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【TRPG】バンパイアを殲滅せよ【現代ファンタジー】 [無断転載禁止]©2ch.net
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0001 ◆GM.MgBPyvE
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2017/02/25(土) 11:07:15.65ID:3tEC9RJr
東京都副都心――新宿

立ち聳える無数のオフィスビルと網の目の移動路線、絶えず行き交う人の群れ。
夜はまったく違う顔を持つこの街の何処かで……あなたは耳にしたことがあるだろうか。
『吸血鬼(バンパイア)は実在する』という噂を。

ある日あなたは目撃してしまう。
眠らぬ街の片隅で、黒い影が倒れた少女に覆いかぶさるのを。鋭く尖る乱杭歯と、光る眼を。
名も知らぬ少女の喉元にくっきりと残された、二つの小さな噛み痕を。
あなたは確信した。そして決意した。この街のどこかに潜むバンパイアという化け物を駆除しなければと。
その手に握る銀の弾頭。
それを彼等の胸に打ち込めるのは――あなただけなのだから。

ジャンル:バイオレンスファンタジー
コンセプト: 現代の日本を舞台にしたリレー小説型シューティングゲーム
ストーリー: 特になし 導入や設定、ネタフリがあれば自然と組み上がるはず
最低参加人数:1名(多くても3名までとします)
GM:あり
決定リール:あり ※詳細は後述
○日ルール:7日
版権・越境:不可(ドラキュラ伯爵でも不可)
敵役参加:なし ただし途中で吸血鬼化した場合はその限りではない
避難所の有無:なし 連絡等は【 】でくくること
注意1:バンパイアは強敵です。普通に撃ってもそう易々と当たってはくれません。要は「工夫を凝らして」
注意2:目的のために手段を選んで下さい。警察もいます。捕まっても良ければご自由に。
注意3:すべての年齢層が見ています。残虐的行動はやむを得ないにしても、それを生々しく「表現」してはいけません。
注意4:あくまでゲームです。周囲の人に当たるべからず。会議中の閲覧禁止。通行人を殴るのは以ての外。

このゲームはフィクションです。実在の人物、団体等とは一切関係ありません
0188如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/05(日) 05:56:27.49ID:kU1IOopC
ピクリと肩を揺らして麗子さんが立ち止まる。

「……そうよ。局長は同窓の大先輩よ。それが……どうしたの?」
「つまりですね? 『油断ならねぇ』ってことですよ」
「防大出だから?」
「あの人、大学出てからもあっちこっち行ってるっしょ? トラップにコマンド、色々配置しててもおかしくねぇって」

俺は羽織ってたジャケットを脱いだ。これ、動くたんびにガサガサ言ってうるせぇからよ。
……銀の弾は装填済み。グリップの感触も良し。グリップは木製に限るねぇ。
姫が、耳をピンと立ててこっちの様子を窺ってる。解るんだな、俺のガチなヤル気って奴をよ。
……って麗子さんまでこっち見てやんの。何処みてんの? このシャツの……プリントが気になんの? 
ま、分からなくもねぇ。
なんたって書道の達人に頼みこんで描いてもらった柄(がら)だ、そんじょそこらの店じゃ扱ってねぇ一ぜ。
良く言われるぜ、すげぇなそれ、字? 絵? ってな。
疾走する馬を連想して筆走らせた馬って字、らしいんだがな。あんまり達筆で絵にも見えるってな。
横にちょこちょこっと引っ掻いたサインもあるんだが……読める奴はいねぇな。

「……そう……いち……ろぅ」

俺は思わず麗子さんの顔を見た。
確かに言った。「宗一郎」って。
うそだろ? 読めんのこれ? 麗子さん……って……もしかして……もしかすると……そう、なのか?

俺は両手のリボルバーをグルグルッと回して、ピタリと標準を合わせた。
銃口が自分に向けられてるって気付いたんだろう、麗子さんが木をバックにして身構える。

「ちょっと! ふざけないで!」
「ふざけてるつもり、ないっすよ?」

親指を上げて撃鉄(ハンマー)を起こす。
俺の銃、シングルアクションだからよ、いちいちこうしねぇとタマ出ねぇのよ。
不便?
……かもな。そういや司令にも言われたっけな。

10年前、いや11年前になるか。中学出てすぐの時だ。
俺、ほんとは騎手になりたかったのよ、どうせなら中央競馬のっ……つって内地の土を踏んだわけ。
ま、その話は長くなるから置いとくか。
フェリーに月姫乗せて青森着いて、早々に「新幹線にウマは駄目」なんて頭ごなしに怒られて喧嘩した話とか、
JRA競馬学校に通い出して1年で180越えちまって、「不適正」の烙印押された事だとか、
借りてたアパートが火事で全焼して文無しになった話だとか、そんな話はな。
 着の身着のまま、月姫連れて夜道徘徊してたら、「たまたま」ヴァンプに出くわして、
「たまたま」持ち合わせてたマグナムぶっ放したら道路標識に当たって壊しちまって、
通報され連行される途中、これまた「たまたま」通りかかったオジサン(当時の柏木司令)に、
「うちのハンターがご迷惑を」なんつって助けられた話もな。
ハンター協会って組織があることは前から聞いてたが、まさか俺がその構成員になる日が来るなんてなあ……
 思い出すぜ、初めて協会のエントランスを通った時。
「はじめまして、麻生結弦です」
って右手出したのは、いかにも良家の坊っちゃん風の兄ちゃんだったんだが、見た目で人判断するもんじゃねぇな。
ちょい強く握り返してやったらそいつ、逆にすげぇ力でこの手を握りつぶしやがった。(ベキイッ!! ってな)
聞けば売り出し中のピアニストだって話じゃねぇか。
ピアノっつーのは随分握力鍛えられる楽器だなーって変に感動したっけ。
 それからの生活、キツかったのなんのって。
昼は協会に出向いてはもっぱら掃除。トイレから天井からエレベータの裏側まで。
(東京くんだりまで来て、なんで俺スイーパー(掃除屋)のエキスパートになってんの?)
陽が落ちりゃあ結弦ん家の地下室で射的の訓練。
標的はなんと本物のヴァンプ! (何度撃っても死なねぇ!)
日付変わって家帰っても、即呼び出し。『新宿○○地点にて殲滅対象発見、○○○のサポートに付け』ってな具合に。
……俺、3時間以上寝たこと無かったなあ……
0190如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/06(月) 06:16:05.39ID:75rrQ5No
『カイトくん。うちの支給品、どうだい?』
つって柏木司令が真っ黒いSIG P226寄越したの、半年前だったなぁ。
正式に「ハンター」の免状もらいに事務所に行った、あの日だ。
俺は差し出された銃よりも、司令がそこに居たことに何よりも驚いた。思わず受付台に飛びついちまったくらいだ
「司令! 身体の方はイイんすか!?」
ってな。
あ?
何でそんな驚くって?

実は司令な、俺が会員になって1年もたたねぇうちに再起不能になっちまったのさ。
単身、奴らの「アジト」に乗り込んだんだせいでな。(アジト? ネグラ? まあどっちでもいっか)
新宿駅から西にちょっと行ったトコにあんだろ? 都庁の前に堂々、あの、壁も窓もムラサキ色に塗ったくったデッけぇビルが。
門のトコに「アルファベータ人材派遣」なんてあるが、あれこそがVPの本部、ヴァンプの総本部。
解ってんならさっさと手ぇ入れろって思うだろ?
俺も何でそうしねぇのかって抗議したんだが、司令、
「モノには順序というものがあってね」
って中々動いてくれねぇわけ。表じゃ真っ当な会社らしくてな。派遣員が全員ヴァンプだって事を除きゃあな。
まさか司令本人が単身で動くつもりだったなんてね。
「客のフリしてちょっと探って来るよ」
って言ったきり、帰ってこねぇ司令を俺たちは心配したね。最悪の事態も想定した。
だが数日後、ちゃんと帰ってきた。
見るからに無事じゃなかったがな。一応手足はくっついてるってテイでな。一体どうやってここまで来たのか……
事務所の前でバッタリ倒れたっきり、担架で運ばれる司令を、俺は成す術もなく見送った。
あれから10年。10年だぜ? てっきり植物状態か何かだとばっかり思ってたわけだ。

「カイトくん、これ使うの? 使わないの?」

そう言われて初めて俺、SIGに眼が行った。
うーわこれ、マガジンがダブルで16発も出るやつじゃん。うっかりトイレに落としてもも気にしねぇで使える優れもん。
米軍のトライアルで、ちょい高価ぇのと、手動のセイフティーがねぇってそれだけの理由でベレッタ92に負けた、
言ってみりゃ「実力はこっちが上」的な銃。
いやいや、つっ返したよ。こんなんハイカラすぎて俺には似合わねぇって。自分の銃が一番だって。
負け惜しみ?
違うね。

俺は腰に下げてたパイソンを2丁、司令の机に置いて見せた。
『その銃、君には重すぎないか?』って誰かさんに言われつつも、ずっと使い続けた大事な相棒だ。
「良く手入れされてるね」
司令がパイソン見てひとつため息。
ったりめーだよ司令。毎朝裏も表も丁寧に磨いてっからね! もちろん、姫をゴシゴシした後にね!
「青みを帯びた美しい仕上げ……コルトの初期生産品だね? 君がこの骨董品にこだわる訳かい?」
「見た眼だけじゃねぇっすよ」
「この銃は組み立ての調整が難しい。初期のものは熟練の職人がひとつひとつ、丁寧に仕上げた銃だと聞くね」
言いながら司令がパイソンに手を伸ばす。
ゆっくりとグリップを握る、その動作に内心焦ったが――思い直した。司令が妙な気を起こす訳がねぇ。
「だがこの銃……君には重たすぎる」
ハッとして俺は司令の眼を見返した。
俺がいつも世話になってる「あの人」の言葉、そのものだった。だが平静を装った。
銃口が二つとも俺の眉間を狙った時も、司令の指が撃鉄を起こす「ガチン!」って音がした時もな。
逃げる必要なんかねぇ。殺気ってもんが全然ねぇもんよ。
俺の眼を見る司令の眼、その眼が一瞬だけ金色に光った事を……覚えてるぜ。
だがこの時は、昇って来た朝日か何かが反射したんだと思ったのさ。
部屋には俺と司令だけ。
壁の時計がカチカチ鳴る音。実はそんな長げぇ時間(ま)じゃなかった筈だ。
「君には負けたよ、カイトくん?」
俺にパイソンを渡した時に触れた司令の手、妙に冷てぇ気がしたんだ。

この時俺は気付くべきだったんだ。すでに司令が人間じゃなくなってるって事に。
奴らのアジトに踏み込んだあの時、伯爵の手で奴らの仲間になっちまってたって事に。
……俺はつくづく大マヌケだ。
0191如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/07(火) 06:31:19.16ID:YEts5g0w
『局長。今夜の事、仕組んだのはすべて貴方ですね?』

それが舞台袖から聴こえて来た結弦の言葉だった。
俺は舞台下あたりにしゃがみ込んで、クロイツ達と一緒に様子窺ってたんだが、さすがに焦ったね。
なんと結弦が司令に銃向けてやがるんだ。
結弦はあれでいて目標には容赦がねぇ。
外すとこも見たことねぇ。
その結弦の指が――トリガーにかかるかかからないか、その時だ。司令が動いたのは。

結弦を押さえこんだ時の司令の顔、忘れもしねぇ……「あの人」の顔だった。
毎晩、俺と結弦の訓練に付き合ってくれた、地下室の「標的」、モノホンのヴァンパイア。
この時すべてが繋がったのさ。
あの時司令の眼が光ったわけも、手が冷たかったのも。


「ちょっと……教えて欲しいんですけどね? 麗子さん?」
銃口をきっちり向けたまま、麗子さんの顔を見る。
「……なに……かしら」
観念したんだろう、そろそろっと両手を肩の高さにあげる麗子さん。
「ヴァンプになっちまった司令は、何故か俺達のもとに戻ってきた。当然医療班は司令が人間じゃねぇって気付いた筈だ」
麗子さんは俺の眼を睨んだまま。
「この辺の事情、知ってます?」
「知らないわ」
きっぱり毅然の即答。……だがウソじゃねぇとは限らねぇ。女ってのは悪気なく嘘つく事あるからな。
突風が落ち葉を数枚吹き散らす。
ただの落ち葉っつっても、俺の掌よりデカい「ホウ」の葉っぱだ。
俺の視界が一瞬だけ遮られる。
その隙を狙ったんだろう、麗子さんが動いた。いや、動こうとした。
だが――俺の動体視力、ナメてもらっちゃ困る。
火薬の炸裂音が高い木立の間を木霊する。
穴のあいた幹からパラパラ木端が落ちて来て、麗子さんの頭のてっぺんに降り積もる。
ウィリアム・テルよろしく彼女の頭上を狙った一発だ。
「済みませんね、自慢の髪の毛汚しちまって」
撃鉄を起こしシリンダーを回す。その音にピクリを肩を震わせる麗子さん。
「じゃあ気付いたって事にして話進めますけど、どうして医療班はその場で司令を始末しなかったんですかね?」
「しなかったんじゃない。出来なかったんじゃないかしら」
銃向けられてるってのに、泣きもしねぇ、声も震えてねぇ、流石っつーか。
「へぇ。その根拠は?」
「医療班は戦闘員じゃない。局長の反撃に太刀打ち出来るとは思えないわ」
「だとしたら、その医療班の人間はどうなったんですかね?」
「当然、殺されたか、ヴァンプ化したか、のどちらかでしょうね」
「でも俺達ハンターに何の沙汰も無かったスですけど?」
「だからその辺の事情は知らないって言ってるでしょ!? きゃ!?」
語尾の悲鳴は俺が何かしらしたせいじゃねぇ。彼女の足元を2匹のネズミがうろチョロしたせいだ。
見開かれた眼、麗子さんの頬を滑る、一筋の汗。……銃よりネズミのが怖いってか。

「ほんとのほんとに司令がヴァンプだってこと、知らなかった?」
「ええ」
「あの地下室に居たヴァンプの正体が司令だったってことも?」
「そうよ」
0192如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/08(水) 06:03:45.30ID:2QNsDDgo
「フカシこいてんじゃねぇぞこのアマ!」
グリップを強く握り直す。馬革のグローブが引き絞られ、ギュウッと言う音を立てる。
この音、尋問には効果的だろ?
流石の麗子さんも眼ぇつむるほどにな。安心しな、まだ撃たねぇから。
「てめぇの正体は解ってんだよ、日比谷麗子。司令と同じ大学出で、司令の尻追っかけてうちらんトコに出向して、秘書までしてた」
「それは――」
「デキてたんだろ? 司令と。そんな女が司令の変化に気付かねぇ訳がねぇ。人のままで居られるハズもねぇ」
「ちがうわ!」
「じゃあ何でこの字が読めんだよ! この『宗一郎』ってサインが! 司令はよっぽどの相手にしか教えねぇハズだ!」

俺は撃った。
彼女の眉間狙って2発。

これでもヴァンプの特性は熟知してるつもりだ。
奴らは攻撃されたら必ず反撃する。そういう風に出来てやがる。
日比谷麗子がもし奴らの仲間――ヴァンプになってたとしたら……はっきり言ってお手上げだ。打つ手がねぇ。
だってそうだろ?
彼女は出向組っつったって、協会のピラミッドじゃあ「将校」なんだぜ?
司令も一応は上層部の人間だが、階級は現場担当の「曹長(上等兵曹」だ、将校じゃねぇ。
俺は司令なんて呼んでるが、ほんとの役職は「事務局長」だしな。
協会にはな、その司令をアゴで使える本当の司令塔が居るわけよ。
俺達は「元帥」って呼んでる。
俺はハンター職の正社員だが、階級は伍長。元帥の顔なんかまともに拝んだこともねぇがな?

つまりだ。
ヴァンプ化した司令を拘束し、ハンター育成に役立てるよう指示した人間が居る。
だが相手はあの司令だ。
柔道5段、空手5段、合気道も何段なんだか、ついでに書道は師範代。人間で彼に敵う奴いる?
そこまで考えたとき俺、ぞっとしたのさ。
元帥も、その取り巻きも、医療班もその他の会員も全部……ヴァンプなんじゃねぇかってな。
だから俺は事務所を出た。姫を連れて結弦と合流するためにだ。
そこにノコノコ付いてきた麗子さん。さあて、どうする? ――司令?
案の定、発射音の後に続く筈の着弾音は無し。

「いまのは少々……強引だったね、カイトくん?」

声の主の、その左手からパラリと落ちる2発の弾。
腹にU字の刻印、確かに今俺が撃った銀弾。

ヘナヘナっとその場に座りこむ麗子さん。その眼は金でも赤でもねぇ。まとも狙いつけられて撃たれたのにな。
いんや、想定どおりさ。俺は始めっから麗子さんのことなんか疑ってねぇ。
もし麗子さんがヴァンプなら、姫で疾走中に後ろからガブッとやりゃあ済む話だからよ。
(いやいや、司令の正体を知らないってのはさすがに嘘だろよ。司令、このサインの事は恋人にしか明かさねぇって言ってたし)


俺と麗子さんとの距離、約5メートル。その丁度の狭間に司令が立っていた。
0193如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/08(水) 06:18:29.47ID:2QNsDDgo
「何故気付いたのかね? この私がそばに居ると」
「見くびらないで下さいよ、俺、山育ちっすよ?」
トントンっと靴で地面を叩いてみせる。
「地の振動――『音』を察知、識別した――か。流石だね」

よく見ると司令の右腕がねぇ。肩からすっぱり。黒っぽい切り口からは……血は一滴も出ていねぇ。
ヴァンプは自分で自分の身体を傷つけるこたぁ出来ねぇ。自殺もな。ってことは――

「なに? 仲間割れでもした? それともなんか、やらかした?」
0194如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 01:00:28.94ID:bb7ic+ry
「後者、かな。伯爵の眼鏡に適った女性を襲った罰さ」

答えなんか期待しねぇで気軽に聞いた俺だが、司令があんまりサラッと答えたんでビビッたぜ。
ウソかほんとか解んねぇけど。
って……ちょ……司令、こっちまだ銃構えてるっつーのに、麗子さんに手ぇ差しだしたりしやがって。
麗子さんは麗子さんで司令をボウッと見上げてたまま。見ろよ、あの眼。うっとりしちゃってやんの。やっぱデキてんじゃねぇか。
まるで俺が悪党で、司令の方がヒロイン助けた正義のヒーローみてぇ。ああアホくさ。

「司令、そろそろ腹割りません?」
「カイト……くん?」
「きゃっ……!」

俺がその場にドカッと座り込んだもんだから、流石に驚いたんだろう。
立ちあがりかけてた麗子さんの手をパッと離したんもんで、彼女はドサッと尻もちだ。ははぁ! ざまぁ見やがれ!
銃のセイフティーをONにしてから、芝生の上にそっと置く。エラそうに腕組みなんかもしてみる。
知ってるぜ、司令は戦意(ヤル気)のねぇ相手を襲ったりしねぇ。絶対にな。

「司令、なに隠してんスか? ほんとは司令、俺達の敵じゃないんでしょ?」
「……」

口から出まかせじゃねぇぜ。麗子さんに手ぇ差し出した司令、ありゃヴァンプの顔じゃなかったからな。
そんな司令、困った顔はしたが否定はしねぇ。……仕方のねぇ人だぜ。

「事情によっちゃあ手ぇ貸しますよ」
「……」
「黙ってたって何にも始まりませんって。俺、そんなに信用ないですか?」
「……」
「頼りないですか?」

時々キラッ! キラッ! と地面を照らす木漏れ日に眼を向けてた司令が、諦めたように天を仰いだ。

「……君はまだ若い」
「そりゃあ俺、青二才っすよ。ヒヨッコで下っ端でチャラッチャラのゴロツキっすよ」
「……そこまでは言ってないし、そういう意味で言ったんでもないよ」
「じゃあどういう意味すか?」
「君は未来ある青年だという事さ」
「はあーーーー……何スかそれ。俺、『ハンター』ですよ?」
「だからこそさ。伯爵はハンターを捉え、『仲間』にせよと仰せだ。『幹部』として据えるおつもりなのだ」

そういう事かよ、だから結弦を連れてったんかよ。そうだ! 結弦は……

「……『なっちまった』んですか?」
「……ん?」
「結弦はヴァンプになっちまったんですか!?」
「解らない、と言うのが今時点の答えだ。未だに目覚めないのさ」

マジかよ……それって少なくともサーヴァントって奴になってね?

「来たまえ。麻生君に会わせてやろう」
「え?」
0195魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 01:04:48.28ID:bb7ic+ry
あ? 俺のターンがやたら長ぇって? 俺にそう言われてもなあ……
0196如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/09(木) 01:06:13.76ID:bb7ic+ry
徐に司令が背を向ける。
何だか良くわからねぇが、屋敷に案内してくれるらしい。
断れる手はねぇからな、急いでコルトを拾ったぜ。光の加減でブルーに光る、ロイヤルブルーフィニッシュ仕上げの相棒をよ。
ったくよぉ……。重すぎる? 骨董品? 支給品使え?
バカにすんな。コレクターに見せたら天井知らずの値がつくヴィンテージ。しかも俺の……爺様の形見だ。手放してたまるもんかよ。
姫と一緒でこいつらは……大事な俺の戦友だぜ。
俺はさっき脱いだジャケットを腰に巻いた。ホルスターが上手く隠れるようにだ。屋敷連中に見られんのも面倒だからな。

「断っておくが」

司令が背ぇ向けたまま、鋭い流し眼をこっちに向けた。……その迫力に思わず一歩後ずさる。
「麗子くんは私の秘書だ。君が思っているような関係では無い」
そういや司令、さっきの話、聞いてたんだった。
「へぇ……そうなんすか?」
「私は時たま、麗子くんの所属する書道サークルに出入りしていた。そのサインが読めても何ら不思議ではない」

しょ……書道サークル? なんじゃそりゃ! え? じゃあ……完全の俺の読み違い? 
麗子さんと司令は何でもなくて、ほんとに麗子さんは……な〜んも知らねってか?
あらら麗子さん。……がっくり肩落としたりして……大丈夫か?

「でも俺、納得いかないんすよ、ヴァンプになった司令を手なずけられるのはヴァンプしか居ねぇんじゃねぇかって」
「まさか君は……協会の上層部が吸血鬼化しているとでも思っているのかね?」
「え……違うんすか?」
「違うさ。もしそうなら君は……いや日本中すべての人間が絶望の淵に立たされた事になる」

司令が「安心したまえ」と云いながらフフフと笑う。
ヒューンと空が鳴り、茂る木立からザザーーっと葉が落ちる。
降り注ぐ木の葉。黄色に赤、薄い緑。すげぇ……目も覚めるくれぇ綺麗だぜ。
地面にチラついてた木漏れ日が……すでに木漏れ日じゃねぇ。陽のあたる面積のが広ぇ。
燦々と輝く太陽に照らし出された落ち葉のクッションに見惚れてた俺、またまた新たな疑問が湧く。
「じゃあ司令は……望んであの地下に居たってことすか?」
「ああ」
「自分から進んで……俺達の的に?」
「そうだ」
……うっそだろ。毎日実弾当てられて、腕とか足吹き飛ばされる。それが解ってて……?

「司令って……ドMなんすか?」

……あれ? どしたの司令。クヌギの木の前で土下座なんかしちゃって。

「カイトくん、実はさっきも……似たような事を言われてね」
「……へ?」
「この私が……ホモ。つまり同性愛者だと言うのだよ」
「……はあ」
「武道の道を極めようと精進し、この国を守ろうと……日々努力を重ねてきたこの私が……ホモでMだと?
男の中の男を目指し、身を削ってきたこの私に取っては……あまりにひどい言い掛かりではないかね?」
「え……なんか……すいません」

……確かに俺も言われたら嫌だ。だから一応謝った。ホモなんてホザいた奴も頭下げたんだろうか?
チャリンと音がして、見ると司令の身体の下にキラッと光る何かが落ちている。
それは……銀のロザリオ。普通のヴァンプが避けて通る、教会の十字架だ。それを拾い上げる司令の手が震えてる。

「聞いてくれるかい?」
「はい?」
「変わってからというもの、自分自身が解らないのだよ」
「司令?」
0197如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/09(木) 06:15:57.52ID:bb7ic+ry
手元のロザリオを額に当てて……眼ぇ閉じる司令。

「ヴァンパイアとなってから……一度は……誓ったのだよ。未来永劫、血と闇を友とし生きていく事を。だが……」
「だが?」
「幸か不幸か、伯爵の能力をなかば受けついでしまったのだよ。もっとも忌むべきあの太陽が、脅威とはならなかった」
「それが……駄目なんすか?」
「想像してみたまえ! 人としての生活が可能なのだよ? 人間と共に仕事し、喜びや感動を共有する、そんな生活が!
我らは……ヒトを家畜と見なさねばならぬ種族。人に友情など、まして恋など……」

いや俺ヴァンプになったことねぇんで……正直まったく解らねぇっす。
だが麗子さんには良〜く解るらしい。口に手を当てて眼ぇうるうるさせてやがる。……女ってすげぇ。

「……私は……どうすればいい」
「は? どうすれば……って……?」

ゆらりと立ちあがって、一歩、一歩と近寄ってくる司令。
またまた一歩下がった俺の背中に何かがぶち当たった。畜生、でっかい木かよ!

「親しい友人に……劣情を懐くのだよ。雌だけでなく、雄にもな。雌の血は透き通る程に芳しく、雄の血は濃厚かつ猛々しい」

俺との間合いを詰める司令。
眼の色は茶色のままだが……むしろそれが……なまら怖ぇ。
天敵に出くわした小動物の気持ちがわかるぜ。ヤベ。チビりそ。

「時にはわざと生かしたまま、抉り、犯す。男も。女も。その快感と言ったら格別だ。恐ろしい事に――
たとえそれがこの自分自身に向けられたものだとしても一向に構わんのだよ。解るかね? 言いたいことが?」

――わわ……解ってたまるかあああ!!!
司令の左手が伸びてきて、俺の首筋をそっと撫でたんで、変な声が出そうになった。
頭の毛がブワッと逆立つ感覚。
本気だか脅しだか知らねぇけど、勘弁して下さいよ、俺そんな趣味ないんで!

「だから君達の『罵倒』は当たらずとも遠からずなのだよ。私は嗜虐行為そのものを愛し、男女構わず欲情する……呪われた化物だ」

……ごめんなさい! もうマゾとか言いません! 間違っても「このホモ野郎」とか言いませんから!
あああ……口がきけねぇ。指一本も……動かねぇ。

「せめて……せめて同胞を創らぬ。それだけを自身の戒律としてきたよ。伯爵もそれだけは強いたりしない。
後生だ。我らという種を殲滅してくれ。怖いのだ。簡単に外れるこの箍(たが)が。いつかは君を……引き裂いてしまうのか」

ロザリオを握りしめたままの左手が、この首をすり抜ける。ミシリと鳴る音は……俺の背後の木の幹か何かを握りつぶす音だろう。
……司令の息が荒い。
時々金に光るその眼から、流れ落ちる一筋の――血涙。
俺は……息を吐いて……腹の底に溜めた。
深く……何度も、何度も。
かろうじて戻ったのは右手の感覚だけだが……俺にしちゃあ上出来だぜ。

「……わかったよ。そん時ゃあ……俺がこの手で引導渡してやりますよ」

司令の心臓にピタリと当てられた鉄の銃口(マズル)が青く光る。司令が薄く微笑む。

「頼んだよ、カイトくん」

司令は――さっぱりしたような、何だか憑き物でも落ちたみてぇな顔して俺から離れた。
麗子さんが立ちあがる。
姫が傍に寄って来る。
俺は……トントンっと軽く跳躍して、縮みあがったキンタマを元に戻した。
0198佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/10(金) 05:48:59.48ID:ZQ78793U
菅大臣――伯爵が議事堂に出かけてった、そのすぐ後のこと。
お屋敷内はまるで野生のキツネザルでも迷い込んだのかってくらいの大騒ぎになった。
居たでしょ? いきなり大臣にぶつかってきたワンピースの女の子。
その子がね? 部屋の花瓶ひっくり返したり、あたしが抱える柏木さんの血だらけの腕さわったり?
「あの白くて綺麗なオモチャ、触ってみた〜い!」って桜子さんのスタインウェイにペタペタしたり。
こら! そんな手で触っちゃダメって叱っても宥めてもぜんっぜん言う事きかないの。
白いレースのドレスひるがえして、あっちにパタパタこっちにパタパタ。
バルコニーからあわや飛び降りようとしたところをようやく掴まえて。
「何処から来たの?」
「あっち」ってあたしの居る部屋の隣を指差して。「名前は?」って聞いてもブンブン首ふって。
どういうこと? メイドさん達に聞いても、だ〜れも知らないの!
田中さんは「用事が……」なんて言って出ていっちゃって(もちろん、あの地下通路経由でね!)、メイドさん達は持ち場に戻っちゃって、
柏木さんまで「お客様がお見えの様ですので」って飛び出して行っちゃって、もうどうしろって言うのよ。

コンコンってノックの音。
「開いてるわよ!」って呼びかけたら……青い顔した麻生結弦が立っていた。
「二股(ふたまた)くん!?」って思わず叫んじゃったわ。
「ふ……ふたまた?」
いっけな〜い! 心の中で勝手にそう呼んでたのがつい口に出ちゃった!
「ご……御免なさい、麻生……さん? どうぞ入って?」
変な眼であたしを見つめてた麻生が、気を取り直したように敷居を跨ぐ。気の毒に、あたしと違ってリサイタルの時のタキシード着たまま。
……柏木さんにしては、気がきかないじゃない。
男の麻生なら、遠慮なく服替えられるじゃない、男物のパジャマでも何でも、着せてあげればよかったのに。

「お父様(とうさま)!」
女の子が喜んで立ちあがる。あたしはその言葉に面食らった。
「は!? お……とう……さま!!?」
あたしは駆けだそうとした彼女を手を掴む。その手がスルリと振りほどかれる。
「あなた、耳悪い? それとも頭? 『おとうさま』の意味がわからないの?」
――ムカ!! なんなのこの子! この性格の悪さ、まんま桜子さんじゃない!!

抱きつかれた麻生がよろめいて膝を付く。やつれた顔を女の子に向け、その肩をぐっと掴む。
「駄目じゃないか、勝手に出て行ったりしたら」
「だって、色々見て回りたかったのですもの!」
いっぱしの大人みたいに両手で口を覆った彼女の眼に、みるみる涙が盛り上がる。
わああああ! と泣きだした彼女を抱きしめる麻生。
「すみません先生。うちの娘がご迷惑を」

びっくりしちゃった。聞けば彼女、あのリサイタルで産まれた秋子さんの赤ちゃんだって言うのよ。
「実は僕、この3日間の意識はあったんです。眼は開かないし身体も言う事を聞いてくれないけど、音だけは聞こえてたんです」
「で? この子があの子だって解ったのはいつなの?」
「ついさっきここ、修羅場だったでしょ? それで僕にもスイッチ入っちゃったみたいで、見ればベビーベットにこの子が座ってるじゃないですか」
「ちょっと待って。それだけで断定?」
「解ります。声が同じだから。周波数こそ400Hz付近から200Hz付近に下がってますけど、音質で解ります」
……音楽家にそう言われたら……返す言葉がないわね。
「それはそれとして、この子、口が達者すぎない? 見た目は5歳、中身はハタチって感じじゃない」
「それは僕としても……驚いてるところです。とりあえず桜子の小さい時の服があったから着せてみました」

そうなんだ、そしたらお姫様みたいって喜んで嬉しくて駆けまわってたら、あの伯爵にぶつかって――

「まあいいわ。桜子さんの生まれ変わりって事にしときましょ。ヴァンプの血だか何だかのせいで成長が早いんだわ」
……なによ二股君。そのネアンデルタール人の生き残りでも見つけたみたいな眼は。。

「先生って……ほんとに医学を修めた科学者(ドクター)なんですか?」
「……いいじゃない。ドクターにだって、時にはメルヘンが必要よ? それより二人とも、腕出して。採血するから」
「え? なんで?」
「君、自分がサーヴァントになったかどうか心配じゃないの? 娘ちゃんも……こら! 逃げない!」

初っ端からこれ? はあ……
0200佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/11(土) 07:16:44.23ID:8ZwEQlcX
「聴きましたか今の音」

診療台に横たわる麻生が声を出した。
「シッ! しゃべらないで、もうすぐだから」
上半身脱いだ彼の胸や脇腹には数個の吸盤。そう、いま心電図取ってるの。
バイタルの数値もチラリとチェック。
あ、病院来たわけじゃないのよ? ここは桜子さんのお屋敷の一室。
すごいのよ、何しろ診療所が開設出来るくらい機器が揃ってるんだから。いいえ、あたしの診療所よりむしろ多いくらい!
作り付けの棚に血検(血液検査)に使う検査機器がズラリ! 治療薬も、治療器具もすごいの!
ちなみにあのドアなんか……見てよ、あのハザードマーク。
レントゲンはもちろん、CTもMRIも置いてあるの!(X線なんてどうやって許可取ったのかしら?)
クリーンベンチ(危険物品を安全に扱うためのキャビネットのこと)はあるわ、
全自動遺伝子解析の装置はあるわ、電顕(電子顕微鏡)の部屋まであるわ。
(これ、診療所の域を超えてるわよね? 何のための設備? でもいいわ! 自由に使っていいだなんてワクワクしちゃう!)

心電図の波形をチェックしながら……スイッチを切る。PCに数値入力して……画像も揃えて……と……良し!
「いいわよ麻生さん、起きても」
麻生が上半身を起こす。付けてた吸盤がパラっと外れる。娘ちゃんがいそいそと麻生の上着を持ってくる。
「ありがとう秋桜(コスモス)」
麻生ったら、秋子さんと桜子さんの名前を二つとも取って、そんなつけちゃったらしい。
(あらためて……ほんとに「二股」くんよね?)

「って訳で僕、庭の方に行ってきます」
振り向いてみれば――はやっ! もう着替えてる!
「待って。何が『って訳で』なの?」
「え? だって……庭に魁人が居るんですよ?」
「カイトって……あの時のハンターの? ていうか、何でそんなこと解るの?」
「今の銃声聞かなかったんですか? EフラットとDの間の音。間違いなく魁人の持つパイソン357マグナムの発砲音でしょ?」
「みんなが貴方みたいな耳してると思わないでね? ていうか! たとえエイリアンが攻めてきたとしても、外出は認めないわ!」
ビシっ! とPCの画面を指差してみせる。怪訝な顔して眺める麻生。
「あなたのバイタル、はっきり言って異常だわ。体温31℃、心拍15、血圧20−15、呼吸20」
「……ちょっと低め?」
「低めなんてもんじゃないわよ! ほとんど死人よ!」
「……やっぱり……僕はもう人間じゃないんですね」
コスモスちゃんの手を握って、ポスンとベットに腰かける麻生。やっぱりって……それなりの覚悟は出来てたのね。
ほんとはもっと驚くべき数値があったんだけど、あたしは口をつぐんだ。
だって……言ったからって二股くんを元気づける材料になんかなんないだろうし、なんていうか?
医者だからこそ興味をそそられる只のオタク情報っていうか?
バイタルすらまともに読めない彼にそれ言ったからって、ただポカーンと口開けそうだし?

あたしはため息ついてパルスオキシメーター(血中酸素濃度を測定する為の、指先に挟む器具)の測定結果を見た。
その数値は――83%

どういう事かって?
うーん……あたしなりに説明してみるけど……

 あたし達「脊椎動物」は赤い血を持っている。血が赤いのは、赤血球の中のヘモグロビンのせい。
ここまでは小学校で習うかしら。ヘモグロビンは酸素の多い所では酸素とくっついて、少ない所では離すっていう性質があるって。
 酸素とくっついたヘモグロビン(HbO2)は、そうでないヘモグロビン(Hb)と違って、
赤色光(波長660nm付近)をあまり吸収しない。吸収しないからそれが反射して見える。肉眼では赤いわけ。
(HbO2の多い動脈血は赤くて、少ない静脈血が黒っぽいのはそういう訳なの!)
パルスオキシメーターは指先に二つの光(660nmと940nm)をあてて、その吸収具合を見るだけの装置。ただの簡便法。
それで測定した麻生の数値(サーキュレーション)が83パー。
83%(パー)っていう数値はね? 2種の光に対する吸収具合がまったく同じ時に出る数値なの。
(ウトウトしかけたそこの君。作者が無い頭使って気張ってググったんだから、拝聴するフリでもしときなさい?)

とどのつまりどういう事かって?

二股くんのヘモグロビンは、酸素をつかんだり離したりする機能を完全に失ってる……
重度のメトヘモグロビン血症の患者の血とそっくりなのよ。
0201佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/13(月) 06:25:26.62ID:exU0tTn1
コスモスちゃんったら、流石に疲れたのね。そのまま麻生の膝を枕にしてウトウト。
性格はともかく……寝顔は……すっごく可愛いわね。
あはは……麻生もデレッとしちゃって。そうそう、庭になんか行かなくていいから、そうやって背中撫でてなさい?
カイトはちゃんと柏木さんが応対してるもの。ぜんぜん心配要らないわ。

ぐっすり寝ちゃった娘ちゃんをそおっと抱っこする麻生。5歳の女の子の平均体重……18キロくらいだったかしら?
結構重たい筈なのに、軽々と持ち上げて、くるりと向きを変えて、ベットの真ん中にゆっくり寝かせて。
おかしいわねぇ。
あんなバイタルとサーキュレーションで、こんな動きが出来るものかしら?

「フタ……麻生さん。ATPって知ってる?」
「……先生。今『フタマタ』って言おうとしたでしょ」
くるっと振り向いた麻生が目を細めてこっちを睨んだ。あっはは……怒ってるう……!
「ごめん! コスモス……秋と桜って連想したらついまた――ってそんな事どうだっていいじゃない。知ってる? 知らない?」
「どうでも良くなんかないけど………もちろん知ってます。子供でも知ってるんじゃないですか? コンビニにもありますし」
むくれた顔して座りなおした麻生が足を組んで両手をベットの端に置く。
「は? コンビニ?」
「預金をキャッシュで引き出す支払機でしょ?」
「……惜しいわね。それはATM。最後はMじゃなくて、P」
「え……っ」
って急に狼狽しだした麻生。そわそわ手を動かして、今度は「考える人」のポーズ。
「……と……じゃあ……国民総生産?」
「それはGNP! Pしか合ってないじゃない!」
再び沈黙した彼。しばらくウンウン唸って考えて。
「……降参です。教えてください」
「アデノシン三リン酸。思い出した? 高校の生物で習ったでしょ?」
彼は見るからにピンと来ないって顔して、両手で頭を抱えて。
「聞いた事あるようなないような。すみません僕、高校でもピアノとハンター業のことしか頭になくて、理科とかあまり興味無くて」
うーん……そんなものかなあ……ん? ハンター?
「……そうよ貴方、アスリートじゃない!」
「え?」
「ピアノだってそうよ! あんな長い時間運動するお仕事なんだから、ATPがどうやって作られるかくらい知っときゃなきゃ!」
「いやだから、何なんですか? ATPって」

あたしは麻生を見た。陽の光に照らされて……あたしの眼を真剣に見て。
彼……まだ「人間」よね? その眼の光、あの時の秋子さんの眼とは……違う。
「核を持つすべての動物、植物の細胞内に存在するエネルギー分子よ。これが無いと基本、生命維持すら出来ない」
「……へぇ」
「どう? 興味が湧いてきた?」
「それって……いま考えなきゃ駄目なことなんですか?」

ガクッと後ろにつんのめりそうになった。なにこの温度差! ハンターなら――ハンターだからこそなのかも知れないけど!
なにまたチラッと庭の方見たりして! 腰浮かせないの! 
「いーい? 君の血液は酸素を運ぶ能力がないみたいなのよ!」
「……酸素を運べない?」
「驚いた?」
「それとこれと、どういう関係が?」
あー頭痛い。これでよくハンターだとかピアニストだとかやってられるわね。
「君の運動能力は人並み。思考能力もね。でもね。酸素が無ければ大量のATPは生産できないのよ?」
「先生、僕……いわゆるサーヴァントって奴になっちゃったんでしょ?」
「……」
「そういう常識、通用するんですか?」
「『常識』じゃない。『法則』よ」

……またそんな顔しちゃって。そっから説明しなきゃダメ?

「法則、つまり例外のない説ってこと。すべての生物はATP無しでは生きられない! 切り離して考える事なんて出来ないのよ!」
「だから、僕はもう『生き物』じゃないんでしょ? さっきほとんど死人って……」
「訂正するわ。あなたは生き物――人間よ。ヴァンプになった人達も、伯爵もね」
0202佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 06:40:14.29ID:wlGzYSEj
「伯爵が……ヴァンプが……人間?」

フラリと麻生が立ち上がる。ベットが軋み、コスモスちゃんがうーんと唸って寝がえりを打つ。
そんな娘ちゃんには眼もくれず……

「先生、それはphilosophical(哲学的)な考察に基づいた結論でしょうか?」
「いいえ。あくまでbiology(生物学)によって導き出した『仮説』よ」

二股くんったら、いきなり声を上げて笑いだした。
『ちょっと! 娘ちゃんが起きちゃうじゃない!』
って小声でたしなめたけど、彼の笑いは止まらない。腹をかかえて、よろよろと窓辺に歩み寄って。
「先生はやっぱり『先生』だ。酸素とか、ATPがどうとか。僕は普段、そんなこと気にも止めない」
黒いカーテンを引く麻生の左手首は異様なほど白くて、滑らか。あたしが開けた穴なんか何処にも見当たらない。
「ヴァンプは人間なんかじゃない。人殺しの化け物だ。だから僕は――この手で何体も狩ってきた」
「でもねフ……麻生さん、」
「……もう二股でいいです。秋子に桜子……どうせ僕はどっちつかずで優柔不断ですよ」
「じゃああらためて、二股くん」
「……訂正しないんですね……」

彼の手が窓のカギを外す。ぐっと開かれた隙間から吹き込む……ヒンヤリ冷たい秋の風。
じっと外に向けて耳を傾ける二股くん。彼はあくまでハンター。獲物の起源なんて考えもしない。
……本当にそれでいいの?
「君はヴァンプが化け物と言った。ならその最初の化け物――『真祖』は何処から来たの?」
「……さあ。どっかから湧いてでも来たんじゃないですか」
「生き物の死骸か何かが寄り集まった、有機質の集合体?」
「……え……えぇ」
「それこそロマンチストの考え方よね。ヴァンプは魔法で動くゴーレム? それとも悪霊でも取り付いた?」

二股くんは何も言わず、黙ってしまった。
あたしは立ちあがって……部屋の隅に置いた冷蔵庫の扉を開けた。そこからヨイショって掴んだそれは、相変わらずとても重たい。

「あたしはオカルトは信じない。ある日、原始の海で偶発的に発生した――ひとつの細胞(cell)からすべて始まった」
振り向いた麻生の眼が大きく開く。

「……それ……なんですか?」
「腕よ。見ればわかるでしょ?」
「いや解りますけど、誰のです? どうしてそんなものが冷蔵庫に入ってるんですか?」
さすがの二股くんも動転したみたい。一度の二つの質問しちゃうくらい。
「代謝を止めるためよ。いくら柏木さんの腕でも、疲れちゃうと思って」
「柏木って……まさか局長の腕? ……疲れる……って?」
そろそろっと腕に近づいた彼、触ろうとしたその手をビクリと引っ込める。
腕がその手をバッ! と広げたから。すぐにクタッとなったけど。
……そうなのよ。この子ったら、室温に戻すと結構ヤンチャなの。

「わかった?」
「わかったって……何がです?」
「どう見ても……人間の腕でしょ?」
「どう見てもそうは見えないけど、なるほど、局長は元々人間だ。みんな元は人間。そう言いたいんですね?」
「そうよ。問題はどうして普通の人間がこうなったのか」

あたしは腕を冷蔵庫に仕舞いながら彼を見た。眼を閉じて、ため息をついて。そして――云った。
「ヴァンプの起源なんて……どうでもいい」
「え?」
「僕に取っての一番の問題は――自分がもうハンターでもピアニストでも無いという事です」

ガチッと音がした。
金属の擦れる冷たい音。あたしは気付いた。それがセミオートの拳銃の――スライドを引く音だって事に。
麻生の手には真っ黒な拳銃が握り締められていた。
彼の銃――ベレッタ・ナノ。彼の手にすっぽり収まるサイズの小さな銃。
――どうして? あの時柏木さんが奪ったはずの銃が、どうして彼の手に?
0203 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 16:58:37.38ID:wlGzYSEj
×一度の二つの質問しちゃうくらい
○一度に二つの質問しちゃうくらい
0204佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 16:59:42.46ID:wlGzYSEj
「サーヴァントの末路は……ハンターである僕が一番良く知っています。『死ぬ』か、『変わるか』。そうでしょう?」
震える左手がグリップを握りしめる。その銃口が……ゆっくりと彼自身の米神を向く。
「桜子はもう居ない。置いてけぼりを喰らった僕の希望はせめて――『音』をみんなに届ける事だった。……それがこのザマだ」
「……やめて。早まらないで」
出来るだけゆっくりと……彼に近づいてみる。後ずさる彼の背が窓のガラスに触れる。
「止めないでください。局長ほどの人でも……『ああ』なった。そうなる前に……始末をつけますよ。誇りは持っているつもりです」
「待って。いっそヴァンプになったちゃったら? またピアノが弾けるわよ。桜子さんだって――」
「あははは先生! ヴァンプが人を超えるのは当たり前ですよ!」

彼は泣いていた。
大の大人が――男が人前で泣くなんて。

「……違うんです。人が人を超えてこその……『音』じゃないですか」

ぐっと胸がつまる。……わかったわ。……一瞬だけ科学者(ドクター)であることをやめてあげる。

「なに甘えた事言ってんのよ」
「……え?」
「甘ったれるなって言ったのよ」

つかつかと足を踏み出す。

「なに? 彼女が死んだから? もう希望なんてないから死んでやるって?」

スズメか何かが飛び立つ音。庭先で誰かの話し声。きっと柏木さんの声よね。カタはもう……ついた?
柏木さんは完璧な人。あんな若造のハンターにやられる人じゃない。
でも……柏木さん、あなた――麻生に銃を渡した? 眼のつく場所に――枕元にでも置いた?
こうなる事が解ってて……自分の育てたハンター――麻生に銃を?
もしそうならあなた……最低だわ。

「いい? この世の中に、生きたくても生きられない人間が何人居ると思ってんのよ」

麻生が持つ銃にそっと触れる。硬直した手の指を、そっと掴む。

「貴方は死ぬほど苦しぬ末期のガン患者だって言うのなら……話は違ってくるわ。でも……違うでしょ?」

彼の眼にはとまどいの色。
あたしは彼の口元に顔を近づけ――そっと……口づけした。

一度見開かれた彼の眼が閉じる。彼の手から力が抜ける。そっと銃を……奪う。
二股くん、なんてもう呼ばないわ。
貴方は……とても健気な人。責任感の強い人。とても強い意思と――矜持を持っている人よ。
ただ……もう少し待って。早まらないで。

あたしは医者。患者を助けるためなら……確証の無い嘘もつく。

「麻生さん。あなたはまだ治る見込みのある患者よ。死なれたらあたしが困る」
「……は?」

マガジンを排出してから、あたしはもう一度スライドを引いた。
点火前の弾薬が飛び出し、あたしの手の上でコロリと転がる。
銀に光る弾丸。しっかりとそれを指と指にはさみ、彼の眼の前に持っていく。

「ヴァンパイアは――ラブドウイルス科……いわゆる弾丸型のウイルスによる伝染性疾患に侵された人間よ」
「……なんですって?」
「つまり貴方はまだ――治る可能性がある」
0205浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/14(火) 20:15:37.38ID:wlGzYSEj
×貴方は死ぬほど苦しぬ末期のガン患者だって言うのなら
○貴方が死ぬほど苦しむ末期のガン患者だって言うのなら

こんなうっかりミスも、規制解除に役立つって言うならあながち悪くもないわね!
0206浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/14(火) 21:00:21.80ID:wlGzYSEj
やーんまた!

×いっそヴァンプになったちゃったら?
○いっそヴァンプになっちゃったら?
0207佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/15(水) 07:43:11.87ID:0GN5Pc2R
「治る――? ――弾丸型のウイルス――?」

あたしが突き付けた弾を食い入る眼で見つめながら、そしてそれをそっと指で摘まんで――光に透かして。
「そうよ。弾丸――ラブドウイルスによる疾患に、狂犬病ってのがあってね? パスツールが……んっ!」

いきなり口を塞がれた。
さっきあたしがしたように、麻生があたしに口付けしたのだ。
押し返そうにも押し返せない。
そして……とても……熱い。
おかしいわ。彼の……体温31℃しかないはずなのに。
もしかしてあたし、彼の「トリガー」引いちゃった?
遠慮がちに差しいれられた彼の舌が、あたしのと触れあう。それは唇よりももっと熱くて――
ああ駄目、それ以上は駄目! あたしにもスイッチ入っちゃう!
一歩、一歩と後退して。いくつも並んだ診療台のひとつに腰かける格好になって、やっと彼が口を離す。

「やっぱりだ」
「やっぱり?」
「急にこの心臓が……動いた気がしたんです。手も足も、さっきとは全然違う」
「でしょうね。舌先に感じたあなたのサーキュレーション、健常だったわ。むしろ高いくらい」
「先生の『治療』が効いたんでしょうね?」
「馬鹿ね。たぶんそれは一時的なものよ。ちゃんと治すには……ちゃんとしたワクチンを打たなきゃ」
「ワクチン?」
「そう。もしかしてこの疾患、狂犬病のワクチンが効くかもしれないわ」
「そうなんですか!? 僕急に興味が湧いてきました。狂犬病ってどんな病気なんですか?」
「ヴァンパイアの病態と良くにた感染症よ。重要なのは、感染した後も発症を予防できる疾患だってこと」

これだけ聞いてると、医者と患者が真面目に会話してると思うでしょ。

でもね? あたし達はほとんど上の空だった。
夢中で相手の身体を求めあっていた。
背中のダブルホックを外す彼の左手は信じられないくらい素早くて、器用で。
鎖骨の上や、脇下、胸先をタッチする彼の手はほんとうに――ピアニスト。

「麻生……くん…… ……あたしの……ああっ! あたしの身体は……鍵盤じゃないの……よ?」
「先生こそ、あっちこっちで僕の脈…… ……確認……しないでくれません? そこ、すごく感じるんで」
「いいじゃない。あなたばっかり……不公平だわ」
「あ! そんな事したら……僕……」
「動かないで、医者の診察邪魔しちゃ駄目じゃない」
「たまには患者が診察するのも……いいと思いません?」
「ふふ……あなたに……ちゃんとした触診が出来るのかしら?」
「僕を……誰だと思ってるんです」
「あっ! 待って! そこは……」
「演奏では緩急が重要です。アクセントもね。allegretto(やや速く) allegro(より速く)、appassionato(情熱的に)」
「……ああ! 駄目!」
「駄目って言いつつ……見てくださいこれ。あれ? 先生?」

別に愛し合うような仲じゃない。
昨日今日に知り合って、成り行きでこんな事になって。
でもあたしは後悔しない。
患者が元気になるのはとてもいいことだもの。
見て? さっき、自分の頭に銃押し付けてた彼が、あんなに笑って――


え?
行くところまで行ったのかって?
……それはあなたの想像にお任せするわ。
0208佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/17(金) 08:18:30.78ID:VCh4j1ro
「ごめんなさい。無理させちゃった?」
「……大丈夫……です」
触れる麻生の腕が、指先がぐんぐん冷たくなっていく。
顔色も……さっき初めてここに来た時より青白いくらいだわ。少し休まないと。
麻生を診療台に寝かせ……その顔を覗き込む。
いつもは長い前髪で隠している右眼が露わになって……ドキリとした。照明を照り返すその眼の色が普通じゃなかったから。
あたしとしたことが……今頃気づくなんて。

「その眼、見えてないのね」
「ええ。昔の怪我がもとで、ほとんど見えなくなっちゃって」
「怪我? 良く見せて? 大変ねぇ……ハンターってのも」
「いえ、あの……」
「水晶体の脱臼? 古い……炎症……? 眼底鏡が……欲しいわねぇ……」
「……あはは……先生はほんとうに……先生だなあ……」

スウッと息を吸って、彼は眼を閉じた。やだあたしったら。無理させちゃ駄目って解ってて。

ドアを数回叩く音。
……伯爵、じゃないわよね。出てったばっかりだし、たぶん彼はノックなんかしない。
「誰? 柏木さん?」
「ええ。ただいま戻りました」
「入って入って! 丁度お願いしたい事があったの!」

どうしたのかしら! いきなりガバッと起きあがったの! ベットで眠っていた筈の……コスモスちゃんが!
彼女、あたしの眼をキッと睨んで、ベットから飛び降りて……さっとその下に潜ってしまった。
……えっ……と……?

ガチャリとドアが開く。いつもと全く変わらない井出達で、静かに立つ柏木さん。
良かった。ハンターは片付けてきたみたいね? 
油断なくその眼を室内に向けていた柏木さんの眼が――台に横になる麻生の上で止まる。

「麻生結弦の診察を? 彼が自力でここへ?」
「そ……そうよ。一度目ざめてここへ来たの」
「容態は……如何でした?」
「ヴァンプ化はしてないけど、危うい状態よ。いわゆるサーヴァントって奴ね」
「やはり……」

悲痛な眼を麻生に向ける柏木さん。痛むのかしら、右腕の無い肩をぐっと掴みながら。

「あの少女は? 見当たりませんが」
「え? ああコスモスちゃんのこと!」
「コスモス?」
「麻生くんがつけた名まえよ。聞いて! その子、あの赤ちゃんだって言うのよ!?」
「赤子……? リサイタルで生まれた……あの?」
「そうなの! さっきまでそこに居たんだけど……何処いったのかしら?」
「まさかそんな事が……いや……ひょっとすると……あの子供は『真祖』である可能性が――」

顎の下に拳を当てて考え込む柏木さんの眼がキラッと光った。
真祖って……あの真祖?生まれついてのヴァンパイア。
ヴァンパイア=ウイルス説が本当なら、有り得ない話じゃないわ。
ある種のウイルスは母親の血液から胎盤を通して――胎子に感染する事があるもの。
そう言えばあたし、麻生の事ばっかりで、娘ちゃんの事はあんまり気にしてなかったなあ。そっちのが驚くべき事態なはずよね。

「佐井先生。一刻も早くあの子を調べてください。足りない器具器材があればおっしゃって下さい」
「え? じゃあ……狂犬病のワクチンをお願いしたいわ」
「は? ワクチン?」
「そう。安全を考えたら、生じゃなく、不活化がいいわね。どう? 手に入る?」
「入らない事もありませんが――何に使うおつもりです?」
「治療よ。麻生結弦の。もしヴァンパイアがラブドウイルスに感染し発症した患者なら……効果があるかもなの」
「……なん……ですって……!」
0209佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/17(金) 08:20:39.75ID:VCh4j1ro
驚くのも無理ないわ。ていうか、ただのあたし個人の仮説だけど。
根拠が全くないって訳じゃないのよ?
光に過敏に反応し、水を嫌い、凶暴化するって所はとっても良く似ているし?
銀の弾丸――弾丸型ってトコがマッチしてるし?
(何よその眼! ウイルスにだって意思があるんだから! 自分と同じ形の武器に弱いとか……ありそうでしょ!)

「解りました。手配してみます」
一礼して下がり、廊下に出ようとした柏木さんが何かに驚いて硬直した。だれ? 後ろに……誰かいるの?
「困るんだよね、そういう事されちゃあ」
ゾクリ……! っと総毛立つ背筋。だってその声……伯爵――菅大臣その人の声だったんだもの!
「私は反対だよ。せっかく『月に因んだ名』の仲間が増える……チャンスだってのにさ」
柏木さんを押しのけて部屋に入って来た伯爵――じゃない! え? どういうこと!? あなたがどうしてここに!
0210如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/17(金) 20:49:59.26ID:VCh4j1ro
サクッ、サクッっと落ち葉を踏みつける、規則正しい司令の足音。
その背中をほんわか照らすポカポカのお日様。それをポーっと見ながら後ろ歩いてた俺。

――うわっとっとと……っつ……痛ってぇ……!

なにって――いきなりキィキィ鳴きわめくコウモリが向かってきたのよ!
流石にすっ転ぶびはしなかったがな? 横っつらを嫌っつーほど枝にぶつけちまった。
……しょうがねぇだろ。
司令の「あれ」見ちまった後だぜぇ? ホッとしたらなんつーか? 糸切れたっつーか?
――しっし! キーキー騒ぎやがってしつけんだよ! おらおら! 逃げねぇとぶっ放しちゃうよ? この自慢の銃でよ?
したら奴ら、俺が腰(ホルスター)に手ぇかけたとたんに姫の後ろに隠れやがった。まさか……伯爵の手下じゃねぇだろな?

「だらしないわね」

っていつもの麗子さんなら言う所なんだが……これがまた妙なの。
さっきから俺の横を……まるで生気の抜けまくった人形みてぇなカッコで歩いてんの。
……あんだけ俺にいちゃもん付けまくってた女が、司令来てから一っ言もしゃべんねぇの。
なんなのこれ。
居るけどね? 上司が来ると急に態度変わる女。
でも麗子さん、そんなタイプだったっけ? つか足音しなくね? クッソ高ぇピンヒールで、プスプス地面突き刺したら普通――
って彼女の足に目が言った時だ。足首に「生傷」あんのに気付いたのは。
……枯れ枝かなんかに引っ掻けた痕じゃねぇ。傷の深さ、形、間違いねぇ。ありゃあ生き物に噛まれた痕だ。
ただしヴァンプの歯型みてぇにでっかくねぇ。もっと小せぇ……なにか――
――あ! あれか!? さっき麗子さんの足元でチョロチョロしてたネズミ!
そういう訳かよ。銃向けられた最中にネズミ気にするなんて、しかも「キャッ」なんつって、おかしいと思ったんだよ。
平気か? ……消毒とかしねぇで?

「準備はいいかね? 魁人くん」

司令の声に前を見れば……いつの間にか正面玄関の前。
……すげぇ……でっけぇドア。 
階段も壁も何もかも真っ白で……白いバラとか天使の彫刻とか……なんとまあゴージャスでお上品。
上流階級って奴ですか。こんな事でもなきゃあ……一生お目にかかれねぇお屋敷だぜ。

「魁人くん?」
「あ、はい。OKっすよ」

準備――もしヴァンプが襲ってきたら――の心の準備だろ?
解ってるよ。
もしそれが結弦だとしても……容赦はしねぇ。
決めてあるんだ。どちらかがヴァンプになっちまった時ぁ……ひと思いに楽にしてやるってな。

姫の背をポンポンっと2回叩く。これは俺と姫とで決めたサインだ。ここでいい子で待ってるって言う。
ブルルルッと啼いて、前足踏みならして……どしたの姫。いつもは大人しく言う事聞くのに……?
あんまり姫が嘶くし暴れるしで……仕方ねぇ。
木に絡んでるツル取って捩って……即席の手綱と頭絡(とうらく)に仕上げる。
(ガキん時に爺様から習った手技だが、こんなトコで役立つとはね)

手綱を手近な木に結び付けるの確認した司令が手招きする。
ドアに近づく司令と、その後ろに従う俺。殿(しんがり)は麗子さん。
……外で待ってろって言いたいトコなんだが……庭も安全とは言えねぇからな。
ちょ……俺のシャツ掴んだりして……しっかりして下さいよ。護身術くらい使えるっしょ? 防衛大出だし(こればっかり)。

ついに……司令の左手がドアのノブにかかる。
ゴクリ……と喉が鳴る。……ヴァンプ野郎。いきなり飛び出してくんじゃねーぞ? 

……ギイィィィィィィ……

……イ……イヤな音たててんじゃねぇよ!
まんま……ふっるい化け物屋敷みてぇな音たてやがって! グリースくらい差しとけっての!
0211如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/18(土) 05:58:30.35ID:6THZiUfE
踏み込んだ屋敷の中は、拍子抜けするくれぇ何にも無かった。
いや、誰もいねぇんじゃなくて、普通にメイドさん達が「いらっしゃいませ」っつって、こっちも「あ、どうも」っつって。
いやいや、普通変な顔くらいすんだろ。俺は見るからに場違いなカッコしてるし、麗子さんは貞子だし。
あんまり司令が堂々としてっからか、変な客に慣れてんのか。
『ここだよ、魁人くん』
右手のドアをちょこんと指差し、ほとんど吐息だけで囁く司令。
なんすかその可愛らし過ぎる仕草! この非常時にやめてくださいよ! ハラにチカラ入んねぇじゃないですか!
ここって……何だここ? ドアにハザードマーク付いてっけど……病院?

≪コンコン≫

……ちゃんとノックするんすね。

「誰? 柏木さん?」

答えたのは色っぽい女の声だった。どっかで聞いた気がするが……思い出せねぇ。
「ええ。ただいま戻りました」
「入って入って! 丁度お願いしたい事があったの!」
司令がドアを開ける。俺は一歩下がって……壁に張り付く。ちょい様子見だ。

「麻生結弦の診察を? 彼が自力でここへ?」
「そ……そうよ。一度目ざめてここへ来たの」

お……思い出した! あの女だ!
ハンター協会がマークしてるあの女! 
人間のくせにヴァンプに貢ぐ人類の裏切り者! 見つけ次第始末して良しとのお達しも出てるくれぇの!
 この女のプロファイリング、歌舞伎町の闇医者で頭脳明晰! 容姿端麗! ってホントか?
んな峰フジ子ちゃんみてぇな女がこの世に居んのか! って一度彼女の病院に潜入した事あんだが……
東京は広いねぇ。
俺は惚れっぽい方じゃねぇんだが、間近で見てガン見しちまったぜ。
胸はある腰は細いケツは……白衣で良く見えねぇが、その白衣がまた良くね?
日本人形みてぇなサラッサラの黒髪と、妙〜に懐っこい性格が男どもに受けるらしい。
ごっついヤクザの患者らみんなデレッとしてやがる。男好きする雰囲気っつーか、影のある美人、みてぇな?
(誰に似てる? って聞かれたら……綾瀬ハルカ辺りか?)
やべぇ、こいつぁ魔物だ。
爺様が「東京の女は怖ぇ」って言ってたのも、あながち間違いじゃねぇってことだ。
けど……なんでだ?
奴らに取り入ったところで何の得があんのかサッパリなんだが。

「容態は……如何でした?」
「ヴァンプ化はしてないけど、危うい状態よ。いわゆるサーヴァントって奴ね」
「やはり……」

司令の呟きは、まんま俺の感想だった。
サーヴァント……やっぱ……だよな。幹部に血ィ吸われて……無事で済むわけがねぇもんな。

俺は腰の銃を片っぽだけ抜いた。壁に背ぇつけたまま、二人の会話に耳を傾ける。
そしたら……は? コスモス?
あん時の赤んぼが――真祖!? マジかよ……!!
こりゃあ……俺一人なんかじゃ背負(しょ)い切れねぇ。上に言わなきゃなんねぇ種類の情報だぜ。
勢い出ては来たが、俺は無線一式ちゃんと身につけていた。耳にカッチリくっつけるタイプで、いつも使ってる奴だ。

俺……どこまでマヌケなのよ。
耳たぶあたりにの電源入れようとした時、何もかもが真っ白になったんだぜ。
気持ちいいぐれぇの浮遊感の後だったなあ……冷てぇ大理石の床舐めたの。
俺、部屋ん中にしか注意払ってなかったもんよ、モロに喰らっちまったわけ。項(うなじ)の辺りに、ガツンと。
左手に持つ銃をもぎ取られる感覚。視界を過(よ)ぎる、噛み痕のついた足首。

そうだよ。犯人は……俺のすぐ横に立ってた麗子さん。でも……なんで?
0212如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/19(日) 10:10:38.54ID:IF1tTIWz
夢を見たぜ。昔の――まだ毛も生えてねぇガキの頃のな。

飼ってた馬が夜中に産気づいちまってな?
俺も爺様も「そろそろだな」って解ってたんで、厩舎で寝泊まりしてたんだが……
馬の奴、産室の中を……歩いちゃあ……座ってを繰り返すだけで、待っても待っても産まれねぇの。
乳はもうパンパンで、とっくに破水もしてんのにおかしいって爺様がボヤいて、電話かけまくってたの覚えてるぜ。
ちょうど春先、馬は出産ラッシュ。どこの獣医も出払ってた。
いつものと違う…………血の匂いがしてよ。
ほとんど動かなくなっちまった馬を見てみれば、ケツんとこから足が二本出てんじゃねぇか。
出血してやがる。普通こんなに出ねぇんだって言いながら爺様が仔馬の足にチェーンかけて……
無我夢中で俺達は引っ張った。助けなんか来ねぇからな、自分達でやるしかねぇ。
子は助かったが、親は死んじまった。デカすぎたんだな、子供がよ?
仕方ねぇから、俺は夜も寝ねぇで乳やったぜ。知り合いから馬のミルク分けてもらってな。
身体もタテガミも綺麗ぇなクリーム色した……雌の子馬だった。「月姫」って付けてやった。
いつも一緒だった。何処に行くにも付いてきた。そのうち姫に乗って登校するようになったんだぜ?
田舎の学校ってのは、都会と違っておおらかだ。
あいてる倉庫、使っていいっていうからよ、俺達専用の厩(うまや)にしたぜ! へへ!

……おいおい、何でそんな暴れんだ?
眼の色変えて……そういやお前、そんな眼ぇギラギラしてたっけ?
歯ぁ剥き出すなよ、そんな奴じゃねぇだろ……っておま……それ……犬歯? なんで女のくせに犬歯? 
……っと危ねぇ! おい! 行くな! 姫! おまえ一体どうしちまったんだよ!? おーい!!




「……くん! カイトくん!!」
「……っ痛てぇ……んな耳元で大声出さ……あ?」

司令の声に眼覚めてみりゃあ、ここ、さっき入ろうとしてた部屋か?

「焦ったわ、急に魘(うな)されだして。この傷も、てっきり咬まれたのかと」

司令の隣で、ちょい腰かがめて俺のカオ覗き込んでんのは、白衣姿の女――佐井浅香だ。
まだ頭がガンガンしやがる。
痛む後頭部をさすりたかったが……出来やしねぇ。後ろ手でガッチリ拘束されてるもんよ。
両肢も椅子の足に固定されてやがる。
グルッと見回しゃあ……広ぇ診察室か……検査室みてぇな部屋だ。器具器材がすげぇ。
部屋の真ん中の診療台に寝かせられてんのは……結弦だ。まだ死人にゃあ見えねぇな。
ドアの横には腕組んだまま眼ぇ閉じてる麗子さん。
さっきまでの……うっすい存在感は何処へやら。得体の知れねぇオーラ放ちやがって。
麗子さん。あんた――やっぱ……

「俺、用心はしてたんすよ? 『ハンターをヴァンプ化して幹部に』なんて訊いたから、罠かもなって。でも麗子さんも居っから、
 いざって時は退路確保してもらえりゃ何とかなるかなって。あんた、結局ヴァンプなのか!? なんでさっき――」

ヒンヤリ冷てぇもんが、怪我した頬に染みた。女医がペタペタ消毒かなんかしてやがる。
てめぇはもっと訳わかんねぇぜ。人間のくせに奴らに肩入れしやがって。
おい! 勝手にバンソーコーなんか貼ってんじゃねぇ!

「落ち着きたまえ魁人くん。手荒な事をして済まない」
「司令が謝ることなんてありませんよ。俺がマヌケなだけですから」
「魁人くん、私は――」
「解ってます。司令は伯爵には逆らえねぇ、俺には打つ手がねぇって事も。煮るなり焼くなり、好きにしたらどうです?」

「その言葉、本気かい?」

ギョッとして俺は麗子さんを見た。答えたのは司令じゃねぇ、麗子さんだ。でも声は……若い男。良く知った声だった。
「自己紹介が必要かな? うら若きハンターくん?」
「いんや、いらねぇな。伯爵だろ? 厚生労働大臣、菅公隆。まさかあんたが……麗子さんの身体乗っ取ってた、なんてな」
0213魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/25(土) 06:30:02.08ID:lqnL3TCf
規制回避ってのは切ないねぇ。姫、ちゃんと草くってっかな。
0214魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/25(土) 06:35:36.15ID:lqnL3TCf
そういやあの上杉謙信も月毛の馬乗ってたらしいぜ? 
対して信玄の馬が何毛だったのか気になるんだが……黒雲っつーくれぇだから、青毛か?
0215如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/25(土) 06:36:08.35ID:lqnL3TCf
「そうだよ、私は自分の血を継ぐ者に、この意識を送る事が出来るのさ」

眼ぇ閉じたままクックッと笑う伯爵。
甲高ぇヒール音響かせながら……ゆっくり俺の後ろに回ってよ、トンッと左肩に置かれたその手の冷てぇこと。
背筋が凍るってのはこの事を言うんだぜ? 
俺、生粋の道産子だからよ、寒いの冷てぇのにゃあ慣れてっけど、そういうレベルじゃねぇのよ。
なんつーか……胸に氷(ドライアイス)でも撃ち込まれた感じっつーか?
心臓は跳ねるわ……空気はピーンと張りつめるわ、息すんのは忘れるわ。
そんな俺の耳元を、麗子さん自慢のロングストレートの髪がくすぐった。
奴の顔が降りてきて……血生臭ぇイキがフウッっと首を撫でやがってな。
硬直しちまったぜ。咬まれるかと思ったからな。
だが耳下に押し付けられたのは硬くて冷てぇ鉄の感触だった。チカっと光るブルーの光沢。……野郎、俺のマグナム!

「どう? 自分自身の得物で……やられる気分」

口歪めて笑う……その眼が金に変わってる。
撃鉄起こす音がゴリッと響く。この音聞かされたたらもう……観念するしかねぇ。

「やれよ。煮るなり焼くなりって言ったぜ?」

呟きながら俺ぁ……心のどっかで「まだ殺されはしねぇ」って確信があった。殺しちまったら俺を仲間にするもねぇもんな。
だが奴ぁ俺の眼ぇ捕らえたまま――「じゃ、遠慮なく」っつって発砲しやがった。
ただし頭じゃねぇ、下だ。奴ぁ俺の左の膝を撃ち抜いたんだ。
同時にその足を払われたんで、椅子ごと横倒しになった俺は、しこたま半身を打ちつけた。
チクショウ……こんなん……対拷問訓練以来だぜ。

「何しやがる……俺の大事なシャッポが……吹っ飛んじまったじゃねぇか……」
「そりゃ……悪かったね」

……訂正するぜ。訓練ん時とはぜんぜん違ぇ。教官は……こんな楽しそうな顔なんかしねぇ。
2度の銃声。腕と……脇腹がやけに熱い。撃たれた足の痛みも、今頃になって襲ってきやがる。
俺は歯ぁ食いしばったが、たまらず絶叫しちまった。尖んがったヒールの足で、ヒザ踏みつけられたもんよ。
ピタピタっと、硝煙の上がるマズルを掌で遊ばせるその様ぁ……まんま子供だ。川でイワナでも獲る時のな。
見ろよ、ジャキッと銃のシリンダーずらして覗き込んだその顔。

「残り、1発だよハンターくん?」

シリンダーを勢い回す、その金の眼が笑ってら。ロシアンルーレットってわけだ。

バタン! と音がしたんで、首巡らして見てみりゃあ……司令が居ねぇ。
訓練ん時でも思い出したに違ぇねぇ。見るに耐えねぇってか? 
司令が出てったそのドアを……しばらく眺めてた伯爵。

「行っちゃったよ。お楽しみはこれからだってのにさ」

って肩すくめやがった。……お楽しみ。お楽しみねぇ……。
米神に当たるマズルがくそ熱かったが……イッちまった身体は反応すらしねぇ。
俺、この遊び苦手なんだよ。どうヤルならストレートにやってくれよ。

「そうだ、こういうのどう? トリガー引く度に、君に発言権をあげるってのは」

喋り終わるか終わらねぇかってタイミングで奴の指が動いた。運が良けりゃあ……これで死ねるってわけだ。

「一発目は……外れ。君、運がいいね」

……良くねぇよ! これ、最悪5回繰り返すのかよ!

「ほら、言い残すコトくらいあるでしょ? ない? 聞きたい事とかさ」
「……あるぜ。山ほどあらぁ。どれにするか……迷うくれぇだ」
0216菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 05:36:19.15ID:Frx03hLG
父は代議士だった。帝大で法律を学んだのち、苦労して支持者を得た話を良く聞かされた。陰で父を支えた母の苦労も。
二人ともごく普通の、健康な人間だった。
何故わたしのような「異形」が産まれたのか。


生活は豊かな方だったように思う。
広い庭にはラブって名の大型犬が1頭駆けまわっていたし、週末は人を呼んでの食事会。
父の仕事柄、客は要人や著名人が多かった。
そんな席には必ず顔を出した。自分の顔を覚えさせるのが何よりも大事だと教えられていたから。

食事関係には苦労させられた。
幼いころから小食な上に偏食が激しく、特に豆や野菜――植物由来のものは全くダメだったらしい。
かろうじて口に入れたのは牛乳と獣肉。時に生肉から滴る液体に異常な執着を見せ、若い両親を困らせたと聞いている。
食べ物に口をつけぬわたしを教師やクラスメイトは訝ったが、アレルギーだと誤魔化した。
食わぬ割には成長が早く、身体能力は高かった。頭のほうも。中学、高校、大学、司法試験、さして苦労した事など無い。

虫をいたぶり、殺すのが好きだった。最初はアリやバッタ、次第にネズミや……ハト。
「小さい頃は良くあることだ」と納得し合っていた両親が、笑顔を見せなくなったのはいつの頃だったか。
……ラブが死んだ、あの夜からだったろうか。
15の誕生日、変に喉が渇いて……庭に出たらラブが駆け寄って来た。抱き寄せて、ラブの鼓動をこの胸に感じて――
気がついたら、その首を引き裂いて、血を啜っていた。
あの時の感動は今でも忘れない。今まで口にしてきたものは、何だったのか。これが本当の「食事」なんだと。
もちろん両親はショックを受けたろう。
朝起きたら、速攻でで精神科に連れて行かれたからね。
何だか患者より神経質そうな先生が出てきて、わたしの症状を聞いて、
「典型的なヘマトフィリア(血液嗜好症)の症状です」なんて言うんだよ。対処法はと聞くと「気の持ちよう」だってさ。
――ヤブ医者め!

色々試して、でも血に対する欲求は止まらなかった。日に一度、もしくはそれ以上。
家からネズミが消えた。遊びに来る猫や、スズメ達も。血液パックじゃ……駄目なんだ。生きた血でないと。
そうこうするうち、水ですら受け付けなくなった。気が狂いそうだった。
思い余って手首を切った。
だが……なんという事だろう。傷が瞬時に塞がったのさ。そういえば昔から傷の治りが早かったっけ。
ふと、巷を騒がせてるヴァンパイアのことが頭をよぎった。
まさか……?
違う。両親は人間だし、奴らに遭った事も、まして咬まれた記憶もない。第一、あの太陽の下を堂々と歩けるはずがない。

「奴」に出会ったのは、公園の暗がりで「食事」をしていた時だった。
血を吸っても死なない白いネズミが居て、そいつが妙に懐いてくるんだ。
良く見ると、目が赤くて……鋭い牙も生えている。
腕にのぼって来るそいつを肩で遊ばせたり、頭に乗せたりしてしばらくじゃれ合ってたらさ、居たんだよ。
座っているわたしのすぐ後ろに、その男がね。
0217菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 05:40:50.12ID:Frx03hLG
「こんな時間にこんな場所で……なにやってる。家出か?」

会社員にしては洒落たスーツを身に付けた、細身の若い男だった。顔と髪型、仕事帰りのホストといった井出達。
急いでネズミをポケットに入れ、身を翻した。逃げ足には自信があった。が、瞬時に軌道を塞がれた。

「悪いな。運が無かったと……諦めな」

この身体を抱き寄せる腕の力と、見下ろすその眼の色で、わたしは男の正体に気付いた。
――ヴァンパイア。
はっきりした目撃者が出ない割りに、犠牲者が急増してる……謎の怪物。
国が新設した協会のハンターですら、返り討ちに遭うという、人類の天敵。
いざ出会ってみると、不思議と恐怖は無い。長く伸びた牙が、この喉元に触れた時も。

「おまえ……怖くないのか?」
「なにが?」
「何がって……普通の奴は喚くか暴れるかするもんだ。大体お前……この眼を見て平気なのか?」
「いや、ひかってて猫みたいだなあとは思うけど? てか放してくれない?」
「『眼力』が通じない……だと?」
 
男はいきなり手を離し、地に手をついた。

「失礼致しました。同族、しかも『上位』の方とは気付かず、申し訳ありません」
「え? あの」
「私は『新宿』の佐伯と申します。失礼承知で貴方様の所属コロニーなどお教え願えれば、後ほどお詫びのご挨拶に伺います」
「あは……えと……コロニーって……なに?」

佐伯と名乗った男はポカンと口を開けて顔を上げた。

「コロニーを……ご存知ない? 東京都は新宿、渋谷などの各区と都下に置かれる我等同族の集まり、各県の町村にも同規模の・」
「ごめん、本当に知らないんだ」
「貴方様を変えた主人殿は?」
「てかさ、わたしはヴァンパイアなんかじゃないって。ヴァンパイアに咬まれた事もない」
「御冗談を。僭越ながら我が眼力には一応の信頼を置いております。人間ならば必ずや術中に、ともすれば力の劣る同族も――」

そこまで言って彼は言葉を切った。恐る恐るといった体(てい)で顔を上げ、この眼を食い入るように見つめ――
そんな時、ポケットの中で大人しくしていたネズミがキッと鳴いて顔を出して、それを見たその眼が驚愕で見開かれ――
まさか……とだけ呟き、それきり口をつぐんでしまった。
彼が立ち去った後、木立がやたらとザワめいたのを覚えてる。

しばらくは平穏だった。
血の欲求は相変わらずだったけど、部屋に戻れば、あのネズミがいつも待っていた。心だけは癒された。
アルジャーノンという名前をつけた。大好きだった小説からの引用だ。
彼も自分と同じ症状で、欲しがるものも同じだったから、夜は一緒に「狩り」に出かけた。
ただ、あの公園にだけは行かなかった。
0218◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 06:38:28.67ID:Frx03hLG
良くみたらさ、プロフィールの年齢欄、違ってるじゃないかって。
訂正しとくから。ついでに特技も足しといたから、よろしく頼むよ!
0219 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/08/26(日) 06:39:52.66ID:Frx03hLG
名前:菅 公隆(すが きみたか)
年齢:34
性別:男
身長:171
体重:58
種族:ヴァンパイア
職業:政治家(現職は厚生労働大臣)
性格:生真面目
特技:弾丸を素手で切り裂く、ほか自分の血を引くサーヴァント、ヴァンパイアへの憑依、操舵。
武器:手刀
防具:なし
所持品:スマホ iPod
容姿の特徴・風貌:純白の上下に黒のYシャツ、切れ長の黒眼、肩まで伸ばす黒髪を粗めのシャギーカットにしている。
簡単なキャラ解説:数少ない真祖の一人。彼が新宿のコロニーの現伯爵であることはハンター協会内部では周知の事実である。
0220菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/26(日) 07:42:12.59ID:Frx03hLG
無事大学を出て、本格的に父に付いて政治の勉強を始めたあの頃。
日本は荒れていた。
不祥事に伝染病、想定外の災害。そして……ヴァンパイアによる被害の拡大。
母はすでに他界していた。当時内閣代表(総理)だった父に、休む間など無かった。
幾度となく破綻し、構築され、を繰り返す内閣。
もともと心臓に持病を抱えていた父が倒れ、急死してしまったのは……彼が2度目の首相を務めていた時だった。
ちょうど会見の最中で、わたしも同席していた。世間の眼がわたしに向いたのも無理はない。
哀しむ時間は与えられず、いや、もともと人の死というものに鈍感であったわたしは仕事に没頭した。
もともとあまり食事も睡眠を取らない性質(たち)だったから、辛くなどなかった。
人脈、言葉、法律、とにかく周りのあらゆるものに気を配った。一議員から大臣の職に就くまで、さして時間はかからなかった。
そんな時だった、迎えが来たのは。

「御無沙汰しております。ご健勝のようで何よりです」

暗がりの中、玄関の門の横で頭を下げる男には無論見覚えがあった。

「あれから8年か、確かに久しぶり。佐伯って言ったっけ?」
「記憶に留めおかれたとは光栄です。遅れ馳せながら、大臣就任、おめでとうございます」
「そんなことをわざわざ言いに来たの?」
「滅相も。『宴』の準備が整いましたので、是非にと」

あはは、「うたげ」なんて言うから思わず笑っちゃったよ!
でも本人は大まじめで……こちらへ、なんて促すのさ。あの公園でこっそりパーティーでもするのかなあ。
「待って、部屋で待ってる友達も連れてくるから!」
って言って急いで自室からアル(アルジャーノン)を手に乗せて戻ってみれば、黒塗りのワゴンが待ってたのさ。
(リムジンじゃない、ワゴンってとこが可笑しいよね? 可笑しくない?)

いざ到着してみれば、なんだここ、アルファベータ人材派遣のビルじゃないか。
全国各地に支社がある大きな会社で、本社は神戸だ。
社主は田中与四郎といって、東京は無論、全国津々浦々駆けまわっるからなかなか捕まらない、
顔写真もなくて、架空の人物とさえ言われてる人物だ。今夜ここに来てるとしたら、すごいチャンスなんだけど――

「やっぱりやめる。大臣になっちゃった以上、軽々しく来れるような場所じゃないしね」
「そう仰らず。社員一同、この日が来るのを首を長くして待っておりました」

そう言って門の隙間から現れたのは……仰々しい和服を身に付けた初老の男。

「お初にお目にかかります。わたくし、社主の、田中と申します」
「田中……? 貴方があの?」
「はい。貴方様が来られると聞き、急ぎ馳せ参じました」
「まさか貴方がヴァン――」
「田中とお呼び捨てを。伯爵様」
「は……はくしゃくっ……!?」
「……お静かに! ハンターどもの跋扈する時代です。ささ、こちらへ」

いやちょっと待って。君達どこから……そ、押さないで! わたしは帰……ああ! ちょっと!
0221菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/28(火) 06:23:43.70ID:BcD123zR
建物内部は、ぞっとするほど冷え切っていた。
微かに流れるこの曲は――ピアノソナタ「月光」の第1楽章か。
最小限の照明が照らす、清潔で事務的な内装は、いかにも「会社」といった様だ。
だがそれは最上階についた時に一変した。

そこはサロンだった。いや、応接間(サロン)と表現するには広すぎるだろうか。
高い天窓から差し込む月明かりが、緋の絨毯を埋め尽くす「それ」の姿を薄く照らし出している。ざっと200は居るか。
どれもこれも社交ダンスでも始めるのかと思うほどめかし込んでいる。
田中氏に導かれるまま、室内に足を踏み入れる。月光の第2楽章が、明るい軽やかな調べを奏で始める。

「皆皆がた! この方こそが、我らが救世主(メシア)、伯爵様ですぞ!」

あがる歓声。次々と道があけられ、導かれたのは一角の壇上。
一斉に向けられる眼差しには羨望と期待の色。……しかし妙だ。これほどの人が居ると言うのに、なぜこうも……寒い?

「伯爵様、どうか皆にお言葉を」

静まり返った場内。どうしたものかと思案する。天を仰げば窓向こうにくっきりと浮かび上がる、真円の輪郭。
まさか……月が満ちるこの時を待って……?
……困ったな。適当に取り繕って退散しようか?
――いや、ここは正直に言うべきか。これでもわたしは――愛国家なのだから。

「このような素敵な場にこの若輩をご招待下さり、思いがけなく、そして大変嬉しく思っております。
 ですが……申し訳ない。おそらくわたくしは、皆さまの御期待に添える者ではない。『伯爵』とは何のことやら……」

口をきく者は居ない。ゆっくりと移動する月の光。

「申し遅れました、わたくし、このたび吸血鬼(ヴァンパイア)対策担当大臣を拝命致しました、菅 公隆と申します」

 今朝のニュースや新聞見た人なら知ってるね。新たに設けられた大臣職、吸血鬼対策担当大臣。
 本格的にヴァンパイア被害が拡大しだしたんで、それを危惧した内閣がようやく重い腰を上げたってわけ。
 具体的に何をするかって言われたら、ハンター協会の統率と強化。これに尽きる。
 いまのハンター協会は、圧倒的に予算が足りていない。
 足りないからほとんど寄付金に頼ってるけど、……武器って……けっこう高価い。
 金が無いから装備が無い、人も来ない。聞く所によれば、事務職が現場に出張る状況らしい。
 警察官や自衛官同様、無限責任を追う(自分の命より職務を優先する義務を負うこと)、
 しかもその殉職率が警察官の比じゃないとあれば人が来ないの当然なんだけど。
  そこで考えたのが、防衛省と連携した上手な予算の運用だ。
 早い話、「拳銃100丁欲しいから、調達してくれない? ついでに人も」なんて気軽に頼めるわけ。
 必要があれば厚生省、内務省にも打診できる。いまみたいな縦割りじゃあ……化物の撲滅は出来ない。だろ?
 わたしは前々からヴァンパイアってものに興味を持っていた。
 公園で出会った佐伯って男が言った「同族」という言葉には、ずっと悩まされてたんだ。
 それが本当ならどんなに楽かとも。
 でも違う。自分は人間だ。政治家だ。政治家の仕事は、安全で豊かな社会の実現だ。
 行動力と体力だけには自信があった。だから真っ先に手を挙げてみたら、見事承認されたってわけ。
 (――大臣の最年少記録、一気に更新しちゃったよ! え? そんなの大臣のうちに入らないって? ……うるさいな)

 手始めに……そう、ハンター協会の内部組織図(マル秘)見たり、どうやって広告だせば人来るかな〜なんて考えてた矢先だったんだ。
0222菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/28(火) 06:28:54.32ID:BcD123zR
「つまり――ここに居られる方々は御存じのはずだ。わたしが立場上、貴方がたの『敵』であると」

敢えて使った。「敵」という言葉は……流石に効果を発揮したようだ。
居あわせたほとんどのその眼が、パッと金色に輝いたんだ。
この時……覚悟を決めたよ。わたしはこの場で抹殺される。でもそれはそれで好都合だと。
懐のスマートフォンは、この居場所を随時自宅のPCに送っている。音声もだ。
ここがヴァンパイアの巣窟である事の証拠となるだろう。
証拠があれば協会が動く。警察や自衛隊と協力し、踏み込む事が可能だ。

田中氏が進み出て、こちらを見上げた。その眼はまだ人間だ。

「貴方様は決して敵などではありません。貴方は我等の長となるべき御方ゆえに」
「違う。わたしは人間だ」
「違います。貴方は我等と同族――ヴァンパイアであらせられる」
「違う!」

田中氏が思案気に眼を伏せる。

「よろしい。その証拠を……御覧に入れて差し上げよう。こちらへ」
「……?」

田中氏の意図が解るのか、一同が一斉に壁際に寄る。
広く空けられた広間中央。赤いはずの絨毯がオレンジ色に染まっている。南中した満月の光のせいだ。
言われたとおり、そこに立つと、田中氏が再び声を上げた。

「我こそはと思うもの、腕に覚えのあるものは、前へ!」

ざわめきと戸惑いの気配。その中から一歩、進み出たのは……黒一色のスーツの男。
周りが派手なだけに、その質素さが際立つ。

「……見かけぬ顔だな」
「九州は長崎の一区画から参りました。以後お見知りおきを」
「なるほど、肥前よりはるばる……よう参られた。さっそくだが、伯爵様の相手をよろしいか?」

静かな眼で頷く男。満足げに頷いた田中氏が下がる。

「待って下さい、話しはまだ――」

言葉を切らざるを得なかった。静かに立つ男が、いきなり動に転じたのだ。
0223菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/30(木) 23:50:48.01ID:jaroAJbk
―――――――――――ヒュッ!!

頬を熱く掠める衝撃。呼気か、拳が空を切る音か。
再び距離を取り、ぐっとその腰を落とし構える男。こちらを捉える静かな眼。
生まれてこの方、喧嘩というものをしたことがない。武道と言えば……父が戯れに教えてくれた剣道くらいか。
鼓動が大きく跳ねる。次なる攻撃をヒラリとかわす自身の身体が軽い。
相手はおそらく有段者。その気迫も威力も並ではない。
……が、読める。かわせる。ろくに訓練も受けたことのないわたしが……何故?
まさかこれが田中氏の言う「証拠」なのか!?
ヴァンパイアが持つ闘争本能、あるいは防衛本能の成せるわざだと言うのか!?

だがもっと驚いたのはアルジャーノンの方だったろう。
何度も攻撃をいなすうち、ついにポケットから放り出されたのだから。
飛び出したネズミが右往左往し転げ回る姿にどよめく会場。
その声にさらに驚いたか。キイキイ金切り声をあげ駆けまわった彼が駆けこんだのは田中氏の袴の陰だった。
そっと両手ですくい上げ、その背を撫でる田中氏の眼がこちらを向いた瞬間、まともな一撃がこの鳩尾を直撃した。

恐ろしく長い滞空時間。視野に入るは天空よりの満月。
つづく衝撃。肩と背の骨が軋む音。
絨毯の据えた匂いが鼻をつく。
鳩尾に引き絞られるような痛み。
仰向けのまま、視線をめぐらす。
相手がゆっくりとこちらに向かってくる気配。

鳴りひびく月光第3楽章。わたしはもっと……人の心を癒す曲が好きだ。
この曲は……人の焦燥を煽りすぎる。

馬乗りになった敵が左拳を振り上げる。
わたしはむしろ安堵した。ヒトのまま死ねるのだ。
眼を閉じ力を抜く。潔くその攻撃を受けるために。
だがその意に反し、この両腕が反応した。この胸目掛けて突きだされた男の徒手を掴んだのだ。
手首を握り、押し返すこの手の力はいかほどか。
せめぎ合う両者。
わずかに届く指先がこの胸元に触れる。タイが千切られ、ボタンが飛ぶ。
場の緊張が高まったその時、男が一瞬間、口元を歪め、呻いた。軋み、砕かれたのは男の手首の方だったのだ。

しかし、なんという精神力か。男は砕けたはずの左手でこの両手を握りこんだ。
そう、一連のすべてが牽制。今の攻撃は囮だった。
本命は右。
男は右半身をわずかに引いた。体重をその右手に乗せるために。
今までとは比較にならない殺気。
はっきりと見えたのは――指先だけを曲げる拳の形に固めたその指間に、キラリと光る何か。
それこそが男の切り札だった。
彼はその右手に、ヴァンパイアの唯一の弱点――銀の弾丸を握りこんでいたのだ。
易々と骨を砕き、差し入れられたそれが、肺を破り、心臓に辿り着くまで一秒とかかっていまい。
わななく身体。鼻と口から噴き出す血液。悲鳴に怒号。
「そこまで!」 と叫ぶ声。鳴り止まぬ第3楽章。それらが徐々に遠のき――


わたしの意識を呼び覚ましたのは、小さな……一匹のネズミだった。
0224菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/08/31(金) 07:12:00.93ID:uBjoeZqC
「彼」は男の顔に張り付いていた。
アルジャーノンだ。
いつの間にそこに居たのか、わたしの危機を知って急ぎ田中氏の手から逃れてきたのか。
尾を振りまわし頬や鼻を引っ掻いてしがみつくそれには流石に意表をつかれたんだろう。
男は右腕をこの胸から引き抜き、赤く染まった手で顔面のネズミを無造作に掴んだ。
「……やめ……ろ」
自分の声と、耳元で何かが潰れる音とが重なった。

「アル……ジャーノン……?」

手を離し、彼をそっと手に乗せる。
軽く啼いて痙攣し、やがてピクリとも動かなくなった彼は……ペットなんかじゃない。たった一人の……友達だったんだよ。

すべてが赤く染まった、そこから先のことは……おぼろげではあるが覚えている。
ただこの腕を軽く振り抜くだけで、男の腕が宙を舞ったこと。もう片方の腕も。脚も。
焦燥に手を貸していた音楽が止んだ時、四肢をすべて根元から断された男が転がっていた。
わたしは……ヴァンパイアだ。
始めから解りきっていた。ただそれに眼を背けていただけの、ただそれだけの事実。
そしてもう……後戻りは出来ない。

徐々に面積を増していく血だまりに足を踏み入れる。
男の持ち物だろうか、血だまりの中に沈む一本のロザリオと、黒い手帳が目に留まる。
拾い上げ、パラリと頁をめくる。それは……手帳などではなく、薄い版の聖書だった。
右膝をつく。パシャリと血しぶきに、うすく眼を見開く男。
薄く切れた頬の、その様子に違和感を覚えたわたしは顔の皮をひと息に剥いだ。
それは本物の皮などではなく、仮面だった。見覚えは無いが、その顔は誰かに似ていた。
すでに覚悟は出来ていたのだろう、男の顔はむしろ、何かをやり遂げたような安堵の色に満ちていた。

右横にて田中氏が畏まっている。両手をつき、顔をあげぬまま声を張りあげた。

「申し訳御座いませぬ! おそらくこの男は協会(ハンター協会)の手のもの! 一重に私(わたくし)の手抜かりにて」
「違うよ。田中さんはたったさっき駆けつけたばかりだった」
「しかし――」
「もう済んだことだ。幸い『手傷』は負って無い」
「されど――」
「二人にしてくれないかな」
「――は?」
「この男と二人きりにしてくれって言ったんだ」
0225◆GM.MgBPyvE
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2018/08/31(金) 07:24:09.64ID:uBjoeZqC
わたしとしたことが……失礼した

×パシャリと血しぶきに
○パシャリとかかる血しぶきに
0226菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/01(土) 07:18:18.74ID:T9xN6O3S
手傷が無い、なんてのは嘘だ。
胸のやや左寄りの……一点に、凍りつくような痛み。まるで鼓動を打つたびに打ちつけられる白木の杭。
……間違いない。この中にはさっきの銃弾が取り残されている。 

田中氏は迷っているようだった。
わたしの言葉を信じるべきか、わたしと男を置いて言っても良いものか。
怪訝に眉をひそめ、しかしそれ以上口出しせず、彼はその大柄な身を起こした。
彼に急かされ出口へと向かう群衆。
ある者は機敏に、あるものは名残惜しげにこちらを見やり、しかし皆口を閉じ、大人しく退散した。
田中氏だけがしばらくこっちの様子うかがってたけど、諦めたんだろう。一礼だけして扉を閉じた。

とっくに西へと移動したのか、差し込んでいた月明かりは消えていた。
塗りつぶされた窓は外の光を拾わない。故の……真の闇の来訪。
サロンに籠もる音の余韻。むかし貝殻を耳に当てた時、こんな音がした気がする。

わたしは男に向き直った。
たった一人の友達だった……アルジャーノンの仇。無様で醜い……その様を。
視界が黄金に染まる。胸の痛みが嘘のように引いていく。
――あはははっ! いいよその顔、すごくいい! 

「どう? 手足をぜ〜んぶ無くした今の気分」

ゆっくりと彼の周りを歩きながら。血のこびりついたロザリオの、硬い感触を楽しみながら。

「西太后って知ってるよね。彼女が帝の死後、寵妃だった女性に何をしたか」

手足を切断し……人豚と呼んで嘲笑う。
――良く解るよ! 彼女もきっと、ヴァンパイアだったんだよ!
その「人豚」はさ、3日間も生きながらえたんだってさ。
自らの行為を後悔し、悔い改めるために、与えられた時間がさ、たった3日。
……冗談だろ?
もっとだよ。……もっと苦しんで貰わないと困るよ。

「聞こえてる? わたしの言ってること、理解できてる?
 眼をあけて、しっかりこっちを見るんだ。ほんとは抉ってやりたいけど、でもそんな事したらわたしの眼が見えないだろ?
 その耳も……突いたらわたしの言葉が聞こえなくなる。
 そうだ。そうやって……君はずっとわたしの事を見ていなくちゃ。言葉を聞いてなくちゃ。
 君は今から……わたしのモノになるんだから」

「……させないよ。舌を噛むなんて、卑怯者のする事だ。
 このロザリオもなかなか役に立つじゃないか。知らなかったよ、こうやって……歯を折るための道具だったなんてね。
 あはは、そうやって咥えてるといい。血に塗れたロザリオは……辛いかい? 甘いかい?
 甘いよ、君の血はとても甘くて……鮮烈だ。
 知らなかったよ、ヒトの血がこんなにも――
 そうさ。君はわたしの「初めて」だ。なかなか居ないと思うよ。伯爵と呼ばれる男のヴァージンを奪う男は」

さて……これからが本番さ。

「結果がどうあれ、君は選ぶことが出来る。死ぬか。生きるか。
 清き命を神に捧げる? それもいい、美しいよ、実に美しい。クリスチャンの鏡だ。
 でも……こういうのはどう?
 君は人である前に「ハンター」だってこと。ハンターの使命は……ヴァンパイアの殲滅だ。
 君は不老不死の身体と、力を手に入れる。ヒトを凌駕する素晴らしい力をね。
 それをハンター育成のために役立ててみないかって話なんだ。
 だいたい君はわたしの命令を無視出来ない。わたしは君の親であると同時に、協会の司令塔でもあるんだからね。
 知らなかっただろ? ヴァンプの担当大臣が元帥も兼ねる、なんてね。
 実は今朝早くに協会には通達しといたんだ。
 頭を叩けば奴らをつぶせる。潜入しその正体を見極め……隙あらば消せってね」

その標的がまさかわたし自身だなんて、夢に思わなかったけどねっ!
0227菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/03(月) 06:47:15.08ID:aqDqsGGL
「さて、君はどっちを選ぶのかな」

男の身体を渾身の恨みを込め蹴りあげる。
フワリを浮きあがり、床に転がる肉の塊。……なんて軽いんだろう。
男の口から飛び出したロザリオが、心地良い金属音を響かせ足元に落ちる。
まだ温かいそれを舌でなぞる。背筋が震える。頭の芯がとろけるかの美味。

「YESなら……実に嬉しいよ。君はとても使えそうだ。自分でも……そう思うだろ? え? 柏木宗一郎」

死んだようにぐったりしていた男がピクリと反応してこっちを見た。

「やっぱりそう? 当たった? つい今朝方さ。組織図に乗ってた事務局長がそんな名前でさ。
 良く見れば鉛筆書きで『現場主義』なんて書いてあるじゃないか。
 こいつ、事務方のくせに現場なんか出るのかなって……思わず経歴調べちゃったよ。
 言っとくけど、『上』にくらいは素顔晒した方がいいんじゃない? ほんと、ギリギリまでわからなかったよ」

ふたたび眼を閉じた、その胸倉を掴み上げ、耳元に口を寄せる。

「寝るなよ。『拒否』は重大な職務規定違反だ。罰として……そうだな。君を免職にしても何の意味もなさなそうだから――
 最近、協会に登録したハンター志望の若手がいたよね、麻生結弦と、如月魁人」

狼狽が手に取るように解る。なるほど、最初からこの手を使えば良かったんだ。

「ちょっと勿体ないけどさ。手始めにこの2人を――」
「……ます」
「なに? 聞こえないよ?」
「…………貴方に従います。我が……主(マスター)。我が主(ロード)」

ぞくりとした。
頭の中でハレルヤコーラスのあの歌詞が高らかに響いたんだ。
――King of Kings! ――and Lord of Lords!! ってね.
素晴らしい! 最高だ! 
今までこれほど他人(ひと)を憎んだ事があったろうか! 愛しいと感じたことがあっただろうか!

かろうじて脈打つ、首筋の動脈を探り当てる。
直で味わう生き血は背徳の味がした。
0228菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/04(火) 06:37:48.48ID:pxlBEhuk
柏木をハンター協会に送り返したあと、しばらくは寝る間もなかった。昼は閣議に国会、夜は地固めと……ヴァンプの集会。
いや、ほんとに忙しかったよ。
台風が来たり、株価が暴落したり、アメリカの大統領が変わるだけで大変なんだ。政治家ってのは。
各省庁との連携も上手くいかない事この上ない。
「庁」から「省」に移行したばかりの防衛省は思ってたよりも手強くて、内務省も厚生省もほとんど他人事。
厚生省が労働省と合併したあとは特にひどくてさ。大所帯だからっていばってんだか何なんだか、
「そんな大臣、いたの?」って感じでさ。
そんなこんなであっさりヴァンプ担当大臣は廃職になった。あからさま過ぎるとか、表向きはそんな理由さ。
ただその仕事だけは、ハンター協会の司令塔として据え置かれた。顔も名前も公表しない、「影の元帥」としてね。
それが誰かって……今更言う必要もないよね。
そんな役割引き受けるモノ好きはわたし以外に居ないしね。

忙しいけど楽しかった。伯爵と元帥の掛け持ちは。一人二役で将棋を打つ、そんな気分でさ。
ただ……困ると言えば困ることが……ひとつだけ。
この痛みだ。
柏木の置き土産――胸の中に居座った銀の弾丸が時々疼くんだ。
どういうきっかけか、頭の中にあの月光第3楽章が流れ出すと……そりゃもう耐えられない苦痛でさ。
閣議中に発作が来ると、ほんと迷惑。
「菅くん、若いのに持病のシャクかね?」
なんて総理にからかわれて、会場がドッと沸いたりしてね。
そんな時はシューベルトのソナタを聴くんだ。方耳にイヤホン突っ込んで、iPodの電源入れる。
特にこのピアノソナタ13番はいい。まるで語りかけるような……彼の音楽。
音楽の前にはヴァンパイアも人間もないよね。
それでも駄目な時は……あの地下室(麻生結弦の屋敷の)に忍んで行って……腹いせに柏木をボコったり?
0229菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/05(水) 06:57:52.28ID:hcUIjAoW
そんなわたしが色々と頑張って、ようやく念願の厚生労働大臣就任に漕ぎ付けた、ある晩のことだ。
突然田中社主が自宅に訪ねて来てさ。

「伯爵様。お探しのものに当たりをつけました故、これを」

なんて言って、黒い皮張りの、二つ折りになったファイルを寄越したんだ。
草木も眠る丑三つ時だ。
ボーン……と遠くで鐘が鳴ってて――なぜか背筋がうすら寒くなって。

「なにこれ?」
「生物系の学者か、研究員を御所望されていたではありませんか」
「うん。ゲノム解析にはどうしても必要だからね。なに? いい人が見つかったの?」
「御照覧あれ。なかなかの美形で御座いますぞ」
「は? 美形? 見た目とか別にどうでもいいんだけど」
「ははははっ! わたくしとした事がつい口を……いやいや、なかなかの人物でございますれば!」

いつもの落ち着いた田中さんが、変に慌ててて、なんか怪しいな〜とは思ったのさ。
でもあの大柄な身体でさあさあさあ! なんて詰め寄られて念押されたら……もう……仕方ないじゃない。

開けてみればそこには白衣を着た凄い美人。
まるで隠し撮りでもしたような、仕事中のひとコマだった。
日本人形みたいなまっすぐの黒髪を靡かせて歩いて……へえ、確かに、なかなか。

「佐井浅香。帝大の医学部卒。現在は闇の臨床医……あれ? 齢(とし)は?」
「今年36になりましたな」
「ふーん。年上かあ……女って解らないもんだね」
「伯爵様は御歳34になられましたな」
「そうだね。てか何度も言うけどその『伯爵』ってやめ……」
「そろそろ、身を固められても良い御年頃ですな」
「……て…………は?」
「実を言えばこの娘御、手前の孫にあたりましてな。それもこれも何かの縁、ここはひとつ、もらってはくれませんでしょうか」

もしわたしがお茶か何か飲んでたら、田中氏の顔に思いっきり吹いてたね。

「始めからこれ、見合い写真のつもりだったの? 確かにただのデータファイルにしては立派すぎると……」
「……お気に召されませんでしたか?」
「召すも何も……いいよ。そんな心配しなくても、彼女は貰います。研究員としてね」
「研究員……」

田中さんってば、懐からサッと上品な袱紗(ふくさ)取り出して……
「不憫な子です。両親(りょうおや)を物心つく前に亡くしてはります」
なんて目尻押さたりして。
「親戚と呼べるものはこのわたくし唯一人。三十路も終わり、所帯も持たず、子も成さず、それは……わたくしと致しましても――」
「解った、解りましたよ。その気で……会えばいいんでしょ?」

折れたよ。だって田中さん、こんな時はテコでも動かないんだから。

「とりあえずは彼女の身辺を……そうだよ、色々と調べてから。会うのはそれからでも遅くない。そうでしょ?」
「それは……賢明で御座いますな」
「だからもう余計な節介はしないでくれる? 大丈夫だよ、自分で会いに行くからさ」
「それは宜しゅう御座いました」

ゆっくりと顔を上げた田中さん。その眼には涙なんかひとかけらも滲んでなくて。
な〜にが宜しゅう御座いましただこのタヌキジジィ!!


そして――
この佐井浅香という女医の存在が、わたしの頭をこれほどまでに悩ますことになるとは……
0230菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/06(木) 05:04:23.92ID:f2T5jghB
佐井浅香は才媛だった。
中学、高校は学年主席。特に理系科目は全国模試でもトップクラス。
医大でも成績は上々の上、その容姿の淡麗さと熱のこもったスピーチでミス・帝大の座を勝ち取ってる。
とまあこれだけ聞けば、合格ラインだ。流石は田中社主の推薦だ、孫娘だってね。

しかしだ。
問題はその男関係。
学生時代も、社会に出てからも、あっちにフラフラこっちにフラフラ。
要するに惚れっぽいんだろう。別れてはまた次、の繰り返し。
貞操観念というものが端(はな)から無いのか何なのか知らないが、まあ別にその事をとやかく言うつもりもないが、
問題は彼女がヴァンパイア志願者だという事だったんだ。「VP」の会員で、多額の寄付をしているのはその為だと。
これはNGだ。
もし彼女がわたしの妻となる女性であれば、安易にヴァンパイアなどになってはいけない。
わたしは至上最年少の総理の座を狙う男だよ?
ファーストレディが昼間人前に出られない――なんて事、許されないじゃないか。
だから新宿周辺のヴァンパイア達に「触れ」を出したんだ。彼女には手を出すなと。
それを……よりによって佐伯の奴が……
いやいや、身体の関係だけでも駄目だよ。わたし達はいざって時に自制が効かなくなる種族なんだ。
うっかりその気になってガブリとやってからじゃ遅いんだよ。
だからわたしは先手を打った。柏木に命じて、水流って名のハンターを一人、向かわせたんだ。

けど結果は期待通りじゃなかった。
佐伯と一緒になってハンターを撃退したあげく、死んだ佐伯の仇を取る、なんて言い出して桜子に接触したんだからね。
気が気じゃなかったよ。
まさか女の桜子の屋敷に駆け込むとは思ってもみなかったから、柏木には事情を話していなくてね。
田中さんは田中さんで、気が気じゃなかったらしい。
あのリサイタルの夜も、しっかりチケット取ってあそこに居たんだから。
案の定、彼女、舞台の上で大立ち回りなんてやらかしてさ。
クロイツ達に囲まれた時はヒヤリとしたよ。田中さんが居なかったらどうなってたか。

桜子の屋敷に彼女を保護したって聞いたときは、やっと胸を撫で下ろした。これでようやくこっちのペースで運べるってね。
だから柏木に初めて事情を話したのさ。
都庁の屋上で、「彼女には大事な仕事(ゲノム関係の)を頼みたい」って事と、「わたしの許嫁だ」ってことをね。
いい? 柏木は知ってたんだよ? 
その柏木が……彼女の喉に牙立てようとしてるの見た時は、流石のわたしも頭に血が昇ったよ。
彼女と折り入って話をするためにせっかく貴重な時間を割いて、あそこに出向いた、そんな時だった。
感謝するがいいさ。腕一本で済んだのはひとえに田中さんのお陰さ。

しっかし……あの柏木をその気にさせるなんて……なんて手強い女なんだ。
(田中さんの血を引いてるって言うからそれなりに覚悟もしてたけど)
あっと言うまに時間が過ぎて、議会や閣議の準備しなきゃならない時間になって。
如月魁人が敷地内に侵入したって柏木から報告を受けた時も、わたしは後ろ髪を引かれる思いでBMのハンドルを握ったんだ。
門の前で彼と日比谷麗子を見かけてさ。
その時……咄嗟に思いついたのさ。
そうか、「あの子ら」に頼めばいいってね。
0231菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/09(日) 06:11:56.11ID:fHn5uxc+
だからわたしは「目標個体への憑依」を発動した。この意識の一部をわたしの血を継ぐ者に受け渡す特殊能力だ。
桜子の屋敷にはわたしの手でヴァンパイアとなったネズミやコウモリがたくさん居た。彼らに意識をお裾分けしたってわけ。
これ、かなり危険な技なんだ。
本体であるこっちの方は、素早く動いたり手刀を使ったりする事が出来なくなるし、傷の治りも遅くなる。
つまり、ただの人間同様になってしまうからね。
でも仕方なかった。
如月魁人は私情を交えず行動できる、柏木自慢のハンターだ。
彼が佐井先生や、あの状態の麻生を見つけてしまえば……わたしの手回しや苦労がぜんぶ水の泡になってしまう。
だからこれに駆けるしかなかった。

頼んだよ、わたしの息子たち。
如月魁人を「変える」ことが出来れば上々。百歩譲って日比谷麗子の方でもいい。
それが出来れば「もう一人のわたし」がわたしの理念に従って行動してくれるはず。
ほんとはね、柏木に憑依すれば一番手っ取り早いんだけどさ。
同族を作らないっていう彼の信念、知ってるからさ。
彼の人生を奪ったわたしが許してる、たったひとつの彼の権利。それを奪うわけに行かないだろ?


閣議の始まる、30分前。つまり8時30分。
わたしは国会議事堂に駆け込んだ。(今は国会会期中だから、閣議は官邸でなくこっちでやるわけ)
駆けこむなんて大げさだなあって思うかも知れないけど、文字通り、「駆けこんだ」んだよ。
普段自分で運転なんかしないから、議事堂近くの駐車スペース、チェックしてなくてさ。
皇居の北側にやっと空いてるパーキング見つけて、そっから走ったんだよ、全速で。3kmくらい。
恥ずかしかったよ。
皇居の周りをジョグ(ジョギング)してる人達はさ、ああいうカッコしてるからいいんだよ。革靴と背広でするもんじゃないんだよ。
しかもこの白スーツってば目立つだろ?
ちょっと休憩、膝に手ぇ付いてハァハァしてるわたしを目撃した人間たちが、
「え!? あれ、菅大臣じゃん!」
とかわめいて駆けよって来てさ。
カメラのレンズ向けられたら笑顔で手ぇ振るしかない。
政界のプリンスなんて持てはやされてるわたしが、渋っ面公開されるには行かないからさ。
ほんと気を使うったらありゃしないね。

黒塗りの車から降りて来る大臣達や、大勢の報道陣。
彼らの波に乗りながら、議事堂のあの場所へと急ぐ。
その場所は閣議室じゃない、数ある委員会室のひとつ――吸血鬼対策会議室だ。
そう、閣議前に打ち合わせをするのが我々ハンター協会上層部の日課だからね。
上層部って言っても、各省の副大臣が自動的に元帥下に付くのが決まりでさ、そんな気負ったものじゃないけど。
だから今日も、
「なにか問題ある?」
「いいえ、元帥の指示通り、問題なく運営されています」
的なぬるい打ち合わせで終わると思ってたんだ。それが、今日に限ってだいぶ違ったのさ。

「遅れてごめん。今から――」

後ろ手でドアを閉めながら室内を見渡したわたしは絶句した。
副大臣たちがまるでわたしを取り囲むように立っていて、その脇を黒服達が埋めていたからだ。
黒服――副大臣にSPなんか付かないから、たぶん私設のボディガードなんだろうけど、その手にはもれなく黒い銃。
その銃口がすべてわたしに向いていたんだ。

「失礼、元帥どの。我々一同、あなたを解任することで意見が一致したものですから」

進み出た若い副大臣が爽やかな笑顔を向けつつ、そう言い切った。
わたしは……桜子の屋敷に置いてきた自分の意識をすべて回収した。
後から思えば、この時はまだ回収すべきじゃ無かったのさ。
0232浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/14(金) 06:39:03.90ID:bUOumzZG
んもう! このままスレが伯爵に乗っ取られちゃうのかと思っちゃったわよ!
>>209の続きから行かせてもらうわ。
0233佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/14(金) 06:40:25.18ID:bUOumzZG
声はどう聞いても伯爵のそれだったのに、入って来たのは伯爵じゃなかった。
ミニのスーツの良く似合う髪の長い女性。その顔は、とっても良く知った顔。
「麗子? 麗子じゃない!! どうして!?」
あたしの上げた声に、ちょっと意外な顔をした麗子は……やっぱり麗子なんかじゃない。
彼女はそんな……人を射るような目つき、しないもの。
「麗子? へぇ? この女を知ってるわけだ」
「とうぜんよ! たった一人の友達だもの」
「友達!? へぇ! そう! 柏木、ハンター君をこっちに連れて来て。椅子にでも座らせといて」
腕組みしながらてきぱき指示する彼女。もとい彼。
「菅……伯爵よね。いったい麗子に……何をしたの?」
柏木さんがぐったりしたカイトを引きずって来て。そんな様子を楽しげに眺めていた伯爵が振り向いて唇をなめた。
「たいした事なんかしてないさ。ただ、彼女の身体を一時的に借りただけ」
「借り……そんな事、出来るの?」
「うん。自分の血を引く者達に対してなら簡単さ」
「血を引く? まさか……麗子に――」
「あれあれ? 先生だって、ヴァンプ志願者じゃない。彼女が望んだとして……そんなに驚く?」
「驚くわ。彼女とあたし、そういう意見はバッチリかちあってたもの」
「あっはは、『バッチリかち合ってた』んだ、へぇ……」
ジリジリッとこっちに詰め寄って来て、あたしの顔を覗き込むその眼が笑ってる。

「教えてよ。この女は……先生の何?」
「なにって……親しい……友人よ」
「どれくらい親しいの?」
「最近までお茶したりしてたわ。中学の時は一緒にお風呂に入ったりも……あ! お風呂っていってもね、あたし達は」
「知ってるよ。君達が同じ施設で育ったって事なら」

そう言って、彼は一瞬だけ刹那気な顔をして……鋭い刃物みたいな眼をそっと逸らした。
でもすぐに人を食ったみたいな笑顔に戻ったけど。

「それこそ会うたびに言っていたわ。ヴァンプになりたいって意気込んでたあたしに、『それだけは駄目』って。
 努力家で、あたしみたいに浮ついて無くて、正義感が人一倍強い。そんな彼女が……そんな事望むはずない」
「ふーん。だから……諜報員(モグラ)役を買って出たわけだ」
「モグラ?」
「防衛省がハンター協会に送りこむスパイさ」
「そう言えば彼女、「ある協会」に出向になったって。そこで大学の時にサークルで知り合った大好きな先輩と一緒になったって――」
「喜んでた?」
「ええ。とても。まさかそれがハンター協会のことだったなんて――」
「うん。まあその話は置いておこうか。そこのハンターくんが何やら苦しそうだからね」

肩をすくめた伯爵が、人差し指を横に向けた。
え? っと思ってそっちを見れば、ほんと。カイトがうんうん魘(うな)されてる。その頬には、何かが刺さったような新しい傷跡。

「まさか、彼もヴァンパイアに?」
「どうだろう。そこの庭、わたしの思い通りに動く吸血ネズミや蝙蝠がたくさん居るからね。日比谷麗子と同じく、咬まれたのかも」
「麗子ったら、ネズミなんかに噛まれたの!? もしかしてその足の傷!?」
「ハンターくんが上手く気を逸らしてくれたからね。彼も咬まれてたら、とっても嬉しいんだけど」
「彼を――ハンターを仲間にでもするつもりなの?」
「そうだね。麻生結弦と、如月魁人。うち一人でも手駒に出来れば……嬉しいね」

あたしは気絶してるカイトと、診療台で眠っている麻生を交互に見た。
さっき自分の銃を自分自身に向けていた麻生の、あの顔が頭から離れない。

「たぶん無理よ。麻生は『ヴァンパイアなんかにならない』って。変わるには本人の承諾みたいなものが必要なんでしょ?」
ポツリと言ったあたしの言葉を聞いた伯爵が、さも可笑しそうに笑いだした。
「そうだろうね! あっさり了承するハンターが居たら、かえって人間性を疑っちゃうよ!
 柏木、ハンターくんを起こしてくれる? 先生は――彼の診察を頼めますか?」
0234佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/15(土) 06:47:49.05ID:jAiyeFHF
「起きたまえ、カイトくん。カイトくん!!」
「……っ痛てぇ……んな耳元で大声出さ……あ?」

脂汗流して唸ってたカイトだけど、何度も根気よく話しかける柏木さんの声でやっと眼が覚めたみたい。
あたしも素早く駆け寄って……彼の耳の下に手を当ててみる。
体温はあるし、脈は強い。
ホッとした。
頬の傷は……刺し傷じゃなかったけど、ザラザラした何かに強くぶつけたことによる挫滅創。
良く洗って軟膏塗って……ちゃんと保護しとかないと痕が残っちゃう奴。
でも……
「焦ったわ、急に魘(うな)されだして。この傷も、てっきり咬まれたのかと」

そう。あたし、「良かった」って思ったの。
VPのメンバーで、伯爵側の人間のはずのあたしが、「咬まれてなくて良かった」って。
ううん、あたし、医者だもの。
相手が人間だろうがヴァンパイアだろうが、患者は患者。贔屓したりなんかしないわ。
だけどカイトの方はそんなあたしが気に入らなかったみたい。
消毒液浸した脱脂綿をチョンチョンしただけで顔動かして抵抗して。
柏木さんに無理やり押さえてもらってやっとサージカルテープ(ガーゼを患部に固定する為のテープ)を張り付けた。
あたしを見返すその眼には明らかな敵意。
初めてだったわ。今まで患者にそんな眼を向けられたことなんかなかった。
どうして?
あたしが……VPのメンバーだから?

それが少しショックで……麻生が眠る診療台に咄嗟につかまって眼を閉じたら、何かが見えた。
白い闇の中に……見えたのは2本の鎖。そう、これはDNA螺旋。良くあるじゃない、CGで作成されたあの画像。
あれが何本もあたしの身体の周りを取り巻いていて、怖くなったあたしは眼を開けた。
そしたら部屋全体が回ってた。天井も、床も、立っている人達も。
タイム・ショックでトルネード・スピンしたらきっとこんな感じ。
あたしはたまらず診療台の足元に座り込んだ。溶けていく外観。何処からか語りかける声。
あれは……麻生の声かしら? あの時、麻生が柏木さんに言った声?
――いいえ、もっと低くて……胸に重くのしかかる、とても……非人間的な声。

『お前はヒトか? ヴァンパイアか? 一体どちらの味方なのだ』



すごい音がして、あたしは我に返った。
横倒しになったカイトに、麗子の姿をした伯爵が銃を向けている。
2度の発砲音。
ツンとした火薬の匂いが鼻をつく。
尖ったヒールでカイトの膝を踏みつける伯爵。カイトの絶叫。
制止の言葉が喉から出かかったけど、あたしはそれを飲みこんだ。柏木さんの眼があたしの眼を捉えたから。

「残り、1発だよハンターくん?」

伯爵の眼が金色に輝いている。
シリンダーを回す、その動作に鼓動が高鳴る。だって……一発しか残ってない銃で何をするのか……だいたい予想がつくじゃない。
とても見て居られなくて、あたしはもう一度柏木さんに視線を送った。
そんなあたしの視線をしっかりと受け止めて、でも柏木さんは首を横に振って……部屋から出て行った。
音高く閉じられたドア。その上には丸い時計。カチン、と長針が8時30分ちょうどを指す。

「行っちゃったよ。お楽しみはこれからだってのにさ」

その言葉にあたし、ぞっとした。
だって伯爵は……心の底から「楽しんでる」ってことでしょ?
あたしたち医者とは真逆の行為。人を脅かし、殺傷するという行為を。
0235佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/16(日) 06:35:42.60ID:KE+njsy2
「そうだ、こういうのどう? トリガー引く度に、君に発言権をあげるってのは」

カチン! と軽い音だけをさせたリボルバー。「君、運がいいね」なんて言ってにんまり笑う伯爵。
そして言ったのだ。言い残す事は、聞くことはないかと。
死にゆく人間に対して……あくまで軽くよ? 
青く光る銃口でカイトの米神をグリグリしながら……ああもう……どこまでサディスティックな人なんだろう。
しかもその……先を引きのばすねちねちした感じが、すっごくヤな感じ。――絶対結婚したくないタイプよね!
カイトの右腕と脇腹からの出血は止まってない。一応は不敵な台詞を吐く……その顔は土気色。

伯爵も伯爵。ただ痛めつけるにしたって限度ってものがあるじゃない。もしかして一度火が付いたら止められないタイプの人?
いいの? 仲間にする筈のハンターが死んじゃっても? それこそどっちの得にもなんないってのに!?

あたしは無免許医だ。昔、とある事故がきっかけで医師免許を失ったから。
でも……医者は医者。
あたしの役目は――繋ぐこと。たとえ死にかけたとしても、必死に蘇ろうと足掻く生命の命の火を繋ぐこと。
黙って見過ごすことなんて……出来ないわ。

あたしは立ちあがった。「いい加減にしなさいよこのドS!!」ってはっきり言ってやるために。でも――
「きゃっ!?」
口をついて出たのは情けない叫び声だった。後ろに居た誰かにグイッと腕を引かれたんだもの。
「え? 麻生……くん?」
いつの間にか麻生結弦が診療台の脇に立っていた。その左手にはあたしが奪って、机に置いといたはずのベレッタ。
(やだ! 前にも似たような場面があったわね!)
ピタリと伯爵に狙いをつけたまま、あたしを庇うように前に出て、
「……菅さん。カイトから離れてくれませんか」
見える方の左眼を細め、右手で左手首を支えながらしゃべる麻生。
きっとだいぶ前から眼が覚めていたのね? それとも音だけは聴こえてたって奴?

「そのリボルバー、次も出ませんよ。その次もね」
「へぇ? 何故わかるんだい?」
「音ですよ」
「……音?」
「弾を込めた薬室の場所、シリンダーが回った回数、すべて音が教えてくれましたよ」
「あはは! 流石はわたしの推すハンターだ! けどね……忘れてない?」
麻生が小さく舌打ちした。伯爵が後ろに手を回し、まったく同じ形状の銃をもうひとつ掴みだしたからだ。

「とりあえずは助かったよ、麻生結弦」
「……は?」
「君を仲間に引き入れるという本来の目的を忘れる所だったからね」
「……!」

麻生が色の悪い唇を噛みしめる。銃は……伯爵に向けたまま。
「大体君はもっと大事な事も忘れてるよ。この身体が日比谷麗子のものだって事をね」
彼の逡巡が伝わってくる。行き場を失った彼の戸惑いが、頬を滑る汗となって滑り落ちる。

「どうする? 君の判断ひとつで、この若いハンターくんと、女医先生の運命が決まるけど」
「……悪党め」
「悪党で結構。腹は決まった? 麻生結弦。『新たな自分』を受け入れるか、否か」
「……」
「そういえば君は『決められない男』だったね。どっちか死なないと……決断出来ない?」

ガツン、と音がした。それは麻生が銃を床に投げ捨てた音。
ゆっくりと両手を肩の高さに上げ、硬く眼を閉じた麻生がうなだれる。
その口が開く……まさにその瞬間(とき)だった。ドアが開いて、柏木さんが飛び込んで来たの。
それを見た伯爵が何か言おうとして……でもまるで糸が切れたようにクタリと床に崩れ落ちた。
0236 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/20(木) 06:34:01.76ID:YICObTap
235はあまりに説明不足で支離滅裂なため、後半部分を訂正します
0237佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/20(木) 06:36:45.02ID:YICObTap
「そうだ、こういうのどう? トリガー引く度に、君に発言権をあげるってのは」
カチン! と軽い音だけをさせたリボルバー。「君、運がいいね」なんて言ってにんまり笑う伯爵。
そして言ったのだ。言い残す事は、聞くことはないかと。
死にゆく人間に対して……あくまで軽くよ? 
青く光る銃口でカイトの米神をグリグリしながら……ああもう……どこまでサディスティックな人なんだろう。
しかもその……先を引きのばすねちねちした感じが、すっごくヤな感じ。――絶対結婚したくないタイプよね!
カイトの右腕と脇腹からの出血は止まってない。一応は不敵な台詞を吐く……その顔は土気色。

伯爵も伯爵。ただ痛めつけるにしたって限度ってものがあるじゃない。もしかして一度火が付いたら止められないタイプの人?
いいの? 仲間にする筈のハンターが死んじゃっても? それこそどっちの得にもなんないってのに!?

あたしは無免許医だ。昔、とある事故がきっかけで医師免許を失ったから。
でも……医者は医者。
あたしの役目は――繋ぐこと。たとえ死にかけたとしても、必死に蘇ろうと足掻く生命の命の火を繋ぐこと。
黙って見過ごすことなんて……出来ないわ。

あたしは立ちあがった。「いい加減にしなさいよこのドS!!」ってはっきり言ってやるために。でも――
「きゃっ!?」
口をついて出たのは情けない叫び声だった。後ろに居た誰かにグイッと腕を引かれたんだもの。
「え? 麻生……くん?」
いつの間にか麻生結弦が診療台の脇に立っていた。その左手にはあたしが奪って、机に置いといたはずのベレッタ。
(やだ! 前にも似たような場面があったわね!)
ピタリと伯爵に狙いをつけたまま、あたしを庇うように前に出て、
「……菅さん。カイトから離れてくれませんか」
見える方の左眼を細め、右手で左手首を支えながらしゃべる麻生。
きっとだいぶ前から眼が覚めていたのね? それとも音だけは聴こえてたって奴?

「そのリボルバー、次も出ませんよ。その次もね」
「へぇ? 何故わかるんだい?」
「音です」
「……音?」
「弾を込めた薬室の場所、シリンダーが回った回数、ぜんぶ音が教えてくれたから」
「あはは! 流石はわたしの推すハンターだ! けど……忘れてない? 如月魁人の銃はひとつじゃないってこと」

麻生が小さく舌打ちする。あたしは身を強張らせる。
伯爵はあたしに狙いをつけていたのだ。死角に潜んでいたもう片方の手に握る――まったく同じ形状のリボルバーで。

「もうひとつ大事な事も忘れてるよ。この身体が日比谷麗子だってこと。でも……礼は言っておこうかな」
「……は?」
「君を仲間に引き入れるという本来の目的を忘れる所だったからね」
「……くっ……」

ギリリッと歯噛みする音。麻生の、トリガーを引き絞るその指が震えている。一筋の汗が頬を滑る。

「どうする? 君の判断ひとつで、この若いハンターくんと、女医先生の運命が決まるけど」
「……悪党め」
「悪党で結構。腹は決まった? 麻生結弦。『新たな自分』を受け入れるか、否か」
「……」
「そういえば君は『決められない男』だったね。どっちか死なないと……決断出来ない?」

ガツン、と音がした。それは麻生が銃を床に投げ捨てた音。
ゆっくりと両手を肩の高さに上げ、硬く眼を閉じた麻生がうなだれる。
その口が開く……まさにその瞬間(とき)だった。ドアが開いて、柏木さんが飛び込んで来たの。
それを見た伯爵が何か言おうとして……でもまるで糸が切れたようにクタリと床に崩れ落ちた。
0238菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/09/24(月) 07:06:06.37ID:ZjTY5WDT
「仕損じた」と気付いた時は遅かった。
回収した意識が伝えてきた、桜子の屋敷での出来事。
麻生が「YES」と回答するまで、ほんとあと一歩だったじゃないか。
大勢に銃口向けられて、咄嗟に自身の命を優先した……それが詰みを誤ったんだ。
冷静に考えれば急ぐ必要なんて無かった。政治家が何の交渉も無しに撃ってくる訳がない。
(にしても皮肉だね! 分身が麻生達に銃を向けていた頃、わたし自身はもっと大勢にそれを向けられてたんだから!)

ざっと室内を見回す。
ここは参議院側の3F、西側に位置する第3委員会室。
あの本会議場の6分の1くらいの広さしかない、小ざっぱりとした会議室だ。
小ざっぱりって言っても……本館に設えられた部屋だけあって、内装はなかなかのものだ。
ヒダ付きのカーテンで縁取られた天井まで届きそうな大窓からは、白いレース越しに陽の光が差し込んでるし、
一列に配置された四角い照明板の両脇からは、レトロな燭台を模した照明が点々と吊り下げられている。
うちみたいな、伝統も何もない協会が「対策会議室」として使わせてもらうには、ほんと勿体ない部屋なのさ。
立ちまわりに邪魔だと思ったんだろう。
いつもなら部屋を占領してる楕円型の円卓(いや、下手側に丸みは無いから……弾丸型かな?)は隅の方に寄せられている。
ゆったり座れる臙脂の背もたれ椅子もね。

……にしても、鉄とガンオイルの匂いほど嫌なものはないよね。
その銃を持つ面々と良く良くみれば……なんだ、シルバー・クロイツのメンバーじゃないか。
実は彼ら、10年前にわたし自身が防衛省に打診して、貸してもらった人員だ。つまり自衛隊員。
これも……わたしが頑張った仕事が裏目に出た結果かな。
「議事堂内における衛視とヴァンパーアハンターの拳銃所持を許可する法案(※)」を通してもらったばっかりだからさ。

副大臣の数は…………18(半数以上が出席とはありがたいね!)。
黒服がその倍。武器はすべてセミオートのハンドガン。
今が満月の夜だったなら、捌けない数ではない。怪我を負わせることなく銃を奪い、逃走する。わけもないことだ。
でも今は違う。真っ昼間で、しかもあと2日で新月。
短気は起こさない方がいいだろう。逃げるためには相手を殺さなければならない。
え? 逃げずに皆殺しにすれば……って……冗談だろ? 
相手はこの国の未来を背負って立つ若い代議士たちと、身体を張ってこの日本を守ってくれてる自衛隊員だよ?
だいたいこの歴史ある議事堂を血で汚したくないし、向こうは議論する気まんまんみたいだしね。

天井を仰ぎ見つつ、両手を肩の高さに上げて見せる。さっき麻生がわたしの前でしたように。
点灯している照明の光は、天然光より幾分柔らかい。

「手は頭の後ろで組んでもらえますか?」

あくまで落ち着き払った態度で、じっとこちらを見据える若い男は、沢口防衛副大臣。
協会内では副元帥の位置に立つ2。日比谷麗子を送りこんだ張本人だったりする。
わたしは彼の言うとおりにした。白旗はあげて見せとかないとね。

「穏やかじゃないね。まるで在りし日のクーデターだ。実はどっきりのシミュレーションだったりしない?」
「……しませんね。残念ながら」

苦く笑った沢口が、後ろに立つ副大臣から何かを受け取る。
角型2号の茶封筒だ。
その中から出てきたのは一枚の紙切れ。ただしその辺のコピー用紙じゃない、特別な紙だ。

「ハンター協会代表、菅公隆どの。本日を以てその役を解任するものとする」

読み上げる沢口の口調には一切の感情が籠もっていない。
こちらに向けられた紙面には、「解任請求」の見出し以下、無数の……赤い指紋。

「へぇ……血判状なんて、すごいね。その牛王宝印(ごおうほういん)の誓紙も、本物?」
「ええ。我々の本気をお見せしたく思い、熊野本宮大社から取り寄せました」
「……本気、かあ。つまり、君達は疑ってるわけだ。このわたしが――ヴァンパイアなのではないかと」
「……えぇ。疑いではなく、ほとんど確信ですけどね」
0239◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/24(月) 07:28:37.83ID:ZjTY5WDT
※ 2015年の2月11日に、
「10日、国会内の衛視に武器の携帯を認める検討に入った」
なんて記事が産経ニュースに載ってたけど、その法案が作成、議案に上がった云々の経過報告はないよね?
0240◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/29(土) 06:44:53.66ID:dwm4Lkth
ゆっくりとクロイツ達が散開し始めた。壁を背にするわたしの両脇、前後に設けられたドア前へと。
息をつめ、狙いをつける彼らが、半円状に囲む。その半径2m。
彼らとは反対に後方へと下がる副大臣たち。沢口だけが正面に立ったまま動かない。

……いい気分じゃないね。
たかだか60畳ほどの室内に、50を超える人間の「殺気」が詰め込まれたんだ。
彼らの体内から分泌されるアドレナリンの匂いに反応する神経細胞。
高濃度のアドレナリン、脳内物質の急激な増加。それに伴う心拍の加速、体温の上昇。
鮮明となる視界。クリアとなる音。月明かりが照らす冬の湖の……薄氷の上に立つような。
ヴァンパイアは人間の殺意に反応し、意図する事なく瞬間的に戦闘態勢を取る。
これは本能だ。感情を抑制するのは簡単だけど、本能を抑え込むのは至難の業だ。
わたしは口を開いた。
本能のせいでこの身体が動いてしまうのを止めるために。

「これさ、『凶器準備集合および結集』の罪に問われない?」
「……は?」
「刑法第208条の2さ。『二人以上の者が他人の生命、身体又は財産に対し共同して害を加える目的で集合した場合において、
 凶器を準備して又はその準備があることを知って集合した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する』」

一瞬間眼を見開いた沢口が、フッと鼻で笑った。

「何か可笑しいこと言ったかな」
「いいえ。こんな時に刑法を持ち出すなんて、あなたらしいと思いましてね」

手にしていた血判状を懐に仕舞い込む沢口の眼が笑っている。

「私は一字一句間違えずに法律を諳(そら)んじる、なんて真似は出来ません。ですが――」
「……ですが?」
「これだけは言えますよ。『吸血鬼被害対策法』、いわゆる『吸対法』はあらゆる法に優先する」
「あははは! あったね、そんな法律」
「白々しい。あなたが作った法律じゃないですか。10年前、吸血鬼対策担当大臣となったあなたが最初にした仕事だ」
「……だね。両院、ともに満場一致で可決した時の……あの時の感慨は今でも忘れないよ」

……いやはや、良くやったなあって自分でも思うよ。
吸対法と、その施行令、施行規則に至るまで、ぜんぶ自分で考えて文書化したんだから。
そういうのは普通官僚の仕事だと思うでしょ? でもヴァンプ担当大臣には官僚はおろか、副大臣すら付かなかったのさ。
(キーボードを叩いてくれたり、コピー取ってくれるバイトの女の子すらね!)
行政事務分担が無いから要らないでしょって言われたらそれまでだけど、事務所すら無いって酷くない?
ハンター協会の元帥だって事は会員にすら極秘だから、そこの事務室借りるわけにも行かないしで……仕方なくそこの……
ほら、近くにあるだろ? 国立国会図書館。あそこの持込み機器使用席にさ、総理がこっそり貸してくれた端末接続して……
日中はほとんど居座ってたね。資料には困らないし。図書館員は変な眼で見てたけど。

「感慨にふけっている場合ではないでしょう。いま現在のお立場をお忘れですか?」
「まさか。この際だから、じっくりと聞いて置こうかな。何の根拠があって……このわたしに吸対法を適用させるのか」
0241菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/30(日) 08:07:32.50ID:O6t4mMkf
「根拠……」

ポツリとこぼした沢口が、しばしその眼を泳がせる。壁の時計は8時40分をさしている。
「……いいでしょう。実はあなたが『それ』と知らせてくれた者が」
「――沢口さんっ!?」
後ろにいた副大臣の咎めに、沢口は軽く首を振り――
「いいじゃないか。この人を納得させるには手持ちのカードを見せる必要がある」
「カード? ……まるで『切り札』でも持ってる口ぶりだけど?」
「えぇ、まさにその通りです。つい3日前の晩ですよ、彼が我々の元に出頭したのは」
「彼? 出頭? まさか――」

3日前といえば……麻生結弦のリサイタルが行われたあの日。
わたしは総理官邸の一室で、柏木の報告を待っていた。リサイタル会場での出来事を逐一総理に報告するためだ。
そうだよ。
あの夜、官邸には「吸対法」に基づいた「吸血鬼被害緊急対策本部」が設置されてたんだ。
実はその「吸対法」、「原災法(原子力災害対策特別措置法)」を参考にしてたりするんだけど、決定的に違うのはその機密性。
緊急災害対策本部(2011年の福島原発事故で初めて設置された)と違って、設置の為の閣議も、緊急事態宣言も必要ない、
すべて極秘で動いていいとしているのさ。
(何故って聞かれたら……国民の無用の混乱を避けるため? 断じて「自分がヴァンパイアだから」とか、そんな理由じゃないよ!)
因みに本部長が内閣総理大臣ってとこは同じで、メンバーは元帥以下、関連各省(防衛省、内務省、厚労省)の副大臣のみ。
たった5人の対策本部。
ついでに「これは緊急対策本部を作る事案です」と総理に進言したのは他でもないこのわたし。
自分の首絞めてるって……そんな事言わないでよ。何事にも全力であたるってのが信条(モットー)なんだよ……
(あ……これ、極秘事項だから他言無用ね!)
0242菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/30(日) 08:09:06.60ID:O6t4mMkf
あの時、
「水原桜子は死亡。クロイツの大多数が負傷。人間の死者は無し」なんて報告を最後に柏木からの連絡が絶えて……
わたしは即刻総理に「事態は収束しました」と告げ、たった30分前に立ちあげたばかりの対策本部を撤収して……
その後……何があったっけ?
そうそう、図書館にPC一式を置き忘れた事に気が付いて、急いで官邸を出て……走って(自走)いたその時。
急ブレーキの音がキュー!!!っと鳴って、横を見たら黒塗りのワゴンが止まってたんだ。
運転席から降りたのは他でもない、田中さん。

「如何なされました、伯爵様」
「いやさ、図書館にPC置き忘れてさ、早く行かないと閉館しちゃう――」
「その手の遺失物は職員が適切に保管し……いや、持ち主が判明した時点で連絡を寄越すのでは?」
「いや、あれの裏に備品シール貼ってあるからさ、総理に借りてたのバレたら都合悪いって言うか……」
「そんな事より伯爵様。今しがたの戦闘に介入し、如月とクロイツに顔が割れました」
「は? 割れたって……誰の顔が?」
「……わたくしの、です」
「えぇ!? じゃあ田中さん、柏木に『協力』したってこと? 嘘でしょ?」
「はははは! 如月にも指摘されましたな、ヴァンプが協力とか有り得ないと!」
「……笑ってる場合かな。あの黒いビル、下手したら明日にでもガサ入れが……てか強硬手段取られたら……」
「そこはそれ、『元帥』のお立場で差し止められて下さらねば」
「……そんなの、何日持つか解らない。急いでコトを進めないと。柏木は?」
「水原桜子の屋敷に、麻生と佐井様を運ばせました」
「大丈夫かなあ……こっそり投降とかしないといいけど」
「御懸念はごもっとも。あやつを過度に信用なさるべきではありませんな」
「あとさ……その伯爵ってのやめてよね。わたしの事は――」
「承知しております、伯爵様」
「……」

その後の3日間、田中さんはおろか、柏木からも連絡が無かった。
だからわたしは業を煮やして二人を呼び出した。朝の5時に、都庁の屋上で待ってるって。
田中さんはいつものあの調子で笑ってて、柏木も神妙な顔して畏まってて……だけど、腹のうちは相変わらず読めなくて。


「えぇ、おそらくその、まさかですよ、『菅伯爵』殿」
おもむろに懐に手を差し入れた沢口の、その取り出した手の中にあったのは、黒く変色した染みの残る一冊の手帳。
いや良く見たら手帳なんかじゃない、薄い版の聖書だった。
0243◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/30(日) 09:50:00.57ID:O6t4mMkf
うっかりしてエラいミスやらかしちゃったよ……

×実はその「吸対法」、「原災法(原子力災害対策特別措置法)」を参考にしてたりするんだけど
○実はその「吸対法」、「災害対策基本法」を参考にしてたりするんだけど

しかも吸対法作ったのは10年前。原災法の施行日は平成29年。
施行日の年号からして、参考になんか出来っこないってわけ。
0244 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/30(日) 10:09:21.00ID:O6t4mMkf
>243
最後の2行は削除で! 災害対策基本法の制定は平成11年!

このスレッドの読者が最低一人は居るという前提のもと、情報は正確に提示しようかな、と。
0245◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/09/30(日) 10:27:27.80ID:O6t4mMkf
情報は正確にと言ったそばから……
>244
×災害対策基本法の制定は平成11年!
○原災法の制定が平成11年!

訂正が重なって何が何だか分からなくなってますが、
とどのつまり、ヴァンプ担当大臣だったわたしが参考にしたのは災害対策基本法だってことです。
(ぶっちゃけ、作者が参考にしたのは原災法の方なわけで)
0246菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/10/01(月) 17:44:54.51ID:MwjeS3Zb
「これに覚えがありますか? 出頭した本人のものなんですがね」

無論、忘れるはずがない。初めてヒトの血で喉を潤した……あの夜の記憶。
血の海に沈む一冊の書。まだ温かい血に染まる黒い表紙に、刻まれた持ち主のサイン。
紛れもなくあの時柏木が持ち歩いていた聖書だ。それを何故……沢口が?

「是非あなたの口から聞きたいですね。何故これに……あなたの指紋が付いているのか」
「……指紋……だって?」

ぐっと口元を引き締めた沢口が、開いた冊子の「とある箇所」をこちらに指し示した。
もとは印字されていただろう黒い文字のインクは溶け出し、ページ全体が薄茶に染まっている。
その所々に点々と押し付けられた、黒とも茶ともつかない指の痕。

「実は鑑識が動きましてね、あなたのものとぴったり一致したんです」
「……鑑識――そうか、そうなんだ、知ってたんだ。じゃあ、わたしが『伯爵』だと協会内に周知させたのも君かい?」
「えぇ。でも流石にあなたが元帥である事は極秘のままですがね。当然ですよ、ハンター協会の威信に関わる」

今まで静かに事を運んでいた沢口が、突然声を荒げ話し出した。

「信じたくありませんでした! あなたは……人道的で、潔癖な人だ。たとえ相手が誰だろうとその間違いを正し、
 真っ当な意見を言える人だ。嵐が来ようがヤリが降ろうが被災地への寄付金集めに奔走し、演説し、
 人を使わずその足で街じゅうを踏破する。近づく企業や組織の金は受け取らない、公明正大、清廉潔白。
 そんなあなたに憧れて政治家になった者も大勢いる。
 それがすべて……フェイクだった! あなたはヴァンパイアで――我々人類の敵だった!
 柏木事務局長にその事実を聞かされた……その時のこの気持ちが解りますか!?」

沢口の眼が血走っている。青ざめた額と、首筋に浮かぶ青い血筋。
それを見たこの喉がゴクリと音を立てたものだから、わたしは慌てて眼を逸らした。

「解らないけど……嬉しいよ。こんなわたしの事を、そんな風に思う人が居たなんてね」

わたしの眼を睨んだまま動かない沢口の……胸のあたりから聴こえる鼓動。
全身にその血液を送り出す、心の臓が収縮を繰り返すその音がやたらと耳に纏わりつく。それに答えるように高鳴る鼓動。
……落ち付け。気を静めるんだ。

「君の言うとおり、わたしはヴァンパイアだ。だが……信じて欲しい。わたしは人類の敵なんかじゃない」

ピクリと沢口の眉間に皺が寄る。

「……この後に及んで何かと思えば……命乞いですか?」
「違う。今ここで闘えば、間違いなく人が死ぬ。違うんだ。わたしはあくまで平和的な解決を望んでいるんだ」
「我々に取っての解決は……あなたを含めたヴァンパイアすべてを駆除することだ」

カチリッ!

向かい壁の時計が9時ちょうどを打った。同時に、室内に鳴り響く電子音。
時報だ。誰かがスマホにタイマーでもセットしていたのだろう。
その音が……遠い……あの時の「音」を呼び覚ました。
鮮明に思い出されるあの夜の出来事。倒れた男の呻き声、見守る群衆の息遣い、そして……月光の第3楽章の旋律を。

突然の発作。
心臓を握りつぶされるかの激痛に、わたしは声もなくうずくまった。
0247菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/10/02(火) 17:33:23.22ID:oAsNj1cE
「どうしたんです? またいつもの……ですか?」

頭上から沢口の声がする。
わたしは自分の懐をまさぐった。発作を鎮める音楽を聴くための――iPotのイヤホンを取り出すために。
だが何者かがその腕を掴み、捩り上げた。肩と肘の関節が嫌な音を立て、わたしはいとも容易く組み伏せられた。
いや、抵抗しようと思えば出来た。
ただわたしはまだ、「平和的な解決」の手段を諦めたくは無かったんだ。
手首足首のあたりでガチャリという音。同時に全身を襲う、猛烈な倦怠感と虚脱感。
対ヴァンパイア用の拘束具。純銀をあしらった特注の枷だ。
……なんて事だ。わたし自身が設計し、発注した最新器具の効果を、自分で試すことになるなんて。
ひどい頭痛と吐き気。遠くから聴こえるあの旋律が、徐々に大きくなっていく。
……駄目だ。何かを……言わねば……今すぐ口にしなければ。

「……だ……」
「……何ですって?」
「閣議が……始まる時間……だ……」
「御心配なく。こんなときの為の副大臣です。いまごろ閣議室の席についてますよ」

視界が逆転する。誰かがこの身体を持ちあげたのか。
キリキリとキャスターを動かす音が近づき、背や腰が柔らかな何かにぶつかる。

「しばらくの間、そこに座っててください」
「しばらく……? 監禁でもする気かい?」
「そのつもりです」
「殺さないの?」
「えぇ。今はまだ」
「今はまだなんて……どういうつもり……?」
「その質問にはお答えできません」

部屋の空気は相変わらず、鉄とオイルと……男達の体臭で満ちている。
あんまりだ。こんな酷い匂いと……殺意の中に……しばらく居ろと?

「我々は一時撤収します。見張りを数名残します」
「待ってよ……女の子の一人くらい……寄越してくれてもいいんじゃない?」
「……こんな時によくそんな冗談が言えますね」
「冗談なんかじゃない。発作を抑える為の……ニトログリセリンが切れてしまってね」

むろん、出まかせだ。ニトロなどで抑えられる発作ではない。

「……はあ。つまり……誰かに薬を持って来させろと?」
「医者だよ。わたしの主治医を呼んでほしい」
「一応聞いておきますが、それは何処の誰です?」
「佐井先生だよ。君達も良く知る人物だ。なにせ君達が……『殺害許可』を出した女性だ」
「……あのVPの女ですね。しかし彼女は――」
「戦闘能力のない……只の人間だよ。……計画に支障でもきたすかい?」

しばらく会話が途絶える。沢口がチラリと横をみて、そしてまた向き直り――

「……いいでしょう。ですが……妙な真似をしたらその時は――」
「解ってる。彼女だって相応の覚悟は出来てるはずさ」
0248佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/10/05(金) 06:42:29.14ID:lekYiiu2
床に倒れて動かなくなった麗子を、あたしはしばらく見つめてた。
パチッと眼を開けて、また伯爵の声で笑い出すんじゃないかとヒヤヒヤしながら。
柏木さんが麗子の身体に駆け寄って、その頬をピタピタして……白眼剥いてた彼女の眼が戻って。
でも柏木さんが呼びかける声に返事はない。ただボーっと眼の前の空間を眺めてるだけ。
彼女の耳下と手首を触る。
……麻生と同じ、低すぎるバイタル。
そう。伯爵は麗子を……放っておけば、死ぬか、ヴァンパイアになるかの状態に変えてしまった。
正義感が強くて、ヴァンパイアの撲滅の為には死んでもいいなんて……笑ってた、あたしのたった一人の友達を。
彼女がヴァンパイア化を望むことは万に一つでも有り得ない。
だから麗子はもう――

あたしは眼を閉じて、でもすぐに思いなおした。彼女はまだ治る可能性があるってことを思い出したの。
それに恨みごとを言っている時間はあたしには無いわ。ここにももう一人の患者がいるもの。

カイトもかなりの重症だった。
柏木さんが彼の手足を自由にする間もあまり反応がない。
急いで血管確保(点滴管挿入して、緊急の薬とかいつでも入れられる準備することね!)してから傷の具合を診たんだけど、
……なんかもう……色々と酷かった。
脇腹の傷、肺に届いてるし、右腕も上腕骨が外に飛び出してる。左膝なんかもう粉々。(ハイヒールで踏んづけたりするから!)
そうこうするうち彼、ぐったり脱力しちゃって……
意識の喪失。脈も、弱過ぎて触知できない。

「先生……?」
「出血が多すぎる。いますぐ大きな病院に連れてかなきゃ」
「残念ですが、外の病院には大方伯爵様が手を回されました。ハンターはすべて『確保』するようにと」
「厚生労働大臣って……そんな権限があるの?」

柏木さんはその質問には答えずに、カイトの手をぎゅっと握った。眉間に深い皺を刻ませて。

「柏木さん? カイトは……あなたに取っては敵よね? 何故そこでそんな顔するの?」

そしたら後ろに居た麻生が手をついて立ちあがって、ゆっくりとあたし達の方に移動してきて……そして言ったの。

「あなたは本当は……人間の味方なんだ。そうでしょう? 局長」
「え? そうなの? ……柏木さん?」

柏木さんはやっぱり黙ったまま、顔を背ける。

「僕はあの時から気付いてましたよ。舞台袖で僕を抑え込んたあの時、殺そうと思えば出来たんですから」
「そう言えば……あの時……麻生くんの首をいやらし〜く撫でてたわねぇ。……出来てるの? って思っちゃったくらい」
「……何ですかそれ。こういう時にそういう事いいます?」
「あはっ! ごめん。あんまり様(さま)になってたから……」

カツン、と靴の音をたてて柏木さんがこっちを向いたから、あたしは黙った。
柏木さんが怒ってるのかと思ったの。
でも柏木さん、懐から何かを取り出して、あたしに差し出した。
え? これって……

「私は……ヴァンパイアという種族をこの世から消してしまいたい。ただそれだけです」

受け取ったのはゴム栓と金属キャップで密閉された小さなガラス瓶。
そのラベルには赤い字で「狂犬病ワクチン」と記されていた。
0249佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/10/05(金) 06:43:16.58ID:lekYiiu2
「柏木さん! これ……」
「さきほど先生が御所望されていた品です」
「もしかしてさっき出て行ったのって――」
「えぇ。知り合いから一本だけ譲ってもらいました」

あたしは思わず壁の時計を見た。いまはもうすぐ9時だけど……
たしか柏木さんが部屋を出た時……あの時計は8時半ちょうどをさしていた。
麻生と伯爵とですったもんだしてるうちに柏木さんが戻って来て……伯爵が麗子から離れて……
居なかったの、10分からそこらよ? 
たまたま近くに動物病院があって、そこの院長と顔見知りで? そこから借りたって? それにしても――

「ありがと柏木さん、仕事が早いのね」
「いいえ。この2人が助かる可能性があるのならと」

そう言って、彼はいつの間にかすぐ傍に立っていた麻生と、倒れてる麗子を眼で差した。
あたしの仮説、「ヴァンパイアはウイルスによる伝染病」って言葉を信じて、仕事をしてくれたのよ。
本当は伯爵のそばに付いていなきゃいけないあの状況で、たぶん少しの無理をして。
「ごめんなさい。あたし、あなたのこと、誤解してた」
あたしを驚いたように見つめ返した柏木さんが、少し笑って、
「それは……お互い様です」ですって。
麻生が訳わかんないって顔で肩をすくめたから、あたしも笑った。
手早く注射の準備して、麻生に「腕だして」って頼んで、彼が左腕の袖をめくった……その腕を取った時に、ふと思った。
そう言えばこの手首、カイトの膝と同じくらい滅茶苦茶になったのよねって。

「先生?」
「……あ、うん。打つね。ちょっとだけチクっとするわよ〜」
「……僕は子供じゃありません。さっさとやって下さい」
「後悔しない?」
「僕は……先生を信じます」
「30分以内に拒絶反応起こしたり、全身に毛が生えてワンワン吠えたり、尻尾振るようになっても?」
「あはは! イヌになるのは流石に嫌だなあ……」

麗子にも同じ処置をして、麻生の経過を観察しながら……あたしは考えていた。
「その事」を柏木さんに頼むべきか。
確証なんかないけど、でも……何もしなかったら確実に「彼」は死ぬ。

「柏木さん」

麻生と向かい合わせになって談笑していた柏木さんが、あたしの顔見てハッと構えた。
……嫌ね。そんなにあたし、怖い顔してた?

「お願いがあるの。カイトの血を……吸ってくれない?」
0250佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/10/06(土) 11:47:12.48ID:rAvw+ME+
「まさか……その手を使いますか?」
柏木さんが茶色い眼を大きくしてあたしを見た。
「どういうことですか?」
麻生ったら要領を得ないって顔で首を傾げてる。
「あなたの左手を見て。つまりそういうこと」
「え……ああ! そういう事か! サーヴァントになれば――」
「そう。どんなに深い傷も綺麗さっぱり治ってしまう。ワクチンを打つのはその後。ただ……やっぱり待って」
「……先生?」

正直、自分て言ってて……不安だった。もしワクチンの効果が無かったらって。
無駄にサーヴァントを増やしたところで、ただ苦痛に苦しむ人が増えるだけ。
それならいっそ……このまま何もしない方がいいのかなって。でもね? 意外な人があたしの背中を押したの。
「俺ならいいぜ。遠慮は要らねぇ」
あたしはギョッとして……気絶してる筈のカイトを見た。
カイトの意識が戻ってる。少し身体を起こして、しっかりした意志の光を宿した眼であたしを見てる。
「待って。ずっと意識が無かったはずの君が……どうして?」
「ずっと聞こえてたぜ。あんたらの会話」
「え?」
「不思議なもんだな。手足の感覚もねぇ、眼も開かねぇ。でも音だけは……聴こえるもんだってな」
あたしは思わず麻生の方を向いた。彼もさっき、同じ事を言ってたから。
「良く解んねぇけど、ワクチンとやらで治るんだろ?」
「……解らない。その可能性があるってだけよ」
「それしか方法がねぇんだろ? ならやってみるしかねぇだろ」
「ほんとにいいの? 噛まれて……血を吸われるのよ?」
「そりゃあ……イヤだぜ。イヤに決まってんだろ。あんたや麗子さんみてぇな美女ならともかく、司令は男の中の男だ」
「……いや……そこ?」
「けど仕方ねぇ……。俺は……かまわねぇ……あんたを……信じるぜ」

再び昏倒しかけたカイトを、柏木さんが抱き止める。
「そうね、そうよね」
あたしは気を取り直した。さっき、自分で思ったじゃない。何もしなければ確実に彼は死ぬって。
「やってみるっきゃないわ! 本人の許可も出たし!」
「……急に元気になりましたね」
「立ち直りが早いのだけが取り柄なのよ! さあ柏木さん! サクッと、いやガブッとやっちゃって!」

でも柏木さん、戸惑った顔であたしを見たまま動かない。
「どうしたの柏木さん、簡単でしょ?」
柏木さんが首を横に振る。カイトの肩を抱いたままの腕が震えてる。
「言ったはずです。私には……自分を抑え込む自信などないと。1度変われば2度と……戻れないかも知れない」
「柏木さん……」
「一度『欲しい』と感じれば、そのすべてを我がものにしたくなる。時には抉り、裂き、犯す。それがヴァンパイアです」
「別にいいじゃない」
「「……え?」」

なによ二人とも。
あたしの「いたって前向きな意見」に、そんなアホっとした顔なんかしちゃって。

「いいわよ、いざとなったらここにいる麻生くんが止めてくれるから」
「……え? 僕?」
「もちろんあなたよ。自分がハンターだってこと、忘れちゃった?」
「いやでも……局長は人間側の人で……」
「何も殺せと言ってるわけじゃないわ。頭に2,3発ぶちこめば、しばらくは動けなくなる。でしょ?」
「……先生って……」
「なに?」
「見かけによらず乱暴な人なんですね」
「勇断をふるえる麗人、とでも言って欲しいわね。時間がないわ、さあ、早く!」

柏木さんが、ゆっくりと頷いた。その口の端に、優しい笑みを浮かべながら。
0251佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/10/07(日) 06:34:04.45ID:cW3+V3Wl
――バトラー柏木。
そんな言葉が似合う柏木さんが見せる、もうひとつの顔。カイトの首元に寄せる口の端から、鋭く伸びる一対の犬歯。
牙が皮膚と筋肉組織を突き破る生々しい音。カイトの身体がビクンと大きく跳ねて――
あたしも麻生も、文字通り固唾を呑んで見守ってたから、部屋はシーンと静まりかえってて、
そんな中で柏木さんが血を吸う音と、コクリと嚥下する音だけが何度も聴こえてて、
いきなりゾクッ! っと背筋に悪寒が走って、膝や肩がガクガク震えだした。
ぎゅっと自分の肩を抱きしめる。触れる二の腕が変に冷たくて、そしてものすごく――熱い。ブワット噴き出す汗。
……どうしたんだろうあたし。
ゆっくりと……部屋じゅうのすべてが回りだした。さっきみたいに。あの螺旋の構造物も、こんどは蛇みたいに身をくねらて。
「A……ACGGAAAAA……」
自分の口が、勝手にその配列を綴る。どうなってるの? あたし……どうなっちゃうの?

「先生、大丈夫ですか?」
麻生が肩を支えてくれて、あたしは我に返った。
どれくらい時間がたったんだろう。
少し離れた所でペタペタ自分の身体を触りながら……こっちを見てるカイト。
あたしを挟んだ反対側のベットに腰かけて、頭をさすっている柏木さん。
壁の時計は……9時15分。

「麻生君、一体ぜんたい何がどうなったの?」
「ええ!? 先生! 今の惨状、見てなかったんですか!?」
「惨状?」
「ほとんど先生の予想どおりになったんですよ? 局長止めるの、大変だったんですから!」
「そうなの?」
「まあ結果オーライですけど。カイトの奴も、すっかり元通りに」
「……君も?」
「えぇ。僕も、すっかり」

これ、やったーー!! って叫ぶとこよね。
いつものあたしなら、小躍りしながら彼らにキスして回ってたかも知れない場面。
……けど。
あたしは素直に喜べなかった。
さっきの身体の異変もそうだけど、何か凄く……嫌〜な予感がしたの。これから大変な嵐が来る……その前触れみたいな。
だから、ぴこん! て言うコミカルが音があたしのお尻のあたりでした時に、やっぱりって思ったの。
「先生?」
「メールだわ。ちょっと待って」
あたしはスマートフォンのホーム画面をタップした。送り主は……未登録の携帯みたいだけど……
「え? これって……どういうこと?」
「どうかしましたか?」
柏木さんが駆け寄って来て、その後ろにカイトがついて来て、麻生と3人であたしのスマホを覗き込む。
そして顔を見合わせた。
メッセージにはこう書かれていたの。

『伯爵ヲ返シテ欲シケレバ、議事堂ヘ一人デ来ラレタシ』
0252佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/10/08(月) 06:57:16.56ID:bqQ4WwDF
ショートメールの差し出し人は分からない。未登録の番号だったから。
「なんなの? 誰がこんなメール――」
そしたら、画面を眼で追っていた柏木さんが、自分のスマホ画面と見比べながら言ったの。
「この番号は伯爵様ご本人のものです」って。
「はあ?! つまりあたしに会いに来いってこと!?」
あたしはわざと大きなため息をついて見せてから、つかつかっと例の冷蔵庫に駆け寄った。
目当てのブツをヨイショっと掴んで抱えて、バタンと扉を閉める。

「柏木さん、この腕、返すわ」
「え……? しかし伯爵様が……返すなと」

あたしはそれを、イヤイヤしながら後ずさる柏木さんの胸に押し付けた。

「もう要らないの。遺伝子解析と電顕観察に必要な分は貰っちゃったから」
「……遺伝子? 伯爵様はもうその事をあなたに頼まれましたか?」
「……もう? いいえ。頼まれてなんか居ないけど、その為の機器が揃ってるもの。珍しい試料があれば、調べたくなって当然よ」

あたしはブーンと小さく振動してる器械の扉からガラス容器を取り出した。
「今ね、走査型電顕の試料作ってる最中なのよね。議事堂に出かける余裕なんてない」
蓋を開けた容器から漂う匂いに、柏木さんが顔をしかめる。ヴァンパイアって鼻もきくのね。

「いいえ、行って差し上げて下さい」
「え?」
「そのメッセージは伯爵様ご本人のものではありません」
「どうして解るの?」
「伯爵様は、『伯爵』という呼称を酷く嫌っておいでです。例え些細な一文であろうと、ご使用にはならないでしょう」
「そんなことで……断定?」
「勿論それだけではありません。そろそろ協会上層部が動く頃だと思っていました。私が彼らに告発したのが3日前ですから」
0253佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/10/08(月) 06:58:37.57ID:bqQ4WwDF
「告発って……いったい何を告発したって言うの?」
「厚生労働大臣菅公隆はヴァンパイアであり、我々の上に立つ御方であると」
「……司令……あんた……」
じっと座ってたカイトが腰を上げて、信じられないって顔して柏木さんを見た。
「局長、もしかしてご自分の事も?」
「ああ。すべてを打ち明けたよ。10年前に起こった事件を含めてね」
「10年前? そんな過去に、何があったの?」

柏木さんはあたしの問いに答えてくれた。こと細かに。
伯爵が、当初は自分を人間だと主張してたこと。
VP本部に潜入し、ヴァンプの集会に紛れこんでいた自分が、その伯爵と一戦交えたこと。
その最中で――伯爵が自らをヴァンパイアと認めた経緯。
敗北し、ヴァンパイアにならざるを得なかった柏木さん。
でも彼は伯爵に一矢報いていた。ヴァンパイアの唯一の弱点である銀弾を、伯爵の胸腔内に残すことによって。

あたし、涙が止まらなかった。柏木さんが、決して望んでそうなったんじゃないって分かったから。
伯爵も……本当は人間でいる事を望んでただなんて……
0254創る名無しに見る名無し
垢版 |
2018/10/17(水) 14:46:48.25ID:ZU7x6aHX
中学生でもできるネットで稼げる情報とか
暇な人は見てみるといいかもしれません
いいことありますよーに『金持ちになる方法 羽山のサユレイザ』とはなんですかね

KF4
0255脳内妄想 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/10/21(日) 06:06:06.13ID:1hCZoTcX
こんな方々に演じてもらえたらなあ……のコーナー(敬称略)

佐井 浅香 綾瀬 はるか
菅  公隆 向井 理
菅  公隆(少年時代)小池 鉄平
水原 桜子 石原 さとみ
水原 秋子 石原 さとみ
麻生 結弦 千葉 雄大
如月 魁人 松坂 桃季
柏木 宗一郎(執事)平山 浩行
柏木 宗一郎(素顔)坂口 賢二
田中 与四郎 時任 三郎(特別出演)
日比谷 麗子 芦名 星
佐伯 裕也 水嶋 ヒロ
水流先輩 オダギリジョー
0257佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/10/21(日) 09:01:00.67ID:1hCZoTcX
しばらく誰も口を開かなかった。
あたしも、麻生も、カイトも。そしてベットに横たわったままこっちを見てる麗子も。
あたしはため息ついて、実験台の横の椅子に座りなおして……あれ? って思った。ここにもう一人、誰か居なかったっけ? って。
でもその時、遠くで馬の嘶く声がしたの。
咄嗟に立ち上がったカイトが、窓際に駆け寄って、少しだけ開いてたガラス窓をぐっと押し上げて――
「あっ!」
思わず叫んだ。吹き込んだ冷たい風が、机に置いてあったルーズリーフを吹き飛ばしたから。
柏木さんがあたしに顔を向けたまま、しかもさっきくっつけたばかりの右手でそれをキャッチ。
(わお! さっすがヴァンパイア!)
それを手渡そうと足を踏み出した柏木さんの前に、麻生が割り込んだ。

「麻生君?」
「状況を確認させて下さい。上層部――つまり副大臣達が、議事堂内にて伯爵を拘束した。そういう事ですか?」
柏木さんが一度目を閉じて、そして部屋に居るみんなを見回した。
「おそらくそうだ。伯爵様を囮とし、全国に散らばるヴァンパイアを招集させる。そこを叩く手筈になっていたからね」
「俺達ハンターへのお達しは? 」
カイトがしきりに耳たぶのあたりをいじりながら柏木さんに問いかけた。
「魁人くん?」
「その……俺の無線、壊れちまったみてぇで」
「君は麻生くんと共に現場に向かいたまえ。麻生は人間として無事生還、作戦に加えるよう上には言っておく」
「それはいいんですが、解らないのはメールの意図です。何故……わざわざ佐井先生を呼び出す必要があるのか」
「そう言えばそうよね。どうして? 柏木さん」
「それは……伯爵様自ら先生の召喚を頼んだのではないだろうか。この期に及び、協会が先生を『目標』にするとは考えにくい」

思い出したようにルーズリーフを手渡そうとした柏木さんの手を、あたしは押し戻した。
え? っていう顔してあたしを見る柏木さん。
「じゃあこの続き、やっといてくれる?」
「は?」
あたしは手書きで書きなぐった部分を指差して見せる。
「いま……グルタールアルデヒドで組織を固定した所……そう、その箇所。その続き、任せたわ」
柏木さんったら真面目&困惑顔。 
「何故わたくしが?」
「議事堂へ行けって言ったのはあなたよ。じゃあこっちの続きは誰がやるのって話よね」
「しかしわたくしは」
「あなたさっき、『もうその事を頼まれたか』みたいな事言ったわね?」
「え? ええ」
「つまりこれは、伯爵に頼まれるであっただろう大事なお仕事。違う?」
「……」
「大丈夫よ! 有能な貴方なら出来るわ! ぜ〜んぶこのマニュアルに書いてあるから!」
って指差した電顕操作その他機器の使用説明書(たった5,6冊)を横眼で眺めた柏木さんが、口をパクつかせて――
「明日になってもあたしが帰らなかったら、電顕写真もプリントしといて! あなた自身の組織写真よ、興味あるでしょ?」

黙り込んで、ノートめくって。何事かブツブツ言い始めた柏木さん。
その肩をポンっと叩いたあたしは、ドアに向かおうとしたけど、でも麗子に止められた。
「麗子! もう動けるの!?」
「おかげさまで。って言いたい所だけど、喜んでる場合じゃないわ」
一度笑った口元を引き締めた麗子が、あたしの腕をぐっと掴む。
「解ってるの? 協会はハンター達に『佐井浅香』の殺害許可を出している。行けば必ず……殺される」
「え? ん……そんな気は……してたけど……」
「柏木局長も局長だわ。そのことを知ってて、浅香を向かわせるなんて……どういうつもりですか?」
結構な剣幕に柏木さんったら困った顔しちゃって……でもあたしには……柏木さんの意図が解った気がして。
「それは、桜子さんの時と同じ理由。そうよね? 柏木さん?」
麗子が眉をひそめてこっちを見る。
「柏木さんはヴァンパイア撲滅を望んでる。でもその一方で、彼らの人間性を尊重してる。でしょ?」
あたしの言葉に柏木さん、やっぱり困った顔をして。
「貴方は言ったわ。お嬢様の魂を救ってくれてありがとうって。伯爵も……そうなんでしょ?」
あたしは柏木さんの頷く顔が見たくて、しつこいくらい柏木さんを問い詰めて……

でもついに柏木さん、首を縦に振らなかった。
0258如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/10/28(日) 09:58:12.80ID:nGnOQIoQ
カシャッとベレッタにマガジンを嵌めこんだ結弦が俺を見る。
ハッとしたね。ハンターが現場に向かう時の眼だった。
現場はハンターに取っちゃあ死地よ。ヴァンパイア相手に生きて帰れる保証なんて何処にもねぇ。
そんな時にそんな顔するてめぇは……やっぱハンターなんだな。

「免状持ちが組むこたぁ滅多にねぇ。お手柔らかに頼むぜ?」

俺ぁ弾薬込め終わったシリンダー戻しながら、奴に向かってニヤリと笑って見せた。
軽口のつもりで言ったんだが、奴は唇噛んで眼ぇ逸らしやがった。まるでこれが今生の別れみてぇな顔してな。
……解らねぇでもねぇ。
俺達ハンターには暗黙の約束事があってな。
ヴァンパイアに噛まれちまったそん時ぁ……仲間だろうが何だろうが互いに躊躇しねぇっていう確約だ。
まあ当然っちゃあ当然だ。噛まれたらもう人間じゃあねぇからな。
でもな、ヴァンプの野郎、あの手この手で来るからな。さっきの伯爵の手管も見たろ? 
ハンターを手駒にする為なら汚ねぇ手も平気で使いやがる。
結弦は迷ったと思うぜ? 俺ぁあん時、まだ噛まれてなかったもんよ。
伯爵が麗子さんから離れたときぁマジほっとしたぜ。上層部もヤル時ぁヤルってこった。

「魁人くん、麻生くん、伯爵様と佐井先生を頼んだよ」

司令の言葉に、俺ぁ頬が引きつったね。
頼むってどういう意味だろうってね。
でも敢えて突っ込まなかった。司令ははっきり「始末しろ」とは云えねえ立場だからな。
協会の人間で、俺達の味方だって事ははっきりしたが、ヴァンプである以上伯爵には逆らえねぇもん。
だから伯爵は始末する。
ただ、女医のこたぁどうすりゃいいんだ? 
(俺らを助けてくれた事に関しては置いとくぜ。ハンターとしての俺らがどう対処すりゃいいかって話だ)
上の指示は「始末していい」だ。
してもいい。つまりサーヴァントになろうがなるまいが、必要に迫られりゃあ殺していいってこった。
理由は彼女がヴァンプ志願者だから。
だがどうもすっきりしねぇ。彼女、結弦や麗子さんのこと、本気で治そうとしてたからな。
これだけははっきり聞いといた方がいいかもしんねぇ。

「あんた、まだ『なりてぇ』とか思ってる?」
「は?」
「ヴァンプになりてぇ気持ちは変わんねぇのかって聞いてんの」
「変わらないわ」

……変わんねぇのかよ。

「はっきり言っとくぜ。俺は恩人でも容赦はしねぇ。ヴァンプとその志願者はハンターの撲滅対象だ」
俺は銃口を女医に向け、その眉間に狙いをつけた。
「気が変わらねぇってんなら、いまこの場で撃ってやるぜ。ヒトだからこそ楽に逝ける急所にな」
0259如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2018/10/28(日) 11:57:19.06ID:nGnOQIoQ
何か言いたそうに口を動かして、俺の眼を見てた女医が、口を閉じて目を瞑る。
……なんでだよ。なんでそうまでして……ヴァンプなんかになりてぇんだよ。

「俺には……わかんねぇ」
俺の親指は撃鉄の上に軽く乗っかったまま。
「ガキの頃、夜の明けねぇうちに起き出して……馬に乗って浜沿いを走ったもんだ」
女医が目ぇ開けて眉間に皺を寄せやがった。司令も結弦も麗子さんも、おんなじ顔して俺を見る。
……やりにくいぜ……ったく。

「よく晴れた日なんかはな。姫……ああ、俺の馬のことだがな? 彼女が立ち止まってはブルルっと鼻ならす訳よ。
 降りて見れば……一面に生えたキスゲ(エゾカンゾウ)が足元くすぐって……所々ハマナスも咲いててな。
 風はねぇ。刺さるくれぇ冷てぇ空気。そんな中、水平線のヘリにゃあくっきりと……利尻の山が浮かんでる。
 たまに知り合いの漁師が獲った魚持ってくんのよ。ソイって魚がいるんだが、生きじめしたてのそいつをサっと捌いて
 その場で口に入れた時のシャッキリ感と? しつこくねぇ旨味がもう最高なんだぜ? 東京じゃあ味わえねぇ贅沢よ」

誰も、何も口にしねぇ。銃口を女医に向けたまんまの俺はため息をひとつ。

「俺ぁ決めてんだ。ヴァンパイアを一掃できたその日が来たらあそこに戻るってな。
 キリリと冷てぇ早朝に、利尻見ながら、塩味の効いたソイを食うってな。人間で居られる喜びを噛みしめながらな」

何がおかしいんだか、女医がクスッと笑った。何だよ、結弦も麗子さんも……司令まで笑うこたぁねぇじゃねぇかよ。

「あなたの言いたい事は良く解ったわ、えっと……」
「如月魁人だ。魁人でいいぜ」

思わず眼ぇ逸らした。すっげぇ笑顔でこっち見た女医があんまり綺麗ぇだったからな。
……ち……ちげぇよ! 俺が女なんかに惚れるわけねーだろ! 俺には姫っていう大事な相棒が居るからな!

姫の話をすりゃなんとやら。
玄関ですんげぇ音がした。外から大砲でもぶち込まれたみてぇな。
メイド達のすんげぇ声が壁ごしに聴こえたんで、俺達は勢い勇んで廊下に出た。
そしたら居たよ。あの頑丈なドアぶち破って駆けこんだ犯人が。

「姫! お前なにやってんだ!?」

俺の声を聞いた姫は、静まるどころかますます乱気になった。棒立ちになって前足振り上げるわ、尻っぱねて靴置き場壊すわ。
俺は姫の腹下に駆け込んで、彼女の胴体にしがみついた。
(馬ってもんは自分の腹の下には手も足も出ねぇからな)
片手で鬣(たてがみ)掴まえて、片足で地面を蹴って背中に乗っかる。またまた姫が棒立ちになったが、離すもんかってんだ。

「姫! しずまれ! 俺だ!」

さすがに耳元で叫べば聴こえんだろ。やっと前足降ろした姫が、短く鼻ならしてこっちを見た。
「乗れよ結弦! 女医もだ! 早く!」
「待って? まさかそれに乗って議事堂に?」
俺ぁ二人の腕掴んで後ろに座らせた。ちと強引だったかもしんねぇ。でも居ても立っても居られなかったんだぜ。
「地下鉄も車もまどろっこしいぜ! 馬が一番早ぇ!」

さっき……高く嘶いた姫の眼が金色に光って見えたのは……気のせいなんかじゃねぇ。
司令と同じ、ヴァンパイアの眼だ。あの蝙蝠はやっぱ伯爵の手下だったわけだ。

……畜生……伯爵の野郎……ぜってぇに許さねぇええええ!!!!!
0260柏木 宗一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/04(日) 09:59:55.64ID:fKfP6Bqb
マニュアル本の見慣れぬ記号、薬物名の羅列を解読しつつ、仕事に励む麗子に目を向ける。
ここに残り、私の補佐を申し出た彼女は、このような自然科学系の仕事も出来るのか。
ここは密かに佐井浅香の後を追い、伯爵様の元へと馳せねばならぬ所だが……

「局長。浅香のことが気になります?」

手を止め、黒目勝ちの瞳でこちらを見上げる麗子。16年前――まだ彼女が学生であった頃と同じ眼だ。

「佐井先生だけじゃない。麻生と魁人のことが心配だ。そしてなにより……伯爵様の事が」
「伯爵……様?」

ゆっくりと控えめにヒールを運び、そっとこの袖を掴んだ彼女がこちらを見上げる。

「人間だった貴方の身体を――貴方のすべてを奪ったそいつが……心配だっていうの?」

腕を掴む、その指に力が籠もる。
私は唇を噛んだまま目を逸らす。
彼女がそっと……手を離す。
ゆるりとカーブを描く前髪がサラリと横に流れる。

「私の事は……どうなの? さっきの『私とは何でもない』……って言葉は……本心なの?」
「君の……あの時私に言ったあの言葉こそ偽りではないのか?」

室内は静まり返ったまま。
再び吹き込んだ秋風が彼女の長い後ろ髪を靡かせる。

防衛省に勤務していた彼女がハンター協会に出向し、この私の秘書となったのは半年前のことだ。
つまり私が麻生結弦の屋敷から逃亡し、協会へと復帰した直後。
沢田防衛副大臣の推薦だと寄越された彼女は、仕事上実に有能だった。
無茶とも言える上からの指示をこなしつつ、ハンター育成業務に奔走していた私を実によくサポートしてくれた。
そんな彼女がある日、この私に対する想いを打ち明けた。
16年前、大学のサークルで顔を合わせた……あの時から一時も忘れる事は無かったと。
衝撃だった。
ヴァンパイアとなってから……いや、それ以前から人としての自分を捨てていた。
悲願達成のためには、恋愛は無論、非合理な感情も生活も不要だと。
そんな私の心を揺るがした彼女の告白。無論、応じられる身ではない。
伯爵からは、彼女への情報は最小限に留めるよう警告されていた。
沢口は事務局長であるこの私を不審い、諜報の目的で彼女を送った節があると言うのだ。
迷った挙句、しかしそれ相応の覚悟で出向いた逢瀬の場。
そこはじき解体を待つばかりの古い道場だった。

「良かった。来てくれないかと思ってた」

なんと彼女は、白の道着に黒の袴――合気道の稽古着を纏い待っていた。
0261柏木 宗一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/11(日) 07:14:18.73ID:beBATOMH
床面中央に敷かれた古畳の中央ややこちら寄りに彼女は座していた。
陽が落ちたばかりのうす暗がりの中、時折差し込むヘッドライトの光が彼女の背を照らし出す。
背筋を伸ばし、両手の拳を膝に乗せるその姿勢で……ずっと……ここで私を?
そう言えばあの頃も。
サークル帰りに決まって立ち寄るこの場にて、一番先にここで待ち、そして最後まで居残っていたのが彼女だった。
彼女が何故この場を選んだか。わざわざ聞く必要もあるまい。

神前に向かって一礼し、素足となった足を畳に乗せる。
敷き詰め固めた藁を踏む弾力。あちらこちらがほつれ、擦り切れた畳はまだ温かい。

「遅くなってすまない」

私の声に振り向いた彼女が、はにかむ様な笑顔を浮かべ首を振る。
何も言わず、ゆっくりと立ち上がる彼女。何故彼女はこの場を指定したのだろう。
その井出達は、かつての記憶を共有する為だろうか?
一間(2m弱)ほどの間合いを取り、向かい合った我々は、少し長めの礼を交わした。
16年前のあの時ならば、即座に半身の構えを取るところだ。
ところが彼女は、一向に構えを取らず、ただ腕を横に下げたまま強い視線を送るのみ。そして――

「私が勝ったら……付き合ってくれる?」
「え?」

思わず訊き返した。
どちらかが仕掛け、それを返す。返された側は腕関節と取られ、横受け身を取る。或いは抑え込まれる。
すべてが決まった型で、「演武」と呼ばれる動きだ。通常、合気道では鍛錬として実践的な試合を行わない。
つまり、「勝ち負け」という概念がないのだが。

彼女は戸惑う私になんら構わず、一歩前に出た。
腹下に溜めた右拳をまっすぐに突き出す正拳突き。合気道ではない、空手のそれだ。
私はそれを交わさず左掌で受け、掴み取った。だが彼女は動きを止めず、むしろそのまま前に出た。
左で私の襟を取りつつ。
しばし状況の整理に時間を要した。無様に尻もちを突いた私の上に跨った彼女が得意げに笑う。
なるほど、彼女は私の脚を払ったのだ。
いや、「払い」ではなく、「刈り」というべきか。柔道で言う大内刈りだ。
袴をつけた足はその動きが察知し辛い、と一応は云い訳しておく。

「驚いた。君がまさか、そんな手でくるとは」

クスリと笑った麗子が自分の額を私の額に押し付ける。
「私もよ。意表を突ければ……格上に勝つことも出来るって」
今にも触れ合いそうな彼女の唇と、その吐息の甘い香り。
それはヴァンパイアであるこの身にとってはあまりにも煽動的な知覚情報だった。
私はたまらず彼女の両肩を抱きしめた。その後で私の取った行動は、彼女にとっては「OK」のサインに違いなかった。
0262柏木 宗一郎 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/14(水) 07:00:09.47ID:4WfO08Gx
「あの夜の事は忘れないわ。貴方は私を何度も……それこそ数える事を忘れるくらい、抱いてくれた」

取り巻く機器が低く振動する音が、私を現実に引き戻した。
じっとこちらを見上げる麗子。濡れて光る彼女の眼に、この自分の姿が映りこんでいる。

「……今となっては悔やまれる。解体寸前とは言え、神聖なる神前にて……私は君の魅力に負けたのだ」

眼を背けた視界に、再び彼女が飛び込んできた。
感極まったのか。この腕を掻い潜り抱きついてきた彼女を、私はただ抱き返した。

「それが何? いけない事なの? 嬉しかったわ。寝物語に……貴方は身の上を話してくれた」
「……そうだったかな」
「そうよ。美しい長崎の街並のこと。故郷の島を取り囲む海のこと。その島で起こった事件の事も」

彼女の言葉が更なる過去の記憶を呼び覚ます。
寒空に凛と輝く明けの星。朝焼けに染まる礼拝堂。カサリと音を立てる紅葉の葉。
開け放たれた両開きの扉。色濃く漂う……血の匂い。

「貴方はその島での……ただ一人の生存者。だから――」
彼女の顎を上向かせ、唇を重ねた。あの光景を今だけは思い出したくなかった。
この体重に耐えかねるように身を沈める彼女の身体を横抱きにする。触れ合う唇を離さぬまま。
傍の診療台にその身を横たえながら、求める彼女の唇と舌先の感触をしばらく楽しむ。
彼女の手が胸板をくすぐり、やがて脇下から腰に下がり……その指先がベルトの金具を探り当て……
緩急をつけ撫でさするその技法に嬉々として反応する身体。
ふと笑いが込み上げる。
クノイチと呼ばれた、かの時代の女の忍びは、こうして男から情報を得たと言うが。
彼女は防衛省の人間だ。沢口が送りこんだ理由は、この私がヴァンパイアではないかと疑った為だ。
しかし、とうにその事は知れている。彼女は決してその目的でこうしている訳ではない。

「怖くは無いのか?」
唇を軽く触れ合わせたまま聞いてみる。
「君が相手をしているのは……血に飢えたヴァンパイアだ」

あえて両眼に力を込め、彼女の眼を睨みつけた。すべてが黄金に染まる中、彼女の黒い瞳がまっすぐにこちらを見つめ返している。

「怖くなんかないわ。浅香がワクチンを打ってくれたもの」
「そうだった。ならば君から少しだけ……『分けてもらう』のはありだろうか?」
「そうね。少しなら……構わないわ」

私達はしばらくの間、互いの身体を求めあい、確かめ合った。
セットしていたタイマーの電子音が、操作時間を知らせるまで、その行為は続いた。
その間不思議と……血の欲求が性のそれを上回る事はなかった。
あの道場で彼女を愛した……その時のように。

ヴァンパイアはある意味、人間よりも人間的だと言えるだろう。そうと決めた相手には決して『手出し』をしないという点で。
0263菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/17(土) 07:11:32.52ID:mDic8v7R
刻一刻と過ぎる時間。
私は椅子の背に身体を預けたまま、心臓を焼かれるような発作の苦痛にひたすら耐えていた。
無言でこっちに銃を向けてるクロイツ達。耳に入るのは彼らの息遣いと、規則正しく動く時計の秒針の音だけ。
時間は10時。1時間も放置プレイなんて酷過ぎる。
そんな時だった。ノックもなしにドアが開いたのは。
沢口だ。彼に続いて入って来たのはクロイツと副大臣だけ。
あれ? 先生は?

「どうですか? 御気分の方は」
ゆっくりとカーペットを踏みしめながら近づいてくる沢口達。
私は何も答えなかった。気分なんていいはずがない。だいたいさ、人にこんな手枷足枷つけといて良くそんな質問出来るよね?
まあね。軽口で返してもいいとこだけどね。
正直、そんな余裕なんかないって言うか。
「たった今、総理に話を通して置きましたよ。貴方がヴァンパイアであり、今の職を全うする権利などない事を」
私は上目遣いに彼を睨みつけてやった。まるで勝ち誇ったような沢口の顔があんまり胸糞悪かったからさ。
視界が黄金に染まる。
今彼らには、この金の眼が見えている。一度でもヴァンパイアを相手にしたことあるなら……この意味が解るはず。
息を呑むクロイツ達。
沢口もハッとした顔して足を止めて……でも流石は副元帥。すかさず手を動かして、クロイツ達に指示を送る。
ゴクリを唾を呑みこみ、それでも意を決したように頷いて駆け寄って来るクロイツ達。
彼らの銃口が、両の米神と胸の真ん中に押し当てられる。
安全装置の外された銃の、トリガーにかかったままの人差し指。一触触発ってのはまさにこの事だ。

「……あの総理が……君の話を信じたのかい?」
気分も体調も最悪だったけど、私は努めて軽い口調で聞いてみた。聞かずには居られなかった。
今現在、総理は二木俊太郎が務めている。首相だった父の補佐役で、私も幼い頃から顔見知りだった人物だ。
私の嗜好症の事も知った上で、色々と世話してくれてさ(こっそりPC貸してくれたり?)、
大臣就任に漕ぎ付けられたのもほとんどこの人のお蔭でさ。
そんな人が簡単に沢口の言う事信じるかなあって……ちょっと疑問に思ったのさ。

沢口は返答するかどうか迷ってるようだったけど、でもぎゅっと口を結んでしまった。
……だよね。
不用意な発言は手の内を知らせる危険がある。
私ならそうする。
そしてもし私が沢口の立場なら……緊急対策本部を立ち上げるよう総理を説得してる。
警察と自衛隊にいつでも出動出来るよう要請し、その上で……拘束したヴァンパイアの長を最大限に利用する。

沢口はずっと私について補佐をしていた男だ。考えは同じはず。
ならば必ず……この状態を続けたまま夜を待つ。
ならば――時間はまだ十分にある。
0264 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/18(日) 09:10:08.86ID:YeXrMukX
もし終了前に容量が512KBを超えた時は、資料庫に場所を移す予定です
そうならないよう努力はしますが!
0265菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/18(日) 09:11:16.24ID:YeXrMukX
誰かがドアを叩く音。近くに居たクロイツがほんの少しだけドアを開ける。
なんだろう。総理からの言伝かな。あの菅くんがヴァンパイアの筈がない! なんて協会側に対抗してくれると嬉しいんだけど。
怪訝に眉をひそめた沢口が私の方をチラリと見る。
彼の肩越しにそっちを見ると、白衣を着た佐井先生が立っていた。
「まさか、あのメールで……本当に来るとはね」
呟きながら、さっき私から取り上げていたスマホを手に取る沢口。……なんて文面で送ったんだか。
「伯爵……菅伯爵は何処なの?」
「伯爵? ああ、菅もと厚労大臣ならあそこですよ」
沢口がまっすぐにこっちを指差して、それを見たクロイツ達が慌てた様子で私から離れる。
先生の黒い眼と眼が合った。
彼女ったら口をパクパクさせて、拘束されたまま椅子に腰掛けてる私の頭から足の先まで眺めて回してさ、こう言ったんだ。

「あはっ! 伯爵ったら、ずいぶんいい格好じゃない!」

ガクッと力が抜けたよ。沢口もクロイツ達も明らかに気押されてる。
気持ちは解るけどね。
まるでおろしたての白衣はパリッと糊が効いてて、ビシッとした往診カバンにショッキングピンク色の聴診器、
ミニスカートから覗く素足はほんと、最高に形が良くて。
キリッと沢口を見返す眼はラメが入ったみたいにキラキラで(この部屋のレトロな照明のせいもあるけど)、
そんな先生が艶々でサラッサラの黒髪をパサってやった時の男連中の顔、みんなにも見せてやりたいよ、ほんと!

「発作がおさまったら知らせて下さい」
「発作?」
「主治医ならご存知でしょう。我々は外しますから御随意に」
「え……ああ、そうね。解ったわ」
随分と神妙な顔つきで頷く先生。沢口がまたまた取り巻きを引きつれて部屋を出る。残ったのは私と先生だけ。
ま、ドア口で窺ってるんだろうけど。もしかしたら、議事堂ごと囲まれてるかも。

「やあ先生」
私は仰向けで背もたれに寄りかかったまま、視線だけで先生を見上げた。
エラそう? 仕方ないじゃない。後ろ手のままだし、ほんと言うと息するのがやっとなくらいだったんだ。
「ちょっと……大丈夫?」
さっきまで余裕の体だった先生の顔つきが変わった。その表情にドキリとした私は思わず眼を逸らした。
らしくないって? それも仕方ないよ。この後私は……この人が田中さんの孫娘だってことを、嫌ってほど思い知ることになるのさ。
0266佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/19(月) 17:46:33.60ID:QPlVLFTh
あたし達(の乗った馬)が議事堂に着いたのは、午前10時ちょうどくらい。
確かに車よりも電車よりも早かったけど、反則よね。信号とか渋滞とかまるっきり無視なんだもの。
不思議よね。パトカーと何度もすれ違ったのに、ぜんぜん注意されなかったのよ?

先に馬から降りてた麻生くんの手につかまって、よいしょって馬から降りて。
3人(プラス馬1頭)で門の前まで歩いていって、あたし、「え?」って思った。
だってだって……いつもなら制服着た衛視さんが立ってる筈の場所に、ライフル担いだ迷彩服の兵士さんが居たんだもの。
ううん、門前だけじゃない。敷地内も。……ほら、あのどーんと構えてる議事堂前の、植え込みとか植え木があるあの広い場所。
(行ったこと無い人も、きっと写真とかで見たことあるわね!)
そこにぎっしり詰めかけてるの。兵隊さんと……ほら、テレビで見かける……特殊部隊(SATのこと)の人達が。
敷地の外側はもう大混雑。
報道関係の車両とかパトカーがたくさん。警官となにやら揉めてる報道陣も居たりして?
四方の道路はほとんど無機能状態。
どおりで……渋滞がすごいわけよね。パトカーに呼び止められなかったのも、きっとそれどころじゃ無かったのかも。

「なんなの……いったい?」
あたしの呟きに、カイトと麻生が顔見合わせた。
「そりゃあ……あれだろ。ヴァンパイアどもが、捕まっちまった伯爵の野郎を……助けに来るかもってことだろ」
「あそっか。その為の武装ね?」
「って事は……上層部はその事を公表するつもりだろうか」
「一応っつーか、閣僚サマの一員だかんな。国民に黙って始末する訳にも行かねぇし、ちゃんとした公開の裁判とかすんじゃねぇの?」

カイトと麻生くんが見せた会員証(?)を見た門番さんがビッと敬礼して、一緒に通ろうとしたあたしは乱暴に腕を引かれた。
「……イッタいわね〜!! なにすんのよ!」
「通行を許可する為の照明、或いは書類の類いを見せて下さい」
「あるわけないわ! っていうか、聞いてないの? 菅厚労大臣に呼ばれたのだけど?」
「お名前は?」

名乗ったら意外にすんなり通してくれちゃって。なに? あたしの格好って……そんなに怪しい?
0267佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/24(土) 06:59:58.49ID:0uqm5KPY
良く晴れた寒そうな空に、くるくるっと舞う黄色い葉っぱ。吹き付ける風がすっごく冷たい。
見て! 梢にしがみついてた葉っぱがみいんな振り落とされちゃって!

議事堂の敷地内がこんなに風情たっぷりだったって知らなかったわ。
門に着く前に通ったお庭(議事堂の前庭のこと)もすごいの! 
さっきお馬さんでさっと突っ切ったんだけどね? 右手が洋風、左手が和風の、ほんと本格的で素敵なお庭!
今度ゆっくり自分の足で散策してみたいわあ……
あたし、こんなお仕事してあんなトコに仕事場持ってるけど、庭園ってものにちょっとした思い入れがあるのよ。
ほら、小さい頃お祖母ちゃんにお茶とか習ってたでしょ?
あのお家にあったお庭もすっごく綺麗で大好きだった。
想像してみて? こんな日の……まだ夜も明けない冷えた朝。カポン! って鳴る獅子脅しの音で目が覚めて。
障子を開けて縁台に出てみると、赤い紅葉の葉っぱが池の上でゆらゆら揺れてるの。
それに見惚れてるあたしに、あ祖母ちゃんが得意げに言うのよ。
『千利休はねぇ……庭を綺麗に掃いたあとで、わざと紅葉を幾枚か散らしたのよ。その方が――』


高く嘶(いなな)く馬の声であたし、いまのこの時に戻った。
顔面まで迷彩模様の兵隊さんとか、真っ黒なゴーグルつけた装甲服の男達でひしめき合うこの場所に。
何も言わず、静かに佇んでる隊員達の視線が、一斉に馬に向く。

「そう言えばカイトくん、そのお馬さん……おかしくない?」

あたし、実はずっと考えてた事を口にした。そうなの。この子、月姫って名前だったかしら。
とにかくすごいスタミナだったのよ。
距離は5〜6km、男2人と女1人だから、200kg近い荷物を乗せて……
しかも通行人とか車両を避けてジャンプしながらほとんど全力疾走。
サラブレットってそんなに体力ないはずよ? だから普通じゃないって思って訊いてみたの。
カイトは少し意外な顔して足を止めた。

「今更……っつーか、俺と姫は仲間内じゃ公認だぜ?」
「いや、そういうことじゃないて」
「あ? じゃあ何処に置いとくかって話か? なら問題ねぇ。ここの中庭ぁ……もともと馬繋ぐためにあるらしいからな」
「違うって! さっきからキバむき出して、白い息をフーフー出したりして……もしかしてこの子――」
「……気付いてたのかよ」
「え?」
「平気だぜ。今んとこ……まだ俺の言うこと聞いてくれっから」

カイトがふうっとため息ついて、それ以上何も云わずに歩き出した。
麻生も内心気がついてたみたい。
深刻な顔してカイトに続いて――あたしはそれ以上何も訊かなかった。
たぶん今までで一番長く感じた時間。
正面より右にそれた玄関口(参議院側の昇降口)に辿り着いた時、カイトが初めて口を開いた。

「俺達はここまでだ。1人でって約束だからな」
「ですね。先生、気をつけて」
「……わかった。行って来るわ」

そう、たぶんこれがあたし達の……金輪際のお別れ。
だってカイトは言ってたもの。あたしが人間をやめる事を諦めない限りは……容赦なんかしないって。
0268佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/25(日) 07:55:03.21ID:WwktZC8c
「ほら、来てやったわよ! 伯爵は何処にいるのかしら?」

玄関前で、彫像みたいにつっ立てる兵隊さんの1人に聞いてみる。
まだ20代前半って感じのその若い彼は、隣の彼と顔見合わせて……その手が肩に担いだライフルの銃身に触れる。
「安心して。あたしはまだ人間よ」
危険を感じて思わず言った台詞だけど、あたし、自分で言ってちょっと笑っちゃった。
だって『まだ』って。
裕也も、柏木さんも、カイトも、みんなあたしを引きとめてくれたけど、でもやっぱり諦めきれない。
それが言葉に出ちゃったから。

両手を上に上げろって言われて、怖い顔した彼らの手で入念にボディチェックされて。
持ち物検査も終わって、ようやく中に通されたあたしは言葉を無くした。
まるであたしを出迎えるようにずらりと並んで近づいてきた背広の一団、その面子に見覚えあったから。
もちろん直接知った人じゃなくて? ……そう! いまの日本の大臣達! 
わお! ほんと、テレビで見るのとおんなじ顔! 当たり前だけど!
その真ん中に立つ、銀髪で中肉中背の、一見どこにでも居そうな、でも何かオーラが違う男の人が、ニコッと笑って右手を差し出す。
え? その手を……このあたしが握る、の? 
そんなあたしの右手を両手でガシ! っと掴んだ総理の手は温かい……間違いなく人間の手。

「内閣総理大臣、二木俊太郎です。佐井浅香先生でいらっしゃいますね?」
「え……えぇ。はじめまして」

あたしの顔も挨拶も、たぶん間が抜けてたわね? こういうの、慣れてないもの!
けどね、総理の次の台詞であたし、緊張って名前の糸が解けたの。

「あなたが菅くんの想い人ですか?」
「え? は!?」
「失礼。この状況でわざわざ呼び出し、そして大変お綺麗でいらっしゃるから、もしやと……」
「違います! あたしは只の――」
「只の……主治医でいらっしゃる? なるほど、大変失礼いたした。どうぞこちらへ」

二木総理はとても……とっても気さくなおじさまだった。
0269佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/25(日) 07:56:50.37ID:WwktZC8c
「さあさあ! みな官邸へ移動して! 官房長官も、防衛大臣もですよ!」
「総理、あなただけここに残すわけには」
「いやいや、何かの時はお二方に指揮を取って頂かなくては。ここは私と副大臣達で十分、さあお早く!」

総理ったら、パッパと人を動かして、あっと言うまに大事なはずの大臣達をこの場から退散させちゃった。
ホントにいいのかしら?
ここ、戦場になるかも知れない場所でしょ? もしかしたら今この日本で一番危ない場所。命の保証も。
閣僚の中で、たった一人だけここに残って、本人はまるでそれを気にしてない風で。
よっぽど肝の据わった人なのかしら。それとも能天気なだけ?

赤い絨毯敷き詰めた廊下をあたしと並びながら、総理はまるで昔から知り合いみたいに話しかけて来た。
その話題は渦中の菅大臣。
「菅くんはね、小さい頃は私も手を焼かされたものだ」
って話から始まって、いかに菅公隆が優秀で、頑張り屋で、正義感の強い人物であるかを延々と語るの。
あたし、変に感動しながらそれを聞いてた。へぇー、人って……見る目が違えば違う物なのねぇって。
そして、もうすぐ3階にたどりつくっていうその時。
「いやはや、彼がヴァンパイアだとは、未だに信じられんのだが」
階段を登る足を止めて、二木総理があたしを見た。背後と横につくSPも一緒に立ち止まる。
「あの沢口君が言うなら間違いないと、対策本部の立ち上げを承諾したものの、あの菅君が人類の敵だとは思えんのだよ」
急に……総理が総理の顔になった、そんな気がした。
「あなたは……どう思われる? 主治医である貴方の眼から見た菅君は……何者かね?」
「彼は……」

あたしは口ごもった。だってあたし、菅大臣の怖い一面しか見てないもの。
柏木さんの腕を斬り落としたり、麗子にとり憑いてカイトの足とか腕とか撃ち抜いたりする一面しか。
ただ一つ、確実な事。それだけは知ってる。

「彼は正真正銘、ヴァンパイアです。それだけは事実です」
「…………そうかね」

一瞬間伏せた眼をぐっと凝らし、総理は3階の床に足を乗せた。
そして黙ってあたしを見送った。促されるままに第3委員会室のドアを叩く、その時まで。
0270佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/26(月) 18:53:49.53ID:B+FCutQo
あたし、自分なりに腹を決めてた。
捕まっちゃった菅伯爵。彼をダシに呼び出された自分。これってある意味最悪な状況。
それでもここに来たのは、伯爵の事情を聞いちゃったから。あたしに出来ることが、何かあるかもって思ったから。
ただ――
この扉の向こうに、ほんとに伯爵が居るとしたら……どんな格好かしら?
掴まえたヴァンパイアは利用するには危険すぎる。だから始末した方が無難だって思い直した指揮官にとっくに殺されてるかも。
でなくてもヴァンパイアが紳士的な扱いを受けるわけがない。
きっと素っ裸で天井から吊るされてるに違いないわ。それとも手足を落とされてる床に転がってるとか。
相手はあの伯爵だもの。いつ拘束解いて反撃してくるか解らないもの。
ていうか、そっちの可能性も?
伯爵に皆殺しにされた人達の遺体で部屋がいっぱいだったら?
あたしってば医者でしょ? 飛び散る血とか千切れた手足とか、そりゃもう生々しく想像出来ちゃうのよ。
だからあたし、何見ても驚かない、大丈夫って覚悟を決めて、そしてやっとノックをしたの。

対応に出たのは黒スーツの男。
とりあえず、後者の線はないみたい。
じゃあ伯爵は? って中のぞいたけど、黒服の男がうじゃうじゃしてて全然見えないの。
だから伯爵は何処かって聞いたら……取り澄ました顔して「あそこだ」って指差す人が。
さっと人が左右に分かれて、そして出来た道の向こうに――居た! 菅伯爵! で思わず笑っちゃったわけ。
少なくとも彼、裸じゃなかった。怪我もしてなかった。
両足前に投げ出して、仰向けで椅子の背にもたれかかって。
手だけは後ろに回ってたけど、でも不貞腐れた顔して。虜囚に甘んじるって態度じゃ全然ない。
あのいつもエラそうな伯爵が、捕まってるクセにやっぱり偉そうにしてる。そんな様子がとても可笑しかったの。
だから思わず

「あはっ! 伯爵ったら、ずいぶんいい格好じゃない!」

な〜んて、思ったことそのまんま口に出しちゃった。
そしたら伯爵、は? って顔してあたしを見て。まわりを見たら、大半が同じ顔してこっちを見てた。
男って……だいたい考えることが一緒なのね。
あたしの顔みて、そして胸、腰、足とだんだん下の方に下がって……そしてまた顔に戻る、その視線の動きがほとんど一緒。
普段はぜったい履かないミニスカートにこんなに効果があるなんて思ってもみなかった。
……仕方ないじゃない! まともな替えがこれしか無かったのよ!
0271佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/26(月) 19:25:56.18ID:B+FCutQo
「発作がおさまったら知らせて下さい」
さっき伯爵を指差した男の人が声をかけてきた。
歳は伯爵と同じくらいで、体育会系の精悍な顔つきの人。イケメンって言うより、ナイスガイって言葉が似合うわね?
「発作?」
「主治医ならご存知でしょう。我々は外しますから御随意に」
そう言えば柏木さん、伯爵の胸の中に銀の弾を置いてきたって言ってたわ。たぶんそのせいで定期的に心臓の発作が起きる事も。
あたしは曖昧に返事をして、男達がぞろぞろと出口に向かって、そして――違う眼であらためて菅伯爵を見たの。
「やあ先生」
ここに来て初めて耳にした菅伯爵の声。その声と顔色見て、彼がどんな容態でどんな気分なのか初めてわかった。
「ちょっと……大丈夫?」
駆け寄って声をかけずには居られなかった。
だってあのメールが届いたのは1時間も前なのよ? それをそんな格好でずっと我慢してたなんて。
駆け寄ったあたしから、伯爵がプイッと視線を逸らした。
たまに居るわね、こういう態度を取る男の人。
たぶん、苦しんでるトコ見られるのがイヤで……突き放した態度を取るんだと思う。
こんな風に、触診しようと差し出した手から、サッと逃げたりもする。
「じっとして! 脈と体温確認するだけだから!」
ビクッと身体を震わせた伯爵。
コツンとあたしの額を伯爵の額とくっつけたら、あらら……まるで初めて病院に連れてこられた子供みたいに硬直しちゃって。
「熱は……ないみたいだけど脈が早いわ。ちょっとだけ楽にしてくれる?」
そしたらあたしの言うとおりに身体の力を抜いたりして。
意外。伯爵ったら可愛いトコあるじゃない。
0272 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/29(木) 05:36:13.41ID:gY4ZMJcE
そう言えば、したらばだと閲覧出来ないっていう方はいらっしゃいますか?
もしいらっしゃるなら、移動せずこの板に2スレ目を立てますが
0273佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/29(木) 05:36:55.78ID:gY4ZMJcE
「発作の原因は……あれね? 10年前に柏木さんが――」
「……柏木が君に……話したのかい?」

眼を硬く閉じたままぐったりと椅子に身体をあずける彼。もう「平気なふり」をするのはやめたみたい。
白いジャケットの胸元に留められた、紺色の議員バッジが浅く上下している。
吐息だけで絞り出された囁き声が聞き取れたのは、あたしの耳が彼の口元近くにあったから。
「いい? 触るわよ?」
彼が頷くのを確認したあたしは、慎重にネクタイを外した。Yシャツのボタンを開放するために。
眼を閉じたままじっとしてた彼だったけど、胸に手を当てたら流石にちょっと身じろぎして。
「御免なさい。ちょっとだけ、動かないでね?」
胸骨、鎖骨、第1肋骨、と順に手の位置をずらしていく。呼吸を止めていた彼が不意に呻き声を上げる。
……そう、ここが……痛むのね?
あたしも手の平に意識を集中する。眼を閉じて……鼓動の振り幅と強さと、位置関係を把握する。
レントゲンなんて要らない。あたしはずっとこれでやってきた。
「左心(大動脈に血液を送る心室)の一点に『重み』があるわ。銃弾の位置はそこね」
「……へぇ……わかるん……だ……」
うっすらと瞼を開けた伯爵だけど、その焦点は定まってない。
「発作を抑える方法を教えて? あるんでしょ?」
視点を虚空に彷徨わせ、その口が何事かを呟く。
あたしは彼の言う通りにジャケットを裏返して、内ポケットから「それ」を取り出した。
指先でやっとつまめるサイズの白いiPod。もう今は製造されていないスクエア型のミュージックメディア。
ジョギングしながらこれを付けてる人を良く見かけたものだけど。
一緒にどう? なんて訊くから、片方を自分の耳に嵌めてみた。
「選曲は?」
「……このままで。彼の曲だけだ」
爪の先でやっとスライド出来る小さなスイッチを入れると、澄んだ音が耳に流れ込んで来た。
ピアノの音だった。
小刻みに痙攣していた彼の心臓がしっかりした鼓動を刻むまで、あたし達は寄り添ったまま同じ曲を聴いた。
0274佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2018/11/29(木) 07:31:58.01ID:gY4ZMJcE
あたし、菅さんがこんなに親しみやすい人だったなんて思ってもみなかった。
そうよ、大体あたし、この人が笑ってるとこ、初めてみた。
発作が収まった反動で上機嫌になっただけかもだけど、でもすっごく話好きで? 話題も豊富!
さっき聴いてたシューベルトの生い立ちから始まって、柏木さんが肝腎なとこで長崎弁だす話とかもう盛りだくさん。
それを身振り手振りで話そうとするもんだから、手と足に嵌めた金属の輪っかがカチャカチャ鳴ってうるさいの。
彼もそれが気になったみたい。

「手錠のここ、外してくれる?」
って言われてよく見たら、単純な留め金が右と左を繋いでるだけなの。ただ押して、引いたらカチャって外れて。
「ありがどう。マシになった」
「いいの? さっきの人に怒られない?」
「いいさ。これは嵌めてる事に意義がある。仕込まれた純銀がヴァンパイアの力を削ぐわけ」
「力?」
「そうだなあ……こうやって立ったり歩いたりは出来るけど、素早くは動けない。因みに開発したのはこの私」
「あそっか! 伯爵ってハンター協会の元帥でもあるのよね!」
「……そんな事まで……柏木も口が軽いなあ」
「だって、柏木さんは人間の味方だもの」
「ああ! もう! そりゃあ最初から解ってたけどさっ!!」

クシャクシャっと髪をかきむしる彼の口調はあくまで軽い。
でもこの人は……こうやって「状況」を受け入れてきたんだと思う。
あたしが……決して明るくない過去を打ち明けた時も、
「あはは! 君も私に負けてないねっ!」って優しく笑ったくらいだもの。
0275如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2018/12/04(火) 07:48:55.45ID:wr8JxSHI
議事堂の中庭はいけ好かねぇな。
四方がきっちり囲まれってから、馬に取っちゃあまるで監獄だ。なぁ姫、そう思うだろ?
そんな俺の心の声が聞こえたんだな。
甘え声出して鼻摺り寄せてきたんで、首に手ぇ伸ばして撫でてやったんだが……ぎょっとしたぜ。やたらサラッとしたからよ。
こんなの普通じゃねぇ。馬って奴は汗っかきだからな、普通あれだけ走りゃあびっしょりだ。
それが普通に乾いてやがる。バサつきもなければ乱れもねぇ。まるで百貨店で売ってる上等の毛皮だ。
更に気づけば体臭って奴がしねぇ。あの馬独特の匂いがよ。
見れば、結弦は繋ぎ場の石に腰かけてベレッタの手入れの最中だ。俺達の方をチラっとも見ねぇ。

『ごめんな』

俺は声を出さずに呟いた。ヴァンプになっちまった奴ぁ……例え恋人でも躊躇うな。それが俺達の確約だ。
腰のパイソンを抜いて、姫の胸の真ん中にピタリと当てる。
真っ黒ぇ、生まれた時のそのまんまの目で俺を見る姫。俺の髪を甘噛みする、その癖もそのまんま。
……情けねぇ。グリップ握る手が震えてやがる。トリガーに触れる指も強張って動かねぇ。
ポンと肩を叩かれた。いつの間にか結弦がま横に立ってやがる。
ますます情けねぇ……。俺、周り見えなくなるくれぇ……気ぃ張ってたのかよ。

「その時が来たら僕がやるよ。一緒に育ったんだろ?」
「はっ! てめぇもハンター失格かよ!」

俺は姫の頭を両手で挟み込んで……額くっつけてガシガシ擦った。んな顔、結弦に見せられねぇからよ。

「申し出はありがてぇが……ケリはてめぇで付けるぜ。姫が望んでっからよ」

言いながら俺は自分の右耳に刺してあるピアスを外した。これ、特注。馬の蹄鉄のミニチュアだ。
あ? 刺すって表現がおかしいって? 
おかしくなんかねぇぜ。このポストの先端、鋭く尖らせてあっからよ。ブスッと刺してカチっと嵌める。俺のファーストピアス。
これを、姫の右耳に付けてやったんだ。

「魁人?」
「純銀のお守りだぜ。衝動抑える効果くらいあんだろ」

姫が嬉しげに耳を振った。揃いのピアスが気に入ったんだろ。
ポタリと垂れた赤い血が、サラリと風に溶けて消えた。
0276 ◆GM.MgBPyvE
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2018/12/17(月) 21:18:07.32ID:uolCqshh
年内の投下は無理だと判断しました
来年またお寄り下さい
良いお年を
0277如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/06(日) 06:20:17.84ID:5tCY4VEM
「赤絨毯を横切る白馬。なかなか見ない光景だ」
「あ?」

俺は姫を止めて振り返った。
廊下の向こうに高そうなグレースーツの野郎が立ってやがる。
左の襟に光ってんのは菊紋のバッジだ。花びらの数ぁ……ひぃふぅみぃの11枚、んで台座は臙脂。衆議院の議員様だ。
まだ若けぇし、見ねぇ顔だ。少なくとも大臣じゃねぇ。

「美しい馬だ。サラブレッドか?」
そう言って手ぇ後ろに組んだまま近づいてくるそいつのツラぁ……真面目くさった、まるで中学んときの生活指導。
「誰だあんた?」
「私は防衛副大臣、沢口憲一。まず馬から降りたらどうだ? 如月伍長」
「!」

流石の俺も慌てたぜ。
俺の階級知っんのは協会所属の、しかも上の連中だけだからよ。
情けねぇよな。俺らハンターは柏木局長より上の顔知らねぇ、つか知らされてねぇの。
非常勤の結弦はともかく、俺、常勤よ? 正職員よ?
捕まってヴァンパイア化する確率高ぇから? 上の情報漏らさねェようにだとか、んな名目掲げてっけどよ?
要は自分らが危険な目に逢いたくねェだけなんじゃねぇの?

ま、詮索しようと思ったこともねぇがな。どうせ政界財界のお偉方がふんぞり返って座ってるただのお飾りだ。
だから俺は局長のこと、あえて「司令」って呼んでんのよ。畏敬の念を込めてな。

……てぇ……おいおい。結弦の奴、背ぇ伸ばして、ビシッと右肘横に張る軍隊式の敬礼なんかしてやがる。坊ちゃん育ちは違うねぇ。
俺はしねぇよ。自衛隊員でもねぇ俺らにンナ習慣ねぇし義務もねぇ。目礼で十分だぜ。
したら沢口の奴、んなこた全く気にしねぇ風で、そして言ったのさ。

「如月伍長、君にここの指揮を任せる」
「……は……い?」
0278如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/06(日) 06:24:04.68ID:5tCY4VEM
面食らったぜ。
上の命令ハイハイって聞かなきゃなんねぇ立場だがよ、頷いていいかどうか迷っちまった。
そんな俺をチラ見した結弦が一歩前に出やがってな?

「お言葉ですが、我々ハンターにクロイツ以外を動かす権限など無い筈です」

……育ちのいい坊ちゃんも、はっきり意見してくれるねぇ。
つまりはそういう事だ。いざって時に自衛隊動かせるのは内閣総理大臣って決まってんだからな。
それを受けた防衛省のトップが指示して初めて自衛隊が出動するんだ。
現場で奴らを指揮すんのも当然自衛官。その場で一番上の階級の人間だ。
奴らだけじゃねぇ、ここにはSATも来てんだ。警視庁管轄のな。俺ごときに務まるかっての。
だが沢口副大臣は結弦の意見に動じた風はねぇ。むしろ得意気に俺らを見比べてな?

「たった今、総理が『緊急事態宣言』を布告された。その総理が私に、敷地内の人間すべてを動かす権限を下さったのだ」
「ならまんま、あんたがやりゃあいいだろ? 適任だと思うぜ?」
「確かに私は防衛省の人間だが、中身はただの代議士さ。大まかな戦略は練れても、現場を指揮する能力も経験もない」
「はあ……」

さっきとは別の意味で面食らったぜ。政治家ってのは見栄と虚勢の塊だと思ってたからよ。
案外こいつ、悪くねぇ人種かも知んねぇ。

「本来ならば柏木曹長に頼むところだが、彼はヴァンパイアだ。人間側に付いてはいるが、そうと知った以上役目は与えられない」
「で、俺ってわけか」
「君以外に出来ないと聞いてるよ。やってくれるかね?」

俺はまたまた面食らって振り向いた。
最後のセリフが沢口のもんじゃねぇ、正真正銘の現内閣総理大臣、二木俊太郎だったからだ。
0279如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/11(金) 06:44:45.82ID:hy9xTk63
二木俊太郎。
10年前、俺が東京出てきた時は官房長官やってたと記憶してるぜ。
なんつーか……政治家のくせに妙に人間味のあるおっさんでよ?
言葉遣いが鯱張(しゃちほこば)ってねぇっていうか……その場その場を自分の言葉でしゃべってる感がある。
たぶん官僚の作った原稿も見ねぇで、言いたいことはハッキリ言う。答弁はいつも明瞭明快。んな訳か支持率は割と高ぇ。
へぇ……
間近でみりゃあ……なかなかの眼力(めぢから)だ。
簡単に出せねぇ布告(緊急事態宣言の)出してのけるだけはあるぜ。って……待てよ?

「宣言って事は公表すんのか!? ここが物騒なことになってる……その事をよ!?」

つい総理大臣相手にタメ口で怒鳴っちまったぜ。
……仕方ねぇだろ。本部(=吸血鬼対策本部)は立っても、宣言(=緊急事態宣言)が布告された事なんか一度もねぇんだぜ?

下(した)にそんな口利かれたことねぇんだろ、総理が目ぇ白黒させて沢口に目配せしやがった。
沢口の顔色が見る間に変わってよ?

「申し訳ありません! 部下がとんだ失礼を……」
「構わんよ、少し驚いただけだ。君、続けたまえ」

総理の応対に俺の方が驚いたね。その辺のお偉方なら即「降格だ免職だ」なんて口から泡飛ばすとこだろ。
それが不適な薄笑いまで浮かべて相手の意見を促してやがる。大した器だぜ。
せっかくの機会だからぶつけてやったぜ、感じた疑問をそのままな。

「なんでだ? 今まで何のために穏便に済ませてきたんだ?」

そうだぜ。ヴァンプ関連はすべて秘密裏に処理しろって言って来たのはこいつらだ。
国民の皆様には内緒ってこった。この間のリサイタルの時も、きっちり箝口令が敷かれやがった。
それを……公表するってこたぁ……

「宣戦布告か。あんたらもようやく……おっぱじめる気になったって訳だ」
「その通りだよ、如月君。はやく彼に作戦を伝えてやりたまえ」

総理に右手で促された沢口が俺に一歩近づいた。結弦の奴ぁ逆に一歩下がって距離を取る。
俺? 俺はそのままよ。ちょい引っかかったからな。

「待てよ。その作戦、あんたのか? それとも前の『元帥』か?」
「前……元帥? ……そうか、柏木曹長が話したのか」

俺らにも知らされてねぇ「元帥」の正体だが、幸運か不運かさっき聞いちまったんだよなあ……
流石に黙っちまった沢口の肩を、総理がポンっと叩いた。

「伯爵と元帥が同一であった事実は……他言無用だ。国民に無用な危惧を持たせたくない」
「は! 『危惧』じゃねぇ、『不信』だろ?」
「これは君達の領分じゃない。口を慎みたまえ」
「……んだよ今更」
「今から作戦を伝える。立案は私と柏木曹長だ。何か意見は?」
「……ねぇよ」

ある訳がねぇ。司令の発案なら喜んで従うぜ。
……胸糞悪ぃ伯爵の野郎の考えだっつんならNOって突っぱねるつもりだったがな。
0280菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/13(日) 12:26:13.37ID:cms68UdM
「作戦?」
「そう、彼らの作戦だ。このわたしを駒として動かす。その為にわざわざ生かしてるのさ」

大窓の傍に立って外を眺めてた佐井先生が振り向いた。柔らかなレース越しの陽光がその髪を煌めかせる。
不自然に静まり返った部屋の外は、何かがピーンと張り詰める気配。
そんな中で突風が窓を叩いたものだから、わたしは反射的に立ちあがった。自衛隊かSATが撃ちこんで来たかと思ってね。
なのに先生ってば、せっかく本題にも入ったってのに、この顔見てクスっと笑ったりしてさ。
何が可笑しんだか。一応の当事者の癖に、緊迫感ってものがまるでない。
おしゃべりの最中も、天井の照明とか壁の肖像画とか眺めて回って、まるで探検に出てきた子供みたいなんだ。

「あたし、そういうキナ臭いお話、苦手なのよねぇ」
「いいから、こっちに来て座ってくれないかな」

しぶしぶって感じで寄ってきた先生の手を引いて、さっきまでわたしが座っていた椅子に座らせる。
わたしは椅子の肘かけ部分に腰かけて、彼女の耳に口を寄せた。
彼女が期待に満ちた眼でこっちを見る。

「……してくれるの?」
「え?」
「ヴァンパイアにしてくれるの?」
「その時が来たらしてあげてもいいけど、今はまだだ」
「……どうして?」
「いま変われば、奴らはこの場で貴方を殺すだろう」
「そんな事にはならないかも知れないわ。あたし、無敵になるかもだし?」

わたしはため息をついて首を振った。彼女は「まずやってみる」タイプらしい。
やってから方法を、逃げ道を考える。選んでから考える。確かにそんな人間もこの世には必要だ。けど今は……

「賛同出来ないね。仮に貴方がとんでもなく強くなったとして、この場をどう切り抜けるつもりだ?」
「どうって……」
「とりあえず部屋の外に人間を、殺して逃げる?」
「……そう、ね」
「簡単には行かないよ。奴らの数は多い。外は戦闘員だけじゃなく、報道も一般市民も詰めかけている」
「……」
「それも殺すかい? 殺して殺して……殺しまくる?」

先生はしばらくこの目を見返していたけど、俯いたきり考え込んでしまった。
……仕方の無い人だ。
わたしは先生の両肩を掴んで、背もたれに押し付けた。ハッとした顔で身を硬くする先生。その顎を上向かせ、彼女の眼を覗きこむ。

「じゃあさ、試してみるかい?」

吐息だけで問いかける。唇を彼女の口元から……徐々に下げながら。触れ合うか触れ合わないかの距離を保ったまま。
伸びる牙の先端が、彼女の喉元に触れた時、初めて彼女が鋭い悲鳴を上げた。
わたしはやっとの思いで彼女からこの身を引きはがした。
……ギリギリセーフ。彼女が黙って受け入れていたら、この本能を押さえられなかっただろう。

「……それでいい。貴方に死なれたらわたしが困る」
「困る? どうして?」
「貴方は田中さんに頼まれた人だからだ。大事な許嫁だからね」
0281菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/14(月) 06:52:32.11ID:Wk6Fcxbh
許嫁(フィアンセ)。

おかしな話だ。自分で言ったその言葉に、わたしはひどく動揺したのさ。直接結婚に結び付く言葉だからか?
彼女から意識的に眼を逸らし、距離を取ったよ。
呼吸を整えつつ、廊下に面した茶色いドアをじっと眺めた。出来るだけ平静を装いながらね。
早鐘を打つ鼓動と、赤く染まりかける視界。彼女の喉元深く食らいついてしまいたい衝動。
わたしは袖をめくった。手首がひどく熱い気がしたからさ。
一見すれば、男物のブレスレットにしか見えない。わざわざそんな風に作らせた銀の手枷。それが赤く発熱している。
ジリジリと肌を焼くその隙間から立ち昇る黒煙。
なんてことだ。ヴァンパイアの力と欲求の抑制のために作らせた枷の方が悲鳴を上げている。
強度の優先などせずに、銀の濃度を極限まで上げるべきだったか。
それとも佐井朝香の恐るべきフェロモンのせいか? 柏木がああなったのも無理ないって!?
佐井先生、あなたは一体――

「待って? 田中さんがどうして?」
「……え?」

振り向いた。ぽかんとした顔の先生と目が合う。

「頼まれたって……許嫁って……何のこと?」
「田中さんから色々聞いてない?」
「何も。ていうか、どうして田中さんがあたしの事なんか頼んだりするの?」
「彼は貴方の唯一の親族なんだろ? わたしは節介すぎると詰(なじ)ったんだが」
「田中さんが、あたしの親戚ですって!?」

彼女が何も――田中さんが祖父だって事すら知らないって知った時は……目眩がしたね。
真実かどうかはともかくさ、彼女に何も話してないってことは、このわたしから全部話を持っていけって……そういう事だろ?
田中さんあんた……どこまでタヌキなんだよ!

「田中さんって何者なの? あたしはあの人がヴァンパイアだって事しか知らない」
「実を言えば、わたしもさ。西の伯爵で、500年近く生きてるって事しかね」

枷の疼きは止んでいた。
大窓を揺らす木枯らしが、黄色い銀杏(いちょう)を窓にいくつも張り付けた。
0282佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/14(月) 07:50:07.52ID:Wk6Fcxbh
ビリビリ揺れるガラスの窓。ハラリと落ちる銀杏の葉っぱ。

菅伯爵はこっちを見たまま立っている。さっきまで押さえていた腕をさり気なく降ろして。
あたし、居ても立っても居られなくて彼に駆け寄った。彼ったら後ずさりなんかして。
大丈夫なのかしら。さっき何だかとっても……痛そうだったけど?

「先生の方はどうなのさ。思い当たる事はないのかい?」
「無い……わけでもないわ。あの人に助けられた時、懐かしい匂いがしたから」

そうよ、お祖母ちゃんが使ってたお香とあの人が同じ匂いだった。
子供の頃に見かけた男の人も……あの長い髪、広い背中。……いま思えば田中さんにしか思えない!
あたしの知らない所で伯爵と勝手に話進めたりしちゃったのは許せないって言うかもう呆れるしかないけど、
でもいざって時にあたしを助けてくれた。きっと何か考えがあっての事よね?

わお! 田中さんがお祖父ちゃん!! むかし習ったステップなんか踏んじゃう!

「何がそんなに嬉しいんだ? 彼に騙されたと言ってもいい状況じゃないか」
「いいじゃない! いい知らせだもの! あたし、天涯孤独の身なんかじゃなかったのよ!」

伯爵はしばらくあたしを眺めてたけど、でも腕組みして近くの椅子の肘かけに腰かけた。
冷静で偉そうでちょっぴり人を見下したような……いつもの伯爵の顔して。

「話を戻そうか。今が危機的状況だって事は知ってるね?」
「戻すって……奴らの作戦がどうとかって話に?」
「そうさ! 先生はこっちの作戦にキモなんだよ?」
「どうして? あたし只の医者よ?」
「そこだよ。医者で、かつ沢口の作戦の範疇に無かったはずの駒だ」
「……駒って……」
「田中さんの血を引いているのはオマケとして……これ以上のキーパーソンは居ないね」
0283 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/14(月) 09:07:32.99ID:Wk6Fcxbh
×作戦にキモ
○作戦のキモ
0284佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/14(月) 09:43:40.95ID:Wk6Fcxbh
きっぱり言い放った伯爵の眼があたしの眼を真っ直ぐに射ぬいた。
その眼は黒。別に金色でもないし、赤く光ってもいない、でも底なしの闇の色。
それを見た時、さっきの感触――喉に触れたあの牙の感触が蘇って来てあたし、腰が抜けたみたいに座り込んじゃった。
物凄く熱い何かが全身を突き抜けたの。雷に撃たれたみたいな。
恐怖?
違うわ。何だか身体が疼いてるもの。
伯爵ってやっぱり……真祖なんだわ。

あたしはパンパンっとお尻についた埃を払った。伯爵がプイっと眼を逸らす。
近くの椅子に座りなおしたあたしの方を何故か見ようとしない。

「先生は柏木の腕を調べましたか?」
「そりゃね。あれだけの機器と試料が手元にあるもの」
「何か分かりましたか」
「ん……今のとこ血液の一般的な性状までね。その先はせっかく調べ中だったのに、貴方が呼び出すから――」
「悪かったね。わたしの為にわざわざご足労願って」
「大丈夫! 柏木さんに任して来たから」
「柏木に? それってどれくらいかかるの?」
「彼、有能でしょ? 明日までにはきっと終わるわよ」
「明日!? どうしてくれるんだ。この真昼間に動けるヴァンパイアはわたしと柏木だけなのに」

こんどは彼が頭を抱えて黙り込んじゃった。
え……と……あたし、よっぽどまずいことしちゃった?
0285如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
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2019/01/14(月) 17:20:22.64ID:Wk6Fcxbh
上の考えた戦略を大まかに言やぁこうだ。

『拘束した伯爵を囮にし、各地に散ったヴァンプ達を全部この場に集める、そこを一網打尽にする』

流れ的には納得だ。すんげぇ解りやすい作戦だもんな。
問題はな? 伯爵をどう使うかだ。奴らを集めるっつったって簡単にゃあ行かねぇぜ?
「ここに来なきゃ伯爵を殺す」的な手口はたぶん佐井先生にしか通じねぇ。
伯爵は奴らに取っちゃあ「救世主」だなんて司令が言ってたが、わざわざ火の中に飛び込むほどの価値があるとも思えねぇ。
頭の代わりはいくらでも居るもんだ。
ほんと、どうすんだろな。そこんとこは沢口達が考えるらしいが。

俺と結弦のやるこたぁ単純だ。こいつら使ってひたすら敵を迎い撃てばいいんだとよ。
味方の心配も救助も無用だ。警察官も自衛官も、そこんとこは覚悟してっからな。無限責任って奴だ。とうぜん俺たちハンターも。
味方に対して非情になれりゃあ簡単だ。数に任せて撃ちまくりゃあいいんだ。
幸いヴァンプは俺らみてぇに「鎧」を着ねぇ。それが矜持だっつんだから偉ぇもんだ。
ただ……なんだろな。
な〜んか……引っかかるんだよな。

俺は手にした水筒をぐいっとあおった。濃いめのブラックが乾いた喉に沁みていく。

「結弦」
「ん?」
「なんか上に伝えなきゃなんねぇ事、なかったっけか」
「なんだ急に」
「ほら、お前ガキが出来たろ? つか最近生まれたろ? そいつが、ほら――」
「人聞き悪いこと言うなよ。出来てもないし、生まれても居ない。……夢でもみたのか?」
「へ? ……んー……そう、だっけ?」

支給された乾パン頬張りながら結弦が笑う。
……だよな。変だな。俺、いったい何考えてんだ?

いっときの緩い休憩中。SATも自衛隊員も和んでやがる。
……ま、今だけだ。日が落ちたその時ぁ……もって一桁。違いねぇ。
0286如月 魁人 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2019/01/17(木) 05:17:58.80ID:eTlLCdN6
「魁人、ちょっと」

俺の真横でつっ立ってた結弦がこっそり耳打ちしやがった。ちょうど隊員らに指示し終わったタイミングでだ。

「なんだ?」
「いや、ちょっと」

結弦が兵隊の居ねぇ木立の陰に手招きするもんだから、俺は黙って付いてった。
まだ陽は高ぇ。仰いだ空は、雲もねぇのに煙ってやがる。
昼間でも星が見えるくれぇ突き抜けた、あのスッカーンとした寒空が恋しいぜ。
乾いた木の葉がからっ風に巻きあげられて、結弦の肩にヒラヒラっと乗っかった。
それを払う奴の袖口に、キラッと光る緑のカフス。明らかにブランドもん。ブランドの蝶ネクタイにブランドのスーツ。
髪もこ綺麗にセットやがって、これ以上ねぇくれぇお上品にまとまってやがる。

「お前、そのナリのまんま? さっきあいつら(SAT)の装甲(ふく)借りなかったのか?」
「人の事言える?」
「あ?」
「魁人だっていつもの格好じゃないか」
「俺は指揮官だぜ? 一兵卒に混じっちゃあ指示も出せねぇだろ」
「それだけ?」
「まあ……実を言やぁ重てぇ装備はまっぴら御免だ。奴らに遅れを取っちまう」

結弦がそらみろって顔しやがった。
ハンターはもとが一匹オオカミだ。自尊心も強ぇし、自分に一番の恰好ってのにもこだわる。
そこんとこ、俺の方も良〜く解ってるって言ってんのさ。ヤな野郎だぜ。

「……で何だ、話ってのは」
「実を言うとさ、局長に向かって引き金を引く自信が無いんだ」

ポケットに両手突っ込んで空を見上げた結弦のセリフに、俺ぁドキリとしちまった。

「あのリサイタルの夜、僕は撃てなかった。あの時撃っていれば、状況は違ってた」
「無理ねぇよ。あん時ぁ司令がヴァンプって知らなかったんだからな」
「さっき局長の頭を撃った時も、とどめを刺しておけば――」
「いいって! 司令の情報と仲介があって、初めてヴァンプを一掃する目途が立ったんだぜ!?」

何に腹たってんだか自分でも分からねぇ。俺も……結弦とおんなじだからかも知んねぇ。

「司令は言ったぜ。今度こそ遠慮は要らねぇ。そん時が来たらひと思いにやってくれって。司令自身が望んでんだ、ヴァンプ撲滅をよ」

結弦は足元みたまんま動かねぇ。
ブルルっと鼻ぁ鳴らして寄ってきた姫に、俺は飛び乗った。耳のピアスが陽の光をチカチカっと照り返す。
……ったくよ、ヘタレなのは俺の方だぜ。なあ姫?

「……俺も偉そうに言えたガラじゃねぇが、ただこれだけは言えるぜ。『撃てねぇハンターはお呼びじゃねぇ』」

結弦は伏せていた顔を上げて俺の顔しばらく見上げてたが――
腹ぁ決まったんだろ。抜いたベレッタのスライドをガチンと引いたのさ。
0287菅 公隆 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2019/01/17(木) 06:25:36.26ID:eTlLCdN6
正午を回った。陽が沈むまで、あと4時間。
そろそろ沢口が様子を見に来るだろう。あいつがこの後……どう出るか。

「あの沢口って副大臣。あたし達をどうする気かしら」

外の様子を目で追っていた先生も同じことを呟いた。流石に怖くなったんだろう。

「貴女がヒトである限り下手な手出しはしないよ。ここに来るとこ、マスコミに見られたんだろ?」
「菅さんの事は……?」
「……わたし?」
「そう、あなた」

先生のその眼は、患者を心配する眼なんだろうか。

「ヴァンパイアの長を生かしておく理由などない。でもすぐには殺さないな」
「どういうこと?」
「一閣僚を秘密裏に始末なんか出来ないってのがひとつ。もうひとつは囮」
「おとり? みんなが菅さんを助けに駆けつけるってこと?」
「それを狙ってるから戦闘員を配置したんだろ」
「どうやって? テレビに貴方を出すとか?」
「法廷の場にわたしを引きだすかもしれない」
「ちゃんとした審理をやってもらえるってこと?」
「正式な手順を踏まない只の茶番さ。各地のヴァンパイアを呼びだす為のね」
「みんな来るかしら」
「来ないよ。ヴァンパイアは基本、助け合いなどしないんだ。しかもヤラれると解ってむざむざと出向くものか」

笑って言ったわたしの顔を、彼女は笑わずに見ている。

「ひどいわね」
「我々はそういう生き物なのさ。センチにはならない」
「違うわ、沢口のこと言ってるの」
「沢口が?」
「あなたは元同僚なんでしょ? それを不意打ちでこんな真似して、まして計画に利用するなんて」
「それが奴の仕事だ。人権の無い我等にどういう言う権利もない」
「人権ならあって然るべきだわ。ヴァンパイアは歴とした人間なんだもの」
0288佐井 浅香 ◆GM.MgBPyvE
垢版 |
2019/01/17(木) 19:55:39.48ID:eTlLCdN6
「人権だって? ヴァンパイアが……人間?」

菅さんがピクリと眉を震わせた。
同じこと言ったら麻生くん、哲学的な考察ですか〜なんて聞いたっけ。

「それはどういう意味ですか?」
「そのままの意味よ。貴方も柏木さんも、生物学的には人間なのよ。堂々と権利を主張できるってこと」
「あくまであなたの憶測だろ? 法的には意味をなさない仮定に過ぎない」

あらあら……バッサリ。
でもあたしが文句を言おうとしたら、菅さんがそれを手で遮って。
顎に拳を添えて、首を傾げて、髪をかき上げるあたしの動作をじっと眼で追ったりして、真剣に何か考えこんじゃったの。
でね?

「先生。それって生物学的に証明出来る?」

なんて真剣な顔で聞くの。急ぎ足であたしの前にやってきて、この両肩をぐいっと強く掴んでね?
さっきのあの感覚がまたまたぶり返して、どこもかしこもカーっと熱くなっちゃって、顔もすごく火照っちゃって。
そんなあたしを見た菅さんも見るからに動揺して。
でも強い視線を真正面から送ってきた。
菅さんの眼はやっぱり暗い闇の色……ううん、今は違う。キラキラ光って凄く綺麗。まるで黒い水晶みたい。

「どうなのさ」
「え、……え?」
「ワクチン打ったら如月と麻生が治ったみたいな事言ってたけど、それは証拠になるのかい?」
「決め手には欠けるわ。ちゃんとウイルスの存在を証明しないと」
「それは今、柏木がやってるんだよね? 明日の朝に間に合う?」
「そうね。電顕操作がうまくいけばだけど」
「ありがとう先生。何とかなりそうだ」

顔を紅潮させて何度もうなずく菅さんが、何だかとっても素敵で……
だから手を離そうとした菅さんの腕をあたしはさっと掴んだの。
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