突き刺さり、衝撃はヒトと竜の体重差を覆した。
顎を痛打された全竜がよろめき、同時にジャンは推進力を失って墜落していく。
スレイブは駆け出し、シャルムの風魔法が自由落下を緩めたジャンの身体を確保した。
フィリアのムカデがそれを包み込み、焦げた半身の治療を開始する。
超越者へ一矢報いんが為に苦痛を代償とした男の表情に、しかし苦悶の色はない。
>「……やったぜ」
「相変わらず無茶をするな、あんたは……ああそうだ、シェバトで出会ったときからそうだった」
ジャンの身柄をフィリアに任せ、スレイブはもはや彼の方を振り返らない。
顔など見合わせずとも、通じ合えるだけの足跡を、この旅で共に積み上げてきた。
「あんたはいつだって、俺たちの前途を……その身で切り拓いてきた。
ならば、その背を押し支えるのは俺の役目だ」
前方、顎を穿たれ血を流す全竜が、快哉にも似た声を上げる。
>『フフフ……この長い間……私に立ち向かうものなどいなかった。
だが!この亜人は私をただ一発殴るために全力を賭けて私に立ち向かった』
>『それに敬意を表そう。小細工はいらない。君たちは全て、一切、区別なく潰す。
観客を害する役者など、あってはならない……!』
「いいのか?俺たちを殺せば世界を救う者は居なくなるぞ」
『自惚れるなよ勇者共。君たちは代えの利かない存在などではないんだ。
代役はいくらでも立てようがあるし……脚本の大幅な書き換えも、やぶさかじゃあない』 全竜の両腕、そして両翼に都合八つの魔法陣が展開し、それぞれ異なる属性を宿す。
そのどれもが一介の魔術師であれば生涯最高の奥義となるような極大の攻撃魔法。
破壊の旋律が八つの音を奏でると同時、全竜は咆哮した。竜轟(ドラグロア)だ。
>「「「「四星守護結界――!」」」」
>「――指輪の力よ!」
刹那、守護聖獣達とアルバートが迫り来る滅びの波濤に障壁を合わせた。
一行を飲み込まんとする攻撃魔法の嵐はわずかに遅滞するも、やがて障壁を侵食していく。
そもそもの出力が巨大過ぎるうえに、竜轟による魔法消去の力が働いているのだ。
全てが破壊に呑まれるまで、猶予は数秒とないだろう。
幾度となく直面してきた絶体絶命の窮地に、しかしスレイブは心乱さず機を待ち続けた。
振り返らずとも分かり合えるのは、ジャンだけではない。
ティターニアが、あの抜けているようで抜け目のないエルフ最高峰の魔導師が、何もせず座視しているはずもないと。
論理ではなく直感で、スレイブには理解できたからだ。
>「先程は散々趣向を凝らした舞台で楽しませてもらったからな。今度はこちらが用意した舞台にご招待しよう!
――ドリームフォレスト」
瞬間、殺風景な石造りの神殿の風景が一変した。
砂浜を波が洗うように広がる緑。瑞々しい木々の香りが鼻に飛び込んでくる。
気づけばそこは、巨大な世界樹を中心とする原生林へと変わっていた。
>「そんな……こんな事が……だって、こんなの……」
隣でシャルムが心から感嘆の吐息を漏らす。
スレイブも同感だった。ティターニアの真骨頂、それを目の当たりにするのはこれが初めてだ。
「世界の上書き……全竜と同じ、領域創造の術式だと……!」
圧倒的な魔力で強引に空間を塗り潰す全竜のそれに比べて、ティターニアの領域創造はずっと繊細だ。
まるで百年、千年前からそこに聳えていたかのような、世界樹の存在感。
この領域にあっては、全竜のほうがむしろ新参の闖入者とさえ感じられる。
>『それがどうした! 背景が変わったところで意味はないだろう!』
>「それはどうかな? 皆こちらに集まるのだ!」
ティターニアの号令に促され、彼女の傍に寄れば、生い茂る草木が繭の如くスレイブ達を包み込む。
そこへ障壁を突破した全竜の攻撃魔法が直撃し――全てを凌ぎ切った。
世界を八度滅ぼせる破滅の大瀑布を、植物の殻は一切漏らすことなく遮蔽したのだ。
>「言ったであろう? こちらの舞台だと。さあ――次はこちらの番だ」
「はは……ジャンが無茶なら、あんたは無茶苦茶だ、ティターニア。
ウェントゥスが執着する理由がわかった気がするよ……」
『な?なっ?』
謎の勝ち誇りを見せるウェントゥスをもスレイブは一顧だにしないが、これは別に通じ合っているからではない。
>『馬鹿な……確かに君達を消滅させるだけの威力があったはずだ。
世界を創造する私の力を、たかが被造物が防げる訳が……』
ジャンに打ち据えられてなお余裕を崩さなかった全竜も、目の前の光景に信じがたいといった様子だ。
超然とした態度が、瓦解していく。 >「自分で言っていた事すらも忘れてしまったのですか?ここは集合無意識を具現化した世界……。
人の心は、感情は、あなたの属性では言い表せないものなのでしょう?」
>「ここに、あなたが塗り替えていいものなど存在しない。
……いえ、本当なら世界のどこにも、そんなものは無かったのに」 シャルムの言葉に、全竜はついに言葉を返せなかった。
あれだけ立て板に水の如く饒舌であった竜が、絶句したのだ。
>『……ふん。なるほどね。だが……それはつまり、こういう事だろ?
君達自身の脆弱さは何も変わっちゃいない』
暫しの沈黙を経て、全竜は負け惜しみとばかりに再び魔法陣を展開する。
守護聖獣と虚無の指環による五重の結界すら容易く食い破る威力を秘めた、極大の殲滅魔法。
いかなティターニアの領域創造であっても、間髪入れず立て続けに放たれれば凌ぎ切ることは困難だろう。
――だが、魔術師は彼女一人だけではない。
スレイブの隣には、エルフ最高峰に並ぶ、人類最高峰の魔術師が居る。
>「無駄ですよ」
既にフォーカス・マイディアを発動していたシャルムが、全竜の魔法陣を書き換えた。
威力はそのままに、しかし滅ぼす対象だけを捻じ曲げられた攻撃魔法が、術者である全竜目掛けて殺到する。
都合八発の極大魔法が、正確に八度、全竜の肉体を穿った。
>「今の私なら……この世界の創造主の描く魔法であろうと、読み解き、書き換えられる」
「たかが被造物と、そう言ったな。演者が脚本を書き換え、演台を飛び越えて観客の喉元に刃を突き立てる。
……そんな結末は、想定していたか?喜べ、これが貴様が渇望していた、予測不能な即興劇だ」
『お主なんもしとらん癖によくそこまで臆面なく言えるの……』
「結論を出すなウェントゥス、幕はまだ降りていない。ここから先が、俺の出番だ」
スレイブとて、全てを他人任せにして指を咥えていたわけではない。
ティターニアとシャルムは、指環の力ならば全竜の創造を越えられると分析し、ジャンがそれを実証してみせた。
指環の影響下にあるうちは、全竜は途轍もなく再生力の強い生き物と同じ。
ならば心臓や脳といった、生命維持に関わる急所に該当するものがどこかにあるはずだ。
そして、今しがたのシャルムの術式反転によって破壊された全竜の肉体に、とりわけ再生の早い場所があった。
敬意を払うなどと言っておきながら、損傷をなかったことにした箇所がある。
>「……皆さん、見ましたか?今の……」
「……ああ、いま見つけた」
肉体に穿たれた穴、その向こうに一瞬だけ垣間見えた珠のようなもの。
破壊すれば即死させられる弱点にしてはあまりに出来過ぎではあるが、全竜がそれの露出を嫌ったことは確かだ。
ならばこれからやるべきことは一つ。
「もう一度、大穴空けてやる。二度と減らず口を叩かせるものか」
言うが早いか、スレイブは跳躍術式を発動した。
地を滑るように疾走し、全竜の五体へと飛びかかる。
「拙僧たちで道をつけます。こんなことを言うのは神に仕える身としては間違っているかもしれませんが……。
シャルム殿、拙僧とてもスカっとしました。何度でもあの超越者に、痛みを思い知らせてやりましょう」
同時、アルダガも跳んだ。
『ドリームフォレスト』の内部に幾重にも張られた蔦を、腕力だけで手繰り、反発力で自身を射出する。
接近戦に特化したスレイブとアルダガは、それぞれの方法で全竜の肉体を飛び回り、
暫定的な弱点を目掛けて肉迫していく。 『見込みが甘いよ。私が君たちを誘い込むために、わざと偽りの弱点を晒したとは考えないのかい?』
「その時は、ハズレを含む全ての場所を一つ一つ砕いて回るだけだ。
結末の見える貴様には無縁のことだろうが――
そんな気の遠くなるような試行錯誤を繰り返してきた奴らを、俺は知っている」
うっとおしげに振るわれた全竜の爪を、スレイブは腰から抜いた黒の短銃で受け止めた。
旧世界の英雄たち。彼らが悠久の時の中で重ねてきた想いは、確かに受け継がれている。
「貴方が拙僧たちを打ち落とすのが先か、拙僧たちが当たりを引くのが先か。
賭博は教義で禁じられているのですが……たまには羽目を外すのも良いでしょう」
『私がそれに付き合うとでも――』
全竜が忌々しいとばかりに唸った刹那、右の豪腕に取り付いたスレイブが、長剣を鱗の隙間に突き立てた。
柄まで埋まった刃は出血を生むが、巨大な腕を切断するには刃渡りが足りなさすぎる。
刃の不足を補う術は、既に完成していた。
「――奔れ、『極光』」
血肉に埋まった刀身から魔力の光条が解き放たれ、全竜の腕を貫いた。
『極光』。またの名をスレイブ極太ビームである。
本来はバアルフォラスによる『呑み尽くし』か竜装を経なければ魔力が足りず使えない術式。
しかしドリームフォレストの影響下にあるいま、無限に近い魔力がその身に供給されている。
瞬間的に拡張された光の刃は骨を断ち、そのまま肉を切り裂いて――全竜の右腕を斬り落とした。
『――――ッ!』
全竜が息を呑む音が鳴動の如く響く。
切断された右腕はすぐに再生し、元通りになったが……全竜にひとつの想像をさせるに十分だった。
すなわちそれは、『弱点さえわかれば容易く貫ける』、指環の勇者の攻撃力だ。
観客として誰にも害されず、超越した立ち位置にいた全竜に、鮮明な死を予感させた。
『く、ふ、はははははは!なるほどこれが死への恐怖という感情か!
このひりついた焦燥感、悪くない。死を意識するからこそ、生の実感が湧くものなのだね!
身体の裡が強く拍動するのがわかる!血の巡りが早くなる!』
全竜は笑った。
哄笑は地響きの如く響き渡り、至近距離で音圧を受けたスレイブは反射的に風の防壁を張る。
『ああ、心地良い!命のやり取りというのは、素晴らしい高揚感をもたらすな!
君たちに命を奪われぬよう、私も必死に抗わなければならないね!必死に!ははは!』
「……何がおかしい」
『おかしい?いや、これは……そう、楽しい。楽しいんだ。私は楽しい。
これまで私は歴史の傍観者でしかなかった。勇者たちに力をくれてやるだけの存在だった!
しかし今は違う!私の創造を塗り替え、想像を越えて、私を殺そうとする者たちがいる!
描いた脚本など放り捨てて、即興だらけのこの舞台に、私もまた演者の一人として立っている!』
スレイブは全竜の腕を胴の方に疾走する。そこへ迎撃の攻撃魔法が飛ぶ。
アルダガの張った障壁が攻撃魔法を打ち砕き、舞い散る飛沫を突き抜けてスレイブは跳んだ。
再び放った極光が、今度は術式の触媒となっている両翼の片側を断ち落とした。
『退屈だった!人類の行く末を、ただ眺めるだけの日々が!
そのうち自分で英雄譚を書くようになったが、私は私の想像を越えられはしなかった!
物語が、登場人物が独り歩きするというのは、実に物書き冥利に尽きるな!』 全竜の肩まで到達したスレイブは、胸部目掛けて飛び降りる。
その場所こそが、シャルムの攻撃によって垣間見えた珠のようなもののあった場所だ。
全竜は左腕でそこを覆い隠す。スレイブは斬撃を放ち、左手首から先を切り落とす。
返す刃で胸に長剣を突き立て、『鎧落とし』で鱗を断ち剥がした。
「……戦って、命のやり取りをして、満足できたか?全竜」
『……いいや、戦うだけじゃ足りない。殺し合うだけでも足りない。
もう一つ芽生えたこの感情を言葉で表現するなら、そうだな、きっと』
アルダガのメイスが甲殻を砕き、スレイブの剣が肉を裂く。
そうしてついに、急所と思しき珠が再び顔を覗かせた。
そこへ極光を叩き込まんとスレイブが剣を構えた刹那、全竜の声が響いた。
『――私は、君たちに勝ちたい』
珠の表面に魔法陣が展開する。
それは全竜が翼に宿したものに比べればごく小さなものであったが……至近距離にいる二人を捉えるには十分だった。
「しまっ――」
放たれた純粋な魔力の奔流を咄嗟にアルダガが障壁で防ぐが、慣性までは殺しきれない。
ろくに踏ん張りも効かないままに、スレイブとアルダガは空中へと放り出された。
急速に遠ざかる視線の先で、切り開いた全竜の胸郭がゆっくりと閉じていくのが見える。
最接近のために練り上げた風魔法は、間断なく放たれた竜轟によって吹き散らされた。
切り落とした翼も再生が進んでいる。
このまま地面に着地する頃には、全てが振り出しに戻ってしまうだろう。
だから、スレイブは叫んだ。
顔を突き合わせなくても、"彼"が再び立ち上がることは、長い付き合いで分かっていた。
「――ジャァァァァァン!!!」 【弱点っぽい珠を再び露出させるも、全竜の足掻きにふっ飛ばされる。ジャンにトドメの要請】 トドメ刺しちゃっていいぞ
こいつらは引き伸ばすだけが能だからな 生まれてからというもの、殴られたり斬られたりする感覚は何度も味わってきた。
だが、半身を焼き潰される感覚というのはこれが初めてだった。
自分がどこにいるのかという感覚すらあやふやになり、治療を続けているフィリアとの距離が近くにも遠くにも感じられる。
喉も焼かれたのか、叫ぶどころか声も出せない。まともに動く片目で、眼前に広がるぼやけた光景をただ眺めるのみだ。
全竜が魔法陣を展開すれば、ティターニアと守護聖獣、そしてアルバートが全力で防ぐ。
この状況においてもティターニアは余裕を崩すことなく、いつもの調子で全竜の結界をさらに上回ってみせた。
>「先程は散々趣向を凝らした舞台で楽しませてもらったからな。今度はこちらが用意した舞台にご招待しよう!
――ドリームフォレスト」
(……世界樹ってのは綺麗なもんだな……)
ジャンがぼんやりとそう思っていると、全竜は再び八つの魔法陣を描き、咆哮と共に魔法を構築し始める。
先程と同じ、数人のヒトを消し飛ばすには十分すぎる威力だ。
>「今の私なら……この世界の創造主の描く魔法であろうと、読み解き、書き換えられる」
だがシャルムは、その全てを書き換えてみせた。
破壊の方向は反転し、全竜の身体に風穴を八つ作るのみとなる。
(あんだけ迷ってたくせによ……やっぱり宮廷魔術師はすげえな……)
そして風穴の向こうに見えた宝玉。
弱点に見せかけた囮かもしれないが、指環の勇者はその囮すら踏み抜いて本物を貫く。
>「もう一度、大穴空けてやる。二度と減らず口を叩かせるものか」
>「拙僧たちで道をつけます。こんなことを言うのは神に仕える身としては間違っているかもしれませんが……。
シャルム殿、拙僧とてもスカっとしました。何度でもあの超越者に、痛みを思い知らせてやりましょう」
アルダガとスレイブは持ち前の身体能力と体術で全竜の懐に潜り込み、全力で暴れまわる。
右腕を切り落とし、両翼を断ち切り、左手首も吹き飛ばした。
だがそこまでだった。全竜の生存本能からか、魔法ですらない魔力の奔流が二人を吹き飛ばして動きを封じる。
彼らの視線の先に見えるのは全竜の胸郭の向こう、光り輝く宝玉だ。
(あの宝玉を砕けば……奴を潰せる……
くだらない芝居を……終わらせられる……!) >「――ジャァァァァァン!!!」
フィリアの肩に手を置いて治療を止め、ジャンは立ち上がる。
既に四肢の感覚は戻り、無傷とは言えないが戦うには十分だ。
「叫ばなくても聞こえてるぜ、スレイブ!
休んでた分と、みんなが繋げてくれた分!全部繋げて終わらせるぞ!
りゅうそ――」
神樹から供給される魔力で竜装をするべく、指環を掲げるジャン。
だがその直前で、彼は見た。かつてアガルタでティターニアがこの結界を展開したとき、
敵であったミライユが過去を見たように、彼もまた過去を見た。
それはジャン個人の過去ではなく、オーク族全ての無意識の記憶から出てきたもの。
巨人族と見紛うばかりの巨躯。毛皮と鎖帷子で作られた重厚な鎧。狼の意匠を持った兜。
そして、彼が生涯使い続けてきた一振りの大剣。
『我らオーク族、どの氏族であれ、叛逆は誉れなり。
であるならば、汝に相応しき装いと雄叫びで以て、眼前の上位者を葬るべし』
それはジャンが子供の頃から聞かされてきたオーク族の英雄。
アウダス・オーカゼその人の姿だった。
ダーマ最初の解放奴隷にして、最多の魔神狩りの記録を持つ名高いオーク。
彼がジャンに近づき、古く錆びつき、刃こぼれの酷い大剣を渡す。
それだけをしてアウダスは霧のように消え去った。
そこからジャンは感じ取る。今こそオーク族の伝承に語られる戦の時だと。
己の全てを出し切るときだと。
『……ジャン!何してるんだ、奴の再生が終わってしまうぞ!』
「いや、大丈夫だ!……行くぜ、戦神装!」
『何だって!?いや、この大剣は……!』
錆びた大剣をジャンが振り上げれば、そこに魔力が宿る。
宿った魔力は大剣を研ぎ、癒し、欠けた刃を補う。
かつて英雄と共に魔神を狩り続けた大剣はその姿を取り戻し、振るえばあらゆるものを両断するだろう。
「まだだアアアアァァァァ!!!!」
さらにジャンは咆哮する。
だがそれは爆音と音圧で詠唱を妨害し、魔力を霧散させるウォークライではない。
吼えることで己に周囲の魔力を集中させ、自らの力とする――いわば本当のウォークライの使い方だ。
オーク族の伝承に語られる、天を割り地を裂いたとされる英雄たちはこの本当のウォークライに気づくことで
いかなる相手をも打ち倒してきたのだ。
そうしてあらゆる魔力を吸い上げ、今や一流魔術師ですら及ばぬほどの魔力をため込んだジャンが駆け出す。
再生を続けていた全竜は半身を焼いたはずの亜人が再び立ち上がったことに驚いたのか、眼を見開いてのけぞる。 『それは――魔剣レベリオ!』
「俺の名はジャン・ジャック・ジャンソン!
俺がやる戦は――竜狩りだッ!!!」
未だ再生の途中だった全竜は、小規模な魔法陣を展開してなんとか抵抗しようとするが、
ジャンの纏った魔力が全てを吹き飛ばし、全竜はよろめいて背後の巨木に倒れ込む。
そこにジャンが飛びつき、迷うことなく大剣を全竜の胸に突き刺し、そのまま強引に横に薙ぎ払う。
胸郭の一部分が切り捨てられ、するとその傷から光が漏れ出し、曇り一つない宝玉が姿を現した。
『や、やめ――』
「この世界に、筋書きはいらねえ!」
宝玉に大剣を突き刺し、何かがちぎれる音にも構わず全竜の身体からそれを突き刺したまま引き抜く。
そうして大剣に刺さったままの宝玉を抜き、空中に放り投げたかと思うと、ジャンは思い切り左手を振りかぶる。
「じゃあな!」
膨大な魔力を纏った拳がヒビの入った宝玉に叩きつけられ、ヒトの頭ほどもあった宝玉は粉々に砕け散って消えた。
全竜の全能を司る部分はこうして消え去り、後は肉体のみが残った。
その戦果に満足するかのように、大剣も宝玉と同じように消え去る。
オーク族が数多く成し遂げてきた下剋上に、新たな話がまた一つ加わったのだ。 「――グランドハーヴェスト」
全竜の攻撃を防いだティターニアは、フィリアが行っているジャンの治療に加わる。
>「……皆さん、見ましたか?今の……」
>「……ああ、いま見つけた」
ドリームフォレストの影響下でのシャルムの快進撃により、弱点もしくは本体らしき宝玉のようなものが一瞬見えた。
>「もう一度、大穴空けてやる。二度と減らず口を叩かせるものか」
>「拙僧たちで道をつけます。こんなことを言うのは神に仕える身としては間違っているかもしれませんが……。
シャルム殿、拙僧とてもスカっとしました。何度でもあの超越者に、痛みを思い知らせてやりましょう」
スレイブとアルダガが再び宝玉を露出させるべく猛攻を仕掛ける。
しかし二人は全竜の全力の抵抗により空中に放り出された。
そのままならばまたしても再生され振り出しに戻ってしまうと思われたが――ジャンに襷が繋がれた。
>「――ジャァァァァァン!!!」
重傷につきすでに戦力外――ジャンは全竜にはそう思われているであろう。
しかし流石はオークの頑強さというべきか、治療が功を奏しすでに立ち上がれる状態にまで回復していた。
>「叫ばなくても聞こえてるぜ、スレイブ!
休んでた分と、みんなが繋げてくれた分!全部繋げて終わらせるぞ!
りゅうそ――」
暫しジャンの動きが止まったかと思うと、巨大なオークがジャンに大剣を渡す幻影のようなものが見えたような気がした。
>『……ジャン!何してるんだ、奴の再生が終わってしまうぞ!』
>「いや、大丈夫だ!……行くぜ、戦神装!」
>『何だって!?いや、この大剣は……!』
>「まだだアアアアァァァァ!!!!」
「これは……聞いた事があるぞ、原初にして真祖のウォークライ……! 皆指輪の魔力をジャン殿に集めるのだ!」
指輪を掲げ、ありったけの魔力をジャンに供給する。
>『それは――魔剣レベリオ!』
>「俺の名はジャン・ジャック・ジャンソン!
俺がやる戦は――竜狩りだッ!!!」
ジャンは全竜から宝玉を抉り出すと、拳で宝玉を叩き割った。
宝玉は原型をとどめず粉々に砕け散る。 「今だ、アルバート殿!」
「言われなくても――指輪の力よ!」
アルバートが虚無の指輪を掲げ、宝玉が砕け散った成れの果ての輝く粒子を機を逃さず吸収する。
八属性の凄まじい魔力の奔流が指輪に吸収されていくのが見えた。
勝利を確信し、ドリームフォレストを解除する。
元の神殿に戻ってみると、抜け殻となった竜の肉体が心底愉快げに笑っていた。
『ふふふふ、ハハハハハハハハハ! 青は藍より出でて藍より青し、だったか……
まさかこんな日が来ようとな、私の負けだ――
やっと終われる、やっと眠れる……最後に最高の時間をありがとう』
全の竜はなけなしの力を使って一つの指輪を作る。
『全の指輪、なんていうのもおこがましい……
君達が持っている指輪に比べればほんのアクセサリーのようなものだが受け取ってくれ』
中空に浮かぶ指輪をそっと掌におさめるティターニア。
「そうか、やっと……永遠の孤独から解放されるのだな……」
『ああ、ありがとう……』
全の竜は穏やかな声で礼を言うと、風化するように消えていった。
そこには最後の置き土産なのか、転送魔法陣が残されていた。おそらく地上に繋がるものなのだろう。 セントエーテリア編もひと段落で近いうちにダイジェストを投下するので
気にせずに帰還シーンとかをやりつつぼちぼち次の展開に繋げる感じでタノム!
全の竜がくれた指輪はシャルム殿がもし良ければ、程度で出してみた
初志貫徹して指輪を持たない枠を貫くなら他の人に使ってもらおう
アルバート殿は世界の再建のために旧世界に残るのかな?とは思うけど連れてってもいいしお任せだ
順当に行けば次はアルダガ殿熱烈リクエストの決闘章かな!?
>>261
もう終盤でよければ歓迎するぞ
ではとりあえずテンプレを作ってきてくれ
今から入るなら既に登場してるNPCをPC化するのがスムーズだと思うけど新キャラがいい?
ハイランドならユグドラシアの導師あたりなら我と知り合い設定でいけるし
帝国なら黒騎士がまだ一人出てないのでその枠を使うのもいいかも
もちろん飽くまでも難易度を下げたいなら、という話なので自分が大丈夫そうなら何でもOK >「もう一度、大穴空けてやる。二度と減らず口を叩かせるものか」
>「拙僧たちで道をつけます。こんなことを言うのは神に仕える身としては間違っているかもしれませんが……。
シャルム殿、拙僧とてもスカっとしました。何度でもあの超越者に、痛みを思い知らせてやりましょう」
ディクショナルさんとバフナグリーさん。
ほんの数日前までは反りの合わない赤の他人だった、
だけど今では、私が最も信頼する二人。
二人が同時に全の竜へと飛びかかる。
ディクショナルさんの放つ魔力の波濤が、全の竜の右腕を斬り落とす。
苦悶の、言葉にならない呻きが響く。
>『く、ふ、はははははは!なるほどこれが死への恐怖という感情か!
このひりついた焦燥感、悪くない。死を意識するからこそ、生の実感が湧くものなのだね!
身体の裡が強く拍動するのがわかる!血の巡りが早くなる!』
……この期に及んで、奴は何を余裕ぶっているんでしょう。
あなたを傷つける術はもう分かった。
傷つけるべき場所も、見られてしまっているのに。
>『ああ、心地良い!命のやり取りというのは、素晴らしい高揚感をもたらすな!
君たちに命を奪われぬよう、私も必死に抗わなければならないね!必死に!ははは!』
>「……何がおかしい」
>『おかしい?いや、これは……そう、楽しい。楽しいんだ。私は楽しい。
これまで私は歴史の傍観者でしかなかった。勇者たちに力をくれてやるだけの存在だった!
しかし今は違う!私の創造を塗り替え、想像を越えて、私を殺そうとする者たちがいる!
描いた脚本など放り捨てて、即興だらけのこの舞台に、私もまた演者の一人として立っている!』
……いや、もしかしたら。
違うのかもしれない。
>『退屈だった!人類の行く末を、ただ眺めるだけの日々が!
そのうち自分で英雄譚を書くようになったが、私は私の想像を越えられはしなかった!
物語が、登場人物が独り歩きするというのは、実に物書き冥利に尽きるな!』
私は、見当違いの考えをしていたのかもしれない。
全の竜は……まさか本気で、この状況を楽しんでいる?
>「……戦って、命のやり取りをして、満足できたか?全竜」
>『……いいや、戦うだけじゃ足りない。殺し合うだけでも足りない。
もう一つ芽生えたこの感情を言葉で表現するなら、そうだな、きっと』
いや、だとしても……それでもあの二人が負ける訳がない。
二人はもう完全に、全の竜を翻弄して、圧倒している。
ほら、既にあの眼球めいた宝玉も剥き出しにされて……
>『――私は、君たちに勝ちたい』
……瞬間、二人の眼前に、魔法陣が描き出された。
「なっ……!」
>「しまっ――」
私は、その魔法陣に干渉する事が出来なかった。
術式を書き換えるよりも早く魔力の奔流は解き放たれ……
バフナグリーさんが展開した防壁ごと二人を吹き飛ばす。
あの魔法陣に私が手を加えられなかったのは……
全の竜が、術の規模ではなく発動の早さを優先して術式を組んだから。
それは……全の竜が初めて見せた、戦いの為の工夫、戦術。 「……成長、している?」
……考えが甘かった。
全の竜は、これまで自分の力で戦った事など一度もなかった。
それはつまり……奴には幾らでも伸びしろがあったという事。
「っ……!」
……今すぐに、この戦いを終わらせないと!
これ以上長引かせるのは不味い。
既に狙うべき場所は見えている。
指環の力がなくとも、このドリームフォレストの魔力を使えば……
私は蔦から供給される魔力を用いて植物の……ヤドリギの槍を創り出す。
『ミスティルテイン』……集合無意識を具現化するこの世界の魔力で編み上げた、不死者殺しの槍。
この槍なら、全の竜の命を奪う事も可能なはず。
そして『ミスティルテイン』が全の竜へと放たれる……
……その直前。奴が、私を見た。目と目が合った。
瞬間、全の竜が小さく息を吸い込んだ。
直後に吐き出される呼気は……竜轟。
力を帯びて私へと降り注ぐ。
術式を伴わない、単純な力押し。
故に、速い。『ミスティルテイン』の発射が間に合わなかった。
世界樹から伸びる蔦がシェルターとなって私を守る。
……その上から被せるように、無数の巨大な剣が降り注いだ。
これは……防壁を破る為のものじゃない。
防壁の有無に関わらず、私の動きを制限する為の檻。
やられた。好機を逸してしまった。
この檻を取り払っている内に、全の竜は再生を終えてしまう。
次……また同じ戦法が通じるでしょうか。
竜轟で機先を制して、その隙に術式を組み魔法を発動する……。
全の竜は、成長し続けている。
このままでは……
>「――ジャァァァァァン!!!」
焦燥に呑まれつつあった私の耳に、ディクショナルさんの声が聞こえた。
……そうだ。何を私は、一人で勝手に焦っていたんだ。
まだ、彼が残っていた。
全の竜は……間違えたんだ。
ディクショナルさん達を吹き飛ばした後、真っ先に狙うべきは私じゃなかった。
>「叫ばなくても聞こえてるぜ、スレイブ!
休んでた分と、みんなが繋げてくれた分!全部繋げて終わらせるぞ!
りゅうそ――」
……彼を、ジャンソンさんを、狙うべきだったのに。 >「まだだアアアアァァァァ!!!!」
刃の檻に囲まれた私は、この外の様子を見る事は出来ない。
>「俺の名はジャン・ジャック・ジャンソン!
俺がやる戦は――竜狩りだッ!!!」
ただジャンさんの雄叫びが聞こえて……凄まじい魔力の流れを感じる。
>『や、やめ――』
>「この世界に、筋書きはいらねえ!」
……そして、何かが打ち砕かれる、小気味いい音が響きました。
一拍の間を置いて、私を囲う剣の檻が崩れ落ちていく。
そうして私の目に映ったのは……ジャンソンさんが全竜から抉り取った宝玉を、拳で打ち砕く瞬間。
>「今だ、アルバート殿!」
「言われなくても――指輪の力よ!」
……終わった。
狂える創造主の手によって記される、偽りの冒険譚が。
そして……もしかしたら永い時の中で、
この世界から滅びの運命を退けていたかもしれない保険が今、これで完全に失われた。
……もう、後戻りも、失敗も出来ない。
だけど……大丈夫、ですよね?
ジャンソンさん、ティターニアさん、バフナグリーさん……ディクショナルさん。
あなた達なら……私達なら、大丈夫ですよね。
ドリームフォレストが解除される。
周囲の光景が元の神殿に戻って……そこには、全の竜がいました。
虹色の鱗に包まれた巨体はボロボロと崩れ落ちて、
その中に隠されていた……まるで枯れ木のように干からびた、隻眼の竜が。
>『ふふふふ、ハハハハハハハハハ! 青は藍より出でて藍より青し、だったか……
まさかこんな日が来ようとな、私の負けだ――
やっと終われる、やっと眠れる……最後に最高の時間をありがとう』
全の竜に残された、左眼。
元からひび割れ、白く濁ってしまっていたその眼が……右眼と同じように、風化していく。
生じた塵は私達の前に集まって……小さな指環を一つ、形作る。
>『全の指輪、なんていうのもおこがましい……
君達が持っている指輪に比べればほんのアクセサリーのようなものだが受け取ってくれ』
両目を失ってそう言う全の竜は……穏やかに、笑っているように見えました。
>「そうか、やっと……永遠の孤独から解放されるのだな……」
>『ああ、ありがとう……』
そしてその言葉を最後に、全の竜は自らの両眼と同じように、塵となって消えてしまいました。
残された骨がかしゃんと音を立てて、その場に散らばります。 「……ふん、散々人を弄んで、最後に満足して消えていくなんて。
本当に……傍迷惑な創造主様でしたね」
私は、同情なんてしてあげませんよ。
ティターニアさんじゃあるまいし。
ただ……
「……だけど、あなたがいなければ、この世界は今も始まってすらいなかったかもしれない。
私達の世界も……あなたがいなければ、きっと生まれる事はなかった。
もちろん、その事に感謝なんてしませんけどね」
滅びた世界の住人であったアルバートさんの前で、そんな言葉を口にする事は出来ません。
それでも、
「その事実と、あの指環の分くらいは……報いてあげますよ」
私は指を弾いて鳴らす。
神殿の床から、壁から、天井から、小さな植物の芽が幾つも生えてくる。
芽は急速に成長して、草へ、花へと姿を変えていく。
そうして床に散らばった骨が、埋もれていく。 「あの指環が役に立ったら、もう少しマシな墓を建てに来てあげますよ。
……さあ、行きましょう」
全の竜の墓標……花畑の下から漏れる魔力の光。
あの転送魔法陣は恐らく地上へ繋がっているんでしょうが……。
私達がこの旧世界へと転移してきて、そろそろ二日が経ちます。
たった二日、とは言えません。
48時間あれば……バフナグリーさんなら、都市の一つくらいなら、壊滅させられるでしょう。
……光竜エルピスは、狡猾な竜だと聞きました。
指環の勇者が不在だったこの時間は……光竜にとってはまたとない好機だったはず。
……嫌な、予感がします。
私達全員が上に乗ると、魔法陣の光が一際強くなりました。
視界が一瞬明滅し……次の瞬間には、周囲の光景は塗り替わっていました。
「……やはり、でしたか」
……破壊され、通行不可能な状態にされた、本来の転送魔法陣。
大規模な爆発が起きたのか、破壊は魔法陣だけでなく壁や天井にまで及んでいます。
そして……地上へと続く階段と、この部屋を隔てる扉。
そこには封印術が施されていました。
魔術と神術を織り交ぜた多重結界。
「……竜が扱うような術式ではありませんね。
強度の不足を工夫で補う……これは、人間による封印術です」
もっとも、この私を閉じ込めておくには……ふん、不足が過ぎますがね。
「今、解錠します」
私は扉に近寄って、結界に手をかざす。
しかし……この状況。
問題なのは、私達が閉じ込められている事ではない。
問題は……私達を閉じ込める為の封印が、人間の手によって施されたという事。
「……あーあ、やっぱり間に合わなかったんだ」
不意に、背後から聞こえた声。
私は殆ど反射的に魔導拳銃を抜いて、弾丸を発射。
そして……次の瞬間、私の目の前にあった結界が、音を立てて砕け散った。
一体何が起こったのか、私はすぐには理解出来ませんでした。
……背後に放ったはずの弾丸が、本来の数倍の威力になって私の方へと跳ね返ってきた。
その結果、結界が打ち砕かれた。
……こんな芸当が出来る人を、私は一人しか知りません。
「……シェリーさん」
黒蝶騎士、シェリー・ベルンハルト。
いつの間にか私達の背後にいた彼女の足元には、一人用の転送魔法陣がありました。
全の竜が彼女にも遠隔で魔法陣を用意していた、という事でしょうか。 「……あなたには読めていたんですか?こうなる事が」
「んー……まあね。行方知れずになった人の心を操る竜と、
全ての指環が揃うと聞いて浮足立ってるお偉いさん達。
何が起こるかなんて、しょーじき、察しがついちゃうよね」
そう言うと彼女は、深く溜息を零しました。
「分かってたから、さっさと終わらせたかったんだけどなぁ。
……あ、別にあなた達を責めてる訳じゃないからね」
シェリーさんは床に散らばる瓦礫の上を飛び渡り、私の隣……先程ぶち破られたばかりの扉の前に立つ。
「戻っておいで」
シェリーさんがそう呟くと天井をすり抜けて、何匹もの黒蝶が彼女の元へと降りてくる。
星都攻略に臨む前に、あらかじめ残してあったのでしょうか。
「……十三匹」
彼女の呟きからは……少し、悲しげな雰囲気が感じられました。
「私の……黒蝶騎士直属の小隊が、十三人。分かるでしょ、ナグリーちゃん。
ただ事じゃない。上は……多分相当ヤバい事になってるよ」
【決闘のお膳立てしようかなーとも思ったんですが、
こうした方がどんな立場のキャラ設定でも入ってきやすいかなって……】 第8話『始原の全竜』
帝国に乗り込む方法を検討していたところに舞い込んだ一通の手紙、それは帝国からの晩餐会の招待状だった。
その誘いに乗る形で首都ヴィルを訪れた一行を、案内役兼監視役の宮廷魔術師シャルムが出迎える。
互いに先代勇者の記憶を受け継いでいたティターニアと帝国皇帝との間でトントン拍子で話は進み、
セントエーテリアへ繋がる魔法陣へと手引きしてもらえることになった。
シャルムの一行に同行したいという希望と、黒鳥騎士アルダガを同行させて欲しいとの皇帝からの申し出を受け
翌日、2人をメンバーに加えてセントエーテリアに突入する。
アルダガの先導によって順調に全竜の神殿へと歩みを進め、廃墟で夜を明かしていると、一本の矢が建物内の床に突き刺さった。
それを調べると、矢の主は黒蝶騎士シェリー・ベルンハルトで、救援信号用のものであることが分かる。
翌日、シェリーのもとへ向かい、問答無用で戦闘になったが、一行が簡単には倒せない相手であることが分かると
自分以外に得体の知れない侵入者がいる、という情報を残して去っていく。
全の竜の神殿のほど近くまで進んだところでついにその侵入者が姿を表す。
それはカルディアで消息不明になっていたアルバートであった。
アルバートは自分が旧世界(セントエーテリアがある側の世界)の人間であったこと、
かつて虚無の竜に食らわれた属性を取り戻すために新世界(普段物語の舞台となっている世界)に転生していたことを語る。
帝国の地下にあると思われていたセントエーテリアは、実は原初のもう一つの世界に存在したのだ。
話もそこそこにアルバートは一行が持つ指輪の力を狙い、戦いを仕掛ける。
属性を吸収する力を持つ虚無の指輪で一行を圧倒するアルバートだったが、
途中で四星都市の聖獣達が一行に加勢に現れ、最終的にはトラウマを克服し覚醒したシャルムの大魔術の前に敗北。
シャルムの両方の世界を救う方法があるという言葉を聞き入れ、味方化する。
全の竜の神殿に辿り着き、女王パンドラを説得しようとするアルバートだったが
女王はやはり聞く耳持たず、旧世界の八英雄を召喚してけしかける。
最後に残った全の英雄が倒れると、女王は自ら負けを認めてエーテルの指輪を一行に託すと消えていった。
エーテルの指輪を携え全の竜の元に向かうと、エーテルの指輪に力を与え、
その昔パンドラが虚無の竜に自ら食われることで新世界の女神になったこと、
先刻倒したパンドラは分霊であったことを語る。
これでここに来た目的は達せられたと思われたが、全の竜が善なる存在ではないことを察したシャルムが
いくつかの質問を投げかけると、全の竜は本性を現した。
彼は全能の存在であるが故に退屈し、虚無の竜が襲来した時に暫く放置して戦いを眺めて楽しみ、
その後も世界が滅びない程度に力を化しつつ戦乱の絶えない世界を鑑賞して楽しんでいたのだ。
戦乱を起こす側に干渉していたかは定かではないものの、最終的には
アルバートの全竜から属性を吸収すれば旧世界が再建できるとの言葉が決め手となり、全会一致で全の竜に戦いを挑む決断をする。
全の竜の異空間を作り出す力に翻弄されるも、全員の絶妙な連携で全の竜を撃破。
アルバートは八属性の力を吸収することに成功し、全の竜は礼の言葉と一つの指輪を残して満足したように消えていった。
そこには地上への転送魔法陣が残されており、それを使って元の世界に戻ってみると、
本来の転送魔法陣は破壊されている上に地上への扉には一行を閉じ込めるためと思われる
封印術が施されており、尋常ではない雰囲気となっていた。
*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆*゚・*:.。. 第9話開始.。.:*・*☆*゚・*:.。. .。.:*・*☆* >「叫ばなくても聞こえてるぜ、スレイブ!
休んでた分と、みんなが繋げてくれた分!全部繋げて終わらせるぞ!
墜落していくスレイブの呼び声に、ジャンが応える。
入れ違うように跳躍する影には、これまでにないもうひとつの輪郭が追加されていた。
その姿を眼に収め、全竜が名前を言葉にする。
>『それは――魔剣レベリオ!』
「レベリオ……暗黒大陸に伝承される、戦神の剣か――!」
加速度的に流れ行く視界のなか、スレイブは確かに見た。
竜気を纏ったジャンが、なにか強大な幻からその剣を賜る瞬間を。
スレイブとアルダガの指環から魔力の奔流がジャンの体へと流れ込んでいく。
竜装ではない。
指環を触媒として、ジャンは竜の一つ上の位階から、力を掴み取ったのだ。
全竜と同じ段階、新たなる境地へと――到達した!
もはや全竜の迎撃魔法など礫ほどの意味も為さない。
眼の前を埋め尽くさんばかりに輝く弾幕を全て突破して、ジャンは空を貫く。
>「俺の名はジャン・ジャック・ジャンソン!俺がやる戦は――竜狩りだッ!!!」
再生途中の全竜の胸郭を叩き割って、鈍く光の灯る宝玉が露出する。
竜気に満ちた戦神の剣が、その切っ先が、全竜の"核"を穿ち抜いた。
>『や、やめ――』
>「この世界に、筋書きはいらねえ!」
貫かれ、胸元からこぼれ落ちた宝玉を、オークの拳が真芯から捉える。
宝玉は孵化寸前の卵の如く亀裂に覆われて、やがて火花のごとく砕けて散った。 >「今だ、アルバート殿!」
ティターニアの指示を先んじて理解していたアルバートが虚無の指環を掲げる。
全竜を形作っていた力が形状という強制力を失い、虚無の指環へと吸い込まれた。
存在の根拠を喪失し、崩壊していく神殿の瓦礫を蹴って、スレイブは再び跳躍。
力を使い果たし、自由落下するジャンの体を、両腕で受け止めた。
「全竜が世界黎明の頃から求め続けてきた、想像を凌駕する美しいもの。
奴が最後の最後に叶えた望み、それはおそらくきっと、あんただジャン」
全竜との最後の交錯、目を潰さんばかりの眩い輝きの中で、しかしスレイブはジャンから目を離せなかった。
古の英雄から継承した大剣で、古典の冒険譚よろしく竜を狩るジャンの姿。
それは雄々しく、猛々しく、荒々しく……何よりも、美しかった。
「戻ろう、帝都に……政治の道具なんかじゃない、本物の勇者の凱旋だ」
>「そうか、やっと……永遠の孤独から解放されるのだな……」
>『ああ、ありがとう……』
ジャンに肩を貸しながら緩やかに着地すると、今まさに全竜が終わりを迎える瞬間だった。
全竜は残った片目からひとつの指環を創り出し、そして沈黙した。
ひとつの巨大な、あまりにも巨大な存在の終焉。
まるで空間そのものが弔いの鐘を鳴らすように、静かに震えた。
>「その事実と、あの指環の分くらいは……報いてあげますよ」
シャルムが指を鳴らすと、四方から蔦が伸び、花をつけていく。
全竜の亡骸を覆う花畑は、原色の墓標。
>「あの指環が役に立ったら、もう少しマシな墓を建てに来てあげますよ。
……さあ、行きましょう」
シャルムが促す先には、淡く光を灯す転移魔法陣があった。
帰りの便を手配しておいてくれた全竜の配慮には頭が下がるばかりだ。
またぞろあの原生林を二日がかりで引き返すことになるかと思っていた。
「エーテルの指環はこうして手に入れたわけだが……問題の全てが解決したわけじゃない。
急いだほうが良さそうだな」
転移陣を踏むと同時、最初に星都へ飛ばされた時のような、如何ともし難い浮遊感に身を包まれた。 流れに委ねるように目を閉じ、再び開いた時、目の前にあるのは神殿の石壁ではない。
瀟洒な意匠の施された壁紙……ここは要塞城の一角、星都の入り口のあった部屋だ。
>「……やはり、でしたか」
アルダガが辺りを見回すよりも早く、シャルムが深刻な響きを含んだ声を上げた。
追ってアルダガも、現在起こっている事態を理解する。
「行きの魔法陣が、破壊されています……!」
本来この部屋の存在は門外不出、皇帝の一族と限られた家臣しか知らないはず。
扉は固く閉ざされ、余人の入り込む隙などなかったはずだ。
炸裂魔法によるものと思しき破壊は部屋の全域に及び、上等な敷物は無残にも焼け焦げていた。
「そんな、皇帝陛下は!?」
今すぐ部屋を飛び出さんと出入り口へと駆け寄り、ドアノブにかけた手が紫電と共に弾かれる。
封印術による結界、それもかなり高位のものだ。
わずかに焦げた指先を見る。触れたのがアルダガでなければ腕ごと吹き飛んでいただろう。
>「……竜が扱うような術式ではありませんね。
強度の不足を工夫で補う……これは、人間による封印術です」
「シアンス殿、それはつまり――」
封印を施したのはエルピスではなく、人間。
この部屋の存在を知っていること、指環の勇者の帰り道を的確に潰すその手口から、おそらく帝国上層部絡みだ。
「こんな結界、全竜のものに比べれば……!」
>「今、解錠します」
強硬突破を試みるアルダガをシャルムが制し、黒鳥騎士は振り上げたメイスを降ろす。
焦りがあった。そして焦りゆえか、背後に現れたもうひとつの存在に、彼女は気付けなかった。
>「……あーあ、やっぱり間に合わなかったんだ」
刹那、解呪に集中していたシャルムが反射的に後ろ目掛けて発砲した。
放たれた弾丸はしかし闖入者を穿つことなく、それどころか威力を増して跳ね返る。
打ち返された弾丸は、扉の結界を容易く貫き破壊した。
一連の流れに既視感を禁じ得ないのは、まったく同じ一部始終を星都で目の当たりにしたからだろう。
想像に違わず、現れたのは黒蝶騎士シェリー・ベルンハルトだった。
「やほっ、ナグリーちゃん」
「……貴女も星都から戻ってきていたのですね、黒蝶殿」
「ええーなんで他人事?ナグリーちゃん私に冷たくない?
てっきり帰りに声の一つもかけてくれると思ったのに、黙って帰っちゃうんだもんなぁ」
「言わずとも、拙僧たちの戦いは全て蝶を通して"見て"いたんでしょう。漁夫の利でも狙って」
シェリーは悪びれもせずに首肯して、シャルムに視線を遣った。
>「……あなたには読めていたんですか?こうなる事が」
>「んー……まあね。行方知れずになった人の心を操る竜と、全ての指環が揃うと聞いて浮足立ってるお偉いさん達。
何が起こるかなんて、しょーじき、察しがついちゃうよね」 シェリーの言葉に、星都で彼女が残した言葉が蘇る。
>『……今回の任務。なるはやで終わらせた方がいいよ、ナグリーちゃん。
あまり時間を掛けると……クーデターが起きちゃうかも。あるいはそれ以上の事が。
せっかちな人達はもうこの戦いが終わった後の準備を始めてる』
「"間に合わなかった"とは、そういうことですか……」
黒蝶騎士の懸念していた、帝国上層部の暴走。
指環の獲得によって大陸に覇を唱えんとする者達が、ついに動き出したのだ。
シェリーは瓦礫と化したドアへと歩み寄ると、虚空へ向けて「戻っておいで」と呟いた。
すると声に応えるように、何匹かの黒い蝶がひらひらと飛んできた。
おそらく、封印術によって足止めされ、この部屋の近くをさまよっていたのだろう。
>「……十三匹」
「その蝶は、まさか……」
同じ黒騎士に並ぶ者として、シェリーの操る蝶のことはアルダガもよく知っている。
無数の蝶たちは彼女の眼であり、手足であり、魔法の触媒。
そして黒蝶騎士は直属の部下にも蝶を与え、命令伝達や所在の確認などを行っていたはずだ。
それがいま、彼女の手元に戻って来ている。
十三匹。黒蝶騎士の部下と同じ数だけの蝶がだ。
>「私の……黒蝶騎士直属の小隊が、十三人。分かるでしょ、ナグリーちゃん。
ただ事じゃない。上は……多分相当ヤバい事になってるよ」
その事実が意味する状況は、アルダガにとって彼女の焦りが正しかったことを証明する根拠となった。
地上では今、何かが起きている。黒蝶騎士直属の部隊が壊滅するほどの何かが。
アルダガが硬い唾を飲み下すと同時、階段の向こうから物音が聞こえてきた。
ガシャ、ガシャと金属の擦れ合う音。鎧を来た何者かの足音だ。
音はゆっくりと、しかし確信をもった歩調で近づいてくる。
スレイブが剣を抜いて迎撃の姿勢を取るのを、アルダガは片手で制した。
「大丈夫です。この足音は、敵のものではありません」
「げぇっ、面倒くさいのが来ちゃったよ……ナグリーちゃんあと頼めるかな」
「逃亡は無駄ですよ黒蝶殿。この部屋の出口は一つしかありません。今から出れば必ず"彼"と鉢合わせます」
「うわぁ……」
アルダガが諦めたように首を振り、シェリーが不意に頭を抱える。
そうしている間にも足音はどんどんと近づき、やがて階段の上で止まった。
「おやおや。結界の破れる気配がしたから急ぎ歩いて駆けつけてみれば。
そこに居るのは我が国の誇る黒騎士殿が二人ではないかね。
国家を揺るがす一大事だというのにお二人は暇が余っているようで実に羨ましい」
階段から現れたのは、頭からつま先まで漆黒の板金甲冑に身を包んだ男だった。
兜の面頬は閉ざされ、人相を伺うことは出来ないが、揶揄するような粘ったい雰囲気が隙間から漏れ出ている。
「それに、これまた我が国の頭脳の粋たる主席魔術師殿に、出奔した裏切り者の元主席殿。
さらには……なんと!皇帝陛下より直々に招聘された指環の勇者殿までおられるではないか!
晩餐会の二次会が地下で行われているなど誰が知れようか。なぜ私を呼ばないのだね?」
「うう……く、くどい……くどすぎる……」 甲冑男の尋常じゃなくくどい喋り方に、隣人愛を説くアルダガも教義を投げ捨てそうになった。
おそるべきことにこの男、ここまで喋って未だに本題に触れてすらいない。
げんなりとした顔でススっと下がっていくシェリーの肩を、アルダガは加護込みでがっちり掴んで止めた。
「黒の鎧……もしや、この男も?」
スレイブの問いに、アルダガは苦虫を噛み潰したような表情で頷いた。
「ご紹介します。ヘイトリィ・ランパート……黒騎士が一人、『黒亀騎士』です。
東方領地へ遠征に出ていたはずですが、この2日で帰還されていたようですね」
「悪い人じゃないんだけどねー……とにかく話がくどい上に皮肉屋気取ってて鬱陶しいんだよね……」
「紹介ご苦労。こうして黒騎士が三人集まる機会などそうはあるまい。
このまま親交を深めるために粗茶でも淹れたいところではあるが、生憎と事態は急を要する。
早速だが本題に移ろうではないか」
どこが早速なのかアルダガは思わず突っ込みそうになるが、面倒くさいのでやめておいた。
「黒亀殿、お国の一大事というのは……」
「如何にも。私はこの火急極まる案件を君たちに伝えるためここへ来たのだ。
残念ながら封印された扉を破壊する術は私にはないためその辺を彷徨いて時間を潰していたのだがな。
おっと失礼。また話が逸れたな。黒鳥君、君に悪いニュースと非常に悪いニュースがある」
「黒亀殿……!」
しびれを切らしたアルダガがすぐ傍の壁を握りつぶすが、ヘイトリィはどこ吹く風で話を続ける。
「そう昂ぶるな。まずは悪いニュースから報せよう。
――謀反が起きた。現在要塞城の執政層は元老院直属の部隊によって制圧されている。
下手人は元老院の過半数が所属する急進派だ。声明文も既に国民へ向けて公表された」
「謀反――!陛下は?陛下はご無事なのですか!?」
「おや、謀反にはあまり驚かないのだね。まぁ予想の範疇ではあったからな。
安心し給え、謀反を予期していた陛下は事の起きる直前に玉座を脱出された。
現在は教皇庁――君のパトロンのもとに匿われている」
「聖女様のもとへ?それならひとまずは安心ですね……」
国家の垣根を越えて大陸全土に影響力を持つ聖教の庇護下にあれば、元老院と言えども手出しは不可能。
当面の身柄の安全を確保するならば、最善の選択肢と言えるだろう。
教皇庁には強力な神術を収めた戦闘修道士が多数詰めている。武力の面でもこの上なく頼りになるはずだ。
「それがそうでもないのだ、黒鳥君。現在、教皇庁は元老院の手中にある。
急進派の手勢が"敬虔なる参拝者"として押しかけ、瞬く間に教皇庁を占拠してしまった。
戦闘修道士達の抵抗があったようだが、いまは既に沈黙している。
陛下と聖女は害されてこそいないものの、外へ出ることも許されていない状態だ」
「そんな……それはつまり、」
「事実上の軟禁状態、生殺与奪は急進派によって握られていると考えて良い。
大方でっちあげの証拠を作り上げて、聖女一派を『国賊』にでも仕立て上げる腹積もりだろう。
私を黒騎士に推したのは司法局でね。話は既に局の方にも回って来ている。
おそらくは、三日三晩もしないうちに聖女は磔刑に処され、陛下の身柄は急進派の手に渡るだろうな」 瞬間、アルダガの拳が部屋の壁に埋まった。
稲妻のように巨大な亀裂が走り、壁材はおろか金属製の支柱さえも捩じ切れ崩壊していく。
「なるほど……それは、確かに、非常に悪いニュースですね…………!!」
腹から飛び出そうになる怒りを何度も噛み殺して、ようやくアルダガは言葉を作った。
ヘイトリィはブラックオリハルコンの甲冑をガシャリと揺らして肩をすくめた。
「ん?いやいや、ここまでが悪いニュースだ。"非常に悪いニュース"はこんなものじゃないさ」
「…………なんですって?」
「――『黒狼騎士』が帰国している」
「………………!!」
謀反が起きたことより、聖女が軟禁されていることより、ずっと大きな衝撃がアルダガを絶句させた。
「……マジ?」
隣でシェリーもまた慄然とつぶやきを零す。
帝国に住む者ならば誰もが、同じ感想を持つことだろう。
"黒狼騎士"ランディ・ウルフマン。
帝国の誇る黒騎士において、最強にして最凶の男。
その名は国境を越えて四方千里へ轟き、英雄というよりも『天災』として人々の記憶に深く刻まれている。
曰く、一晩で千の竜を屠った。
曰く、素手でブラックオリハルコンを紙の如く千切った。
曰く、単独で軍事城塞の兵器から兵士まで全て解体した。
それら荒唐無稽な逸話、伝説の数々は……一つ残らず真実なのだ。
そして彼の最もおそるべき部分は、帝国に仕える騎士でありながら、誰の命令も聞くことはないという点だ。
ランディ・ウルフマンという手足の生えた天災に、黒狼騎士の身分を与えて帝国の戦力として扱っているに過ぎない。
一応敵味方の区別はあるようだが、その判断基準すら定かではないのだ。
「教皇庁の精鋭たる修道士達を壊滅させたのも、彼の仕業だ。
本来黒狼はお上の意向で動くような男ではないが、急進派はどういうわけか彼を制御する術を心得ているらしい。
陛下と聖女を助けるならば……黒狼との激突は避けられまいよ。どうだね、非常に悪いニュースだろう?」
膝が笑い、手が震えるのをアルダガは感じた。
震える手をもう片方の手で握りしめて抑え、彼女は振り返る。
星都を共に旅してきた、仲間達へ。
「……ごめんなさい、立ち合いの約束は、少しだけ先延ばしにさせてください。
拙僧には、今すぐ行かねばならない場所が出来ました」
ティターニアやジャンの顔を見た途端、叫び出したい欲求にかられて、アルダガは顔を伏せる。
助けを求めたい。この窮地をどうにかして欲しい。
だが、国家の一大事と行ってもあくまでこれは帝国の内輪もめだ。
国外の者達に助力を請うことは許されない。薄汚い利権争いに彼らを巻き込みたくない。
「エーテルの指環は、お渡ししておきます。すぐに飛空艇で要塞城を出立してください。
城内が混乱している今なら、まだ脱出は可能なはずです。
これ以上、帝国内の騒乱に、あなた達を巻き込みたくありません……!
世界を救うんでしょう?行って下さい!」
アルダガは目線さえ合わせることができないまま、指環の勇者たちに帝国からの脱出を促した。 【要塞城内でクーデター発生。皇帝は教皇庁に匿われるも、元老院によって軟禁状態。
ただでさえやばいのに黒狼騎士とかいうめちゃくちゃやばい奴が一枚噛んでる。
本当にやばいのでアルダガは勇者一行を逃がそうとする】
【8章おつかれさまでした!9章もよろしくです!
新規さんの投下待とうかと思ってたのですが平日は書く時間取れそうにないので投下します
決闘パートに持っていこうかと思ったのですが、せっかくのネタ振りなのでそっちに舵切ってみました】
【新規さんよろしくおねがいしますー】 ジャンが宝玉を破砕した瞬間、周囲に飛び散った全ての魔力は余すところなくアルバートが吸収する。
それと同時に崩壊する神殿の中を緩やかに落ちていくジャンの身体を、スレイブがしっかりと受け止めた。
>「全竜が世界黎明の頃から求め続けてきた、想像を凌駕する美しいもの。
奴が最後の最後に叶えた望み、それはおそらくきっと、あんただジャン」
「へっ、まさかその辺のオークに心臓ぶち抜かれるとは思わなかっただろうよ。
ご先祖様のおかげで久しぶりにかっこよく決まったってもんさ」
スレイブと拳をお互いにぶつけ合い、ジャンは崩落を免れた床にゆっくりと着地する。
駆け寄ってきたパックとも拳をぶつけて勝利を祝い、振り向いて全の竜とその神殿がゆっくりと消失していく様を見た。
>『全の指輪、なんていうのもおこがましい……
君達が持っている指輪に比べればほんのアクセサリーのようなものだが受け取ってくれ』
「あえて名付けるならば、『無色の指環』といったところか。
それはどんな属性にも染まらない、虚無ですらない。何もない空白を司る指環だ」
ジュリアンがシャルムと共に全の竜を弔うように花畑を作り、その指環に名を付ける。
魔術師としての本能か、即座にどういったものか解析していたようだ。
>「あの指環が役に立ったら、もう少しマシな墓を建てに来てあげますよ。
……さあ、行きましょう」
「まだエルピスの野郎と虚無の竜がいるけどよ、これで背後から殴る連中はいなくなったってことさ」
そうジャンは努めて明るく言って、全の竜が用意した転移魔法陣に踏み込む。
まさかもう少しで世界が何とかなるというときに、足を引っ張る連中はいないはず。
冒険者であっても軍人ではないジャンは、そう思い込んでいた。 >「……やはり、でしたか」
>「……あーあ、やっぱり間に合わなかったんだ」
視界が晴れた先にあったのは、徹底的に破壊しつくされた小部屋。
魔法陣は一文字も残さず崩され、隠し扉や細工を警戒したのか調度品や壁も無残に砕かれている。
そしてそこにいたのは指環の勇者だけではなく、同じように旧世界から戻ってきた黒蝶騎士シェリー・ベルンハルト、
さらには階段を下りてきたもう一人の黒騎士まで現れる。
>「おやおや。結界の破れる気配がしたから急ぎ歩いて駆けつけてみれば。
そこに居るのは我が国の誇る黒騎士殿が二人ではないかね。
国家を揺るがす一大事だというのにお二人は暇が余っているようで実に羨ましい」
三人の黒騎士たちが集まり、互いに持つ情報を交換し合う。
それによれば元老院のタカ派が指輪が全て集まるこの時を狙って武装蜂起し、教皇庁を占拠して皇帝と聖女を手中に収めているというのだ。
あまりにも急すぎる行動を可能にしたのは、黒狼騎士ランディ・ウルフマンによるもの。
>「エーテルの指環は、お渡ししておきます。すぐに飛空艇で要塞城を出立してください。
城内が混乱している今なら、まだ脱出は可能なはずです。
これ以上、帝国内の騒乱に、あなた達を巻き込みたくありません……!
世界を救うんでしょう?行って下さい!」
アルダガの顔は悲壮と決意に満ちている。
それは戦いに行く戦士の顔ではなく、信仰と愛国に殉じようとする修道女のものだ。
だからジャンはアクアに聞いた。帝都に流れる魔力にエルピスのものはあるかと。
『当たりだ。微々たるものだが、教皇庁とその周辺にエルピスの魔力を感じるよ。
元老院たちに情報を与えて扇動し、その黒狼騎士を乗っ取ったと言うことかな』
だったら、とジャンは前置きして、アルダガが渡してきたエーテルの指環を再びアルダガの手に握らせる。
そしてずいっと右手をアルダガの顔に近づけ、やや力を込めてアルダガの額を指でべしん、と弾く。
「帝都一つ救えない奴に世界が救えるかよ。
エルピスの野郎が関わっている以上、俺たち指環の勇者の出番だ」
「ほほう、そちらの亜人も勇者の一人であったか!
こんな状況でなければ手合わせ願いたいところだったが、今は緊急の事態というもの。
共に叛逆者を叩き潰すとしよう」
「ありがとよおっさん、やるならアルダガの後でな!」
ヘイトリィがジャンに握手を求め、ジャンはそれに快く応じる。
それを皮切りにして、一行は階段を駆け上がる。まずはこの要塞城を脱出し、教皇庁に向かわなければならない。 ――同時刻 帝都行政地区 教皇庁大礼拝堂
皇帝と聖女のステンドグラスが朝日を通して大礼拝堂を照らし、本来ならば
祈りを捧げる信者で溢れているここは、今や修道士たちと帝国兵たちの肉と血で凄惨な光景となってしまっている。
その中心に、一匹の竜と、一人の男がいた。
かつて黄金だった鎧は朽ち果て、欠け、ところどころがどす黒く染まっている。
兜のスリットからわずかに見える眼光は怒りと憎しみに満ち、二振りの大剣はもはや刃が欠けた一本しかない。
虚無の竜復活の時間稼ぎのために元老院議員たちを扇動し、そこに自らを維持する分の魔力すら注ぎ込んでいる。
かつて光竜と呼ばれ、世界を喜びと幸福で満たしたエルピスはもういない。
今ここにいるのは虚無の尖兵であり、虚無の竜に全てを捧げ尽くした、虚竜エルピスだ。
「私は……ここの死体でアンデッドを作り時間を稼ぐ。
ランディ……貴様は……要塞城に行け……」
「あいよ、任された!……と言いたいところなんだが。
この呪縛、いい加減解いちゃくれねえかな?ほとんどの『自分』が使えないのはつらいぜ」
雑に短く切り揃えた黒髪、見るもの全てを貫くかのような金色の眼。すっきりとした顔立ち。
一見すれば気の強い若者のような風貌だが、首から下、ブラックオリハルコンで
構成された胸当てと籠手、脛当ては血で染め上げられている。
両手に持っているのは特別な武器でもなく、特殊な触媒でもない。
帝国軍がどこでも使っている、一振りの槍と斧。
「貴様の無数に存在する多重人格……いや、多重魂と言うべきか。
それは今の私をあっさりと殺しうるものだ……そうなれば議員たちとの契約に反する」
「黒狼騎士の狼は『群狼』って意味なのによ、これじゃ『一匹狼』だぜ」
そう言ってランディは槍と斧を投げ捨て、近くの死体からメイスと大剣を奪い取る。
そうして二歩三歩ほど歩くと、ランディの眼が赤く染まり、口元が吊り上がって歪む。
「……それでは、狩りの始まりとしよう。我が名はランディ・ウルフマン。
かつて『群狼旅団』を率いた者――!」
【黒狼騎士&エルピス&アンデッド軍団
まとめてスクラップ&スクラップだ!】
【あ、新規さん入るならテンプレ早めに作った方がいいですよー】 >「あの指環が役に立ったら、もう少しマシな墓を建てに来てあげますよ。
……さあ、行きましょう」
「ところでシャルム殿、前に綺麗な小物は少し憧れると言っておったな?
よければこの指輪を使ってみるか? 全の竜もアクセサリーみたいなものだと言っていたゆえ丁度いいだろう」
そう言って、今しがたジュリアンが命名した無色の指輪をシャルムに手渡し、仲間達と共に転移魔法陣に足を踏み入れた。
転移した先は来た時とは様変わりしており、分かりやすく荒れ果てた光景が広がっていた。
>「……やはり、でしたか」
>「行きの魔法陣が、破壊されています……!」
>「……竜が扱うような術式ではありませんね。
強度の不足を工夫で補う……これは、人間による封印術です」
人心を操る力を持つ竜が野放しになっているのだ、少し考えれば想定の範囲内ではあるのだが……。
「エルピスめ、この期に及んで自分では手を下さず人間を裏から操るか……!」
同じタイミングで帰還してきたらしき黒蝶騎士が現れ、彼女直属の部隊が壊滅したことを示唆した。
>「私の……黒蝶騎士直属の小隊が、十三人。分かるでしょ、ナグリーちゃん。
ただ事じゃない。上は……多分相当ヤバい事になってるよ」
更に、全身鎧を着込んだ重装兵のようなもう一つの足音が聞こえて来る。
アルダガによると敵ではないようだが、シェリーは心底鉢合わせしたくなさそうにしている。
その理由はすぐに分かることになった。
>「おやおや。結界の破れる気配がしたから急ぎ歩いて駆けつけてみれば。
そこに居るのは我が国の誇る黒騎士殿が二人ではないかね。
国家を揺るがす一大事だというのにお二人は暇が余っているようで実に羨ましい」
>「それに、これまた我が国の頭脳の粋たる主席魔術師殿に、出奔した裏切り者の元主席殿。
さらには……なんと!皇帝陛下より直々に招聘された指環の勇者殿までおられるではないか!
晩餐会の二次会が地下で行われているなど誰が知れようか。なぜ私を呼ばないのだね?」
>「ご紹介します。ヘイトリィ・ランパート……黒騎士が一人、『黒亀騎士』です。
東方領地へ遠征に出ていたはずですが、この2日で帰還されていたようですね」
なんで黒騎士ってやたらキャラが濃いんだろうか、と思いつつも下手に口を挟んで更にややこしくなってもいけないので黙って聞いておく。
ヘイトリィは、謀反が起き聖女と皇帝が軟禁されていること、更にそれに黒狼騎士が関わっていることを語った。 「教えてくれて助かった。すぐに教皇庁に……アルダガ殿?」
>「……ごめんなさい、立ち合いの約束は、少しだけ先延ばしにさせてください。
拙僧には、今すぐ行かねばならない場所が出来ました」
>「エーテルの指環は、お渡ししておきます。すぐに飛空艇で要塞城を出立してください。
城内が混乱している今なら、まだ脱出は可能なはずです。
これ以上、帝国内の騒乱に、あなた達を巻き込みたくありません……!
世界を救うんでしょう?行って下さい!」
ティターニアが動くより早く、ジャンがエーテルの指輪を再びアルダガに握らせ、デコピンをする。
>「帝都一つ救えない奴に世界が救えるかよ。
エルピスの野郎が関わっている以上、俺たち指環の勇者の出番だ」
「別に帝国のためというわけではない。
エルピスは行方知れず、慌てて帝都を脱出したところで手掛かりはないのだ――
これだけ分かりやすいとっかかりがあるのだから行くしかなかろう。
それに……皇帝殿とは先代同士が共に旅した仲だしな」
混乱に乗じて教皇庁に向かう。
何故か道中の流れ矢は何故か全てヘイトリィに向かい、その堅牢な防御に弾き返されて終わった。
アルダガによると、流矢の呪いというものらしい。
辿り着いてみると、物凄い数のアンデッドの軍団が跋扈していた。
その服装は修道士や帝国兵のもので、戦いの犠牲となった者達の死体を材料に作り出されたものなのかもしれない。
アンデッド達を蹴散らしながら進むと、その奥に控えていたのは、朽ち果てた全身鎧を着込んだ騎士のような姿をした竜――エルピスと、
ブラックオリハルコンの部分鎧を着た青年――黒狼騎士ランディ・ウルフマン。
「何故そいつに協力する!? 皇帝殿と聖女様をどうする気だ!?」
>「……それでは、狩りの始まりとしよう。我が名はランディ・ウルフマン。
かつて『群狼旅団』を率いた者――!」
当然相手が答えるはずはなく、戦闘が始まった。
取り巻きのアンデッドが弾き飛ばされるのもお構いなしにお構い無しに突進してくる。
そこらの戦士がまともに受ければ一たまりもなく消し飛びそうだが、まず迎え撃ったのは、黒騎士一の堅牢を誇るヘイトリィであった。
「君達はあの者を!」
ティターニアは奥に控えているエルピスの方を見やる。
理由は分からないが、綺麗な黄金だった鎧がボロボロになっている、ということは案外余裕がないのかもしれない。 「また傀儡に戦わせて自分は戦わぬつもりだろう、そうはいかぬぞ!」
ティターニアは、エーテルセプターに魔力を通し、魔力のモーニングスターのようなものを作り出した。
通常の魔法攻撃は飛び道具の一種として全てヘイトリィに当たってしまうが、
これは”繋がっているから飛び道具ではない理論”である。
「……ところでそなた、その鎧の下はどうなっておるのだ? そりゃあああ!!」
もう見るからにボロボロだしガンガンやれば砕けるのでは!? という危険な好奇心が芽生えたようだ。
試しにぶち当ててみると、鎧の肩の端部分がほんの少し欠けた。
「……!? 貴様……ふざけるな!」
エルピスは一瞬焦りの色を見せたかと思うと、激昂して大剣を振り上げ襲い掛かってきた。
【新規さんなかなか来ないようなのでとりあえず通常通り進めておこうか。
>261殿、もし困っているなら遠慮なく言ってくれ】 地上では今、恐らくは光竜の手によって内乱が起きている。
……もしかしたら、光竜の干渉などなしに内乱が起きた可能性もありますがね。
正直……これからどこに行って、何から始めればいいのか。
私の考えはまだまとまっていません。
「……足音?」
ふと聞こえてきた、上階から階段を下ってくる、重甲冑の足音。
ディクショナルさんが静かに剣を抜いた。私はそれに倣うように魔導拳銃を抜き……
>「大丈夫です。この足音は、敵のものではありません」
しかしそれをバフナグリーさんが制する。
>「げぇっ、面倒くさいのが来ちゃったよ……ナグリーちゃんあと頼めるかな」
>「逃亡は無駄ですよ黒蝶殿。この部屋の出口は一つしかありません。今から出れば必ず"彼"と鉢合わせます」
「彼?一体何の話をしてるんですか?味方、なんですよね?」
そして姿を現したのは……漆黒の板金鎧を纏った、巨躯の……恐らくは、男性。
彼は確か……黒亀騎士、ヘイトリィ・ランパート。
>「おやおや。結界の破れる気配がしたから急ぎ歩いて駆けつけてみれば。
そこに居るのは我が国の誇る黒騎士殿が二人ではないかね。
国家を揺るがす一大事だというのにお二人は暇が余っているようで実に羨ましい」
黒亀騎士は敵意のない……ですが随分と持って回った喋り方をしながら、私達に近寄ってきます。
「丁重なご挨拶、誠に痛み入ります。
ですが私達が今までどこにいたのかはご存知ですよね?
地上では何が起きたんですか。詳細な情報が必要……」
>「それに、これまた我が国の頭脳の粋たる主席魔術師殿に、出奔した裏切り者の元主席殿。
さらには……なんと!皇帝陛下より直々に招聘された指環の勇者殿までおられるではないか!
「あ……あの?今は黒騎士流のジョークに付き合ってる暇は……」
> 晩餐会の二次会が地下で行われているなど誰が知れようか。なぜ私を呼ばないのだね?」
……私は呆気に取られて、思わず言葉を失ってしまいました。
>「うう……く、くどい……くどすぎる……」
バフナグリーさんとベルンハルトさんが嫌そうな顔をしていた理由が分かりました。
>「黒の鎧……もしや、この男も?」
>「ご紹介します。ヘイトリィ・ランパート……黒騎士が一人、『黒亀騎士』です。
東方領地へ遠征に出ていたはずですが、この2日で帰還されていたようですね」
>「悪い人じゃないんだけどねー……とにかく話がくどい上に皮肉屋気取ってて鬱陶しいんだよね……」
私も大概、ややこしい言い回しをする方だと思いますが……
この人を見てると、直した方がいいような気がしてきました。
>「紹介ご苦労。こうして黒騎士が三人集まる機会などそうはあるまい。
このまま親交を深めるために粗茶でも淹れたいところではあるが、生憎と事態は急を要する。
早速だが本題に移ろうではないか」
「どこが早速なんですか、どこが……」 >「黒亀殿、お国の一大事というのは……」
>「如何にも。私はこの火急極まる案件を君たちに伝えるためここへ来たのだ。
残念ながら封印された扉を破壊する術は私にはないためその辺を彷徨いて時間を潰していたのだがな。
おっと失礼。また話が逸れたな。黒鳥君、君に悪いニュースと非常に悪いニュースがある」
「……わざとやってるんですか?何かの時間稼ぎとか?」
>「黒亀殿……!」
>「そう昂ぶるな。まずは悪いニュースから報せよう。
――謀反が起きた。現在要塞城の執政層は元老院直属の部隊によって制圧されている。
下手人は元老院の過半数が所属する急進派だ。声明文も既に国民へ向けて公表された」
……謀反。やはり、ですか。
予想出来ていた事とは言え……いざこうして聞かされると、情けない、ですね。
まだ虚無の竜が倒せた訳でも、自分達が倒す訳でもないのに……何を馬鹿な事を。
さておき……黒亀騎士の情報によれば、皇帝陛下は聖女様の手引きにより教皇庁へと避難。
しかし急進派は予想外の武力を有しており、教皇庁を制圧。
皇帝陛下と聖女様は軟禁状態にあり……三日もすれば、聖女様は偽りの罪で処刑される。 >「なるほど……それは、確かに、非常に悪いニュースですね…………!!」
まさしく、その通り。
……ですが。
「……しかし、結果として急進派の連中は、失敗しました。既に失敗しています。
奴らは、私達……と言うより、バフナグリーさんが帰ってくるまでに事を全て終えているべきだった」
恐らくは星都攻略にもっと時間がかかるものだと思っていたのでしょう。
だから民衆の支持をあまり損なわないような手段を選んだ。
ですが……バフナグリーさんは、今、既にここにいる。
一時間後には、急進派に与した反逆者達は文字通り、跡形もなくなって……
>「ん?いやいや、ここまでが悪いニュースだ。"非常に悪いニュース"はこんなものじゃないさ」
>「…………なんですって?」
……私の心の中を、バフナグリーさんが完璧に代弁する。
クーデターが起こり、皇帝陛下が居城を追われ、果てには反逆者共の手に落ちる。
これ以上の悪いニュース?一体どんな……
「――『黒狼騎士』が帰国している」
………………は?
>「………………!!」
>「……マジ?」
言葉が出ない。バフナグリーさんも、絶句している。
>「教皇庁の精鋭たる修道士達を壊滅させたのも、彼の仕業だ。
本来黒狼はお上の意向で動くような男ではないが、急進派はどういうわけか彼を制御する術を心得ているらしい。
陛下と聖女を助けるならば……黒狼との激突は避けられまいよ。どうだね、非常に悪いニュースだろう?」
頭を抱える。あの黒狼騎士が、クーデターの手助けをしている?
そんな馬鹿な。
私は、それがただの八つ当たりだと分かっていながら、黒亀騎士を睨みつけた。
「何が、非常に悪いニュースですか……そういうのは、最悪だって言うんですよ」
>「……ごめんなさい、立ち合いの約束は、少しだけ先延ばしにさせてください。
拙僧には、今すぐ行かねばならない場所が出来ました」
地上で起きている事がただのクーデターなら、
黒騎士三人の力があれば、本当に一時間足らずで鎮圧出来たでしょう。
ですが、相手が黒狼騎士では……。
バフナグリーさんに、ベルンハルトさん、ランパートさん。
彼らが黒狼騎士に、絶対に勝てないとは思いません。
だけど……その戦いは、一時間ではとても終わらないでしょう。
一日中か……或いは七日七晩か……。
……ですがその絶望的な情報は皮肉にも、これからどうすべきか……私がその考えを固める助けになりました。
>「エーテルの指環は、お渡ししておきます。すぐに飛空艇で要塞城を出立してください。
城内が混乱している今なら、まだ脱出は可能なはずです。
これ以上、帝国内の騒乱に、あなた達を巻き込みたくありません……!
世界を救うんでしょう?行って下さい!」
そう、黒狼騎士が相手となるなら……私達はもう、虚無の竜との戦いにはついて行けない。
私は白衣の内ポケットから、全の竜が作り出した透明な指環を取り出して……ディクショナルさんを振り返る。 「ディクショナルさん……これは、あなたが預かっていて下さい。
もしこの指環に特別な力があるなら……あなた達が持っていくべきです。
……いえ、訂正します。あなたが、その力に守られて欲しい」
私は彼の右手に、指環を無理矢理押し付ける。
「もし、その指環が本当にただのアクセサリーだったなら……戦いが終わった後で、返して下さい」
それから改めて、彼の目を、じっと見上げました。
「あなたが、私の指に。……お願い出来ますか?」
私は……黒狼騎士に殺されるかもしれない。
そう思うと、図らずも私は、ディクショナルさんにそう尋ねていました。
慌てて彼に背を向ける。こんな事を聞いたって……彼を困らせてしまうだけなのに。 「行きましょう、バフナグリーさん……」
そうしてバフナグリーさんへと視線を向けると……
彼女はジャンソンさんに、おでこを指でばちんと弾かれていました。
「……ジャンソンさん?一体、何を……」
>「帝都一つ救えない奴に世界が救えるかよ。
エルピスの野郎が関わっている以上、俺たち指環の勇者の出番だ」
ジャンソンさんは迷いのない口調でそう言い切りました。
……驚きはしません。彼らなら、そりゃそう言うでしょう。
ですが……
「ジャンソンさん、駄目です。黒狼騎士は、バフナグリーさんとは違います。
ベルンハルトさんとも、他の誰とも。強さの話じゃない。
彼は、狼なんです。私達人間が、手懐けられなかった者」
黒狼騎士……彼の暴威を伝える逸話は幾らでもあります。
でもそれは……あくまで枝葉に過ぎません。
ランディ・ウルフマンという存在の異常性。
その中軸は……そんな伝説が連なるほどの、常識破り。
騎士の名にあるまじき行為を彼は厭わない。
それをする事で勝率が高まるのなら、むしろ進んでそれを行う。
……護るべきものを持たない、全の英雄と言えば、その恐ろしさが少しは伝わるでしょうか。
>「ほほう、そちらの亜人も勇者の一人であったか!
こんな状況でなければ手合わせ願いたいところだったが、今は緊急の事態というもの。
共に叛逆者を叩き潰すとしよう」
「ランパートさん!これは帝国の問題です!彼らの手を借りるべきじゃありません!
虚無の竜を野放しにして、世界のどこを齧り取られても、それが後の世に争いを生む。分かるでしょう!」
>「ありがとよおっさん、やるならアルダガの後でな!」
「ジャンソンさん!」
>「別に帝国のためというわけではない。
エルピスは行方知れず、慌てて帝都を脱出したところで手掛かりはないのだ――
これだけ分かりやすいとっかかりがあるのだから行くしかなかろう。
それに……皇帝殿とは先代同士が共に旅した仲だしな」
「ティターニアさんまで……ああ、もう」
私は頭を抱えて、思わずその場にしゃがみ込んでしまいました。
それから深い深い溜息を吐いて……しゃがみ込んだまま、ディクショナルさんに手を伸ばす。
「……何してるんですか。早く立たせて下さいよ。
どうせあなたも、やめようって言ったって聞かないんでしょう?
それと……さっきの指環、やっぱり今返して下さい。ほら、ここですよ」
……そうして私達は要塞城を脱し、教皇庁へと向かいました。
「……恐らくですが、光竜エルピスは皇帝陛下と聖女様を人質に取っているはずです」
道すがら、私はハムステルさんに声をかける。
「え?なんで?反逆者の人達は、聖女様は処刑するつもりだって……」
「それは、虚無の竜が倒された後の世界を生きるつもりの、人間の都合です。
光竜は虚無の勢力なのでしょう?奴にとって世界とは、滅ぶもの。
二人の安否などどうでもいいはずです」
「あー!なるほど!……じゃあ、このまま行ったら駄目じゃん!」
「ええ。ですから……ここは一度、二手に分かれるしかないと思います。
光の指環で教皇庁内の状況と、皇帝陛下の居場所を把握。闇の指環で秘密裏に救出する……。
黒狼騎士と戦うのは、それからでないと……」
「オッケー。じゃあ、ちょっと待っててね」
ハムステルさんが指環を掲げ、目を瞑る。 「……あれ?」
「どうしましたか?」
「皇帝さん……普通に部屋に閉じ込められてるだけっぽいよ?」
「……なんですって?」
「見た感じ、兵士が配備されているとか、魔法がかけられてるとか。そういうのはなさそうだよ」
「どういう事でしょうか……いえ、考え込んでいる暇はありませんね。
人質が取られていないなら……好都合だと思っておきましょう」
そして……私達は教皇庁、その大礼拝堂へと辿り着きました。
そこで待ち受けていたのは、ボロボロの甲冑を纏う何者か……恐らくは光竜エルピス。
それと、ブラックオリハルコンの軽鎧……黒狼騎士、ランディ・ウルフマン。
>「何故そいつに協力する!? 皇帝殿と聖女様をどうする気だ!?」
>「……それでは、狩りの始まりとしよう。我が名はランディ・ウルフマン。
かつて『群狼旅団』を率いた者――!」
>「君達はあの者を!」
黒亀騎士と、国蝶騎士。それにクロウリー卿。
襲い来る黒狼騎士を、三人が迎え撃つ。
どうも、黒狼騎士はエルピスに洗脳されている訳ではなさそうです……。
では何故。これは今考えるべき事ではないかもしれません。
だけど……今考えなくては、もう考える機会はないようにも思えます。
そう。このクーデターには……不可解な謎がある。
黒狼騎士は何故、反逆者達に加担したのか……。
>「また傀儡に戦わせて自分は戦わぬつもりだろう、そうはいかぬぞ!」
>「……ところでそなた、その鎧の下はどうなっておるのだ? そりゃあああ!!」
>「……!? 貴様……ふざけるな!」
そして……虚無の勢力であるはずの光竜が、
世界が救われた後の事などどうでもいいはずのエルピスが、
どうして皇帝陛下を人質に取らずに、こうして真正面からの戦いを挑んできているのか。
何かが、何かがおかしい。それは間違いないんです。
ただ……何が、何故おかしいのか。それが分からない……。
……駄目だ。この思考は、ここで行き止まりだ。
これ以上先へと進める事は出来ない。
それに彼らが何を考えているにしても……
私達がすべきは、彼らを倒し、皇帝陛下と聖女様を助け出す事。
その事に変わりはないんですから。
エルピスは……ティターニアさんへと力任せに斬りかかり続けている。
その動きはどう見ても隙だらけです。
罠にしては、あまりにも無防備過ぎるほどに。
私は礼拝堂の床を爪先でとんと叩く。
魔力が地を這い、エルピスの視界の外に魔法陣を描く。
そこから強烈な勢いで隆起した石柱がエルピスへと襲いかかる。 死角からの一撃は、エルピスをまともに捉えました。
ボロボロの甲冑が砕け散りながら、エルピスは礼拝堂の壁に激突。
元々、戦闘の余波でひび割れていた壁が崩れ落ちる。
エルピスは……そうして空いた穴から、外へと、私達に背を向けてよろめきながら転び出ていく。
「馬鹿な……あまりに、呆気なさ過ぎる」
私は思わずそう呟いて……しかし、すぐに異変に気づきました。
ボロボロになったエルピスの甲冑。その崩壊が……止まっていない。
甲冑に独りでに亀裂が生じ、蛇が這うように全身へと広がっていく。
「グ……オオ……」
そして甲冑が完全に砕け散る。
瞬間、その内側から……光が弾けた。 ■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています