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ロスト・スペラー 17 [無断転載禁止]©2ch.net

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0001創る名無しに見る名無し
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2017/09/20(水) 19:39:30.53ID:RxuePOP2
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過去スレ
ロスト・スペラー 16
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ロスト・スペラー 15
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ロスト・スペラー
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0038創る名無しに見る名無し
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2017/09/27(水) 19:02:45.35ID:pYE9LWQ2
ここからが話の肝だ。
ラントロックは決意して提案した。

 「逃げないか?」

 「逃げて、どうする?」

 「どこか誰の手も届かない所で、静かに暮らす訳には行かないのか」

ビュードリュオンは本を手にした儘、沈黙した。
その目は魔術書の一点を見詰め、その手は完全に止まっている。
明らかに「読んでいない」と判る。

 「研究に没頭出来るなら、どこでも構わない。
  だが、その環境をお前は用意出来るのか?
  誰にも邪魔されず、脅かされる事も無く、静かに研究を続けられる環境を」

ビュードリュオンは初めて、ラントロックに目を遣った。

 「暗黒魔法は外道中の外道。
  邪術とも呼ばれ、忌避されて来た魔法だ。
  何をしても口煩く咎められる事が無い、今の環境に不満は無い」

彼の部屋には暗黒儀式に用いる道具が、其処彼処に置かれている。
処刑道具の様な器具に、動物の外皮や臓物、切り落とされた頭や手足等の部位。
何に使うのか門外漢のラントロックには判らないが、「良識的な」他者の目に触れれば、
「研究」を止めろと介入される事になるのは、想像に難くない。
ラントロックも出来れば残酷な儀式は止めて欲しいと思う。
ビュードリュオンは最後に自嘲気味に零した。

 「所詮、人の社会では生きられないんだ」

それは「共通魔法社会」に限らず、他者の理解を得られないと言う、諦めの言葉だった。
0039創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/27(水) 19:09:38.75ID:pYE9LWQ2
ラントロックはビュードリュオンに尋ねる。

 「どうして、そこまで暗黒魔法に拘るんだ?」

生まれ付いての暗黒魔法使い、或いは代々受け継いで来たなら、仕方の無い事だと思う一方で、
そうでないとしたら何故拘るのか、彼には理解し難い。
ラントロックの見立てでは、ビュードリュオンは生まれ付きの暗黒魔法使いでは無い。
魔法の使い方で判るのだ。
使い慣れてこそいる物の、どこか違和感がある。
彼の魂は暗黒魔法に馴染んでいないと、魔法資質が感じ取っているのだ。
ビュードリュオンは短い沈黙の後、逆にラントロックに質問した。

 「……私は何歳(いくつ)に見える?」

 「えっ、30か40……」

ビュードリュオンの年齢は、外見からは正確な所は判らない。
20代と言われれば、そうとも思えるし、40代でも違和感は無い。
態度からして若くはないが、50まで行かないのではとラントロックは思う。
しかし、ビュードリュオンの答は……。

 「もう90近い。
  私は若い頃、内臓が腐る原因不明の病に冒されていた。
  苦痛と絶望の只中にあった、当時の私の救いになったのが、暗黒魔法だった。
  共通魔法も近代医学も無力だった中で、唯一の救いだったのだ。
  私は外道と知りながら、命惜しさに飛び付いた」

彼は漆黒のローブを捲り、「胴体」を見せ付けた。
腹の一部は浅黒く、一部は白く、一部は青紫、毛深さや肉付きも区々で、歪に縫合されている。

 「先ず不老不死になり、そして病を克服する方法を探した。
  しかし、未だに完全な治療法は見付かっていない。
  内臓を腐り落ちる側から補い、騙し騙し体を繋いで、70年以上になる。
  苦痛は今も続いている。
  もう十分だと常人なら思うのだろうが、生憎と私は往生際が悪い。
  何とか健康体を取り戻したい」

ラントロックが言葉を失って唖然としている事に気付き、ビュードリュオンは自嘲気味に笑った。

 「詰まらない話をしたな。
  帰れ」

ラントロックは何も言えず、悄々(すごすご)と退散する。
0040創る名無しに見る名無し
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2017/09/28(木) 19:35:11.20ID:cwhxCBO2
次に、ラントロックはニージェルクロームの元を訪ねた。
ビュードリュオンに断られた事はショックだったが、同盟の中では若く比較的年齢が近い、
ニージェルクロームには未だ幾らか話が通じると思った。

 「ニージェルクロームさん、反逆同盟は大丈夫だと思う?」

 「どう言う意味だ?」

警戒心を持たず、純粋に疑問を持つニージェルクロームに、ラントロックは少し安心する。

 「魔導師会に負けるんじゃないかって」

 「ハハッ、俺が居る限り、それは無い」

所が、ニージェルクロームの返答は強気だった。

 「俺は竜の力の一部を使い熟せる様になった。
  見せてやるよ」

力を試す機会を待っていたかの様に、彼は意気揚々と竜の力を披露する。

 「古の竜アマントサングインよ、我が呼び掛けに応え、その力の片鱗を顕し給え」

自らの手の平から腕に掛けて、血管に沿う様な文様を描き、奇妙な呪文を唱えた彼は、
明確に魔法資質が増大している。
特に、文様を描いた腕に纏っている魔力が、尋常ではない。

 「これを俺は『竜の爪』と呼んでいる」

そう得意気にニージェルクロームは語った。
成る程、彼の腕を覆う魔力は恰も、巨大な鋭い爪の様な形を取っている。
0041創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/28(木) 19:38:15.35ID:cwhxCBO2
膨大な魔力に恍惚としながら、ニージェルクロームはラントロックに警告した。

 「少し下がってな」

彼は破壊衝動の儘に、「下」に向けて力を発散する。
軽く石床に手を突いただけなのに、「爪」が深々と床に食い込んで、罅だらけにしてしまう。
同時に地震が起きた様に、建物全体が一度だけ大きく揺れた。

 「どうだ、素晴らしいだろう」

ニージェルクロームは完全に自惚れていた。
ラントロックは竜の力の大きさに戦慄しながらも、改めて問う。

 「それで魔導師会に……?」

対抗出来るのか、勝てるのかと、彼は言いたかった。
ニージェルクロームは過剰な程の自信を以って答える。

 「未だ竜の力の1割……否、1厘しか引き出していない。
  誰だろうと敵じゃないさ。
  何も心配は要らない。
  同盟に仇為す存在は、俺が蹴散らしてやる」

彼は駄目だとラントロックは見切りを付けた。
力に耽溺し、冷静に物事を考えられる状態ではない。
その驕傲自大振りが叩き折られるまでは、何を言っても無駄だ。

 「御免、少し不安になっていたんだ。
  有り難う、それじゃ」

ラントロックはニージェルクロームに口だけの礼と別れを告げて立ち去る。
0042創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/28(木) 19:52:06.22ID:cwhxCBO2
その次に彼が訪ねたのは、石の魔法使いバレネス・リタの元。
リタは石の仮面を装着して、ラントロックと相対した。
彼女の瞳には石化の魔性がある。
仮面は無闇に人を石化させない為の配慮だ。

 「何か用?
  ……あ、先(さっき)の揺れの原因、判る?
  強い魔力を感じた。
  地震とは違う」

リタは第一に、建物が揺れた事を気にしていた。
原因を知るラントロックは素直に話す。

 「ニージェルクロームさんだよ。
  竜の力を引き出したんだ」

 「竜……、あれが……」

リタは表情を引き締めて静かに驚愕した後に、ラントロックに改めて尋ねた。

 「それで、貴方の用事は?」

少し話をした事で、幾らかリタの態度は和らいでいる。
ラントロックは先の2人に言った様に、同盟の将来に関して抱いている不安を告げる。

 「反逆同盟の現状に就いて、どう思う?」

彼は真剣である事を示す為に、石化する覚悟でリタの仮面の瞳を直視した。
その勢いにリタは内心では驚きつつも、怯んだ様子は見せず冷静に言う。

 「最近少し停滞気味か……。
  その内、大きな作戦があると思う」

 「大きな作戦?」

それは何かと訝るラントロックに、彼女は隠し事をせず答えた。

 「マトラ、フェレトリ、クリティア、それにジャヴァニとヴァールハイト……否、ゲヴェールトだったな。
  揃って何かを企んでいるらしい。
  碌でも無い事だとは思うが、少なくとも同盟の現状打破に繋がる事だろう」

ラントロックは細い自信の無さそうな声で尋ねる。

 「上手く行くと思う?」

 「あれだけの面子が揃って、失敗する事は中々考えられない。
  ……何時でも『想定外』は起こり得る物だけど」

リタは「大きな作戦」に、それなりの信頼を置いている様だ。
今直ぐ同盟を離脱する考えは無いだろう。
0043創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/29(金) 19:23:20.14ID:HTOOTbI5
ラントロックは一つ気になって、リタに問うた。

 「リタさんは同盟の活動を、どう思ってる?」

 「『どう』とは?」

 「人を苦しめたり、殺したりする事に就いて、何とも思わないのか」

リタはラントロックを鋭い目付きで睨んだ。
仮面を着けていても明確に判る程の殺意があった。
気圧され掛けたラントロックだが、直ぐに心を強く持って逆に睨み返す。
石化の魔性と、魅了の魔性が、正面から打付かり合って、互いに無効化される。
ラントロックが石化しない事に、リタは少し驚いたが、強い言葉を吐いて誤魔化した。

 「言葉には気を付けろ」

 「どうして、そんなに怒るんだ?
  ……やっぱり同盟の遣り方は間違ってると思ってるのか?」

それでもラントロックは躊躇わず踏み込んだ発言をする。
リタは冷静な、しかし、隠し切れない怒りが滲んだ声で答えた。

 「『石女<バレネス>』の意味が解らぬ訳ではあるまい。
  子を宿せぬ女は、実を結ばぬ『不毛<バレン>』の女と言う事だ。
  そう言う女達の無念から、私は石の魔法を得た。
  私自身も石女だったので受容された」

彼女は石の様に冷たい指で、ラントロックの頬に触れる。
その爪だけは赤く染められており、丸で紅を塗った白磁の如き。

 「石女は旧暦から差別の対象だった。
  当然、私も同じく。
  人は劣った者を見下し、自らの優位を保とうとする。
  それが本能に由来するならば、人と言う生き物に救いはあるのか」
0045創る名無しに見る名無し
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2017/09/29(金) 19:30:13.70ID:HTOOTbI5
ラントロックは愕然として尋ねる。

 「……貴女は共通魔法社会じゃなくて、人間その物を憎んでいるのか?」

それにリタは答えず、全く関係の無い事を言った。

 「不妊と言うだけで、私が愛した者、私を愛した者が、全て敵に変わった。
  この能力(ちから)は復讐の為に得た。
  私を罵り、苦しめて来た者達への復讐に……。
  だが、復讐を果たした後に残った物は、死ねない石の体と、虚しさだけだった。
  人が死のうが生きようが、私の知った事では無い」

ラントロックはリタの腕を掴み、頬を撫でる指を離させる。

 「同盟は、どうでも良いのか」

真剣に問い詰める彼に、リタは目を伏せた。

 「フェミサイドやチカとは仲良くなれそうだったが……。
  向こうに、その気が無いのではな」

フェミサイドもチカも「人間」に恨みを持っていたが、皆根源が違う。
フェミサイドは「女」、チカは「社会」、リタは「家庭」と、微妙に噛み合わない。
それぞれ近い部分はあるのだが、当人達の意識では、少しの差が大きな違いなのだ。
反逆同盟の中で、目的が一致している者は誰も居ないのではと、ラントロックは感じた。
共通魔法社会から食み出した者、弾かれた者ではあるが、その事情は様々で故に協調出来ない。
反社会的性格を持った者が集まり、単に同じ場所に身を置いているだけの事。
それでは良くないとラントロックは危機感を持っている。
だから、魔導師会との戦いで貴重な人員を失う破目になるのだ。
やはり同盟は長くないと改めて彼は思う。
0046創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/29(金) 19:33:02.97ID:HTOOTbI5
ラントロックはリタに対して最後に1つ質問をした。

 「リタさん、もし反逆同盟じゃなくて……。
  新しい居場所があったら、そこに行く?」

リタは静かに首を横に振る。

 「どこに居場所があると言うんだ?
  平穏な暮らしを得て、私に何をしろと言うんだ?
  もう帰ってくれ」

彼女は悲し気にラントロックに背を向けると、机の上に置いてある石の赤子を抱き上げて、
愛(あや)し始めた。
優しい子守唄を歌いながら……。

 「眠れ、眠れ、静かに眠れ。
  可愛い坊やが寝ている間に、悪い物は過ぎ去って行く。
  眠れ、眠れ、何時でも母が傍に居る。
  安心して眠れ……」

石人形を抱いて愛した所で、泣きも笑いもしないと言うのに。
リタは母性愛を注ぐ相手に飢えているのだ。
そして、それは何をしても癒される事が無い。
平穏な中では、子を得られない苦痛が益々大きくなる。
そこまで「我が子」に固執する事は無いだろうと思う人も居るかも知れないが、彼女にとっては、
我が子を持つ事は永遠の憧れであり、呪縛なのだ。
石の体では乳は出ないし、子を抱いて温めてやる事も出来ない。
その虚しさの穴埋めに、魔法で造った石の赤子を抱いて、子育ての真似事をしている。
リタの行動に狂気を感じたラントロックは、説得を断念して撤退した。
0047創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/30(土) 19:22:18.25ID:xJ3xmxsc
結局、反逆同盟から離反しようと言う者は居なかった。
自分の誘い方が悪かったかも知れないと、ラントロックは反省する。
最後の最後に、彼はジャヴァニの元を訪れた。
ジャヴァニはマスター・ノートで未来を予知している。
もしかしたら、ラントロックが離反する事も、彼女の中では「既知の事実」かも知れない。
それを覚悟でラントロックは敢えて、ジャヴァニと対面する。
離心を知られているなら隠そうとしても無駄。
自ら働き掛ける事で、反応を見ようとしたのだ。

 「ジャヴァニさん」

彼が部屋の戸を叩いて名を呼ぶと、直ぐにジャヴァニは出て来た。
しかし、何時もの澄ました顔とは違い、深刻な悩みを抱えている様な、陰鬱さと重苦しさがある。

 「トロウィヤウィッチ……。
  話は解っています」

 「それなら答えてくれ。
  同盟の将来に就いて」

ラントロックは単刀直入に問うたが、ジャヴァニは首を横に振る。

 「今の時点では、確定的な事は申し上げられません」

ラントロックは目付きを険しくした。

 「何の為の予知魔法なんだ?」

ジャヴァニは申し訳無さそうに目を伏せて、弱々しい声で応える。

 「今、同盟の未来は大きな分岐点に差し掛かっています。
  岐路の片方は安泰の道、もう片方は苦難の道」

 「その分岐点ってのは、例の『作戦』か?」

ラントロックはリタが言った「大きな作戦」を持ち出して、鎌を掛けてみた。
0048創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/30(土) 19:27:09.09ID:xJ3xmxsc
彼自身は作戦の内容を知らないが、事情通の振りをして、情報を引き出そうしていた。
ジャヴァニは驚いた顔をして、マスター・ノートを捲る。
ラントロックは余裕を見せる為に、声を抑えて小さく笑い、彼女を揶揄した。

 「ノートには書いてなかったか?」

 「……誰から、その話を?」

 「誰と言う事は無いけど。
  何人か集まって、裏で窃々(こそこそ)やってるみたいだからさ」

一時は動揺を露にしたジャヴァニだが、ラントロックの言葉を聞いた途端に落ち着きを取り戻す。

 「そうですか……。
  同盟の現状に御不満や御不安が、お有りかも知れませんが、今少し時をお待ち下さい。
  その結果次第で、『確実な』話をしましょう」

彼女の態度の変化は、一体何が原因なのかとラントロックは戸惑った。
他人と駆け引きをするには、今の自分は若過ぎるのかとも思った。
詳細を語らずに誤魔化した事で、逆に大した情報を持っていないと見破られてしまい、
相手に安心感を与えてしまったのかも知れない。
或いは、ラントロックの反応が予知通りであったか……。

 「それでは」

ジャヴァニは柔和に微笑んで、戸を閉めてしまった。
だが、ラントロックには得る物があった時間だった。
彼は収穫を冷静に分析する。
0049創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/09/30(土) 19:28:51.86ID:xJ3xmxsc
最初のジャヴァニの憔悴振りや慌て振りが演技でないならば、やはり同盟の現状は余り良くない。
何時決行されるのかは不明だが、今度の「大きな作戦」とやらが、同盟の将来を左右するのは、
先ず間違い無い。
それが成功すれば、同盟は安泰。
失敗すれば、窮地に陥る。
ジャヴァニの反応からして、成功率は五分五分か、少々分が悪い位。
彼女が予知の不確定要素を重く見ているなら、6割以上――7、8割の高い成功率でも、
あの様な反応を示す可能性がある。
殆ど10割に近い、略(ほぼ)確実と言える状況なら、あの様な姿を見せる事は無い。
演技をする理由も特に思い浮かばない。
強いて挙げるなら、ラントロックの反応を引き出す狙いかも知れないが……。
予知で全て分かっているなら、仲間を不安にさせて良い事は無い。

 (ジャヴァニさんの言う通り、もう少し様子を見てみるか……)

離脱を諦めた訳ではないので、準備だけは進めるが、「大きな作戦」の全貌が判明してからでも、
遅くは無いだろうとラントロックは考えた。
作戦の失敗は同盟の凋落を意味し、愈々組織の崩壊が進行するだろう。
失敗せずとも作戦が悪逆非道な物であれば、同盟に留まっていても良い事は無い。
何時その非道が自分達に向くかも分からないのだから。
この場合は大きな作戦に集中している内に、密かに離脱する。
どちらでも無い時の事を、ラントロックは考えていなかった。
必ず、凶悪で非道な作戦を実行するか、そうでなければ作戦は失敗すると決め付けていた。
根拠は明言出来ないが、そんな確信があるのだ。
0051創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/01(日) 19:13:04.52ID:SxJCACjW
美しさとは


第四魔法都市ティナー中央区 繁華街 アーバンハイトビル3階 L&RCにて


ある時、旅商の男ラビゾーは、L&RC(※)の女社長であるイリス・バーティに尋ねられた。

 「私って綺麗?
  美人だと思う?」

行き成りの事に彼は戸惑い、返答に詰まって、目を白黒させる。
イリス・バーティの本名はバーティフューラー・トロウィヤウィッチ・カローディア。
魅了の力を持つ舞踊魔法使いである。
イリスとは彼女が共通魔法社会で生きて行く為の、偽名の1つに過ぎない。
イリス事バーティフューラーとラビゾーの関係は、正に友達以上恋人未満と言う表現が適切だ。
互いに悪からず思っている物の、そこから踏み込めないでいる。
その原因は主にラビゾーの側にあり、その事を度々バーティフューラーは冗談めかしつつも、
遠回しに責める。
ラビゾーは先の問い掛けを、バーティフューラーが彼を困らせる為に言う何時もの冗談と疑ったが、
彼女の眼差しは真剣その物。
女としての自信が揺らぐ様な事でもあったのかと、ラビゾーは眉を顰めた。

 「何があったんです?
  誰かに何か言われたんですか?
  それとも誰かに振られたとか、冷たくされたとか?」

 「そんな訳無いじゃない。
  良いから答えて」

強い口調で回答を迫られ、彼は困り顔で答える。

 「一般的な評価で言えば、『美人』の部類に入るんじゃないでしょうか?
  好みは人それぞれですけど、少なくとも醜いと言う人は居ないでしょう。
  本心からじゃなくて、憎まれ口や悪口で、そう言う人は居るかも知れませんが……」

バーティフューラーの表情が少し険しくなった。

 「何で『一般的な評価』が出て来るの?」

 「何に『美』を見出すかは、個人的な感覚の問題ですから……」

ラビゾーの答を聞いた彼女は、聞こえよがしに大きな溜め息を吐き、失望を露にする。

 「そう、そうね。
  模範解答、御苦労様。
  アンタの言う通り、美しさに『絶対』は無いわ。
  このアタシと言う例外を除いてはね!」


※:L&RC=恋愛相談室。
  主に女性向けの恋愛関係、交友関係、夫婦関係の相談を受け付けている。
  有名と言う訳ではないが、そこそこ評判は良い。
0053創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/01(日) 19:20:51.29ID:SxJCACjW
それは魅了の魔法を使うと言う、舞踊魔法使いとしての誇りだろう。
バーティフューラーは「美しい」と言う評価を、他人に譲らない。
彼女から離れて行く男は、彼女を「諦める」のであり、他の女の美貌が彼女に勝るのではない。
そうでなければ、「美」以外の価値を他の女に見出すのだ。

 「人が物を好きになる心理を教えて上げよっか?
  人は初めて強い印象を受けた物を、『好き』だと誤解するの。
  世の中に、本当の『好き』なんて無いのよ」

唐突に始まった説教に、これ以上機嫌を損ねられない様に、ラビゾーは同意する。

 「どこかで聞いた事があります。
  『初めて』が忘れられないのは、その所為だとか」

 「そう、『恐怖』や『緊張』、『期待』から来る悸々(ドキドキ)と、好意の区別を人は付けられない。
  好きだから緊張するのか、緊張するから好きなのか、お馬鹿な人類には判らないの。
  怒りも憎しみも悲しみも、愛に摩り替わってしまうのよ。
  良いも悪いも無くて、そこには唯、悸々があるだけ。
  それだけなら未だしも、より強い悸々を求めて、明後日の方向に捻じ曲がって行っちゃう。
  こんなの欠陥だわ」

ラビゾーには彼女が何を言いたいのか、皆目見当が付かなかった。
そんな彼を放置して、バーティフューラーは続ける。

 「だから、『初めて』は人の一生を左右するの。
  上書きしたければ、もっと強い悸々で塗り潰すしか無い」

ここでラビゾーは「初恋」の事を言っているのかなと察した。
彼が今一つバーティフューラーの誘惑に乗り切れないのは、恋人の記憶に未練があるから。
名前を奪われた所為で、過去の記憶が薄れているラビゾー自身には、そんな積もりは無いのだが、
そうに違い無いとバーティフューラーは言う。
言い切られると、そうかも知れないと言う気になって来るのが、彼の仕様も無い所だ。
0054創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/01(日) 19:27:23.62ID:SxJCACjW
地雷を踏まない様に、ラビゾーは密かに話題を他の方向へ誘導した。

 「バーティフューラーさんは、こんな話を知っていますか?
  『初めて』が忘れられないのは、過ちを認められないからと言うのも、あるらしいですよ」

 「フーン、そうなんだ?」

バーティフューラーは滅多に自分から物を語らないラビゾーの話に、興味を惹かれた様子。
聞き手に回って、彼の次の言葉を待っている。

 「例えば、恋人が浮気をした時。
  恋人じゃなくて浮気相手を責める心理が、そうだと言います。
  浮気をするのは『誘惑する人が居るから』と。
  これは『惚れた側』に多い心理だそうで。
  惚れた弱味とは昔から言いますが……。
  別れ話を切り出されても、相手を責めるより、自分を責めてしまう。
  自分が選んだ人は素晴らしい人なんだと、信じたい気持ちがあるそうです」

 「どこで聞いたの?」

しかし、余り信じていない様子で、バーティフューラーは冷たい言葉を放った。
どこだったかと、ラビゾーは懸命に思い返す。

 「どっかの偉い心理学の先生が書いた本だったと思います。
  本の名前までは憶えていませんが……。
  大分前に、市内の図書館だったかな。
  暇潰しに読んでいて、妙に納得した覚えがあります。
  ……色恋には疎いので、そう言う物だと思い込んだだけかも知れませんが」

一瞬の奇妙な沈黙。
会話の主導権をバーティフューラーに渡すまいと、ラビゾーは逸早く次の言葉を口にする。

 「何も色恋だけじゃなくて、他の物でも同じらしいですよ。
  例えば、音楽や物語でも、誰かの二番煎じが、その人にとっては初めての場合。
  盗作だ何だと言われようと、懸命に擁護するとか。
  自分の『感動』が間違った物だと認めたくないから、そうした行動に出る……。
  実際、間違ってはいないんでしょう。
  感動したのは事実なんですから。
  我慢ならないのは、それに怪事(ケチ)を付けられる事の方で。
  顔に泥を塗られる、誇りを傷付けられる、馬鹿にされる、それが耐えられない。
  料理でも本場物と偽って安物を掴まされた時に、似た様な反応をする人が居るそうです。
  自分を騙していた人より、真実を暴いた人を恨んでしまう。
  人間、自分が可愛い物なんです」

彼が話終えると、又も沈黙が訪れた。

 「それで終わり?」

バーティフューラーが何の感動も得られなかったかの様に言うので、ラビゾーは頷く他に無い。

 「え、ええ、はい」
0055創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/02(月) 20:16:38.96ID:WQzEzkbI
3度目の気不味い間。
バーティフューラーは眉間に指を押し当て、ラビゾーが先の心理学的知識を披露した意図を、
探り当てようとしていた。

 「詰まり……。
  アンタは自分に、それ程価値が無いって言いたい訳?」

 「えぇ……、そんな事は一言も言ってないですけど……」

どうして、その結論に至ったのか、ラビゾーは理解出来ずに困惑する。
彼は決して自信を持って「自分に価値がある」とは断言出来ないが、卑下した積もりは無かった。
バーティフューラーは慌てて発言を撤回する。

 「今のは無し、聞かなかった事にして」

「無し」と言われて、本当に無かった事にしてしまうのが、ラビゾーの情け無い所だ。
深く追及すれば、面倒な話になると理解している。
他方、バーティフューラーは先の発言を誤魔化す為に、必死に次の話題を探している。

 「えーと、何の話だったかしら……。
  そうそう、『初めて』の話だったよね。
  『初めて』は特別な物で、だから忘れられない」

結局そこに帰って来てしまうのかと、ラビゾーは肩を落とした。
2人の関係に触れそうな話題を避けようと言う、彼の誘導は徒労に終わった。

 「どんなに下らなくても、それが初めてなら、仕様が無いのかな……」

悩まし気に暈(ぼ)やくバーティフューラーに、「何の事ですか?」とラビゾーは聞けなかった。
0056創る名無しに見る名無し
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2017/10/02(月) 20:20:51.87ID:WQzEzkbI
その代わりに再び無駄な知識を披露する事で、懲りずに話題の回避を試みる。

 「喜劇に感銘を受けた人は、進んで喜劇を鑑賞する様になり、悲劇に感銘を受けた人は、
  進んで悲劇を鑑賞する様になる。
  旧暦の劇作家アグノバクルムの言葉だったでしょうか……。
  人は真に面白い物を求めているのではなく、過去に面白いと感じた物の追体験を求めている。
  自分が学んで来た事だけが、唯一の正義であり、真実であると言う呪縛から逃れられない。
  故に、世の中に『本当の物』は唯の一つも無く、人は過去の奴隷に過ぎない」

彼の発言に、バーティフューラーは目を丸くしていた。

 「『虚無主義者<ニヒリスト>』なの?」

 「苦労が多いと、達観する事も多くなって来ます。
  基本、個人は無力な物ですから。
  それでも何も彼もを諦める程、老け込んではいない積もりですが」

 「アンタ、無駄に苦労してそうだ物ね。
  要領が悪いし、融通が利かないから」

バーティフューラーは苦笑しながら言う。
彼女のラビゾーに対する発言は容赦が無い。
しかも的確だから、ラビゾーは何も言い返せない。
少し間が空いて、バーティフューラーは真剣に尋ねた。

 「……本当に『世の中に本当の物は一つも無い』って思ってるの?」

急に声色を変えた彼女に、ラビゾーは悸(どき)りとして、息を呑んだ。
そして、心を落ち着かせながら、自分の意見を述べる。

 「残念ながら、万人に通じる普遍の真理なんて物は存在しないんでしょう……。
  それでも僕は僕の……」

「信念を貫きたい」と言い掛けて、彼は口を噤んだ。
「これが自分の信念だ」と言い切れる程、大層な物は持っていないのだ。
0057創る名無しに見る名無し
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2017/10/02(月) 20:25:14.00ID:WQzEzkbI
今一つ自信を持てないラビゾー。
一方で、バーティフューラーは彼の秘めた「信念」を知っている。
それに救われた者が、自分を含めて決して少なくないと言う事も。
だから、彼女は。

 「アタシにとって、アンタは初めての人だった」

唐突な告白をしたバーティフューラーに、ラビゾーは慌てて発言の修正を求める。

 「それは誤解を招く表現ですよ!」

 「ここにはアタシとアンタしか居ないのに?」

2人が居る場所は、L&RCの応接室。
実は、L&RCの従業員の一人(ファアル)が無作法にも聞き耳を立てているのだが、
そんな事は知る由も無い。
バーティフューラーは感慨深く続ける。

 「多分、同じ『外の人』でも、アタシが出会ったのがアンタじゃなかったら。
  アタシは今ここに居なかった……かも知れない」

バーティフューラーは呪われた一族。
男を虜にするから、村外れで暮らす他に無かった。
そこへ宛がわれたのが、外者である「ラヴィゾール」。
しかし、彼は過去への未練から、バーティフューラーの誘惑を振り切って、村を出て行った。
それを追う様に、バーティフューラーも村を出て……。

 「だから、アタシは探してるの。
  アンタの存在を上書き出来る様な悸々を」

 「……見付かると良いですね」

ラビゾーは心にも無い事を言う。
バーティフューラーの口からは、失望の溜息が漏れる。
0058創る名無しに見る名無し
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2017/10/02(月) 20:52:49.06ID:WQzEzkbI
>>56
「追体験」ではなく「再体験」が正しいようです。
追体験はドイツ語「Nacherleben」の和訳であり、「或る体験を自分の物とする事」だそうです。
(広辞苑より)
「Nacherleben」は「nacher(後から)」+「leben(生きる)」の意味。
英語ではreliveで、どちらでも再体験と追体験の区別はしない様です。
0059創る名無しに見る名無し
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2017/10/03(火) 19:28:09.03ID:H993l1KR
 (屹度、無理だわ)

彼女は内心で、恐らくラビゾーを超える男には出会えないであろう事を悟っていた。
ここは何千万もの人間が集まる、大都会ティナー市。
ラビゾーより容姿が良い男は、山と居る。
ラビゾーより力強く、頼りになる男も、山と居る。
その両方を兼ね備えた男も、山と居る。
それでも彼女の中の一番はラビゾーの儘で、不動の地位を占めているのだ。
何故かと自問しても、全く解らないから尚困る。
気紛れに他の男と付き合っていても、ラビゾーの事が散ら付いてしまう。
彼の方から振ってくれれば良いのにと思わないでも無いが、やはり『自尊心<プライド>』が許さない。
どんな男でも魅了の魔法に引っ掛かる時点で、バーティフューラーの中では「格」が落ちてしまう。
相手が熱を上げれば上げる程、逆に彼女は冷めて行く。
中には魅了の魔法が効き難い男も居たが、女に興味を持っていないか、既に意中の人が居た。
彼等を強引に魅了して服従させた所で、後に残るのは虚しさだけ。
ラビゾーが想いに応えてくれない理由を、バーティフューラーは知っている。
彼は記憶を取り戻して一人前の魔法使いになるまで、色恋に溺れている暇は無いのだ。
バーティフューラーには彼が自分を好いてくれていると言う確信があるが、2人が両想いになるには、
ラビゾーの男性的な理想像に対する『感情複合<コンプレックス>』を解消させる必要がある。
これは女を抱けば吹っ切れると言う様な単純な物ではなく、安易な方法では寧ろ問題は複雑化する。
彼女が幾らラビゾーが自信を持てる様に、彼の男を立たせようとしても、彼の心は動かない。
下手をすると、ラビゾーは世話を焼いて貰っていると自覚して、逆に凹んでしまう。
追い詰め過ぎると、ラビゾーはバーティフューラーから離れて行く。
自分は彼女に相応しい男ではないと、愚かな謙虚さを発揮して、身を引いてしまうのだ。
魅了で誰でも言い成りに出来る筈のバーティフューラーが、唯一思い通りに出来ない男、
それが「ラヴィゾール」。
面倒臭い。
余りにも面倒臭過ぎて、バーティフューラーは彼を放り投げたくなる。
そして実際に放って置くと、どうだろう。
ラビゾーは疲れた顔で、変わらない毎日を過ごし始めるのだ。
0060創る名無しに見る名無し
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2017/10/03(火) 19:32:00.35ID:H993l1KR
それはバーティフューラーの主観で、本当はラビゾーは疲れた顔をしている積もりは、
少しも無いのかも知れない。
だが、「彼女には」、そう見えて放って置けなくなる。
共通魔法使いが暮らす中に独り、自分の魔法を求めて彷徨う彼を、自分と重ねずには居られない。
嘗て、絶胤の女として隔離されて暮らさざるを得なかったバーティフューラーが、最初に出会った男、
ラヴィゾール。
彼は彼女の孤独を癒した最初の男であり、彼女の誘惑を振り切った最初の男でもある。
忘れろと言う方が無理なのだ。
もしラビゾーが永遠に未熟な儘で、バーティフューラーと夫婦になる将来が訪れなくとも、
彼女は今の彼との関係を続けるだろうと言う、奇妙な確信がある。
ラビゾーが別の『伴侶<パートナー>』を選ばない限りは、彼女も新たな伴侶を得られない。
その事を言ってしまうと、やはり彼を追い詰めてしまうので、決して口にはしないのだが……。
バーティフューラーは自分自身への呆れから溜め息を漏らし、諸事の根源であるラビゾーに対して、
当て付けの嫌味を言った。

 「そう言うアンタは見付かりそうなの?
  自分の魔法」

ラビゾーは苦笑いして俯く。
未だ未だ、その日は遠い。
情け無い男だとバーティフューラーは思うが、彼を嫌いになり切れない。
俯くのは恥を知っているから。
想いに応えられない事を申し訳無く思っているから。

 「理想に現実が追い付かない気分は如何?」

 「苦しいです……が、人生そんな物なんじゃないかとも思います。
  本当に理想を叶えられる人は、限られているんじゃないでしょうか」

 「アタシとしては、それじゃ困るんだけど」

 「はい、何時かは、必ず」
0062創る名無しに見る名無し
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2017/10/03(火) 19:45:23.59ID:H993l1KR
ラビゾーは何時の間にか、自分の魔法を「必ず見付ける」と言う様になった。
少し前までは、気不味い顔で含羞むばかりだったのに。
決意の表れなのか、何等かの目処が立っているのか、それとも苦し紛れの言い逃れなのか、
何と無く3番目の様な気がして、バーティフューラーは釘を刺す。

 「『必ず』?」

 「はい」

どうやら真実は1番目だった様で、ラビゾーの眼差しは真剣だ。
しかし、決意だけでは、どうにもならないのが現実。

 「何時かって?」

 「魔法を見付ける、その時まで」

 「永遠に?」

 「……流石に、そんなには待てま――」

 「良いわ、その決意が本物なら」

自分で問い詰めておきながら、バーティフューラーはラビゾーの言葉を遮る。
その先は聞きたくなかった。
これで話は終わりとばかりに、彼女は席を立って片付けを始める。

 「じゃあ、この話は終わりと言う事で。
  さ、帰った、帰った」

結局何の話だったんだろうと、ラビゾーは疑問に思ったが、これも薮蛇になるだろうと感じて、
やはり追究はしない事にした。

 「それでは、失礼します」

ラビゾーは追い立てられて退室し、機会を逸して渡し損ねていた『時計花<ダイアル・フラワー>』の、
『薬用茶葉<ハーバル・ティー・リーヴズ>』が入った小包を、従業員のファアルに預けて帰った。
0063創る名無しに見る名無し
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2017/10/04(水) 20:07:36.55ID:M03TRKWx
ラビゾーが帰った後、待合室でファアルは社長のイリス事バーティフューラーに小包を渡す。

 「社長、あの人が渡してくれと」

 「只今、戻りました!」

そこへ丁度、もう一人の従業員リェルベリーが外出から戻って来た。
3人は一瞬動きを止めて、互いの顔を見合う。
最初に口を開いたのは、リェルベリー。

 「た、只今……」

それに対してバーティフューラーは小包を受け取りながら、穏やかな声で応える。

 「お帰りなさい」

彼女は小包の手触りから中の物を確信すると、手近にあった台の上に置いた。
小包に関心を持ったリェルベリーは、子供の様にバーティフューラーに問う。

 「それ、何なんです?」

横からファアルが意地の悪い笑みを浮かべて答えた。

 「男の人からの『贈り物<プレゼント>』」

リェルベリーは驚いた猫の様に目を見開き、興味津々でバーティフューラーに伺いを立てる。

 「……開けて見ても良いですか?」

バーティフューラーは幼い子供を見る様な眼差しで、彼女に答えた。

 「何時もの、『アレ』よ」

 「あれ?」

 「そんなに中身を知りたければ、どうぞ」

許可を得たリェルベリーは早速、包みを開いた。
出て来たのは、瓶に詰められた茶葉。
紙のラベルには手書きの文字で「ダイヤルフラワー」と書かれている。

 「あぁ、ハーブティーの茶葉ですか」

落胆した様なリェルベリーの声に、バーティフューラーは小さく笑う。

 「何だと思ってたの?」

 「それは……。
  男の人が社長に持って来る様なプレゼントですから……。
  『宝石類<ジュエラリー>』とか『装飾品<アクセサリー>』とか、その辺の物だと……」
0064創る名無しに見る名無し
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2017/10/04(水) 20:10:40.44ID:M03TRKWx
彼女の素直な回答に、バーティフューラーは溜め息を吐いて、力無く笑った。

 「そう言う気の利いた事が出来る様な人じゃないから。
  それに、お金に余裕がある人でもないし。
  お金で買える物なら、自分で買うわ」

何故そんな下らない男と付き合っているのか、リェルベリーには不思議でならない。
直接ラビゾーと対面していない彼女は、欠点を補って余り有る程、容姿や性格が良い男かと思う。
一方で、ファアルはバーティフューラーの言葉の重要な点を聞き逃さなかった。

 「その茶葉、お金では買えない物なんですか?」

バーティフューラーは俯き加減で含羞む。

 「……まあね。
  そこらの店の物よりは、効き目が良いの」

 「毎回あの人は、ハーブ類を持って来ますよね。
  お茶用だったり、アロマ用だったり。
  聞いた事も無い名前の植物を持って来た事もありましたけど、全部非売品だったんですか?」

ファアルの続けての問いに、バーティフューラーは意図を測り兼ねて、訝し気な顔をしながらも頷く。

 「非売品って言うか、彼が旅先から仕入れて、持って来る物だから……。
  纏めて売れる程、数が手に入らないって言ってたし、他では扱ってないんじゃない?」

 「希少品なんですね」

 「そうとも言えるかしら」

 「それを他には売らずに、社長に渡していると」

 「どんな高級品でも、数が揃わないと売り物にならないって、よくある話だと思うけど」

 「しかも、只で」

 「お、お土産みたいな物だし……」

 「旧暦の一頃には、希少な香辛料には銀と同じ位の価値があったそうですよ」

 「それは関係無いでしょう?」

詰る様なファアルの口調に、バーティフューラーは気圧されていた。
0067創る名無しに見る名無し
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2017/10/05(木) 19:35:07.64ID:BgW87WOz
悸々(どきどき)、悸(どき)り、悸(どき)


動悸の「悸」です。
恐れや驚きで心臓がドキドキする事、少しの事で驚く事。
僅かながら、使用例があります。
訓読みは、「おそれる」。
「いきどおる」に当てられた事もありますが、これは「いきだわし」の事と考えられます。
意味は「息が詰まる」、「胸が苦しい」であり、語源は「息労(いきいたわ)し」とされています。
走った後で息切れした時にも言いますし、心理的な意味でも言います。

余談ではありますが、万葉仮名で「いきどほる」には「伊伎騰保流」、「悒」が当てられています。
元々は「怒る」と言う意味は無く、「気が塞ぐ」、「憂う」であり、後に現在の「憤る」になりました。
「いきどほる」の語源は残念ながら不明です。
「息遠る」説や「息(意気)通る」説がありますが、確定的な物ではありません。
「いきどおる(いきどほる)」と「いきだわし(いきだはし)」は混同される事がある様です。
それと言うのも、「いきだわし」は「いきどうし」に音便変化する為です。
関西の方言に残っているらしいので、「いきだわしい」を聞いた事は無くても、「いきどおしい」、
「いきどしい」なら聞いた事があると、言う人も居るのではないでしょうか?
(私は両方聞いた事がありませんが……)
因みに、「いきだはし」は平安時代から見られるので、古さは「いきどほる」と変わりません。
「いきだはし」と「いきどほる」は意味も似ており、混同も仕方が無いのでしょう。
動詞と形容詞と言う違いこそあれど、もしかしたら元は更に古く共通した物だったかも知れません。
そうじゃなくて全然意味の違う別物だったかも知れません。
0068創る名無しに見る名無し
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2017/10/05(木) 19:45:35.59ID:BgW87WOz
茶葉(ちゃば/ちゃよう)


「ちゃよう」が本来の読み方と知って驚きました。
確かに、元は中国語でしょうから、音読みで合わせるなら、そうなります。
「茶」の読み方、「チャ」、「サ」、「ヂャ」は全て音読みです。
しかし、茶色(ちゃいろ)、茶店(ちゃみせ)、茶屋(ちゃや)、茶釜(ちゃがま)、茶壷(ちゃつぼ)、
茶畑(ちゃばたけ)と、「茶」には重箱読みも多くあるので、それに引き摺られたのだと思います。
現在は殆ど「ちゃば」で通じている様です。
「茶葉」と同じく音訓両方ある物には、「茶花(ちゃか/ちゃばな)」があります。
斯く言う自分は、「茶葉(ちゃば)」、「お茶っ葉(ぱ)」と言って来た人間です。
0069創る名無しに見る名無し
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2017/10/05(木) 19:49:19.69ID:BgW87WOz
粗々(ざらざら)


ざらざらしている事を表す漢字が、これしかありませんでした。
「米」偏に「造」で「ソウ」と言う漢字もありますが、残念ながら表示出来ません。
「あらあら」や「ほぼほぼ」とも読めるのが難点です。


心底/底根/卒根/属懇(ぞっこん)


底根(そここん)が語源だとされていますが、湯桶読みなのが気になります。
しかし、重箱読みと同じく湯桶読みも幾らでもあるので、その1つなのでしょう。
「心底(しんそこ)」も音訓交じりの重箱読みですし。
語源から採るなら「底根」、意味から採るなら「心底」、音から採るなら「属懇」が良いでしょう。
0071創る名無しに見る名無し
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2017/10/06(金) 19:25:11.06ID:OGjSHTYW
予知を継ぐ者


第一魔法都市グラマー中央区 魔導師会本部にて


偽造されたMG貨幣が流通していた贋金事件に関して、魔導師会が調査を進めた結果、
ある一人の元造幣局職員に疑惑が向いた。
どうやって、この元職員が捜査線上に浮上したのか?
造幣局で働いていた人間は限られている。
法務執行部は早々に統合刑事部に出動を命じ、特に疑わしくなくとも可能性のある者には、
虱潰しに「聞き取り」調査を行った。
通常、執行者と言えど無闇に愚者の魔法を用いて、強制的に自白させる事は許されない。
ある程度、容疑者と事件との客観的な関連性を検証可能な形で公開して、魔法の使用には、
正当性がある事を示さなければならない。
魔法に関する法律を守る立場の者が、その権利を濫用して、自ら法を破る訳には行かない為だ。
だが、今回ばかりは違った。
魔導師会内部の犯行が疑われる場合、執行者は魔導師に対して、民間より緩い条件で、
厳しい調査を行える。
法務執行部が他の部署から独立している証として、又、身内に甘い対応はしないと言う証として、
そうした正式な「協定」があるのだ。
それにしても、元職員が浮上するのは早かった。
確かに、彼は怪しかった。
現役時代は優秀な技術者だったが、退職後に暫くして連絡を絶ち、行方不明になっていた。
しかし、連絡が取れなくなった、或いは取り難くなった元職員は他にも居た。
彼だけを狙った様に、重点的に優先した捜索を行う理由とは?
法務執行部の広報は表向きには、「順番の問題」と答えていた。
元々虱潰しに捜査を行う予定であり、偶々初期に調査対象だった彼が、引っ掛かっただけの事だと。
0072創る名無しに見る名無し
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2017/10/06(金) 19:31:30.48ID:OGjSHTYW
日頃から内部調査を行っている親衛隊員でさえ、容疑者の「絞り込み」は困難だった。
統合刑事部が造幣局の元職員に通常の「聞き取り」を行う事は、何も不自然では無いが、
個人を特定して捜索を始めた事には、親衛隊員も驚いた。
真実は到底発表出来ないだろう。
それは5つの予言である。
造幣技術の流出元は元造幣局職員であるソラート・ハンフォール・レクター・レルマン。
事件の背後にはティナー地方の地下組織シュードがある。
この組織は既に解散している。
重要な関係者は発見されず、事件を完全に解決する事は不可能である。
裏に外道魔法使いの影や巨大な陰謀は無く、これは単純な「古い」出来事である。
予言の通りに捜査は進められた。
ソラートは行方不明になってから十年以上が経過していたので、その足取りは追えなかった。
一方で地下組織シュードの元構成員との接触には成功し、そこから本格的な「聞き取り」によって、
ソラートがシュードに協力していた事実を突き止めた。
シュードの元構成員は何人か捕まえられたが、主犯格の幹部級の者は何れも行方知れずで、
それはソラートも同様だった。
予言の通りに、事件の完全な解明は出来なかった。
統合刑事部の人間とて、予言通りの結末に落ち着く事に甘んじていた訳ではない。
予言を知らされていた者は、上層部の限られた数人だけだったし、当の彼等も予言を覆してやると、
奮起していたにも拘らず、この結末を迎えたのだ。
0073創る名無しに見る名無し
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2017/10/06(金) 19:33:55.83ID:OGjSHTYW
しかし、1つだけ予言を覆せそうな事実があった。
それは「外道魔法使いの関与」である。
拘束したシュードの元構成員に対して、執行者が退行催眠から心測法を試みた結果、
「未来」が予言されていたと言うのだ。
その予言を元に、シュードは自主的にMGの偽造を小規模に抑え、早期に解散した。
奇妙な事に、「未来」を知っていたのはソラートだった。
ソラートは魔導師であり、外道魔法使いではない。
身内に外道魔法使いの血筋も確認されていない。
彼が語った予言は、伝聞の形であった。

 「どんなに小額でも、贋金作りを続けていたら、執行者に捕まる。
  僅かな証拠も残しては行けない。
  活動期間は4週以内に止めろ。
  それ以上は危険だと、私の『知り合い』が忠告してくれた」

この「知り合い」を探すのに、統合刑事部は血眼になった。
予言をしたのは、予知魔法使いか、それとも別の魔法使いか……。
もしかしたらソラートが良心に目覚め、贋金作りを続ける事を拒んだのかも知れない。
「知り合い」は実在せず、贋金作りを中止させる為の口実だった可能性がある。
それでも事件を解決すべく、少しでも真実に近付くべく、執行者は駆け回った。
シュードは「偽物」を意味するが、贋金作りを目的として結成された組織だったのではない。
設立から長らく詐欺の「親」をしていた。
ティナー地方の地下組織の中では、決して大組織とも古株とも言えないが、新参と言う程でもない、
「中堅寄りの小規模組織」が、行き成り贋金作りに手を出して解散するだろうか?
身の丈に合わない馬鹿な夢を見た後で、急に冷静になって怖くなった?
ソラートだけではなく、シュードの動きにも不自然な点が多い。
0074創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/07(土) 19:47:44.94ID:v78CR0Mn
結局ソラートも彼の知り合いも見付からず、統合刑事部の捜査は打ち切りとなった。
ソラートはシュードの幹部に始末されたのかも知れないと、元構成員達は予想していた。
真実は闇の中である。
捜査が打ち切りとなった翌日、親衛隊内部調査班の班長であるリン・シャンリーが自殺した。
死体第一発見者の魔導師によれば、魔導師会本部の休憩室で、居眠りする様に伏せていたと言う。
懐には遺書があり、そこには以下の様に書かれていた。

――誓約に従い、命を絶つ。

突然の訃報に彼女の班に所属していた親衛隊達の動揺は大きかった。
シャンリー班の班員の一人、ジラ・アルベラ・レバルトは特に大きな衝撃を受けた。
シャンリーの自殺には事件性があるのではと、法務執行部の執行者が調査に乗り出した。
しかし、班内の誰も、シャンリーが悩みを抱えていた様子は無く、自殺の原因にも遠因にも、
心当たりは無いと答えた。
それに嘘は無く、執行者の調査は直ぐに終わった。
意外にも、親衛隊自体は内部調査を行わなかった。
その事をジラは不審に思った。
親衛隊内部の不祥事で、ここまで身内に甘い事があるだろうか?
形式だけでも調査をしないのか?
ジラは親衛隊の副隊長であるアクアンダ・バージブンを直接訪ねて質問した。

 「アクアンダ副隊長、シャンリー班長の件で質問があります」
0075創る名無しに見る名無し
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2017/10/07(土) 19:50:23.43ID:v78CR0Mn
アクアンダは驚きを表す事無く、淡々と応じる。

 「何ですか?
  私に答えられる事なら、答えましょう」

 「シャンリー班長の自殺の原因を御存知ですか?」

 「それには答えられません」

ジラの問いに対して、「知らない」ではなく、「答えられない」と彼女は回答した。
しかも視線を合わせず。

 「御存知なんですね?」

 「答えられないと言っています」

アクアンダの態度は何時もの柔和な物ではなく、感情を殺した顔と冷淡な声。
隠し事があるのは明白だ。

 「一般の隊員には教えられないと言う事ですか?」

食い下がるジラに、彼女は少し眉を顰め、小さく息を吐いた。
そして一瞥を呉れると、ジラが全く予想もしなかった言葉を口にする。

 「貴女には心当たりがあるでしょう」

 「……何の話でしょうか……?」

 「何も思い付きませんか?
  それなら、それで構いませんが」

アクアンダは再び視線を逸らし、デスクワークに戻る。
0076創る名無しに見る名無し
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2017/10/07(土) 19:55:10.09ID:v78CR0Mn
「心当たり」とは何かをジラは問おうとするも、アクアンダは先を制して言った。

 「私は何も答えられません。
  『魔導師会』も『親衛隊』も、今回の件に関して、貴女の好奇心による私的な追究に、
  反応する事はありません。
  これ以上、この場に留まって執拗(しつこ)く私から話を聞きだそうとするなら、
  私は業務の妨げになるとして、貴女に注意を与えなければなりません」

冷たい言葉の様に思えるが、これは暗に調査の許可を与えたと言う事だ。
独力で調査をする分には、止めはしないと。
ジラは一礼をして感謝の意を表した。

 「有り難う御座います」

相談員の仕事を終えた後、彼女は早速シャンリーの自宅だったアパートの一室に向かう。
シャンリーはボルガ地方出身で、親衛隊に選ばれて独りグラマーで暮らし始めた。
それはジラも似た様な物。
彼女はブリンガー魔導師会本部の法務執行部治安維持部生活安全課に就職して執行者となり、
後に魔導師会本部グラマー南部支部の同警備課へ異動。
そして親衛隊に選ばれた。
親衛隊に限らず、魔導師会本部は大陸全土から優秀な人材を集めている。
そこで寮や『社宅<コンドミニアム>』が用意されているのだが、寮は若い魔導師、社宅は家族連れと、
対象者が決まっている。
ある程度生活資金に余裕のある者は、寮から出て行くと言う暗黙の了解がある。
0077創る名無しに見る名無し
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2017/10/08(日) 19:40:35.52ID:uDxN2s//
ジラとシャンリーは、それなりに親しい仲だった。
シャンリーはジラにクァイーダの後継となる事を期待していた。
その為か、シャンリーは頻繁にジラと接触し、世間話をしたり、昼食を共にしたり、
時には自宅に招きもした。
ジラが見ていた範囲に限るが、シャンリーに死を予感させる様な素振りは無かった。
何故自殺しなければならなかったのか、その理由は分からない。
真面な遺書でもあれば、話は違って来るのだが……。

――誓約に従い、命を絶つ。

「誓約」とは何なのか、不祥事でも起こしたのか、遺書は謎を深めるだけの物だった。
シャンリーが住んでいた「シャックァ・ターマ」と言う名のアパートは、優良な物件である。
そこそこ敷金が高い分、快適性と安全性が保たれており、住人の質も良い。
ジラがシャックァ・ターマの管理人室を訪ねようとしていた所、30歳位の髭面の男が現れた。
男は彼女を睨んで問う。

 「ここの住人か?」

男はジラを怪しんでいる様だが、ジラにとっても彼は怪しい人物。

 「いいえ。
  そう言う貴方は?」

 「執行者だ」

問い返したジラに男は堂々と答えたが、執行者の証である青い魔導師のローブは着用しておらず、
手帳の提示も無い。
その癖、豪く尊大な態度で接して来る。

 「住人でも無いのに、何の用だ?」

 「何故、貴方に答える必要が?」

ジラは反感を覚えて身構えた。
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2017/10/08(日) 19:42:59.40ID:uDxN2s//
執行者と名乗った男は、顔を顰めて口を閉ざした。
この反応からジラは、彼は本物の執行者ではあるが、「仕事」で来ている訳では無いと直感する。
執行者は職務に関わる事以外で、その身分を徒に誇示したり、利用したりは出来ないのだ。
しかし、執行者と名乗ったと言う事は、確実にジラを警戒している。
男がアパートの住人でない事は、先の質問から既に明らかだが、何故ジラを疑ったのか?
普通の思考をしていれば、初対面で猜疑心を露にして他人に物を尋ねたりはしない。
その答をジラは察していた。
彼女は沈黙している「執行者」に、自ら口を利く。

 「私の知り合いが自殺したと聞いて来たの」

男は驚愕に目を見張った。

 「知り合い……?」

 「ええ。
  でも、彼女が自殺するとは思えなくて」

ジラの言葉に、男は興味を持って尋ねる。

 「殺されたと思っているのか?」

 「そこまでは……。
  どうして彼女が死ななければならなかったのか、それが知りたくて」
0079創る名無しに見る名無し
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2017/10/08(日) 19:49:22.90ID:uDxN2s//
男は暫し沈黙してジラを睨んでいたが、やがて自ら名乗った。

 「私はエアドル・ブリドル。
  刑事部の執行者だ。
  貴女は?」

 「私はジラ・アルベラ・レバルト。
  魔導師です」

 「魔導師?
  所属は?」

 「本部で相談員をしています」

 「あっ、本部の……」

本部勤務と聞いて、エアドルは俄かに畏まる。
エアドルは刑事部の執行者とは言え、支部勤務だ。
所属している組織こそ、運営部と法務執行部で異なれど、魔導師会本部勤務に相当するのは、
統合刑事部所属。
地方支部の刑事部所属、それも役職の無い一執行者では格が落ちる。
彼は気不味く思いながらも、話を続けた。

 「えぇと、リン・シャンリーさんとは普段どんな付き合いを?」

 「親友と言える程、親しかった訳じゃないけど、世間話をしたり、家に上がらせて貰ったり。
  部署は違うけど先輩後輩みたいな関係かな……」

自分が親衛隊であるとは軽々に明かせず、ジラはシャンリーとの関係を暈かす。
エアドルは特に気にせず尋ねた。

 「貴女は相談員だ。
  最近、彼女の相談に乗ったとか、何か彼女が困っていたとかは?」

 「無かった。
  だから、納得出来なくて」

ジラの答に彼は頷く。

 「そう、彼女には自殺する理由が無い。
  それなのに『上』は大した捜査もせず、自殺で片付けた。
  これは奇怪(おか)しい」
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2017/10/09(月) 20:16:44.34ID:Ujlac2Qn
エアドルが刑事部の内情を明かした事に、ジラは驚いた。
彼は相手が同じ魔導師と言う事で、何も隠す必要は無いと考えたのか?
それにしても憶測で物を言えば、無用な問題を引き起こす事になるとは考えないのか?
困惑する彼女に、エアドルは告げる。

 「確信があるんだ。
  『上』は何かを隠している。
  貴女も感付いているだろうが、ここに俺が居るのは独断、私的な行動だ。
  その事を了解して貰った上で頼みたい。
  『真実を解き明かす為』、俺に協力してくれないか」

ジラは迷った。
真相の解明に、「執行者」エアドルと言う協力者が得られる事は有り難い。
一方で、彼の執行者と言う立場は、逆に不利にも働く。
エアドルの行動で彼自身の将来が危うくなる可能性は低くない。
それは当人も承知しているだろうが、序でにジラも執行者にマークされるかも知れない。
彼女は職務上、自分が親衛隊だとは明かせないので、余り目立つ行動は避けたい。

 「勝手な事をして大丈夫なの?」

ジラは一応、エアドルが自分の置かれている状況を認識しているか尋ねた。
それに対する彼の答は――、

 「俺が執行者になったのは、長い物に巻かれる為じゃない。
  それを良しとするなら、執行者にはならなかったさ」

真面目その物。
正義の為なら首を切られても惜しくないと言う、若い正義感を暴走させているエアドルを、
ジラは悩ましく思った。

 (好い年なんだから、相応の落ち着きを持って貰いたい所だけど……。
  それとも私が打算的過ぎるのかな……)
0081創る名無しに見る名無し
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2017/10/09(月) 20:19:04.46ID:Ujlac2Qn
面倒事に巻き込まれたくない彼女は、自ら提案する。

 「私は執行者に目を付けられたくないの。
  協力しても良いけど、貴方と私は無関係と言う事にして頂戴」

 「無関係『と言う事』に?」

 「嫌なら良いけど」

 「あ、あぁ、解った。
  こちらとしても貴女に迷惑を掛けるのは、本意じゃない」

エアドルは了解して頷いた。
頷く他に無かったと言うべきだろう。
何故、彼がアパートの入り口で立ち往生していたのかを考えれば……。
ジラはエアドルに言う。

 「私がシャンリーさんの部屋に入って、何か遺されていないか調べるから。
  エアドルさんは、どこか余所で時間を潰して」

 「いや、しかし……」

彼はジラだけに捜査を任せる事に不安を感じていたが、ジラは強気に押し切った。

 「貴方は部屋に入れないんでしょう?
  こんな所で突っ立って待ってる積もり?
  傍から見れば怪しい人だよ」

 「わ、分かった」

エアドルは渋々と言った様子で引き下がる。
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2017/10/09(月) 20:21:15.15ID:Ujlac2Qn
グラマー地方では男女の別が確りしているので、男が女の部屋に上がるには、余程の理由が要る。
幾ら「正当な理由」があっても、それだけでは中々認められないのが、グラマー地方なのだ。
当然、エアドルが執行者を名乗っても、独りでは女の部屋には上がらせて貰えない。
職務としての捜査でさえ、必ず女性執行者の同行が必要になる。
その点、同性のジラなら「友人」を名乗れば、部屋に上がらせて貰える。

 「今日は、管理人さんは居ますか?」

ジラは先ずアパートの管理人に話を聞こうとした。
管理人の小母さんは見知らぬ人物の来訪に、少し戸惑っている。

 「誰ですか、貴女は?」

 「先日亡くなられた、リン・シャンリーさんの知人です。
  彼女の所に預けていた私物を取りに来ました」

 「私物?」

 「ええ、何度かシャンリーさんの所には、お邪魔させて貰っていたので……。
  正可(まさか)、急に亡くなられるなんて……」

ジラが俯いて声を落とすと、管理人は怪訝な顔をした。

 「自殺って話、聞いていない?」

 「……そうらしいんですけど、私には信じられなくて」

彼女はジラに同調して、慰める様に相槌を打つ。

 「そうよね、そうよね。
  私も正可って思った物。
  だって、魔導師さんでしょう?
  元気が無かったとか、落ち込んでたとか、そんな事は全然無かったし」
0083創る名無しに見る名無し
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2017/10/10(火) 19:21:47.59ID:RmJzQV9g
魔導師、それも本部勤務となれば、相当な名誉だ。
収入は安定しているし、社会的信用もある。
何故、自殺しなくてはならないのか……。
管理人の小母さんも、信じられないと言った様子。
ジラは話を仕切り直し、管理人に尋ねた。

 「シャンリーさんの部屋に上がらせて貰えますか?」

 「ええ、もう本人は居ないし、執行者さんの捜査も終わったそうだし、良いわよ。
  御家族は居ないって聞いてたし、遺品を引き取る人も来そうにないから、何でも持って行って。
  こっちで処分するのも手間だし」

管理人の小母さんは勝手な事を言って、浅りと「元」シャンリーの部屋の鍵を渡す。
鍵には205と数字が書かれたタグが付いている。
シャンリーには身内が居なかった。
彼女はボルガ地方の出身だが、児童擁護施設の育ちで、両親の事は記憶に無いと言っていた。
金銭的な余裕が無い中、奨学金制度を利用し、苦労して魔導師になったと。
ジラは俄かに物悲しい気持ちになり、重い足取りで205号室に向かう。
彼女がシャンリーの部屋に時々お邪魔していたのは本当だが、「私物を預けていた」と言うのは嘘。
シャンリーが自殺した理由を探る為の出任せ。
必ず手掛かりを見付けると言う覚悟で、ジラは元シャンリーの部屋に踏み入った。
0084創る名無しに見る名無し
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2017/10/10(火) 19:28:08.78ID:RmJzQV9g
鍵を開けて中に入ると、短い廊下の先にリビング兼ダイニングルームが見える。

 「お邪魔します」

ジラは無人の空間に小声で断りを入れ、静かにリビングルームに出た。
リビングルームからはキッチンが見える他、それぞれベッドルームとバスルームに繋がる戸がある。
執行者が徹底的な捜査をした筈だが、一見した所、室内は意外と綺麗に片付いていた。
或いは、物は証拠品として全て持ち出された後なのか……。
特に探し物をする様な所は無く、ジラはベッドルームに向かう。

 「失礼します」

ベッドルームには大き目のベッドの他に、化粧台と箪笥、『作業机<ワーク・デスク>』が置いてある。
ジラは真っ先に作業机を調べた。
机の上にはメモ・ホルダーが置いてあるが、全て白紙だ。
引き出しの中には何も無い。
執行者が持って行ったのか、それとも自殺する前に自分で処分したのか……。
ジラは作業机から離れて、化粧台に向かう。
化粧品は置いた儘で、残量が多い物もあり、自殺は前以って計画された物では無いと、
彼女は確信する。
一応、箪笥も開けて見たが、特に変わった物は無かった。
一通りベッドルームを調べたジラは、大きな収穫が無かった事に落胆の溜め息を漏らし、
再び作業机に近付く。
目星い物は執行者が持ち去った後だろう。
それでも彼女は作業机が気になっていた。
何かあるなら、ここだと直感が訴えている。
0085創る名無しに見る名無し
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2017/10/10(火) 19:37:52.55ID:RmJzQV9g
ジラは暫し作業机の上を凝視した後、メモ・ホルダーに挟まれた白いメモ紙の表面に、
僅かな陰影が出来ている事に気付いた。
角度を変えつつ凝視すると、それは文章だと判る。
ペンで何かを書いた跡だと直感した彼女は、着色魔法で文字を浮かび上がらせようと試みた。
小声で呪文を唱えながら、指で軽く紙の表面を擬ると、接触部分だけが濃い青色に変じ、
白紙のメモ紙に文字が現れる。

 (造幣局、ソラート・レルマン。
  ティナー地方、地下組織、シュード。
  行方不明、解散済み。
  解決不能。
  陰謀無し。
  最終試験)

断片的な文章でも、彼女には何に関係している物か判った。
贋金事件だ。

 (執行者と同じく、私達親衛隊も贋金事件を追っていた。
  ソラート、シュード、全部聞き覚えがある。
  シャンリーさんは執行者の調査を追っていた?
  監視役だった?)

引っ掛かったのは、「解決不能」と「陰謀無し」。
解決不能と判るのは、執行者が調査を諦めた時だが、堂々と解決不能を宣言したりはしない。
実際は調査を打ち切っても、「引き続き情報を集めている」と言い続ける物だ。
贋金事件に関しても同様だった。
捜査本部の解散で大凡の事情は判るとしても、解決不能とまで結論付けたのは何故か?
「陰謀無し」も事件が未解決の状態では、断言出来る物では無い。
そして、「最終試験」とは?
0086創る名無しに見る名無し
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2017/10/11(水) 19:16:14.45ID:YJ0A4UvK
真剣に考えながらメモ紙を凝視していたジラは、ある事が気になった。
「造幣局」、「ティナー」、「行方不明」、「解決不能」の頭に、「V」が書かれている。
そして、「陰謀無し」と「最終試験」の頭には、「X」が……。
手書きの崩れた字なので、本当に「V」と「X」なのかは判らない。
これは何だろうと奇妙に思った数極後、彼女は閃いた。
「V」は『正解<コレクト>』、「X」は『不正解<インコレクト>』。
文字を浮き上がらせたメモ紙を、その下の真っ白なメモ紙数枚と一緒に抜き取ったジラは、
それをローブのポケットに押し込んだ。
彼女は興奮を抑えて、念の為に未だ調べていない他の場所も調べてみる。
リビングルームとバスルームでは何も新しい発見は無かった。
しかし、それで落胆はしない。
重要な手掛かりを得たのだ。
元シャンリーの部屋から出たジラは、直ぐ管理人に鍵を返してアパートを去った。
途中、エアドルが声を掛ける。

 「何か見付かったか?」

 「いいえ、何も。
  重要そうな物は執行者が全部取って行った後だったみたい」

ジラはエアドルに一瞥も呉れず、早足で移動する。
エアドルも早足で彼女に付いて歩き、話を続ける。

 「嘘を吐かないでくれ。
  雰囲気で分かる。
  何か見付けたんだろう?
  誤魔化す積もりなら、もっと上手く――」

 「今日の事は忘れて」

 「え?」

 「全部解ったの」

ジラの頭の中では、全ての結論が出ていた。
彼女はエアドルを振り切り、独りでランダーラ地区に向かった。
0088創る名無しに見る名無し
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2017/10/11(水) 19:19:22.07ID:YJ0A4UvK
グラマー市ランダーラ地区ランダーラ魔法刑務所にて


もう日が落ちようと言う時間になって、ジラはランダーラ魔法刑務所に着いた。
ここの地下に囚われている、予知魔法使いのマキリニテアトーと会う為だ。
しかし、当然ながら日中の業務は終了しており、夜間の面会には特別な許可が要る。
そもそもマキリニテアトーとの面会にも特別な許可が必要で、直ぐに会いたいと言って、
気安く会える様な人物ではない。
全てを承知で、ジラは刑務所の地下に向かった。
仮令徒労に終わろうとも、何もしない儘で夜を迎えて眠れる気がしなかったのだ。
階段を下りて刑務所の地下階に出たジラを、クァイーダが待ち構えていた。

 「こんな時間に何の用?」

クァイーダはジラを警戒していない。
『予約<アポイントメント>』も無しに訪れる者には驚く筈だが、丸で「全て知っていた」かの様だ。

 「マキリニテアトーに会わせて下さい」

断られる事を覚悟して、ジラは頼んでみた。
クァイーダは暫し彼女を見詰めた後に問う。

 「具体的な用件を言って頂戴」

奇妙な事に、クァイーダは許可や予約の有無を尋ねない。

 「シャンリー班長の自殺に就いて聞きたい事があります。
  マキリニテアトーが関与していますね?」

ジラは包み隠さず、目的を明かした。
その眼は真っ直ぐ、クァイーダの瞳を見詰めている。
0090創る名無しに見る名無し
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2017/10/11(水) 19:25:26.84ID:YJ0A4UvK
クァイーダは一つ溜め息を吐き、ジラの真意を確かめるべく質問する。

 「マキリニテアトーがシャンリーを殺したと言いたいの?」

 「いいえ……と言いたい所ですが、正直、怪しんでいます」

 「仮に彼がシャンリーを殺したとして、貴女は何をする積もり?
  彼は既に牢の中。
  これ以上、彼を罰する術は無いのに」

 「罰を与えようと言うのではありません。
  復讐したい訳でもありません。
  私は真実が知りたい、それだけです」

ジラの答を聞いたクァイーダは、満足気に頷いて小さく笑った。

 「流石、副隊長やシャンリーが見込んだ人。
  覚悟が出来ているなら、入りなさい。
  解っていると思うけど、ここでの話は他言無用よ」

そう言って彼女はジラを、マキリニテアトーが居る地下牢に通す。
厳重な魔法封印を解いて、鉄扉を開くと、長い廊下が続く。
道中、ジラはクァイーダに尋ねた。

 「クァイーダさんはシャンリー班長の死の真相を知っているんですか?」

 「見当は付いてる」

 「確かめようとは思わないんですか?」

 「それは私の仕事じゃないから」

 「そうですか……」

彼女の冷淡な答に、ジラは嘗て感じた「寂しさ」を思い出す。
クァイーダなりの魔導師会に対する忠誠であり、任務に対する忠実さなのだろうとは思うが、
中々割り切れない。
シャンリーの死にマキリニテアトーが関わっていると予感していながら、今の所は何の復讐心も、
義憤の心も抱かない自分も、大分毒されているのではと疑うジラだが……。
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2017/10/12(木) 19:14:47.68ID:IENKTvyw
マキリニテアトーが囚われている地下牢は、牢と言うより豪華なアパートの一室だ。
自由に外に出る事は不可能だが、平屋一戸建て位の広さは優にある。
クァイーダとジラが応接間に入ると、既にマキリニテアトーが待ち構えていた。
彼は神妙な面持ちで、独り読書をしている。
本の題は「解悟の書」――旧暦の思想書を現代語訳した物だ。
一般的には虚無思想の本だと思われている。
クァイーダとジラが席に着くと、マキリニテアトーは自ら語り始めた。

 「落ち込んだ気分になった時は、この本を読む事にしている。
  人は何故に生き、そして死すのか……。
  この本には何も書いていない。
  只一切は空虚であり、そこに真を見出す事、その物が生であると言う。
  だが、その真も空に見る幻であり、人は霞を食らって生きているのだそうだ。
  霞を霞と知って食らう者と、霞を霞とも知らず貪る者、幸福なのは後者だが、
  故に苦難を味わうのも後者だと言う」

ジラは彼の語りを戯れ言と切り捨て、話を始めた。

 「シャンリー班長が死にました」

マキリニテアトーは本を閉じて頷く。

 「知っている。
  残念だ。
  一般的には『遺憾に思う』と表現するのかな」

 「遺憾?」

 「ああ、とても残念で、悲しい」

何故マキリニテアトーが悲しい等と言うのか?
0092創る名無しに見る名無し
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2017/10/12(木) 19:15:39.55ID:IENKTvyw
ジラは不信感を露にして、彼を問い詰めた。

 「どうして貴方が悲しむんですか?
  貴方とシャンリー班長は、どんな関係だったと言うんですか?」

 「彼女は魔法使いに成り切れなかった」

 「話を逸らさないで下さい」

徐々に口調が強くなっているのをジラは自覚した。
先から懸命に抑えようとしているのだが、自然に気持ちが昂ってしまう。
感情的に喚くだけでは、話し合いにならない。
取り乱しては行けないと、一度深呼吸をした後で、彼女はマキリニテアトーの言葉に、
聞き過ごしてはならない重要な部分があった事に気付く。

 「待って……魔法使い?
  シャンリー班長は何の魔法使いに成ろうとしていたんですか?」

マキリニテアトーはクァイーダを一瞥してから答えた。

 「予知魔法使いだ」

ジラは目を見開く。
彼女も全く予想していない訳では無かった。
シャンリーは魔導師でありながら、マキリニテアトーの力を借りる事に抵抗を持たず、
自らも「予想」をして、彼に正誤を確かめさせていた。
それが「予知魔法使いになる為だった」としたら……。
0093創る名無しに見る名無し
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2017/10/12(木) 19:19:25.31ID:IENKTvyw
シャンリーが予知魔法使いになれば、マキリニテアトーの手を借りずとも、予知を魔導師会の為、
共通魔法社会の為に活かす事が出来る。
魔導師会が認めるのかと言う問題は残るが、シャンリーが予知魔法に高い関心を持っていた事は、
否定出来ない。
ジラはクァイーダを顧みた。

 「知っていたんですね?」

クァイーダは無言で頷く。
彼女とシャンリーとの付き合いは、ジラよりも長い。
シャンリーとマキリニテアトーの関係に就いても、知っていて当然。
否、知っていなければならない立場だ。

 「シャンリー班長が予知魔法使いに成っていたら……。
  魔導師会は、それを良しとしたんですか?」

ジラの問い掛けに、クァイーダは俯き加減で呟く様に言う。

 「シャンリーは成れなかった」

 「それは結果です」

もし予知魔法使いになっていたら、どうする積もりだったのか?
「成れなかった」と言う結果だけを以って、何も問題は無かったとは言えない。
睨み付けて来るジラに対して、クァイーダは俯いた儘で答える。

 「最初から無理だったの。
  全てを承知で、彼女は予知魔法使いに成ろうとしていた」

 「それって、どう言う意味ですか?
  『最初から無理だった』って」

クァイーダは両目を閉ざし、何も答えない。
0094創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:29:08.51ID:vjfG47A2
ジラは再びマキリニテアトーに目を向けると、ローブのポケットに収めたメモ紙を取り出して、
彼に見せ付け、残る疑問を打付けた。

 「ここにある『最終試験』とは何ですか?
  どうしてシャンリー班長は死ななければならなかったのですか?」

マキリニテアトーは表情を変えずに答える。

 「文字通りの『最終試験』だ。
  これより後は無い」

 「だから、シャンリー班長は死んだと?」

信じられないと眉を顰めるジラに、彼は無言で頷くのみ。
ジラは激昂した。

 「そんな馬鹿気た理由でっ!」

 「魔法使いとは、そう言う物だ」

怒る彼女をマキリニテアトーは強い言葉で制する。
その勢いにジラは圧されて、思わず口を閉ざした。
マキリニテアトーは静かな、しかし、迫力に満ちた声で語る。

 「予知魔法使いになるからには、予知を外してはならない。
  外れる予知に意味は無いのだ。
  それは最早、予知とは呼べない」

 「だからって、死ななくても!
  予知魔法使いに成れなかった位で!」

ジラは正論を吐く。
予知魔法使いに成れない事と、自殺する事には全く繋がりが無い。
0096創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:32:30.41ID:vjfG47A2
マキリニテアトーは彼女を小馬鹿にする様に、小さく笑った。

 「予知魔法使いは本来長い時間を掛けて、『未来を見る目』を養う物だ。
  気の遠くなる様な観察と考察の果てに、漸く僅かに未来を予感出来る様になる。
  だが、リン・シャンリーが目指していた予知魔法使いは、そんな生易しい物ではない。
  彼女は私を超越しようとしていた」

 「超越!?」

驚愕するジラを睨み付けて、彼は続ける。

 「予知魔法の究極は、未来を己が思う儘に導く。
  そこで2人の予知魔法使いが搗ち合い、同時には適えられない相反する予言をしたら、
  どうなると思う?」

ジラは数極思案して答えた。

 「……どちらかは外れる……」

 「そうだ。
  何れかは敗れ、予知魔法使いの資格を失う。
  予知の出来なくなった予知魔法使いは、死す他に無い」

 「何故……?」

高が予知を外した位で、どうして死ななければならないのか、ジラには解らない。

 「共通魔法使いには解らないか?
  翼を失った鳥、脚を折った馬、牙を抜かれた虎の定めだ。
  その命は魔法と共にあり、魔法失くして生きては行けない。
  それが真の魔法使いなのだ」

マキリニテアトーの言葉を聞いても、彼女は納得出来なかったが、これ以上理由を問うても、
同じ事を言われるだけで無駄だろうと察した。
0097創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:35:01.88ID:vjfG47A2
彼女は「魔法使い」とは、「そう言う物」だと仮定して、会話を続ける。

 「シャンリー班長は『負けた』と言うんですか?」

マキリニテアトーは頷いた。

 「そうだ」

 「……誰に?」

 「私に」

予想通りの答を返され、ジラは落ち込んだ気分になった。
シャンリーがマキリニテアトーを超越しようとしていたと聞いた時点で、そうだろうと思っていた。
シャンリーは全てを承知で、最終試験に臨んだのだ。

 「貴方がシャンリー班長を殺した……」

 「彼女は私を上回れなかった」

 「貴方は何を予知したんですか?」

 「私は『彼女は予知魔法使いに成れない』と予知した」

ジラは沈黙した。
マキリニテアトーの予知通り、シャンリーは予知魔法使いに成れずに死した。
シャンリーは予知魔法の有用性を認めていたが、それは命に代えても求める様な物だったのか、
そこまでの価値を彼女は見出していたのか、ジラには何も解らない。
0098創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:39:55.48ID:vjfG47A2
マキリニテアトーは弁解する様に、ジラに告げる。

 「もし、彼女が見事に予知を成功させていたら、死んでいたのは私の方だった」

予知を外す予知魔法使いは、最早予知魔法使いではない。
それは彼も同じ事。
だが、本当に死ぬ積もりがあったのかと、ジラは疑った。

 「その時は自殺でもする積もりだったんですか?」

シャンリーの様に。

 「魔法を失い、存在価値が無くなれば、消えてしまう。
  真の魔法使いとは、『魔法の使い』なのだ。
  その命は魔法と共に在り、魔法失くして生きては行けない。
  それが私達『旧い魔法使い<オールド・ウィザーズ>』」

同じ言葉を繰り返され、ジラは不快になって沈黙する。
彼女は未だ、「真の魔法使い」を知らない。
マキリニテアトーは両目を閉じ、溜め息を吐く。

 「リン・シャンリーには期待していた。
  私の魔法を継いで、この命を終わらせてくれる者だと。
  ここは退屈で堪らない。
  外れない予知も」

そして皆、口を閉ざしてしまう。
気不味い沈黙を破ったのは、クァイーダ。

 「話は終わった?
  それなら帰りましょう」

彼女はジラに呼び掛けて、退出を促した。
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2017/10/13(金) 19:43:09.86ID:vjfG47A2
それに応じて徐に立ち上がったジラに、マキリニテアトーは言う。

 「ジラ・アルベラ・レバルト。
  予知魔法使いになる気は無いか?」

不意の問い掛けに、ジラは驚くと同時に激しい怒りを覚え、射殺す様な眼で彼を睨んだ。
シャンリーを死なせただけでは飽き足らず、新たな予知の犠牲者を求めているのかと。
しかし、マキリニテアトーは動揺しない。

 「君は将来、組織内の重要な地位に就くだろう。
  そして必ず、予知魔法を頼る。
  それに応じるかは、私の機嫌次第だ。
  どうだ、予知魔法使いにならないか?
  そうすれば――」

 「行きましょう、クァイーダさん」

ジラは彼の話を聞き終えない内に、クァイーダと共に退出した。
だが、ジラの心には確りと先の言葉が刻まれた。

――君は将来、組織内の重要な地位に就くだろう。
――そして必ず、予知魔法を頼る。

マキリニテアトーの予知は外れない。
魔導師会にとっては、利用価値があるだろう。
シャンリーの様に彼の予知を有効活用すれば、重大な危機を未然に防げるかも知れない。
それでもジラは彼を頼りにはしないと決めた。
一時の感情で意地になるのは良くないと思いながらも、今は予知通りになって堪るかと言う、
反抗心の方が勝った。
後に心変わりするかも知れないが、今は感情の儘に振る舞いたかった。
0100創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:46:19.64ID:vjfG47A2
沈黙して険しい顔をしているジラに、クァイーダは謝罪する。

 「……御免なさい」

 「何で謝るんです?
  何を謝る事がありますか?
  何か『私に』謝らなければならない事があるんですか?」

ジラは酷く不機嫌で、苛立った口調でクァイーダを責めた。
親衛隊の先輩後輩と言う間柄を弁えない、無礼な振る舞いと承知で、敢えて怒りを露にしていた。
クァイーダは静かに弁明する。

 「シャンリーの事……。
  私なら彼女を止められたかも知れない。
  ……止めていたとしても、止められなかったかも知れないんだけど」

 「でも、シャンリー班長が自分で決めた事なんでしょう?
  クァイーダさんはシャンリー班長とは、私より長い付き合いで、だから……」

全てを理解して、シャンリーの行動を止めなかったのではないのかと、ジラは言いたかった。
それならば、謝る必要は無い。
気分の悪い思いをさせたと言う事で謝っているなら、それは筋違いだと。
所が、クァイーダは意外な言葉を口にする。

 「私は彼女の友人として、十分な役目を果たせなかったかも知れない。
  シャンリーは外道魔法使いのマキリニテアトーに頼るより、自分が予知魔法使いになった方が、
  確実だって言ってた。
  彼の機嫌を伺って、気紛れに振り回される事も無くなるって。
  私は当然、それを上に報告した……けど、回答は無かった……。
  肯定も否定もされなかったと言う事は、『関知しない』と言う事。
  私は私の判断で、彼女を止めなかった。
  止めても良かったのに、そうしなかった」

今更そんな懺悔をされても困ると、ジラは首を横に振る。

 「私に言われても……」

 「御免なさい、どうしても告白せずには居られなかった」

クァイーダは俯いて黙り込む。
シャンリーが自殺した謎は解けたが、ジラの心には大きな痼が残る事となった。
0101創る名無しに見る名無し
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2017/10/13(金) 19:50:02.78ID:vjfG47A2
御存知

「存じる」は「知る」の謙譲語で、これに「御」を付けて尊敬語の意味で「御存じ」と言うのは、
現代国語的には間違いなのですが、歴史的には相当古くから使われている様です。
そこで尊敬語と謙譲語を区別する為に、尊敬語に限って「存知」を当てるのは、
個人的には良いと思います。
「存知」にも「知っている」、「理解している」の意味があり、然程違和感はありません。
「お披露目(お広め)」、「目出度い(愛で甚い)」、「数寄(好き)」、「出鱈目(出たら目)」、
「見栄」等と似た様な物だと思えば良いんじゃないでしょうか?
又、「知」の読みが「ぢ」になるのは、「下知(げぢ)」の例があります。
他、「下知(しもぢ)」、「文知(もんぢ)」等、固有名詞にも「知」を「ぢ」と読ませる例があります。
「知」の訓読みは「しる」、「しり」なので、「薄知(うすじ)り」、「生物知(なまものじ)り」、
「日知(ひじ)り」等、「し」に濁点が付いて「じ」になる例もあります。
0102創る名無しに見る名無し
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2017/10/14(土) 20:15:22.65ID:TwMjQHz/
ティナー動乱


第四魔法都市ティナーにて


唯一大陸各地で反逆同盟が事件を起こした影響は、徐々に深刻な領域に移りつつあった。
ティナー地方では外道魔法使い撃滅すべしと言う過激派が台頭した。
これは自己防衛論と結び付いて、市民の武装化を推進しようと目論んでいたが、
一部急進勢力が違法に魔導機を製造・販売・配布していた罪で魔導師会に裁かれると、
多くの市民の支持を失って、潮が引く様に弱体・沈静化して行った。
しかし、過激派は完全に沈黙した訳では無かった。
市内では相変わらず、少数の熱心な支持者の支援を受けた自己防衛論者が、
身の程知らずで口先だけの過激な主張を続けている。
彼等は人々の注目を集められなくなると、存在を誇示しようと益々過激な事を言う様になった。
一時期は自己防衛論に賛同していた市民も、余りに攻撃的な主張には疲れ始めた。
人々の心には不安と不満が募り、過激派の代わりに自分達の運命を預けられる政治的な集団、
或いは思想を求めていた。
0103創る名無しに見る名無し
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2017/10/14(土) 20:17:34.08ID:TwMjQHz/
人々の心の隙を埋める様に、そこに「宗教」が入り込んだ。
その名も「協和会」。
尤も、判り易く自ら宗教を名乗ってはいない。
信徒になる条件がある訳では無いし、守るべき教義がある訳でも無い。
だが、それは確かに宗教だった。
協和会の思想は過激派とは違い、人間の融和と共生を訴えている。
共通魔法使い、外道魔法使いと言う枠組みに囚われず、戦うべき者とは戦い、
手を取り合える者とは協力すると言う、理想的な主張。
地方行政、市政は、魔導師会から距離を置くべきであると言う、独立的な主張も含まれていた。
それが上手く行くならば、魔導師会も問題にはしないが、見過ごせない所があった。
協和会の最大の支持者は、自己防衛論者を支援していたPGグループ。
会長は出自の知れない、レクティータ・ホワイトロードと言う「白い女」。
熱心な支持者は彼女を『会長<プレジデント>』ではなく、『主<ロード>』と呼ぶ……。
0104創る名無しに見る名無し
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2017/10/14(土) 20:20:06.66ID:TwMjQHz/
「ロード」はレクティータの名字から取った渾名だとも言われるが、次々と支持者を獲得して、
急速に影響力を強めて行く彼女と比較すると、不気味な響きがある。
何故、過激派を支援していたPGグループは、正反対とも言える主張の協和会の支持に転じたのか?
本の数週前まで影も形も無かった「協和会」が表に出た頃には、既にPGグループが付いていた。
背後関係が全く読めない。
レクティータの周囲に、PGグループの影は無い。
彼女を取り囲んでいるのは、同じく出自の知れない者達だ。
レクティータは言葉数こそ少ないが、よく人前に姿を現し、支持者と接触する。
そこが在り来たりな権威者とは違う所で、目立つ容姿ながら、身を守ろうと言う発想が無いのか、
単独で出歩いたりもする。
大抵の者は彼女の容姿に驚き、近付く事さえ躊躇う。
勇気を持って接触した者は一転、彼女の超然とした態度に威圧され、平伏してしまう。
人間が自然と服従してしまう、目に見えない力を持っているかの様。
ロード・レクティータ――彼女の正体を魔導師会は既に掴んでいた。
0105創る名無しに見る名無し
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2017/10/15(日) 19:22:13.37ID:tLw34tR3
秋風の吹く頃、曇天にも拘らず、ティナー市街を協和会の二階建て馬車が走っていた。
屋根の無い2階部分で、レクティータと彼女の取り巻きが、市民に手を振っている。
馬車は交通の邪魔にならない場所で停車し、協和会の主張を演説する。

 「協和会は平和と共生を目指しています。
  今の私達に必要な物は、力ではありません。
  戦いを望む者は戦いによって滅びます。
  真の平穏は血の流し合いではなく、知恵の寄せ合いによって齎されるのです。
  皆さんの平穏を脅かす者があれば、協和会が面に立ちましょう。
  協和会が積極的に交渉し、話し合います。
  そして有事の際、最初に矢を受けるのも協和会です。
  私達は自分の利益の為に他人を煽動して戦わせようとする、言葉だけの人達とは違います」

過激派とは違う意味で「激しい」主張とは裏腹に、耳障りではない抑え目の穏やかな声。
思わず聞き入る人も居るが、演説者はレクティータではない。
彼女は馬車の上で美しい微笑を浮かべているだけ。
彼女に惹かれて、演説の内容とは無関係に、人が集まって行く。
演説は心地好いBGMの様な物で、人々の関心はレクティータに集中している。
老若男女を問わず、人々は一体彼女の何に惹かれているのか?
それに答えられる者は居ないだろう。
白いレクティータは見る者に美しく清涼なイメージを抱かせるが、そこに本質は無い。
人々は無意識に、彼女に対して随従の心を抱いている。
真っ白な外貌は、彼女の特異さを際立たせ、常人には無い物を持っていると感じさせる。
人々が彼女を見る目は、「偉大な物を仰ぐ眼差し」と同じなのだ。
0106創る名無しに見る名無し
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2017/10/15(日) 19:25:24.47ID:tLw34tR3
魔導師会の親衛隊は通行人を装い、遠巻きに協和会の活動を監視していた。
出自の不確かなレクティータでは被選挙権を得られないので、彼女は直接市政に関われない。
だが、それで一切の政治的な活動を禁じられる訳では無い。
協和会の一員としての広報活動は可能なのだ。

 「あれが現代の聖君?」

 「そうらしい。
  あの外見だ。
  見間違う事は無い」

 「『神に選ばれし者』か……。
  見た目だけなら、そんな感じがしないでも無いが」

声を潜めて会話する親衛隊の2人に、背後から声が掛かる。

 「今日は」

行き成りの事に2人共、声こそ立てなかったが驚きを露にして振り返った。
声の主を認めて、2人は二度吃驚。
そこに居たのは八導師第2位のアドラート・アーティフィクトール。

 「えっ、ネク・アドラート!」

 「ははは、人違いではないかな?」

魔導師のローブを着ていないが、それでも親衛隊の2人は見間違えなかった。
魔導師ともなれば、風貌だけでなく、魔力の流れで個人を判別出来るのだ。

 「いいえ、貴方は確かに――」

 「取り敢えず、落ち着きなさい」

 「……ネク・アドラート、何故ここに?」

アドラートの意図を察して、2人は何でも無い振りをする。
その対応にアドラートは満足気に頷いて、話を続けた。

 「ウム、『彼女』と接触してみようと思ってな」
0107創る名無しに見る名無し
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2017/10/15(日) 19:29:53.16ID:tLw34tR3
アドラートの言葉に、親衛隊の2人は三度驚く。

 「御(おん)自ら!?
  それは不味いですって!」

八導師と言えば、魔導師会の最高指導者。
その第2位は次期最長老となる事が確実な大物中の大物である。
従者を伴わず現場に赴く事さえ有り得ないのに、自ら要注意団体の重要人物に接触しよう等、
親衛隊でなくとも到底見過ごせる行動ではない。

 「しかし、私以外には出来ない事なのだ。
  従者を伴えば、嫌でも目立ってしまう。
  こうするより他に無い」

八導師は余り表に出ないし、人前に姿を現す時には必ず、警護の親衛隊員を伴っている。
その場では八導師である事が暴(ば)れなくても、どこで誰が見ているか分からないのに、
週刊誌にでも嗅ぎ付けられて、有る事無い事触れ回られては困る。

 「接触するだけでしたら、後で魔導師会から公式に――」

 「それでは警戒される」

 「何を目的として、接触なさるのですか?」

当然の疑問を口にした親衛隊員に、アドラートは真剣な顔付きで答えた。

 「『彼女』が本当に私の知る『彼女』なのか……。
  容姿は同じでも、中身まで同じとは限るまい」

 「中身……とは?」

 「人格や性格だよ。
  それを確かめられるのが、私だけなのだ。
  もしもの時は頼むよ」

 「ええっ!?
  ネク・アドラート!」

 「その呼び方は止めてくれ」

親衛隊員の困惑を余所に、アドラートは二階建ての馬車に向かって行く。
0108創る名無しに見る名無し
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2017/10/16(月) 19:51:40.89ID:RD1Nz5w+
任務の性質上、ここで騒ぎを起こす訳には行かず、2人の親衛隊員は事の成り行きを見守った。
レクティータは馬車から降りて、人々と握手を始める。
こうやって身近な人物であると印象付け、親近感を持たせるのだ。
取り巻きの者達は、彼女の後方に控えており、襲撃を受ける心配は全くしていないかの様。
アドラートは群集に混じって、レクティータと接触出来る機会を待っていた。
――レクティータの取り巻きの正体は、反逆同盟の者達である。
吸血鬼フェレトリ・カトー・プラーカと、予知魔法使いジャヴァニ・ダールミカ、狐獣人ヴェラの3体。
彼女等は魔力を遮断するローブを着て気配を消しているが、優れた魔法資質の持ち主が、
疑いの目を持って注意深く3人を観察すれば、魔力の流れが無い事を怪しいと感じるだろう。
八導師であるアドラートが、取り巻き達の不自然な装いに気付かない訳が無かった。
一方で、フェレトリとヴェラも、アドラートが徒者でない事を見抜いていた。
彼が纏う魔力の流れは、周りの人間と比較して、妙に整っている。
それは櫛で梳いた糸の様だ。
ヴェラはアドラートを警戒して、ジャヴァニに囁く。

 「あいつ、変な感じ」

ジャヴァニが無言で頷くと、フェレトリも続いた。

 「予知では何とある?」

彼女からは抑え切れない殺気が滲み出ている。
ジャヴァニは冷淡に答えた。

 「安心して下さい。
  何も起こりはしません」

だが、フェレトリは納得しない。
不満を露にした眼でジャヴァニを睨んでいる。
アドラートを脅威になるかも知れないと感じているのだ。
0109創る名無しに見る名無し
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2017/10/16(月) 19:54:11.72ID:RD1Nz5w+
フェレトリは執拗にジャヴァニに同意を求めた。

 「今ここで始末した方が良くはないか?
  どうにも嫌な予感がしてならぬ」

 「私達は『協和会』の者として、この場に居ます。
  迂闊な行動は取れません。
  どうやって、これだけの人に気付かれず、始末すると言うのですか?」

 「我が下僕を使う。
  協和会を敵視する、不埒者の仕業と言う事にすれば良かろう」

 「下手な工作は魔導師会に見破られてしまいます。
  この『計画』が失敗したら、後が無くなると申し上げた筈」

反論するジャヴァニの口調が徐々に刺々しくなる。
それに応じて、フェレトリの口調も挑発的な物に変じた。

 「後が無くなる等と大袈裟な。
  この様な迫々(こせこせ)した計画が挫けた所で、何の問題があると言うのか?」

フェレトリはジャヴァニとは違い、この計画は遊びの様な物だと思っていた。
強大な力を持っているが故に、一々人心を掌握して撹乱を狙う真似が、迂遠に見えるのだ。
もし失敗しても、圧倒的な力で叩き潰せば良い。
マトラも同じ考えだろうと彼女は理解している。
小細工が必要になるのはジャヴァニが「弱者」だからと、フェレトリは軽蔑していた。

 「マスターノートに逆らうな」

ジャヴァニは今まで他人に見せた事が無い、鬼気迫る表情と、低く重々しい声で、
フェレトリに忠告する。
何事かとフェレトリは目を見開き、硬直した。

 「……その必死さに免じて、見過ごしてやろう」

彼女は気圧された事を覚られない様に、強がりの言葉を吐いて物見を決め込む。
0110創る名無しに見る名無し
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2017/10/16(月) 19:58:08.31ID:RD1Nz5w+
アドラートがレクティータと握手をする瞬間が訪れる。
軽く手を握っただけで、直ぐに次の人に対応するべく、移動しようとしたレクティータの手を、
アドラートは強く握って止めた。

 「ロード・レクティータ!
  私を憶えていませんか?」

魔城事件で彼女とアドラートは対面している。
ここで「頷く」か、「惚ける」か、アドラートは見極めようとした。
レクティータはアドラートの目を真っ直ぐ見詰めた。
そして小首を傾げ、暫し思案する仕草を見せた後、真剣に言う。

 「済みませんが、記憶にありません。
  人違いでは?」

それと同時に、馬車に乗り込んでいた数名の黒服の男達が飛び出して来た。
危険を感じたアドラートはレクティータから手を離すが、視線は外さない。
黒服の男達は2人の間に割って入る。

 「お爺さん、困りますよ」

彼等はアドラートを押し退けると、レクティータを庇う様に彼女の両脇を固めた。
群集との握手は続行される。
アドラートはレクティータを見詰め続けており、レクティータも視線が気になって仕方が無い様子。
黒服の男が体で視線を遮るも、彼女は握手が終わってからもアドラートを気に懸けていた。
馬車の中で黒服の男はレクティータに尋ねる。

 「ロード・レクティータ。
  あの老人とは知り合いですか?」

 「いいえ、そんな筈は無いのですが……気に懸かります。
  彼が嘘を言っている様には思えなかったので……」

 「大方、どこかで偶々目が合ったのを誤解したのでしょう。
  よくある事です。
  お気になさらず」

彼は適当な事を言って、気にしない様に諭した。

 「ええ……、そうですね」

レクティータは引っ掛かる物がありながら、助言通りに振り払う。
0112創る名無しに見る名無し
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2017/10/17(火) 19:11:44.85ID:hd+lk/k0
一連の出来事を観察していたフェレトリは、ジャヴァニに改めて尋ねる。

 「本当に止めなくて良かったのか?
  何やら『仕掛けられた』様であるが」

ジャヴァニは短い沈黙を挟んで答えた。

 「影響はありません」

直ぐに断言すれば良い物を、妙な間を置いた所為で、フェレトリには疑心を抱かれる。

 「本当に『ノートの通り』にしておれば良いのか?
  否、そもそも現状はノートの通りなのか?」

 「ノートに従っていれば間違いはありません。
  ノートを疑い、奇怪(おか)しな真似をするから、未来が狂うのです。
  ノートの通りにしていれば、計画は必ず成功します。
  そう、ノートの通りにしていれば……」

ジャヴァニはノートを抱え込み、自己暗示を掛ける様に繰り返した。
それをフェレトリは鼻で笑う。

 「魔城アールチ・ヴェールでは、余計な邪魔が入ったが、あれも予知通りか?」

 「私は同行しなかったので、何とも言えません。
  未来とは小さな事象の積み重ねで、如何様にでも変わる物。
  しかし、この計画だけは何が何でも成功させます。
  その為に私は、ここに居ます。
  皆さんには何が何でもノートに従って頂きます」

この作戦にジャヴァニは命を賭けていると言っても、過言では無い。
所詮は遊び、小娘の飯事に付き合ってやるとしようかと、フェレトリは小さく溜め息を吐いた。
0113創る名無しに見る名無し
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2017/10/17(火) 19:15:43.34ID:hd+lk/k0
一方、八導師アドラートは2人の親衛隊員の元に戻り、得られた情報を教えた。

 「あの聖君は本物だ。
  『成り済まし』ではない。
  しかし、記憶を消されている様だ」

 「記憶を消す?
  しかも、聖君の?
  そんな事が出来るのは……」

聖君と言えば、神聖魔法使いの指導者。
当然、神の加護と強大な力を持っていると予想されるが……。
アドラートは両腕を胸の前で組んで零した。

 「奴等は搦め手も得意な様だな」

彼の一言に親衛隊の2人は驚いた。

 「反逆同盟が絡んでいるのは、確定ですか?」

 「ああ、間違い無い。
  しかし、その気になれば都市を壊滅させられる程の圧倒的な力を持っていながら、
  市民を利用した小細工を仕掛けると言う事は、それなりの目的がある筈だ。
  愉快犯だとしても、必ず裏に間(あわ)好くばと言う狙いがある」

 「それは……?」

 「分からない。
  聖君を私達に始末させようとしているのかも知れないし、市民と魔導師会の離間工作を、
  企てているのかも知れない。
  我々が反逆同盟の目的を阻止しようと、協和会の活動に強引に介入すれば、
  少なくとも協和会を支持している集団は、魔導師会に反発するだろう」

 「我々は、どうするべきなのでしょう?」

2人の問い掛けに、アドラートは暫し沈黙して思案する。
0115創る名無しに見る名無し
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2017/10/17(火) 19:18:26.47ID:hd+lk/k0
 「取り敢えずは、協和会の監視を続けて、襤褸を出すのを待つしか無い。
  反逆同盟は本気で市民を味方に付けようとは思っていないだろう。
  精々、我々を戦い難くする為の駒か盾の扱い……」

既に協和会には魔導師会の者が潜入している。
勿論、協和会側も監視されている事は把握しているだろう。
根気強く待ち続ける事が重要だ。

 「分かっていても手が出せない状況は、歯痒いですね……」

歯噛みする親衛隊員をアドラートは諭した。

 「焦っては行かんぞ。
  幾ら市民の間に協和会への支持が広がろうと構わん。
  そんな物は不祥事が発覚すれば一気に吹き飛ぶ。
  だが、偽情報には気を付けよ。
  裏が取れた確実な話以外は信用するな。
  慎重には慎重を期し、逃れようの無い決定的な証拠を掴むまでは、息を殺して耐え忍ぶのだ」

 「はい、確と心に刻みました」

 「ウム、任務の邪魔をして済まなかった」

唯一大陸最大の都市ティナーで、人知れず魔導師会と反逆同盟の静かな戦いが始まった。
先ず、「魔導師会が協和会を警戒している」と言う噂が週刊誌から広がる。
これは魔導師会側が意図的に流した情報で、牽制の一撃だった。
協和会は外道魔法使いとの共生を訴えているが、「魔法に関する法律」に抵触する行為が無いか、
懸念していると。
明確には犯罪者扱いせず、そう言う「疑いがある」事を間接的に広めて、動揺を誘う作戦だ。
魔導師会に「睨まれている」組織と判れば、市民の中には関係を躊躇う者も出て来る。
特に、企業系は支援を控える。
0116創る名無しに見る名無し
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2017/10/17(火) 19:20:22.09ID:hd+lk/k0
大企業である程、体裁を気にするので、協和会と付き合いを続けられる団体は限られて来る。
残った団体は、その思想に本心から共感しているか、「弱味」を握られているか……。
中でも魔導師会が注目しているのは、自己防衛論者を支援していたPGグループの出方。
PGグループは不祥事を起こした自己防衛論者を切り捨てる様に、協和会の支援を始めた。
ここで協和会をも切り捨てるのか、未だ関係を続けるのか、その判断を待っていた。
結果、協和会とPGグループの関係は弱まらなかった。
PGグループを監視していた親衛隊員のヴァリアンは、こう報告した。

 「一寸、不味い状況です。
  PGグループの総帥アドマイアー・パリンジャーは、協和会の会長に惚れ込んでいる様です。
  あー……、勿論、人物的な意味で。
  どうやらアドマイアーはレクティータこそが、彼の目指す帝王政治の頂点に立つべき人物だと、
  詰まり、ティナー市、延いてはティナー地方を統べる『帝王』になるべきと考えている様なのです。
  現代で聖君が帝王の座に就くなんて、悪い冗談です。
  どんな化学反応が起きるか……。
  しかも、アドマイアーの一目惚れらしく、独断で唐突に協和会への支援を決定した事に、
  内部でも戸惑いがありました。
  一方で役員や幹部達は何も言いません。
  初期こそ不満の声が上がりましたが、直ぐに沈静化しました。
  幾らアドマイアーがグループ内では絶対的な権限を持つ『総帥』でも不自然です。
  彼が自己防衛論に傾いた時でさえ、異論があったと言うのに……」

ここに来て一時は敵対関係にあった自己防衛論者と魔導師会は、裏で共闘する事になる。
自己防衛論者はPGグループの方針転換を「裏切り」と捉えていた。
支援を打ち切られたのは仕方が無いにしても、外道魔法使いとの共生を訴えるとは論外だと。
市民の支持を失いつつあった自己防衛論者は、魔導師会が協和会を警戒していると言う噂に、
一縷の望みを託して魔導師会との接触を図った。
0117創る名無しに見る名無し
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2017/10/18(水) 19:08:15.84ID:avJKrntM
魔導師会は、自己防衛論者の政党である『防護壁<バリア・ウォール>』から『協和会<ハルモニア>』へと、
恥知らずにも転身したガーディアン・ファタードを釣り出す事に成功した。
執行者が自己防衛論者と共謀し、「協和会への転身を考えている元自己防衛論者」を装って、
ガーディアンを呼び出したのだ。
ガーディアンは協和会の中では、変節漢と見られて侮られ、冷遇されていた。
その対応に不満を持っていた彼は、仲間が増える事を喜んでいた。
近々協和会は市政党に立候補者を出馬させる。
組織に於いても、選挙に於いても、数は力である。
その「力」が今、ガーディアンの元に転がり込もうとしているのだ。
何も知らず、揚々と喫茶店に姿を現したガーディアンを、執行者2人と自己防衛論者2人は、
内心で嘲笑いながら迎えた。
開口一番、自己防衛論者が中央訛りで皮肉を飛ばす。

 「よう伸う伸うと現れたのう。
  景気好さ気な顔しとるやんけ」

 「ハハッ、そうでも無いて。
  ンな事より、協和会に入りたいんやろ?」

ガーディアンは軽く受け流して話を進めたがったが、それは執行者が許さない。

 「その前に聞きたい事がある。
  どうして協和会に入った?」

厳しい言葉を受けても、ガーディアンは涼しい顔で両肩を竦め、呆れを表した。

 「はぁ、ンな下らん話をしに来たんやないで。
  どうでも良え事やろが?」
0118創る名無しに見る名無し
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2017/10/18(水) 19:11:01.90ID:avJKrntM
その発言に自己防衛論者の元仲間が目付きを険しくする。

 「あ?
  今、何て言うた?」

ガーディアンは慌てて咳払いをし、真面目な顔で弁解を始めた。

 「弱小では何を言うても相手にされん。
  お話にならんのや。
  大事を成し遂げる為には、影で耐え忍ぶ事も必要なんやって」

 「何やねん、その『大事』ってのァ?」

元仲間に問い詰められたガーディアンは、語り始める。

 「自分の身は自分で守れる様にならなあかん。
  それが自己防衛論の始まりやった筈や。
  魔導師会が当てにならんさかいな。
  んでな、頭冷やして、よぉ〜う考えてみぃ?
  魔導師会が勝てん様なのに、素人が武器持って勝てるかいな?」

それは正論だ。
だからこそ、自己防衛論の支持の拡大には限界があった。

 「な、どう考えても無理やろ?
  ンなら、『我々に出来る事は何か』と言う事を突き詰めると、喧嘩は止めて仲良うしようやって、
  言い続けるしか無いやん」

ガーディアンの論には一理あるが、致命的な欠点が存在する。

 「誰に?」

 「そらぁ……」

「仲良くしよう」と訴える相手が分からないのだ。
共通魔法社会を破壊しようとしている勢力があるのは確実だが、交渉の窓口が無い。
その正体が判明しているなら、魔導師会も苦労はしない。
0119創る名無しに見る名無し
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2017/10/18(水) 19:20:10.20ID:avJKrntM
ガーディアンは判り易く沈黙した。
彼は元仲間の冷ややかな視線に耐え切れず、何とか言葉を搾り出す。

 「いや、でも、協和会は解っとるみたいやで……?
  誰かに嗅ぎ付けられて横槍入れられたら困るて事で、詳しくは言われへんらしいけどな。
  問題は『仲良うしようや』と言う半面で、『打ち殺したる!』て叫んどる連中が居る事や。
  そんな物、相手からしたら『仲良うしたろかなぁ』て気も失せるやろ?
  取り敢えず、全員の意見が『仲良うしよう』で統一される事が重要なんや。
  その為の協和会なんやで」

その「打ち殺す」と叫んでいた側の人間だった癖に、清々しいまでの掌の返し振りだと、皆呆れた。
ガーディアンの話は理屈は通っているが、説得力は無い。
「詳しくは言えないらしい」とガーディアンが言ったのは、失言だった。
少なくとも、「らしい」は余計。
彼は組織の中で、重要な地位に無い事を自白したのだ。
吐いた唾は呑めず、突き刺さる様な元仲間の視線に、ガーディアンは誤魔化す事しか出来ない。

 「待てや、待てや。
  自分等、協和会に入りに来たんと違うんかい!
  何や、先から儂(わい)を疑(うたぐ)っとる様な!
  良えんやで、この話は終いにても」

俄かに強気に話を打ち切ろうとした彼に、元仲間は嘲る様な笑みを向けて言う。

 「お前、俺等が何も知らんとでも思っとるんか?
  知っとるんやで。
  お前、向こうで冷や飯食わされとるらしいな」

ガーディアンの顔が怒りと羞恥で真っ赤になった。

 「なっ、そなっ……」

動揺の余り言葉を詰まらせる彼に、元仲間は追い討ちを掛ける。

 「大方、アドマイアーとか言う爺さんに泣き付いたんやろ?
  お情けで拾うて貰(もろ)たんよなぁ?」
0120創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:17:08.01ID:2Quix3Qd
全部図星だったので、ガーディアンは何も言い返せない。
有利に立てない交渉に意味は無いと、彼は逆上した振りで席を立とうとする。
それに自己防衛論者の元仲間が反応する。

 「おう、逃げるんかぁ?」

 「何やとっ……!」

自尊心が強いガーディアンは挑発を聞き過ごせず、足を止めた。
そこへ透かさず、執行者が意味深に呼び掛ける。

 「冷や飯食いの儘、終わる積もりは無いんだろう?」

 「何や、その言い方は……」

 「まあ座れよ。
  交渉は『対等<イーヴン>』に。
  それが基本だよな」

ガーディアンは渋々席に戻った。
彼の虚飾を取り払って、漸く真面に話が進められる。
一方的な関係だと思われた儘では、交渉は上手く行かない。
話は仕切り直され、改めて自己防衛論者がガーディアンに尋ねた。

 「――で、本当の所、どうなんや?
  別に協和会の事なんか、どうとも思ってへんのやろ?」

ガーディアンは周囲の目を気にして、曖昧に言う。

 「……ん、マァ、そぅ……」

 「何を気にしとるんや?」

その問いに、ガーディアンは声を落として答えた。

 「いや、どこで見られとるか分からんし……」

執行者の2人は互いに目配せして、監視されている気配が無い事を確かめ合う。
元仲間は明るく言い放つ。

 「良えやないか、誰に見られようと、悪い話しとる訳やなし。
  お前、この儘やと一生芽ぇ出んで?
  協和会の事、何も知らされてへんのやろ?」
0122創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:22:38.74ID:2Quix3Qd
声が高いと、ガーディアンは身振り手振りで抑える様に指示して、話を続けた。

 「知らされてへんっちゅうか、深入りしたくないねん」

 「何や、怯者(へたれ)か」

 「自分等、よう知らんから好き放題言えんねや。
  お偉いさんは皆、『主<ロード>』、主やで?
  本真(ほんま)、頭狂(イカ)れとる」

 「主、主言うだけで、お偉いさん成れんなら、安い物やろ」

 「違うねん、そう言う薄っ平いのを許さん『何か』があんねん」

 「『何か』て、オカルトかいな」

元仲間に突っ込まれ捲くって、ガーディアンは沈黙してしまった。
数極後に、執行者が新しく話を切り出す。

 「ガーディアンさん、協和会が魔導師会に睨まれてるのは、知ってるよな?
  外道魔法使いと関係があるかも知れないって疑いで」

ガーディアンは面を上げて、小さく頷いた。

 「ああ、それが何か……?」

 「その現場を押さえて、魔導師会に売り込んだら、どうなるだろうなぁ……」

 「当てがあるんか?
  いや、しかし……」

彼は執行者の呟きに食い付き掛けて、思い止まる。
そこへ元仲間が囁き掛ける。

 「俺等が仲介したる。
  何も無かったら、無かったで構へん。
  どや、乗るか?
  それとも……、この話、密告(ちく)るか?」

これは「撒き餌」だ。
密告すればガーディアンは組織内で、ある程度優遇されるかも知れない。
そうなれば彼は続けて、元仲間から情報を仕入れようとするだろう。
もし何の褒賞も無ければ、ガーディアンは反発して、元仲間と縒りを戻し、密通するだろう。
0123創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:24:15.38ID:2Quix3Qd
ガーディアンは怪しんで返事を躊躇ったが、やがて悩む事を止めて頷いた。

 「何ぼ『元』でも『同志(なかま)』を売る程、儂は零落れとらんで。
  今の話、考えとくわ」

彼は格好付けた台詞を吐いて、喫茶店から出て行ったが、その言葉を信じた者は居なかった。
必ず、ガーディアンは密告する。
そう言う節操の無い人物だと見切られていた。
そして、その通りにガーディアンは確り密告した。
彼は協和会内に信用出来る上役が居なかったので、報告はアドマイアーに行われた。

 「総帥、是非お耳に入れて頂きたい事が御座います」

ガーディアンは防護壁の党首だった頃は、アドマイアーとも対等な関係だったのだが、
今や完全に謙る様になってしまった。
アドマイアーは冷徹な眼差しを、彼に向ける。
その威圧感にガーディアンは畏まり、速やかに重要な事柄を告げた。

 「魔導師会が自己防衛論者と結託し、協和会を探っている様です」

 「どこから得た情報だ?」

 「私独自の情報網です」

情報網と言う程の物は無いのだが、彼は見栄を張った。
この様にガーディアン・ファタードは自分を飾らなければ、真面に話が出来ない男なのだ。
0124創る名無しに見る名無し
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2017/10/19(木) 19:25:46.41ID:2Quix3Qd
アドマイアーは無言でガーディアンを睨み付けている。
それをガーディアンは堂々と見詰め返して言った。

 「これでも元党首ですから。
  人脈は豊富です」

これも嘘だ。
彼にあるのは浅く広い付き合いのみで、正体が軽薄な人間だと言う事を知っている者は、
重要な情報を渡さない。

 「分かった」

数極後にアドマイアーは短い一言を発して、背を向けた。
ガーディアンは焦って、取り縋った。
彼は重大な報告をした積もりだったのに、余りに反応が薄い。

 「ま、待って下さい、総帥!
  本当です、信頼出来る筋からの情報です!」

 「『分かった』と言った」

 「いや、そうではなくてですね……。
  この情報を得るのにも、それなりの苦労をですね……。
  それに報いる何かが欲しいと思うのは贅沢ですか?」

明から様に見返りを求めるガーディアンに、アドマイアーは真顔で言う。

 「君は協和会の人間だろう?
  自らの行いに見返りを求めないと言うのが、教義では無かったかな」

 「そ、そうは言っても、それでは世の中やってけませんよ、へへへ……」

ガーディアンの弁明を聞いた彼は、沈黙して思案した。

 「……まあ、『協和会』から何かあるだろう。
  私も口添えしてみる」

 「えっ、えぇ……」

アドマイアー自身はガーディアンに金品を呉れてやる積もりは無いらしく、冷淡な返事。
ガーディアンは不満に思いながらも、協和会からの褒美を期待する事にした。
0125創る名無しに見る名無し
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2017/10/20(金) 19:12:41.91ID:NIj8gxi7
後日、ガーディアンは協和会の会館内にある「本殿」に招かれた。
この会館は協和会がPGグループから借りている建物である。
PGグループの旧本館を再利用した物で、4棟に分かれており、正面に本部機能を持つ本館、
その左右に別館、裏に本殿が配置されている。
本殿に自由に出入り出来る人物は、レクティータと彼女の側近、それにアドマイアーのみで、
他の者は招かれなければ入れない。
何が待っているのかと、ガーディアンは期待と不安半々で、白いローブを着た案内の女に、
従って歩いた。
協和会の女性会員の中でも、特にレクティータに近い者は皆、彼女の様に白いローブを着て、
「シスター」と呼ばれている。
男性会員にも白いローブを着た物はおり、そちらは「エルダー」と呼ばれているが少数だ。
本殿の装いは異空間の様。
精神が不安定になる様な眩い白一色に、何を意匠したのかも不明な石膏像が配われている。
窓は一つも無く、深寥と静まり返り、冷えた空気が漂う。
本殿の2階に案内されたガーディアンは、大部屋の前で待機させられた。
これから何があるのかは容易に予想出来る。
恐らくは会長であるレクティータとの対面。

 (来る所に来たって感じやな……)

何時までも下っ端では居られないので、これは好機ではあるのだが、どうしても一抹の不安が、
拭い切れない。
無音と白色の中、時間の感覚が狂って、眩暈が襲う。

 (こら敵わんわ。
  デザインした奴、阿呆なん違うか?
  ええぃ、早う誰か来んかい)

待ち疲れて、壁に縋ろうとした所で、お呼びが掛かった。

 「ガーディアン・ファタード様、どうぞ」

扉が開いて、一際眩い白が目に入る。

 (わっ、何や……?)

堪らずガーディアンは目を閉じ、恐る恐る薄目を開けた。
0126創る名無しに見る名無し
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2017/10/20(金) 19:16:13.07ID:NIj8gxi7
ガーディアンの正面には高台があり、そこにレクティータが座している。
彼女の周りには多数のシスター達が待機しており、丸で王か皇帝の様だ。

 「どうぞ、お入り下さい」

棒立ちしているガーディアンに、シスターの1人が近付き、入室を促す。
ガーディアンは胸を張って前進した。
彼に入室を促したシスターは、静かに扉を閉めて、退路を塞ぐ様に、その場に留まった。
ガーディアンは緊張で背後にまで気を配れない。
彼は勝手が分からず、部屋の中央辺りで立ち止まった。

 「もう少し前へ」

レクティータの横に立っているシスターに指示され、ガーディアンは2歩だけ踏み出した。
彼女は最高位のシスターで、何時もレクティータの傍に控えており、「マザー」と呼ばれている。
ガーディアンに直接に声を掛けるのは、これが初めて。

 「もう少し」

更に2歩前へ。
先からレクティータは一言も発さない所か、微動だにしない。
人形かと思う位だ。
普段から口数は少ない方だが、ここまで黙(だんま)りではない。
代わりに、マザーが指示を出している。

 「歓待の酒を持て」

それを受けて、手提げ籠を持ったシスターが、グラスとボトルをガーディアンに差し出した。
ガーディアンがグラスを受け取ったのを確認したシスターは、その場でボトルを開けて、
グラスの半分まで酒を注ぐ。
濃厚な赤紫色の液体は強い甘い香りを放っている。
どうやら『葡萄酒<グレム・コール>』の様だが、僅かな粘性が不気味。
0127創る名無しに見る名無し
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2017/10/20(金) 19:27:04.31ID:NIj8gxi7
手提げ籠を持った女は、今度はレクティータの元に向かい、彼女にもグラスを渡して葡萄酒を注ぐ。
その間に、マザーがガーディアンを呼び出した理由を話した。

 「ガーディアン様から貴重な情報を提供された旨、アドマイアー様から伺いました。
  魔導師会が自己防衛論者と結託して、協和会を探っていると。
  私達の活動が理解されない事は残念ですが、権威に屈する訳には行きません。
  ガーディアン様、貴方の協和会への献身を嬉しく思います。
  感謝の意を表し、私達はガーディアン様を新たな『エルダー』として、お迎えします。
  それでは……整った様ですね。
  ガーディアン様、御一緒に。
  乾杯!」

マザーの掛け声で、レクティータは杯を高く掲げると、時間を掛けて酒を飲み干す。
ガーディアンは杯を上げる所までは真似た物の、口を付けるのは少し躊躇う。

 「ガーディアン様、如何なさいました?
  どうぞ、遠慮なさらず」

彼は思い切って、酒を呷った。
味は普通の葡萄酒である。
粘性がある為、喉に絡むが、変な味はしない。
数極後に酒気で体が熱(ほて)り始める。
嫌に酔いの回りが早いと、ガーディアンは訝った。
味も香りも粘りも濃厚だったが、そんなに酒気が濃い感じはしなかった。
マザーが演説を始める。

 「血酒の交盃は不壊の盟約。
  ガーディアン様は今、本当の意味で私達の仲間になりました。
  喜びの深きは悲しみの深き。
  苦楽を共にし、背信を許さず――」

――しかし、そこで彼の記憶は途切れてしまう。
酔っ払って倒れてしまったのでも、意識が朦朧としたのでも無く、突然の昏倒。
ガーディアンが目を覚ました場所は、『混凝土<コンソリダート>』の壁に囲まれた、狭く薄暗い部屋だった。
0128創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 18:52:01.75ID:zLDh5Tbu
訳の分からない状況の変化に、ガーディアンは俄かに焦り出す。
部屋の戸を押してみるが、案の定、開かない。
彼は乱暴に戸を叩いて、大声で喚いた。

 「オイ、ゴラァ!!
  何や、これは!!
  こんな所(とこ)に儂を閉じ込めおって、どうする気や!!」

そうすると1人のシスターが来て、戸を「押し開ける」。

 「どうなさいました?」

彼女の声は至って冷静だ。
男の怒鳴り声にも、全く動揺していない。
戸が内開きだった事に今更気付いたガーディアンは、乱暴な言葉遣いをした事を気不味く思った。

 「あ、い、いや、何でもありません……。
  ここは何なんですか?」

 「地下階の個室です。
  ガーディアン様が行き成り倒れられたので、皆心配していましたよ」

 「あぁ、そうでしたか……。
  や、面目無い。
  酒は強い方だと自負していたんですが……。
  あの酒、何か入ってたんですか?」

 「フフフ」

シスターは微笑むばかりで、何も答えない。
丸で誤魔化す様に、彼女は言う。

 「意識は確りしている様ですね。
  外に出ましょう。
  こちらへ。
  私に付いて来て下さい」

不審に思ったガーディアンだが、地下に長居する積もりは無かったので、大人しく従った。
0130創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 19:05:27.19ID:zLDh5Tbu
廊下には真面な照明が無く、全体的に薄暗いが、先が見えない程ではない。
2人の足音だけが不気味に響く。
ここも本殿の筈だが、何故か「白くない」。
地下まで飾る必要は無いと言う事か……。

 (陰気な所やな)

廊下の左側には、4身程度の間隔で、戸が並んでいる。
恐らくは自分が入れられていた部屋と同じ様な、個室だろうとガーディアンは思った。
そうならば、何の為に狭い個室が複数用意されているのか……。
暫く歩いて左折すると、今度は右側に扉が見えた。
その前を通り掛かった時、丁度1人のシスターが中から出て来る。
同時に、複数の男女の笑い声や呻き声が漏れた。
彼女は慌てて扉を閉めると、同僚とガーディアンに一礼をして、足早に去って行った。
ガーディアンは率直な疑問を口にする。

 「何ですか、この部屋は?」

 「ここは要人をお迎えする、特別な部屋です」

 「要人?」

先程聞こえた声は、色に乱れた男女の物だった。
ガーディアンも男なので、女の嬌声が特に印象強く耳に残った。
ナイトクラブや乱交と言う単語を、彼は思い浮かべる。

 (この事、アドマイアーは知っとるんかいな?
  到底許しそうには思えんで……)

眉を顰めるガーディアンに、シスターは囁く。

 「他言は無用に願います」

 「あぁ、応、こんな事、余所では言えんわな」

2人が少し歩くと、地上階に上がる階段に着いた。
0132創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 19:10:12.51ID:zLDh5Tbu
嫌に長い階段を上り切った後、シスターは浮かない顔のガーディアンに、エルダーの白いローブを、
手渡しながら言った。

 「貴方も協和会に更なる功労と献身があれば、『要人』に仲間入り出来ますよ。
  その時には……」

彼女は受け渡しの際、自然にガーディアンの手を取って、意味深に微笑む。
ガーディアンは愛想笑いして、何も答えなかった。
今の彼には金も権力も無い。
そんな彼に出来る事と言ったら……。
翌日、ガーディアンは再びアドマイアーを捉まえて、協和会の本性を伝えようとした。

 「総帥、お話があります」

 「どうした?」

エルダーの白いローブを着て現れたガーディアンにも、アドマイアーは驚きを見せない。
当然の事の様に構えている。
ガーディアンは明から様に声を潜めて、如何にも深刻そうに告げる。

 「『本殿』の地下の事ですが――」

 「あぁ、その事か……」

予想外のアドマイアーの反応に、彼は驚愕した。

 「ご、御存知で?」

アドマイアーは本の僅かな動揺も見せず、静かに頷く。

 「良いんですか、あんな事を許して!」

ガーディアンは別に正義感から諫言したのではない。
密告すれば見返りがあると思ったのだ。

 「欲に溺れる者は、溺れさせておけば良い。
  所詮その程度の連中だ。
  『必要な物』を提供し、役に立ってくれさえすれば」

その冷徹な判断に、ガーディアンは悪寒を感じた。
嘗ての自分や自己防衛論者達も、同じ立場だったのだ。
0133創る名無しに見る名無し
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2017/10/21(土) 19:18:06.83ID:zLDh5Tbu
それでも彼は訴え続けた。

 「この事が明るみに出れば、協和会は潰れます!」

自分の寄生している組織が潰れる事を、彼は望んでいなかったが、大きな闇を隠している組織に、
所属し続ける事に危機感を覚えてもいた。

 「解っている。
  何時までも隠し通せる物では無いだろうな。
  まあ……、その時は、その時だ」

アドマイアーには考えがある様だが、ガーディアンには一向に伝わらない。

 (本真に解っとんのか、こいつ!)

彼は内心で毒吐き、尚も忠告する。

 「協和会とは手を切りましょう。
  出来るだけ早い方が良いです」

彼は機を見るに敏だった。
協和会と関係を持ち続けると危険だと、本能的に察していた。
アドマイアーは苦笑する。

 「君は協和会の一員では無かったかな?
  立派なローブまで着込んで」

 「そんな事、言ってる場合じゃないでしょう!」

 「だから君は大成出来ないのではないかね?
  私は協和会の者ではないし、辞めるも何も君の自由だ。
  離れたければ、そうすれば良い」

ガーディアンは全く想定外の方向からアドマイアーに侮辱され、唖然として言葉を失った。
転がる石に苔は生えないと、アドマイアーは指摘したのだ。
その時々に優勢な方に靡き、転々(ころころ)と立場や主義を変えて、一貫した信念を持たない。
問題が起きても自分と切り離してしまえば良いから、反省も改善もしない。
そんなガーディアンを彼は憐れに思っていた。
0134名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
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2017/10/22(日) 19:14:31.14ID:nj+EhUXH
時は少し遡り、地下の特別室。
暗黒の中で複数の男女が乱れ、欲望に塗れた人の目と、無機質な貴金属だけが爛と輝く。
誰も人目を憚らず、喧騒も、汚臭も気にしない。
無心に快楽を貪るばかりで、自分の事さえ見えていない。

 「あの男、ガーディアンと言うたかの……。
  ここには誘わぬのか?」

淫らな享楽に耽る男女を見下しながら、吸血鬼フェレトリは小悪魔サタナルキクリティアに尋ねた。
サタナルキクリティアは鼻で笑って、彼女の無知を嘲る。

 「未だ未だ、人間の理解が足りないね、フェレトリ。
  ここは『特別』なんだ。
  選ばれし者のみが入場を許される楽園。
  そこに下賎の者が混ざったら台無しなんだよ。
  多少の功績で飴を呉れてやる必要は無い。
  『皆』、そう考えているさ」

 「斯様な堕落した場所が、選ばれし者の楽園とは嘆かわしい」

 「キヒヒッ、下俗の『有頂天<スカイスクレイパー>』さ。
  地下の暗がりが天上とは皮肉が利いてるだろう?
  どうだ、お前も一寸ばかり遊んでやったら?
  地上では絶対に味わえない悪魔的な快楽を、凡俗な人間共に教えてやれよ」

サタナルキクリティアは意地悪く笑って、フェレトリに狂宴への参加を促した。
しかし、フェレトリは応じない。

 「我とて好みと言う物がある。
  堕落した豚の血を啜る趣味は無い。
  否、未だ豚の方が増しかも知れぬ。
  其方(そち)が教授してやれば良かろう」

 「私のは激し過ぎるから。
  ここに居るのは皆、大事な金蔓で、死んじゃっても良い奴は居ないみたいだし……」

如何にも残念そうにサタナルキクリティアは零した。
それは本心からの言葉であろう。
彼女の目は爛々と輝いており、赦しさえあれば、人間が壊れる程の暴力的な快感で、
ここに居る全員を蹂躙してやりたいと思っているのだ。
金と権力で何でも出来ると自惚れている増長を粉々に破壊し、人間として最低限の、
尊厳さえも奪ってやりたいと。
余程我慢しているのか、彼女の角と牙は徐々に伸び、口元は裂け掛かっている。

 「ヒッヒッヒッ……。
  これ以上ここに居ると、我慢出来なくなりそうだ。
  失礼するよ」

サタナルキクリティアは不気味な笑みを浮かべて退室した。
0135名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
垢版 |
2017/10/22(日) 19:17:04.04ID:nj+EhUXH
彼女は暴力的な衝動が強い。
自分で制御出来るので未だ良いが、どこまで抑えが効くかは不明だ。
フェレトリは溜め息を吐いて、マトラの元に移動し、話し掛けた。

 「具合は如何かな、マトラ公(きみ)」

 「ここでは『マザー』と呼べ、『シスター・フェリ』。
  事は順調だよ」

マトラも狂宴には混ざらず、遠巻きに痴態を眺めているのみ。

 「全く御し易くて助かる」

社会的地位が高いとされる「上流階級」の乱れ振りを、彼女は嘲笑した。
盟約の「血酒」は徒(ただ)の葡萄酒ではない。
少量ではあるが、ゲヴェールトの血を混ぜてある。
血の魔法使いである彼は、自らの血液を取り込んだ者を操れる。
効果は量に比例するが、言う事を聞かせるだけなら1滴でも十分。
これを利用してマトラは人の本性を暴き、堕落させる。
諜略四計、権力、財物、名誉、愛色。
人は権力で動く。
権力に逆らう事は、苦難の道であるが故に。
権力で動かない者は財物に弱い。
強権を以って下される命令は己の利益にならないが、財物は違う。
財物でも動かない者は名誉に弱い。
即物的な交渉を蔑む心の本質は虚栄であり、名誉に傾き易い。
名誉でも動かない者は愛色に弱い。
名声は空虚な他者の評判に過ぎないが、愛色は完全に個人の物だ。
如何に偉大な人間でも、四計に掛かって堕落しない者は居ない。
0136名無しさん@そうだ選挙に行こう! Go to vote!
垢版 |
2017/10/22(日) 19:18:27.03ID:nj+EhUXH
低俗な凡人の様に権力や金には靡かず、「上流階級」と呼ばれるに相応しい人間であろう、
偉大であろうとする心その物が、卑俗な「欲」の結実なのだ。
その正体は群れの長の地位を争い、雌を囲う動物と何等変わり無い。
我欲塗れの自己愛を大義名分で覆い隠しているだけに過ぎない。
自分は他者とは違う崇高な人間だと思いたい、尊敬されたい、褒め称えられたい、愛されたい。
マトラは金品と引き換えに、組織内での特別な地位を与え、見目の好い女を付ける事によって、
そうした望みを叶えてやっている。
唯一それに反応しないのは、アドマイアー。
彼には理性を破壊する血酒の効果が薄い。
魔法資質は平凡なので、特殊な力や性質があるのだと思われる。

 「後は、あの頑迷な老い耄れを何とか堕落させられない物か……」

悩まし気なマトラの呟きを聞いて、フェレトリが提案する。

 「聖君擬きの『偶像<アイドル>』を呉れてやっては?
  自らが信奉する神聖なる存在を冒し、支配する以上の『快感』はあるまい」

 「上手く行けば良いがな……。
  予知して貰うとしようか」

悪魔の邪悪さには限りが無い。
悪を悪とも思わず、人の心を平然と踏み躙る。
0137創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/23(月) 19:11:58.26ID:TswtOkxw
マトラが退室しようとした所、1人のシスターが小走りで駆け寄った。

 「マザー、この子達が……」

彼女の後には、若いシスターが2人並んでいる。

 「分かった。
  こっちに来なさい」

マトラは若い2人のシスターを預かると、地下の別室に案内する。

 「『出来て』しまったのね?」

彼女は打って変わって優しい声で、2人のシスターに問い掛けた。
2人は俯いて無言で頷く。

 「大丈夫、ここで『処理』するから。
  痛みは無いし、勿論、体に悪い影響が残らない様にする」

そう言うとマトラは1人のシスターを衝立の向こうに誘い、もう1人は待機させた。
だが、彼女は人間の体の仕組みに、然して詳しい訳では無い。
内臓の位置や、大凡の機能は把握していても、その生理に就いて十分な知識は持っていない。
取り敢えず、外面に問題が無い様にする事しか出来ないが、そんな事は微塵も気にしない。

 「ここで横になって、呼吸を落ち着けて、楽にして」

彼女はシスターをベッドに寝かせると、額を軽く撫で、奇怪な魔法で眠りに落とす。
そして下腹部を撫でると、魔力の手を子宮に沈め、臍の緒を切って胎児を掴み上げた。
手の平に収まる程度の大きさしか無い子を見詰め、マトラは満足気に微笑む。
それから魔力で作った幾重もの黒い膜で胎児を包み、自らの体内に収めた。
0138創る名無しに見る名無し
垢版 |
2017/10/23(月) 19:13:41.87ID:TswtOkxw
シスターは目覚めと同時に、体の怠さを感じる。
マトラは彼女に優しく言う。

 「無事に終わったわ。
  暫くは血が出ると思うけど、心配しないで。
  出血が止まったら、又宜しくね」

そう言ってマトラはシスターに金封を差し出した。
詫び金とも、口止め料とも取れるが、マトラとしては謝礼金の積もりだ。
元手は協和会への寄付の一部である。
協和会に多額の寄付をすると、地下の特別室に案内される。
そこで寄付金額の大きかった者から、好きなシスターを選べる。
お相手をしたシスターには寄付金の5%が与えられる。
後日、妊娠が発覚すれば、更に5%を追加。
丸で人身売買組織……否、その物であろう。
協和会のシスターは心清らかな者ばかりではない。
寄付金を目当てに集まっている者も少なからず存在する。
貧しい者に権威と金品で言う事を聞かせ、それを利用して富める者の名誉欲と愛欲を満たし、
更に金品を集める。
協和会は主義主張の清潔さに反して、実態は堕落の象徴の様な所なのだ。
何も彼もが腐っている。
腐敗の塔は何れ瓦解する。
崩壊の時は近い。
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