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ロスト・スペラー 18
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0001創る名無しに見る名無し
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2018/02/08(木) 18:42:15.87ID:S22fm2qA
夢も希望もないファンタジー

過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0365創る名無しに見る名無し
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2018/04/30(月) 19:00:36.36ID:0h/KVmwF
ワーロックの疑問に、レグントが書架の本に触れながら答えた。

 「これは金属だ。
  薄い金属板に文字と呪文を刻んで保管している」

そう言いつつ、彼はロードンに尋ねる。

 「ロードン殿、この辺りの書物を私が読んでも構わないか?」

 「持ち出さなければ構わん」

ロードンは本を取っ替え引っ替えしながら、雑に答えた。
レグントは手近な魔法書を一冊引き出し、読み始めた。
その様子を傍でワーロックは見ていたが、レグントは数枚頁を捲っただけで元に戻す。

 「あれ、もう読み終わったんですか?」

素直な疑問を口にするワーロックに、レグントは新しい本を読みながら答える。

 「当時は長時間精密な記録を取る方法が無かったのだろう。
  この書は何れも、1冊で1角程度の出来事しか記録されていない。
  だから、こんなに魔法書が多いのだ」

未だ共通魔法が発達していなかった時代の事。
正確で詳細な大戦記録を残す為に、これだけの書が必要だったのだ。
どんな事が書かれているのかと、ワーロックも書を取ってみた。
手に持てば、明らかに紙の本より重い事が判る。
開いてみれば、厚さ0.1節の金属板が数枚挟んであるだけ。
速読する能力が無くとも、要所を掻い摘まめば、数極で内容を把握出来る。
ロードンやレグントが取っ替え引っ替えする様に探しているのも頷ける。

 (……読めそうで読めない)

エレム語は現代の言語の元となった物だが、今とは単語の意味も書体も違う。
ワーロックの知識では所々読める部分はあっても、全体を理解するのは難しかった。
0366創る名無しに見る名無し
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2018/04/30(月) 19:06:00.75ID:0h/KVmwF
>>364
 「ロードン殿、これではありませんか?」

レグントはロードンに敬語を使わない。
途中まで敬語で接する様にしようか悩んだ結果。
0367創る名無しに見る名無し
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2018/05/01(火) 18:29:40.84ID:uxNmZ9bb
その内に、ロードンが声を上げる。

 「あったぞ、これだ」

彼はレグントに書を投げて寄越した。

 「これはユーバーの記録だ。
  ここに後7冊分ある。
  それとエーデネの記録もあった筈。
  あの2人が記録係だった」

そう告げると、ロードンは別の書架に探しに行く。
レグントは本を開いて、その場で読み始めた。
魔法書の記録は、読んだ者の記憶に「当時の状況」を刻み込む。
これによって過去を追体験出来るのだ。
傍からは普通に書を読んでいるだけだが、レグントの頭の中では大魔王を封じた状況が、
正確に再現されている。
本を読む事が出来ないワーロックは、やる事が無くて記録室の入り口で大人しく待っていた。
約1角の間、ロードンはレグントに記録書を渡し、レグントは渡された記録書を読み込んで、
その内容を記憶する。
一通り読み終え、「悪魔を封じる魔法」を理解したレグントは、ロードンに言った。

 「ロードン殿、大体解った。
  有り難う」

 「礼は良い。
  それより……、やれそうか?」

果たして、今の八導師に封印魔法を実行出来るのかと、ロードンは心配した。
レグントは少しの間を置いて答える。

 「それは分からない。
  発動させるのは容易だが……」

正直な返答だった。
魔導師会は組織としては、嘗ての共通魔法使い達より優れているが、個々の戦闘能力、
魔法資質では劣る。
轟雷ロードンの様に悪魔を一撃で葬れる者は、そう居ない。
相手は大魔王より弱い、公爵級の悪魔とは言え、どこまで通じるのかは未知数だ。
0368創る名無しに見る名無し
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2018/05/01(火) 18:31:25.81ID:uxNmZ9bb
レグントはロードンに協力を仰いだ。

 「ロードン殿、その力を私達に貸して貰えないだろうか?
  魔法大戦の六傑と称えられる貴方の協力があれば……」

 「無理だ、私には使命がある。
  この場から離れる訳には行かない。
  ……共通魔法社会を守るのは、八人の高弟の意志を受け継いだ貴様等の役目だ」

しかし、即座に拒否される。
レグントは落胆するも、食い下がりはしない。
「今」を守るのは、今の人間の役目だと言う自覚がある。

 「ああ」

短い言葉で頷き、表情を引き締めたレグントは、入り口の近くで座り込んでいるワーロックに、
声を掛けた。

 「ワーロック殿!
  ……やや?」

ワーロックは暇を持て余して、居眠りしていた。
レグントは彼の肩を叩き、優しく起す。

 「お疲れかな、ワーロック殿」

 「ム……。
  あぁ、済みません!」

ワーロックは直ぐに目を覚ますと慌てて立ち上がり、レグントに尋ねる。

 「もう終わったんですか?」

 「ああ。
  悪魔退治の法は、この頭に確り入れた」

 「どうです、どうにか出来そうですか?」

 「やってみなくては分からない」

それを聞いて、確実では無いのだなと、ワーロックは少し不安気な顔をした。
0369創る名無しに見る名無し
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2018/05/01(火) 18:32:25.48ID:uxNmZ9bb
彼はロードンに視線を向けるが、先にレグントが制する。

 「ロードン殿は、この地を離れる訳には行かない様だ」

 「あぁ、それは残念……」

 「私達の世界を守るのは、私達と言う事だ」

 「ウーム、理屈は分かります。
  そうで無ければならないのでしょう」

ワーロックは理解を示し、改めてロードンに視線を向けた。

 「それでは雷さん、有り難う御座いました」

 「生きて戻れよ」

ロードンの言葉にワーロックは頷いて返す。
ワーロックとレグントの2人は、ここでロードンと別れて、帰途に就いた。
強大な力を持つルヴィエラとの決戦を前に、彼女を封じる方法を得る事には成功した。
2人は一先ず安堵するが……。
問題は、そこまで持って行けるかと言う事。
ルヴィエラとて無為無為(むざむざ)封じられはしないであろう。
本当に勝てるのか、不安は尽きないが、やるしか無い。
共通魔法社会だけでなく、正に世界の行く末が、この戦いに懸かっているのだから。
0370創る名無しに見る名無し
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2018/05/02(水) 19:05:14.56ID:OBQ3v2eI
混多(ごった)返す


「ごちゃごちゃ」、「ごたごた」している事を表す「ごった」です。
語源は不明ですが、泥や塵(ごみ)の事を「ごた」と言う地方がある事から、それが由来でしょう。
余談ですが、「ごみ」は元々「落ち葉」を指す言葉で、そこから「不要物」や「泥」に変化した様です。
「ごみ」は元々「ご」と「み」だったと言う説もあります。
松の落ち葉掻きを「松ご掻き」と言う地方がある事から、「ご」が「落ち葉」で、「み」は「実」であり、
落ち葉と実を合わせて、「ごみ」と読んだのではないかと言う説です。
逆に、「ごみ」の意味が変化したので、「落ち葉」を「ご」と呼ぶ様になった説もあります。
当て字には他に、「混雑」と書いて「ごちゃ」、「ごた」、「ごった」と読ませる例もあります。
「雑然」で「ごちゃごちゃ」と読ませる物も。
何でも彼んでも混ぜ込む事を「ごちゃ混ぜ」と言うので、「混」の重複は避けたいと思い、
「落ち葉や木屑」を意味する「草冠に擇(タク)」の漢字を使おうと考えていたのですが、
残念ながらコードの関係で表示出来ませんでした。
擇は「ゴ」とは読めないので、他に漢字を考えるなら、「合(ゴウ)」でしょうか……。
どう当て字しても無理があるので、素直に「雑」や「混」を使った方が良いかも知れません。
0371創る名無しに見る名無し
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2018/05/02(水) 19:07:30.38ID:OBQ3v2eI
矍々/懼々/瞿々/(きょろきょろ)


左右を窺い見る事、落ち着きが無い事を表す擬態語の「きょろきょろ」です。
「瞿(ク)」は「小鳥が落ち着き無く首を動かして周囲を見る様子」。
隹(ふるとり)が「小鳥」を表し、2つ並んだ目は字の通り。
小鳥が頻りに周囲を気にして警戒する様子から、「恐れる」、「慌しい」、「活発」の意味になりました。
日本語の「きょ」には目の動きを表す意味がある様で、他に「きょとん」、「きょときょと」があります。
この「きょ」は虚ろな状態を表す「虚」では無いかとも言われますが、詳細は不明です。


負(お)ぶう


「背負う」事です。
「負ふ」、「帯ぶ」を語源とします。
関東以北では「負ぶる」とも言います。
「負ぶる」は方言らしく、「負ぶう」が一般的な言い方の様です。
動詞の末尾の「う」や「つ」が「る」に変化する例は、他に「撓(しな)う」、「給(たも)う」、「別(わか)つ」、
「濡(そぼ)つ」等があります。
その内、「負ぶる」も許容されるかも知れません。
0372創る名無しに見る名無し
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2018/05/02(水) 19:11:31.58ID:OBQ3v2eI
間誤付(まごつ)く


「戸惑う」、「混乱する」と言う意味の「まごつく」です。
擬態語の「まごまご」の「まご」に「付く」が付いた物。
「うろつく」や「いらつく」に類似した成立でしょう。
この「間誤」は当て字と思われます。
「まごまご」には「惑々」を当てましたが、「愚痴愚痴(ぐちぐち)」、「蹌踉蹌踉(そろそろ)」の様に、
「間誤間誤」でも良さそうです。


無為無為(むざむざ)


「見す見す」、「何もせず」と言う意味の「むざむざ」です。
一説には「拉(め)げし」の転とされていますが、「めげ」が「むざ」になるのかは不明です。
未だ「無作(むさ)」や「無残(むざん)」の方が意味も音も近いと思います。
「無為無為」と当てた例があり、これは「何もしない」と言う意味の「無為(むい)」から来た物でしょう。
0377創る名無しに見る名無し
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2018/05/07(月) 19:32:03.25ID:ugo0XdQH
ラントロックを追って


ブリンガー地方キーン半島の南端にある「ソーシェの森」にて


反逆同盟から離脱したバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックとヘルザ・ティンバー、
そして魚人のネーラと鳥人のフテラは、ブリンガー地方に移動し、ソーダ山脈を越えて、
ソーシェの森に逃げ込んだ。
ここに暮らす魔女ウィローに庇って貰おうと考えたのである。
ラントロックは彼女と親しい訳では無かったが、面識はある。
事情を話せば解ってくれると、希望を持っていた。
彼は古い記憶を頼りに、皆を先導してウィローの住家を目指す。
当時は森を暗く恐ろしい所だと感じていたが、今は然程でも無い。
森深くに立ち入ると、狼の遠吠えが聞こえる。
ヘルザは怯えてラントロックに縋り付き、ネーラとフテラは周囲を警戒した。
ラントロックはヘルザを落ち着かせる。
 
 「大丈夫だよ。
  ここの狼犬は無闇に人を襲わない」

 「で、でも……」

ヘルザはネーラとフテラを顧みた。
彼女等は「人」ではない。
だから「襲われるかも知れない」と、ヘルザは懸念しているのだ。
それを察したラントロックは眉を顰める。

 「多分、大丈夫さ。
  この森はウィローって言う魔女の小母さんの縄張りなんだ。
  あの人が狼犬を操ってるから、迂闊な事はしない筈……」

彼はネーラとフテラにも聞こえる様に答えた。
こちらからも手を出してはならないと言う指示だ。
0378創る名無しに見る名無し
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2018/05/07(月) 19:33:56.51ID:ugo0XdQH
フテラは不承不承と言った顔付きで、魔法資質による周辺への威圧は止めたが、警戒は解かない。
やがて一匹の大きな狼犬が、ラントロック等の前に現れた。
フテラがラントロックに忠告する。

 「周辺に結構な数の犬が潜んでる。
  気を付けろ」

ラントロックは自信に満ちた顔で答えた。

 「心配しないで。
  俺の能力(ちから)を知ってるだろう?」

妖しい流し目を送られ、フテラは赤面して黙り込む。
彼には魅了の魔法がある。
獣を制する位は訳無い。
ラントロックは無防備に、独りで狼犬に近付く。
恐れや怯みを全く感じさせず。
その様子に狼犬は戸惑い、僅かに尻込みをして、引き下がり掛けて、思い止まる。
迷っていると一目で判る。
ラントロックは狼犬と2身の距離で、足を止めた。
ヘルザ達は固唾を呑んで、彼を見守っている。

 「大丈夫、敵じゃない」

そう言ったラントロックは、その場に片膝を突いて、両手を広げた。

 「お出で」

狼犬は暫しラントロックを見詰めていたが、左右を窺うと徐に彼に向かって歩き始める。
0379創る名無しに見る名無し
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2018/05/07(月) 19:37:17.14ID:ugo0XdQH
狼犬はラントロックの手の匂いを嗅ぎながら、尻尾を振った。
ラントロックが優しく狼犬の背中を撫でると、狼犬は鼻を鳴らし、座り込んだ。
その後、続々と隠れていた狼犬達が現れ、ラントロックを取り囲む。

 「ラント!」

ヘルザは危険を訴えようとしたが、ラントロックは動かない。
フテラは緊張した面持ちで、息を大きく吸い込む。
何時でも魔性の声で金縛りに出来る様に。
しかし、緊迫した雰囲気の彼女等を余所に、狼犬達は思い思いに寛ぎ始めた。
ラントロックは集まって来た数匹の狼犬を構いつつ、ヘルザを呼んだ。

 「大丈夫だよ、ヘルザ。
  こっちに来て。
  ネーラさんとフテラさんも」

ヘルザは狼犬を踏まない様に気を付け、小走りでラントロックに駆け寄った。
フテラは完全な人型になり、ネーラを先に行かせる。
宙に浮く水球に包まれて移動するネーラに、狼犬は恐れて道を譲る。
それに付いて歩く事で、フテラは狼犬を退ける労力を省いた。
狼犬はネーラとフテラには警戒して近付かないが、ヘルザには馴れる。
彼女に体を擦り付けたり、匂いを嗅いでみたり。
ヘルザは恐る恐る、大柄な狼犬の体に触れた。
房々(ふさふさ)した毛皮の手触りは少し硬い。

 「それじゃ、ウィローに会いに行こう」

彼は狼犬に囲まれた儘、移動を始める。
ヘルザも犇く狼犬の群れに流される様に付いて行った。
ネーラとフテラも後に続く。
0380創る名無しに見る名無し
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2018/05/08(火) 19:14:57.68ID:RgUwrjN1
一行は森の中の少し開けた場所にある、大きな屋敷に着いた。

 「ここがウィローの家だ」

ラントロックの言葉に、フテラが反応する。

 「――と言う事は、『あれ』がウィローか?」

彼女が指した先、屋敷に上がる木製の階段には、草臥れた黒いウィッチ・ハットと、
同じく草臥れた黒いローブを身に付けた人物が腰掛けていた。
ラントロックが屋敷に目を向けた時には居なかったのだが……。
突然の出現に彼は困惑する。

 「あ、ああ。
  多分……」

外見には見覚えがある気がするが、幼い頃の事だからか、必死に古い記憶を辿っても、
ウィローの魔力の流れを思い出せない。
そもそも彼女は魔力を纏っていただろうか?
確証が持てないので、曖昧な返答をする事しか出来ない。
若いラントロックには、これが「認識を誤魔化す」と言う事だと解らない。

 「先ず、俺が話をする。
  皆は待っててくれ」

彼は警戒しながら、独りウィローと思われる人物に接近した。

 「あの……、ウィローさんですか?」

黒衣の人物は沈黙を貫く。
狼犬達は一斉に彼女の方を向いて、丸で『気を付け<アテンション>』をする様に硬直する。
0381創る名無しに見る名無し
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2018/05/08(火) 19:16:19.97ID:RgUwrjN1
その様子を見て、ネーラやフテラは黒衣の人物が狼犬達の「主」だと理解した。
ここがウィローと言う魔女の家で、彼女が狼犬の主ならば、黒衣の人物こそがウィローに違い無いと、
そう確信した。
残念ながら、独り突出して彼女と対面しようとしている、ラントロックには伝わらないが……。
重苦しい沈黙の後、黒衣の人物は嗄れた老婆の声で応える。

 「人の名前を訊くなら、先ず自分が名乗れい」

 「あ、はい。
  俺は……俺は、バーティフューラー・トロウィヤウィッチ・ラントロックです」

途中から弱気な態度を改め、毅然と名乗ったラントロックに対して、黒衣の人物は惚けた。

 「聞き慣れない名前だね」

 「貴女はウィローさんで間違い無いですね?」

ラントロックには自信が無かった。
ウィローと会うのは何年振りかの事だが、そこまで老いていた印象は無かった。
急激に老いが進行してしまったか、それとも彼女はウィローではないのか?
常識で考えれば、後者の可能性が高い。
だが、旧い魔法使いとは不可解な存在だ。
ある時に突然衰えると言う事があるかも知れない。

 「貴女がウィローさんなら、以前お会いした事がある筈です」

 「……どうだったかな?」

黒衣の人物は惚け続け、明確な事を言いたがらない。
0382創る名無しに見る名無し
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2018/05/08(火) 19:19:00.79ID:RgUwrjN1
ラントロックは面倒になって、魅了を仕掛けようと企んだ。
彼の魅了の魔法に掛かれば、どんな相手も意の儘だ。
回り諄い遣り取りをする必要も無い。
礼節を欠いた行為ではあるが、今は緊急事態なのだ。

 「お願いします、答えて下さい。
  貴女はウィローさんなんですよね?」

魅了の力を声に乗せて、相手の心に添い、溶け込む様に働き掛ける。
彼の声は耳から脳を侵し、快感を刺激して人を誘惑する。
何者も快楽の衝動に打ち克つ事は困難だ。

 「可愛いね、坊や」

老婆の声が若返る。
「可愛い」とはラントロックの行為を言っているのだ。
相手を説き伏せられず、魅了と言う安易な手段に頼った、その幼稚さを。
しかし、当のラントロックには判らない。
魅了が効いた為の発言なのか、それにしては「彼の望む」回答では無い。

 「お願いします」

ラントロックは改めて働き掛けた。
黒衣の人物は深い溜め息を吐き、漸く真面に答える。

 「その媚びた声を止めろ。
  お前は父親に似ず、誠意が足りない。
  憖、能力(ちから)を持つばかりに、浅ましい企みに頼りよる。
  ここに来た目的を言え、『ラントロック・アイスロン』」

彼女の冷淡な声に、ラントロックは恐れと反感を抱いた。
魅了が効かないと言う不安、そして父親の姓で呼ばれた事に対する憤り。
その怯みさえも読み取って、黒衣の人物は厳しい言葉を突き付ける。

 「どうした、魅了が効かない相手とは口が利けないか?
  自分の意に沿わない相手とは、向き合えないか?
  哀れよの」
0383創る名無しに見る名無し
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2018/05/09(水) 19:28:39.99ID:dVaEelHh
ラントロックは開き直って、事情を話した。

 「俺達は、ある組織から逃げて来ました。
  ……匿って下さい」

 「この私が、お前達を匿わねばならぬ理由とは?」

黒衣の人物は嘲る様に言う。
彼女がウィローだとして、どうしてラントロック達を庇わなければならないのか?
今のラントロックには何も答えられない。
黒衣の人物は俄かに優しい声で囁く。

 「何も答えられまい。
  それは、お前の精神の卑劣(さも)しさが故だ。
  父の縁を頼って来たのか?」

ラントロックの父ワーロックと、ウィローは知り合いだ。
父の知人であるウィローを頼りに来たと言えば話は済むのだが、父に反発して飛び出した自分が、
それを口にする訳には行かないと、ラントロックは意地を張っている。
しかし、他にウィローがラントロック達を庇うべき理由は思い浮かばない。

 「……親父は関係ありません。
  お礼はします」

そこで彼は取り引きを持ち掛けた。
黒衣の人物は又もラントロックを嘲笑する。

 「フフッ、『礼』か……。
  何をしてくれると言うのかな?
  私が何かを期待している様に見えるのか?」
0384創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/09(水) 19:31:16.64ID:dVaEelHh
彼女の態度は、取り引きを受け付けない様だった。
ラントロックは困ったが、ここまで来て引き下がる訳にも行かず、勢いで申し出る。

 「俺達に出来る事なら何でも……」

黒衣の人物は声を抑えて笑う。

 「何でも?
  フフフ、『何でも』か……。
  安易に、そんな事を言う物じゃないよ。
  だけど、何でもしてくれると言うなら、して貰おうかな」

彼女は意味深に呟いて、ラントロック達を受け入れる。

 「良かろう、上がれ」

ラントロックは振り返って、ヘルザ等を呼んだ。

 「話は付いた!
  皆、来てくれ!」

ラントロックは黒衣の人物に続いてウィローの住家に上がり、『玄関<エントランス>』で皆が来るのを待つ。
その後、ヘルザ、フテラ、ネーラの順に家に上がった。
狼犬達は庭に残って、銘々に寛ぎ始める。
物珍し気に家の中を見回すヘルザとフテラ。
ネーラは虚ろな瞳で浮いている。
黒衣の人物は無言で、ヘルザとフテラに近付いた。
そして、先ずヘルザに尋ねる。

 「お前の名前は?」

 「わ、私はヘルザ・ティンバーと言います!」

 「何の魔法使い?」

 「な、何の?」

 「どんな魔法を使う?」
0385創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/09(水) 19:32:51.59ID:dVaEelHh
ヘルザは未だ自分の魔法を見付けていない、未熟な魔法使いだ。
どんな魔法を使うかと訊ねられても、答える事が出来ない。
気圧されて口篭っている彼女を見兼ねて、ラントロックが代わりに説明する。

 「彼女は未だ自分の魔法が判らないんだ。
  唯、『共通魔法使いじゃない』って事しか」

黒衣の人物は帽子を少し押し上げて、ヘルザの瞳を見る。
ウィッチ・ハットの隙間から僅かに覗く目の周りの肌は、皺が深く、少なくとも若くはない事が判る。

 「へぇ、そうなのかい……。
  中々珍しい子だね」

次に彼女はフテラの腕を掴む。

 「こっちは人間じゃないね」

 「気安く触るなっ!」

フテラは反射的に手を振り払おうとしたが、どうした事か力が入らない。

 「おっとっと、乱暴は無しだよ」

黒衣の人物がフテラの腕を握る手に力を込めると、フテラは脱力して座り込んでしまう。

 「な、何をした……?」

彼女の疑問には答えず、黒衣の人物は腕を握る手に一層力を込めた。
いや、真実は逆だ。
黒衣の人物が力を込めているのではない。
フテラの力が抜けて行っている。

 「痛い、止めろ!」

フテラの抗議を受けても、黒衣の人物の態度は変わらないが、ラントロックが横から口を挟む。

 「止めて下さい」

そう言って、彼は黒衣の人物の腕を掴んだ。
ローブの上からの感触だが、それは枯れ枝の様な細く脆そうな腕だった。
少し力を込めれば、折れてしまいそうな……。
0387創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/10(木) 19:19:18.75ID:kYVAiD0i
ラントロックは黒衣の人物に尋ねる。

 「未だ答えて貰ってませんけど、貴女はウィローさんなんですよね?」

 「ああ、如何にも。
  私は『幻月の<パーラセレーナ>』ウィロー・ハティだ」

彼女は漸く正体を明かした。
何故素直に答えなかったのかと、ラントロックは静かに憤るも、今は庇って貰う立場で、
関係を拗らせてる様な真似をしては行けないと堪え、単純な要求をするに止めた。

 「フテラさんから手を離して下さい」

 「彼女を害する気は無いよ。
  少し話をするだけさ」

しかし、ウィローは応じない。
座り込んだフテラを見下ろして、質問を続ける。

 「お前はフテラと言うのか」

 「フンッ!」

フテラは外方を向いて、口を利いてやる物かと意地になった。
ウィローは柔和な笑みを浮かべる。

 「強がるな、強がるな。
  それ、正体を見せろ」
0388創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/10(木) 19:20:45.71ID:kYVAiD0i
彼女が命じた瞬間、フテラは鳥人から鳥の姿に変じる。
自らの意に反した変化に、フテラは大いに恐慌した。

 「ギャッ、ギャァッ!」

だが、暴れようにも力が入らないので、情け無い鳴き声で喚くしか出来ない。

 「成る程、妖怪変化の類か」

ウィローは独り納得しているが、ラントロックとヘルザは脅威を感じ、身構えた。

 「フテラさんに何をした!?」

ラントロックが驚いて訊ねると、ウィローは小さく笑う。

 「これが私の魔法だ。
  他の連中には『使役魔法使い』と呼ばれている。
  その通り、私の魔法は人や物を『使役』する。
  お前の魔法と似た様な物だよ」

彼女がフテラから手を離すと、フテラは自らの体の支配を取り戻して、人型に戻った。
そして、怯える様にラントロックの背後に隠れて縋り付く。
ウィローはラントロックに目を向けた。

 「な、何ですか?」

その顔は若々しい物に変化している。
同じく、骨だけの様に思えた腕の感触は、何時の間にか温かく柔らかい肉付きに。

 「手を離してくれないかな?
  痛いよ」

 「済みません」

ラントロックは慌てて手を離す。
0389創る名無しに見る名無し
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2018/05/10(木) 19:22:14.75ID:kYVAiD0i
若々しくなったウィローは、改まって一行に告げた。

 「2階の空いた部屋を適当に使って休むが良い。
  余り散らかしたり、汚したりはしないでくれ。
  それとラントロック、ここに残れ」

何か話があるのだろうとラントロックは察して、ヘルザ等に言う。

 「俺の事は気にしないで。
  先に休んでてくれ。
  長旅で疲れてるだろう?」

実の所は不安だったのだが、格好付けて強がった。
心配そうな顔をするヘルザを、フテラが2階に誘う。

 「行くぞ、ヘルザ」

 「あっ……、ラント、気を付けて」

最後に一度だけラントロックを顧みて、ヘルザは2階に上がった。
ウィローは嫌らしく笑って、ラントロックに言う。

 「お供は女だらけか」

彼は眉を顰めて答えた。

 「一緒に反逆同盟を抜けてくれそうなのが、他に居なかったんです。
  俺の『説得』に応じてくれたのが、彼女等だけでした」

 「そう」

ウィローはラントロックの反論を浅りと流すと、真面目な顔付きになって言う。

 「台所に行こう。
  そこで詳しい話を聞く」
0390創る名無しに見る名無し
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2018/05/11(金) 18:33:59.19ID:C/U7XVXG
ラントロックは彼女に従って、台所に移動した。
何も置かれていない大きな『食卓<テーブル>』に、2人は向かい合って座る。
先ずウィローが口を開いた。

 「反逆同盟の事は私も知っている。
  碌でも無い事を企んでいる連中だ」

それに対して、ラントロックは反論する。

 「皆、共通魔法社会に居場所が無かったんです。
  俺達も……貴女だって、そうなんじゃないですか?」

 「だから何だ?
  私の様に僻地で細々と暮らしていれば良いではないか」

ウィローは膠も無く切って捨てた。
旧い魔法使いは孤高の存在で、愚衆に理解される必要は無い。
そうした傲慢な考えが、彼女の中にはある。

 「人は誰でも平等でしょう!
  共通魔法使いだろうが、他の魔法使いだろうが!
  どうして共通魔法使い以外は外道と呼ばれて、隠れ住む必要があるんですか」

 「御高説は結構だが、それは『人間』の間でのみ通じる理屈だ。
  私達は人間では無い」

 「卑屈なっ!
  そんなのは負け犬の理屈です!」

 「フフッ、お前には卑屈に聞こえるのか」

若さで逸るラントロックをウィローは嘲笑した。
実際は逆なのだ。
0391創る名無しに見る名無し
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2018/05/11(金) 18:35:01.65ID:C/U7XVXG
彼女は大きな溜め息を吐いて、ラントロックに言う。

 「対等だの平等だの、どうでも良い事じゃないか?
  事実は一つ、お前達は反逆同盟から逃げて来た。
  奴等に付いて行けなくなったんだろう?」

色々言い足りない事を抑えて、ラントロックは頷く。

 「……そうです。
  反逆同盟は俺達が居るべき場所じゃないと思いました。
  あいつ等は手段を選びませんし……。
  それに、同盟は長くは保たないと思います」

 「泥舟に乗り続ける積もりは無いと。
  だから逃げて来たと」

 「……そうです」

 「沈まなければ、乗り続けていたかな?」

ウィローの質問に、ラントロックは少し考えた。

 「分かりません。
  でも、どの道あれじゃ上手く行かないと思いました。
  皆、考えてる事が撒(ば)ら撒(ば)らで……。
  何と無く一緒に居るだけで、全然考え方が違うんです。
  自分が支配者になりたい人、とにかく暴れたいだけの人、好きな事が出来れば良いだけの人。
  ……これじゃ共通魔法使いとの戦いが終わっても、何も解決しないんじゃないかって」

ウィローは暫し、品定めをする様な目で、ラントロックを見詰めていた。
0392創る名無しに見る名無し
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2018/05/11(金) 18:36:43.87ID:C/U7XVXG
彼女は改めてラントロックに問う。

 「これから、どうする積もりだ?」

 「今は、とにかく同盟から身を隠して……」

 「その後は?」

同盟が倒れた後の展望があるのか?
それにラントロックは答えられない。
具体的に何かをしたいと言う目標は無いのだ。
ウィローは誘導する様に囁く。

 「家族の元に帰る気は無いか?」

 「いや、それは……」

ラントロックは返答を躊躇った。
反逆同盟から離れたとは言え、父との蟠りが解けた訳では無い。
彼が家出した事と、反逆同盟に直接の関係は無いのだ。
ウィローは呆れた風に小さく息を吐く。

 「何をするにしても、お前の自由だ。
  但し、ここに長居させる積もりは無いぞ」

 「有り難う御座います」

ラントロックは小さく頭を下げて、今後に就いて考えた。
反逆同盟が倒れた後、果たして自分達に行き場はあるのか……。
魔女ウィローが言う様に、自分達も又、どこかで隠れ住むしか無いのか……。
0393創る名無しに見る名無し
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2018/05/12(土) 18:17:05.29ID:59hMegAI
彼は落ち込んだ気分で、2階に移動した。
2階の廊下の左右には、幾つかの部屋が並んでいる。
階段を上がって直ぐの所で、ヘルザとフテラとネーラが待ち構えていた。

 「お帰り、どんな話だった?」

真っ先にフテラが声を掛けて来る。
ラントロックは困り顔で答えた。

 「取り敢えず、暫く匿って貰える事にはなった。
  余り長居はさせてくれないみたいだけど……。
  『出て行け』と言われるまでは居る積もりだ」

 「解った」

冷静に頷くフテラとは対照的に、不安の拭い切れない顔をするヘルザ。
魅了の力で心神喪失状態のネーラは、無表情で浮いている。
フテラは続けて、ラントロックに問う。

 「所でトロウィヤウィッチ、どの部屋を使う?」

 「どの部屋?」

 「私達は、それぞれ別の部屋で休む事にした」

 「そう。
  俺も適当に空いた部屋を使うよ。
  どの部屋が空いてるかな?」

特に何とも思わず、そう答えたラントロックを、フテラは止める。

 「私と一緒に寝ないか?」
0394創る名無しに見る名無し
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2018/05/12(土) 18:19:12.47ID:59hMegAI
ラントロックはフテラに目を向け、露骨に不満の表情を見せた。

 「そんな事、言ってる場合じゃないよ」

 「こんな時だからこそなんだが」

フテラは彼の首に腕を回し、肌を摺り寄せる。
何と無くラントロックは、ヘルザに視線を送った。
彼女は睨む様な目で、ラントロックとフテラを見ている。
それに慌てたラントロックは、フテラの瞳を覗き込んだ。

 「止めてくれよ」

 「あっ」

魅了の魔法を掛けようとしていると感付いたフテラは、赤面して目を逸らす。

 「危ない、危ない……」

 「欲求不満なら解消して上げようかと」

 「欲求その物を抱かない様にするのは、無しにしてくれ」

 「尽き果てるまで、満たして上げる事も出来るけど」

 「い、いや、そこまでは……」

 「ああ、そう」

ラントロックは強がった裏で安堵の息を吐くと、ヘルザに尋ねた。

 「どの部屋が空いてる?」
0395創る名無しに見る名無し
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2018/05/12(土) 18:23:06.98ID:59hMegAI
ヘルザは階段側から見て、廊下の右に並ぶ2番目の部屋を指した。

 「ここから先は全部」

 「じゃあ、ここにするよ。
  皆、十分に体を休めてくれ」

ラントロックは右側2番目の部屋に入ると、戸を閉めて、大きな溜め息を吐いた。
彼は慣れない長距離移動で疲れていたし、ウィローとの会話でも神経を使った。
部屋の中に1つ置かれた『寝台<ベッド>』に横になった彼は、大きく深呼吸をして目を閉じる。
木造の部屋は古い木材の独特の匂いがあり、砦の石造りの部屋より温か味を感じる。
それは彼の生家を思わせる為だ。
ラントロックの頭の中を、過去の記憶が巡る。
――彼は微睡(まどろみ)の中で、「家族」を思い出していた。
ソーダ山脈を越える途中で、ヘルザが憊(へば)り、足が痛いと言い出した。
大声で喚いた訳ではなく、控え目な主張だった。
それは幼い頃のラントロックその儘だった。
尤も、彼の場合は父親に甘えるのが嫌で、限界まで耐えていたのだが……。
ラントロックは父親に背負われて山を越えたが、同じ様にヘルザを背負ってやる事は出来なかった。
結局フテラが彼の代わりに、ヘルザを負ぶって歩いた。

 (もっと体力を付けないと……。
  親父に負けない様に)

脚が筋肉痛で張っている。

 (あの時は……。
  そう、義姉さんが共通魔法で治してくれた)

ラントロックは父親に治して貰うのが嫌だった。
本当は義姉のリベラにも治して貰いたくはなかった。
甘えた弱い男だとは思われたくなかった。
0396創る名無しに見る名無し
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2018/05/13(日) 16:37:41.70ID:Ikz0nvtC
 (あぁ、ヘルザも今頃は痛む足を気にしているのかな……。
  彼女も共通魔法は使えないんだった。
  俺に共通魔法が使えれば……?
  否、俺は魅了の魔法使いなんだ)

便利な共通魔法を使えればと思う気持ちと、母親から受け継いだ魔法を大事にしたい気持ち。
魅了の魔法がある限り、ラントロックは共通魔法使いにはなれない。
魔力の流れを共通魔法の発動に合わせる事には、強烈な違和感がある。
それが先入観に因る物か、生理的な嫌悪なのかは判らないが……。

 (大人になりたい。
  力強くて、頼れる大人に。
  ……親父みたいな?
  違う、親父より強く)

願う心は強くとも、それだけで強くなれる程、世の中は都合好く出来ていない。
彼の頭の中に、父の言葉が浮かぶ。

 (ラント、武術を始める気は無いか?
  長い人生、魔法に頼れない状況が出て来るかも知れない。
  そう言う時の為に、普段から体を鍛えて、動ける様にしておいた方が良いぞ)

ラントロックの父親は、息子との接点を持とうと、よく武術の訓練に誘った。
しかし、父親に反発していた彼は、素直に付き合う気にはなれなかった。
その代わりに義姉のリベラが、父に武術の手解きを受けた。

 (私が留守の間、家を守るのはラント、お前だ。
  お母さんや、お姉さんを守れる様にならないと行けない……とは思わないか?
  ……無理強いはしないが)

彼は母親譲りの魅了の魔法があるから、体を鍛える必要は無いと思っていた。
だが、現実そうも行かない様である。
0397創る名無しに見る名無し
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2018/05/13(日) 16:39:35.50ID:Ikz0nvtC
ラントロックは何時の間にか眠りに落ちていた。
目を覚ました時には、既に辺りが暗んでいる。

 「……寝過ごしたか」

余程疲れていたんだろうと反省しつつ、彼はヘルザ等の様子を窺いに行く。

 (お腹が空いて来る頃じゃないかな?
  ここまで大した食事も出来なかった。
  ウィローさんは食べ物を用意してくれるかな……)

彼は先ずヘルザの所に行こうと思ったが、部屋が判らない。

 (あぁ、どこで休んでるか聞いてなかった)

適当に部屋を空けて行けば良いかと、ラントロックは先ず隣の部屋の戸をノックする。
所が、反応が無い。

 (……寝てる?)

彼は静かに取っ手を掴んで回す。

 (鍵は掛かってない)

寝ているなら起こさない様にしようと、彼は音を立てずに戸を開けて、中を窺った。
部屋の中央には水球が浮いている……。

 (あっ、ネーラさんの部屋か)
0398創る名無しに見る名無し
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2018/05/13(日) 16:45:26.71ID:Ikz0nvtC
ラントロックは水球の中で丸まっているネーラに話し掛ける。

 「ネーラさん」

彼の呼び掛けに、ネーラは目を開けて、水球から上半身を出した。
ラントロックは指を鳴らして、彼女の精神支配を解く。
正気を取り戻した彼女は、辺りを見回した。

 「あっ……」

支配されている間も記憶はあるが、それは夢を見ていた様な感覚。
朧気であり、現実感が無い。

 「安心して。
  ここは俺の知り合いの魔女の住家だ。
  今、匿って貰ってる」

ラントロックに説明されたネーラは、安堵とも不安とも付かない表情で溜め息を吐く。
それを心配したラントロックは念を押す様に彼女に告げる。

 「もう大丈夫だよ」

 「……済まぬ。
  彼(あ)の方を裏切ったのだと思うと、気が重くてな」

自分は信用されていないのかと、ラントロックは少しショックを受けた。
同盟の長であるマトラの真の強大さを彼は未だ知らない。
知ってしまえば、どんな状況でも「安心」は出来ないと悟ってしまうだろう。
ラントロックは苦々しい気持ちでネーラに尋ねた。

 「未だ正気を失った儘の方が良い?」

裏切りを心苦しく思うのであれば、「魅了された」と言う建て前で、過ごさせる事も出来る。
その方が気が楽だとネーラが言うのであれば、彼女が安心出来る時が来るまで、
そうしても良いとラントロックは思っていた。
0399創る名無しに見る名無し
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2018/05/14(月) 20:57:00.52ID:bN/0WFrs
ネーラは水球に潜り、その場で旋回しながら考える。
数極間、体を動かした後、彼女は再び浮上して答えた。

 「……いや、ここまで来たら、私も覚悟を決めるよ。
  主は私を連れて逃げてくれた。
  その恩に報いなくてはな」

ネーラの瞳は不安に揺れているが、同時に決意が本物と言う事も伝わる。
ラントロックは力強く頷いて、彼女に言う。

 「有り難う。
  俺は何があっても皆を守る」

ネーラは本気になったマトラから、彼が仲間を守り切れるとは少しも思っていなかったが、
その心意気は嬉しかった。

 「トロウィヤウィッチ……。
  いや、何でも無い。
  信じているよ」

ネーラは水球に沈んで、再び旋回を始める。
今後起こるであろう事態に、どう対応した物か悩みながら。

 「ああ、俺も信じてる」

もしかしたら、ネーラは同盟に戻りたがるかも知れない。
彼女のマトラに対する畏怖の感情と忠誠心は、ラントロックには理解し難い。
それでもラントロックはネーラが裏切らない方に賭けて、再び魅了する事はしなかった。
0400創る名無しに見る名無し
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2018/05/14(月) 20:59:33.70ID:bN/0WFrs
退室した彼は、次に向かいの部屋の戸を叩いた。

 「誰だ?」

返って来たのはフテラの声。

 「俺だ、トロウィヤウィッチだよ、フテラさん」

 「ああ、入って」

彼女は警戒を解いた穏やかな声で、入室を許可する。
ラントロックは静かに戸を開けて入室した。
鳥人形態のフテラはベッドの上で、長い脚を畳んで座っていた。

 「何か用か?」

フテラの問いに、ラントロックは少し困った顔をして答える。

 「特に用って程でも無いけど。
  どうしてるかなと思って。
  疲れてない?」

 「疲れていないと言えば嘘になるが、大した事は無いよ」

 「お腹空いたりは?」

 「別に。
  食わないなら食わないで何とでもなる」

先程から否定の言葉が続くのが、ラントロックは気になった。

 「機嫌悪い?」

 「そんな事は無い」

フテラは鼻で笑うが、又否定の言葉を告げられたので、ラントロックは思案する。
こう言う時の女性の扱いを、彼は幼い頃から知っている。

 「……一緒に付いて来てくれて、有り難う」

不意に礼を言われて、フテラは面食らった。

 「あっ、いや、気にするな」

彼女は照れ隠しする様に、翼に顔を埋めると、鳥の姿になって目を閉じた。
もう話をする積もりは無い様子。
0401創る名無しに見る名無し
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2018/05/14(月) 21:02:40.96ID:bN/0WFrs
 「それじゃ又後で」

そう告げるとラントロックは退室して、今度は隣の部屋に向かった。
ここにはヘルザが居る筈である。
ラントロックはノックして許可を求める。

 「ヘルザ、俺だ、ラントロック。
  入って良いかな?」

 「あ、良いよ」

少し慌てた声で反応がある。
ラントロックは意識して短い間を置き、戸を開けた。
ヘルザはベッドに腰掛けている。
表情は笑顔だが、隠し切れない疲れが見える。

 「お休みの所、御免。
  どう、変わり無い?
  足の痛みは?」

 「……未だ少し。
  でも、大丈夫、怪我した訳じゃないから」

ヘルザは脚を擦りながら答えた。

 「診せて」

ラントロックは彼女に近寄り、足の具合を診ようとする。
躊躇いと抵抗感を見せるヘルザだが、ラントロックは気にしない。
彼には下心が無い分、配慮が欠けていた。
0402創る名無しに見る名無し
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2018/05/15(火) 19:12:55.55ID:ftm9Dagk
ラントロックはヘルザに対して、ベッドの上に足を投げ出す様に指示をする。
彼女は恥じらっていたが、空気に流されて言われるが儘にした。
靴を脱いだヘルザの足の裏と踵の辺りには、肉刺が出来て皮が剥けていた。
靴擦れに因る物と思われる。
その痛々しさに、ラントロックは眉を顰める。

 「どうにか治せれば良いんだけど……。
  薬が無いか、ウィローさんに聞いてみるよ。
  脹脛や足首、膝に痛みは?」

 「少し……」

 「余り痛みが長引く様だったら、治療法を考えないと」

症状を聞きながら、ラントロックは共通魔法が使えればと悔やしがった。
今まで、そんな風に考えた事は一度として無かった。
何か自分に出来る事は無いかと、彼は懸命に気を使う。

 「お腹は空いてない?」

 「一寸だけ」

ヘルザは控え目に空腹を訴える。

 「食べ物を分けて貰えないかも聞いてみる。
  待ってて」

そう言うと、ラントロックは退室して、1階に降りた。
0403創る名無しに見る名無し
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2018/05/15(火) 19:14:26.72ID:ftm9Dagk
匿わせて貰っている立場で贅沢が言えない事は承知だが、食事が無ければ困る。
1階でラントロックはウィローを探した。
各所に明かりこそ点いているが、どれも弱々しく、配置も疎らで全体的に屋敷は薄暗い。
そんな中で彼は数点歩き回ったが、ウィローの姿は見当たらなかった。
台所にも居間にも玄関にも誰も居ない。
寝室には鍵が掛かっているが、明かりは点いておらず、人の気配はしない。
ラントロックはウィローを探して屋敷の中を彷徨いていた所、地下へ続く階段を発見した。

 (この下に……?
  とにかく行ってみよう)

地下への階段の先は、真っ暗で何も見えない。
辛うじて足元が見える程度。
ラントロックは勇気を出して、階段を下りる。
冷たい煉瓦の壁に手を添え、段を踏み外さない様、慎重に。
一つ一つの段は大きく、やや急だ。
転げ落ちたら大惨事。
唏驚(おっかなびっく)り歩いていると、目の前に人影が現れる。

 「うわぁっ!?」

驚いて仰け反るラントロック。
人影の正体はウィローだった。
彼女は呆れて笑う。

 「そんなに驚かなくても……。
  この下は私の『呪術室<ウィッチン>』だけど、何か用なの?」

ウィローの声は中年の小母さんの様。
ラントロックは咳払いをして、単刀直入に依願した。

 「食べ物を分けて頂けませんか?
  それと傷薬も欲しいんですが……」
0404創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/15(火) 19:14:47.01ID:ftm9Dagk
ウィローは物言いた気な顔をしながらも、特に文句は言わず、短く告げる。

 「付いて来て」

彼女の口調が少し柔らかい物に変化している事に、ラントロックは気付く。

 (お婆さんだったり、若く見えたり、今は小母さん……。
  見た目に応じて性格も変わるのか?
  この人は、どうなってるんだ?
  もしかして本当に別人の可能性も?)

同盟に居た魔法使いとも違う、奇妙な魔法使いの在り方に、彼は困惑した。
ウィローは1階に戻ると、台所に向かう。
そこから彼女は物置に入った。

 「食料ねェ……。
  独り暮らしが長かった物だから……。
  干物と漬物しか無いねェ。
  お酒なんか飲ませらんないし、『砂糖菓子<コンフェイト>』食べる?」

ウィローは物置を漁りながら、発掘した物をラントロックに押し付ける。
『乳酪<チーズ>』は乾き切っており、石鹸の様。
恐らく野菜の漬物だったであろう代物は、古漬けを通り越して、縮み過ぎている上に黒くなっており、
元が何だったのかも不明。
砂糖菓子は半ば溶け掛かっており、球形を保っていない。
食卓に出した所で、ヘルザは当然の事、フテラもネーラも受け付けないだろう。
ラントロックは試しに、乳酪を齧ってみた。
塩味が強く、食感は最悪だが、何とか食べられない事は無い。
漬物の方は塩辛く、こちらは単体では食べられそうに無い。
干し肉や砂糖菓子は、先ず先ず「美味しい」と言って良い。
他に食べる物を選べる状況であれば、その限りでは無いかも知れないが……。
0405創る名無しに見る名無し
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2018/05/16(水) 19:08:41.99ID:40Pihsca
ラントロックは母親っ子だったので、よく料理をする母親を手伝った経験から、料理は得意だった。
その才能は反逆同盟の拠点でも活かされた。

 (塩気は十分、糖分も酸味もある。
  味を調えれば、それなりの物になる筈)

多少手を加えれば、ここにある物も美味しく食べられるのではと彼は考える。
そこで彼は食材を抱えて、ウィローに尋ねた。

 「台所を借りても良いですか?」

 「えっ、ああ」

彼女は面食らった様子で、一瞬迷うも頷く。

 「あんたが料理するのかい?」

 「ええ」

早速ラントロックは台所で調理を始めた。
鍋に水を張り、竈の中に薪を重ねて火口(ほくち)を添える。
その様をウィローは静かに見守っていた。
竈に火を入れようとしたラントロックだが、火種が無い事に気付く。

 「ウィローさん、燐寸はありませんか?」

 「さて、あったかな?
  最近使った記憶が無い」

 「明かりに使う火は、どこから取ってるんです?」

 「地下の大釜から、絶えずの火を分けている」

地下の火を今から取りに行くよりも、燭台から火を取る方が早いと感じたラントロックは、
乾いた細い薪に蝋燭の火を移した。
0406創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/16(水) 19:11:19.57ID:40Pihsca
細い薪に燃え移った火を、火口で大きくし、積み重ねた薪に更に燃え移らせる。
火は徐々に大きくなって、竈から食み出す程になった。
鍋を火に掛け、湯が沸くまでの間、ラントロックはウィローに尋ねる。

 「傷薬の方は、どこにありますか?」

 「調合した薬草なら何種類か持ってるけど、症状は?」

 「筋肉痛と、肉刺が潰れたのと。
  関節痛に効く薬もあれば嬉しいです」

 「分かった、探しておこう。
  あんたは調理を続けてなさい」

ウィローはラントロックに告げると、台所から出て行った。
ラントロックは干し肉を湯に浸し、柔らかくして、塩気と旨味を出す。
彼は薪を弄り、湯加減を見ながら、他の食材を並べて思う。

 (……彩りが足りない。
  青味が欲しいな。
  その辺で摘んで来ようか)

森の中だから食べられる野草は幾らでも生えているだろうと、彼は安易に考えていた。

 (未だ真っ暗じゃない。
  香草の類なら、直ぐ近くでも見付かるかな?
  油菜の仲間か、芹とか蓼も生えてると良いけど。
  最悪、無くても良いか)

ラントロックは火を弱め、本の数点、食卓に彩を添えられる野草を探しに出掛けようと決める。
0407創る名無しに見る名無し
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2018/05/16(水) 19:13:24.20ID:40Pihsca
庭に出た彼は、地上の植物を観察しながら歩く。

 (そう都合好く、食べられる野草は見付からないか……。
  食えそうなのは、野良豆と酸葉しか見当たらない)

もっと良い物は無いかと歩き回っていると、大きな木が目に入った。
その幹には傷が付けてあり、白い樹液が幹に巻き付けられた容器に集められている。

 (これはモールの木だな。
  木の実は甘くて美味しいんだっけ。
  俺は食べた事無いけど。
  でも、時期じゃないな。
  残念。
  そう言えば、モールの樹液は魔力を通さないとか何とか……。
  だから『魔除けの木』だとか親父は言ってたな)

もしかしたら、このモールの木が外敵の目を誤魔化してくれているのかも知れないと、
ラントロックは思う。
樹液を採取しているのも、何か使い道があるからなのだろう。
それから少し辺りを歩き回った彼だが、他に手軽に食べられそうな野草は見付けられなかった。

 (結局、野良豆と酸葉だけ……。
  まあ良いや)

未だ調理の途中で、長時間離れるのは良くないと、ラントロックは採取した野良豆と酸葉を、
両手に抱えて屋敷に向かった。
その時、背後から声が掛かる。

 「斯様な所に居ったか、トロウィヤウィッチ」

彼は慌てて振り返った。
声の主は吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカ。
0408創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/17(木) 21:12:06.22ID:lOvthQQE
彼女は笑みを浮かべ、ラントロックを詰る。

 「我との『約束』を忘れた訳ではあるまいな?」

 「約束……?」

本気で何の事か忘れていた彼は、思い出そうと必死に記憶の糸を手繰る。
中々思い出せない様子のラントロックを見て、フェレトリは呆れた。

 「ここまで軽んじられていようとは」

 「あっ、吸血の事か!」

漸く思い出した彼は、高い声を上げて目を見開く。
ラントロックはフェレトリに定期的に血を与える約束をしていた。

 「そうだ、戻って来い、トロウィヤウィッチ」

フェレトリは満足気に頷き、嫌らしく笑む。
だが、ラントロックは彼女の誘いには乗らない。

 「嫌だ。
  もう同盟には戻りたくない」

彼は淀み無く言い切る。
フェレトリは戯(おど)けて尋ねた。

 「何故?
  今更、同盟の活動に疑問を持ったのか?
  人間の正義に目覚めたとでも?
  そうでは無かろう。
  共通魔法社会に帰属する積もりも無かろうに」

 「同盟には未来が無い」

 「ハハハ、何を根拠に?
  予知魔法使いでもあるまいに」

彼女はラントロックを物を知らない子供の様に扱う。
0410創る名無しに見る名無し
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2018/05/17(木) 21:13:30.91ID:lOvthQQE
事実、ラントロックは無知な子供だ。
悪魔や魔法使いに関しては疎(おろ)か、同盟を率いるマトラの強大さも知りはしない。
それでも彼は言う。

 「同盟なんて名前だけだ。
  皆、考えてる事が違う。
  最後には意見の違いから反発し合って、散り散りになってしまうよ」

 「マトラ公(きみ)が御坐(おわ)す限りは、無用な心配よ。
  戻って来い、トロウィヤウィッチ。
  今なら許してやる。
  残された獣人の娘と、昆虫人の娘も、そなたの帰りを待っておるぞ」

置いて行ったテリアとスフィカの事に触れられ、ラントロックは少し心が揺れた。
しかし、彼女等は自分の意思で同盟に残ったのだ。

 「俺は戻らない」

改めて宣言したラントロックは、フェレトリを魅了すべく睨み付けた。
伯爵級の実力を持つフェレトリには、魅了の効果は薄いのだが、他に出来る事は無い。
ラントロックの視線をフェレトリは堂々と受け止めて笑う。

 「ククク、無駄な事を……。
  そなたの行為は、飢えた獣に肉を差し出すに等しい」

魅了の魔法は強敵相手には逆効果になる場合がある。
執着心や征服欲を刺激して、制御不能になる虞があるのだ。
それを覚悟で、ラントロックは魔法を仕掛けた。
魅了は自らの存在を相手に認識させる事から始まる。
外貌や仕草によって目を侵し、声や音によって耳を侵し、香気によって鼻を侵し、触れては肌を侵す。

 「なら、食ってみるか?」

ラントロックはフェレトリを挑発した。
0411創る名無しに見る名無し
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2018/05/17(木) 21:13:59.33ID:lOvthQQE
肉を持つ者は肉の定めには逆らえない。
フェレトリも肉体を持って現世に降臨しているのだから、それは同じ事。
目で光を捉え、耳で音を拾い、鼻で匂いを嗅ぎ、舌で食を味わい、肌で風を感じ、足で土を踏む。
ラントロックの自信に満ちた態度から、フェレトリは罠だと察して、吸血を躊躇った。

 「どうした?
  怖いのか?」

ラントロックは「女」が相手なら勝てると思っていた。
彼は両手を広げて、フェレトリを誘う。

 「血が欲しければ、幾らでも吸うが良い。
  だけど、只で済むとは思わない事だ」

ラントロックの声がフェレトリの耳を通って、彼女の頭で反響する。
強烈な衝動を感じた彼女は、誘惑されていると自覚した。

 「わ、我は誇り高き悪魔貴族。
  高位貴族の伯爵であるぞ。
  我が吸血するのではない。
  そなたが血を差し出せい」

フェレトリは強大な魔法資質でラントロックを威圧するが、全く通じなかった。
彼の魔法資質を悪魔貴族の階級に当て嵌めても、子爵級が精々。
悪魔伯爵のフェレトリには、遠く及ばない筈である。
それにも拘らず、ラントロックが平然としているのは何故なのか?
魔法資質の差に脅威を感じるのは、悪魔の魂を持つ者の本能で、無視出来る物では無いのに……。
その理由はラントロックがトロウィヤウィッチの子である為。
彼の母カローディアは、強大な悪魔の魂を宿していた。
常に母の傍に居たラントロックは、強大な力に対する精神的な免疫力が鍛えられているのだ。
0412創る名無しに見る名無し
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2018/05/18(金) 18:29:13.95ID:BkyzAlhk
威圧が通じないのであれば、実力行使するより他に無い。
フェレトリは身に纏う血の衣から多量の鼠を生み出し、ラントロックを牽制した。

 「吸血するにしても、我が直接手を下す必要は無いのであるよ。
  我は配下を介して、間接的に血を得る事も可能なのである。
  さて、鼠の凶悪さは存じておるかな?
  飢えた鼠は何でも食らう。
  生きた儘、貪り食われたくなくば、跪きて寄れ。
  獣の様に四足(よつあし)で這いてな」

彼女は逸る気持ちを抑えて、ラントロックに命じる。
所が、彼は応じない。

 「俺を鼠に食わせる?
  そうじゃない。
  それじゃ『面白くない』だろう?
  栄養は同じでも、冷めたスープを飲むのか?
  触れ合う事が出来るのに、眺めるだけで満足なのか?」

ラントロックは自らフェレトリに向かって、一歩踏み出した。

 「フェレトリ、貴女の強さは知っている積もりだ。
  俺なんかより遙かに強いと言う事も。
  でも、俺は負けない」

フェレトリには彼の声が益々魅力的に聞こえる。
徐に歩みを進めて、距離を詰めて来るラントロックが、彼女は恐ろしい。

 「……来るな」

彼女は片足を後ろに引いた所で、これ以上は退がれないと思い止まる。

 「ああ、四足で這って来ないと行けなかったかな?」

ラントロックは強がりの笑みを見せ、フェレトリと1身の距離まで近付くと、その場で膝を突き、
彼女を見上げた。

 「お望み通り、来てやったぞ。
  ここから、どうやって吸血する?」
0414創る名無しに見る名無し
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2018/05/18(金) 18:31:40.61ID:BkyzAlhk
フェレトリは自らの体内を血液が激しく駆け巡っているのを自覚した。
肉の衝動は快楽と直結している。
彼女の体は、それを求めているのだ。

 「正体を失う事が怖いのか?」

ラントロックは尚もフェレトリを挑発した。

 「俺には貴女を害する術は無い。
  何をそんなに恐れる必要がある?」

フェレトリが警戒して手を拱いている内に、横槍が居る。

 「今日は客人が多いわねェ」

使役魔法使いのウィローが、侵入者の気配を感じ取って現れたのだ。
彼女は又若返って、今度は20代中頃の様。
フェレトリは舌打ちする。

 「貴様、『惑わしの月』!
  太古の昔、兄弟姉妹共々天に成り代わり損ねた物が、未だ生き残っていたか!」

 「四度(よたび)も人間に負けた吸血鬼よ、お互い昔話は止めようじゃないか……」

互いに過去に傷を持つ者同士、彼女等は睨み合う。
ウィローは続けて、フェレトリに言った。

 「私の可愛い子供達を傷付けてやしないだろうね?」

 「子供?」

 「狼犬の事だよ」
0415創る名無しに見る名無し
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2018/05/18(金) 18:32:42.51ID:BkyzAlhk
フェレトリは小さく笑う。

 「犬を飼う趣味があったのか」

 「あんたは鼠を飼う趣味があるみたいだね」

ウィローはフェレトリの足元に群れている鼠を見て、笑い返した。

 「フフフ」

 「ホホホ」

両者共に口元を隠して笑い合うも、目は少しも笑っていない。
放置を食らったラントロックは、フェレトリの足元の鼠に目を遣った。
鼠達も主に放置されて困惑している様子だ。
丸で、小母さん同士の立ち話の脇に置かれた子供。
ラントロックは試しに鼠を誘惑してみた。
蹲(しゃが)み込み、人差し指の動きで鼠を呼ぶ。
群れの中から数匹が離れて、彼の指の匂いを嗅いだ。

 (自由意志があるのか……。
  完全に操られて動くんだと思ってたけど、そうでも無いんだな)

どうやらフェレトリの見ていない所では、自由に行動出来る様だ。
ラントロックは指で、赤黒い鼠の体を撫でた。

 (手触りは普通の鼠と同じだ。
  血から生み出されても、粘々する訳じゃないのか)

鼠達は一匹一匹、ラントロックの手元に集まり始める。
0416創る名無しに見る名無し
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2018/05/19(土) 17:15:17.11ID:+h5eYUrN
一方で、フェレトリとウィローは口論を続けていた。

 「己の分も弁えず、太陽と月に挑んだ挙句、兄弟と妹が焼け死んだのであろう?
  唯独り生き残った感想を、是非とも聞かせて欲しい物であるなぁ?」

 「兄妹(きょうだい)達は壮大な物と戦い、雄々しく散って行った。
  あんたの様に、人形遊びしながら卑屈に生きる物には解らないでしょうね」

 「そして、貴様は隠れ住んでいると。
  中々笑える結末ではないか」

 「負け様も無い人間相手に敗北を重ねた愚か者には言われたくないわ。
  あんたみたいなのを真の敗者と言うのよ。
  生まれ付いて怯懦(きょうだ)な精神が招いた敗北なのでしょうねェ」

互いに「昔」を知る者同士、罵り合いは容赦の無い物になる。

 「……貴様も兄妹の後を追わせてくれようか?
  生憎と火は扱い慣れぬ故、死に様が『焼死』でない事は許してくれ給え」

 「はぁ、自分が勝つ積もりなの?
  人間に負ける様な奴(の)が、私には楽勝みたいな、頭悪過ぎて笑えて来るわ。
  燃え尽きるのは、あんたの方だよ」

地の利はウィローにあるのを、フェレトリは気付いていない。

 「妹が居た頃の貴様は、我より強かったであろうになぁ。
  それこそ月に並ぶ程の……っと、及ばぬから負けたのであったな。
  何とも残酷な事よ。
  半身と半霊を失い、弱体化した貴様を誰が恐れる」

 「御託は良いから、掛かって来たら?」

 「愚か者程、早死にしたがる。
  今生最後の会話なのだから、愉しみ給えよ」

 「最後じゃないから、惜しむ事も無いわ。
  それとも、あんたにとって最後なの?
  だったら諄々(ぐだぐだ)引き延ばすのも解るわ。
  どうぞ御存分に」

 「情けを掛けた積もりなのであるが、悔いは無いと見える!」

長々と無意味な会話を続けた後、フェレトリが仕掛けた。
0417創る名無しに見る名無し
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2018/05/19(土) 17:18:37.78ID:+h5eYUrN
ここはウィローの結界の中で、フェレトリの能力は抑えられる筈だが、瞬く間に周囲が闇に染まる。
光を遮るフェレトリの結界が、ウィローの結界を塗り潰したのだ。
しかし、ウィローも一方的な展開にはさせない。
自ら光を発して、一部ではあるが闇を振り払う。

 「あんたは光に弱い。
  日光でも、月光でも、『提燈<ランタン>』の灯でも、凡そ眩しい物は全て嫌った」

 「中々の光量であるな。
  月に成り代わろうとしただけはある。
  然し、弱い!
  我を追い詰めるには及ばぬ」

暗闇の中でフェレトリの正体を掴む事は出来ない。
彼女は結界内を覆う闇その物と化しているのだ。
ウィローが強い光を保っている内は、フェレトリは手を出せないが、それはウィローも同じ事。
では、互角なのかと言うと、そうでは無い。
ウィローはフェレトリの結界の中に閉じ込められている。

 「その儘、命を削りながら明かり続けるが良い!
  兄妹達の様に『燃え尽き』、『消し炭になる』までな」

今のウィローの魔法資質では、闇と同化したフェレトリを一気に払えない。
外部からの魔力の供給が断たれている現状、ウィローの力は次第に衰え、圧殺されてしまう。
打つ手は無い様に見えるが……。
0418創る名無しに見る名無し
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2018/05/19(土) 17:20:52.26ID:+h5eYUrN
時は少し遡り、闇が結界を覆った直後。
ラントロックも闇の中に囚われていた。
彼と戯れていた鼠達は、再びフェレトリの支配下に帰って、闇の一部と化している。
この闇は霧化した血液が作り出した物なのだ。

 (所詮は仮初めの命、主には逆らえないのか……)

血の霧は光を遮り、薄暮を深夜の闇に変える。
結界から脱出しようにも、「外」の方向も判らない。

 (魅了する所の話じゃないや。
  くっ、こんなの初めて見るぞ!
  砦に居た時は、実力を隠していた?)

ラントロックは血の霧を掻き分けながら、闇雲に「外」を探した。
彼の魔法資質は全方位にフェレトリの気配を感じ取っている。
丸で彼女の「内部」に囚われている様。

 (フェレトリも俺の存在を解ってる筈。
  何時攻撃されても不思議じゃない。
  どうにかならないか?
  誰かの助けを……。
  ネーラさんやフテラさんの能力なら……。
  駄目だ、攻略出来るイメージが思い浮かばない!)

当ても無く歩き回った彼は、偶然モールの木に辿り着いた。

 (これはモールの木!!
  魔除けの効果、魔力を通さない!)

危機的状況の中、これを利用出来ないかと直感したラントロックは、知恵を絞る。

 (考えろ!
  フェレトリを封じる方法は無いか?)
0419創る名無しに見る名無し
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2018/05/20(日) 18:14:02.50ID:g9gELg2X
懸命に思考する彼に、声を掛ける者があった。

 「あら、あんたもモールの樹の下に避難しに来たのかい?
  中々勘が良いんだねぇ」

それは魔女ウィロー。
発光している彼女を見て、ラントロックは驚く。

 「うわ、眩しっ!?
  どうなってんですか、それは?」

ウィローがラントロックに近付くと、彼女の纏う光を厭う様に、血の霧が引いて行った。

 「単なる光の魔法だよ」

旧い魔法使いと言う物は、基本的に自分の魔法以外の魔法は使いたがらない物である。
「使役魔法」使いであるウィローが、「光の魔法」を使っている事が、ラントロックには不思議だった。

 「使役魔法使いって言ったのは?」

彼は「光を使役している」のかと予想したが、そうでは無い。
ウィローの使役魔法の本質は、光の明滅を用いた精神操作。
薄暗い森の中に住んでいるのも、魔法の効果をより高める為だ。
暗黒の中にある者を明かりで誘導してやれば、その通りに進む事しか出来なくなる。
しかし、彼女は素直にラントロックに事実を伝えようとしなかった。

 「理屈さえ判っていれば、他の魔法も使えるのよ。
  私は『儀術士<ウィッチ>』だから」

それは嘘では無い。
ウィローには魔法とは別に、儀式的な呪術の心得もある。
そう説明しつつ彼女は、木の幹に巻き付けられている、樹液の入った容器を手に取った。

 「それ、どうするんです?」

 「新たに結界を張って、奴を封じる。
  手伝っとくれ」

ラントロックはウィローに差し出された容器を受け取る。
この状況で拒否する選択は無かった。
0420創る名無しに見る名無し
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2018/05/20(日) 18:16:05.34ID:g9gELg2X
ウィローはラントロックに指示する。

 「その樹液を垂らしながら、私の後に付いて来なさい。
  使い切らない様に、少しずつ、少しずつだよ。
  だからって、途切れさせても行けない」

ラントロックは頷き、フェレトリを威嚇する様に周囲を照らしながら移動するウィローの後を歩く。
モールの樹液を地面に垂らしつつ。
当然、それを見逃すフェレトリでは無かった。

 「小賢しい事を考えておるな?」

風の唸りにも似た、彼女の恐ろしい声が響く。
四方八方から反響して聞こえる声に、恐怖心を揺さ振られるラントロックを、ウィローは禁(いさ)めた。

 「恐れるな。
  私が側に居る限り、手出しはさせない」

ウィローの強気な言葉にも、ラントロックは安心は出来なかったが、怯えを隠す為に強がった。

 「誰が恐れてるってんですか……」

それを聞いた彼女は小さく笑って一言。

 「なら良いんだけどね」

血の霧は明かりを避ける様に、ウィローに道を譲る。
ラントロックは周囲に広がる赤黒い闇を警戒しながら、彼女の後に続く。
0421創る名無しに見る名無し
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2018/05/20(日) 18:18:29.00ID:g9gELg2X
ウィローはモールの木から、近くのモールの木まで歩く。
そこで樹液を補充して、又違うモールの木を目指す。

 (思った通りだ、モールの木で結界を作ってあるんだ!)

モールの木は屋敷を囲う様に配置してあるのだと、ラントロックは察した。
しかし、彼でも解る事が、フェレトリに解らない訳が無い。

 「成る程、そう言う事をする訳か……。
  残念ながら、見過ごしてはやれぬなぁ」

フェレトリは血を集めて数体の獣を造り、ウィロー等に差し向けた。

 「行けぃ、我が下僕よ」

犬に似た獣の荒い息遣いと唸り声に、ラントロックは狼狽して身を竦める。

 「だから、心配するなと」

ウィローが呆れた風に言った途端、獣が地を駆ける音がする。
ラントロックは音源を顧みた。
瞬間、赤黒い猟犬の様な怪物が、彼に躍り掛かる。

 (噛まれる!)

身を守ろうとする彼だったが、その必要は無かった。
直径1手の光線が静かに走り、猟犬を貫いたのだ。
光を浴びた猟犬は、瞬く間に霧に紛れて消える。

 「こんな化け物なら何体召喚しようが、見ての通りだよ。
  あんたは黙って私に付いて来なさい」

ウィローは強気に言って、ラントロックを安心させる。
0422創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 06:23:32.91ID:tRZnwP6O
知り合いから教えてもらったパソコン一台でお金持ちになれるやり方
参考までに書いておきます
グーグルで検索するといいかも『ネットで稼ぐ方法 モニアレフヌノ』

M0RTN
0423創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 18:44:03.90ID:kFBGvruk
それから何度も血の獣が襲って来たが、ウィローが悉く返り討ちにした。
次第にラントロックも慣れて、襲撃を一々恐れなくなった。

 (この儘、無事に結界を張れるのか?)

だが、順調な中でもラントロックは安心出来なかった。
フェレトリが手を拱いて見ているだけの訳が無いと思っているのだ。
その予感は現実になった。

 「どうかな、偽りの月の片割れよ。
  多少は消耗したか?」

フェレトリの挑発的な言動にも、ウィローは無反応だ。
言い返す余裕も無いのかと、ラントロックは彼女を心配した。

 「猟犬共で禿(ち)び禿(ち)び削るのも飽きて来たな。
  貴様も雑魚を追い散らしてばかりでは、面白く無かろう。
  どれ、もう少し骨のある奴を用意してやろうか」

獣の気配が消えたかと思うと、今度は熊の様な一回り大きな獣が現れる。
それも1体や2体では無い。

 「ウィローさん……」

ラントロックが不安気な声を出すと、ウィローは重々しく口を開いた。

 「一寸、今度は厳しいかも。
  ……御免ね」

何故謝るのかと、ラントロックは衝撃を受ける。
0424創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 18:46:09.43ID:kFBGvruk
やはり守られてばかりでは行けないと、彼は気を強く持ち直した。

 (俺にも何か出来る事は……)

新たに生み出された血の巨獣は、巨体を揺らしてラントロック目掛けて突進する。
ウィローは光線で巨獣を迎撃するが、一瞬では仕留め切れない。
ラントロックは咄嗟の判断で、ウィローの背後に回った。
約5極の間、光線を浴びせ続けられて、漸く巨獣は消滅する。
しかし、倒した所で無意味なのだ。
血の獣は実体を持たないので、魔力の供給を受ければ復活する。
フェレトリの強大な能力を以ってすれば、完全復活も10極程度で十分。
対するウィローの消耗は激しいし、巨獣も1体だけではない。
凌ぎ切れなくなるのは目に見えている。
ラントロックは覚悟を決めて、ウィローに樹液の入った器を差し出した。

 「ウィローさん、俺が化け物を何とかします」

 「正気!?
  奴に魅了は効かないよ」

 「やってみなくちゃ分からないでしょう。
  それに、今の俺は足手纏いにしかならない。
  どう仕様も無くなったら、降参します。
  元々奴の狙いは俺達なんですから」

ラントロックは最後には降伏すれば良いと甘く考えていたが、ウィローは違った。
高位の悪魔貴族は約束を守る律儀な所はあるが、決して感情的にならない訳では無い。
ラントロック等が降伏しても、腹の虫が治まらなければ、殺されてしまうかも知れない。

 「でも……!」

 「他に手は無いでしょう!」

彼の言う通り、ウィローに妙案は無い。
0425創る名無しに見る名無し
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2018/05/21(月) 18:48:16.39ID:kFBGvruk
彼女は仕方無く樹液の入った器を受け取り、従った。

 「解った、死なないで」

ウィローにとってラントロックは他人では無い。
知人の息子であり、その死を見たくはないと思うのは、当然の感情だ。
仮令、悪魔であっても。

 「勿論」

力強く応えるラントロックに、ウィローは彼の父親であるワーロックの俤を見た。

 (口先では否定しても、血は争えない。
  魂は受け継がれるのね)

魔法資質が有ろうと、使う魔法が違おうと、心の形は似通ってしまうのだ。
ウィローから少し距離を取るラントロックの耳に、フェレトリの声が響く。

 「どうした、トロウィヤウィッチ。
  観念したのか?
  そなたの相手は後でしてやる。
  大人しくしておれ」

フェレトリは脅威にならないラントロックを無視して、ウィローを集中して仕留めに掛かる。

 「そうは行かない!」

ラントロックはウィローの明かりに近付こうとする巨獣に向かって行った。
巨獣は彼の事等、全く眼中に無い様で、明かりだけを真っ直ぐ睨んでいる。
0426創る名無しに見る名無し
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2018/05/22(火) 18:20:01.86ID:XCovCaco
これは好都合だと、ラントロックは巨獣に忍び寄って触れた。
しかし、巨獣は全く反応しない……。

 (大丈夫、これは予想通り)

ラントロックは巨獣を魅了しようと考えていた。
相手を魅了するには、先ず自分を認識させないと行けない。
取り敢えず、触れただけでは駄目な様だ。

 (鼠は行けた。
  どこかに隙がある筈だ)

鼠を魅了出来たと言う例だけが、彼の希望。

 「このっ、こっちだ、こっちを見ろ!」

とにかく巨獣を叩いたり蹴ったりしてみるが、痛覚が無いのか、やはり無反応。

 (痛みを感じない?
  それなら視覚は?)

ラントロックは巨獣の背中に攀じ登り、頭に組み付いて目を塞いだ。
ウィローに突進しようとしていた巨獣は、困惑の叫び声を上げて頭を振る。

 「ギャフッ!?」

ラントロックは振り落とされない様に、両手で巨獣の耳を掴み、両足で首を挟んだ。
激しく揺さ振られて目を回しながらも、彼は思考を止めない。

 (目で物を見ていたのは変わらないんだな!
  それなら耳も聞こえるか?)

視界が戻って僅かに動きを緩めた巨獣の耳を広げ、至近距離から獣の咆哮の様な大声で叫ぶ。

 「ウォーーーーッ!!!!」
0427創る名無しに見る名無し
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2018/05/22(火) 18:20:46.50ID:XCovCaco
魔力を伴った声は、耳から巨獣の『思考中枢<シンキング・コア>』に届き、フェレトリの支配を遮断した。
フェレトリの生み出す血の獣は、彼女の分身とは又違う。
彼女は取り込んだ獲物の血液から、獣の霊を再生して動かしている。
それはフェレトリの指示に従いこそするが、彼女とは別の存在だ。
自らの魔法が、巨獣を動かす魔力を掌握する感覚を、ラントロックは確と捉えた。

 (ああ、そうなのか!
  解ったぞ、これが『従える』と言う事なんだ!)

彼は初めて、魔法生命体を従えた。
「魔力で動く単純な生き物」を乗っ取る事は、実は自らの意思を持つ物を操るより容易なのだ。

 「良し、行けっ!」

ラントロックは巨獣の背に乗り、ウィローを襲撃中の別の巨獣に突撃する。
横合いから同類の不意打ちを受けた巨獣は、闇の向こうに弾き飛ばされた。
ラントロックは巨獣の上からウィローに話し掛ける。

 「ウィローさん、もう大丈夫ですよ!
  こいつ等の相手は俺に任せて、早く結界を!」

 「あぁ、助かったよ!」

樹液で魔法陣を描くウィローを、ラントロックは操った巨獣で護衛する。
自らが生み出した物が同士討ちを始めた事に、フェレトリは驚愕した。

 「何をしておる!?
  えぇい、所詮は獣か!」

彼女は思う通りに動かない獣に苛立ち、ラントロックに操られた物を血の霧に戻す。
0428創る名無しに見る名無し
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2018/05/22(火) 18:22:25.49ID:XCovCaco
巨獣の実体が失われたので、ラントロックは地面に落ちた。
突然の事にも瞬時に対応し、足から着地した彼は、直ぐに又別の巨獣に狙いを定める。

 (近付けば、魔法資質が判る)

巨獣に接近した彼は、自らの魔法資質で巨獣の思考中枢を確認した。
トロウィヤウィッチの魔法の神髄は、『変化』にある。
魔法色素は七色に変わり、見た目さえも見る人によって異なる。
声域は広く、声真似も自在。
これ等はトロウィヤウィッチの魔法を継ぐ、バーティフューラーの一族に共通する特徴だ。
人に気に入られる為、取り入る為に、身に付けた「技術」。
それが魔法生命体に対しては、その自我の薄さが故に、何の警戒も無く受け容れられる。
精神を持たない者には魅了が効かないと言うのは、思い込みに過ぎない。
逆に、意思を持たないが故に、無防備なのだ。
ラントロックは魔力の流れを巨獣に同化させて、その内側に入り込む。

 「獲った!」

彼は又しても巨獣を乗っ取って、同士討ちさせた。

 「ムッ、此奴(こやつ)!」

フェレトリは驚愕した。
こうなっては幾ら血の獣を破壊し、復活させても無意味だ。
今の所、ラントロックは巨獣を一体しか操れない。
故に、もう数体巨獣を生み出して同時に襲わせれば、防ぎ切れなくなるだろうと予想は付くも、
それには血の量が足りない。
――加えて、別の懸念もある。
ラントロックの能力は、この短時間で成長している。
彼は自分の魔法の新たな可能性に気付いたのだ。
追い詰めれば、更なる能力に目覚めるのではと言う「恐れ」もフェレトリの中にはあった。
0429創る名無しに見る名無し
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2018/05/23(水) 18:21:11.71ID:hFMzYFlX
その予感が的中したかの様に、ラントロックは新たな技を身に付ける。

 「ウィローさん、明かりを借ります!」

彼はウィローが纏う魔力の流れを取り込んで、月明かりの魔法を使った。
それによって自らも巨獣を追い払う。
更には、周囲の魔力はフェレトリが掌握しているにも拘らず、フェレトリの魔力の流れに混じる事で、
魔力を盗み出している。
何れも、「相手に取り入る」と言う、魅了の魔法使いとして自然に身に付いた「技術」を利用して。
フェレトリの魔力に取り入って、フェレトリの支配下にある魔力を奪い、ウィローの魔力に取り入って、
ウィローの魔法を使うのだ。
魔法の仕組みを完全に理解している訳では無く、所詮は物真似に過ぎないが……。

 「何と……何と言う事!?」

フェレトリの恐怖心を煽るには十分だった。
彼に対抗する方法が、今のフェレトリには思い浮かばない。
下手に小(ちょ)っ掻いを出すと、益々力を付けそうで恐ろしい。
舌打ちした彼女は、俄かに結界を解いた。
血の霧の闇が薄まり、自然の闇が戻って来る。

 「中々面白い物を見せて貰ったぞ。
  今日の所は引き揚げる。
  又会おう」

フェレトリは一方的に強がりを言って、黒鳥に変化し退場した。
巨獣も霧となって消える。
ウィローとラントロックは同時に安堵の息を吐き、月明かりの魔法を止めた。
脅威は去った。

 「大丈夫ですか、ウィローさん?」

ラントロックの問い掛けに、ウィローは小声で言う。

 「助かったよ。
  正直、私独りでは危なかった」
0431創る名無しに見る名無し
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2018/05/23(水) 18:22:50.83ID:hFMzYFlX
ラントロックは気不味くなって、弁解した。

 「いや、フェレトリが襲って来たのは俺達が居た所為です……。
  奴が諦めるとは思えません。
  もしかしたら、又御迷惑をお掛けしてしまうかも……」

 「構わないよ。
  奴の慌てた顔を見られただけでも、儲け物だ。
  あいつ、余裕振っていたけど、あれで焦ってたんだよ。
  捨て台詞を吐いて引き下がらないと行けない位にね」

ウィローは苦笑すると、樹液で結界を張る作業に戻る。

 「さて、今の内に結界を強化しておかないと」

疲れの取れない顔で溜め息を吐く彼女に、ラントロックは言う。

 「俺も手伝います」

 「いや、あんたは料理の途中だったじゃないか」

 「あぁっ、そうだった!
  済みません、失礼します!」

ウィローに指摘されたラントロックは、慌てて屋敷に帰った。
台所に入ると、竈の火は消え掛かっており、鍋の湯は温くなっている。
そこで彼は採取した草を放り出していた事に気付くのだが、もう外は完全に暗くなっているので、
今から取りに出る事は諦めた。

 (塩の『汁物<スープ>』にするしか無いか……)

塩が効いた干し肉と漬物のスープに、砂糖菓子を少しずつ溶かして味を調える。
身窄らしい食事だが、塩辛い干し肉と漬物をその儘食べるよりは増しと言う物。

 (評価は期待出来ないかも)

中々美味しいとは言って貰えないだろうなと、厳しい見立てをするラントロックだった。
0432創る名無しに見る名無し
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2018/05/23(水) 18:25:36.90ID:hFMzYFlX
反逆同盟に居た頃は、出所の不明な金で必要な物を買いに、街まで出掛けていた。
当初は鼠を焼いたり、食用可能な雑草を探したりしていたが、限界があった。
当時の彼は深く考えない様にしていたが、同盟の金は良からぬ事をして集めた物に違い無かった。
ウィローは独り暮らしが長いと要ったが、定期的に食料を買い足してはしていない様子。
多くの同盟の魔法使い達と同じく、食事を余り必要としない性質なのだ。
実はネーラやフテラも同様に何月も食べなくても平気だが、ヘルザは違う。

 (ウィローさんに、お金を借りられると良いんだけど、そもそも現金を持ってるのかな?)

この森は狼犬が多く棲息しているので、小動物を狩る事は難しいかも知れないと、
ラントロックは考えた。

 (反逆同盟に居場所が暴れてしまった以上、ここに長居するべきじゃないかも知れない)

今後を思うと、余り長居する訳には行かないだろうと、彼は予想する。
ウィローは構わないと言ったが、やはり限度はあろう。
だからと言って、どこに行けば良いか等、思い付かないのだが……。

 (これからは慎重に行動する様にしないと。
  どこで奴等に襲われるか分からない)

器に入れたスープを机の上に並べながら、ラントロックは気重になって溜め息を吐くのだった。
0433創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:19:11.19ID:x3IuRX5U
「ウィローさんも食べるんですか?」

「悪いかい? これ全部、家の物なんだけどねぇ……」

「いえ、悪いって訳じゃないんですけど、食事をする習慣は無さそうだった物で」

「物を食べなくても良い事と、食べない事は別の話だよ」

「ああ、成る程。はい、それは解ります」

「トロウィヤウィッチ、何故こっちを見る?」
0434創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:20:07.05ID:x3IuRX5U
「味、どうかな?」

「……美味しいよ」

「素直な感想を言ってくれ。次、作る時に参考にするからさ」

「……少し味気無い……かな? どう言ったら良いのか、分からないけど……」

「あぁ、深味が無いって言うか、物足りないって言うか、そんな感じだね? 分かった、工夫してみる」

「所で、お肉――」

「それは干し肉をお湯で戻した物」

「何の肉なのかな……?」

「『何の』って、……何だろう? 何の肉ですか、ウィローさん?」

「『何』って、何の肉だったかな……。人間じゃなかったと思うけど」

「うっ……」

「フテラさん、どうしたの?」

「うぅ、人間の肉? それとも違うのか?」

「多分違う……と思うんだけどねぇ?」
0435創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:25:31.26ID:x3IuRX5U
卑劣(さも)しい/鄙劣(さも)しい


品性が下劣である、貪欲である、卑しい、貧しい、身窄(みすぼ)らしいと言う意味の「さもしい」です。
「鄙劣しい」と当て字した例があります。
卑劣と鄙劣は同じ意味で、「鄙猥(ひわい)」、「鄙怯(ひきょう)」等の「鄙(ひ)」は、
「卑」に置き換えられます。
「卑」と異なる「鄙」の使い方には、「鄙(ひな)びる」の意味で「辺鄙」があります。
卑、劣、鄙は共に訓読みで「いやしい」と読まれます。


唏驚(おっかなびっく)り


「恐る恐る」と言う意味で、「おっかない」と「びっくり」の合成です。
「怖い」、「恐ろしい」と言う意味の「おっかない」の語源は「おほけなし」と言われていますが、
「おほけなし」の語源には諸説あり、「大気無し」、「大気甚し」、「負ふ気無し」、「覚気無し」、
「仰気無し」等、定まっていません。
「おほけなし」は元々「不相応な振る舞いをする事」、「身の程知らずな様」を表す言葉でした。
そこから「不敵な」、「恐れ知らずな」に変化し、近代になって「恐ろしい」と言う意味の、
「おっかない」になりました。
漢字は「大気無し」、「忝し」、「唏し」等があり、読みは「ヲヲケナシ」と「ヲフケナシ」があります。
「大気無し」は読み通りに漢字を当てた物。
「忝し」は「忝(かたじけな)い」より「辱しめる」、「価値を下げる」、「貶める」の意味から。
「唏し」は「唏(なげ)く」ですが、こちらは似た漢字の代用で、本来は辞書にも載っていない字です
(誤字の可能性もあり)。
単純に漢字を当てると「忝い」又は「唏い」に「吃驚(びっくり)」で、「忝吃驚」、「唏吃驚」となりますが、
見栄えを取って「唏驚」を当ててみました。
何が違うと問われれば困ってしまうのですが……。
初めの「おっかない」が一字に対して、後の「びっくり」が二字だと具合が悪いと言うだけです。
0436創る名無しに見る名無し
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2018/05/24(木) 18:26:21.38ID:x3IuRX5U
諌(いさ)める/禁(いさ)める


「注意する」と言う意味の「いさめる」です。
現在では目上の人に使うべき言葉だとされていますが、元々は「禁じる」と言う意味で、
上下関係を問わない物でした。
しかし、「諫言」の「諫」の字を当てた事で、「目上の者に注意する」と言う意味が生じた様です。
それでも「目上に」と限定されたのは最近の事の様で、昭和の中頃まで「子を諌める」と言った、
「目下の者に注意する」と言う意味の使われ方をしています。
辞書に「主に」や「多く」と但し書きされているのも、それが理由でしょう。
(目上の者に対してのみ用いる物であれば、『主に』や『多く』と言った記述は必要ありません)
目下の者には「窘める」を使うべきだとされていますが、こちらは「柔んわりと諭す」意味があり、
強い注意、警告、叱責には使えません。
「諌める」は目上には「諫言する」、「忠告する」、目下には「禁止する」、「制止する」になります。
「窘める」よりは強い警告に近い物でしょう。
本来の意味を大事にしながら使うのであれば、前者を「諌める」、後者を「禁める」として、
使い分けると良いかも知れません。
0438創る名無しに見る名無し
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2018/05/25(金) 18:49:29.97ID:4j8Nfpsy
社会と魔法の歩み


「八導師だって覗き位していたに違い無い」……こんな事を堂々と言う物は居ないが、
これを否定する事は誰にも出来ない。
現在でこそ魔法を利用した「窃視」、「盗聴」は明確に犯罪と規定されているが、復興期当時に、
この様な法律は無かった。
「魔法に関する法律」で懸念されていた事は、他者に危害を及ぼす事、他者を操り利用する事で、
それ以外の事に関しては想定していなかった。
建造物に関しても、外部からの透視や盗聴を防止すべく、魔力を遮断する工夫が施されたのは、
開花期になってから。
それまで一般人は防諜策に無関心で無防備であった。
しかし、取り締まる側は全く放置していた訳ではない。
「誰かに覗かれている」、「視線を感じる」と言う相談自体は、復興期から多くあり、逮捕例もある。
未だ都市の治安維持権限は魔導師会法務執行部が持っていた事もあり、復興期当時は、
こうした「迷惑行為」への対応も柔軟だった。
「魔法に関する法律」で迷惑行為が明確に禁じられたのは、都市警察に一部権限を委譲する上で、
魔法による迷惑行為が予想される為、明文化する必要が生じたと思われる。
詰まり「魔法に関する法律」違反では無くとも、犯罪行為には違い無いので一々区別しなかったと、
それだけの事なのだ。
一方、被害を訴えられない限りは動き様が無かったので、明るみに出ない物も多かったと思われる。
実際に、こうした迷惑行為が、どの程度横行していたかは定かでない。
0439創る名無しに見る名無し
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2018/05/25(金) 18:51:00.74ID:4j8Nfpsy
迷惑行為の他にも、魔導師会が想定していなかった魔法の使い方をされた例がある。
その一つは「造酒」だ。
開花期になってから、魔法で酒を密造して、無許可での販売を行う事例が多発した。
魔法で酒を造る方法は幾つかあるが、酵母を用いない「直接変換」が最も多く利用された。
造酒には「醗酵」が欠かせないが、これには酵母と適切な管理と十分な時間が必要であり、
この手間を惜しんだ悪質な業者が、魔法で酒気を直接生成しようとする例が多かった。
魔導師会は初め、分子変化魔法の一部を「条件付き禁断共通魔法」に指定していたのだが、
これの回避の為に、直接的な分子変化を目的としない魔法も悪用された。
即ち、腐敗や培養の魔法で、酒気を間接的、或いは副次的に生成する物である。
一々魔法の種別を特定して禁断共通魔法に認定しては、限が無いと言う事で、経過を問わず、
酒気を生成したと言う結果を以って、「魔法による特定の分子変化」を指定して禁止する、
法律が制定された。
当初は「個人で楽しむ分には問題無い」とされていたが、後に仲間内で密造酒の売買をする、
未成年に飲酒させる等の、悪質な事例が多く出た為に、取り締まりが厳しくなった。
これは後に麻薬やMADの密造を禁止する際に、流用される事になる。
0440創る名無しに見る名無し
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2018/05/25(金) 18:54:34.82ID:4j8Nfpsy
類似した例に、「酩酊」魔法の使用がある。
他人を魔法で酩酊させるのは禁止されていたが、自分に掛ける分には問題が無かった。
酒気に頼らずとも酩酊状態に陥る手段があれば、それで良いと言う訳か、二日酔いの心配も無く、
飲酒より体に良いとの噂で流行。
しかし、自分で自分に魔法を掛ける際、加減を誤る等して病院に運び込まれる例が急増。
酩酊状態で事故や事件を起こす例もあり、放置する訳には行かなかった。
こちらも特定の魔法を指定して禁じる事は出来ず、正常な判断力を失わせる魔法全般を、
「魔法による法律」で禁じた。
精神に直接干渉する魔法の大半が、医療目的以外での使用を許されないのは、
こうした経緯がある為。
更に、平穏期になると、強化魔法で人間を酷使する例が出始める。
魔法を使用する事で、肉体や精神の限界を超えて労働させると言う、非人道的な物だ。
強化魔法の使用に関して、特に規定は無かった為、法の隙を突いて悪用された。
過去に例が無かった訳では無いが、「会社が個人に強制する」形態は初めてで、
社会情勢や雇用の変化が背景にあるとされる。
奴隷に等しい扱いと言う事で厳しく批判され、直ちに禁止する法案が作られた。
0441創る名無しに見る名無し
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2018/05/26(土) 19:43:53.62ID:R5bSxwcj
精神に干渉する魔法は、どの程度まで許容されるのか?
これは共通魔法社会の永遠の課題である。
例えば、嘘を封じる「愚者の魔法」も、精神に干渉していると言えるが、使用に関して罰則は無い。
人を晒し者にする様な使い方をしなければ良いとされるし、「公益性の高い目的」の為であれば、
悪辣な使い方をしても許される場合さえある。
人を穏やかな気分や落ち着いた気分にさせる魔法で、怒り狂う人の心を静め、大人しくさせるのは、
「正しい使い方」なのだろうか?
悲しい気分の人を楽しい気分にさせるのは良いのか、悪いのか?
この点に関して魔導師会は、強制的に気分を切り替えさせる様な強力な魔法は、
安易に使うべきではないとして、「精神操作魔法」を禁断共通魔法に指定している。
例えば、鬱病で塞ぎ込んでいる人を、魔法で立ち直らせるのは有りか、無しか?
現状では「無し」で、特別な許可を持った医療関係者のみが許される。
但し、効果の軽い物であれば、その限りではない。
これが魔導師会の公式見解だ。
0442創る名無しに見る名無し
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2018/05/26(土) 19:45:17.12ID:R5bSxwcj
しかし、この様に綺麗に分類出来る物ばかりではない。
例えば、人に好印象を抱かせる魔法。
魔法で声を魅力的な物に変えたり、容姿を誤魔化そうと少しばかりの仕様も無い幻覚を見せたり、
或いは、より直接的に「楽しい」や「心地好い」を感じさせたり……。
「強制的に気分を切り替えさせる様な強力な魔法」は駄目でも、良い感覚を喚起させる程度は、
特別な許可無く使用出来ると言うのなら、それで人気を稼いだり、注目を集めたりする事は、
許されるのだろうか?
魔導師会は「犯罪に利用しなければ良い」としているが、これで金品を貢がせる例もある。
自分を飾って人気を得るのは、普通の事だと言い切れるか?
問題だとすれば、化粧や話術と何が違うか言えるか?
金品を受け取る事が目的であれば、詐欺罪と認定されるが、被害者本人に自覚が無く、
実際には訴えられない事も多い。
一応、芸能活動をする団体は、協定で「興行に於ける精神干渉魔法の使用」を禁じている。
娯楽魔法競技でも同じく、こちらは演出であっても、「精神干渉魔法で観客の気分を昂揚させ、
又、審査員の心象を良くしようと試みては行けない」とされている。
0443創る名無しに見る名無し
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2018/05/26(土) 19:46:44.13ID:R5bSxwcj
売れない芸人が精神干渉魔法を使って、客を笑わせる。
これは「滑稽魔法」と言う小噺が元である。
旧暦から伝わると言われる位、古い話だ。
「世の中に何も面白い事は無い」と言い張る偏屈な老人が居り、実際に何をしても絶対に笑わない。
どんな芸を見せても、醒めた態度で「詰まらない」、「下らない」、「どうでも良い」としか言わず、
その内に彼を笑わせた者こそ、本物の芸人であるとの噂が立つ様になる。
そこへ魔法使いが来て、魔法で精神を狂わせて笑わせてしまう。
以後、この老人は何をしても笑う様になり、面白いと詰まらないの見境も無くなってしまった。
本当に何でも無い事でも笑ってしまうので、敢えて老人を笑わせようとする人は居なくなった。
ある時、売れない芸人が、この老人なら笑ってくれるだろうと、虚しい心の慰めに芸を披露した。
所が、何時も笑っていた老人の顔から笑みが消えてしまう。
この原因に関しては、定かでない。
魔法が切れたとも、魔法を打ち消す位、芸が本当に面白くなかったとも受け取れる。
しかし、老人は売れない芸人に感謝した。
笑いたくなくても笑ってしまうのは、苦痛でしか無かった。
貴方の芸は本当に面白くなくて助かったと。
何事も天然無為に勝る物無し。
人は笑いたい時に笑い、泣きたい時に泣くべきであるとの、教訓話である。
似た様な噺は幾つもあり、人を思う儘にする事の危険性を、面白可笑しく、皮肉を交えて訴えている。
0444創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/26(土) 19:50:27.58ID:R5bSxwcj
伝統を重視する団体は、こうした精神を尊重しており、協定以前から、客受けを狙って、
心を操る魔法を使う事は御法度だった。
敢えて明文化する必要も無い程の、常識だったのである、
それが協定で禁止された理由には、一つの事件があった。
娯楽魔法競技の公式化は、既存の娯楽文化の人気を一時的に奪った。
これに危機感を抱いたティナー市内のある「劇場」が、公演に際して魔法を使ったのだ。
飽くまで演者では無く、客の減少を恐れた「劇場」側の仕込みだったとされている。
演者は客に喜んで貰え、客も楽しい時間を過ごせる。
誰も不幸にならない方法の筈だったが、歪みは直ぐに表出した。
魔法を使えば、猿芝居でも感動させられるので、金の掛からない未熟な演者が集められた。
脚本家の実力も問われず、時には全く経験の無い素人が作劇した。
魔法で鑑賞力が崩壊した者は、魔法で作り出された「場の雰囲気」だけで勝手に盛り上がり、
演劇自体は、そっち退けだった。
魔法の効き易い者と、そうで無い者とで、演劇の評価が大きく違い、又、熟練の演者や批評家は、
脚本や演者の質に関して、厳しい評価を下した。
商売なのだから金が儲かれば良いと言う者と、それでは芸が廃ると言う者とで議論が分かれ、
最終的には魔導師会が催眠商法に類する詐欺に該当するとして、劇場の運営者を逮捕した。
0446創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/26(土) 19:52:35.55ID:R5bSxwcj
実際の魔法の効果は、然程強力でも無かったとされる。
だが、冷静になれば、演劇は決して褒められた出来では無かったし、面白いと称賛していた者も、
完全に見放してしまった。
その時に作成された演劇は、「最低の劇」として記録され、後々まで語り継がれる事となる。
偶に公開されては、その酷さが話題になる。
この事件は「劇場」と言う閉鎖的な環境や集団心理と組み合わされば、強力な魔法で無くとも、
容易に人の思考能力を奪い、洗脳し得ると言う一例となった。
人間の心理を巧みに突いた詐欺事件は多くあったが、「魔法」が使われた例は少なかった。
それは魔法を使えば、魔導師会が介入する為だ。
どんなに巧妙に罪を逃れようとしても、魔法の前には無力になる。
下っ端を切り捨てようにも、魔導師会が本格的な「聞き取り」を行えば、未だ実行もしていない企み、
暴かれていない余罪まで含め、全てが白日の下に晒される。
劇場の事件も、当初の目的は客離れを止める為であり、魔法を悪用する積もりが無かったので、
魔法を使ってしまったのだ。
所が、調子に乗って、演劇の質の低下を惹起し、それが議論を招いて、魔導師会の目に留まった。
この反省として、芸能団体は劇場も含め、協定で観客に精神干渉魔法を掛ける事を禁じたのだ。
但し、協定は「演劇自体の評価を魔法で変えては行けない」と言う主旨で、演劇前に「緊張を解す」、
或いは「落ち着かせる」為に、効果の弱い魔法を使う事は認められている。
0448創る名無しに見る名無し
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2018/05/27(日) 18:29:36.42ID:y90StSSM
闇の子等と石の母


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


協和会事件後、反逆同盟の長であるマトラは、石の魔法使いバレネス・リタの元を訪ねた。
リタは自室で、石の赤子を抱いている。
これは彼女が自ら生み出した、魔法生命体だ。
泣きも笑いもしない人形だが、子を産めない宿命のリタは、この子を愛(あや)す事で、
自らの母性を慰めている。
相変わらず名前通りの不毛な事をしているなと、マトラは呆れつつ話を切り出す。

 「リタ、頼みがある」

 「何?」

マトラが自ら頼み事とは珍しいと、リタは興味を持って問うた。

 「この子等の世話をしてくれないか」

マトラは黒衣を翻し、4体の闇の嬰児を出現させる。
色こそ不気味に黒いが、見た目は人間の赤子その儘。
リタの目は大きく見開かれ、爛と輝く。

 「こ、これは!?」

 「人間の卵に私の魔力を混ぜて生み出した、闇の子だ」

 「では、貴女が面倒を見るのが道理では?」

 「私は悪魔だからな。
  生まれ落ちた時には既に、言葉を理解するだけの知能と、歩けるだけの体力があった。
  正直、人間の赤子の扱いは分からんのだ。
  ……正確には、これ等は人間の子では無い訳だが」
0449創る名無しに見る名無し
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2018/05/27(日) 18:31:39.12ID:y90StSSM
マトラとリタは暫し見詰め合う。
リタは育児放棄に等しいマトラの行動を、好ましく思っていなかった。
しかし、当のマトラには少しも悪怯れる様子は無い。

 「もし断ったら、どうする?」

 「どうもせぬよ。
  時の止まった空間で、保管すれば良いからな。
  だが、それでは行かんのだ。
  この子等には魔導師会と直接戦う兵士になって貰いたい。
  今の儘でも、それなりの戦力にはなるのだが、やはり一定の知能と力が無ければ、
  容易に対策されてしまう。
  私とて折角生み出した物を、無駄死にさせたくはない。
  その位の情はあるのだ」

彼女の語る「無駄死に」とは、個数の有限な嬰児を無意味に消費する事である。
決して愛情から出た言葉では無い。
そうと解っていたリタは苦悩した。
口では「無駄死にさせたくない」と言いながら、リタが協力しなければ無駄死にする事になると、
マトラは暗に脅していた。
旧暦、我が子を口減らしに戦場に送り出す母親達を、リタは想起した。
自らが産めない子を、丸で物の様に扱う者達を。
羨望と義憤と嫉妬の炎に燃える当時の心を、彼女は思い出していた。

 「……引き受けよう」

捨て切れない母性が、リタを衝き動かす。
生みの親に愛されない子を、自分が愛さずして誰が愛すると。

 「そう言ってくれると思っていたよ」

マトラの笑みは、どこまでも邪悪だ。
冷徹で計算高い。
0450創る名無しに見る名無し
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2018/05/27(日) 18:35:43.94ID:y90StSSM
 「では、宜しく頼む。
  先ずは、この4体。
  定期的に様子を見に来るので、何かあれば、その時に聞く」

マトラは自らが生み出した子との別れを惜しみもせず、早々(さっさ)と退室してしまった。
闇の嬰児達は、リタの室内を四つん這いで徘徊し始める。
そして、手に触れる物は何でも弄る。

 「あぁ、これ、危ない!
  無闇に触るでない!」

リタは4体の赤子を回収して、石人形から剥いだ包みを着せ、石の揺り籠に寝かせた。

 「泣くな、泣くな、愛しい子よ。
  泣き止まねば、お前を攫いに悪魔が来やるぞ」

旧い子守唄で愛(あや)してやるも、赤子達は落ち着かない様子。
揺り籠から身を乗り出して、這い出ようとする。

 「参ったのう、好奇心が過ぎよる。
  抱いてやろうにも、石の肌では冷たかろう」

どうした物かと彼女は思案する。
結果、一人では手に負えないと認めて、他人に協力を仰ぐ事にした。

 (さて、誰が良いか……。
  悪魔共は当てにならん。
  そうなると人間――暗黒魔法使いの2人しか居らんな)

悩んだ末にリタは仕方無く、暗黒魔法使いのビュードリュオンを頼る。
ニージェルクロームは若く、子育ての経験は無さそう。
ビュードリュオンも子育てに興味があるとは思えないが、医学や儀術の知識がある事から、
少なくとも他の者よりは増しだと思った。
0451創る名無しに見る名無し
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2018/05/28(月) 18:50:35.25ID:fN+slcfP
彼女はビュードリュオンを呼び、闇の嬰児達を見せる。
ビュードリュオンは室内を徘徊する真っ黒な赤子を見て、先ず気味悪がった。

 「奇怪な」

 「そう言わず、抱いてみりゃれ。
  赤子は赤子じゃ」

 「赤子を抱いた事は無い。
  そう言う貴女は抱き上げてやらないのか?」

他人に促す割に、自分では抱こうとしないリタを、ビュードリュオンは怪しんだ。
リタは気不味そうに含羞み、小声で悲しい告白をする。

 「……私の肌は石だ。
  柔らかくも温かくも無い。
  私では人の温もりを教えてやれない」

ビュードリュオンは大きな溜め息を吐き、呆れてみせた。

 「体を温めれば、温もりを伝えられるだろう。
  石は熱し難いが、冷め難い。
  その性質を利用すれば、人肌の温もりを保つ事も難しくは無い。
  硬さが気になるなら、布でも巻けば良い」

そう言う問題では無いのだ。
リタは子を産めない石の体に引け目を感じている。
子供に嫌われたくないと言う思いと、拒絶される事への恐れがある。
0452創る名無しに見る名無し
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2018/05/28(月) 18:51:34.91ID:fN+slcfP
しかし、ビュードリュオンは彼女の情緒を問題にしない。
彼は冷徹な実用主義者で、全ての事象は為すと為さざるの結果と捉えており、迷いや躊躇い、
悩みと言った、心理的な機能を好ましい物と考えていない。
リタは眉を顰めて言う。

 「それは後で試すとして、今は赤子を落ち着かせる方法を知りたい」

 「はぁ」

ビュードリュオンは不満気に溜め息を吐いた。

 「魔法でも何でも使えば良いのでは?」

 「魔法で無理に行動を縛る事が、良いとは思えない」

赤子を気遣うリタに、ビュードリュオンは面倒臭そうな顔をする。

 「だったら、放置しておくんだな。
  その内、疲れて眠るだろう」

彼は一点一極でも早く、この仕様も無い用事を片付けたかった。
雑に言い捨てて退室しようとする彼の腕を、リタは掴んで引き止める。

 「真面目に考えては貰えぬか」

リタの瞳は石化の魔眼だ。
彼女に睨まれたビュードリュオンは、慌てて自らの目を残る片腕で覆った。

 「わ、分かった、だから睨まないでくれ」
0453創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/28(月) 18:52:14.67ID:fN+slcfP
リタの石の魔法は、解呪の手段が限られている。
特に目を合わせてしまったら、自力では元に戻れない。

 「とにかく赤子を大人しくさせれば良いんだろう?」

 「真面な方法でな」

リタに釘を刺されたビュードリュオンは、一つ咳払いをし、改めて言う。

 「ガラガラでも持たせてやれば良いのではないかな」

音が鳴る玩具で気を引くと言う案に、リタは納得するも、こんな所では当然手に入らない。
街に出て買い物をしに行こうにも、石の肌は目立ち過ぎる。

 「ガラガラ……。
  しかし、どうやって」

 「誰かに作って貰うか、買いに行って貰うか?
  俺には作る事は出来ないし、人前に出るのも好かないが」

 「どうすれば良い?」

 「その位は自分で考えたら、どうなんだ?」

もう立ち去りたいと言う気持ちを隠そうともしないビュードリュオンを、リタは再び睨み付けた。
彼は慌てて視線を遮り、困り顔で代案を出す。

 「……あぁ、ニージェルクロームなら、外で普通に買い物出来るかもな。
  奴は未だ表立って悪事を働いていない。
  だが、奴自身が赤ん坊の玩具を買いたがるとは思えない。
  他に手が無いなら、マトラに頼んでみるのが良いんじゃないか?
  私に言えるのは、この位だ。
  後は自分でやってくれ」

そう言い切ったビュードリュオンは、石化させられない内に退室する。
リタは赤子を回収して、再び石の揺り籠に乗せ、ニージェルクロームを訪ねた。
0454創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/05/29(火) 19:32:32.44ID:Ux5EvhdX
リタの依頼を聞いたニージェルクロームは、難色を示す。

 「えぇ……?
  嫌だよ、ベビー・グッズを買うなんて。
  絶対変な奴だって思われるじゃないか」

同盟に加わっている時点で、変人の汚名ばかりか悪名までも避けられないのに、
そんな小さい事を気にするのかと、リタは呆れた。

 「では、他に適任者を知らないか?」

 「俺に聞かれても困るよ……。
  女の人なら誰でも良いんじゃないか?」

 「同盟で表に出ても怪しまれない者は、悪魔の3体しか……」

同盟の長であるマトラは、気が向けばリタの頼みを聞いてくれるかも知れない。
フェレトリは気位の高さからして、使い走りの様な真似はしたがらないだろう。
サタナルキクリティアもマトラと同様に、可能性は低い物の、気が向けば、或いは……。

 「とにかく、俺は嫌だよ」

ニージェルクロームに断られたリタは、次にサタナルキクリティアの元へ向かう。
しかし、彼女は部屋には居なかった。
サタナルキクリティアは暇があれば、人間社会に紛れて、楽しみを探す。
その中で「少し」の悪事を働いては、人間の愚かしさや狼狽振りを見て笑っている。
街中に使いに出て、大人しく目的だけ果たして帰るとは思えないので、信用ならない部分があると、
リタは考え直した。
悪魔故に自らの楽しみを優先して、忽(うっか)り目的を忘れても、悪怯れもしないだろう。
マトラも似た様な物だ。
0455創る名無しに見る名無し
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2018/05/29(火) 19:34:11.49ID:Ux5EvhdX
そうなると、ある程度は「常識」があって話が通じるフェレトリの方が、適任とも思える。
どうにか言い包めて、その気にさせれば良いのだが……。
リタは地下室の棺で眠っているフェレトリを起こし、先ずは普通に依頼してみた。
予想された通り、フェレトリは難色を示す。

 「何故に我が小間使いの様な真似をせねばならぬのであるか?」

寝起きの不機嫌さも相俟って、彼女は見るも恐ろしい顔をしていた。
それでもリタの目を直視する事は出来ない。
石化の魔眼は悪魔も恐れるのだ。
リタは何とかフェレトリの機嫌を取って、説得しようと試みる。

 「頼めるのは、貴女しか居ないの。
  私は見ての通り、人間離れした姿で、人の中には紛れ込めない。
  人に紛れるだけなら、後の2人でも良いけれど、あれ等は遊びが過ぎる。
  貴女の誠実さと寛大さに縋りたい」

素直に事情を話すリタだが、フェレトリの心は動かない。

 「それは解るがなぁ……」

リタは他者の威を借る事を好まないが、フェレトリが未だ渋るので仕方無く言った。

 「私はマトラより赤子の教育を任された。
  これが貴女の所為で上手く行かなかったとなれば――」

 「否(いや)、満更嫌と言う訳では無いのであるが……。
  こう言う事には、同伴者が居て然るべきであろう?」

フェレトリは慌てて言い繕う。
経産婦を装い、独りでベビー・グッズを買う度胸が彼女には無いのだ。
0456創る名無しに見る名無し
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2018/05/29(火) 19:36:37.60ID:Ux5EvhdX
リタは数極思案し、ある人物の名を挙げた。

 「ゲヴェールトは、どうだろう?」

 「奴かぁ……。
  好かぬな。
  ゲヴェールトが悪い訳では無いのであるがな。
  ヴァールハイトが内に居ると思うとな」

血の魔法使いゲヴェールトは「ヴァールハイト」と言う祖先の精霊を、自らの内部に封じている。
それは時々表出して、彼から肉体の支配権を奪う。
ヴァールハイトの覚醒を妨げる手段を、ゲヴェールトは持っていない。
ベビー・グッズを買うのは良いが、ヴァールハイトに知られて揶揄される事を、フェレトリは嫌がった。

 「では、ニージェルクロームか?」

リタが言うと、フェレトリは暫し考え込む。

 「あれは子供臭うてなぁ……。
  傍目に夫婦(めおと)には見られぬわ」

彼女は男女2人で並んだ時の、他人からの見え方を気にしている。
自分の夫と同時に「父親」の役をするのだから、落ち着きのある大人の男でなければならないと、
勝手に理想を持っているのだ。

 「そうなると、残りの男はビュードリュオンしか……。
  あ、もう1人居たな。
  新顔のスルト・ロームとか言う」

 「あれは爺では無いか!
  ビュードリュオンは悪くは無いが、しかし、人前に出るには纏う魔力が違い過ぎる」

飽くまで夫婦の「振り」をするだけなので、相手は誰でも良いではないかとリタは思うのだが、
フェレトリは妙に拘る。
0457創る名無しに見る名無し
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2018/05/30(水) 19:04:48.03ID:SBn5gQhM
注文の多いフェレトリに、リタは眉を顰めて言った。

 「ニージェルクロームで良かろう。
  彼とて芝居位は出来る筈」

 「ム、ムー、そう願いたい物であるな。
  では、奴を誘ってくれ」

フェレトリは渋々ながら頷き、ニージェルクロームを誘い出せと依頼する。
「えっ」と驚く顔をするリタに、彼女は告げた。

 「そなたの頼みを聞くのであるから、その位は当然ではないか?
  我が直接誘って、妙な勘違いをされても困るのでな」

 「……分かった」

自意識過剰だと呆れつつ、リタは承諾して、再びニージェルクロームの元へ。
彼女の話を聞いたニージェルクロームは、怪訝な顔をした。

 「フェレトリが?
  俺と一緒に?」

 「ああ、独りでは恥ずかしいから、夫婦の振りをしてくれないかと。
  そう言う訳で」

彼は大いに動揺する。

 「いや、でも、他に――」

 「他に居ないから、こうして頼んでいる。
  何よりフェレトリが『貴方が良い』と」

実際には言っていないのだが、リタは誤解されるのを承知で適当を放(こ)いた。

 「お、俺が……?
  参ったなぁ」

ニージェルクロームは困惑した口振りとは裏腹に、満更でも無い風。
自分で頼まないのが悪いのだと、リタは開き直っていた。

 「引き受けてはくれないか?」

 「そこまで言うなら……」

ニージェルクロームは浅りと引き受ける。
単純な男だと、リタは内心で哀れんだ。
0458創る名無しに見る名無し
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2018/05/30(水) 19:06:03.85ID:SBn5gQhM
ニージェルクロームとフェレトリは連れ立って街に出掛ける。
どうなる事やらとリタは心配しながら、部屋に赤子等の様子を見に戻った。
闇の嬰児と言えど疲れはするのか、赤子等は揺り籠の上で大人しくする様になっていた。

 (食事は何を与えれば良えんじゃろう?
  マトラに聞かにゃならんか)

大声で泣き喚かないのは良いが、衰弱死されては困る。
静かに寝付いた赤子等の顔を眺めながら、リタは心の底から湧き上がる愛おしいと思う感情に浸る。

 (今の内に、湯浴みをせにゃ。
  石の肌とて温めりゃと、ビュードリュオンは言うとったしな)

彼女は水を汲んで大釜に貯めると、自らの拳を火打石代わりに打ち付けて、火を熾した。
湯加減を見つつ、未だ水が温い内から体を浸す。
石の体のリタは、熱さや冷たさを余り感じない。
適当に熱して、後は自然に程好く冷めるのを待つのだ。
0459創る名無しに見る名無し
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2018/05/30(水) 19:07:10.51ID:SBn5gQhM
約2角後にニージェルクロームとフェレトリは買い出しから戻って来た。
しかし、リタの元にガラガラを持って来たのは、ニージェルクロームだけだった。

 「リタ、これで良いか?」

彼は手提げ袋に一杯のベビー・グッズを入れて、リタに差し出す。

 「あぁ、有り難う。
  何も問題は起こらなかったか?」

リタは袋を受け取りつつ、ニージェルクロームに尋ねる。
ニージェルクロームは眉を顰め、溜め息交じりに答えた。

 「何も起きなかったよ。
  全然、何も……」

 「そ、そう……」

恐らくは本当に「何も無かった」ので、落胆しているのだろうとフェレトリは考えた。
彼には悪い事をしたと罪悪感を覚えるも、内心で赤子の為だと自分勝手な言い訳をして開き直る。

 「又、何か入り用になったら頼む」

 「ああ」

ニージェルクロームは拒否しなかった。
フェレトリとの仲が悪化した訳では無い様で、リタは少し罪悪感が薄まる。
これにて無事目的の物を手に入れ、リタは静かに赤子達の目覚めを待った。
0460創る名無しに見る名無し
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2018/05/31(木) 18:47:44.19ID:mMjv0svU
それから暫くして、マトラが様子を窺いに来る。

 「どうかな、リタ?
  子供等の世話は見切れそうか?」

 「ええ、大丈夫」

リタの返答に、マトラは満足気に頷いて、赤子等に寄った。

 「可愛い物よの」

マトラが人差し指で赤子の口を撫でると、赤子は彼女の指を口に咥えた。
マトラは赤子を抱き上げて、その儘指を舐らせる。
寝惚けていた赤子は、薄目を開けて、夢中で指を吸い始めた。

 「一体何を……?」

怪訝な顔で問うリタに、マトラは微笑んで答える。

 「我が魔力を分け与えておる。
  こうせねば、これ等は命を保てぬのでな」

それを聞いたリタは衝撃を受けた。

 「な、何!?」

 「驚く様な事ではあるまい。
  私が生み出した存在なのだから」

闇の嬰児はマトラから離れては生きて行けない運命なのだ。
0461創る名無しに見る名無し
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2018/05/31(木) 18:49:20.81ID:mMjv0svU
こんな非道が許されるのかと、リタは愕然とした。
彼女にとって赤子とは永遠の宝であり、冒すべからざる物。
だが、この無邪気な赤子等の将来は生みの母によって運命付けられており、逃れる事は出来ない。
リタは無意識にマトラを睨んでいた。

 (悪魔とは何と恐ろしい生き物じゃ)

マトラの恐ろしい企みも知らずに、赤子は彼女に甘えて、その指を貪っている。
やはり生みの親には勝てないのかと、リタは歯噛みして悔しがった。
その内に、嫉妬の感情が湧き起こる。

 (お前達の母は、お前達の事なぞ愛しておらんのじゃ。
  何程〔なんぼ〕愛想を振り撒いた所で、使い捨てられるんよ)

 「ホホホ、よく吸うの。
  心行くまで味わうが良い」

強大なマトラの力を存分に食らい、闇の嬰児は見るからに大きく重くなる。
何点も掛けて倍の大きさに膨れた赤子は、大きな噫気(げっぷ)を吐いて再び眠った。

 「可愛い物よ」

そう笑うマトラは、次の赤子の口に人差し指を突っ込む。

 「余り飲ませ過ぎは――」

赤子を心配するリタだったが、マトラは平然と応えた。

 「私が生んだ物なのだから、加減は分かっておるよ」

彼女は早く赤子に力を付けさせ、十分な戦力にしたいのだ。
その企み通りには行かせないと、リタは小さな反抗を決意していた。
0463創る名無しに見る名無し
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2018/05/31(木) 18:50:09.30ID:mMjv0svU
「フェレトリ、買い出しに出掛けるんだろう? 付き合うよ……って、その格好は?」

「私は太陽が苦手でな」

「グラマー人みたいだ」

「……可笑しいか?」

「いや、そんな積もりで言ったんじゃなくて……」

「行くぞ」

「あっ、あのさ、俺達は一応夫婦なんだよな?」

「芝居の上ではな」

「だったら、もう少し夫婦らしくしないと行けないんじゃないか?」

「夫婦らしくとは?」

「手を繋いだり、腕を組んだり――」

「するのか?」

「並んで歩く位はした方が良いと思う」

「フム、そう言う物か……」
0464創る名無しに見る名無し
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2018/06/01(金) 19:15:56.28ID:iAzBUPwx
「入らっしゃいませ! 何をお買い求めですか?」

「赤子の玩具(がんぐ)を探しておる」

「えっ、えぇ……赤ちゃん用の玩具ですね?」

「そう言うておろうが」

「フェレトリ、ここは俺が……。ベビー・グッズを探してます」

「はい、こちらです。どうぞ。お二人は御夫婦で?」

「あ、はい。へへへ」

「奥様はグラマーの方ですか?」

「えー、はい、そうです」

「越境結婚?」

「そんな所です」

「それは、それは……。お子様の出産予定は?」

「えぇと、もう産まれています」

「まあ、お目出度う御座います」

「有り難う御座います」

「お子様は、何箇月でしょう」

「えー、這い這いとか、掴まり立ちを始めた位の」

「1年位ですか?」

「その位です」
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