「先輩、私と付き合ってください」
 かたちの整った先輩の小さな耳が、私の言葉におどろいたのか、ピクリと動いて振り向いた。
「君が、私と付き合うって?」
 先輩の声は美しかった。低くて、よく響き渡って、でも鈴のように澄んでいて。
 ぷっくりとした唇が、ルージュを塗ったようになめらかで、白い肌に色っぽく動いて。
 カラーなんて付けないのにキラキラしたまつ毛の、おおきな瞳に見つめられると、私は何を
言われてもドキドキしてしまう。先輩よりきれいな子なんて、この世のどこにもいないだろう。
それくらい先輩は、とびきり最高の美少女だ。
「……私とじゃ、ダメですか」
 ほんとうは誰もいない校舎裏で、先輩の姿と声をひとり占めしてることが嬉しかったけど、
私は自信なさげにダメですか、と言ったのだった。でも、私には普通にクラスの子の半分よりは
可愛い自身があったけど、先輩とはつり合わないかもっていう不安は本当にあった。
だって私と先輩は同じセーラー服を着て、ローファーを履いてるけど、全然ものが違うっていうか、
モデルとそれを真似してる人くらいオーラが違う。
「別に、急に言われたから驚いてさ」
 私とじゃダメとも私でもいいとも言わずに、先輩は持ってた炭酸水を飲んだ。
炭酸水は先輩がいつも持ってる、外国の何て読むかわからないラベルが貼ってあるやつだ。
先輩はきれいだから、友達がたくさんいるけど、先輩自身は喋るほうじゃなかった。まわりの子が
きゃあきゃあ言ってると、先輩はときどきつまらなさそうな顔をして、持ってた炭酸水を飲むのだった。
私は先輩のそのしぐさがたまらなく好きだった。おしゃべりを無視された子たちが怒るどころか、
見とれてしまうようなそのしぐさが。
 先輩が飲む炭酸水は、ちょうど夕焼けになった空が写って輝いていた。この校舎裏の、
誰もいない場所の、ロマンチックな夕焼け。私が選んだ最高のシチュ。
ここで先輩と二人きりで話せるだけでも、最高に幸せ。
「……いいよ、君で」
先輩が言った。

それから私が見たものは、
あれは、
あれは胡瓜だ。
私の腕をつかんだ先輩が、強引に物陰に押し倒して。
男みたいに。そんなことあるはずない。
でも先輩のきれいな唇が、白い肌が私に触って、
私はとっても痛かった。
全部が終わって先輩が行ったあと、あの炭酸水のボトルが残っていた。
夕日に光っていた炭酸水は、ぬるくて酸っぱい、気持ちわるい水になっていた。