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ランカ「解ってる…どうせあたしの歌はヘタだって」

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0057創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:03:29.92ID:MFjBEInZ
ブザーが鳴って、街頭テレビが全部大統領声明に切り替わった。
『今日は、皆さんに重大なお知らせがあります。ご覧ください』
パッ、と切り替わった画面には――赤い化け物。
ひっ、と喉が音をたてた。
バジュラ、と呼ばれるらしいその化け物の映像が流れ続ける。あたしは目を背けてしまった。
震えが止まらない。アルト君にしがみついたまま、離れられない。

『現時点を――――非常事態宣言を――』

頭がばらばらになりそうだ。大事なお知らせだから聞かなきゃいけないのに、声がちっとも耳に入ってこない。
血まみれになったお兄ちゃんの映像が脳裏にフラッシュバックした。ずっと、思い出せなった映像なのに……なんでこんな時に……。
「……カ、おいランカ、大丈夫か!?」
「ランカさん!?どうしたんですか!」

いやだ……いやだよ……どうして来るの……あたし、ちゃんと、約束を……。
0058創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:04:15.11ID:MFjBEInZ
夜。テレビではまだ、大統領声明が流れ続けている。
「…………だから、だったんだ……戦いが、はじまるかもしれないから……」
だからあたしを、歌手に。……お兄ちゃん……。
せっかくのシェリルのチケットが、くしゃくしゃになって投げ出されてる。
なんでかな、今はちっとも、このチケットが魅力的に見えないよ……。
この前のライブのチケットは、大事に封筒に入れてても、いつもキラキラして見えたのに……。
色んなことがいっぺんに起こりすぎて、頭がパンクしそうだった。
あたしが歌手になる。シェリルさんがアルト君にキスをした。戦いが……起こるかもしれない。
(電話……しなきゃ……お兄ちゃんがしんじゃうかもしれないなら……電話を……)
どうしよう。うまく、考えられないよ……せっかくのデビューだったのに……。

『安心しろランカ、何があっても俺は絶対死んだりしない、アルトたちも絶対死なせはしない!
 それにお前ももう16、来年には成人だ。いつまでも過保護じゃいかんだろ……。
 あぁ、だからって何してもいいわけじゃないぞ!何かあったら、歌手なんてすぐやめさせるからな!』
普段なら猛反発してるところなのに……何故か言葉が出てこなかった。
「うん……わかってるよ、お兄ちゃん……」
ずっとコドモ扱いしてたくせに……こんな時だけ、オトナだなんて。
0059創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:04:53.04ID:MFjBEInZ
『私はギャラクシー、私の故郷が無事だと信じます。そして、このフロンティアが、彼らを助けるために行動を起こしてくれることに、感謝を申し上げます』
言葉が耳に入ってこない。いつもテレビで見てるシェリルなのに、そこにいるのはもう、あたしの知っている『シェリルさん』だった。
ポッキーをだらしなくくわえて、パジャマ姿でずっと、お兄ちゃんと電話したときから、……ずっとこうしてる。
『それどころか、いたずらに手を出せば、あの化け物、バジュラの注意を引くだけとの見方もあるようですが……』
『つまりこう仰りたいんですか?ベッドに潜って息を殺して、バジュラが見逃してくれるのを待つべきじゃないのか……ギャラクシーなんて見殺しにして』
『そ、そうは言っていませんが……』
『そうですよね。この艦ももう、バジュラに襲われてるんですから』
シェリルさん……どうしてこんな時でも、笑顔でいられるんだろう……気丈でいられるんだろう。シェリル・ノームだから?……あたしには、ムリだよ……。
『と、ともかく、こういう事態です、今夜のライブは中止だと思いますが、ファンに向けて……』
『中止!?誰がそんなことを決めたの!?』
『で、ですが……』
『ライブはやるわ。そして私は……ギャラクシーに帰る!』
シェリルさん……。どうしてそんなに、強くいられるのかな……。
あたしなんか今はもう、なんにも感じないよ……。あたし、ひどい人間なのかな……。
「シェリルさん……」

気付けばあたしは走っていた。天空門への道を、一目散に。
ライブはもう、きっと始まってる。それでもくしゃくしゃになったチケットを握りしめて、何度も転びそうになりながら、ただひたすら走り続けた。
きっと今シェリルさんに会いにいかなかったら、あたし一生後悔する。だってあたしは、シェリル・ノームのファンだから……!
0060創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:05:25.67ID:MFjBEInZ
(どうしよう……アルト君、待たせちゃったかな……)
えーと、Mの5と6……と呟きながら、出来るだけ頭を下げて客席を探す。
――あった。空席が……ふたつ。
(アルト君……?)

「短い間だったけど、フロンティアの人たちと一緒にいられてホントに良かったわ。
 いろいろあって、みんなに心配かけちゃったみたいね」
「シェリルさん……」
「でももう大丈夫!今夜もいつも通り、マクロスピードで突っ走るよ!だから……」


「あたしの歌を聴けぇえ!!」


その瞬間――、あたしは、戦争になるかもしれないことも、隣にアルト君がいないことも、お兄ちゃんの死なないという約束も、何もかもを忘れて、ただの『シェリル・ノームのファン』になっていた。
0061創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:06:00.93ID:MFjBEInZ
ただ、魅了される。
どこまでも伸びていく凛とした歌声、めまぐるしく変化する衣装、時により形を変えるステージ。光と音と、それだけが全てになる。
会場を埋め尽くすシェリルコール。ここにいる全員が、シェリル・ノームを待っている。
(どうして来ないんだろう、アルト君……こんなに素敵なステージなのに)
その時、肩に乗せていたオオサンショウウオさんの目が光った。アラーム式の留守番メッセージだ。
名前は……お兄ちゃん?イヤフォンをひっぱって耳に当てる。
『俺だ。本当は直接言うべきことなんだろうが、ちょっと言いにくくてな。……仕事だ。今日は帰れない』
(お仕事……?)

――赤い化け物。
――燃えていく街。
――傷付いたお兄ちゃん。

(そんな……)
『だが約束は必ず守る。心配しないで、待ってろ』
ピー……、という終了音がいつまでも耳に残った。
「!!じゃあアルト君も!?」
思わず大声が出てしまう。周りからじろりと睨まれ、慌てて頭を下げた。
(アルト君……お兄ちゃん……!)
0062創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:06:52.94ID:MFjBEInZ
「いよいよ最後のナンバーね。皆ともこれでお別れ……あっという間だったけど、すごくいい思い出になったわ!
 広い銀河の中、また会える日が来るかわからないけど……、っ……あれ……うそ……」
語尾が震えている。
どんな時でも凛々しく強く美しい、シェリル・ノーム。あたしの憧れ。
だけど、今の彼女は、あたしの知っている『シェリルさん』に見えた。
高まっていくシェリルコール。泣かないでー!と叫ぶファンたち。あたしも、気付けば叫んでいた。
泣かないで、と。(だって、アルト君たちが戦ってる……きっと、シェリルさんの故郷は守られる……!)
だからお願い、ステージの上では、どうかシェリル・ノームのままでいて、と。

シェリルさんは目元をぐいっと拭うと、
「泣くわけないでしょ、この私が!!……わたしが…………」
言葉に詰まってしまった。

(どうしてだろう、すごく、悲しい……)
あたし、みんなに届けたいの。あたしはここにいるよって……。
シェリルさんにも、届けたいの……あたしはここに、シェリルさんのすぐ傍にいるんだよ、って。
おなかが熱い。ぐっと、感情が流れ出てくる。
0063創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:07:33.12ID:MFjBEInZ

「シェリルさぁん!!!!」

届くはずがないと思ってた。だってステージのシェリル・ノームは、あたしからこんなに遠かったから。物理的にも、精神的にも、なにもかもが。だけどその時、あたしがあらん限りの声で名前を呼んだとき、シェリルさんは確かにこっちを見た。
(シェリルさん……シェリルさん……!あたしはここだよ、ここにいるよ……アルト君はいないけど、でもシェリルさんのために戦っていて……、あたしは、ここにいるんだよ!!)

ふっと、ステージの彼女が、微笑んだ。
「ねえ皆……ちょっと我が儘言わせてもらってもいいかな。この最後の曲だけは……ある人のために……ううん、ある人達のために歌いたいの。今遠いところで、いのちをかけている人達のために……」
「!!」
(シェリルさん、知ってる……知ってるんだ……)
アルト君たちが出撃してること、知ってて、それでも、ステージで……。

世界中でシェリルさんとあたし、二人きりになったような気がした。
お腹の奥が熱い。あんなに遠くにいる筈なのに、シェリルさんの表情まで読み取れる。

「そしてあなたにも……あなたにも一緒に、歌って欲しいの……」

ささやくような、だけどお腹の底にひびくような、シェリルさんの声。
あたしは、絶対見えてないとわかっているのに、ただ静かにうなずいた。
一緒に歌おう、シェリルさん。あたしは……ここにいるよ。


「ありがとう皆!愛してる!」


一緒に歌う。声が重なって、大きな層になっていく。
シェリルさん、シェリルさん……。
今この天空門にいる人も、全銀河にいる人もみんな、シェリルさんの傍にいるよ……。
ひとりじゃないよ……。


「ありがとう……!みんな、ありがとう……!!」

0064創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:08:35.64ID:MFjBEInZ
「ええっ!?もう退院しちゃったの?ルカ君も?」
『俺は検査入院みたいなもんだし、ルカも別の病院に行ってるけど……明後日には帰れるらしい』
「そうなんだ……ゴメンね、お見舞い行けなくて」
言った途端、受話器の向こうでアルト君が苦笑した。誰も来てくれなんて頼んでないって。
……お見舞い、行きたかったのにな。
戦いに出たアルト君が入院したって聞いて、あたしはもう何を置いても真っ先にお見舞いに行きたかった。
でも、できなかった。お仕事があったし……それに、シェリルさんとのことがどうしても、気になってたから。
だけどこんなに後悔するなら、やっぱり行けばよかったよ。
差し入れ持って行って、リンゴとか剥いてあげたりして、アルト君を気遣って……そういうこと、してみたかったな。
気付いたらあっと言う間。もう、退院しちゃっただなんて……。
『駆け出しの癖に仕事で忙しいなんて、生意気だけどな、はは』
「う、うん……」
0065創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 22:09:07.65ID:MFjBEInZ
「たとえ世界がつらくても〜夢があるでしょイロイロと〜♪」
ニンジンの着ぐるみが重い。バランスも悪い。ふらふらしそうになる。
ゼントラモールフォルモ、そこのニンジン売場で、あたしは一人歌っていた。
「き〜みにビタミン七色〜ニンジンloves you yeah!」
ゼントラーディの子供たちがこっちを見てる。今だ!と思って踊りながらすかさずニンジンの試食を取り出した。
でも、子供たちは見向きもしない。……ニンジンって、ちいさい子、キライなこと多いもんね……。
(ううう、喉が、ノドが痛いよぅ……)
こんなに長い事ずっと歌ってるなんてしたことなかった。
それに踊りもしなきゃならないから、なんかもうフラフラだ。舌がもつれて時々歌詞が飛ぶ。音程がふらふらする。
(シンドいよう……こんな仕事、アルト君に言えないよ……)

「ニンジンloves you yeah〜っ!!!」

早く、早くシェリルさんみたいになりたい。
シェリルさんみたいになって、堂々とアルト君の隣に立ちたいよ。
こんなじゃなくて、ちゃんとアルト君に言えるようなお仕事ができるくらいになりたい。
0067ランカさんは平凡でスイーツなくらいが可愛い
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2012/07/28(土) 23:10:52.74ID:MFjBEInZ
「……ぷはぁっ!」
ニンジンの被り物を脱いで、ちょっと休憩する。
「こんな仕事じゃ……アルト君に言えないよ」
「そうですか?私はなかなか、楽しいですが」
「徳川さん……」
ミシェル君とここに来たとき、あたしが完全スルーしてた、いつもここで演歌を歌ってる人だ。
徳川さんはニンジンを一本手に取ると、何事も下積みが大事です、と言った。
「それにランカさん、テレビのお仕事も決まったんでしょう?」
「……はいっ!!ちっちゃなバラエティのゲストですけど……でもお仕事貰えるだけ幸せですもんね!がんばります!」
まだまだシェリルさんには遠く及ばないけど、それでもテレビの仕事なら……アルト君にも、見てって言えるかもしれない。
……収録の、出来次第だけど。

「ランカちゃ〜〜〜ん!!ニュースニュース、大ニュースですよ!!」
「あ、エルモさん!」
「例の件!合格ですよ!」
「!!ホントですか!?」
(やった……!)
ニンジンの着ぐるみが重いことも、衣装がかわいくないことも、ステージがないことも全部、もうどうでも良くなっちゃうくらい、あたしは飛び上がって喜んだ。
だって明日から……アルト君と同じ学校に行けるんだ!!!
0068創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:11:41.45ID:MFjBEInZ
「芸能コース一年に転校してきました、ランカ・リーですっ!えへへ……」
座席についているアルト君に向かって手を振る。ふふふ、アルト君ったら、すっごくびっくりしてるよ。
よろしくお願いしますっ!とあたしは上機嫌に自己紹介を終えた。

「お仕事はじめたせいで前の学校にいられなくなっちゃったし……だから転入試験受けてみたの。
 でもドキドキだったよー、実技試験とかあってキビしいの有名だったし!」
休み時間。みんなで階段に座りながら、おしゃべりする。すごく楽しかった。
……だってその間、ずっとアルト君も一緒にいてくれるんだから。
「ランカさんの実力なら当然ですよ!これから毎日会えるなんて、私うれしくってもう……」
「ナナちゃん!」
思わずナナちゃんの手を取る。ルカ君が、楽しくなりそうですねアルト先輩、と話を振った。
「アルト君も、よろしくね!」
「あーまぁな……」
投げ遣りな言葉。いつものことだから、気にしない。
それに今日はあたしにとって特別な日になったんだから、ちょっとやそっとのことじゃへこたれないんだから!
0069創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:12:13.72ID:MFjBEInZ
ミシェル君が、学校内を案内してくれる、って言った。……何だか照れくさいな。
こんな風に、学校で誰かに話しかけてもらったり、特別扱いしてもらったりするのなんて、全然なかったし。
「遠慮なんかナシナシ!今日は、ランカちゃんが主役なんだから」
「主役……?ちょ、ちょっとうれしいかも!」
今日のあたしは、みんなの主役なんだ……特別、なんだ。……うれしいな……。

急に門の辺りがざわめいたと思うと、車の音がした。
乱暴に突入(という言葉がぴったりだ)してくる車は、あたしたちの前に滑り出してくる。
ばたん、とドアが開いたと思うと、自信満々にあらわれたのは……

「な、なんでお前が……」
「シェリルさん……!?」
0070創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:12:45.19ID:MFjBEInZ
「地元学生との交流だぁ?」
「そーよ。ちゃんと学校側の許可も取ってあるわ。それにしても……」
美しい色合いの髪がたなびいて、澄んだ瞳があたしのことを見つめる。
「奇遇よね、貴女もこの学校に転入したばっかりだなんて」
「あ……ハイ……」
なんだろう。なんで、なんだろう。
いつの間にか、この場所の主役はとっくに、シェリルさんになっていた。
シェリルさんはいつもそうだ、どこにあらわれても、ただそこにいるだけで、全てを圧倒して……自分がスポットライトの中心になってゆく。
(今日は、あたしが主役のはずだったのに……)

「見学中なんでしょ?一緒にこのドレイ君に案内してもらいましょ?」
「ど、奴隷!?」
「そうよ。アルトは私の、ド・レ・イ」
0071創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:13:18.00ID:MFjBEInZ
「……、」
大好きなシェリルと同じ学校、その筈なのに。
(なんでかな、嬉しいって気持ちが、ちょっとしか湧いてこないよ……)
気付けば校舎の窓はどこも開かれて、多勢の人が窓に詰め寄せていた。シェリルコールが聞こえる。
ここは……ステージじゃないのに……。奴隷にしてくださいとか、女王様とか、アルト姫とシェリル様だなんて、とか、いろいろ。
「姫……?」
「「「はーい、このひとでーす」」」
全員がキレイにアルト君を指し示した。シェリルさんはぽかん、とした顔で姫……と呟いている。
ぎしぎししていたアルト君が急にがばっ!と動き出すと、
「来い!!!」
怒鳴るようにしてシェリルさんの手を握って……どこかへ行ってしまった。

「あ、アルト君……」
やっぱりシェリルさんは、シェリル・ノームだ……一瞬で、何もかもを持っていく。
人影が小さくなって、見えなくなるまで、あたしはただ立ち尽くしていることしかできなかった。
0072創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:13:57.80ID:MFjBEInZ
皆の提案で、なぜかこっそり後をつけることになってしまった……。
アルト君とシェリルさんは、何やら口論らしきものをしている。
なんだろう、アルト君と話してる時とのシェリルさんは、シェリル・ノームじゃなくって、ただの女の子に見える。
アルト君も、シェリルさんと喋ってる時は、いつもの不愛想だったり投げ遣りだったりするアルト君じゃなくて、ただの普通の男の子みたいに見えた。
「あの二人、どういう関係なんでしょう……」
ナナちゃんが呟く。ルカ君にもわからないらしい。……あたしにだって、わからないよ。
ミシェル君が、苦笑するようにランカちゃんも気になる?と聞いてきた。絶対、わかって聞いてるよ、ミシェル君。
「そ、それは気になるけど……でも、気になると言ってもそんな意味じゃなくって、でも……あの…………、……?」
がさがさ、と草むらがうごめいた。何か、影が見えた気がする。
「どうしたの?」
「え、あ……今、そこに……」
でももう一度見てみると、そこには何もいなかった。
0073創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:14:29.25ID:MFjBEInZ
シェリルさんの提案で、EXギアを試してみることになった。
とは言ってもあたしは後ろで見てる群衆なだけで、主役はシェリルさんなんだけど……。
EXギアの操作はとっても難しいらしくって、シェリルさんは生卵を掴み切れずにいくつもいくつも砕いてしまった。
(天然モノだから、貴重なはずなんだけどな……)とばっちりで白身が顔に飛んでくる。
でもシェリルさんは負けず嫌いなのか、全然諦めようとしなくって、結局卵がなくなるまでずっとそうしていた。
0074創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:15:47.40ID:MFjBEInZ
汚れてしまったあたしとシェリルさんとナナちゃんは、シャワーを浴びることにした。
制服は幸い無事だから、髪や顔を洗えばいいだけだし。
隣のブースで、シェリルさんがシャワーを浴びている。
そんな無防備な姿すら絵になるな、とごく自然にそう思ってしまって、……なんだかひどくみじめなような、悔しいような気持ちになった。
(そりゃ、そうだよね……どっちが主役の器かって言ったら、あたしなんかより断然、シェリルさんの方だよ)
あたしなんかちんちくりんで、シェリルさんみたいに胸もお尻もないし、髪だって長くないし、歌は下手くそだし、それに、それに……。
「仕事の方はどう?ランカちゃん」
「あ、えっと……ぼ、ぼちぼち、です……」
「そう。グレイスに任せてあるから、局も枠もわからないんだけど、今度ね、あたしの特番があるのよ。
 ……あなた一人くらいなら、すぐねじ込めるわ?」
「……、」
0075創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/28(土) 23:16:19.61ID:MFjBEInZ
一瞬で、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
格の違いを見せつけられたみたいだった。
そんなの今日一日で、イヤって言うくらい解ってるのに。
でも、シェリルの特番に出る、って言うことは、物凄く大きな仕事になって、大きい所と、顔が繋がる機会になるってことで……。
出たい、と思う心を、あたしは抑え切れなかった。でも。

「馬鹿にしないでください!!」
「ナナちゃん……?」
「ランカさんは、あなたの力なんか借りなくても大丈夫です!大体なんですかあなたは!
 いきなり学校に乗り込んできて、女王様気取りで早乙女君を小突きまわして……」

とたんに、シェリルさんが意味ありげに微笑んだ。
「……貴女。アルトの事が好きなの?」
「!?そ、そうなのナナちゃん!!」
「ち、違います私は……、」
「そういえば、貴女もなかなか美人よね……プロポーションもいいし」
「イヤらしい目で見ないでください!!」
「あー……ナナちゃん、シェリルさん……」
0076創る名無しに見る名無し
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2012/07/28(土) 23:17:17.48ID:MFjBEInZ
洗濯機の前で首をかしげているシェリルさんの前に、歩み寄る。
「あの……シェリルさん」
「ん?」
「ありがとうございます、お仕事の話……でも、でもあたし……、」
ホントは揺れていた。目の前に見えたのはあんまりにも甘い餌だった。
それでも、ナナちゃんが言ってくれた言葉が、あたしの背中を押してくれた。
(だってこのままじゃ、みじめなだけで終わっちゃう……)
「あたし、自分の力で頑張ってみたいんです。今日もこれから収録あるし……だから、」
「……そう言うんじゃないかって思ってた。自分の信じるとおり頑張ってみるといいわ」
「……はい!」
シェリルさん、買いかぶりすぎだよ。あたしはそんな、出来た子じゃない。
でも、シェリルさんがそう言ってくれるならあたし、なんとか自分で頑張るよ。

よし、と決意を決めた時、また、がさがさ、と音がした。シェリルさんのカゴからだ。
洗濯前の衣類を入れたカゴ、そこに詰め込まれた布類が、ひょこひょこ揺れている。

「?……わあっ!!」
0077創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 08:30:15.28ID:PQt6h00k
なにかが飛び出した。
緑色の、尾の長い何かが、ピンク色の布をまとわりつけた状態で跳ねている。
誰かが入ってくるのと入れ違いに、そのままぴょこぴょこと、ドアの外へ出て行ってしまった。
(今の布は………………下着!?)
「な、な、な」

「いゃぁあああああッ!!!あたしの下着ィイイイ!!!」

シェリルさんが身も蓋もなく絶叫した。
ドアの外で待機していたらしい、大量のシェリルファンたちがいっせいにどよめく。
そこからはもう、大騒ぎだった。
シェリルの脱ぎたてだー!と言う声を皮切りに、上へ下への大騒動が始まる。
キッとまなじりを上げたシェリルさんは、がばりとワンピースをかぶるとあたしに行きなさい、と言った。
0078創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:30:46.45ID:PQt6h00k
「あ、え、でも……ぱんつ、」
「私を誰だと思ってるの……駆け出しは自分の事だけ心配してなさい!!」
(いや、でもその下、はいてないですよね……)
だけどあんまりにも自信たっぷりにシェリルさんが言うから、不思議と力が湧いてくる。
この人が言うと、本当に何もかもが大丈夫に思えるから不思議だ。
「……はい!行ってきます!」
あたしは踵を返して、学校を後にした。
0079創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:31:29.29ID:PQt6h00k
「はっ、はっ、はっ……」
坂を駆けおりる。空が青い。息がはずむ。
「人生は、ワン、ツー、デカルチャー!頑張れあたし!!」
下着騒動で出遅れたあたしは、全力で仕事場へと向かっていた。
息がへろへろになって、電柱にしがみついて、でもまた走り出す。
懐でオオサンショウウオさんが鳴った。
「はい、すみません社長!あと少しで……!」
『いやいやいやいやもう、参っちゃったよ〜!それがさ、
 シェリルの特番が入るって言うんで、、番組自体が飛んじゃって……』
「!!」
『プロデューサ―はね、ランカちゃんの事たか〜〜く買ってくれてるの!だから次!次こそはね!』
0080創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 08:32:00.94ID:PQt6h00k
足が止まる。息が、うまくできない。
路面電車が通り過ぎていく。その向こう側には、壁いっぱいのシェリルの広告。
……電話を切って、空を見上げた。
どこもかしこも、……シェリルであふれていた。

あたしが主役だったはずの日。
特別な一日になるはずだった日。
でも今は、……ただの一日だ。(……帰ろう)
0081創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 08:32:35.88ID:PQt6h00k
グリフィスパークの丘。
帰ろうと思ったのに、自然と足が向いてしまっていた。
デビューする前は、いつもここで歌っていたっけ……。だれもあたしを見ないから。

(でもそんなのはもう、イヤだって、思ったんだ)

だから歌手になろうって決めた。それなのに。
まだ誰も、あたしがここにいるって、知らないよ……。
スポットライトの中心はいつも同じ人。あたしの女神さま、シェリル・ノーム。
……かないっこない、あたしなんか。
0082創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:33:19.02ID:PQt6h00k
その時、かさかさ、と音がした。
音の方を見ると、緑の尾が長い、つぶらな瞳が可愛らしい生き物が、こちらを見ていた。
「あなた、もしかしてさっきの……?」
シェリルさんの下着を持ってっちゃった子に、良く似ている。
「……そんなわけないか。おいで?あたしも今、一人だから」
緑の子は、するするとベンチの端っこを伝ってこちらに寄ってくる。言葉が通じてるみたいだ。
「あんまり見かけない子だね。あなた、どこの星から連れてこられたの?」
そっと頭をなでてやると、キイ、と小さい声が鳴いた。
「ふふ。……かわいい」
素直でいい子だ。あたしが今とっても寂しかったのをわかってて、側に居てくれるみたいだった。
「誰もあたしを見ないけど……知らないけど。あなたは聴いてくれる?あたしの歌……」

キイ、と可愛い声が答えた。
0083創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:34:30.89ID:PQt6h00k
「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
 ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
街はシェリルであふれている。ライトを浴びるのはいつだって彼女だ。
あたしはまだ駆け出しで、だれもあたしのことを知らない。
いつかみんなに、誰でもいいから皆に知って欲しいけど、今聴いてくれるのはこのちいさなみどりの子だけ……。

「ルーレイ ルレイア……」

ハーモニカの音がした。同じメロディをかなでている。
それどころか、その続きも。(あたしの曲を、……知ってる?)

音楽が止まり、その人があらわれた。
群青の服を着た、金色の髪と赤い瞳の、男のひと……。


「……あなた……だれ……?」

0084創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:35:34.86ID:PQt6h00k

「ランカ・リーです!この度わたし、デビューします!よろしくお願いしまーす!」

街頭に立って、水着姿でディスクを手渡す。メイクはボビーさんがしてくれた。
バックにはあたしのデビュー曲の『ねこ日記』が流れていた。
ぽつぽつだけど、受け取ってくれる人もいる。
その場で聴いてもらえて、さらに手元にも残る形なら覚えてらえる可能性が高いって言った社長の作戦はとてもいいと思う。
ネットでもPVを流せたら良かったんだけど、サイトを立ち上げたり動画を流そうとすると、どうしても会社のパソコンがハッキングされたりしてうまくいかないんだって。
0085創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:36:08.03ID:PQt6h00k
水着はちょっと、恥ずかしいけど……でも、着ぐるみの仕事よりずっといい。
(それにこれならバックで歌を流してるだけだし、喉も痛くならないからね)


「お願いしまーす!お願いしますー!…………あっ、」


この前の、ハーモニカの人が、柱にもたれて立っていた。
「あのっ……!」
見間違えるはずがないと思ったのに、……声を掛けた時にはもうそのひとは消えていた。
(誰なんだろう、あの人……どうして、あたしの歌を……)

0086創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 08:37:04.01ID:PQt6h00k
『魅力的なサラを期待しています……今年度ミスマクロスのミランダ・メリンさんでした』

娘娘の休憩室のテレビでは、あのコンテストの時に出会った女性が、主演女優を演じる映画の番宣をしている。
大昔の伝記を元にした映画なんだって。

「なんか悔しいですね……こっちは手渡しのプロモーションしか出来ない、って言うのに」
「でもねナナちゃん、エルモさんが言ってたの。歌って元々、人から人へ口伝えで伝わるものなんだって。何か素敵じゃない?」
「そ、……そうですよね!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
「うん!」

どたどたどた、と物凄く騒がしい足音がした、と思うと、息を切らしたエルモさんが飛び込んできた。

「ランカちゃん、ニュースですよ、ニュースですっ!!」
「……え?」

その話を聞いた時、あたしは最初、本気でウソなんじゃないかって疑ったくらいだった。
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2012/07/29(日) 09:03:01.38ID:PQt6h00k
× 「そ、……そうですよね!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
○ 「そ、……そうですよね!きっといますよ!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
0088創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 09:03:40.52ID:PQt6h00k
『映画?おまえが?』
「そうなのアルト君!監督さんがね、あたしのディスクを見て、気に入ってくれたんだって!!」
『へえ……良かったじゃないか!』
「でもあたし今までお芝居なんてしたことないし、うまくできるか心配で心配で……」
『まあ……ムリだろうな』
「あー……やっぱり意地悪だよ、アルト君……こういう時は、ウソでもいいからできるって言おうよ?」


『思わざれば華なり、思えば華ならざりき……』


「えっ?」
『頭で演じようとすれば、必ずどこかに嘘が残る。要するに、考えずにただひたすら感じて、役になりきれって事さ』
0089創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 09:04:12.19ID:PQt6h00k
「すごいやアルト君!お芝居のこともわかるんだ!」
『うぁ……まあな……どっちにしろ、台詞もない端役なんだろ?』
「っ……そうだけど……」

アルトー、いつまで電話してんのー!という覚えのある声がかすかに聞こえた。

(一緒にいるんだ……シェリルさんと)
『悪い、軍から広報の仕事が入って……じゃな』
「あ、うん……」
何も言えなかった。電話が切れたあと、あたしはぼんやり窓の外を見つめた。
広告はやっぱり、どこもかしこもシェリル・ノームばかりだった。
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2012/07/29(日) 09:04:53.62ID:PQt6h00k
映画撮影当日。
あたしたちは船で、撮影場所となるマヤン島までたどり着いた。
あちこちで大道具の人たちが働いている。
「すごーい!!島がまるごとセットになってるなんて!」
「ようこそマヤン島へ、ランカちゃん!」
「えっ?……ミシェル君、ルカ君!どうして……」
桟橋の上に立つのは間違いなく彼らだ。
ボビーさんが、SMSが撮影に協力してるの、と事情を説明してくれた。
バルキリーがいっぱい出てくるから、そこらへんを担当してるらしい。
「じゃあアルト君も……!」
「や、あいつは別の仕事。色々やばくってね」
「……そうなの」
「さあさ、ランカちゃん。メイクの続きしましょ?」
ボビーさんが優しく肩に手を掛ける。
慰められてるのがわかって、逆にちょっとしょんぼりした。
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2012/07/29(日) 09:05:25.68ID:PQt6h00k
バリバリと音をたててヘリが降りてくる。主演女優態の登場だ、という声。
その中からは、ミランダさんがあらわれた。
……あの時同じ舞台に立っていたのに、今はこんなにも遠い。

着替えて浜を歩いてると、あら貴女、と声をかけられた。ミランダさんだ。
「ミスマクロスの時の子ね」
「あ、はい、こんにちは……」
「出るの。役は?」
「マヤンの娘Aです!」
「まあ素敵。私の映画を台無しにしないよう、せいぜい頑張ってちょうだい?」
「……、」
やっぱり、殺気立ってるな……あの時といっしょで、やな感じ。
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2012/07/29(日) 09:06:14.91ID:PQt6h00k
「聞き捨てならないわね。妥協で私の歌が使われるの?」
「?今の、シェリルさんの声……」
見ると、テントの方に見覚えのあるストロベリーブロンドが輝いている。
その隣にいるのは、……アルト君だった。(別のお仕事って……こういうこと?)
ミランダさんは興味を失ったかのようにすいっとあたしの前を去って行くと、シェリルさんの方へ駆けて行った。
つい、あたしも後を追いかける。
シェリルさん、とミランダさんが感極まったような声で話しかける。
私主演の……、と続けようとしたが、それを綺麗に無視してシェリルさんはあたしの方へ歩み寄ってきた。
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2012/07/29(日) 09:07:00.42ID:PQt6h00k
「ちゃんと登ってきてるみたいね」
「はいっ!」

……ふふーん、何だか気分がいい。
あのシェリルさんが、ミスマクロスのヒトよりあたしを気にかけてくれている!
キッとこちらを睨むミランダさんの視線は相変わらず怖かったけど、あたしは全然気にならなかった。

「アルト!あんたも何か言ってあげなさい!」
「……よ、よお」
「あの……どうして?アルト君」
「命令さ……例のコイツのドキュメンタリーとかもSMSが全面協力とかで……」

めんどくさそうにぼやいていると、急に後ろの監督さんとスタッフさんがガッ!とアルト君に食ってかかった。

「失礼ですがあなた、早乙女アルトさんですか!映画に出ていただけませんか!?」
(アルト君……知り合い?)
「見ましたよぉあなたの舞台!!桜姫東文章の桜姫!!」
「さくら……ひめ?」
(なに、それ……)
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2012/07/29(日) 09:07:33.41ID:PQt6h00k
「驚いた……アルト君が、歌舞伎のおうちの跡取りだったなんて」
「そお?私は知ってたけど。触れられたくないから突っ込むのをやめてたけど、有名人よ?嵐蔵早乙女は」
「ルカ君も?」
「一応……先輩、家を継ぐのがイヤで、大ゲンカしてパイロットになったらしくて……」
「そう、なんだ……」
「ランカさん?」
「あ、ちょっと、ね!」
0095創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 09:08:05.53ID:PQt6h00k
そのまま駆け出してしまった。行く当てなんてない。
ただ、何だか良く解らないけど、胸が苦しくて……切なくて、打ちひしがれたようだった。
(皆知ってるのに、あたしだけ、知らなかったんだ……アルト君のこと、なんにも)
知ってて、アルト君を思って何も言わなかったシェリルさん。
無神経にも電話でお芝居のことを聞いてしまった自分。……みっともなくて、涙が出そうになる。
あたし、アルト君のこと何にも知らない。
どこで生まれて、どんな風に育って、何が好きで、何が嫌いで……そういうの何も知らない。
あたしはただ浮かれて、キレイでカッコイイパイロットの子に憧れただけ……。
0096創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 09:08:44.20ID:PQt6h00k
あちこち歩いて……というか、よじ登ったり降りたりを繰り返している内に、高台の崖まで来てしまった。
辺り一面を一望できる。青くてきらきらした海が広がっていて、浜に近づくにつれてグリーンへのグラデーションが描かれて、とてもきれいだ。
「うわあ……」
思わずそこへ座り込んだ。広くて大きくて、青くて……とてもあたたかい。やさしい場所だな、と思った。


「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
 ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
0097創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:02:26.14ID:PQt6h00k
あんまりにもキレイで、だから何もかも忘れさせてくれるような気がした。
あの時は一緒だったはずのミランダさんが、もう全然追いつけそうにない距離にあること。
シェリルさんがあんまりにも自然にアルト君を思いやっていて、すごく大人だと思ったこと。
アルト君のことを、上っ面のことしかなんにも知らなかった自分。
そういうみっともない何もかもを、忘れさせてくれるんじゃないかって思った。
(アルト君……あたし、大人になりたいよ……)
0098創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:02:58.77ID:PQt6h00k
暫く歌っていると、やっぱり喉が痛くなってきて。もう頃合いかな、と思って立ち上がった。
(早く戻ろう。あたしの役まではまだ時間があるけど、何があるかわからないし)
そうして振り返ると、そこには――ヒュドラがいた。
目が赤い。ひゅうひゅうと呼吸音がする。開かれた口からは、鋭い牙が見えた。

完全に、こちらを捕食対象として見ている――!

(逃げ、なきゃ)
0099創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:03:31.30ID:PQt6h00k
走って走って、ヒュドラから逃げた。普段は大人しいはずのヒュドラが、なぜあんな風になってしまったのか解らない。
でも初めて見た野生まるだしのヒュドラは恐ろしくてたまらなくて、脚がもつれてころびそうになりながら、それでも逃げた。

「はっ、はっ、はっ……っ、あぁっ!」

目の前には崖。行き止まりだ。振り返ると、野性を剥きだしにしたヒュドラがこちらを見つめている。
(やだ……誰か……!)
どこかへ逃げなきゃ、と一歩後ろへ足を引くと、がく、と踵が落ちそうになった。もう崖っぷち。
本当に、後がないのだ。
ヒュドラが地を蹴って飛ぶ。あたしへ向かって。
0100創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:04:05.87ID:PQt6h00k

「い、いやぁああああ!!」
「ランカぁあ!!」

何発か銃声が聞こえた。もんどり打って、誰かがこちらへ転がってくる。
慌てて駆け寄るとそれは……アルト君だった。
(助けに来てくれたんだ……)
アルト君はあたしをかばうように立ち、ヒュドラと対峙した。だが。
人間のか弱い身体じゃ、強いケモノとやり合えるわけがない。
あたしとアルト君はまとめて吹っ飛ばされて、あたしはまた崖っぷちギリギリまで逆戻りした。
ヒュドラが口を開いてあたしを見つめている。

(もう、ダメだ――)
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2012/07/29(日) 10:04:45.26ID:PQt6h00k
その瞬間。何かが、あたしたちの間に割って入った。
目もくらむような速さでヒュドラを殴り飛ばす。
噛み付かれたのだろう、腕からは血がしたたり落ち、中のコードだかチューブだかが丸見えになっていた。
後ろ姿しか見えないけど、見間違えるはずがない。
金色の髪、群青の服――あの時の、ハーモニカの男の子だ……。

(い……いや……)

フラッシュバックする。頭がぐるぐるする。
どうして傷つくの?なんでこんなことになってるの?だってあたし、あたし何もしてない……。
約束をやぶるような真似、なんにもしてないよ……。

(死んじゃ……お兄ちゃん……いや……!)
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2012/07/29(日) 10:05:26.03ID:PQt6h00k
懐かしい夢を見ていた気がする。


歌っているあたしと、傍にはやわらかくてあたたかくていいにおいの人がいる。
それから、お兄ちゃんも……。きれいな歌だね……これは、何の歌だったの、おかあさん……。


「……ん」
目が覚めると、あたしはアルト君におぶわれていた。
「目が覚めたか?」
「あたし……、あっ!いきなり、ヒュドラに……どうして」
「覚えていないのか?」
「もしかして……アルト君が……」
「あ、いや俺は、」
「っ……ありがとう……いつも……助けて、くれるんだね……」

なんでかな。涙が止まらないよ……。
さっきみた夢のせいかな。どんな夢だったか、全然思い出せないのに。
ただあったかくてやさしくて、それでいてひどく寂しかったことしか、わからないのに……。
0103創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:06:14.09ID:PQt6h00k
「あぁっ!来ましたよ!」
森を抜けると、ルカ君の声が飛び込んできた。それからエルモさんも。
「ランカちゃん!ニュースですよ!ウルトラスーパービッグニュースです!!」

「あたしが、マオ!?」
「しかも、ランカちゃんが歌っていた曲をメインテーマとして使いたいって!!」
「ええっ!」
あんまり唐突な話で、現実感がついてこない。
ぽん、とアルト君が頭に手を乗せて、良かったな、と笑いかけてくれた。
が、何故かその顔が急速に凍りつく。
「待て……お前がマオ役ってことは…………俺とお前が……!?」
「?」


「き、キス……することに……」
「へ、キスって…………………………ぅえぇえええッ!?」

0104創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:06:58.83ID:PQt6h00k
夕暮れ時の砂浜に、ぽつんと座っている。
橙の光を乱反射する波が、とてもキレイだ……。
背後からさく、と足音が聞こえたかと思うと、ボビーさんが苦笑する気配があった。

「どうしてすぐ引き受けないの?アルトちゃんとキスするの、イヤ?」
「…………、」
「怖いんです……あたしに出来るのかな、って……キスのことも、お芝居の事も」

ボビーさんは何も言わずにあたしの話を聞いてくれている。
ホントはわかってた。ここは二つ返事でとびつくべきチャンスなんだ、って。
あたしのつまんない葛藤のせいで、監督さんも現場のみなさんも待たせっぱなしで、撮影日がどんどん過ぎていくなんて、シェリルさんクラスの人ならともかく、駆け出しのあたしじゃあそんなことあってはならないんだってことも。
0105創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:07:41.05ID:PQt6h00k
(でも……あたし……)

「あたし、マオのこと、よくわからなくって……
 お姉さんが、サラが好きになった男の人のことを好きになって……それで自分から、キスまでしちゃうなんて……」
「まだ本気で恋をしたことがないのね、ランカちゃんは」
「……、本気の、恋……」

お子様なあたしにはまだ、解らないのかな……。
ぼんやりボビーさんの方を振り返ると、向こうのバンガローで、アルト君とシェリルさんが二人でいるのが見えた。

(いつも一緒だな、あの二人……)
0106創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 10:08:18.12ID:PQt6h00k
いつかのゼントラモールの時みたいに、夕暮れ時の光につつまれて。
アルト君とシェリルさんのいる風景は、相変わらず、これこそ映画のワンシーンみたいに美しかった。そして。



――シェリルさんが、アルト君に――今度はちゃんと唇に、そっとキスをした。



(……!!)
ゆっくりと、離れていく。
閉じたまぶたがゆっくりと開かれて……シェリルさんは、どんなメディアでも見たことがないような、ただの『女の子』の顔をした。
アルト君と二言三言なにか話して……そしてそのまま、笑いながら、追いかけっこみたいに二人してどこかへ行ってしまった。
そんなところまで……まるで、良く出来た絵画のようだと、胸がずきずき痛むのに、本当にキレイだと、思ってしまった。
0108創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:45:57.83ID:PQt6h00k
届かない。アルト君にも、シェリルさんにも。
まだ本気で恋をしたことがないのねって、ボビーさんは言う。
そうかもしれない。だってあたし、いまだに頭のなかぐちゃぐちゃで、良く解らない。
アルト君のことだって、表面的なこと以外は全然知らない。でも。――でも!

桟橋にいる監督さんの方へ歩み寄る。
思い切って、がばっと頭を下げた。


「監督、やらせてください……あたしに、マオを!!」
0109創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:46:30.04ID:PQt6h00k
ボートから海中へダイブする。
海の水は塩っ辛くて、それから何か良くわからない、ミネラルみたいな味もして、まるで涙みたいだと思った。
先に海中にいたアルト君があたしを見つめている。
髪を結いあげて、いつものアルト君とまるで違う雰囲気の、それでもきりりとした目差しはいつも通りの、アルト君が。

「ホントに、いいのか……?」
「今なら、わかる気がするの……マオの気持ちが」

どんなにあがいても届かない、そんなキスシーン。
アルト君のことを何も知らなかったあたし。

それでも、――それでも。
0110創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:47:01.51ID:PQt6h00k

「シーン47、カット11、アクション!!」

今ならあたし、マオの気持ちがわかるよ。
二人して海中に沈む。手を繋いで、一緒に潜っていく。
アルト君が苦しそうにもがいて、岩にぶつかる。アルト君――シンのゴーグルを、そっと持ち上げる。

(シン……お姉ちゃんのことが、好きなの?)

シンの目が驚いたように見開かれる。その中に、ゆらゆら揺れながら、あたしの姿が映っている。

(あたしを見て……あたしだって、あなたのことを……)

どんなに届かなくても、むくわれなくても。
抑えられない、心がある。
シン、それが今の、あたしの気持ちだよ……。

海が揺れる。海藻が、魚が、大地が、ゆらゆらと揺らいでいる。
今だけでいい、あたしを見て……。例え、かなわなくてもいいから……。


あたしはそっと、シンにキスをした。涙のような海の中で。

0111創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:47:53.54ID:PQt6h00k
あたしはそのキスシーンを、赤面してふるえながら眺めていた。
先行試写会。自分がこんな風にスクリーンに映るなんて初めてで、何もかもが恥ずかしい。
隣の席のナナちゃんは食い入るように画面を見つめている。

(どうして、あんなことが出来たんだろう……!)

ああ、恥ずかしい!あの時はどうかしていたとしか思えない。
なんであんなに当たり前のように、アルト君にキス……なんてできたんだろう……。

バルキリーが落ちていく。
シンが優しげに、そっと呟く。聴こえるよ、きみの歌が、と。
マオはいつまでも歌っている。何かを見送るように。そして何もかもが光に包まれて、消えてゆく――。
0112創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:48:24.97ID:PQt6h00k
キャストが流れて、会場が暗くなった。拍手の嵐が聞こえる。
「それでは、出演者の方にご挨拶願いましょう!まずは主役の、ミス・ミランダ・メリン!」
割れるような拍手の中、ミランダさんは艶やかな微笑みを浮かべ、頭を下げる。
「そして、マオ役を射止め、フレッシュな歌声で我々を魅了してくれた……」


「ミス・ランカ・リー!!」


カッ、とスポットライトがあたしの周りを包む。
こんなの聞いてなかった。あたしはただ、関係者席でぼんやりと映画を見ていただけなのに……。
現実感のないまばゆいライトに、目がくらみそうになる。
拍手は続く。立ち上がる人もいる。辺りを見回して、驚きでうまく反応できない。
0113創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:48:57.51ID:PQt6h00k

「応えてあげなさい。みんな貴女を呼んでいるのよ?」

目の前に――どんなに頑張っても届かなかった、シェリル・ノームがいた。監督から手を差し伸べられる。

「昨日までの君は何者でもなかった。伝説は今、ここから始まる……!」

そっと手を取る。割れるような拍手の音が、更に大きくなる。
ステージへ連れられて、ゆっくりとのぼっていく。
把握しきれないほどの観客たち……この人たちがみんな今、あたしを見てるんだ……。
あたしは高揚して、頬が上気するのをおさえられなかった。
0114創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:49:49.18ID:PQt6h00k
「皆さん、ありがとうございましたっ!!」
娘娘の制服を着て、カメラの前で頬笑む。CM撮りはつつがなく終了した。
エルモさんが、次は雑誌のインタビューですよー、とあたしを急かす。
移動中の車から見える街頭広告たちは、ほとんどがランカ・リーで埋め尽くされている。
たまにシェリル・ノームも見かけるけど、今はほぼすべての広告があたしの姿で埋まっていると言ってもいい。

『アルト君へ。
あの映画が公開されてから、なんだか夢みたいな毎日が続いています。
 目が回りそうって言うの、きっとこう言うことなんだね。
 あたしは社長の言うとおり、目の前のことを次々こなしていくので精一杯です。』

メールを打ちながら移動していると、エルモさんがあそこですよ、と外を指さした。天空門だ。
……夢みたいだ、シェリルさんと同じところで、あたしのファーストライブが出来るなんて。

『あ、そうだ。アルト君、来週誕生日なんだって?ナナちゃんから聞きました。
 パーティとかするのかな?その時は、お休みをもらって必ず行きます!もちろん、プレゼントを持って!』

ランカちゃん、行きますよ、とエルモさんに急かされる。あたしは慌てて未送信ボックスにメールを突っ込むと、車から飛び出した。
0115創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:50:20.73ID:PQt6h00k
「はぁーいランカちゃん!頼まれてたアリーナのチケット!」
「ありがとうございます、エルモさん!」
「それにしてもどうして?ご家族やお友達には、ワタシの方から手配を……」

「直接手渡したい相手がいるのよね?」

耳に飛び込んできた凛とした声に振り向くと、そこにはシェリルさんが立っていた。
0116創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:50:52.30ID:PQt6h00k
「はい、期待の新星に」

カップを受け取る。シェリルさんは軽くそれを掲げた。

「ありがとうございます……これもみんなシェリルさんと、」
「……アルトのおかげ?」

思わず顔を上げると、シェリルさんはいたずらっぽく笑っている。
あたしの手に握られたアリーナチケットを見て、バースデープレゼントでしょそれ、と一発で見抜いた。

「あ……これだけだとちょっとアレかなーと思うんで……他にもちょっと」
「そ。アイツ喜ぶわよーきっと」
アイツ、って呼ぶんだ……。
マヤン島での撮影でも思ったけど……シェリルさんとアルト君って、どういう関係なんだろう……。
0117創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 12:51:23.54ID:PQt6h00k
「あ、あの、シェリルさん……!」

意を決して問おうとした瞬間、ばしゃ、と音を立ててシェリルさんのカップが落ちた。
キレイな髪がゆらりとゆれて、目眩を起こしたみたいにシェリルさんが手すりにすがりつく。

「シェリルさん!?」
「……ご、ゴメン……ちょっと立ちくらみしちゃった」
「大丈夫ですか?」
「もちろん。体調管理はこの仕事の初歩だもの。……でしょ?」

だけどシェリルさんの頬が赤い。チークとかそういうんじゃなくて、のぼせたような、熱っぽいような……。
でも、あたしの大先輩であるシェリルさんが大丈夫って言うんなら、あたしはもう何も言えなかった。
0118創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 13:02:49.78ID:PQt6h00k
「レシピありがとう、ナナちゃん!今夜はうちに帰れそうだから、さっそく試してみるね!」

短い待ち時間の間、楽屋で電話をするのが数少ない楽しみだ。
もちろんお仕事が楽しくないわけじゃないし、とっても充実してるけど、やっぱり緊張もしちゃうわけで……こうしてリラックスしていられる時間というのはとても貴重だった。

『それよりランカさん……早乙女君と、連絡取りました?』
「まだ、だけど……」
『私の気にしすぎかもしれないんですけど……最近、早乙女君とシェリルさん、何というか、すごく、仲がいいと言うか……』
0119創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 13:03:25.31ID:PQt6h00k


――夕日のさす海辺で、映画のワンシーンのように完璧なキスを思い出した。


「二人……付き合ってるのかな、やっぱり」
『それはありません!いえ、まだそれはないはずです。
 でもランカさん、このままぼやぼやしてると、取られちゃいますよ?それでいいんですか?』
「い、いいも何も……だってアルト君は……」

ドンドン、とノックの音がする。時間だ。社長の急かす声が聞こえる。
「あ、はい!――じゃ、お仕事始まっちゃうから、またね?ナナちゃん」
そのまま通話を切った。ぼんやりと鏡を見つめる。あたしの姿が映っていた。
あの海中で、アルト君の瞳に映っていたのと同じ、あたしの姿が……。

(ナナちゃん、いきなりすぎだよ……あたし……アルト君のこと……)

あの時キスした唇に、そっと触れてみる。もう感触も思い出せない、遠いキス。
『アイツ喜ぶわよ?きっと』
自信ありげなシェリルさんの笑みが思い出される。

(あたし……あたしは……)
0120創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:31:09.70ID:PQt6h00k
ドンドンドン、とノックの音がした。
「ランカちゃーん!まだでかなー!!皆待ってますよー!!」
「!あっ、はい!!あの、ちょっと待ってください!一分だけ……!」

握りっぱなしだったオオサンショウウオさんをいじって、電話をかける。
「あ、あの、アルト君?」
『アルトだ。電話に出られない。用事のある奴は言え』
「はあー……あ、ランカです。最近、あんまり会えなくてゴメンね。
 って、何で謝ってんだろ……会えなくて残念かどうかって、アルト君が決めるコトだよね……
 あは、バカだなあたし……そ、それでね、誕生日のこと聞いたの。
 それで、良かったらなんだけど……プレゼント、貰って欲しいの。
 誕生日の日、あの丘で……グリフィスパークの丘で、待っててくれる?必ず行くから……だから…………」
0121創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:31:40.93ID:PQt6h00k
『仕方ありませんねえ……二時間だけですよ?』
そのエルモさんの言葉をありがたく受け取って、あたしはグリフィスパークの丘めがけて走っていた。
そういえば、こんな風に走ったのなんて久しぶりだ。最近はずっと、移動は車で……仕事から仕事へ、渡り歩いていたから……。

(アルト君……)

何時に抜けられるかわからなかったから、留守電にはいつ待ってて欲しいとか、そういう言葉を入れられなかった。
アルト君だってあたしが忙しいのわかってる。だからもしかしたら、待っててくれるかもしれない、そんな願望を抱いていた。
「はあっ、はあっ、……」
階段を駆け上る。デビュー前のあたしの、ひとりぼっちのステージ。そこへ辿り着く。
柱の陰から、人影があらわれるのが見えた。
0122創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:32:16.47ID:PQt6h00k
「……アルト君……!」
――やっぱり、待っててくれたんだ!駆け寄って、アルト君!!と大声で呼ぶ。


「……あ、ランカちゃん……ゴメン、アルトじゃなくて」


そこにあらわれたのは、……ミシェル君だった。
「あいつに頼まれて来たんだ。アルトの奴、今頃……」

アルト君は、ガリア4に向かう、と聞いた。……シェリルさんと、一緒に。
ミシェル君は朝からずーっと、あたしを待っててくれたらしい。
じゃあね、と帰って行ったミシェル君を見送って、あたしは戻る気にもなれず、ただぼんやりと日が暮れていくのを眺めていた。
と、キイ、と聞き覚えのある鳴き声が聞こえてきた。振り向くと、長い尾をもつ緑の子があたしの方へぴょこぴょこ飛んでくる。
0123創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:32:32.66ID:b0gGp+LD
しえん
0124創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:32:48.18ID:PQt6h00k
「あなた……」
キ?と首をかしげるその子は、とても可愛らしかった。そっと抱き上げる。
「アルト君、行っちゃったんだって……シェリルさんと」
キイ!と声を上げ、その子はあたしの鼻をつついた。
「ふふ、慰めてくれるの?優しいね。……食べる?初めてだから、あんまり上手に出来なかったんだけど……」
袋の中から、バルキリー型のクッキーを取り出してその子に与える。さくさくと軽快な音を立てながら緑の子はクッキーにかじりついた。
もう一つ取り出して、……空にかかげる。


「アルト君……ハッピーバースディ……」


一人ぼっちの、ハッピーバースディ。
さく、とそれをかじると……ぼそぼそして、苦くて、その癖中は中途半端な味で……なんだかあたしの心の中みたいだった。
「苦っ……」
あたしの小さなぼやきは、誰もいない夕暮れに消えていった。
0126創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:33:19.19ID:PQt6h00k
「あれ?もうお弁当終わり?最近元気ないね、ナナセ」
「ううん?そんなことないけど……ちょっと寂しいかなって……シェリルさんも早乙女君も、ずっとお休みだし」
「でも、ランカさんには明後日会えるじゃないですか!それに、会えない時間が長いほど、再開は嬉しいって言うし!」
「そうだよね……ありがとう、ルカ君」


「じゃああたし、休んだ方が良かったかな?」


「「ランカさん!?」」
階段の上、皆の背後からいたずらっぽく声をかける。
「ランカさあああん!!」
ナナちゃんが飛びついてくる。ぎゅうぎゅう抱きしめられて、少し苦しい。
と、制服の下からもぞもぞと、……出てきちゃう気配がした。
「あっ、コラ!」
ちょこん、と出てきたのはいつもあたしを慰めてくれた緑の子だ。
ナナちゃんは、頭にハテナマークを浮かべながらその子の事を見ている。
思わず大声を上げそうになるのを、あわてて手でふさいで、お願い、と頼み込んだ。
0129創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:34:28.45ID:PQt6h00k
「見つかったら、生態系保護法違反で強制ボランティアですよ?」
屋上で、ナナちゃんはやれやれと言う風に腰に手を当てた。
「でも、懐かれちゃって……それにこの子、あたしを慰めてくれたの……。
 アルト君にプレゼントを渡しに行って……一人ぼっちだったときに」
「ランカさん……。ふぅ。じゃ、私も共犯です!罰を受ける時は、一緒ですよ?」
「!!わぁ、ありがとうナナちゃん!」
思わずナナちゃんの手を握りしめてしまった。
でも、と思う。ナナちゃんはいつも優しい、あたしの親友だ。
けど、どうしていつもあたしにこんなに良くしてくれるんだろう……?
「ねえナナちゃん」
「どうしたんですか、ランカさん」
「生態系保護法違反って……前科がついちゃうよね」
「そう……ですね」
「なのにどうして、あたしに協力してくれるの?あたしいつもナナちゃんに頼ってばかりで……どうしてナナちゃんは、いつもあたしに良くしてくれるの?」
0131創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 14:35:00.20ID:PQt6h00k
そう問うと、ナナちゃんは一瞬びっくりしたような顔をして、それから少し俯いた。
「話しにくいことなので……もうちょっと陰の方、行ってもいいですか?」
「あ、うん」
柱の陰にかくれると、ナナちゃんは俯いたまま、ぽつぽつと話し始めた。
「私ね、……その、嫌味に聞こえるかもしれないけど……胸とか、大きいでしょう?」
「……うん、そうだね」
「それで昔っから、そういう目で見られたり、からかわれたすることが多くて……それが凄く、イヤだったんです」
胸元を隠すように自らの身体を抱くナナちゃんは、それでね、と顔を上げた。
0136空打ちしてしまったorz
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2012/07/29(日) 14:36:10.51ID:PQt6h00k
「ランカさんはなんていうか……中性的じゃないですか。女の子すぎることも、
 男の子すぎることもない、自然体の、あるがままの姿……最初はそこに、憧れたんです」
もちろん今はそれだけじゃありませんけど!とナナちゃんは力説する。
「ランカさんはね、私の星なんです。
 どんなに遠いところにあっても輝きを失わない、私を導いてくれる……そんな星なんだ、って」
「ナナちゃん……」
「あ、あはは、ちょっと話しすぎちゃいましたね!……忘れてください」
照れたように笑うと、それにしても、とナナちゃんは緑の子を突っついた。
「でも、あんまり見かけない子ですね……」
「うん、生態マップも見てみたけど、全然見かけないんだ」


「ミシェル先輩!!」


ルカ君の切羽詰った叫び声に、あたしとナナちゃんは一気に現実に引き戻された。
0139創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 15:21:13.43ID:FekLyHPx
ちょっくら外出してきます
書き溜めはしてるので帰ったらすぐ投下できそうです
支援本当にありがとうございます
0140創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 17:49:26.83ID:YqYFqASH
面白いねー
これってアニメ版をランカちゃん視点でそのまま書き起したの?
0141一時帰宅 また後で夕飯にて席を外します
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2012/07/29(日) 18:14:32.20ID:PQt6h00k
>>140
ありがとうございます
TV版をランカちゃん視点で&ランカちゃんが凡人だったら という設定でやっていく予定です

最強フォールド波でバジュラクイーンのランカちゃんも、
超時空シンデレラなランカちゃんも、
一番最初に惚れたのが恋に恋して空回っちゃうごくごく普通の子なランカちゃんだったので
0142一時帰宅 また後で夕飯にて席を外します
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2012/07/29(日) 18:15:18.21ID:PQt6h00k
画面の中では、タラップを降りようとして崩れ落ちるシェリルさんと、暴動を起こすゼントラーディの人達。
ミシェル君がカリカリしている。

「シェリルが病気で歌えないから暴動って……どうせ口実だろ!」
「アルト君……」

アルト君は、シェリルさんと一緒にいるはずだ。だったらこの暴動にも、巻き込まれている……。
思わずとがめるようにミシェル君を見た。

「ねえ、助けに行かないの!?アルト君、大変なんでしょ!?」
「ムリなんだよ……ここからじゃ、絶対間に合わない」
「そんな……」
(あたし、アルト君にプレゼントも渡せてない……何も言えてないのに……!)
アルト君、アルト君……。
失敗作のクッキーのことも、病気のシェリルさんのことも全部頭から吹っ飛んで、あたしはアルト君のことしか考えられなくなっていた。
だってあたし、まだ何も、なんにもしてない……。


「一つだけ、方法があるかもしれません!」


きっぱりと言い切ったのは、ルカ君だった。
0143一時帰宅 また後で夕飯にて席を外します
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2012/07/29(日) 18:16:01.05ID:PQt6h00k
フォールド断層の影響を受けない、新型のフォールド機関がある、とルカ君は言った。
難しいことはわからないけれど、それを使えば何日もかかるガリア4までの道のりが一瞬ですむことになる、とのことだった。

(明後日は、あたしのファーストライブ……)

ミシェル君のバルキリーに乗り込みながら考える。
スタッフもファンのみんなも、あたしのライブを楽しみに待っている……。でも。
一人ぼっちのバースディ。失敗作の苦いクッキー。来てくれなかったアルト君……。
(ライブなんかより、あたしには、アルト君のバースディの方が……!)

「待てランカ!自分がどれほど無茶をやろうとしているのか、わかってるのか!」

出発しようとするあたしを、お兄ちゃんが大声をあげて引き留めた。
「……お兄ちゃん、言ってたよね。後悔するくらいなら、当たって砕け散れ……って。
 あたし、行きたい。行かないと……伝えないと、きっと後悔する。だから……」
心配してくれてるのは痛いほどわかってる。でも。
一人ぼっちの誕生日……あんなの絶対、もう二度とゴメンだ。
伝えたい気持ちがあるから、あたしは歌手になった。ここにいるって、言いたくて。
だからアルト君にも、ちゃんと伝えたい……!誕生日、おめでとうって、ちゃんと言いたい。

「ゴメンね、お兄ちゃん」

それだけ言うとあたしは、振り返らずに後席に身を沈めた。
0144一時帰宅 また後で夕飯にて席を外します
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2012/07/29(日) 18:16:45.93ID:PQt6h00k
『アルト!!お前にバースディプレゼントの配達だ!!』

ミシェル君がスピーカー越しに呼び掛ける。眼下には、さっきまで銃弾が飛び交っていた暴動の場所。
アルト君は頭の後ろで手を組んで、抵抗できない状態になっている。
(あたし、届けたい……届けたいよ、あたしが、ここにいるんだって……アルト君!!)

バルキリーのハッチが開く。吹き付ける風に髪が頬を打つ。
あたしはそれでも立ち上がって、震える手でマイクを握りしめて……キッ、と眼下の戦場を見据えた。


「皆、抱きしめて……!銀河の、果てまで……!!」


踊りながら、バルキリーに乗って歌う。ライブのために用意された、あたしの新曲。
0145名前欄消し忘れたorz
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2012/07/29(日) 18:17:53.89ID:PQt6h00k

あなたが好き、あなたが好き、悲劇だってかまわない……。
けし粒の命でも、あたしたちは瞬いている……。

スピーカーとエフェクターに頼った、たよりない歌声。それでも歌った。
ミシェル君のバルキリーが着地する。あたしは、シェリルさんが歌うはずだったステージに降り立った。

(あたし、歌うよ、アルト君……!)

いつの間にか、銃撃戦は止まっていた。みんなが、あたしの歌を聴いている。
アルト君のバルキリーが、目の前を飛んでいる。ガラス越しに、アルト君があたしを見つめているのが解る。


心が光の矢を放つ――。


アルト君に向かって、あたしは歌った。
もつれあうバルキリーたち。飛び交う光。あたしはアイモを歌う。
あたしのたったひとつの、思い出の歌。なにかやさしいものが、胸の奥から込み上げてくる。
みんながあたしを、あたしの歌を聴いている。


(ねえアルト君……あたし、ここにいるよ……)
0146創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 18:18:42.59ID:PQt6h00k
「バカかお前!スーツもつけずに、生身で戦場に出てくるなんて……!」
「だってホラ、あのくらいしないと、みんな歌を聴いてくれないかな、って……」

そこまで言うとあたしはへたり込んだ。腰が抜けたのだ。銃弾飛び交う中で歌うなんて、初めての経験だった。
それどころか、戦場なんてものを見たのも、初めてで。
(どうしてだろう……すごく怖かったはずなのに、満たされた気持ち……)

「おい、ランカ!」
「あれ、なんか……気が抜けたら、あしが……」
「お前、どうしてここまでして……」

(どうして?……そんなの、決まってる。スタッフよりもファンよりも、ライブなんかよりもずっとずっと大切だったのは――)

「だって、伝えたかったんだもん……」
涙が、出そうになる。それをぐっとこらえて、笑顔を作った。精一杯の笑顔を。


「ハッピーバースディ、アルト君!!」
0147創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 18:19:42.02ID:PQt6h00k
「キレイだね……このまま、どこまでも飛んでいきたい気分……」

あたしはアルト君のバルキリーの後席に乗って、ガリア4の夕暮れを見つめていた。
今度はちゃんと、スーツをつけて。

「ああ、そうだな……」
帰りは、ミシェル君じゃなくてアルト君が送ってくれることになっていた。
あたしのライブは明日。来るときに使ったフォールド機関を使えば、きっと間に合う。(……でも、)
きっともし間に合わなかったとしても、あたしは後悔しなかっただろう。
だってアルト君に、ハッピーバースディが言えたんだから。

「その……ランカ、……ありがとな」
「お、お礼されるようなこと、してないよ!あたしが勝手に来た、だけだし……」
「でも、お陰で助かったよ。…………最高のプレゼントだった」
「……!!」

どうしよう……心臓がどきどきして、止まらない。顔がかあっと熱くなる。
それを誤魔化すように、あたしは空を見ながら小さく歌を口ずさんだ。
0148創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 18:20:13.35ID:PQt6h00k
急にけたたましいアラームが鳴る。アルト君が、操縦がきかない、と焦ったように言う。
バルキリーはそのまま力を失って、腹を地面にこすりつけるようにして着地した。

「何なんだ突然……!」
「……?」

なにかが。
フラッシュバックしたような、気がした。

機体をチェックしているアルト君をよそに、あたしは歩きだす。その先に何かがある、とどこかで確信しながら。
「!アルト君……あれ……!」
「どうした!」
あたしたちの目の前にあらわれたのは――第一世代型マクロスだった。


――景色が、フラッシュバックする。
誰かのやさしいにおい、あたたかな手、笑顔、それから、――何もかもが壊れていく様子。


「ぁ……あ、……」
震えが止まらない。何も思い出せない。それなのに、……怖くてたまらない。


「いやぁあああああッ!!!」
0149創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 18:21:02.23ID:PQt6h00k
「……ごめんね、びっくりさせて」
低空飛行で辺りを探索するバルキリー。その後席で、あたしはぽつりと言った。
「ちっちゃい頃の記憶がないって話……したよね。
 どんなに頑張っても思い出せない癖に、時々……勝手に出てきて、……今みたいになるの」
「なら、考えるなよ。思い出さないでいいことだから、忘れてるんだろ?」
「そう……なのかな」
「ああ。過去なんかに縛られるのは時間の無駄さ…………、っ、またか!!」
苛立ったようなアルト君の声。バルキリーががくん、と揺れる。……動かなくなった。


「……ねえ、もう帰れないの?」
様子見に外へ出て、深い原生林を見わたす。アルト君はあたしを勇気づけるように、心配するなと言った。
「航法計が全部ホワイトアウトしてるだけで、壊れたわけじゃない」
「でも……」
「恐らく、強力なジャミングを受けて……アイツが原因かもしれないな」
マクロスの方を望遠鏡で覗きながら、アルト君は、お、水場がある、と言って立ち上がった。
0150創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 18:21:50.92ID:PQt6h00k
水場に辿り着いたアルト君は、水のチェックをしたら即座にパイロットスーツを脱ぎ捨てて水浴びをした。
ほどかれた長い髪は枝毛なんかとは無縁そうで、とてもきれいだ。
何だか初めて出会った時みたい、と思ってそれを言うと、アルト君に笑われた。
水をかぶったのはお前の方だ、って。
(……覚えてて、くれたんだ)
0151投下再開します
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2012/07/29(日) 21:12:51.79ID:PQt6h00k
水場から出たアルト君の、髪を梳く。さらさらのやわらかい手触りを味わっていると、
「ホント、お前はビックリ箱みたいな奴だよな」
と苦笑交じりのアルト君の声がした。

「会ったばかりの頃は、あたしなんかー、って言ってた癖に……臆病なんだか大胆なんだか、いい心臓してるぜ、ったく」

きゅ、と音を立てて、赤いひもでアルト君の髪を結う。
アルト君と出会った時のことなんて、もうずっと遠い昔みたい。
最初はあたし、すごく卑屈だったのに……いつの間にか、誕生日を祝いたい気持ちひとつでこんなところまで来るようになっちゃった。

「あのころに比べて、あたしが少しでも勇気がもてるようになったとしたら、それは……」

フォルモでひとり、マイクを持って立っていた時。
頭上をひらりと飛んで行った紙飛行機。あたしなんか、とうじうじしていた時、おでこにぶつけられた紙飛行機。

「……アルト君の、お陰だよ。アルト君がいたから……いつもあたしを守ってくれて、迷った時には、背中を押してくれて……だから……」

木漏れ日が差し込む。アルト君の瞳に光が映り込んで、すごくキレイ……。
0152創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:13:49.81ID:PQt6h00k
がさ、と音がして我に帰った。
アルト君が即座にあたしの腰を抱き寄せて、銃をかまえる。
(ど、どうしよう……わかってる、わかってるけど……ドキドキしちゃうよ……)
草むらからは、何かちいさな虫みたいなものが出てきたかと思うと、興味を失ったかのようにふいっとどこかへ行ってしまった。
アルト君がふう、と息をつく。そして――目が合った。


「「う……うわぁっ!!!」」


どうしてこんなに、密着しても平気だったんだろう……!
あたしたちはお互い顔を真っ赤にしながら、しどろもどろで飛びのいた。
アルト君は気を取り直したかのように咳払いをすると、とっとと戻ってあの船を調べるぞ、と言った。
0153創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:14:20.73ID:PQt6h00k
「準備はいいか?」
「うん。………………ひっ」
「安心しろよ、ライブには絶対間に合わせてやるから」
「あ、ありがとう……でもちょっとだけ、待ってもらっても、いい……?」
「?どうした」
「えと、それは…………」

(い、言えない……!アルト君の前で、お手洗いに立ちたいなんて、言えない……ッ!!)

「何がいるかわからないんだ、どうしても、って言うなら俺がついt」
「だめぇえええッ!!!絶対ッ!!!!」
な、なんてとんでもないことを。そんなの無理、ダメ、絶対。
あたしはバカァアア!と叫びながら、草むらの向こうにダッシュして行った。

……アルト君の溜息が、後ろから聞こえた気がした……。
0154創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:15:43.71ID:PQt6h00k



『キレイな歌……この歌、あたし大好き!地球の歌なの?』
『違うわ。この歌はね……』






「……ぉ、かあ、さ……」


何か、夢を見た気がする。よろつく腕で身体を支え、起き上がる。

(あたし、どうして……そうだ、お手洗いに行こうと思って、それで……)

何かに、捕まったんだった。辺りを見回す。なにか大きなものが、卵のようなものを産み付けている。
(何なの、ここ……)とにかく、アルト君と連絡を取らないと。

腕の通信装置に何度も呼びかける。するとしばらくして、ノイズまじりの返事があった。
「アルト君……!」
『今どこにいるんだ!』
「えっと……何か広い洞窟みたいなとこで……卵がたくさんあって……」
『ランカ、今から行くぞ!そこを動くなよ!』
「ありがとう、アルト君!」
と、何かのうめき声のようなものが聞こえた。
巨大な昆虫のような生物の頭が、獲物を見るようにこちらを無感情に見つめている。反射的に悲鳴が出た。

(助けて……!)
0155創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:16:29.61ID:PQt6h00k
大きな音をたてて、昆虫が横に揺らぐ。見覚えのない赤い機体が、あたしと昆虫の間に割って入った。

(たすけて……くれるの?)

けたたましい銃声が止まることなく響きつづける。頭が割れそうだ。
あたしはただ頭をかかえて、うずくまることしかできなかった。

「ランカ!!」

アルト君の、声がする……。
立ち上がって、EXギア姿で飛んでくるアルト君へ手を伸ばして、掴もうとした。
でも手が触れ合うより先に、何か膜のようなものがぐっと上がってきて、あたしの周りを包んでしまった。

「ランカ、今助けてやるからな……!」
「アルト君……!」
0156創る名無しに見る名無し
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2012/07/29(日) 21:17:07.81ID:PQt6h00k
銃声は止まらない。大きいのを庇うように辺りを舞う小さい昆虫をかいくぐって、大きな昆虫に銃弾が当たった。

「……っぐ、う……ッ!!」(お腹の……奥の方が、痛い……!)

立っていられない。よろめいて、思わずへたり込む。
アルト君が必死にあたしに呼び掛ける。でも、良く聞こえない。
お腹の奥の方が、熱くて……痛くて、苦しくて……捩じ切れそうだ。


(あたしは――あたしは、ここに、いる――)


途端に、すべてが真白く塗りつぶされた。
何かが爆発したのだろうというのは、耳を駄目にしそうなほどの爆音でようやく解った。
どこか遠くへ、飛んでいく感じ。何かに、守られているような……。
0157創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/29(日) 21:18:27.34ID:PQt6h00k







ここはどこだろう……。




さっきからずっと、膜につつまれた中でじっとしている。
どれだけ時間がたったのかも、良く解らない。

(帰りたいよ……みんなのところへ……)

アルト君……お兄ちゃん……。
こんなことになるのなら、お兄ちゃんにいつもワガママ言わなければよかった。
アルト君にも、もっと自分の気持ちを、まだ上手に見つけられていないこの気持ちを、不器用でもいいからちゃんと伝えればよかった。

「……ひっ、」

大きな昆虫のようなものが、触手をこちらに伸ばしてくる。
喉の奥から勝手に悲鳴が漏れた。あたしを包んでいる膜に触手がふれた――と思うと、急に、外の様子が頭に入ってきた。

(フロンティアが見える……)

バジュラの群れ。それと、フロンティア軍の戦闘機たちが、ぶつかりあって、爆発していく。
長く尾を引くミサイルが、バジュラに食らいつく。まばゆい光がいくつもいくつも、放たれては散っていく。

……その度に、誰かが、何かが……死んでいくんだ。

(やめて……もう、やめてよ、こんなの……)
お腹が痛くて、苦しくて……泣き出しそうになった、その時。……音楽が聞こえた。
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