酷評よろ

大学の通学途中に大きな一級河川があり、私はこの川沿いを歩いてバス停と実家とを、毎日行き来して通学している。南に向かって流れ行く川の水面を覗き込むと、
小魚が泳いでいるのがわかる。昔に比べ、ずいぶん、水が濁ったのではないかと思う。
まだ、鯉などが生息できる川であることには少なからず驚く。私が二十年前に、この町に越してきた時には、河川敷がまだコンクリートで舗装されておらず、
夏になると草が荒れ放題に伸びていた記憶がある。今は整備されているが、十年前には、よく大雨が降ると水位が上がって床下まで浸水したこともあった。
この川は季節や気候によって、実に色々な表情をする。春の表情は穏やかで、生き物の憩いの場となるが、
雨が降ると、濁流と化し、全てを飲み込まんとするほどに怒ったような表情になる。また、夏には草が伸び、
悄げたように水が干上がる。秋になると情緒を取り戻し、冬の水面は実に暗い。私は、小さい頃からこの川の感情を目にしてきた。
この川を眺めていると、失踪した高校の同級生Aのことを思い出す。Aと私とは幼馴染で、昔は、この川沿いで近所の子供がよく遊んだものである。私もAも近所の連中に混じって一緒に遊んでいた。
彼が神隠しにあったのは、私たち高校三年生が卒業式を一ヶ月後に控えていた二月六日のことだった。