X



トップページ創作発表
565コメント719KB
ロスト・スペラー 18
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/02/08(木) 18:42:15.87ID:S22fm2qA
夢も希望もないファンタジー

過去スレ

https://mao.5ch.net/test/read.cgi/mitemite/1505903970/
http://mao.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1493114981/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1480151547/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1466594246/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1455282046/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1442487250/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1430563030/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1418203508/
http://hayabusa6.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1404902987/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1392030633/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1377336123/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1361442140/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1347875540/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1334387344/
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1318585674/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1303809625/
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1290782611/
0254創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/03/30(金) 18:30:15.53ID:S2aBQOTc
遅垂/遅弛(ちんたら)


暢(の)んびりしている様を表した言葉です。
語源は幾つか考えられ、その一つが「チンタラ蒸留器」です。
正式名称は「兜釜式蒸留器」。
樽形の覆いに逆さ円錐状の蓋をして、覆いの中で醸造酒を熱します。
逆さ円錐状の蓋には水を注いでおきます。
そうすると、蒸発した水分とアルコールが蓋で冷やされ、円錐の先に集まって垂れて来ます。
それを樋(とい)で覆いの外に流し、器に溜めます。
こうして蒸留酒が出来上がると言う訳です。
蒸気で「チンチンと音が鳴る」事を「チンタラ」の語源とする説がありますが、多少疑問です。
これは鉄蓋の鍋や薬缶を熱すると、蒸気で蓋が「チンチン」と鳴る事から、「沸騰する位に熱い」事を、
「チンチン」と表現した物と混同したと思われます。
「チンタラ蒸留器」の名は薩摩の方言で、遅い事を「ちんちん」と言った事に由来するとされています。
「ちんちん」の語源は「遅々(ちち)」で、これが「ちぃちぃ」から「ちんちん」に変化したそうです。
「たら」は「垂れる」事で、「ちんたら」は「遅く垂れる」の意味。
チンタラ蒸留器とは、少しずつしか蒸留酒が集まらない事を指して、そう呼ばれる様になりました。
しかし、「たらたら」には元々「行動が遅い様子」を表す意味があります。
これの語源も「垂れる」、「液体が少しずつ流れる様子」、「張りが無く弛んでいる様子」で、
「だらだら」、「とろとろ」にも通じます。
「ちんたら」は蒸留器とは別に、「ちんちん(遅い)」と「たらたら(弛んでいる)」を合わせた物とも、
考えられる事を記しておきます。
0255創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/03/30(金) 18:31:59.68ID:S2aBQOTc
焦(じ)り焦(じ)り


「じりじり」は物を熱する様子と、少しずつ物事が進行する様子の2つの意味があります。
前者は「じりじりと太陽が照り付ける」、後者は「じりじりと期日が迫る」の様に言います。
物事が遅々として進まない事を焦る気持ち、「焦(じ)れる」に関係する言葉です。
「じわじわ」とも通じます。
前者と後者を区別する為に、「擦り付ける」と言う意味の「躙(にじ)る」を用いて、
後者を「躙り躙り」としても良いかも知れません。


糞(ば)っちい/糞(ばっ)ちい


語源は「汚い」と言う意味の「糞(ばば)しい」です。
それが変化して、「ばばちい」、「ばばっちい」、「ばっちい」等となりました。
「糞(ばば)」は字の通り、排泄物、「糞(くそ、ふん)」の事です。
ネコババの「ババ」も同じと言われます。
「泥」や「汚れ」を言う事もあり、「糞塗(ばばまみ)れ」の様に使われます。
0256創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/03/30(金) 18:32:28.31ID:S2aBQOTc
脱磁(消磁)


脱磁と消磁は、どちらも磁気を取り除く事を言い、同じ意味で使われます。
消磁は字の通り、磁性を消す事です。
その反対に磁性を付加する事は「着磁」なので、「着脱」で、「脱磁」とも言う様です。
「磁性を消す」と言っても完全に消す事は難しいらしく、対極の磁性を弱めつつ交互に与える事で、
影響を出来るだけ少なくする方法が一般的との事です。
0257創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/03/31(土) 19:28:33.96ID:ip+0NQvj
終末への誘い


ティナー地方ボルクラム街道にて


ボルガ地方とグラマー地方を繋ぐボルクラム街道の傍の小道を、水鳥の親子が歩いていた。
道行く人々は、それを微笑ましく見守っていたが、野良の小猫が雛を掻っ攫った。
猫は雛を銜えて茂みに隠れ、水鳥の親子は散り散りになった。
誰も何も出来ずに、それを見ているだけだった。
猫は本能の儘に狩りを行ったのであり、これを咎める事は出来ない。
残酷だが、愛らしい猫とて、食わねば生きて行けないのだ。
皆、知っている。
奇跡の魔法使いチカ・キララ・リリンは、偶々その現場を目撃してしまった。
しかし、彼女にも何も出来はしない。
彼女は猫を追い掛けて、雛を解放させる事が出来る。
だからと言って、その行動が何になる訳でも無い。
猫が獲物を狩る事は悪ではない。
水鳥とて魚や虫を食らっている。
可愛い、可愛くないと言う主観を盾に、命の重さを決め付ける事は愚かだ。
人は動かし難い現実を前に、無力感を噛み締めるのみ。
奇跡の魔法使いであるチカも同じく。

 「諦めるのか?」

嫌な気分で俯いた彼女に、声が掛かった。
チカの視線の先には、見た目10代前半の、少年の様な格好をした少女が居る。

 「誰だ?」

警戒して問い掛けるチカに、女の子は自らの魔法を名乗った。

 「言葉の魔法使い」
0258創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/03/31(土) 19:29:17.49ID:ip+0NQvj
相手が同類である事に、チカは気を緩めるも、話し相手をする気にはなれなかった。

 「今は気分が悪い。
  放って置いてくれないか」

彼女は魔城事件以後、反逆同盟から距離を置いた。
共通魔法社会への復讐を心の支えに生きて来た彼女は、今更その正しさに迷っていた。
幾ら考えても、どうするのが良いのか分からない。
復讐と称して残酷な行為を愉しむ気にはなれない。
嘗ては、そんな事は全く気にしなかったのに、今は何も彼もが恐ろしい。
だが、共通魔法使いを許す気にもなれない。
過去と現在に折り合いが付けられず、チカは苦しんでいた。
言葉の魔法使いは、冷淡に突き放されても、構わず声を掛ける。

 「どうして雛を助けなかった?」

チカは舌打ちして、言葉の魔法使いに言い返す。

 「自然の物の成り行きは、自然に任せる他に無い。
  私が雛を助けても、猫は別の所で他の物を襲う。
  腹を空かせている限り」

 「そんな事は理由にならない。
  君は本心では助けたいと思っていたのに、理性で止めてしまった。
  どうしてかと聞いているんだ」

 「……無意味だから」
0259創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/03/31(土) 19:29:56.70ID:ip+0NQvj
苦々しく吐き捨てる様に言ったチカに、言葉の魔法使いは尚も続けた。

 「よく解っているじゃないか……。
  世の中に意味のある事なんか、何一つ有りはしない。
  それなのに、君は未だ下らない事に拘り続けるのか」

 「下らなくなんかっ……」

復讐の事を言われていると思い、チカは反発した。
彼女の両親は共通魔法使いに追われて死した。
共通魔法使い達には、その報いを受けさせなければならない。
そう信じて孤独な戦いを続けて来た。

 「共通魔法使い共を許せと言うのか!」

チカは拳を強く握り締め、黒い魔力を纏う。
黒い魔力は心が怒りと憎しみに染まり切った証。
心の中だけに留まらず、溢れ出した分が魔力をも黒く染めるのだ。
言葉の魔法使いは惚けて、小さく笑った。

 「何の話?
  そんな事は言ってないけど」

その人を小馬鹿にした態度が、今のチカには我慢ならない。

 「もう良い」

彼女は言葉の魔法使いから視線を逸らして、足早に去ろうとする。
0261創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/01(日) 17:51:17.99ID:ePnA/3Tg
言葉の魔法使いは「呼び止めた」。

 「意地を張るのは止めたら?
  本当は好い加減、疲れて来てるんだろう?
  怒りも、憎しみも、恨みも、悲しみも、所詮は有限の物なんだ」

チカは足を止め、唖然として立ち尽くす。
言葉の魔法使いは真実を言い当てていた。

 「300年は人間には長過ぎる。
  君は保(も)った方だよ。
  よくも300年も。
  どんな感情も、そんなに長続きはしない。
  やがて輝きを失い、乾いて擦り切れ、味気無い物になってしまう。
  だが、それで良い、それが正しい。
  君は本当の意味で、『魔法使い』になろうとしているんだ。
  お目出度う、歓迎するよ」

突然の祝福に、チカは戸惑う。
彼女は振り返って、言葉の魔法使いを凝視する。

 「本当の……、魔法使い……?」

 「君は人間を超越した存在になる」

 「超越……?
  解らない、何を言っている?」

チカは「真の魔法使い」に就いての事を、何も知らないのだ。
魔法を使うだけが、魔法使いではない。
神が居た、巨人が居た、人間が居た、悪魔が居た。
それだけが真実ではない。
0262創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/01(日) 17:52:37.66ID:ePnA/3Tg
チカは念の為に確認した。

 「貴女は反逆同盟の者では……」

 「無い。
  あんな無粋な連中と一緒にしないでくれ給い。
  しかし、共通魔法使いの味方と言う訳でも無い。
  どちらにも付かない、中立の者だ」

「中立」と言われ、チカの心は揺れた。
共通魔法使いと反逆同盟の争いに興味を失いつつあった彼女は、心の底では復讐に代わる、
新たな生き方、価値観を求めていた。
目の前の者が、それを齎してくれるのではないかと期待したのだ。
言葉の魔法使いはチカを誘惑する。

 「もう復讐は止めよう。
  300年間、君は孤独に耐えて戦い続けた。
  もう十分だ、誰も君を責めたりはしない」

甘い言葉にチカの心は大きく傾くも、倒れるまでには至らない。

 「……ここで止めてしまったら、父や母の無念は、どこへ行く?
  私の300年は何だったのだ?」

 「全ては泡沫だよ。
  君の御両親も、君の300年も、君が犯した罪も、何も彼も過去の出来事。
  記憶の彼方に消え去る定めの物に過ぎない。
  そんな物に囚われ続ける事は無い」

言葉の魔法使いの囁きに、チカは虚無感と虚脱感を覚える。
抗い難い超然とした巨大な渦流に呑まれて、精神が摩滅して行く様な錯覚に陥る。
0263創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/01(日) 18:00:30.10ID:ePnA/3Tg
チカは虚無の先にある、達観を捉えつつあった。
彼女は後一歩踏み出せば、真の魔法使いに至れる境地にあった。
言葉の魔法使いとの出会いは偶然の物で、それも少し言葉を交わしただけに過ぎないのだが、
真の魔法使いになる切っ掛けとは、本当に些細な物なのだ。
しかし、彼女は「後一歩」の踏み出しを躊躇する。
自らの300年を虚無に帰して良い物か、父母の無念を晴らさずにおいて良い物か?
踏み出した先には、多くの魔法使い達と共に、敬愛して止まない師が居る。
その一歩で師と同じ境地に至り、対等な存在になれるとチカは直観していた。
彼女は師との過去を回想する。
そこには復讐に囚われる以前の幸せだった日々がある。
だが、それをチカは自ら捨て去ったのだ。
生地を追われた父の、母の無念を想えば、悲嘆の慟哭を抑える事が出来ない。

 「あ、ア゛ァ……、オ、オオ゛ォォ……!!」

チカは人目を憚らず、その場で泣き崩れた。
言葉の魔法使いは彼女を哀れみ、銅錆の魔法(※)を掛けて、衆目から逃れさせる。
過去を振り切らない限り、チカは永遠に真の魔法使いにはなれない。
自らの幸福のみを考え、復讐心を捨て去ろうとしても、全ての根源である出生から目を逸らせない。
彼女にとって、過去の幸福と現在の復讐は地続きであり、決して切り離せる物ではないのだ。


※:輝く金色と反対の暗い青緑色から、人を目立たなくさせる魔法の総称。
  共通魔法に於いては、「対象を人の意識から外す魔法」で、扱いの難しい上級魔法。
  尚、「銅錆」の読みは「どうさび」で、緑青(ろくしょう)の事。
0264創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/02(月) 18:47:02.72ID:YASq3Tbe
人は自らを成形する過去無しには、存在し得ない。
過去の無い者は空虚。
チカが真の魔法使いに生まれ変わるには、復讐鬼と成り果てた「今」を否定しなければならない。
だが、復讐を遂げぬ儘では、彼女は新しい自分を肯定出来ない。
自らを否定するにしろ、肯定するにしろ、先ず成し遂げなくては始まらないのだ。
全てが終わって、漸く彼女は自分を受容出来る。
しかし、何を以って復讐は終わりを迎えるのだろうか?
「共通魔法社会」と言う途方も無い物を仇敵と定めてしまったが為に、チカが復讐を果たすのは、
事実上不可能になってしまった。
もう彼女は詰みに陥っているのだ。
言葉の魔法使いは、チカに同情して優しく囁いた。

 「未だ人の心が生きているのだな。
  終わらせられない理由があるのか……。
  好きなだけ時間を掛けるが良い」

そう告げると、言葉の魔法使いは姿を消す。
俯くチカの耳に、可弱い猫の鳴き声が聞こえた。
水鳥の雛を襲った、あの猫が何食わぬ顔で通りに戻り、道行く人に愛想を振り撒いて歩いている。

 (醜い。
  どうして世界は欺瞞に満ちているのだろう……。
  己が裡に醜悪さを包み隠し、その事実から目を逸らして、平気な振りをしている)

真の魔法使いになると言う事は、その極致である。
あらゆる柵を乗り越え、善悪をも超越し、欺瞞の衣を着て平静を装うのだ。
そうなる事は自分には出来ないと、チカは確信した。
0265創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/02(月) 18:48:54.05ID:YASq3Tbe
チカも又、醜い生き物であった。
彼女は復讐の名の下に、様々な悪行を積み重ねて来た。

 (私は『外道』と蔑まれて来た者達が味わった苦しみを、共通魔法使い共にも与えたかった。
  故郷を追われ、父母を失う悲しみを思い知らせたかった。
  それが『過ち』だった。
  悪魔共の言う通りだった。
  私は復讐に悦びを見出だし、自分の心を慰めていた)

彼女は漸く自分の「悪」と向き合う。

 (今、私の手には全てを終わらせる術がある。
  何を躊躇う事がある?
  こんな世界、滅んだ方が良いではないか……。
  今までの私は間違っていた。
  共通魔法使い共を痛め付けよう、苦しめようと思い続けて来た。
  憎しみを以って憎しみを晴らそうとするから、終わらなかった)

思い切れば、絶えず心の中に掛かっていた靄が、俄かに晴れる。

 (終わりにしよう。
  『明日の私』の為に。
  悦びも悲しみも要らない。
  全てを消し去り、怨みも憎しみも忘れて、『終わらせよう』)

今、初めてチカは「愛」を捨てる決意をした。
真の魔法使いになる為に。
0266創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/02(月) 18:55:18.88ID:YASq3Tbe
第四魔法都市ティナー バルバング工業区にて


そして彼女は、五度ワーロックと対面する。
全ての決着を付ける為に。
廃屋が立ち並ぶ心(うら)寂れた通りで、彼女は待ち構えていた。

 「やあ、ラヴィゾール」

穏やかな調子の呼び掛けに、ワーロックは声の主がチカとは思わず、反応する。

 「ラヴィズ――オ゛ォッ!?
  貴女は……!」

振り向いて漸く正体に気付き、慌てて身構える彼に、チカは冷静に告げる。

 「今日は戦いに来たのではない。
  ……否、お前と戦う為に赴いた事は、過去一度も無かったな」

自分が発した言葉の可笑しさに、彼女は独り自嘲した。
呆気に取られているワーロックに、彼女は改めて告げる。

 「今日は宣言をしに来た。
  決着を付けよう、ラヴィゾール。
  それと――」

話の途中で、チカは不意にワーロックの背後に目を遣った。
その先には2人の師である老魔法使い、アラ・マハラータ・マハマハリトが居る。

 「師匠、貴方とも」

チカの言葉を聞いて、初めてワーロックは振り返り、師の姿を認めて驚愕した。

 「師匠!?
  何故ここに!」

マハマハリトはワーロックには応えず、真剣な表情でチカを見詰めている。
0267創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/03(火) 18:31:40.01ID:nn/Wja8u
ワーロックはマハマハリトとチカに挟まれる形で、居心地の悪さを感じ、数歩横に移動して、
マハマハリトとチカを結ぶ直線上から外れた。
3人共、口を利かず、緊張した空気になる。
最初に沈黙を破ったのは、マハマハリト。
彼はチカに向かって話し掛ける。

 「漸っと会えたな」

 「私を追って来て下さったのですか?」

 「そんな所じゃな」

 「私を止める為に?」

 「そうじゃな」

淡々とした両者の遣り取りを、ワーロックは傍で大人しく聞いていた。
チカは徐に、懐から一冊の魔法書を取り出して、ワーロックとマハマハリトに見せ付ける。
魔法書は縦1足×横1手×厚さ1節で、懐に自然に収まる様な大きさでは無いので、
どこに仕舞っていたのかとワーロックは訝った。
魔法使いとは不思議な物なのだ。
チカは口の端に小さな笑みを浮かべて、書の内容を説明する。

 「これには世界を終わらせる魔法が記されている。
  嘘や冗談ではない。
  地上を跡形も無く消し飛ばせる」

 「世界を……終わらせる?」

一々反応するワーロックとは対照的に、マハマハリトの表情は変わらない。
真っ直ぐチカを見詰め続けている。
チカはワーロックとマハマハリトに交互に視線を向けて言った。

 「私達は決着を付けねばならない。
  幸い、ここに居る者は皆、同じ心を持っている様だ。
  時と場所は既に定めてある。
  1週後、カターナで」
0269創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/03(火) 18:33:31.62ID:nn/Wja8u
彼女の唐突な宣言に、ワーロックは目を剥いて驚いた。

 「カターナって、どこで!?」

 「その位は自分で探し当てろ」

チカがワーロックに向ける瞳は冷たい……かと思えば、彼女は行き成り破顔して言う。

 「私は共通魔法使いを絶対に許さない。
  共通魔法使いは絶滅させる。
  この『逆天<オーバースロー・オブ・ヘヴン>』の魔法でな。
  魔法大戦の再現だ。
  止めたくば追って来い!」

 「逆天!?
  魔法大戦!?
  一体、何を……って、あっ!」

ワーロックの問には答えず、チカはマントを翻して姿を消す。
マハマハリトは彼女が居た位置を見詰めた儘。
ワーロックは恐る恐る、マハマハリトに声を掛けた。

 「師匠、お久し振りです」

 「ウム」

 「又、会えて嬉しいです」

 「儂としては、甚だ不本意な再会じゃがな」

素直に師との再会を喜ぶ彼とは対照的に、マハマハリトの表情は硬い。
0270創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/03(火) 18:34:49.55ID:nn/Wja8u
再会を不本意と言われ、ワーロックは少し気落ちした。
マハマハリトは漸く表情を緩めて、彼に言い訳する。

 「誤解するでない。
  この様な形で会いたくは無かったと言う事じゃ。
  『もう会う事は無い』と格好付けたにのぉ……」

苦笑いするマハマハリトに、ワーロックは尋ねた。

 「あの人も師匠の弟子だと言うのは、本当ですか?」

マハマハリトは気不味そうに答えた。

 「『元』弟子じゃよ。
  大昔に破門した。
  本当は儂独りで片付ける積もりじゃったが、こんな事になって済まんの」

 「いいえ、私は別に何とも……」

 「お前さんには、お前さんで、やらねばならん事があろうに」

それはワーロックの息子ラントロックの事だ。
ワーロックはマハマハリトに息子の話をした覚えは無いが、人の心を読む位は当然の様にする、
師の事なので、全て知られている前提で話に応じた。
確かにマハマハリトの言う通り、今のワーロックは他人事に関わっている暇は無い。

 「いえ、あの人の事は私にとっても無関係ではありません。
  彼女は反逆同盟の一員です」

しかし、チカから反逆同盟の内情を聞き出せれば、息子を取り戻す事に繋がると、
ワーロックは理屈を捏ねた。
マハマハリトの表情が苦々しい物に変わる。

 「儂が腑甲斐無いばかりに、本当に済まん。
  あの馬鹿弟子め」

幾ら破門したと言っても、やはり未だ彼の中では、チカは弟子なのだとワーロックは感じた。
0271創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/04(水) 18:38:10.47ID:dBkD04nY
師が悪弟子にも情を残している事を彼は嬉しく思うも、同時に謝罪してばかりの態度には、
寂しさを覚える。

 「謝る必要はありません。
  それより、早く彼女を止めに行きましょう。
  1週後にカターナ地方で……詳しくは判りませんが、何か大きな事件を起こす積もりです」

ワーロックに急かされ、マハマハリトは項垂れて従う。

 「『逆天の魔法』……。
  あれが本物ならば、地上は無事では済まん。
  そして、奴は本気と来た。
  儂が……、否、『儂等』で何とかせねばな」

徐々に言葉に力強さが戻るマハマハリトを見て、ワーロックは安堵した。
師と仰ぐ人物が、何時までも塞いだ儘では不安になるのだ。
最寄の駅に向かって歩きながら、2人は会話した。

 「その『逆天』と言う魔法が何なのか、師匠は御存知なのですか?」

 「お前さんは知らんのか?
  魔法大戦の号砲となった魔法の事を」

ワーロックは古い記憶を呼び起こす。
魔法大戦の伝承の詳細は、公学校では教わらない。
教科書には「魔法大戦」があった事、その結果、旧い文明が全て滅んでしまった事しか、
書かれていない。
だが、魔法大戦の伝承は昔話の体で、常識として知っている者が多い。
ワーロックも共通魔法使いの多分に漏れず、その一人であった。

 「えぇと、3箇月を掛けて唱えたと言う、あの――」

 「そう、それじゃ。
  天空から地上に星を落とす大魔法。
  彼奴が如何にして、手に入れたのかは知らんが……」
0272創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/04(水) 18:39:33.49ID:dBkD04nY
伝承が事実であれば、3月も猶予があるのではとワーロックは思った。

 「発動までに3月掛かるなら、未だ余裕がありますね」

その発言をマハマハリトは戒める。

 「あれは天体の周期に合わせたんじゃよ。
  13星の1つ、クリフトスを地上に落とすのに、それだけの時を要したと言う事。
  早めようと思えば、幾らでも早められる。
  奴が1週後と言い切った以上、1週後に実行するじゃろうな」

そこまでの力がチカにあるのかと、ワーロックは疑問に思った。

 「本当に1週後に出来るんでしょうか……?」

 「何も拘らず、何も顧みなければ」

 「ど、どうやって止めましょう?
  魔導師会に頼んでみましょうか?
  今、私達は魔導師会と協力関係にあるんです。
  話すと長くなりますが……、あぁ、反逆同盟の話を先にしないと行けないか……」

チカをどう抑えるか相談する前に、現状をどう説明した物か、ワーロックは頭を悩ませる。
何しろ、マハマハリトとは十数年振りの再会だ。
その間に多くの出来事があった。

 「こんな時で無ければ、緩(ゆっく)りと話したい所なんですが……」

 「解っておる。
  多くを語らずとも、必要な事だけ言えば良い」

ワーロックとマハマハリトは駅で馬車鉄道に乗り込み、カターナ地方へと向かう。
高速で走行する馬車に揺られ、2人は今日までの事を語り合った。
0273創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/04(水) 18:41:39.64ID:dBkD04nY
「あれから色々ありまして、私は所帯を持ちました。今は娘が1人、息子が1人居ます」

「一人称も変わったな」

「気分的な物です。人の親になって、変わらなくてはと言う思いが強くなりました」

「俗になった」

「元から俗な性格でしたよ……。師匠、反逆同盟なる組織は御存知でしょうか?」

「噂には聞いておる」

「共通魔法社会を転覆させようと言う、旧い魔法使い達の集団らしいのですが……」

「ウム」

「リーダーは『ルヴィエラ』と言う悪魔だそうです」

「あの性悪か」

「面識が?」

「まぁ、のぅ……。碌でも無い奴じゃよ。お前さんも気を付ける事じゃ」

「はい。そのルヴィエラ率いる反逆同盟と戦う為に、私達は魔導師会と一時的な協力関係を、
 結んだのです」
0274創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/05(木) 18:16:50.31ID:Cd2bXNjW
「私『達』?」

「はい。反逆同盟の増長を快く思わない、共通魔法社会の外で生きる者達です」

「呼び掛けたのは、差し詰めレノック辺りかな?」

「はい。幾らかは私も関係しましたが」

「……儂は己の愚かしさが嫌になるよ。今の今まで、呑気に構えておった」

「過去を悔やむのは後回しです。今は前だけを見ましょう」

「そうじゃな。こうなってしまった以上は、この命に代えてもチカを止める」

「あの、師匠、魔導師会に協力して貰いましょう。その方が確実です」

「我が儘を言わせて貰えるなら、それは止して欲しい」

「お気持ちは解ります。師匠と彼女、師弟の間の事です。しかし――」

「儂を信じて任せてはくれんか」

「……解りました。でも一応、連絡だけはしておきますよ」
0275創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/05(木) 18:18:53.25ID:Cd2bXNjW
「ルヴィエラは、どの位の強さなんでしょう?」

「悪魔の中でも強い方じゃな。元々は、そうでも無かったが……。強力な悪魔の魂を取り込み、
 手の付けられん化け物になった。真面に戦おうとは思わん事じゃ」

「……師匠も『悪魔』なんですか?」

「大昔には、そう呼ばれた事もあったよ。真面な人間は100年生きれば長い方で、200を越せば、
 化け物じゃろう。『普通の人間は何千年も生きられない』。常識じゃな」

「人間とは違うって事ですか」

「同じとは言い難い」

「私は何も知らないで、他の魔法使いの皆さんと、同じ様な存在になりたいと思っていました。
 虎に施しを受けた猫は、自分も虎の仲間だと錯覚するのでしょうか?」

「そんな事を思っとったんか……」

「結局、私は『新しい魔法使い』になりました。そうならざるを得なかった、他に道が無かったのです」

「それは自己の形に拘った結果じゃよ。望んで『成った』んじゃろう? 成らない道もあった。
 成れる道もあった」

「はい。後悔している訳ではありません。但(ただ)、以前(まえ)から何と無く思っていたんです。
 私は師匠や他の魔法使いの皆さんとは根本的に違うと」

「君は――」

「今は何とも思っていません。私は『私』である事に、誇りを持っています。済みません、
 変な話をしました。昔の感傷を思い出しただけです」
0276創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/05(木) 18:20:03.29ID:Cd2bXNjW
「所で、13星って何ですか?」

「黄道に輝く13の星じゃ」

「12星では?」

「シーゾス、ベルデス、カロメス、カタイギダス、アクティス、イシストス、スタテロス、ボーリアス、
 シクロス、ブラディス、メノス、アルゴス……。クリフトスが堕ちて、12星となった」

「旧暦では13星だった?」

「古くは12星じゃった。クリフトスだけ発見が遅れた」

「そのクリフトスが『逆天の魔法』で……」

「信じられんか?」

「その後、地上は……?」

「海に沈んだ。伝承の通りじゃな。多くの命が失われた」

「クリフトスが落ちて、魔法大戦が『始まった』? 『終わった』の間違いでは……?」

「いや、『始まった』んじゃよ。魔法の世界が訪れ、地上の法則は出たら目になった」

「法則が……出たら目に?」

「解らんか?」

「想像も付きません」

「……『途方も無い物<テラトディア>』と相対した時の為に、君には教えておこう。魔法の世界とは――」
0278創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/06(金) 18:42:28.69ID:1Ono0h+x
動乱の後に


所在地不明 反逆同盟の拠点にて


第四魔法都市ティナーで、協和会を隠れ蓑に重大な事件を起こした反逆同盟の一同は、
協和会が潰れた後、再び拠点に戻った。
血の魔法使いヴァールハイトは、マトラに告げる。

 「やはり魔導師会を叩き潰さぬ限りは、地上で思う様に振る舞う事は難しい」

協和会を利用してティナー地方を支配しようと言う、『彼の』企みは失敗した。
人、物、金で企業を抱き込めても、魔導師会を止められないのでは、意味が無い。
マトラは嫌らしい笑みを浮かべて、ヴァールハイトに言った。

 「そう焦るでない。
  所詮は人間、我が力の前では滓に過ぎぬ」

 「なれば、その力を揮って頂きたいのですが」

 「私は今、試している所なのだよ。
  どこまでなら『許される』のか……。
  我が居城を召喚した際は、直ぐ聖君に嗅ぎ付けられた。
  流石に、あの位になると看過されぬらしい」

マトラは己の強大な力を振るうのに、配慮している。
彼女等「悪魔」は、本来地上に存在してはならない物。
旧暦の様に、人類の危機には「神」の介入があるのではないかと恐れている。
神の力は絶大だ。
「弱い」悪魔は認識されただけで、存在を保てなくなる。
「強い」悪魔でも睨まれるだけで、消滅してしまう。
恐らくは、マトラでさえも。
0279創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/06(金) 18:44:52.34ID:1Ono0h+x
 「しかし、聖君の器は既に――」

もう聖君が現れる事は無いのではないかと、ヴァールハイトは疑問を差し挟む。
マトラは真顔で答えた。

 「器の有無は問題にならぬ。
  アダムズ君が魔導師会の支部を壊滅させた時、神の介入があった。
  神が力を揮うのに、器を介す必要は無い。
  どうしても『魔導師会』を倒したいと言うならば、私以外の物を使うのだな。
  フェレトリやクリティア程度ならば、全力を出した所で神に目は付けられまい。
  私の手駒を貸してやる事も出来る」

彼女の言う「手駒」とは、影の魔物の事だ。
ヴァールハイトは暫し思案して言った。

 「……未だ決戦には早い。
  戦力を整えた所で、正面から当たるのは下策。
  大人しく時を待つとしよう」

慎重さを発揮し引き下がった彼を見て、マトラは内心で小馬鹿にする。

 (自らの力で戦えぬ者は哀れよの)

これでは面白くないと、マトラは溜め息を吐いた。
力が弱くとも、暴走する位の無謀さが欲しいと彼女は思う。
好戦的なアダマスゼロットや、共通魔法社会に恨みを持つチカは望み通りの人材だったが、
如何せん可愛気が無かった。
0280創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/06(金) 18:46:45.02ID:1Ono0h+x
同盟の面子は皆それなりに賢く、B3Fであっても、魔導師会と正面から当たる事には、
難色を示すだろう。
もっと単純で後を顧みない者を、マトラは欲していた。
しかし、唯々諾々と命令に従うだけの存在も面白くない。
我が儘な彼女の真の目的は退屈を凌ぐ事であった。
地上が混乱する所を見物したいのであり、支配しようと言う気は更々無い。
どうした物かと悩むマトラに、B3Fのテリアが駆け寄る。

 「マトラ様、大変、大変!」

 「何事だ?」

少し湧く湧くしながら、マトラはテリアの言葉に耳を傾けた。

 「トロウィヤウィッチが脱走したんだ!」

 「それで?」

 「そ、それで……?
  えぇと、連れ戻さなくて良いのか……?」

困惑するテリアが面白く、マトラは態と意地悪を言う。

 「分かっているならば、そうすれば良かろう」

 「いや、でも、あの、トロウィヤウィッチは手強いから……」

 「何だ、見す見す逃したのか?」

反論出来ずに小さくなるテリアを見下して、マトラは呆れた。

 (どいつも、こいつも、自力で何とかしようとは思わないのかねェ)
0281創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/07(土) 17:33:56.57ID:zh76fRAj
彼女は深い溜め息を吐き、テリアを突き放す。

 「離れた者は仕方あるまい。
  トロウィヤウィッチが居なくなった所で、私は構わぬよ。
  人を操るだけなら、他にも出来る者は居るしな」

 「そ、そんなぁ!
  ネーラとフテラも一緒に行ったんだよ!
  スフィカは残ってくれたけど……」

テリアの必死の訴えに、マトラは顎に手を遣り思案した。

 (誰が抜けようと、どうでも良いんだけどねェ。
  余り離反者が多い様では、組織としての体面に関わるか)

考えを纏めた彼女は、テリアに告げる。

 「そうだな、ネーラとフテラには戻って来て貰おうか……。
  B3FがB2では寂しかろう」

テリアの表情が俄かに明るくなった。

 「はいっ!」

 「では、行くが良い」

マトラの言葉にテリアは再び戸惑う。
無慈悲で無情なマトラは、どうした事かと訝った。

 「何だ、未だ何かあるのか?」
0282創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/07(土) 17:36:51.62ID:zh76fRAj
テリアは怖ず怖ずと口を利く。

 「あっ、あの……。
  マトラ様は協力してくれないの?」

 「何故、私が」

マトラは驚いた顔で理由を問うた。
テリアは非常に気不味そうに、辿々しく答える。

 「いや、だって、その、トロウィヤウィッチは手強いし……」

 「あぁ、魅了の力か……。
  敵に回すと厄介な物だな」

彼女は数極の間を置いて反応し、気怠るそうに溜め息を吐いて、小さく唸った。

 「ムー、気乗りせんなぁ……。
  誰か魅了の効かなそうな奴を適当に連れて行け。
  私の指示と言う事にして構わん」

叱叱(しっしっ)と追い払う仕草をされたテリアは、仕方が無くマトラの前から去った。
余程口が上手くない限り、マトラを翻意させて動かすのは難しい。
テリアが執拗に食い下がらなかったのは、明らかに「上位」の存在を恐れている為だ。
実力に天地の開きがあるので、変に機嫌を損ねてしまうと、命に関わる。
マトラとて安易に他者の命を奪いはしないが、「基準」が人間の倫理とは大きく異なる。
0283創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/07(土) 17:46:52.20ID:zh76fRAj
テリアが去った後、マトラは留守中に他に変わった事は無かったかと、全員の顔を見に行った。
トロウィヤウィッチ・ラントロックと共に、ヘルザ・ティンバーまで姿を消していた事には少し驚いたが、
他に大きな動きは無い。
ラントロックとヘルザが脱退した事を、大きな問題と捉えている者も少なかった。
最後にマトラは予知魔法使いのジャヴァニ・ダールミカの部屋を訪ねる。
ラントロック等の離脱が同盟の今後に、どの様な影響を及ぼすか聞いておきたかったのだ。
しかし、彼女がジャヴァニと会う事は叶わなかった。
ジャヴァニの部屋から出て来たのは、朽葉色のローブを着て、顎鬚を長く垂らした、銀髪の老翁。

 「誰だ?」

マトラは眉を顰め、些かの動揺もせず、堂々と質問した。
老翁も又、堂々と名乗る。

 「我は予知魔法使いスルト・ロアム。
  全知の魔法書マスター・ノートの使い」

 「ジャヴァニは、どうした?」

 「死んだ。
  奴はマスター・ノートを持ちながら、未来を御し切れなかった。
  マスター・ノートの使いには相応しくない」

ここでは初めてマトラは吃驚する。
つい先程まで一緒だった彼女が既に居ない事に。

 「貴様は何者だ?」

 「先程言った通り。
  我はマスター・ノートの使い。
  他の何者でも無い」

ジャヴァニと同じ事を言うのだなと、マトラは訝った。
0284創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/08(日) 18:15:37.46ID:ZXp1FMeE
スルトの態度は、丸でジャヴァニと「同じ性質を持つ」別人の様だ。
彼女と同じく、特別に魔法資質が高い訳でも無い。
「生まれ変わり」と言っても良いかも知れない。
それにしては老いているが……。

 「ジャヴァニを、どこへ遣った?」

マトラの問に、スルトは無感情に答える。

 「奴は死んだ。
  もう、どこにも居ない」

マトラは眉を顰める。

 「そうでは無くてだな、死体を如何に処理したのかと聞いておる」

 「無い」

 「無い?
  消したのか」

 「そうだ。
  灰燼に帰した」

成る程そう言う事かと、彼女は納得した。
ジャヴァニは真面な人間では無く、マスター・ノートと言う魔法書の一部なのだ。
自らの運命を書の一部に取り込まれた、哀れな人間。
人間を取り込む程の力を持つ奇怪な魔法書は、魔法暦では殆ど見られなくなったが、
旧暦では稀に見られた。
0285創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/08(日) 18:17:58.25ID:ZXp1FMeE
一つの疑問が解消された所で、マトラはスルトに依願する。

 「解った、マスター・ノートを見せてくれないか?」

スルトは即座にノートをローブの裾から取り出し、マトラに渡した。
しかし、マトラは受け取らない。

 「それでは無い。
  『本物の』マスター・ノートだ」

マトラはマスター・ノートが只のノート・ブックでは無い事を確信している。
ジャヴァニが何時も抱えていたノートが、本物のマスター・ノートでは無かった事も。

 「そう簡単には見せられないか?
  私とてマスター・ノートが貴重な物である事は理解している。
  安心しろ、破いたりはしない」

先から反応しないスルトを見て、警戒されていると思ったマトラは「約束」をした。
高位の悪魔貴族は、自身の誇りに掛けて「約束」を守る。
謀は力で及ばない弱者の業と認識している為だ。
だが、スルトはマトラを嘲る様に言う。

 「判らんのか?
  悪魔公爵も存外鈍い物だな」

挑発的な言動にマトラは少々機嫌を損ねた。

 「何だと?」

命が惜しくないのかと、彼女はスルトを威圧するが、丸で通じない。
恐れ知らずの不敵な態度に、マトラはスルトの実力を試そうとした。
0286創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/08(日) 18:19:32.32ID:ZXp1FMeE
 「ジャヴァニの後を追わせてくれようか」

爪の尖った指先をスルトの額に突き付けるも、彼は平然と言って退ける。

 「先程マスター・ノートを『破いたりはしない』と言ったばかりなのに?」

 「如何な理屈だ。
  己はノートの一部であるから、傷付けてはならぬと言うか」

 「……そんな所だな」

奇妙な間を置いて、スルトは肯定した。
マトラの理屈では、「スルトがノートの一部だから彼を傷付けられない」と言う事は無い。
所詮スルトはノートが作り出した分身で、ノートその物では無い。
しかし、スルトの余裕を目の当たりにして、彼女は考えを改めた。
彼が「ノートその物では無いか」と言う疑いを持ったのだ。
マスター・ノートは単なる魔法書を超越した存在なのだと、マトラは漸く理解する。

 「面白い。
  『マスター・ノート』よ、お前は何を目指している?」

彼女は「マスター・ノート」に、真の目的を問うた。
スルトは即答する。

 「マスター・ノートは未だ名ばかりなり。
  我等は、これの『完成』を目指している。
  即ち、完全なる全知の書、『真実の書』の完成である。
  真実を一つ記録する度、書は完成に近付く」
0287創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/09(月) 18:21:54.82ID:l3MTTpoG
それは途方も無い目論見だ。
マトラは溜め息を吐いた。

 「訊き方が悪かったかな。
  何の利があって同盟に加わった?」

ジャヴァニは自らマトラに協調を提案した。
自分ならばマトラの大きな企みに力添え出来ると。
「彼女が」予知魔法使いの復権を考えているなら解るが、マスター・ノートが本体となれば、
話は変わって来る。
スルトは口の端に小さな笑みを浮かべて答えた。

 「予知魔法使いは、思うが儘に未来を描く。
  故に、真の予知魔法使いは一人で良い。
  魔導師会には既に一人付いている
  他にも、又一人……。
  生き残るのは誰か」

マスター・ノートは真実の書たらんとする自らの地位を、脅かす物の存在を認知していた。
今、それぞれの勢力に予知魔法使いが付いているのだ。

 「では、早速『占って』貰おうか?」

マトラの問い掛けに、スルトは無言で頷く。
予知魔法使い達の静かな戦いは、既に始まっていたのだ。
0288創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/09(月) 18:23:34.82ID:l3MTTpoG
叱叱(しっしっ)


追い払う時の「しっしっ」です。
語源は不明ですが、狩りで獲物を追い立てる時や、猟犬を嗾ける時に、「しきしき」、
「けしけし」等と言った事に由来するかも知れません。
少し調べてみましたが、中国語で似た音の掛け声は見当たりませんでした。
詰まり、漢字は当て字と言う事です(調査不足の可能性もありますが)。
因みに、「嗾(けしか)ける」の語源は、上述の「けしけし」+「掛ける」らしいです。
0290創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/10(火) 18:16:16.58ID:+b5ZaLHE
金の魔法


唯一大陸に於ける紙幣の普及は、開花期の中頃を過ぎてから。
それまでは「紙の金」を不安視する者が多かった。
多くの地域で「カネ」と言えば、金銀銅、その他の貴金属や宝石類を加工した物であった。
引換券や借用書と言った証文の類もカネの代わりになったが、これは特殊な事例である。
復興期ならば尚の事、貨幣の取引は活発で無く、作物や家畜が標準的な交換対象だった。
例えば、家を建てて貰うのに家畜数頭を分ける、税金として米や麦を支払う等。
開花期になっても、量産される紙の金は当てにならないと、紙幣を態々硬貨に崩して、
持ち歩く者が珍しくなかった。
今となっては馬鹿な話だが、100MG硬貨7〜8枚と1000MG紙幣が普通に交換された。
店によっては、「紙幣お断り」の所もあった。
客は紙幣を消費したがり、逆に硬貨を集めたがった。
硬貨の価値に疑問が生じたのは、共通魔法の発達で幾らかの貴金属や宝石類が、
人工的に作れる様になってから。
これに次いで、魔法暦200年記念に魔導師会が「新硬貨」を発行し、漸く紙幣と硬貨の価値は、
金額の表示通りになった。
0291創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/10(火) 18:17:32.74ID:+b5ZaLHE
物欲、財産欲は古くからあるが、金銭欲は比較的新しい概念である。
「カネ」は誰かが価値を担保して、広く流通しなければ、交換対象になり得ない。
貴金属や宝石類も所謂「贅沢品」であり、幾ら持っていた所で腹は膨れない。
実際に食べられる物や、食べ物を作れる土地の方が遙かに価値があった時代があった。
しかし、暮らしが豊かになれば、贅沢品の価値は上がって行く。
特に必要な物でも無いのに、「皆が求めている」と言う理由だけで、所有欲を掻き立てられる。
それを持っている事が、社会的なステータスに繋がる。
こうした性質は人間に限らない。
不必要に大きな角や牙を持つ動物も同じ事だ。
その中で「人間はカネを集める」と言うだけの事かも知れない。
そんな人間の「金銭欲」に特化した魔法使いが居る。
金銭欲の魔法使いクリス・カルタ・ノミズマである。
0292創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/10(火) 18:19:02.51ID:+b5ZaLHE
悪魔プロストは、人間を操るには金を利用すれば良いと考え、クリス・カルタ・ノミズマと名乗って、
地上に降臨した。
同じ様な悪魔は、旧暦には沢山居た。
名誉の悪魔ケラト・エラフィオンは人間の名誉欲を煽り、人を操った。
法律と義務の悪魔アポストロンは人間の責任感を利用して、人を操った。
情動の悪魔アガトティタは人間の正義感や同情心を利用して、人を操った。
失敗の悪魔ミ・コイゼーテとミ・クラジオンは人間の過ちを利用して、人を操った。
これ等5体の悪魔は、社会悪の悪魔と呼ばれ、人を不幸にする最悪の存在と言われた。
0293創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/11(水) 19:16:27.13ID:cQpNfl4p
第五魔法都市ボルガの繁華街にて


ボルガ市の街角で、コイン当ての賭け事をしている、ローブ姿の怪しい男が居た。
彼は紫色の『布<クロス>』が掛けられた小さな台の上に、2枚のコインを置く。
片方は本物の金のコイン、もう片方は金色のコインだが、両方とも見た目は全く同じで、
見分けが付かない。
これを器の中に入れて、何度も撹拌し、どちらが本物の金か当てさせる。
コインの直径は0.5節、厚さは0.05節。
この大きさの金貨の唯一大陸に於ける価値は、現在2〜3万MG。
1000MGを賭けてコインを1枚選ばせるが、片方は金色の鍍金をしただけの『霊銀<アムレティコン>』。
精々100MGの価値があれば良い方。
男は道行く人に声を掛け、丸損はしないと囁いて、賭けに誘う。
ティナー市を始め多くの都市で、この様な不特定人を相手にした「賭け事」は禁止されている。
都市警察に見付かれば、只では済まない。
しかし、悪党は「見付からなければ良い」と考える。
市民の間でも、地下で大金が動く賭博は大罪だが、小額(1000MG以下)を賭けて遊ぶ位は、
許しても良いでは無いかと言う空気があるので、中々撲滅には至らない。
さて、男は「片方は本物の金貨」と言うが、それは真実なのだろうか?
「見分けが付かない」のであれば、両方偽物でも気付かれない。
その事実に気付いた客は、この男を疑うだろう。

 「本当に片方は本物の金なのか?」

これに対して男は、こう答える。

 「本物ですとも。
  金の比重は分かりますか?
  石や鉄よりも遙かに重い」

そう言って彼はコインを天秤に掛ける。
天秤は釣り合わず、片側に大きく傾く。
それでも用心深い者は、尚も疑うだろう。

 「確かに比重は違う様だが、金とは限らない」
0294創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/11(水) 19:18:01.47ID:cQpNfl4p
これに対して男は、こう答える。

 「用心深い事は大変結構な事です。
  何事も疑って掛かる姿勢が無ければ、騙されてしまう。
  1000MGは決して馬鹿に出来ない額ですから。
  いや、100MGであろうと、10MGであろうと、唯の1MGであろうとも、『塵も積もれば山となる』、
  元い『小銭も貯めれば大金』と申します故。
  しかし、困りましたな。
  この場に鑑定士でも居れば良いのですが、そうそう都合好くは……」

口上を述べて、態とらしく周囲を見回すと、彼は小さく笑う。

 「仕方がありませんな。
  尚も疑われるのでしたら、結構。
  真面目な方は、この様な遊びに加わってはなりません。
  私とて損をする覚悟なのです。
  偽物のコインも只ではありませんからな」

男はローブの裾から大量の偽のコインを取り出して見せる。

 「偽物は皆、同じ重さ。
  本物は1枚だけ。
  これが無くなったら終わりです」

普通に考えれば、こんな商売は長く続かない。
何の仕掛けも無い単なるコイン当てならば、確率は五分と五分で、10人も挑戦しない内に、
金貨は失われてしまう。
詰まりは、何等かの如何様をしている。
0295創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/11(水) 19:20:02.78ID:cQpNfl4p
それを見破ってやろうと、客は賭けに乗る。

 「いや、試してみよう」

 「中々度胸がありますね。
  1000MG頂きます」

 「ああ」

客は金貨と判っている方を注視して、見失わない様にする。
男はローブの裾を捲くって留め、裾の中で操作をしていない事を見せ付けて、先ず器を取り出す。
鈍い銀色の器は『混合酒<カクテル>』の『撹拌器<シェイカー>』その儘だ。

 「そいつを見せてくれ」

客はシェイカーを指して、仕掛けが無いか疑う。

 「どうぞ、どうぞ、心行くまで検めて下さい」

当然予測していた様に、男はシェイカーを客に渡す。
客は何度もシェイカーを見詰め、余す所無く触れ、開いたり閉じたりして動作も確かめる。
数点掛けて、漸く仕掛けが無い事を認めた客は、シェイカーを男に返す。

 「もう宜しいですか?」

 「ああ」

男の挑発的な言動を客は受け流す。
仕掛けは無かったのだから、これ以上疑っても始まらない。

 「では、始めますよ」

男は満足気に頷いて、天秤に乗っていた2枚のコインをシェイカーに入れる。
鍍金が剥げるのでは無いかと思う程の勢いで、彼はシェイカーを振る。
0296創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/12(木) 18:31:02.66ID:MLKNHoHx
シェイカーから出て来た2枚のコインを見て、客は唸る。
全く見分けが付かないのだ。
それは当然。
最初から、そうだった。
無言でコインを睨み続ける客を、男は急かす。

 「どっちを取るんです?
  早く決めて下さいよ。
  失うとしても1000MGです。
  その1000MGに困る程、貧乏してる様には見えませんが?」

何時の間にか、周りには野次馬が集まり始めている。
1000MGを惜しがっていると誤解されてはならないと、客は当たりも外れも五分と信じて、
片方のコインを手に取る。
客は男の反応を窺うが、特に何もしない。
軽薄そうな笑みを浮かべるだけ。
沈黙に堪え兼ねて、客は尋ねる。

 「これは本物か?」

 「どうぞ、お確かめになって下さい」

男は天秤の片側に偽物の金貨を乗せる。
これと釣り合えば、偽物と言う訳だ。
客は慎重にコインを天秤の空いた皿に乗せる。
……天秤は釣り合って動かない。
客は小さく溜め息を吐き、コインには見向きもせずに帰る。

 「あっ、お客さん、コインは要らないんですか?」

 「どうせ偽物だろう。
  そんな物、要らないよ」

男の呼び掛けに対して、客は投げ遣りに応えて去って行く。
どの客も大凡この様な同じ反応をする。
疑うだけ疑い、結局何も見抜けずに偽の金貨を掴まされる。
0297創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/12(木) 18:31:55.86ID:MLKNHoHx
それを何度か繰り返し、男が優越の笑みを浮かべてコインを回収していると、新しい客が現れた。

 「次は俺の番だ」

彼は1000MG紙幣を男に向けて差し出す。
男は又獲物が掛かったと、心の中で舌を出し、紙幣を受け取った。

 「こっちが本物の金のコイン、こっちは只の『金色の』コイン。
  よく見て下さい。
  これから2枚を器の中に入れます。
  それで、器から出した2枚の内、どちらか選んだ方を差し上げます」

改めて説明する男に、新たな客は言う。

 「一々説明しなくても良い」

男は嫌らしく笑って、シェイカーの中に2枚のコインを収めた。
彼はシェイカーを振りながら、客に話し掛ける。

 「所で、お客さんは魔導師ですね?」

職業を言い当てられた客は、驚いて目を見張る。

 「何故判った?」

 「私が怖い物は、警察と執行者。
  こう言う仕事をしていると、その気配に敏感になるんです」

 「へぇー」

魔導師の客は感嘆の息を吐いた。
0298創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/12(木) 18:33:56.86ID:MLKNHoHx
男は饒舌に喋り続ける。

 「過去にも魔導師の方と、コイン当てをした事があるんですよ。
  皆さん余程魔法に自信があるのか、必ずと言って良い程、魔法を使って何とか本物の金を、
  当てようとなさいます」

それを聞いた魔導師の客は、企みを見抜かれたのかと焦った。
彼は正に魔法を使って金を当てようとしていた。
先程、男が本物の金のコインと、金色のコインを見せた時に、密かに魔法で本物の方に、
目印を付けておいたのだ。

 「さて、選んで頂きましょう」

男がシェイカーから取り出した2枚のコインには、魔法が掛かっていなかった。
嫌な予感が的中した魔導師は、苦笑いして2枚のコインを見詰める。

 「そんなに迷う事ですか?
  所詮、確率は2分の1です」

魔導師はシェイカーに目を遣るが、特に魔法的な仕掛けがある様には見えなかった。
男が魔法を解除した気配も読み取れなかったので、これは相手が上だと認めざるを得ない。

 (ああっ、儘よ!)

考えても判らないので、魔導師は思い切って片方のコインを手にした。
この魔導師も「金」に馴染みが無いので、手に取っただけでは真贋の判別が付かない。
緊張した表情で、彼は男に尋ねる。

 「どうだ?」
0299創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/13(金) 18:29:52.66ID:aJQYcBSA
男は無言で天秤を指した。
その片側には霊銀のコインが乗せられている……。
魔導師は固唾を飲んで、慎重に空いた片側に、手にしたコインを乗せた。
天秤は釣り合ってしまう。
彼は大きな溜め息を吐き、その場から立ち去った。
そこへ透かさず、小さな男の子が現れる。

 「小父さん、僕も!」

その手には1000MG紙幣が握られている。
男は苦笑いして諭す。

 「止めときなよ、坊や。
  お金は大事に使う物だよ」

虚業で子供から金を巻き上げては行けないと言う良心が、彼にもあるのだ。

 「自信あるよ!
  絶対当てる!」

男の子は紙幣を男に押し付けた。
男は困った顔をして言う。

 「仕様が無いな。
  1回だけ、外れたら二度と賭け事なんかするんじゃないぞ。
  小父さんとの約束だ」

 「分かった!」

男の子が素直に頷いたので、男は2枚のコインをシェイカーに納めた。
0300創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/13(金) 18:34:48.16ID:aJQYcBSA
それを男の子は見咎める。

 「小父さん、金貨入れてよ」

彼は小さな手で、台の上に無造作に置かれた金貨を指した。
男は驚いた顔で子供を見詰める。

 「判るのか?」

 「『目を離さないで』見てたよ」

彼は客の様子を見て、隙有らばコインを掏り替えていた。
全ては手先の器用さが為せる業。
シェイカーにコインを入れるのも、隙を作る工程の1つ。
客はシェイカーに仕掛けが無いか疑い、コインから目を離す。
相手が子供だからと言って、油断は出来ないと、男は気を引き締める。

 「よく見てたね。
  コインは全部見た目が同じだから、小父さんも偶に間違えちゃうんだ」

彼は言い訳をして、改めて本物の金貨をシェイカーに入れた。
男の子は真剣にシェイカーを見詰めている。
男はシェイカーを振って、2枚のコインを台の上に置いた。

 「さて、どっちだ?」

男の子は、にやりと笑ってシェイカーを指す。

 「こっち!」

シェイカーには3枚のコインが入っていたのだ。
0301創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/13(金) 18:35:42.72ID:aJQYcBSA
男は眉を顰めて、暫し男の子を見詰めた。

 「……1枚多いって判ってたのかな?」

 「まあね!」

男の子は自信満々に答える。

 「でも、どれが本物の金か判んないだろう?
  こうやってガラガラ振って混ぜてるんだから。
  もしかしたら、この2枚に本物が紛れ込んでるかも知れない」

 「その中に残ってるのが本物だよ」

男の説得にも拘らず、男の子は再びシェイカーを指した。

 「……何で判るのかな?」

 「小父さん、如何様師だよね。
  全部判ってやってる癖に」

男の子の鋭い指摘に、男は弱ってしまい、白状する。

 「そうだよ。
  でも、小父さんが聞きたいのは、『何で判ったか』?
  その理由が知りたいんだ」

 「金は重さが違うんだよね?
  だから、見えなくても関係無いんだ」

 「私の心理を読んだって言うのかい?」

無言で頷く男の子を見て、この子供は徒者では無いと男は確信した。
0302創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/14(土) 18:00:09.87ID:QSQALJJn
彼は感嘆の息を吐き、男の子を称賛する。

 「大した子供だよ、君は!
  将来有望だな。
  学者にでもなるのかな?
  間違っても、小父さんみたいな奴(の)になっちゃ行けないよ」

唐突に褒められた男の子は、戸惑いの笑顔を見せる。
この儘、褒め殺しで金貨を渡さずに誤魔化そうとしていた男だったが、そうは行かなかった。
一向に金貨を渡す素振りを見せない男を、男の子は急かす。

 「それより小父さん、早くコインを頂戴。
  掏り替えないでよ。
  僕には判るんだから」

生意気な子供だと思いつつ、男は観念して金のコインを渡す――振りをして、本当に判るのか、
掏り替えてみた。
予め偽物のコインを裾から取り出しておき、子供の死角になる様に手の平に隠し持って、
シェイカーから取り出したコインと掏り替える。
2枚のコインを手の平に握り締め、偽のコインを人差し指と親指で摘んで子供に差し出し、
本物の金のコインは残る3指で包んで手の平に隠す。
一流の手品師の様な、一瞬の『指業<フィンガー・テクニック>』。
しかし、男の子は差し出されたコインを受け取らない。

 「そっちじゃない。
  手の平に隠さないで」

コインを隠し持ってる手の甲を、男の子は人差し指でトントンと叩く。
0303創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/14(土) 18:01:48.20ID:QSQALJJn
男は困った顔で、男の子に言った。

 「素晴らしいよ、本当に素晴らしい。
  でも、これに味を占めて、賭け事に嵌まっちゃ駄目だよ」

 「分かってるから」

男の子は段々苛立った口調になる。

 「所で坊や。
  お父さん、お母さんは?」

男は最後の悪足掻きに、男の子の両親を頼った。
子供が賭け事をしたとなれば、真面な親なら叱って止めさせる筈である。

 「小父さんには関係無いよ」

 「いやいや、そうは行かない。
  子供が高価な物を持ち歩いてると危ないからね。
  誰かに盗まれちゃったり、奪(と)られちゃったりするかも知れない」

 「良いから、早く頂戴よ」

 「お父さんか、お母さんを連れて来たら、渡して上げるよ」

この決まり文句で乗り切ろうと、男は思い付いた。
男の子は歯噛みして悔しがった後、信じられない事を言う。

 「好い加減にしろよ、プロスト」
0304創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/14(土) 18:03:38.72ID:QSQALJJn
男は吃驚して男の子を見詰める。

 「ぼ、坊や?」

 「どうしたの、小父さん。
  早く金貨を頂戴」

男の子は何食わぬ顔で素っ惚けた。
不気味な物を感じさせる子供を前にして、男は今直ぐ、この場から逃げ出したい気持ちだったが、
諸々の処理を有耶無耶にした儘で逃げると、次から誰も賭けに乗ってくれなくなる。
男は渋々、本物の金のコインを男の子に渡した。

 「わ、分かったよ、坊や。
  仕様が無いな、これじゃ商売上がったりだ。
  もう二度と来ないでくれよ」

男は慌てて商売道具を畳み、路地裏へと消える。
狭い路地を駆け回った男は、周囲に誰も居ない事を確認して、深呼吸をした。

 「フーー、何だったんだ、あの小僧は……」

そう小言を吐いた途端、再び目の前に男の子が現れたので、男は目を見張って後退る。

 「こっ、小僧、貴様何者だ!?」

男の子は小さく笑って答えた。

 「僕を忘れちゃったのかい、プロスト?
  金銭欲の魔法使いクリス・カルタ・ノミズマと呼んだ方が良いか?
  レノック・ダッバーディーだよ」

 「魔楽器演奏家、『笛吹き<ファイファー>』のレノックか!
  手前、子供の振りなんかしやがって、趣味が悪いぞ!」

クリスは大声でレノックを非難する。

 「悪かったよ、こいつは返すからさ。
  しかし、吝嗇(ケチ)な商売をしているねぇ」

レノックは苦笑して、指で金貨を弾き、彼に投げ返した。
0305創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/15(日) 17:46:07.90ID:uIGkiI6W
片手で金貨を受け止めたクリスは、舌打ちしてレノックに問い掛ける。

 「俺を揶揄いに来た訳じゃあるまい。
  何の用なんだ?」

レノックは遠い目をして言った。

 「近頃、反逆同盟とやらが勢力を伸ばして来ている様だ。
  君は参加しないのかと思ってさ」

 「仲間に誘おうと言うのか?」

訝るクリスに、レノックは再び苦笑する。

 「違う、違う。
  僕は加わる積もりなんか無いけど、君は……、どうなのかなっと」

クリスは鼻で笑った。

 「あんなのは馬鹿のやる事だ。
  俺達『社会悪の悪魔』は、人間社会の発達に伴って力を付ける。
  社会を混乱させはするが、破壊したりはしない」

社会悪の悪魔は、人間社会の寄生虫だ。
宿主が死ねば、寄生虫の命も長くない。
特にクリスは「金銭」と言う非常に不安定な物を、自らの力の根源にしている。
金や宝石の価値が高まる程、彼は力を増して行く。
それには人間社会が不可欠。
金や宝石が何の価値も持たない程、社会が荒廃すれば、クリスも貧弱になる。
彼は分を弁えているのだ。
0306創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/15(日) 17:48:21.58ID:uIGkiI6W
クリスが反逆同盟に参加している者を馬鹿呼ばわりした事に三度苦笑し、レノックは告げる。

 「反逆同盟の長はルヴィエラだよ」

 「あぁ、奴の仕業なのか……。
  相変わらず、遊びが過ぎるな」

マトラ事ルヴィエラはクリス等よりも若い。
彼女は旧暦の生まれである物の、その中では若い部類に入る。
しかし、伯叔母を倒して力を取り込んでからは、地上で有数の能力の持ち主になった。
魔法大戦で聖君と共に殆どの悪魔が倒れた今となっては、ルヴィエラと対等に戦える者は居ない。

 「プロスト、今の社会が破壊されて困るなら……。
  反逆同盟と戦うのか?」

レノックが尋ねると、クリスは馬鹿を言うなと首を横に振った。

 「冗談!
  ルヴィエラと正面切って戦う気は無い。
  戦局が決まるまでは傍観する」

 「情け無い奴だ」

レノックは敢えてクリスを詰った。
自分より若い悪魔に怯えて、恥ずかしくは無いのかと。

 「そう言う貴様は戦えるのか?」

流石に黙っていられなかったクリスは、レノックを逆に挑発する。
レノックは堂々と答える。

 「ああ、僕は君とは違うんでね。
  自分の将来に関わる事を、成り行きに任せる積もりは無い」
0307創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/15(日) 17:49:52.17ID:uIGkiI6W
クリスは驚きの余り、乾いた笑い声を上げた。

 「ハハハ、正気かよ!
  公爵級のルヴィエラに勝てる気で居るのか?」

 「僕独りでは無理だ」

 「そこで俺の力を借りたいと?
  無駄無駄、それでもルヴィエラには遠く及ばない」

 「魔導師会も居る」

 「地上の共通魔法使いを全て集めても、奴には及ばんさ」

全くの他人事として飄々と切り捨てる、クリスの言葉は正しい。
レノックも魔導師会もルヴィエラの前では滓同然、吹けば飛ぶ様な存在だ。
レノックは残念そうに言った。

 「君の考えは分かったよ。
  無理強いは出来ない」

元々人間味の無い「悪魔」に、共闘を呼び掛ける事自体が間違いだったのかも知れない。
大きな溜め息を吐き、レノックはクリスに嫌味を言う。

 「君がルヴィエラを馬鹿呼ばわりした事、丁(ちゃん)と伝えておくよ」

 「や、止めろ!」

 「冗談だよ。
  悪魔の癖に、血相変えて駭(びび)ってんじゃないよ。
  全く情け無い」

ルヴィエラは桁違いに強い。
人間も悪魔も束になって掛かって、漸く対峙出来る位だ。
0308創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/15(日) 17:52:26.02ID:uIGkiI6W
クリスの前から去ったレノックは、改めて深い溜め息を吐いた。

 (ルヴィエラと戦えそうな悪魔は、もう数える程も居ない。
  マハマハリトは衰え始めている、ソームは夢の中。
  誰を当てにすれば良い?)

彼は焦りを感じている。
魔法大戦では共通魔法使い勢力に、公爵級に匹敵する英雄的な力を持った者が集まっていた。
今の魔導師会に、そこまでの力があるとは思えない。
最終的にはマトラ事ルヴィエラとの決戦になるのだから、どうにか対抗手段を持たなくてはならない。
それにはルヴィエラに匹敵する、或いは彼女を上回る「強い力」を持つ者を味方に付けるのが、
手っ取り早い。
だが、それは叶わない……。
現実、単体でルヴィエラに敵う者は無く、滅びの間際に漸く神の助力が期待出来ようかと言う所。
その神も確実に介入するとは限らず、眠った儘かも知れない。
もし反逆同盟が勝利し、聖君無き旧暦の様な時代が到来すれば、人間は……。
家畜の様に悪魔に囲われて生きるのか?
それとも野良犬や野良猫の様に、寄る辺無き放浪と潜伏の生活をするのか?
悪魔が人を支配する様になって、人間の生活が安定する様には、レノックには思えなかった。
悪魔は悪魔同士でも争い合うだろう。
力のある悪魔を頂点に、豊かな者は奪われ、弱い者は切り捨てられる、容赦の無い時代になる。
悪魔に人の心は無い。
その気になればレノックも人間を従えられるが、同じ悪魔でも、そうした特権的な階級になる事に、
彼は否定的だった。
しかし、反逆同盟が勝利した場合を考えて、人間を「囲う」覚悟もしなければならないのかと想像する。
レノックは風来の生活を続けて来たので、人を導くだの纏めるだのと言った事とは無縁だった。

 (そんな日が来なければ良いが……)

彼の口からは重苦しい溜め息が漏れるのだった。
0309創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/15(日) 17:57:50.01ID:uIGkiI6W
『霊銀<アムレティコン>』


礬(ばん)素、(岩)盤素とも。
岩石に微量に含まれる成分。
旧暦に消毒薬に用いられた為、邪気を祓う力があるとされた。
元素として確定したのは、旧暦の終わり頃。
単体では銀色の金属で、「魔除け」のイメージもある。
我々の世界で言うアルミニウムに相当する。
「霊銀」と名付けられてはいるが、銀より安価。


『電花銀<デンテナッコン>』


土中に微量に含まれる成分。
苦味の元として知られ、苦塩(にがしお)とも呼ばれる。
苦塩(くえん)素。
他、噛緊(かみしめ)とも。
比喩抜きで「苦味」を堪える時の、歯を剥き出しにする表情が由来。
デンテナッコンの名も、「デンテ(歯)」+「テナク(締める)」を語源とする。
単体では銀色の金属で、よく燃焼する。
電花銀(スパーク・シルバー)の名は、この火花を散らして激しく燃える性質から。
我々の世界で言うマグネシウムに相当する。
0310創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/16(月) 20:10:06.17ID:6KNKnCRC
大賢者ウィスの書


大賢者ウィスとは旧暦の書物に度々登場する伝説上の人物である。
ウィース、ウィト、ウィズ等とも呼ばれる。
時代的には、初代聖君の誕生よりも前とされる。
彼の偉業によって、世界の真理が数多く明らかになったと言う。
その逸話を幾つか紹介しよう。
0311創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/16(月) 20:29:49.55ID:6KNKnCRC
ウィスと太陽


大賢者ウィスは時間を止められないかと考えていた。
ある時、彼は閃いた。
もしかしたら太陽を追い続けていれば、日は沈まず、昼は昼の儘なのではないかと。
その間、時間は止まって見えるのではないかと。
ウィスは太陽を追って西へ走った。
町を越え、川を越え、山を越え、海を越えて、走り続けた。
成る程、太陽は何時までも沈まず、昼は昼の儘だった。
走り続けている内に、彼は見覚えのある風景を目にした。
それはウィスの暮らしていた町だった。
彼は世界を1周して、元の場所に戻って来たのだ。
彼は町の人に挨拶をした。

 「今日は」

 「おや、ウィスさん。
  太陽を追って行ったのに、唯(たった)の1日で止めて、帰って来ちゃったんですか?」

 「何と、もう1日が経っていたのか!
  太陽を追い続けていても、時間は止まってくれないんだな」

こうして世界は丸く、太陽は1日で世界を1周している事が判明したのだった。
太陽は1つしか無く、1周して元の場所に戻って来るのだ。
更にウィスは、こうも考えた。

 「太陽は不滅だ。
  もしかしたら、太陽を間は時の流れから外れているのかも知れない」

彼は思い立って直ぐ太陽を追ったが、これが誤りと気付くのも早かった。

 「やはり腹は減るではないか……。
  太陽も実は老いたり疲れたり、果ては死にもするのではないか?
  唯、人には解らないだけで。
  天空の星が人々の知らない内に、増えたり減ったりする様に」

ウィスは毎晩の様に星を正確に数えており、季節による変動以外にも、ある時に新しい星が生まれ、
又ある時には星が永久に失われもする事を知っていた。
0312創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/16(月) 20:31:23.61ID:6KNKnCRC
この話は今から考えれば馬鹿な事だが、当時は大発見だったらしい。
ウィスは非常識な難題に挑戦して、真実に気付くのだ。
ウィスが実在の人物だったかは定かでない。
どちらかと言えば、「カラスは何故黒い」に似た、民間説話の類ではないかと考えられている。
仮に実在の人物だったとして、複数人の発見を一人の偉業に仕立てたとも。
太陽を追う話にも幾つかのパターンがあり、太陽を追い越したり、太陽と反対に進んだりもする。
他にも、ウィスは空に昇って「宇宙」を確かめたり、地面を深く掘ってマグマに潜ったり、
海底を散歩したり、世界を縦に1周もしている。
それも様々な国で。
大賢者と言うよりは、超人と言うべきだと思うのだが、旧暦の人々の感覚では賢者なのだ。
0313創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/16(月) 20:33:13.94ID:6KNKnCRC
ウィスと人形


ある時から大賢者ウィスは家に篭り、外に出て来なくなった。
1月後、ウィスは人間に似た人形を連れて、家から出て来た。
彼は人々に言った。

 「この人形は人間より力が強く、計算も早く正確に出来る。
  自分の足で歩き、自分の頭で考える事も出来る」

人々は彼を称えた。

 「賢者様は人間も作れるのですか!?
  丸で神様の様だ」

しかし、ウィスは首を横に振った。

 「人間ではない。
  これは所詮人形だ。
  確かに、この人形は人に出来る事は大概出来るが、だからと言って完璧ではない。
  正義の心が足りないのだ」

正義の心とは何なのか、人々はウィスに問うた。
ウィスが言うには、それは『愛』と『友情』と『思い遣り』である。
これが無ければ、人とは呼べないと彼は言った。

 「如何に力が強く、賢くとも、それだけでは完璧ではない。
  人間らしい心を持たなければ、邪悪になってしまう。
  遍く『愛』と『友情』と『思い遣り』こそが、人間を美しく、完璧な物にしている」

人を人たらしめる物は、正義の心であるとウィスは説いた。
0314創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/16(月) 20:34:35.03ID:6KNKnCRC
ウィスと王の子


ある時、王がウィスに相談を持ち掛けた。
それは王の子、4人の王子達と王女の事だった。

 「これは第一の王子である。
  この子は力が強く、乱暴を働いてならん。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、北方に遣らるべし。
  北方には膂力の優れたるを以って、善(よし)とする国があると聞きます」

 「これは第二の王子である。
  この子は口巧者で、嘘ばかり吐いてならん。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、東方に遣らるべし。
  東方には弁舌の巧みなるを以って、徳とする国があると聞きます」

 「これは第一の王女である。
  この子は手捷(てんば)の上に器量は今一つだ。
  女王とするにも無理がある」

 「然すれば、南方に遣らるべし。
  南方には心身の頑健なるを以って、美とする国があると聞きます」

 「これは第三の王子である。
  この子は知恵はあるが、武芸に劣る。
  次の王には相応しくない」

 「然すれば、西方に遣らるべし。
  西方には知識の豊かなるを以って、貴(たっとき)とする国があると聞きます」

 「残ったのは、第四の王子だ。
  この子は気が優しく、軟弱でならん。
  次の王には相応しくない。
  しかし、この子しか残っておらん」

 「心配なさらないで下さい。
  私が王子を支えましょう」

こうしてウィスは大臣になった。
ウィスに支えられた王子は国を千年栄えさせた。
0315創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/16(月) 20:35:27.58ID:6KNKnCRC
残念ながらウィスの暮らしていた場所や国は、何も判っていない。
史料が足りないと言うのもあるかも知れないが、そもそも実在が怪しい。
彼の事を記した書は多いが、共通しているのは「大昔の外国の人間」位である。
王子達と王女を外国に行かせる話では、東西南北の国が登場するが、これも特定されていない。
ウィスとは、「どこか知らないけれども大昔の外国の偉大な発明家」なのだ。
「外国」と言う未知の世界の、「進んだ文明の人間」と言う概念が、ウィスなのかも知れない。
0317創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/17(火) 18:49:11.64ID:T/MoSUgs
轟雷ロードンと八導師


第四魔法都市ティナー 貧民街にて


ワーロックは予知魔法使いノストラサッジオを訪ねて、ティナー市南部の貧民街に来ていた。
強大な力を持つ悪魔公爵「ルヴィエラ」との決戦に備え、どう戦えば良いのか、今何をすべきか、
助言を得る為だ。
ノストラサッジオは自らの予知をワーロックに伝える。

 「決着の時は近い。
  魔導師会との『繋がり<コネクション>』は得たな?
  では、八導師を禁断の地へ連れて行け」

 「連れて行って……何を?」

 「魔法大戦の英雄と会わせろ」

 「英雄?
  誰ですか?」

 「私は知らないが、お前は知っている筈だ。
  その者は雷を使う」

ノストラサッジオの言葉を聞いて、ワーロックは漸く理解した。
「魔法大戦の英雄」とは「轟雷ロードン」の事だ。
禁断の地では「雷さん」と呼ばれている。
「何をすれば良いか」を理解したワーロックだったが、それが「上手く行くか」には自信が無かった。

 「しかし、八導師が応じてくれるでしょうか?」

八導師と言えば、魔導師会の最高意思決定者である。
外出時には常に護衛が付く程の重要人物だ。
そして赴く先は魔境「禁断の地」。
果たして八導師は、元共通魔法使いと言う中途半端な立場の人間の言う事を聞き入れて動くか?

 「応じざるを得んよ」
0318創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/17(火) 18:51:30.05ID:T/MoSUgs
ノストラサッジオは言い切った。
魔導師会とてルヴィエラとの戦いで勝利する確信は無い。
決戦に備えて、出来る事は全て試しておきたい。
魔法大戦の六傑と呼ばれた英雄の一人と会う事で、僅かでも協力して貰える可能性があるとなれば、
会わない理由は無い。
貧民街から出て、何も無い開けた郊外に移動したワーロックは、足を止めて親衛隊の姿を探した。
ワーロックには親衛隊の監視が付いている。
その姿を見る事は出来ないが、今も変わらず監視を続けている筈だ。
しかし、周囲に障害物は見当たらないのに、親衛隊を見付ける事が出来ない。
ワーロックは仕方無く、魔力通信機を使う事にした。
彼は八導師から、影で動く裏の部隊と直接話をする為の、専用回線を教えられている。
自分から連絡する事は初めてだった為、ワーロックは少し緊張して番号を入力した。

 「ワーロックさん、貴方から連絡とは珍しいですね」

答えたのは女性で、名乗らずとも相手が判っていた様子。
どこかで見られているのかと、ワーロックが周囲を見回すと、通信機の向こうで苦笑される。

 「何の御用ですか?」

 「八導師に話があります」

ワーロックが用件を伝えると、通信機の向こうの女性は俄かに真剣な声になった。

 「直接伝えなければならない内容ですか?」

 「はい、そうです」
0319創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/17(火) 18:52:43.38ID:T/MoSUgs
ワーロックが肯定すると、女性は数極の沈黙を挟んで質問する。

 「貧民街で誰と会っていましたか?」

 「私の知り合いの外道魔法使いです」

 「どの様な方でしょう?」

 「信用出来る人ですよ。
  少なくとも本件に関しては」

ワーロックが正直に「予知魔法使いのノストラサッジオ」だと答えないのは、戦後を見据えての事だ。
ノストラサッジオは地下組織マグマの助言者である。
反社会的な集団に協力しているとなれば、排除されるかも知れない。
それを心配していた。
女性は又も沈黙する。
信用されていないのだなと、ワーロックは感じた。
半点後に漸く女性から返事がある。

 「分かりました。
  八導師の第七位ラー・ヨーフィと繋ぎます」

その後に回線が切り替わり、待機音が流れる。
第「七」位は「八」導師の最下位の1つ上。
軽んじられているのか、それとも他意は無いのか、ワーロックは複雑な思いだった。
軽快な木琴に似た音が1点間流れ、再び回線が切り替わる。

 「はい、こちら八導師第七位ラー・ヨーフィ。
  えぇー……と、ワーロック君だったね。
  私達に用とは何だろうか?」

落ち着いた声の老人を、ワーロックは本物の八導師だと信じて、率直に伝える。

 「お会いして頂きたい人が居ます。
  貴方々の力になれる人です」
0320創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/18(水) 19:45:36.23ID:w7wyYpOD
ヨーフィは興味を持って、話を続けた。

 「それは誰かな?」

 「大戦六傑が一、『轟雷<サンダー・ラウド>』ロードン」

通信機の向こうで沈黙が続く。
ヨーフィは大きな衝撃を受けている様だった。
ワーロックは恐る恐る尋ねる。

 「……信じられませんか?」

魔法大戦の六傑と呼ばれる英雄の中には、存在を疑問視されている者もある。
そもそも「六傑」とは後世の者が言う事。
長い沈黙の後、ヨーフィは口を開いた。

 「ロードンは今、どこに居る?」

 「禁断の地です」

ワーロックが即答すると、ヨーフィは数極の間を置いて、更に問う。

 「私達に禁断の地へ行き、ロードンに会えと言うのか?」

 「はい、私が案内します」

 「……会って、どうする?」

 「『悪魔』の倒し方を聞きます。
  伝承が真実であれば、ロードンさんは知っている筈です。
  共通魔法使い達が、どうやって強大な悪魔の力を封じ、激戦を制したのかを。
  彼は魔法大戦では、共通魔法勢力に付いて戦いました。
  今回も貴方々『共通魔法使い』の力になってくれる……と思います」

本当にロードンが共通魔法使いの味方をするのか、ワーロックには自信が無かった。
ロードンの胸の内は、当人にしか分からない。
しかし、過去の大戦で共通魔法勢力の味方をしたのだから、力になってくれると考えた。
ノストラサッジオの予知は外れない――筈である。
0321創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/18(水) 19:48:02.46ID:w7wyYpOD
ヨーフィは中々返事をしなかった。
重苦しい沈黙の中、ワーロックは返事を待ち続ける。
約1点後に、ヨーフィは漸く口を利いた。

 「話は分かった。
  だが、今直ぐ返事は出来ない。
  時間をくれないか」

 「ええ、構いません……けど、早い方が良いと思います」

決着の時が近いと言う、ノストラサッジオの予言を思いながら、ワーロックは応える。
ヨーフィは頷いた。

 「現状、悠長な事を言っていられないとは解っている。
  近い内に結論を出す。
  取り敢えず、グラマー市まで来てくれないか?
  親衛隊に案内させる」

 「はい。
  あの、グラマー市の何地区――……あっ」

グラマー市と言っても広い。
どこに行けば良いのかと、ワーロックが尋ねようとした所で、通信が切られてしまった。
参ったなと彼は頭を掻く。
禁断の地に行くのであれば、どの道グラマー市に行かなければならない。
ノストラサッジオの予知が正しければ、八導師はワーロックの提案を受け容れる筈である。
ワーロックは予知を信じて、鉄道馬車を乗り継ぎ、グラマー市に向かう事にした。
0322創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/18(水) 19:52:22.22ID:w7wyYpOD
ティナー市からグラマー市までは距離にして約6.4旅と遠い。
角速2街の普通馬車鉄道では、約7日の旅。
角速4街の高速馬車鉄道では、約4日の旅。
角速8街の長距離高速馬車鉄道では、2日の旅。
角速14街の新高速馬車鉄道では、半日(5角弱)の旅になる。
多種多様な人間で混多(ごった)返す駅の中の、料金と時刻が書かれた掲示板の前で、
ワーロックは懐具合と相談する。
普通鉄道で移動するのは、真っ先に選択肢から消えた。
これでは日数が掛かり過ぎる。
高速馬車鉄道でも少し遅い。
長距離高速馬車鉄道なら丁度良いと感じるが、料金は割高。
グラマー市まで1万5000MG、寝台ならば2万2000MG。
新高速馬車鉄道を使って早目に到着しても不都合は無いが、グラマー市まで3万MGは高い。
高い……が、払えない金額では無い。
しかしながら、ワーロックが長年兀々(こつこつ)と貯めて来た金は、急激に減りつつある。
反逆同盟の動きに合わせて、短期間で大陸の各地を往き来しなければならない為だ。
この非常時に金を惜しんでいる場合では無いが、もし八導師が禁断の地に行くのを止めるか、
ワーロックの案内を拒めば、金も時間も丸々無駄になる。
ノストラサッジオの予知は外れないと思うのだが……。

 (長距離高速馬車鉄道が良いかな?
  新高速は乗り慣れないし)

持ち前の優柔不断さと中途半端な貧乏癖を発揮して、彼は散々長考した末に、
長距離馬車鉄道を利用すると決めた。
0324創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/19(木) 20:03:41.55ID:0HzXD4X0
切符を買おうとワーロックが窓口へ歩き始めると、それを呼び止める者がある。

 「貴方、ワーロック・アイスロンさんですね?」

少し不安そうな声で問い掛けて来る女性に、ワーロックは見覚えが無かった。

 「はい。
  貴女は……?」

同じく不安そうに返した彼に、女性は安堵の息を吐く。

 「あぁ、良かった!
  もう5人も間違えて声を掛けてしまった物ですから!
  魔力が全然読めないので、本当、声を掛けようか迷いに迷ったんですよ!」

早口で捲くし立てる彼女に、ワーロックは困惑し改めて尋ねる。

 「貴女は誰なんですか?」

 「あっ、申し遅れました!
  私は親衛隊のバレーナと言う者です。
  『暗号名<コード・ネーム>』は『疾風<スウィフト>』、疾風のバレーナ。
  以後、お見知り置きを」

一礼をしたバレーナに対して、ワーロックも軽く礼をしようしたが、それは出来なかった。
バレーナが間髪入れずに、切符を差し出したのだ。

 「既に席は取ってあります!
  さささ、共にグラマー市に向かいましょう!」

彼女はワーロックの向きを変えさせ、背を押してプラットフォームまで歩かせる。

 「そう急かさないで……。
  自分で歩きますから」

 「いえ、馬車に乗り遅れてはなりません」

ワーロックは止めてくれと遠回しに言ったが、バレーナは聞き入れなかった。
そんなに時間が無いのかと、ワーロックは吃驚して駆け足になる。
0325創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/19(木) 20:05:15.56ID:0HzXD4X0
改札で駅員に2人分の切符を見せ、判を押して貰ったバレーナは、ワーロックの行く先に回り、
急ぐ様に言った。

 「こちらです!
  一番端の12番線に停まっている、あの馬車ですよ!」

陸橋を渡りながら12番線を見たワーロックは、それが新高速鉄道馬車である事を知る。
車体が独特の形状なのに加え、馬が防風と装甲を装備しているので、間違え様が無い。
もう停車していると言う事は、出発時刻が近いのだとワーロックは理解して、本気で走り始める。
ワーロックに先んじて7番プラットフォームに下りたバレーナは、3号車の前で彼を待つ。

 「急いで下さい、ワーロックさん」

ワーロックは言われる儘に、3号車に駆け込んだ。
無事に乗り込めて安堵し、呼吸を整えている彼の背を、バレーナは再び押して席まで案内する。

 「席は左10番です。
  ワーロックさんは窓側と通路側、どちらに座りますか?」

 「それでは、窓側で、お願いします」

ワーロックはバレーナの問いに答えただけだが、彼女は露骨に残念がった。
どちらの席が良いか自分で訊いておきながら不満なのかと、ワーロックが眉を顰めると、
バレーナは慌てて言い訳を始める。

 「い、いや、全然何とも思っていませんよ!
  窓側が良いのは当然ですよね、景色を楽しめますし!
  でも、通路側も良いですよ!
  席を立つのに、隣の人を気遣わずに済みますし、車内販売の人にも声を掛け易いですし!」

そこまで窓側の席に固執していた訳では無かったワーロックは、大人しくバレーナに窓側の席を、
譲る事にした。

 「じゃあ、通路側で良いですよ」
0326創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/19(木) 20:07:52.54ID:0HzXD4X0
ここでバレーナは素直に頷けば良い物を、何故か見栄を張って一度断る。

 「いやいや、そんな、悪いですよ!
  これじゃ無理に私が席を譲らせたみたいじゃないですか!」

「みたい」も何も、その通りなのだが、ワーロックは大人の精神で言い方を改める。

 「通路側の方が、便利が良さそうなので、こちらに座らせて下さい」

 「そうですか!
  それでは先に失礼します!」

バレーナは嬉しそうに窓側に座った。
ワーロックは遠慮勝ちに彼女の隣に座って、深い溜め息を吐く。
それと殆ど同時に、車掌が3号車内に入って、乗客に発車時間を知らせた。

 「新高速鉄道馬車ァ『サンハウンド』、グラマー市行きィ、発車までェ後1針となってェおります。
  乗客の皆様はァ、今暫くゥ、お待ち下さい」

1針、今から駅で色々な物を買うには不十分な時間だが、待っているには少々長い時間だ。
これなら、そんなに急がなくても良かったのではと、ワーロックは疑問に思う。
彼が隣のバレーナの様子を窺うと、彼女は落ち着かないのか、頻りに周囲を見回していた。
ワーロックと目が合った彼女は急に早口で喋り出す。

 「私、新高速鉄道馬車に乗るのは初めてです!
  ワーロックさんは?」

 「私も初めてです」

 「お互い初体験と言う訳ですね!
  あっ、変な意味じゃないですよ」

眉を顰めるワーロックが可笑しいのか、バレーナは独りで「フフフ」と笑い、更に話を続けた。

 「普段から馬車は使いませんからね。
  馬車に乗る位なら、走った方が早いですし。
  『疾風』の二つ名は伊達じゃありません。
  でも、流石に長距離移動では馬車に分がありますね!」
0327創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/20(金) 19:05:32.73ID:g3x4AQ14
走った方が早いと言うのは、実際に速度が上と言う事なのか、ワーロックは解釈に困る。
親衛隊に選ばれる程の実力を持つ魔導師であれば、共通魔法の実力も相当の物なので、
鉄道馬車より速く移動出来ても不思議は無い。
バレーナは一旦話を止めたが、相変わらず周囲を矍々(きょろきょろ)と見回して、落ち着かない。
彼女は親衛隊なので、不信人物を警戒しているのかなとワーロックは思った。
未だ、反逆同盟に反攻を仕掛ける段階には至っていない物の、ワーロック等の地道な抵抗が、
同盟の活動の妨げになっている事は確実である。
これをどの程度同盟の者達が問題視しているかは不明だが、もし脅威に感じているのであれば、
積極的に潰しに掛かるであろう。
真剣に考え事をするワーロックに、バレーナは再び声を掛ける。

 「未だ発車しないんですかね?」

 「後1針だって言われたじゃないですか」

車掌のアナウンスを聞いていなかったのかと、ワーロックは驚き呆れた。
その窘める様な言葉が気に障ったのか、バレーナが俄かに不機嫌な様子で沈黙したので、
彼は心配になって尋ねる。

 「そんなに急がないと行けませんか?
  それとも何か心配事でも?」

バレーナは早口で説明する。

 「私、急っ勝ちな性質でして。
  何もしないで待っていると言うのが、苦手なんです」
0329創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/20(金) 19:07:34.01ID:g3x4AQ14
自分で「急っ勝ち」を認めるとは、変わった子だなとワーロックは思った。

 「何か暇潰しでもすれば良いんじゃないですか?」

 「『何か』って何です?」

 「本を読むとか」

 「駄目ですね。
  速読の癖が付いているので」

 「それでも1針は掛かるでしょう」

どんなに速読しても、それなりの厚さがある本ならば、少なくとも頁を捲る分だけの時間は潰せる。

 「肝心の本がありません。
  そもそも読書が余り好きじゃありませんから」

それなら仕方が無いと、ワーロックが他の暇潰しを考えていた所、バレーナが自ら提案する。

 「12カードならあります」

12カードとは1〜9の数字カードと、3枚の絵柄のカード、詰まり12枚で1組となっているカードだ。
1〜9は兵士である。
3枚の絵柄は王、神官、将軍であり、数字は記されていないが、便宜的に将軍を10、神官を11、
王を12とする事がある。
最も基本的な12カードのゲームでは、互いにカードを1枚ずつ出して、全12回の勝ち数で、
勝敗を決める
1度出したカードは2度使えない。
カードの強弱は数字の大小で決まり、「小さい方が勝つ」。
将軍は全ての兵士に勝つが、王と神官には勝てない。
神官は兵士に負けるが、王と将軍には勝てる。
王は神官以外の全てのカードに勝てる。
基本的には勝ち数の多い方が勝つが、絵柄カードの残り方によっては勝敗が変わる。
一方の王が負けていた場合、そちらが負けとなる。
両者共に王が負けていた場合、自動的に神官のカードが残っている事になるので、
この場合は勝ち数の多い方が勝つ。
0330創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/20(金) 19:08:25.00ID:g3x4AQ14
カードゲームで暇潰しをするのかとワーロックは思っていたが、バレーナは予想外の事を言い出した。

 「普通に勝負しても面白くないので、賭けでもしませんか?」

ワーロックは吃驚して、バレーナを見詰める。

 「い、良いんですか?
  魔導師が、そんな事を言って……」

魔導師、それも親衛隊が、賭け事をして許されるのかと。

 「魔導師も人間ですよ。
  それに大金を賭けようってんじゃありません。
  まあ、お望みとあらば、応じても良いですけど」

挑発的な言動をするバレーナだったが、ワーロックは話に乗らなかった。

 「いや、そんな積もりはありません。
  菓子代程度にしましょう」

 「面白くありませんね。
  では、カードをどうぞ」

彼女は露骨に残念がって、ワーロックに12枚のカードを渡す。
そんな事をしている間に、発車時刻を迎えた。
車掌がベルを鳴らして列車内を歩きながら、乗客に警告する。

 「本日はァ御乗車頂きましてェ、誠にィ有り難う御座います。
  新高速鉄道馬車ァ『サンハウンド』、グラマー市行きィ、間も無くゥ発車致します。
  皆様、発車からァ速度が安定するまでェ、席をお立ちにならない様、お願いィ致します」

馬車が動き出して、徐々に加速して行く。
1点後には最高速度に達した。
0332創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/21(土) 17:53:08.11ID:lCL0UDiC
グラマー市に到着するまでの5角間、ワーロックはバレーナに一勝も出来ず、一方的に金を失った。
小額ずつの負けが嵩んで、計1万MG近くの損失。
その負けっ振りは、バレーナが途中で不気味さと申し訳無さを感じて、返金を申し出る程だった。
しかし、ワーロックは意地を張って、返金して貰うのを拒んだ。

 「勝負は勝負です」

 「いや、そうじゃなくて怖いんですけど!
  確率的に有り得ないでしょう!
  1回も勝てないとか、呪われてるんじゃないんですか!?」

 「確率的に有り得るから、こうなっているんだと思いますけど……。
  こんな時もありますよ」

 「私、神とか悪魔とか、オカルトは信じない性質ですけど、ワーロックさんは変です、異常ですよ!
  絶対に奇怪しいです!」

大袈裟に騒ぎ立てるバレーナに、ワーロックは無言で眉を顰めて見せる。
バレーナは直ぐに謝罪した。

 「あっ、済みません。
  でも、心配しているんですよ。
  ワーロックさん、大して驚かないって事は慣れてるんですよね?」

 「どうも私は賭け事が上手く行かない性質で」

 「そう言う問題ですか!?」

勝てないのは呪いの一種ではないかと、彼女は本気で心配していた。
賭け事の運が余り良くない事を自覚しているワーロックは、それは考え過ぎだと笑って流す。
そこへ車掌が車内を巡回に来て、終点が近い事を知らせる。

 「御乗車の皆様、お待たせ致しました。
  間も無くゥ終点、グラマー市0駅でェ御座います。
  皆様ァ、席をお立ちになりません様に」

これ幸いとワーロックはカードを片付けて、バレーナに押し付ける様に返した。
馬車は徐々に減速を始める。
無言で荷物を纏めるワーロックを見たバレーナは、遅れて彼に倣った。
0333創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/21(土) 17:54:18.85ID:lCL0UDiC
馬車がプラットフォームに停車し、車掌のアナウンスが流れる。

 「終点〜、終点〜、グラマー市0駅でェ御座います。
  車内に忘れ物の無い様、御注意ィ下さい」

ワーロックとバレーナは他の乗客に先駆けて、プラットフォームに降りた。
その後、陸橋を渡り、切符を駅舎の駅員に渡して、グラマー市内へ。
時刻は既に西の時。
冷たく乾いた風が微細な砂の粒を運ぶ。
ワーロックはフードを被って、バレーナに話し掛ける。

 「それで、どこへ行けば?」

 「魔導師会本部に御案内します。
  八導師が直接お話を伺いたいと」

フードを被り口元を隠したバレーナは、俄かに真面目な調子で答えた。
彼女は駅前に停まっている馬車を捉まえ、運転手に声を掛ける。

 「済みません!
  2人、魔導師会本部まで」

バレーナの指示でワーロックが先に馬車に乗り込み、後から彼女が乗車する。
バレーナはワーロックの斜向かいに腰掛けると、サンハウンドの中とは打って変わって、
無言で大人しくしていた。
これがグラマー地方での男女の「普通」なのだ。
隣に座るのは、殆ど夫婦か恋人。
向かい合って座るのも、一定の親しさの表れ。
「誤解されたくない」場合には、自然に斜向かいになる。
軽々に異性と口を利かないのも、グラマー地方の風習に倣った物。
0334創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/21(土) 17:57:35.84ID:lCL0UDiC
魔導師会本部に向かう馬車の中で、ワーロックは宿の心配をした。
しかし、急に黙り込んだバレーナに声を掛け辛い。
気不味い沈黙が暫く続き、ワーロックは意を決して尋ねた。

 「もう夜なんですけど、大丈夫なんですか?」

 「何の話です?」

バレーナは憮然とした態度で応える。
ワーロックは恐縮して言い添えた。

 「八導師の御迷惑ではないかと……。
  それに宿の問題も……」

 「お呼びしたのは『魔導師会』です。
  宿泊施設の手配も既に済ませてありますので、御心配無く」

冷淡に答える彼女を見て、怒らせる様な事をしたかなと、ワーロックは自省する。
重苦しい沈黙が数針続き、馬車は魔導師会本部前に到着した。
バレーナの案内で、ワーロックは魔導師会本部の迎賓館の大広間に通される。

 「お待たせしました。
  ワーロック・アイスロン様をお連れしました」

よく響く声で言ったバレーナは、ワーロックの背を押して入場させた。
ラメ糸を編み込んだローブを着込んだ、如何にも格調高い8人の老人が、2人を待ち構えていた。
彼等が八導師なのだと、ワーロックは直感的に理解して、緊張する。
八導師は皆高齢だが、丸で規律の厳格な軍人の様に全員姿勢が良い。

 「それでは私は失礼します」

バレーナは彼を置いて、早々(さっさ)と退出してしまった。
ワーロックは唯々困惑するばかり。
魔導師崩れの彼にとって、八導師は雲上の存在なのだ。
0335創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/22(日) 18:30:40.71ID:jgkbShQd
直立不動のワーロックに、老人の内の1人が一歩進み出て一礼する。

 「久し振りだね、ワーロック君。
  私を覚えているかな?」

 「えっ、ええ、はい!
  ええと、お、お名前は確か……」

面識のある八導師は2人だけ。
ワーロックは顔こそ記憶していたが、名前が中々思い出せない。
老人は改めて名乗った。

 「八導師第六位イストール・カイ・スタロスタッドム」

 「ああっ、はい、イストールさん!
  覚えております、えぇ、エグゼラで巨人が暴れて、私が執行者に捕まって、その時に!
  おお、お久し振りです!」

ワーロックは漸く思い出し、早口でイストールを忘れていない事を主張した。
同時に彼はイストールに対して、礼を失した振る舞いをした事も思い出す。
それを根に持たれていないか、彼は兢々していた。
イストールは苦笑した後、真顔で切り出す。

 「君は轟雷ロードンと知り合いなのか?」

静かながら鋭い言葉に、ワーロックは怯みそうになるも、有らぬ疑いを抱かれてはならないと、
堂々と答えた。

 「はい」
0336創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/22(日) 18:32:24.26ID:jgkbShQd
イストールは続けて問う。

 「ロードンは我々の事を何と言っていた?」

初代八導師はロードンを守護者として禁断の地に封じた。
だが、当のロードンには、それを恨んでいる様子は無かったし、魔導師会に就いても、
特に言及しなかったので、ワーロックは何と答えた物か困る。

 「いえ、特には……」

 「……分かった。
  やはり我々が直接話を聞かねばならない様だな」

イストールは振り返り、他の八導師と頷き合った。
その後、新たに杖を突いた八導師の一人が前に出て来る。

 「私が皆を代表して、ロードンと会う。
  私を連れて行ってくれ、ワーロック殿」

 「貴方は……?」

 「私は八導師の最長老、レグント・アラテルだ」

 「最長老!?」

八導師の最長老は、魔導師会の中で最も発言力のある人物だ。
それが魔導師会から離れて、禁断の地へと赴く事に、ワーロックは驚愕した。

 「最長老が不在で大丈夫なんですか?」

 「もう直、新しい八導師を迎える時期だ。
  私は引退間近だから、然して影響は無いよ。
  他の八導師達も優秀だ」

最長老のレグントは淡々と答える。
こうしてワーロックは、レグントと共に禁断の地へ向かう事になった。
0337創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/22(日) 18:35:12.50ID:jgkbShQd
それからワーロックは迎賓館で一泊した。
翌朝、南東の時に彼はレグントに呼び出される。

 「では、行こう。
  案内を頼むよ」

 「……お付きの人とか、入らっしゃらないんですか?」

レグントは独りだった。
普通、こう言う時は護衛が数人は同行する物と思っていたワーロックは、危険を訴える。

 「道中、どんな危険があるか分かりません。
  反逆同盟が私達の行動を嗅ぎ付けないとも限りませんし」

レグントは真面目な顔で反論した。

 「半端な戦力では足手纏いだ」

 「えっ」

 「八導師は名ばかりではない。
  実力が伴ってこその『八導師』。
  老い耄れと侮ってくれるな」

八導師は決して「実力」で選ばれた存在ではない。
八導師も魔導師である以上、ある程度の魔法資質や魔法知識は備えている物だが、
それが優秀な魔導師と比較して、特別に優れていると言う話は無い。
どちらかと言えば、魔導師会内の「人望」や「政治的な理由」で選出される。
そう言った表向きの事しか、ワーロックは知らなかった。
彼だけでなく、大多数の魔導師も、そう思っている。
0338創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/23(月) 18:27:42.83ID:r0cDNfxe
ワーロックはレグントの不思議な迫力に負けて、何も言い返せなかった。
2人は馬車でグラマー市の西にある、防砂壁に移動する。
防砂壁の巨大な門を潜れば、その先は何も無い荒地、通称「夕陽の荒野」だ。
ここから2街西に進んだ所に、最果ての「レフト村」があり、それに隣接して禁断の地がある。
正確には、禁断の地と砂漠との境に、レフト村が建てられた。
西の大地の不毛なるは、呪われた地であるが故に。
大戦の夥しい犠牲が生み出した「呪詛」が、草木の一本も生えない砂漠を作ったのだと言う、
伝説がある。
その真偽を確かめた者は居ない。
唯、鬱蒼と茂る禁断の地の森があり、それに不毛の砂漠が隣接していると言う奇怪な対照が、
そうした噂の元となったのだろう……。
レフト村まで2日掛かりの旅になる事を覚悟していたワーロックだったが、荒野に出たレグントは、
彼に問い掛ける。

 「先を急ぎたいが、構わないか?」

 「え……?
  ええ、はい」

何を言うのだろうと訝るワーロックの目の前で、レグントは軽く跳躍する。

 「飛ぶぞ」

 「飛ぶって……?」

 「こう」

その場で彼は大跳躍をした。
空高く跳び上がったレグントは、約10極後に地上に戻って来る。
魔法を使っているとは言え、老人とは思えない運動神経に、ワーロックは唖然とした。
0339創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/23(月) 18:28:26.24ID:r0cDNfxe
レグントは驚いているワーロックの腕を掴んで言う。

 「さ、行こう」

 「いや、私は魔法が……」

自分は魔法が下手なので、同じ様な動きは出来ないとワーロックは断ったが、レグントは気にしない。

 「構わん。
  運動神経が悪くなければ、どうにでもなる。
  重要なのはリズムとタイミングだ。
  それっ!」

全く老人らしくない活動力で、彼は飛魚の如く跳ねる。
ワーロックは腕を掴まれた儘で引っ張り回され、何とか付いて行くので精一杯だ。
一回の跳躍で1巨は移動する。
それは丸で空を飛んでいる様。

 (何時だったかも、こんな事があったなぁ……)

レグントはワーロックにも魔法を使っている。
そうで無ければ、引っ張られているワーロックの身体が保たない。
自分だけでなく、他人の身体能力をも容易に強化させる所からして、並の魔導師以上の実力。
護衛を足手纏いと言い切ったのは、見栄や張ったりでは無いと判る。
0340創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/23(月) 18:29:15.59ID:r0cDNfxe
何とかワーロックが跳躍での移動に慣れた頃、レグントは彼に話し掛ける。

 「中々やるじゃないか!」

 「いや、はは、この位は……」

謙遜の愛想笑いをするワーロックに、レグントは無断で更に移動速度を上げた。

 「良し。
  では、もっと急ごう」

 「うわっ」

2人は荒野を抜けて、砂漠に入る。
高速で移動しているのに、向かい風を殆ど感じない。
それは周辺の空気をも操っている為だ。
レグントは底の知れない老人だと、ワーロックは改めて思った。
丸2日は掛かる距離を、2人は2角で走破する。

 「ウム、昼食の時間には間に合ったな」

レフト村に到着した時刻は、丁度南の時。
レグントは平然としているが、ワーロックの方は息を切らしていた。

 「少し休憩しようか」

気を遣ったレグントの提案に、ワーロックは無言で弱々しく頷く。
2人は村唯一の宿に入り、休憩糅(が)てら昼食を取る事にした。
0341創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/24(火) 18:14:21.67ID:++t7gbfb
約半角後に、2人は禁断の地の森に入る。
向かうは「雷の住処」と呼ばれる古代遺跡。
正確な場所を知っているのはワーロックだけなので、彼が先導する。
しかし、森に入って直ぐ、レグントは自らの額を押さえて足を止めた。
ワーロックは振り返って尋ねる。

 「どうされました?
  ……気分が優れないのですか?」

それなりの魔法資質を持つ者は、禁断の地を覆う特殊な魔力の流れを不快に思う。
共通魔法とは異質な魔法の気配を、無意識に拒絶するだけではない。
自らの内を侵される様な、禍々しい物を感じるのだ。
その根源は「共通魔法使い」が何者であるかと言う事に、深く関係している。
レグントは顔を顰め、脂汗を流して、平然としているワーロックに問うた。

 「君は平気なのか?」

 「はい、私は魔法資質が低いので……」

 「成る程、道理で」

魔法資質の低いワーロックは、異質な魔力の流れの影響を受けない。
魔力の変化に気付けないと言う、共通魔法使いとしては――否、魔法使いとして致命的な弱点が、
ここでは有利に働く。
ワーロックはレグントを気遣った。

 「大丈夫ですか?
  動けないなら、負ぶいましょうか?」

 「いや、大丈夫。
  先に進もう」

レグントは強気に断り、背筋を伸ばして歩く。
大丈夫かなと、ワーロックは心配しながら再び歩き始めた。
0342創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/24(火) 18:16:39.96ID:++t7gbfb
暫く歩いた所で、再びレグントは足を止める。

 「レグントさん?」

ワーロックが尋ねると、彼は俯いて黙り込んだ。
その儘、その場に座り込んでしまう。

 「だ、大丈夫ですか?」

駆け寄るワーロックに、レグントは弱々しく答えた。

 「頭が痛い。
  目が回る。
  体が撒(ば)ら撒(ば)らになりそうだ」

禁断の地の魔力を受けたレグントは、自己の精霊を肉体に留められなくなりつつあった。
だが、ワーロックには全く理解出来ない。

 「どんな感覚なんです……?
  ええと、動けないなら、負ぶいましょうか?」

再度の提案に、レグントは小さく頷いた。

 「済まない、頼む」

余程参っていると見える。
ワーロックは背を向けて、レグントの前に屈み込み、彼を背負う。

 「おっ、軽いですね」

細身のレグントは丸で枯れ枝の様な軽さだった。
ワーロックの体が長旅で鍛えられているのもあるが、それにしてもレグントは軽い。
殆ど骨と皮しかないのではと、彼が疑う位に。
0343創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/24(火) 18:20:16.96ID:++t7gbfb
ワーロックに背負われたレグントは、小声で言った。

 「……私は神を論ずる事はしないが、運命と言う物を信じたくなって来たよ。
  丸で導かれている様だ。
  旧暦の聖君を仰いだ人々も、同じ心持ちだったのかな」

気が滅入って、訳の解らない事を言っているのかなと、ワーロックは心配する。

 「確りして下さい。
  もう直ぐ着きますよ」

四方八方どこを見ても木ばかりの森だが、住み慣れたワーロックにとっては庭の様な物。
徘徊する危険な魔法生命体も、魔力を纏わなければ反応しない。
ある程度森の中を進むと、彼方此方で草木が焼け焦げている場所に出た。
ワーロックはレグントに説明する。

 「この黒焦げになった植物は、落雷による物です。
  雷さん――轟雷ロードンが近くに居る証拠ですよ」

 「待て」

 「どうしました?」

話しながら更に先に進もうとする彼を、レグントは止める。
ワーロックは素直に応じ、耳を澄まして周囲を見回した。
レグントは声を潜めて言う。

 「何か近付いて来る」

 「何か……とは?」

 「共通魔法や精霊魔法の気配ではないぞ。
  『別の存在』だ」

禁断の地には、正体の判らない魔法使いや、魔法生命体が多く居る。
必ずしも敵とは限らないが、念の為に警戒すべきだとワーロックは考えた。
0344創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/25(水) 18:37:02.89ID:SSn/WZVS
元から木々に覆われて暗い森が一層暗み、生温い風が吹く。
尋常ならぬ緊迫感が、魔法資質の低いワーロックにも感じられる。
ワーロックとレグントの目の前に、一人の少女が姿を現した。
黒い祭服を着た、金髪の子供。
ワーロックは彼女の正体に気付き、鋭く睨む。

 「お前は!」

 「久方振りだな。
  そちらの御老人は、お初お目に掛かる。
  私は『悪魔大審判<サタナルキクリティア>』デヴァ・ルシエラ。
  お前達を始末しに来た」

敵意を隠そうともせず、サタナルキクリティアは宣言した。
少女の風貌は徐々に怪物へと変わって行く。
身体は膨張して筋肉質に。
額からは2本の角が捻じ曲がって伸び、尻尾は大蛇の様に太く長くなる。
成人男性並みの体格になった彼女は、清々しい表情で言う。

 「ここは懐かしい薫りがする。
  幾多の同胞(きょうだい)達が、この地で散って行った……。
  我等が主、大皇帝アラ・マハイムレアッカ様も」

サタナルキクリティアは大魔王軍に属する異界の魔神だった。
魔法大戦で敗れた大魔王軍は、ある物は地上に残って隠れ暮らし、ある物は故郷に逃げ帰った。
サタナルキクリティアは前者である。
地上に残って息を潜め、共通魔法使いに復讐する機会を窺っていた。

 「昂るぞ!!
  今ここで我等が主と同胞の仇を討てるのだからな!」

彼女は高らかに吼え、尻尾を鞭の様に撓らせて、何度も地面を叩いて威嚇する。
超巨大魔界の子爵級は、平凡な世界の伯爵級に比肩するのだ。
0345創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/25(水) 18:40:28.46ID:SSn/WZVS
 「ドゥーーーー!!」

サタナキクリティアが嘶くと、周囲の魔力が渦を巻く。
ワーロックは慌てた。

 「止めろ!!
  ここは危険な魔法生命体が沢山彷徨いている!
  お前の魔力を感じ取って、攻撃して来るぞ!」

警告はサタナルキクリティア自身の為ではない。
巻き込まれては堪らないと思っているのだ。
しかし、彼女は聞く耳を持たない。

 「小蝿が幾ら集(たか)ろうと、物の数ではないわ!」

膨れ上がる自らの力を実感して、気が大きくなっている。
ワーロックが懸念していた通り、森の中から怪物達が続々と姿を現した。
魔力を食らう「イーター」に、寄生植物、『泥人形<マッド・ゴーレム>』と言った、比較的浅い場所でも、
よく見られる物ばかりではない。
普段は深部を徘徊しており、滅多に姿を見る事が無い、機械の捕食者「シージュア」、
無差別破壊者「フェリンジャー」、凶悪な「スクラッパー」に、「ブラック・レッカー」まで居る。
ワーロックは小声で背負っているレグントに囁いた。

 「どうしましょう、レグントさん……。
  魔法で対抗すれば、周りの怪物共にも攻撃されてしまいます」

 「ウーム……。
  これだけの物を相手にするのは、私でも厳しい」

しかし、レグントにも現状を打開する妙案は無い様子。
0346創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/25(水) 18:44:44.60ID:SSn/WZVS
 「仕方ありません。
  一旦後退しましょう。
  共倒れしてくれれば良いんですけど……。
  そうじゃなくても、どっちか残った方を相手するのが楽でしょう」

ワーロックは一時撤退を決断した。
レグントも異論を差し挟まない。
ワーロックはサタナルキクリティアから目を離さず、身構えてタイミングを見計らう。
禁断の地の怪物達は、この場で最も強い魔力を纏う物――サタナルキクリティアに襲い掛かるだろう。
その混乱に乗じて、逃げてしまおうと言う考えだ。
所が、禁断の地の怪物達は怯えているかの様に、その場で震えるのみ。
ここに居る魔法生命体達は、恐怖と言う概念を持たない。
力量差を推し量る知能を持たないのだ。
魔力の流れに機械的に反応して、無差別に攻撃を繰り返すだけの存在。
それが攻撃を躊躇う理由とは?

 (どうして動かない……?
  いや、動けないのか!
  押さえ付けられている!)

ワーロックは遅れて理解した。
怪物達はサタナルキクリティアによって抑えられているのだ。

 「鬱陶しい玩具共だ」

彼女が視線を遣ると、その先に居た複数のフェリンジャーが「潰れた」。
2身はある巨躯が、全方向から圧力を掛けられ、一瞬で小犬程の大きさに圧縮された。
それに止まらず、最終的には小石程度の大きさになる。
ワーロックが魔城で対峙した時より、力が増している。
これが彼女の本来の力なのだ。
0347創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/26(木) 18:36:59.46ID:q3AP6dZG
怪物共と同じく、ワーロックも身動きが取れないでいた。

 (これじゃ逃げるに逃げられない……)

魔法で動きを封じられている訳ではないが、サタナルキクリティアは全く隙を見せない。
下手に動けば、怪物共の様に一瞬で圧死させられそうな威圧感がある。
一方のサタナルキクリティアも、大きな事を言った割に、積極的に仕掛けては来ない。
ワーロックの魔法と、彼の背後のレグントを警戒しているのだ。
サタナルキクリティアは徐々に圧力を強めて行った。
禁断の地の怪物共は、次々に崩れ落ち、破壊される。
ワーロックはサタナルキクリティアを正面に見据えた儘、少しずつ横に回り込む様に移動する。
それに合わせて、サタナルキクリティアは前進する。

 (取り敢えず、怪物共が全滅するまで待とう。
  相手が一人なら何とかなる)

時間を稼げば何とかなると言う思いが、ワーロックにはあった。
そんな彼の希望を打ち砕く事が起こる。
サタナルキクリティアが「増えた」のだ。
ワーロックとレグントを取り囲む様に、2体、3体と森の中から姿を現す。
これにワーロックは大いに慌てた。

 (嘘だろう……。
  こんな馬鹿な)

蒼褪める彼をサタナルキクリティアは嘲笑う。

 「『予想外』と言う顔だな?
  悪魔の事をよく知らぬと見える。
  クククッ、幻覚では無いぞ」

彼女の言う通り、ワーロックには強力な悪魔と直接対峙した経験が無い。
0349創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/26(木) 18:39:47.50ID:q3AP6dZG
悪魔は精霊を分割して、自らの分身を創り出せるのだ。
それも単なる操り人形では無く、自分と全く同一の自我を持つ存在として。
愈々追い詰められたワーロックに、レグントが耳打ちする。

 「ワーロック殿、私を置いて行ってくれ」

 「何を!?
  そんな事、出来る訳が……」

吃驚するワーロックに、彼は冷静に淡々と告げる。

 「今の儘では、私は足手纏いにしかならない。
  この肉体さえ捨てれば――」

 「『肉体を捨てる』って…」

 「共通魔法使いは人間ではない。
  その証拠をお見せしよう。
  心配は無用だ、死にはしない。
  生身での帰還を諦めただけの事」

レグントの声からは覚悟と同時に、自信も伝わって来る。
彼は肉体を捨てれば、目の前の強大な悪魔や、怪物共とも渡り合えると確信している。
だが、ここに至るまで実行しようとしなかったと言う事は、出来るなら肉体を捨てたくは無いのだ。
一度捨てた肉体を再び得る事は、不可能ではないが、現実的ではない。
それをワーロックは察して、必死に考えを巡らせる。

 (誰かの救援を期待出来ないか……。
  ソームさんが偶々出歩いていたり?
  いや、余りに希望的観測過ぎる。
  ここはレグントさんの言う通りにして、応援を呼んだ方が良い)

思量の末に、結局彼はレグントを置いて行く決断をした。
0350創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/26(木) 18:43:07.81ID:q3AP6dZG
 「……分かりました。
  レグントさん、直ぐに助けを呼んで来ます」

しかし、逃げると決断した所で、見す見すサタナルキクリティアが逃がしてくれる訳では無い。
レグントが彼女を相手に、どこまで戦えるのかも不明だ。
ワーロックが間誤付いていると、突如空が閃き、天から光柱が地上に突き刺さる。
大気を震わせ、大地を揺らす爆音と共に、サタナルキクリティアが1体、消し炭になる。
辺りを覆っていた禍々しい気配が一瞬にして吹き飛んだ。

 (ワーロック殿!
  目と耳を塞いで伏せなさい!)

テレパシーでのレグントの指示に、ワーロックは訳も解らない儘、とにかく従った。
不意の閃光と爆発で目と耳を利かなくされた彼は、そうするより他に無かった。
レグントも彼に覆い被さる様に伏せる。
約1点の間、大地が破壊されたのではと思う程の、激しい震動が続く。
衝撃が身体を突き抜け、心臓を揺さ振る。
草木が焼け焦げる臭いがする。
やがて嵐が去った様に静まり返り、レグントの体がワーロックから離れる。

 (もう大丈夫だ、ワーロック殿)

レグントのテレパシーを信じて、ワーロックは恐る恐る顔を上げた。
彼の視力と聴力は、何時の間にか唱えられていたレグントの魔法で、既に回復している。
辺りの風景は一変していた。
鬱蒼と上空を覆っていた枝葉は疎か、木々の幹さえも消失して、周囲は空き地になっていた。
禁断の地の怪物達も姿を消しており、1体のサタナルキクリティアと、雷光を纏う男だけが、
その場に立ち尽くしていた。
雷光を纏う男の正体を、レグントは瞬時に悟り、その名を呟く。

 「轟雷ロードン……」
0351創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/27(金) 19:19:23.99ID:9yNRVpT5
魔法大戦の六傑が一、『轟雷<サンダー・ラウド>』ロードン。
伝承では天の雷を操る、強大な精霊魔法使いとされていた。
それは真実だった。
子爵級とは言え、超巨大魔界の魔神を圧倒出来る力があるのだ。
サタナルキクリティアは苦々しい表情で、ロードンを睨む。

 「何だ、貴様……!」

 「未だ生き残りが居たのか、悪魔め。
  漫ろに現れて力を振るうとは愚かな奴。
  そんなに死に度(た)いのか」

彼女は本能的に、目の前の男が強敵であると理解していた。
瞬時に場を支配し返された時点で、形勢は不利。
身の危険を感じた彼女は、撤退しようとする。

 「くっ、覚えていろ!」

だが、ロードンはサタナルキクリティアを逃がさない。

 「覚える必要は無い。
  この場で貴様は潰えるのだ」

巨大な落雷が彼女を打つ。
魔力の雷は真っ直ぐ彼女を狙う。
正に電光石火、避ける事は出来ない。

 「ギャァッ!!」

短い叫び声を上げ、サタナルキクリティアは感電した。
雷が彼女を介して天地を結ぶ。
魔力の雷が彼女の体内を駆け巡り、精霊を分解して行く。
0353創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/04/27(金) 19:23:09.42ID:9yNRVpT5
数極の間、雷はサタナルキクリティアに注がれ続けた。
その後、彼女は電光球に包まれる。
精霊が雷に変じて、周囲に放たれて行く。
方々で放電が火花を上げる。
しかし、黙って倒されるサタナルキクリティアでは無い。
悪魔貴族の名誉に懸けて、彼女は反撃に出る。

 「この程度の攻撃ぃ……!
  潰えるのは貴様だっ、『魔力吸引攻撃<プレネール>』!!」

背中に魚の鱗を集めた様な、奇怪な透明の翼を1対生やして叫ぶ。
電光球は一瞬で翼に吸収された。
魔力吸引攻撃は、魔力分解攻撃に並ぶ、悪魔の基本的な戦闘技術の一つだ。
相手の精霊を覆う魔力を奪う事で、攻撃と防御と強化を同時に行える。
魔法資質に大きな差がある場合に特に有効だが、分解攻撃に比べると威力は劣る。
これはサタナルキクリティアが己の魔法資質に、絶対の自信を持っている事の表れだ。
不意打ちで支配された場の魔力の流れを、一息に挽回しようと言う試み。
魔力が渦巻き、ロードンからサタナルキクリティアに向かって流れる。
魔力の流れが自分の思う儘になっている事を確信し、サタナルキクリティアは勝ち誇った。
ロードンの実力を彼女は知らないが、自身に並びはしても、勝る物では無いと決め付けていた。
魔力吸引攻撃に対抗するには、同じく魔力吸引攻撃で返すのが普通だ。
そうなれば吸引する力の強い方、即ち魔法資質で上回る方が勝つ。
ロードンからサタナルキクリティアへと流れる魔力が反転しない限り、勝利は揺るがない。

 「フハハッ、弱い弱いっ!
  …………クッ、グ、ググーッ、な、何事だっ!?」

サタナルキクリティアは勝利を確信したが、その瞬間、激痛が彼女を襲った。
ロードンから流れ込む魔力が、サタナルキクリティアの霊を傷付けている。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ニューススポーツなんでも実況