>>199
調子に乗って書いてみました。
楽屋落ち的なアレなのでわからない人もいるかもしれません。
最初のを入れて4949文字くらい。
ネタをお借りした方はオマージュですので許してください。
これから3スレ汚しますがご容赦を。


 最寄りの駅までは徒歩で約五分。すたすたと歩く、ややくたびれたグレーのスーツを着た花代のあとを、鈴子はやや早足で追った。花代は相手に合わせて歩調を変えるということをしない。少なくとも鈴子に対してはそうだった。
 鈴子はこれから作家先生に会うのに失礼はないだろうかと、自分の服装を確認した。やはりグレーのスーツである。ややタイトなスカートなので、なおさら花代を追うのが大変だった。
 駅の構内は平日の昼間だというのに人が多かった。なおかつ若者の姿が目立つ。
「ああ、もう高校は卒業式が終わったっけ」
 鈴子のつぶやいたアンニュイな声は誰にも聞こえなかった。
 券売機の前でたたずむ花代の横に、やっと追いついた鈴子が立った。
「ロム猫先生はどこに住んでるんだ?」
 券売機から目を離さずに花代が言った。
「え、知らずに出てきたんですか?」
「君が知ってるだろう?」
「知りませんよ」
 花代が顔を鈴子に向けた。
「なんでだよ! 担当だろう!」
「お宅にうかがったことはありませんし、打ち合わせはいつも社内か近くの喫茶店でした」
「マジか。バイク便の封筒には書いてるだろう?」
 花代は鈴子の下げるバッグを見た。鈴子は首を振った。花代は手ぶらである。
「なんで持ってきてないんだ!」
「封筒は花代さんに渡しましたし、まさか住所を知らずに飛び出したなんて思っていませんでしたから」
 鈴子はまっすぐに花代を見つめた。ふたりはしばらく睨み合ったが、やがて花代がため息をついて目をそらした。
「じゃあ社に電話して封筒の住所を聞いてくれ」
「はい」
 鈴子はバッグからスマートフォンを取り出した。しばらくして、
「わかりました。欅高(けやきだか)です」
 と鈴子が言った。
「欅坂?」
「いえ、欅高」
「どこだ、それ?」
 ふたりはスマートフォンを取り出した。
「あ、ありました」
 ややあって、鈴子が顔を上げずに言った。
「遠いですね」
「しようがあるまい」
「電話やメールじゃダメなんですか?」
 鈴子はスマートフォンから顔を上げた。花代がまっすぐな視線を鈴子に向けた。
「人と人ってのはな、直接会って話さなければ伝わらないこともあるんだ」
 花代がいつもより低い声で言った。ちょっと作った声だった。
「今回がそうなんですか?」
 鈴子がアンニュイな声で言った。花代はなにも言わない。
「今回がそうなんですか?」
 鈴子はもう一度言った。
「切符買ってこい」
 花代は鈴子から目をそらすと券売機を指差した。

 電車は駅構内の人手にもかかわらず空いていて、ふたりは並んでシートに腰掛けることができた。定期的な振動に鈴子がうとうとし始めたころ、隣で腕組みをしている花代が口を開いた。
「ロム猫先生の作品ってさあ――」
 鈴子は二、三度まばたきをして、花代に顔を向けた。
「――なんであんなに暗いんだろうな」
 その言葉を聞いて、鈴子がごくごくわずかに眉をひそめた。それは、たとえまっすぐ彼女の顔を見つめている者がいたとしても気づかないかもしれないほどだった。
「それはおかしいと思います」
「え?」
「暗いとか明るいではなく、なんというか、ロム猫先生の作品は、えーと」
 鈴子は首をかしげた。
「ロム猫先生って、本人はそんなに暗くないだろ?」
 花代は鈴子を横目で見ながら、口元に笑みを浮かべて言った。
「あ、そうですね。脳天気で悩みなんてちっともないような人ですね」
「そこまでじゃないだろう」
 花代は笑った。
「これはあれですかね、ごっつい顔と体格の人がラブロマンスを書いたり、やせっぽちの小柄な人がタフガイの活躍するハードボイルドを書いたりっていう」
「本人とは逆のものを書くってことだな」
「そうです、そうです」
「んー」
 花代は曲げた人差し指をあごに当てて中吊り広告を見上げた。
「しかし、そうとばかりも言えないぞ。私小説っていうのは作者自身をさらけ出すものだし、他のジャンルでも多かれ少なかれ作者自身は出てしまうもんだ」
「まあ、いい歳してラノベみたいなものしか書けない人もいますしね」
 ほっとけ。
「結局、作家ってのは自分を切り売りするようなものなんだろうな」
「因果な商売ですねぇ」
 鈴子は長いため息をついた。