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「海は怖い」十二月の荒れた遠州灘を見て、京子が呟く。
「え? 何が?」
「海が怒っているような気がして怖いの」
今日の浜は心の翳りにも似て薄雲っていて風が強く、なるほど時化る海は自然が怒っているように見える。
「大丈夫だよ」と隼人が言う。
「怖いのは、お腹の子が海に攫われてしまわないかなのよ」そう言って京子は、幾分妊娠の兆候が表れたポッコリ出たお腹を摩った。
京子の妊娠が発覚したのは、ちょうど四ヶ月前のことだ。隼人は如何にも実入りを感じさせる京子の腹部を見る度に身を震わせた。彼女のお腹の中には確かに命が宿っているのだ。
「結局産むことになっちゃったね」
「……」
「産むの怖くない?」
「……ちょっとね」京子は眉を顰めた。
海の時化は治まることなく、ザバァバサァという激しい音を立てて新しい命を呑み込まんとする怪物のように波が畝る。
「寒いから、そろそろ行こうか」
隼人が海を背にして行くそぶりをみせたが、京子は反応を示さなかった。微動だにせず海のほうを向いていたので、隼人が「京子」と言って腕を掴むと、彼女は彼の手を取って強く握りしめた。
「行かないで」と彼女は呟いた。
「大丈夫だよ、行かないから」
「ごめんね、あなたの子ではないのに」
「誰の子でもいいよ。おれが護っていくから」
「いなくならないで。今の私には貴方が必要なの」 彼女がそういうと、その瞬間薄い雲の切れ間から軽く薄陽が差した。陽は何本かの光線となって神々しく海を照らしていた。
「サトシの子なの?」隼人は小さく呟いた。京子は何も言わずに首を横に振った。