ランカ「解ってる…どうせあたしの歌はヘタだって」
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こっちから移動してきました
スレ違い大変申し訳ありません
多分1000行きそうなのでスレ立てにしました
一から張った方がいいか続きからの方がいいかどっちがいいでしょうか 「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
青い空にきれいに配置された雲。人工の島、フロンティア。
その、グリフィスパークの丘でひとり歌うのが、あたしのたったひとつの、日課だった。
「ここーはあーったかな うーみーぃだーよー……っけほ、っふ」
急に咳き込んでしまう。喉が、痛い。
どうしてだろう、いつもいつも……二、三回歌うと、喉が痛くなっちゃう。
あーあ、と溜息まじりに、オオサンショウウオさんのケータイからイヤホンを引っ張り出した。
耳に聞こえるのはあたしの歌声。
『アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……』
「…………。なかなか、上手くならないなあ……どうしてだろ……」
鞄からペットボトルを取り出して、水をこくんと一口飲む。
ひりひり擦れた喉に、それはひどくやさしく、ひんやりと染み透っていった。
遠くまで街の景色が良く見える、グリフィスパークの丘。
そこでひとり歌うのが、あたしの、たったひとつの日課だった。
「ホントに!?ホントにシェリルのチケット取れたの!?」
『ふふん、ランカのためならこの俺に不可能はない!』
「うふふっ、ありがとうお兄ちゃん、あいしてる!」
ぎゅう、と握るとオオサンショウウオさんはぐへえと音を立てて通話を切った。
「やぁったぁぁーー!!!もぉ、デカルチャー!!さいっこー!!」
シェリルのポスターが目の前に見える。銀河歌姫来艦。
ほんとに、ほんとにシェリルに会えるんだ……。
うれしくって、オオサンショウウオさんを投げだしてくるくる回ってしまう。
ぽん、と落ちてきたのを髪の毛で受け止めて、うふふ、と笑っていると背後から肩を叩かれた。
「あ……ナナちゃん!」
「もう……まずいですよ、ランカさん」
「せっかくの天然ポーク!冷めたらダイナシね!!」
「あっ……す、スミマセン……」
店長が怒っている。見ると周りのお客さんがみんなこっちを見ていた。
すいません、ともう一度頭を下げるとお皿を出しに行く。
(……もう、だってせっかくのシェリルライブのチケットだよ?少しは見逃してくれたっていいじゃん!)
何日たっても、その事を思い出すとフクザツな気分になる。
ぶーぶー思いだし怒りをしながら制服に着替えた。
(あんなに怒る事ないじゃない。ちょっと携帯使っちゃっただけでしょ?
あーあ、せっかくシェリルのチケット取れたのに、ツイてない)
『銀河の妖精こと、シェリル・ノームさんが銀河ツアーの最終地点、フロンティアへ……』
「あっ!シェリルだ!!」
テレビの中では、フラッシュに瞬く青い瞳のシェリル・ノームが自信ありげな微笑みを浮かべていた。
(キレイ……)
明日は、シェリルのライブだ。
たのしみ!
ライブ当日。あたしは見事に寝坊してしまった。
前日の夜、もう楽しみすぎて楽しみすぎて、ぜんっぜん、眠れなかったのだ。
(うううう……押しつぶされちゃうよぉ……)
満員電車がツラい。
ほっぺがガラスにおしつけられて、顔が変形しちゃいそうになる。
『天空門ー、天空門ー』
「う、ひゃあああっ!」
いきなりドアが開いて、あたしは見事ホームに放り出された。
転ばなかったのが不幸中の幸いだ。
もう時間はいくらもない。
慌ててライブ会場へと向かった。
(どうしよう……)
困った。ものすごく困った。
道にまよってしまったのだ。
(横着して森なんか突っ切ろうとしたから……)
「うううー、遅れちゃう、遅れちゃうよぉ」
辿り着いたライブ会場前はもう黒山の人だかりで、なかなか前に進むことすらできなかった。
このままじゃ遅れちゃう、グッズはもう後で買えばいい、きっと売り切れちゃうだろうけど……。
なんでこんなにツイてないの!?と思いながら、ふっと目に入ったのが森だったのだ。
(急がばまわれ、って言葉、ウソじゃん……もう、やだ)
回り道して人を避けようと思ったのに、樹がいっぱいすぎてもう今自分がどこにいるのかすら良く解らない。途方に暮れてしまいそうになる。
「えぇ……?もう、わかんなくなっちゃった…………、あっ」
ぴん、ときた。
目の前には大きな樹がそびえたっている。
「上からなら……良く見えるんじゃないかな!」 樹の上で四方を見渡す。相変わらず、ものすごい数の人だ。
(当然だよね、何てったって銀河の妖精、シェリル・ノームだもん!)
視界のはしっこに、炎を吐く龍を掲げたライブ会場が見えた。
「よし!」
大体の目星はついた。
あとは方角を見失わないだけだ。
(それが一番、むずかしいんだけどね)
よろよろと大樹から地面に着地する。根っこが大きすぎてこけそうになる。
「急がなきゃ……急がなきゃ……」
(シェリルに、会えなくなっちゃう!!)
「……わゃあっ!!」
びしゃ、と音を立てて目の前に冷たい水しぶきが飛んでくる。
目に入る、と思って反射的に目をつぶってしまい、あたしは後ろに尻餅をついてしまった。
「い……ったぁ……」
すっ転んだあたしの上にびしゃびしゃ水が叩きつけられる。
涙がにじみそうになった。
「やっちゃった……」 どうしてこんなに、ツイてないんだろう。
せっかくの大事な大事なシェリルのライブなのに、チケットを取れた時に怒られるし、寝坊はするし、道に迷うし、転んじゃうし、
びしょびしょになっちゃうし、きっとグッズも、買えないし、下手したらもう、ライブに行けないんじゃないかって……。
(どうして?なんであたしだけ……)
「うう……びしょびしょ」
頭をふるふると振って、顔を上げて目をこする。
そしたら、そこに、
天女みたいなひとがいた。
「わぁ……キレイ……」
サラサラの長い髪、切れ長の涼しい眼差し、通った鼻梁。
あたしはなにもかも忘れてただ、感動して、つぶやいた。
「……なんだ?お前」
「えっ、」
天女が、しゃべった。
ぶおおー、と何だか良く解らない、多分パイロットさんが足につけてるヤツみたいなのが風と火を吹いている。あたしの服は、順調に乾いていっているようだった。
「あの、ありがとう……もうライブ行けなくなるかと思った……」
天女の男の子は、もくもくと無言であたしの服を乾かしている。
(まさか、男の子だったなんて……あんなにキレイなのに)
彼から借りた、ぶかぶかのワイシャツの胸元をぎゅっと握った。
「でも、びっくりした!あんまりキレイなんで、女の子が裸で着替えてるのk」
「誰が女だ!!」
「!!」
食い気味に怒鳴られた。……しょんぼりしそうだ。
けど、男の子ははっとしたように視線を戸惑わせると、ゴメン、と言ってくれた。
服はすっかり乾いていて、寧ろ濡れる前よりすっきりしたんじゃないかとすら思えた。
EXギア姿に着替えた男の子が、あたしを案内してくれる。
(やっぱり、パイロットだったんだ)
「あのね、道に迷っちゃって、あたし」
「ああ」
「それでね、樹の上からなら良く見えるかなーって」
「なんとかと煙は高い所が好き、って言うしな」
「あ、ひっどーい!」
「ぅえ、や、えっと……」
「あはは!」
目の前に門が見える。そこを抜けると、もうライブ会場は目の前だった。
くるりと男の子の方に向き直る。
「ありがとね、案内してくれて!」
「……お前が、勝手についてきただけだ」
「ふふ。そーだ、今度お礼するね!あたし、娘娘でバイトしてるから、今度来て!」
「にゃん……にゃん?」
頭の上にハテナマークを浮かべている彼。
あたしは思い切って、
「にゃんにゃん、にゃんにゃん、ニーハオにゃん♪
ゴージャスデリシャスデカルチャー♪」
振り付きで歌って踊ってみせた。
(このフレーズなら、バイト先で死ぬほど聞いてたもんね!絶対、マシに歌えてるはず!)
「こーいうCM。知らない?」
「え……」
知らないみたいだ。
説明しようと口を開きかけると、ワンピースのポケットでオオサンショウウオさんがアラームを鳴らした。……やばい、時間だ!
「かならず来てね!まってるよー!!」
ばいばい、と手を振りながら、あたしはライブ会場に入って行った。
「あたしの歌を聴けぇ!!!」
夢の時間が始まる。
色とりどりの煙を上げながらEXギアが宙を舞う。
キラキラ、光が舞い降りてきた。
(すごい、キレイ!)
シェリルの歌がはじまる。
堂々として、セクシーで可愛くてキレイで……ステージの上の、初めて生で見るシェリルは、あたしが今までの人生で見たどんなものよりも輝いて見えた。
強く凛とした歌声が、この場の全てを支配している。
――と、急に歌が止まった。
シェリルが、ステージからふわりと落下する。
「……っ!!」
(なに……事故?)
そんな不安になったのもつかの間、シェリルはEXギアに抱きかかえられながらステージの下から舞い上がってきた。
伸びやかなサビが耳に届く。
(素敵……演出だったんだ、よかった)
何曲か過ぎた後。
急に、バシン!と大きな音を立てて、全客席のライトがつく。鳴り響くアラーム音。
(な、なに……?)
『全艦に、避難警報が発令されました』
「え、ええっ!?うそ!」
ステージからシェリルが去っていく。なんで?どうして?
あんなに楽しみにして、眠れないほど待ち望んだライブが、なんで、中断されちゃうの?
群衆にまぎれて外へ出ていく。
どん、と背中にぶつかられた。相手はゴメンナサイも言わない。
(ツイてないよ……本当に……)
どおん!と大きな音がした。
あちこちで爆発が起こっている。空へ煙が立ち上ってゆく。
(火が……出てる……ひとが……にげ、て……)
眩暈がする。ぐるぐる回る。吐きそうになる。
なんで?どうして?どうしよう、あたしも、他の人みたいに逃げて、どこかへ逃げて、
それでずっとずっとずっと黙って知らないふりして喋らないでいなきゃいけないのに、なのに、
「……ぁあ、」
ずるずると座り込む。
立って。立たなきゃ。どうしたの、あたし?自分が自分じゃない、みたいな、すごくぐるぐるして、きもちわるい……。
路傍のポールに手をかけて、よろめきながら立ち上がる。
空が赤い。いやな音がいっぱいする。
「ひっ、」
化け物が、飛んできた。
粉砕される建物。戦車砲の音。化け物が放つ光で、なにもかもが壊れていく様。
(い……いやだ……どうして……どうして……!)
そんなはずない。そんなはずはないのに。
べしゃ、と腰が落ちて、膝ががくがく震えだす。動けない。
ヒコーキが飛んでくる。その上に、化け物が取りついて、ゆすぶって、落ちてくる。
もつれあうようにして、街がこわれていく。
「……ぅあ、あぁあ……」
動けない。目を逸らしたい。何も見たくない。なのにもう、何も、できない。
コックピットから人が飛び出した。乱射される銃弾の音が耳をつんざく。
化け物が、そのひとを握りしめて――
「やめろぉおおおおおお!!!!」
遠い声がする。
すごく遠い、だれかの声……。
なにかもが、ぜんぶ、スクリーンの向こうの嘘みたいに……。
びち、びしゃばしゃ、……ぽた、ぽた、……。
「ひ、いやぁあああああああ!!!!」
誰だろう。すごくうるさい。
こんな時に、もう、しずかにしてよ。
そうだよ。こんなこと、あるはずがない。だってあたしちゃんと、
ちゃんと――
「いや、いや、いやぁあああああああ!!!!」
――その途端、スッ、と何かが通じて、さめるような気がした。
クリアになった耳に爆裂音が聞こえた、と思うと、化け物の身体がのけぞるようにしなった。
射たれてる。すごい音がして、お腹のそこがびりびりする。破片が頬をかすめる。
(嘘じゃない……夢じゃない……逃げないと!)
今のはあたしの声だ。本能的な恐怖をふりしぼった、悲鳴だ。
逃げないと。コイツが射たれてる間に、逃げないと……!
でも足が言う事をきいてくれない。がくがくふるえて、みっともなく後ずさるだけ。
喉の奥から勝手に悲鳴があふれてくる。声がかすれて、喉が裂けそうだ。
飛行機が弾を吐くのをやめた。化け物に覆いかぶさられる。
(あ……あぁ……やめ……や、やめ……)
――視界が白くなる。爆発音。消えていく命。
――遠い約束、赤い化け物、それから……、
違う。こんなの違う。嘘だ。
だってあたし、ちゃんと約束、守ったよ?
あたし何も、あのときのこと何も、誰にも言ってない……!
「掴まれ!はやく!!」
「……え、」
ヒコーキから手が出てきて、あたしをそっと握りしめる。
一瞬、さっきの光景が頭をかすめて――消えていった。……なんだったっけ。
あたし、なんで、こんなところにいるんだっけ……。
「しっかり掴まってろ!」
「あ、うん!」
びゅうびゅうと風が耳を切る。
ヒコーキが、飛んでくんだ。焦げたような匂いが立ち込めて、爆発音がどんどん飛んでくる。
ぐるぐる回って、飛んでって……ブラックアウトしそうになる。
ふっ、と身体が自由になった。
(……え?)
ふわり、と宙に浮く感覚。そのまま凄い勢いで、引っ張られていく――。
「掴まれぇ!!」
手が見えた。だから必死になってそれを掴もうとした。何が起こってるのか良くわからない。
目を閉じて口をふさげ、と言われ、素直に従う。誰かが飛び出して、あたしを抱き留める。
ぎゅっ、と強く抱かれているのを感じた。……温かい。
「大丈夫か?しっかりしろ!」
「う……こ、こわかった……怖かったよう……!」
「大丈夫、もう大丈夫だから……」
「お兄ちゃん、お兄ちゃん、おにいちゃん……!」
お兄ちゃん。
あたしすごく、こわかったよ……。
たすけてくれて、ありがとう……。
ちゃんと約束、守ったよ。嘘、ついてないよ。なのに、どうして……?
「おにい…………えっ?」 目の前に、今日出会った天女の男の子がいた。
(え?え、えっ?だれ?なに?どうして?)
「なんで、あたし……」
あたし、何がどうして、ここにいるの?
ここ、どこ?今は何時?慌てて辺りを見回そうとすると、手が何かにぶつかった。途端に、がくん、と身体が傾く。猛スピードで飛び出していく感覚。
「きゃっ……!」
「おい!」
抱き留められた。と思った。助けてくれたんだ。それは解ってた。でも。
彼の手があたしを掴まえていたその場所は、その……胸、だったので……。
「わああああああああっ!!」
反射的に、大声で叫んでしまったのだ。
「うん、良かったな、鼓膜も破れてない」
「えへへ……あたし、ゼントランとのクォーターだから」
「見かけに寄らず、タフなわけだ」
「それにしても……今日は助けてもらってばっかりだね!ホントに、ホントにありがとう!」
「いや、こいつのお陰…………、」
そう言ったとたん、目の前の彼の顔が急激に曇るのがわかった。
なにかがきっと、あったのだ。彼はつらそうに、礼を言われるのは俺じゃない、と呟いた。
さっと身を翻すと、EXギア姿のまま、去って行く。
「待って……!」
反射的に、追いかけていた。
今日一日ずっと、あたしを助けてくれていた男の子。
何があったのかわからないけれど、あんなにひどい顔をしていた男の子。
追いかけなきゃいけない、そう思った。
「あなたの、あなたの名前……!!」
走ってもとても追いつけない。
モーター音が遠ざかり、暗闇の中にそのきれいな姿が溶けていきそうになる。
「あたし、ランカ!ランカ・リー!……忘れないで!ねえ、必ず、お礼……!」
返事はなかった。彼は何も言わず、炎にけぶる街へと消えていった。
「……なんであたし、検査なんかしなきゃならなかったの?全然元気なのに」
「念のためさ……注射で泣いたりしなかったか?」
「コドモ扱いしないでよ!……それよりお兄ちゃん、さっきの話、忘れないでよね!」
「あぁー、あれか……天女かお姫様みたいな男のパイロット、ねえ」
「信じてないでしょ!ホントなんだよ!」
病院で、検査につぐ検査であたしはもうずいぶん退屈していた。
待ち時間は長いし、注射は痛いし、学校にも行けてないし。
あたしはぶりぶり怒りながら、彼がいかにうつくしい人かを力説した。お兄ちゃんが溜息をつく。……絶対、信じてない。
「お兄ちゃんの会社のヒトか軍人さんか、解らないけど……お兄ちゃんなら調べられるよね?」
なんたってあたしのお兄ちゃんは、民間軍事会社の人事部だ。軍にだってきっと繋がりの一つや二つくらいあるに違いない。
「あーまあ解った解った、調べといてやる」
「ありがとうお兄ちゃん!お礼に、今日も差し入れ持ってってあげるからね!じゃ!」
あとは検査結果を待つだけ、という段階になったので、あたしはさくっと立ち上がって、学校へと向かうのだった。
「とーびーこーえろぉーハラーペコーなのー♪」
お兄ちゃんへの差し入れを抱えながら、シェリルの歌を口ずさむ。
ひとりで歌う時は自分が下手っぴで、すぐ喉が痛くなって、しょんぼりしちゃうけど。
でもこうやってシェリルと一緒に歌う時は、なんだかまるで違う自分になれるような気がしてた。
シェリルは凄い。こんなあたしなんかにまでパワーをくれる。あたしも、あんな風になれたらいいな……。
「ちょっと!そこの貴女!」
「はい?」
「ここの住所、わかるかしら?」
「えーっと……あ、ここ、今からあたし行くんです。案内しますよ!」
「あらそう?ありがとう」
サングラスに帽子を目深にかぶったその女性は、とてもきれいな声をしていた。
お兄ちゃんの会社の関係者かな?長い髪がとても素敵だ。あたしは、すぐそこですよ、と言うとその女性の前を歩きだした。
長いエスカレーターを下りながら、話題は今一番銀河を騒がせている、シェリルの話ばかりになった。
「へえ、貴女、そんなにシェリルのこと好きなんだ?」
「だって素敵じゃないですか。歌も凄いし、踊りも……でもやっぱり、オーラです!自信と才能にあふれてて、それが見えるみたいで……」
「ふふ、もっとないの?」
「あと……インタビューとかで時々言いすぎちゃうとことか!カッコイイですよね!」
「あ、あはは……」
「でも、憧れます。あたしも一度でいいから、あんな風になれたらなって……えへへ、あたしなんかじゃとてもムリなの、解ってるんですけど」
「そお?可愛いわよ、貴女」
「え……っ、ありがとうございます……お世辞でも、すっごく、嬉しいです!」
暗くなりはじめた空の下、展望公園を行く。
いつの間にか女性はあたしを追い抜いて、階段のてっぺんまでしっかりとした足取りで辿りついていた。あたしも後に続こうと、階段の側へ
。どん、と音がして、戦闘機が何機か、飛び立っていった。バーナーの炎がきれいな直線を描く。
「綺麗ね」
「はい……でも」
「……知り合いに、飛行機乗りがいるの?」
「お兄ちゃ……兄が、むかし。今は事務の仕事だから、安心なんですけど、でも……」
次々と、尾を引きながら飛行機が飛び出してゆく。また、怖いことが起こるんだろうか。
(やだな……シェリル、あたしに、力を貸して……)
「……神様に……恋を、してた頃は……こんな別れが……来るとは思ってなかったよ……」
「「Uh Wow……」」
口ずさむその声に、聞き覚えのある、ううん、絶対に聞き間違えたりしない声が、重なった。
(まさか……そんな……!)
「うそ……」
「もう二度と……触れられないなら……せめて最後に、もう一度抱きしめてほしかったよ……It's long long good bye……」
凛とした、それでいて静かで強い、美しい歌声。あたしが聞き間違える筈がない。自然と、涙がこぼれる。
「シェリル……」
その人影はゆっくりと振りむいて……
「ふふ、こんなサービス、滅多にしないんだからね?」
帽子とサングラスを取った、あたしにとって神様にも等しいひと、シェリル・ノームがあらわれた。いたずらっぽい微笑みと共に。
「……あれ?お前ら……」
「えっ?」
涙をぬぐいながら男のひとの声に振り返ると、そこには昨日の天女みたいな、お姫様みたいなパイロットさんがいた。驚いて声をかけようとすると、
「見つけたわ!早乙女アルト!!」
びっくりするほど大きいシェリルの声がして、あたしは何も言えなくなってしまった。え、と息を飲んでいると、急に空がかげる。
イヤな音が聞こえてきて、あたしたち三人は揃って、つくりものの夜空を見上げた。
――化け物が、そこにいた。
「きゃあああああッ!」
戦闘機が飛び込んでくる。化け物ともつれあうようにして、あたしたちの目の前で銃弾が撒き散らされる。
思わず男の子の後ろに隠れた。暫くもみあっていた化け物と変形した飛行機だったけれど、ガァン!と言う大きな音と共に、化け物の頭が吹っ飛んだ。
動きが止まる。当てやがった、と呆然としたような彼の声がする。
はっ、と詰めていた息を吐こうとした瞬間、ぴくり、と何かが痙攣して、化け物がまた動き始めた。
飛行機を放り投げて、砲弾をばら撒いていく。偽物の天が割れる。空気が外にごう、と流れ出していくのが解る。
逃げたいのに、逃げなきゃいけないのに、足が動かない。
「シェリル!こっちだ!」
ふわっ、と身体が持ち上がる感覚があったと思うと、彼はあたしを抱えてどこかに飛び込んでいた。
シェリルが飛び込んでくる気配を感じて、あたしは何か、糸が切れてしまったように、体中の力が入らなくなってしまっていた。 「なんなのよ一体……」
「知るかよ、クソッ!」
あたまのうえで、こえがする……。おひめさまと、あたしのめがみさまだ。
赤いかいぶつがいた。あたしは、あれを、あれに……。頭が、ぐるぐるする……。
あたたかい何かにしがみついていたいのに、それが離れていきそうになる。いやだ、いかないで、ここにいて、……お兄ちゃん……。
「……い、おい!」
「!!あっ、ご、ゴメンナサイ!」
顔を上げると、あの物凄くキレイな男の子の顔がすぐ目の前にあった。あたしはいつの間にか、彼のシャツにしがみついていたみたいだ。
不機嫌そうな眼差しがあたしを見る。離せ、と一言、不愛想な声がした。
「あ……うん……あれ?」
離したいのに、離れない。手が固まったみたいになって、あたしのいう事をちっとも聞いてくれない。(ど、どうしよう……)
試行錯誤して無理矢理ひっぱってるのに、まるっきり離れる気配がない。彼のシャツがしわしわになっちゃう。どんどん不機嫌になってくのがわかる。どうしよう。泣きたい。
「お前いい加減に……」
「っ……よぉし、えい!」
半泣きになりながら、それでも気合を入れ直して引っ張ると、今度こそ手が離れてくれた。
「ホラ、大丈夫!」
笑顔を作って見せる。ほんとは今すぐ泣き出したいくらい、怖かったけれど……。
「怯えてる女の子の一人や二人くらい俺が守ってやる!……くらい言えないわけ?」
「うるっせえな!出来る状況ならいくらでもやってるよ!」
ガン、と彼が壁を叩いた。びく、と肩がはねる。シェリル……さん、が、はー、と溜息をついた。
「さっさと出ましょ。その方がお互いの精神衛生上良さそうだし」
「……無理だ。ここは非常用の退避壕だ。ドーム内には通じてない」
「ちょっと……それって、閉じ込められたってこと!?」
「えぇっ!?」
どれくらい時間がたったのか、わからない……。
幸いトイレに行きたいとかそういう、差し迫った事情はないけれど、蒸し暑くて狭い室内に閉じ込められたまま、と言うのはあたしの気持ちを不安にさせた。
シェリルさんと、……さっき名前を聞いた、アルト君。二人もすごく、つらそうだ。
「ったく暑いわね……ってきゃああ!」
シェリルさんがそう言った途端、地鳴りのような音がして、ものすごく揺れた。同時に電気が切れて、真っ暗になる。
立っていたシェリルさんがバランスを崩して倒れかかる。あたしも、顔面から地面に突っ込んでしまった。
「なんなのよもう……」
バシン、と音をたてて電気が復旧する。……どうやら一時的な停電だったみたいだ。
と、ふっと顔を上げて、あたしは目の前のあんまりにもあんまりな光景に悲鳴を上げた。
「シ、シェリルさんッ!!」
肩ひものないタイプのワンピースだったから……その、倒れた拍子に、下の方へずるっと、いっちゃってたみたいだ。
あたしの方からは背中しか見えないけど、アルト君の方からは……。
シェリルさんがふふふ、と不気味な笑いを上げた……かと思うと、次の瞬間、アルト君は見事なまでに張り倒されていた。
「私のナマで見たのよ!?それくらい安いと思いなさい!」
「ぬかせ!ステージで色々見せてるだろ!」
「プライベートは別なの!ヤらしい目で見ないで、この変態!」
「誰が変態だ!」
「あんたよ!」
「なんだとこの露出魔!!」
(ど、どうしよう……)
なに、この状況。もうなんか、しっちゃかめっちゃかだ。
何か、何かないかな……どうにかしないと……。
きょろきょろしていると、ちょうどあたしがお兄ちゃんに持っていこうと思っていた差し入れがあった。これだ。
「あ……あのっ!」
ばっ、と二人が一斉にこちらを見る。美人二人に見据えられると、凄い迫力だ。
「お腹すいてませんか!あたし、たまたますっごく美味しい点心を持ってるんです!娘娘名物、まぐろ饅!」
ぱか、とケースをあけた。まぐろ饅はふたつある。結構大きいから、三人で食べてもいけるはずだ。
甘みのある皮と、ジューシーな具、頭が飾りとしてピンクに染められてるところも可愛らしい。
どうだ、と二人の方を見る。……なぜか、ポカーン、としていた。(ど、どうしよ)
「や、やっぱり、腹が減っては戦が出来ないっていうか、閉じ込められたらその、まぐろ……饅……みたい、な……」
駄目だ。完全に意味がわからない。もうほんと、何言ってるんだろうあたし……。
何をやってもダメで、どんくさいし、歌もちっともうまくならないし、こんな時だって、何もできないし……。
「ぷっ……ふふふふふ!やっぱり可愛いわ、貴女」
「く……はははは!」
「?」
何故か二人が笑い出した。
なんだか良く解らないけど物凄く恥ずかしくなってしまって、あたしはますます下を向くしかできなくなってしまった……。
三人でまぐろ饅を食べ終わってしばらく。
アルト君はどこかに電話をかけようとしてたけど、結局ダメだった。つい、弱音を吐いてしまう。
「SMSの人たち、大丈夫かな……」
「知り合いがいるのか?」
「ん、お兄ちゃんが事務で。あたしも良く、差し入れに」
「……ねえ、なんか空気悪くない?」
「皮肉ならやめろよ」
「違うわよ!本当に息苦しいような……っきゃあッ!」
物凄い揺れが来た。また停電だ。ばちん、と赤いランプに証明が切り替わる。アルト君がまずい、と叫んだ。
「循環系が停止してる……このままじゃあと15分保たない……!」
「ちょっと……なんとかしなさいよ!」
「出来るんならやってる!」
「そ、そんな……」
あたしたち、死んじゃうの?こんな暗くて狭くて暑いところに、ああでもシェリルさんがいるんなら悪くないのかな、
でも、こんなところで、まだ歌いたい曲だっていっぱいあるのに、全部ダメで死んじゃうの……?
「……冗談じゃないわよ」
低い声がした。シェリルさんだった。彼女はそのままつかつかと、別のパネルの方へ歩み寄る。アルト君が馬鹿野郎、外は真空だ!と叫んだ。
「なら諦めて窒息するまで待てっての!?そんなのゴメンよ、あたしは諦めない!」
「シェリルさん……」
こんな暗闇の中にいるのに、シェリルさんはいつものシェリル・ノームで、ひどくキレイだった。
「皆はあたしを幸運だって言うわ。でも、それに見合う努力はしてきたつもりよ。
だから私はシェリル・ノームでいられるの!運命ってのは、そうやって掴み取っていくものなのよ!」
「その通りです」
女性の声がした、と思ったら、ハッチが開いた。
シェリルさんがグレイス、と心底安心したような声で言う。きっととても信頼できるひとなのだろう。
……助けが来たんだ。あたしたち、死なずにすんだんだ!
迎えの車の前で、シェリルさんは腰に手を当てて高らかに宣言した。
「いい?もしあの時の視覚映像をネットに流そうもんなら、社会的にも生物学的にも抹殺するわよ!」
そう言い捨てて、車に乗り込む。そしてドアを閉める前に、そうね、と歌うような声で笑った。
「でも、ただの記憶として、今夜一晩使うことくらいは許してあげる」
「「!」」
「っふふふ!ばぁーか、ンなわけないでしょ?……ねえ、ランカちゃん」
「あ、ハイ」
「貴女、歌うのは好き?」
一瞬、ひるんだ。あたしはどんなに練習しても歌がうまくならないし、自分の歌が人並みだってことくらい自覚してる。(――でも、)
『運命ってのは、そうやって掴み取っていくものなのよ!』
「はい!大好きです!」
シェリル・ノームが、あたしに力をくれた。自信をもって答えられる力を。
シェリルさんはそう、なら素直になりなさい、と満足げに笑うと、そっとあたしに耳打ちした。
「チャンスは目の前にあるものよ?」
「……ふ、ふわぁ……」
「ふふ。こんなサービス、滅多にしないんだから」
艶やかな微笑みを残して、シェリルさんは去って行った。
アルト君と、軍の人がなんだか険悪な雰囲気だ。
要約すると早く助けに来いというアルト君と、情報が足りなかったという美人の軍人さんと。
鳴り響く携帯電話の中で続けられたやりとりは、アルト君の出ろよ、と言う溜息で幕を閉じた。
「はい、こちら完了しました。……え?オズマ・リー少佐が負傷!?」
(――え、)
「えっ?」
このひとが何を言っているのか、解らなかった。事務って、少佐とかの階級、あったっけ?お兄ちゃん、ケガしたの?なんで?どうして?あの化け物がきたから?
飛行機が降ってくる。中に、――血まみれのお兄ちゃんを入れて。
「いやぁああああああああ!!」
なんで?お兄ちゃん、おにいちゃん、なんでケガしてるの?パイロットは辞めたって……もう絶対あたしを一人に、
危ないことしないって言ってたのに、なんで?死ぬの?お兄ちゃんは死んじゃうの?死んじゃだめ、死んじゃダメだよ……。
ああ、ぐるぐるする。喉がやぶけそうだ。目の前が涙でぐしゃぐしゃで何も見えない。
どうして?なんでそんなことしてるの?あたしちゃんと約束守ったよ?あの時のこと、誰にも言ってない……きちんと内緒にしてるよ?
お兄ちゃんが言ったんでしょ?なのにどうして、約束やぶるの?ねえ、お兄ちゃん、おにいちゃん……
ものすごくうるさい音がきこえた。
それがあたしの悲鳴だ、って解ったのは、意識を失ったあたしをアルト君が抱き留めた後だった。
今日もあたしは一人で歌っている。
全然思い出せないけど、お兄ちゃんがケガをした時あたしは随分泣き叫んだみたいで、まだ喉がひりひりする。
それでも歌った。たったひとつの、あたしだけの歌を……。
「アーイモ アーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
「ランカ……」
「!アルト君……!」
グリフィスパークの丘、展望台の手すりにもたれて、いい歌だな、とアルト君は言った。お世辞でもいいから嬉しかった。
なんだかひどく疲れていて、当のあたしはなんにもわかってないし、なんにも覚えてないのに、勝手にいろんなことが起きて、大変になっちゃって……。
だからだろうか、アルト君にホントのことを言おうと思ったのは。
「あたしね……こどもの頃のこと、なんにも覚えてないんだ……」
ぽつり、と呟く。返事は期待していなかった。
「だけどこの歌だけは覚えてる。……あたしの、たったひとつの思い出なんだ」
だからここに歌いに来るの、ここならだれも聴いていないでしょ?そう言って笑ったつもりだったけど、上手に笑えてたかどうかはわからなかった。
「聴いてない?それで、いいのか?」
「え……うん……。今までは、それでいいと思ってたんだけど……」
スポットライトに照らされた凛々しい姿が思い浮かぶ。
運命は自分で掴み取るものだ、と言ったうつくしい声。
初めて生で見た、『シェリル・ノーム』という伝説。
「素敵だよね、シェリルさん……凄く羨ましい」
アルト君は何も言わずに、黙って聞いてくれている。
「あたしね、あそこに閉じ込められたとき、すごく怖かった。このまま誰にも知られないで、何もできないで死んじゃうんだ、って……」
言葉にすることで、気持ちの輪郭が見えてくる。あたしは、何をしたいのか。どうなりたいのか。
本能的に、心の底から願う何か。誰かを求める、その気持ち。
「そしたらね、あたしはここにいるよって……それを出来るだけ沢山のひとに伝えられたらなって、そう……思ったの」
「無理だな」
「っ、」
つめたい声だった。一気に現実に引き戻されたように思った。
だってわかってる。どうせあたしの歌はヘタだって。
いつまでたっても上達の気配すら見えなくて、いつもすぐに喉をいためて、恥ずかしいからひとりぼっちで、ここで歌って。 「そうだよね。……どうせあたしなんか」
でも次のアルト君の声を聞いて、思わず顔を上げた。
「そうやって、出来たらとか自分なんかとか言ってるうちは……」
いつの間にか、彼の手には紙飛行機。勢いよくステップを踏んで、それを空に解き放つ。
「絶対に……ッ!」
すうっ、となめらかに風に乗り飛んでいく紙飛行機。どこまでも自由に、誰の元へでも飛んで行ける……。
(あたしも、卑屈にならなかったら、……あんな風に、)
「はは、意地悪だね、アルト君」
「良く言われるよ」
「あたし、みんなに伝えたいの。だから聴いてくれる?あたしの歌!」
「……好きにしろよ」
「ありがとう、アルト君!」 「アーイモ アーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……
ここーはあーったかな 海ーだーよー……
ルーレイ ルレイア 空を舞うひばりは涙……
ルーレイ ルレイア おまえは優し みどりの子……」
あたしはここにいる。
あたしは、ここにいるんだよ。
それを沢山の人に、知ってほしいの……。
「114番、ランカ・リーです!よろしくおねがいします!」
「ではランカさん。君がこの、ミス・マクロスコンテストに参加することになった動機を聞かせてもらえるかな?」
「はいっ!」
「わあああッ!」
がしゃこーん、とド派手な音を立ててすっ転ぶ。お皿は見事に粉々だ。店長がキッ、とこちらを睨むのが見て取れた。
(……また怒るのかな。やだなー、もう終業後のお説教はこりごりだよ)
「大丈夫ですか、ランカさん?」
「ごめんね、ナナちゃん……」
親友のナナちゃんがほうきで破片を集めてくれる。どうしたんですか上の空で、と心配そうな声が頭上からおりてきた。
それすら話半分に聞いていると、オオサンショウウオさんがぴぴぴ、と電子音を立てた。
(――きた!?)
ばっ、と取り出して中身を見る。そこにあったのは――、
「やった、やったぁ!!やったのあたし!見て、ナナちゃん!!」
「……!あはははは!やりましたねっ!!ミス・マクロスフロンティアの予選通過、おめでとうございますランカさんっ!!」
「コラー!就業中はセイシュクにネ!!!」 『To:早乙女アルト
件名:ねえ聞いて!
アルト君!あたしミスマクロスの予選に通ったの!
ダメ元だったけど、応募してよかった。これもみーんな、アルト君のお陰だよ!
でね、今度の日曜日が本選なの。お願い、見に来てね。そしたらあたし、頑張れるから!』
『ミス・マクロスフロンティア!特別ゲストにシェリル・ノームを迎え、本日開催!!』
屋外の放送が、楽屋にまで聞こえてくる。多勢のキレイな女の子たちがめいめいにお化粧をしたり、髪を整えたりしていた。
(う……みんなあたしより大人っぽくて、背も高くて、きれい……)
気圧されてしまう。あたし、すごい場違いだ……どうしよう、恥ずかしい……。
あら、ナナセじゃない、とナナちゃんの知り合いらしい人が話しかけてくる。……すごく、胸が大きい。腰のくびれもすごい。脚が長い。
メリハリのある、はっきりした強気な顔立ちが印象的な美人だ。そのひとはあたしを見下ろして、ヨロシク、とだけ言うと笑いながら去って行ってしまった。
……歩くたびに胸が揺れて、凄い迫力だ。
ぽかんとしていたあたしの肩を、ナナちゃんがガッと掴んだ。
「大丈夫!サイズなんか問題じゃありません!!ランカさんは、可愛いですから!!」
(そう言うナナちゃんも、胸がぼいんぼいん揺れてるよ……)
がんばってください、の言葉を残してナナちゃんも行ってしまった。ふー、と息を吐きながら鏡の前に行こうとすると、サッと別の人が入り込んでしまった。
途方に暮れて立ち尽くしていると、邪魔、と言われてしまう。……なんだかすごく、殺気立ってる。怖いな……。 なんとか水着に着替えられたあたしは、結局廊下のすみっこに追い出されてしまった。
「やっぱムリだよね……あたしなんかじゃ」
手持無沙汰にオオサンショウウオさんをいじくっていると、急にメールが届いた。
「アルト君からだ!」
『見てるぞ。勝て! アルト』
どうしよう。……すごく、嬉しい。
どうしてかな。アルト君の言葉や行動のひとつひとつが、あたしにびっくりするぐらいの勇気を与えてくれる……。
まるでシェリルさんみたい。でも、シェリルさんとはちょっと違う……。
「あら、迷子?」
「、違います!あたしは……、っ!」
階段の上から差し込んだ光を受けて、ストロベリーブロンドの髪が輝いている。いつもはしていない眼鏡越しに、青色の澄んだ瞳がこちらを見つめていた。
(シェリル・ノーム……)
「なら早く行きなさい。ここは夢の入口。でも階段に足をかけただけよ。あたしを追いかけたかったら迷わず、進んでくるのね!」
「……はいっ!」
心の一番奥の方から、つよい力が湧いてくるのを感じる。
アルト君、シェリルさん……。あたし、がんばるよ。 「お客様、娘娘名物まぐろ饅はいかがですか?」
「……ランカ」
何食わぬ顔でお盆を運ぶ。アルト君はSMSの人たちと打ち上げに来てるみたいだった。
随分にぎやかで、すごく楽しそう。……いいな。
ああこの子でしょ今年のミスマクロス、と言う言葉が他のテーブルから聞こえてきた。思わず画面を見てしまう。
あの時あたしとナナちゃんに挨拶した、ミランダさんという人が映っていた。
「残念……だったな」
「えっ?」
「最後まで見られなくて……悪かった」
「ううん、……最初から、無茶だったんだもん。皆の前に出たらバリバリ上がっちゃったし。やっぱりあたしなんか…………、
そ、それよりびっくりしたよアルト君!SMSに入るなんて……。大変なお仕事なのに、どうして?」
アルト君はペーパーを引き抜くと、紙飛行機を折りだした。
「……チャンスだと思ったんだ」
「チャンス、」
「だから、お前もあきらめるな」
こつん、と紙飛行機でおでこを小突かれる。
「伝えたいんだろ?みんなに」
「うん…………うわぁっ!!」
後ろからミシェル君たちが激突してきて、あたしはアルト君の胸に思いっきり倒れ込んでしまったのだ。……アルト君&、椅子ごと。 「どういう事だこれは!!俺に何の断りもなく!見ろ、お陰で停学だ!俺がお前をあのお嬢様学校に入れるのにどれだけ苦労したと……」
「頼んだわけじゃないもん!!あたしは、歌手になりたいの!!」
「お前みたいな引っ込み思案が、歌手なんかになれっこない!!」
「それは小さい時の話でしょ!?……お兄ちゃんの……」
「バカ!バカ、バカバカバカバカっ!」
叫びながら、手当たり次第にものを投げつける。重いモノとか、危ないモノとかあった気がするけど、そこまで頭がまわらなかった。だって仕方無いじゃん。
お兄ちゃんは全然わかってくれないし。今のあたしはもう、前のあたしとは違うんだもん!アルト君とシェリルさんに勇気をもらって、歌手になるんだもん!!
「ばかぁ……!」
お兄ちゃんの頭に鉄鍋が激突したのを確認して、泣きながら家を飛び出した。
だってお兄ちゃんが悪いんだ。
あたしを騙して、嘘ついて危ないお仕事して。もうパイロットはしないって言ったくせに。
だったらあたしだって、歌手になってやるんだから!お嬢様学校?好きで入った訳じゃないもん!
周りの子はみんな両親の揃ったいいとこの子ばっかり、話も全然合わないし、制服が可愛いってとこくらいしかいい所なんてない。
授業参観とか三者面談でお兄ちゃんが出てくるたびに、クラスメイトに噂されるのはあたしなんだから!
あたしはただ、あたしがここにいるって、いっぱいの人に知ってもらいたいだけなんだもん! 当てもなく歩いていたら、つい美星学園の前まで来てしまった。
アルト君やミシェル君の学校だ。……アルト君、もう授業始まっちゃったかな……。
携帯が鳴って、アルト君かと思って出てみたらお兄ちゃんだった。即行で切った。握りつぶした。電源ごと。
「はぁ〜あ……」
ふと、思い直して電源をまた入れる。アルト君に相談しよう。今は授業中かもしれないけど、放課後ならきっと。
留守番メッセージを促す声に従って、言葉を残す。
「アルト君、助けて!あたし、ミスマクロスの事バレて停学になっちゃったの。
お兄ちゃんは石頭のガチンゴチンで絶対ダメだって言うし、でも、諦めたくないの!お願い、相談に乗って!待ってるから……!」
それだけ言うと、もう一度オオサンショウウオさんを握りつぶした。今度こそ、もう電源は当分入れないんだもん。
ずーっとずっと待ってたら、ランカちゃん?って聞き覚えのある声を掛けられた。
「あ、ミシェル君!」
ミシェル君ならきっとあたしの事わかってくれるはず!
…………そう思ったのは、とんでもない勘違いだったんだけど。 「イヤったらイヤ!ぜぇーったい帰らない!」
「や、でも隊ちょ……お兄さん、凄く心配して……」
「もうっ!」
車がばんばん走ってるけどお構いなしに道路を横切る。派手なクラクションの音が耳を叩いた。うるさいなあもう。あたしは今、怒ってるの!!
「ちょっ……どこ行くの!」
「どこだっていいでしょ!?」
今度は反対方向に歩きだした。待ってよー、と間延びした声がついてくる。もう、知らない!ついてくるなら勝手にすれば?
ミシェル君をまこうとしてあちこち行っている内に、ゼントラモールのフォルモまで来てしまった
。エスカレーターをのぼるあたしの後ろから、どこいくのーランカちゃん、と呆れたような声が飛んでくる。だから、どこだって、いいでしょ!!
「……はあー、わかったよ、僕の負け。休戦しよう。お詫びに、ソフトクリーム奢るから」
「えっ!」
ソフトクリーム!そういえば最近ミスマクロスのために忙しくって、全然そういうの食べられてない。……ソフトクリームかあ。いいかも。 「はい、コレ」
「うわぁー!」
「美味しいんだよ、ここの。……そういや、なんで美星に?」
「………………アルト君に相談しに。」
「は?……よりによってアイツに?」
「だって、アルト君はちゃぁんとあたしの話聞いてくれるもん。お兄ちゃんや、ミシェル君と違って!」
「は、はは、厳しいなー……でもさ、コレ食べたら帰ろうよ。隊長、本当に心配してるかr」
「やだ。」
即答した。だって絶対、こんなの不公平だ。
「お兄ちゃん、いつまでもあたしをコドモ扱いするし、あたしを騙して戦闘機乗ってたりするし。だからあたしも、勝手にするの!」
あたしだって、もうすぐ成人だ。いつまでもいつまでも小さい赤ちゃんみたいな扱いされて、嬉しいわけがない。
それにいつだってあたしの意見なんか聞かないで勝手に全部決めちゃうし。仕事の事も、学校の事も、家の事も全部……。あたしだって、好きにしたい!
「…………甘えるのもいい加減にしようね、ランカちゃん。」
(えっ……)
普段とおんなじ、優しくて柔らかいミシェル君の声。だから逆に、すごく本気なんだって、わかってしまった。急にこわくなってくる。
……でも、だって、あたし間違ったことしてない……。
「隊長がどんな思いで戦ってるのか、知ろうともしないで良く言うよね。それに、隊長を説得できないからアルトを頼る……?
その程度の覚悟で歌手になろうなんて、お笑いだよね?大体さランカちゃん、人前で歌う事なんてできるわけ?」
「ッできるもん!だってミスマクロスの時だってちゃんと……」
「あの時はね。でも例えば今ここで歌える?だれも君を見ようと、見るために来てないこの場所で」
ここ?こんな、ただのモールで?ステージもライトも何もない、こんなところで……?
ミシェル君は普段と全く顔色を変えずに、さらりと言葉を続ける。
「……さっき、入口で歌ってた人がいたよね。ランカちゃんも完全スルーしてたけど、ああいう時でも歌い続ける覚悟、君にあるの?」
誰もあたしを見ない場所で、歌い続ける……。
そんなの、……。
あたし、覚悟が足りないの?甘えてるってどういうこと?
そりゃあちょっとやりすぎたかもしれないけど、お兄ちゃんがあたしに嘘ついたのは本当だし、歌手になりたい気持ちだって、本物だもん……。
みんなに、あたしがここにいるって、知って欲しいんだもん……。
マイクを持って、モールの端っこに立つ。
目の前をたくさんの人が通り過ぎていく。誰もこっちを振り向かない。マイクを持って立ってるから、あたしが歌うかもって解るひとだっているはずなのに、……誰も立ち止まらない。
誰もあたしを見ようとしない……。
涙が出そうだった。こわくてたまらない。あたしなんか、どうせ、そんな気持ちがまた復活しそうになる。せっかくアルト君とシェリルさんにもらった勇気がしわしわにしぼんでしまう。
顔を上げた。下を向いていたら、泣いてしまいそうだったから。
そしたら、モールの中をすい、と泳いでいく――紙飛行機が見えた。
『できたらとか、自分なんかとか言ってるうちは……絶対に!』
――そうだ。
あたしは、歌うんだ!
ワンフレーズ歌っただけで、ひとが皆あたしに注目するのがわかった。
シェリルの歌だ、あれシェリルの曲だよね、シェリルのだ、ざわめきが聞こえてくる。
いつもあたしを励ましてくれた、シェリル・ノームの歌。シェリルさん、あたしに力を貸して!
途中でギターが入ってきたのがわかった。その次にドラムが聞こえてきた。
そこからは、もう無我夢中だった。(――届いて、あたしの歌!)
ねえ、あたしはここにいるよ。
誰か……誰でもいい、誰か……あたし、ここだよ。ここにいるんだよ。
歌い続けていると、お腹の奥があったかくなってくる。手拍子が聞こえる。
あたしがここにいることを、誰かが知っていてくれる。……つながっている。そう思った。 「凄かった……正直、驚いたよ」
あのミシェル君が、びっくりしてる。あたしを、認めてくれてる!飛び上がりたいくらい嬉しい。あの紙飛行機を思い出した。
「アルト君のおかげなの!」
「は?ふうん……噂をすれば」
ミシェル君が視線をなげかける先には、アルト君と……シェリルさんがいた。
「シェリル……さん?」
夕日に照らされ、噴水越しに見える二人は一枚の絵のように様になっていた。どんなやりとりをしているかは解らない。でも、じっと見つめてしまう。
そして――
シェリルさんが、アルト君の頬にキスをした。
「……っ!!」
ヒュウ、とミシェル君が口笛を鳴らす。思わず立ち上がってしまった。だって、そんな、どうして?アルト君、どうしてシェリルさんと一緒に……。
「おーーい!きみーー!!」
けれどその時、叫びながら駆け寄ってくる人があたしの手を取って言った言葉が、今日の全てを吹き飛ばした。
「君こそはワタシが探し求めた本当の歌姫ッ!!どうか、ワタシのところでデビューしてみませんか!?」
「…………、え、えええええっ!!!」 「妹さんを、ワタシに下さいッ!!」
あの時あたしをスカウトした、エルモさんが土下座している。
お兄ちゃんはこめかみに青筋を立てながら、がっつりと腕を組んでそれを見下ろしている。
あたしはエルモさんの少し後ろで座り込んでいた。頭を下げればよかったのかもしれなけど、それだけはしたくなかった。
だってあたし、やっぱり間違ってなかった!
今ここで歌える?って言われて、ちゃんと歌えた。
そしたらいっぱい人が来てくれて、スカウトまでやってきた。
やっぱりあたしは間違ったことしてない!石頭のお兄ちゃんが、あたしをコドモ扱いするから、いけないんだ。
あたしだってもうすぐ成人する。
「歌は文化、文化は愛!つまり、歌は愛なんです!
そして、ランカさんにはその愛を伝える力がある……ですからどうか、お兄さま……」
――自分のことくらい、自分で決める!
「「「おめでとう、ランカちゃん!!」」」
トン、とコップをテーブルに叩きつける。乾杯のマークがあたしのコップに集まってくるのを見て、ああ、あたし本当にデビューできるんだ、ってやっと思った。
「ありがとう!みんなのお陰だよ!」
和気藹々と皆があたしのことを祝ってくれる。それがたまらなく嬉しかった。アルト君はこんな事務所名、聞いたことがないぞ、とぼやいていたけれど、他のみんなが総ツッコミしてて、ちょっと面白かった。
「なんてったって、あのオズマ隊長が認めてくれたんですから!」
「あはは、でも認める時の顔と声が怖すぎて、エルモさんびっくりしてたけどね」
あーありそう、と全員きれいにハモる。ナナちゃんは、私全力で応援します!と腕を掲げた。
「目指せ、銀河の歌姫!打倒シェリルです!」
(打倒……シェリル……さん)
この前みたキスシーンが脳裏をよぎった。……あの二人、つきあってるのかな。なんでだろう、なんか凄く、モヤモヤした気持ちになる……。
「俺も応援するよ、ランカちゃん」
「ミシェル君……」
「あんな素敵な歌を聞かされちゃあね……つまり、ファン一号ってコトで」
「一号は私です!」
「あ、じゃあ僕、三号になります!」
そして全員の視線が――アルト君に集まる。うへぇ、とヘンなため息をもらすと、アルト君は仕方なさそうにわかったよ、応援してやるさ、と言った。
投げ遣りな感じの言葉なのに、どうしてかな、あたしは他の誰から言われた言葉よりも嬉しく感じた。
「ではここに、ランカ・リーファンクラブの結成を宣言します!」
「「おー!!」」
……どうしよう。もうファンクラブが出来ちゃった。えへへ、照れくさいけど、嬉しいな……。 ナナちゃんたちが、あたしの衣装を考えてくれている。
それなのに、あたしはどこか上の空だった。アルト君は横で紙飛行機を折っている。
「ごめんね、アルト君」
「ん?」
「ホントは……一番に知らせようと思ったの。だけど……」
夕日の差し込む中、美しいグラデーションを描く空を背景に。
噴水の光が西日を乱反射して、ダイアモンドのようにきらめいていた。
あたしにとってのお姫様と女神さま……まるでこの世のものじゃないくらいキレイな二人。
映画のワンシーンのような、一瞬のキス。 「……あの、邪魔しちゃったらとか、うるさくしたらダメかなーって」
(言えないよ、こんな気持ち……)
こつん、と額に紙飛行機を当てられた。アルト君は何今更遠慮してんだよ、とふてている。
「それに、実はあの時俺も、ゼントラのモールにいたんだ」
「……、…………そ、そおなんだ……えっと、買い物とか?」
「まあ……そんなとこだ」
「ひ、一人で?」
「ああ」
(……!)
どうして?なんで黙ってるの?言えばいいじゃない、シェリルさんと一緒だった、って……。
それとも何か、言えないわけでもあるの……?
「良かったじゃないか、盛り上がって。……そだ、コレやるよ」
かさ、と差し出されたのは、シェリルさんのサヨナラライブのチケットだった。それもS席の……。
(これ、シェリルさんから直接、もらったのかな……)
「別に誘ってるわけじゃないからな?そう、祝いだ、スカウトの」
「…………、ありがとう……」
どうしよう。なんて顔したらいいんだろう。
どうして、大好きなシェリルのライブチケットなのに、こんなに、素直に喜べないんだろう……。 ブザーが鳴って、街頭テレビが全部大統領声明に切り替わった。
『今日は、皆さんに重大なお知らせがあります。ご覧ください』
パッ、と切り替わった画面には――赤い化け物。
ひっ、と喉が音をたてた。
バジュラ、と呼ばれるらしいその化け物の映像が流れ続ける。あたしは目を背けてしまった。
震えが止まらない。アルト君にしがみついたまま、離れられない。
『現時点を――――非常事態宣言を――』
頭がばらばらになりそうだ。大事なお知らせだから聞かなきゃいけないのに、声がちっとも耳に入ってこない。
血まみれになったお兄ちゃんの映像が脳裏にフラッシュバックした。ずっと、思い出せなった映像なのに……なんでこんな時に……。
「……カ、おいランカ、大丈夫か!?」
「ランカさん!?どうしたんですか!」
いやだ……いやだよ……どうして来るの……あたし、ちゃんと、約束を……。
夜。テレビではまだ、大統領声明が流れ続けている。
「…………だから、だったんだ……戦いが、はじまるかもしれないから……」
だからあたしを、歌手に。……お兄ちゃん……。
せっかくのシェリルのチケットが、くしゃくしゃになって投げ出されてる。
なんでかな、今はちっとも、このチケットが魅力的に見えないよ……。
この前のライブのチケットは、大事に封筒に入れてても、いつもキラキラして見えたのに……。
色んなことがいっぺんに起こりすぎて、頭がパンクしそうだった。
あたしが歌手になる。シェリルさんがアルト君にキスをした。戦いが……起こるかもしれない。
(電話……しなきゃ……お兄ちゃんがしんじゃうかもしれないなら……電話を……)
どうしよう。うまく、考えられないよ……せっかくのデビューだったのに……。
『安心しろランカ、何があっても俺は絶対死んだりしない、アルトたちも絶対死なせはしない!
それにお前ももう16、来年には成人だ。いつまでも過保護じゃいかんだろ……。
あぁ、だからって何してもいいわけじゃないぞ!何かあったら、歌手なんてすぐやめさせるからな!』
普段なら猛反発してるところなのに……何故か言葉が出てこなかった。
「うん……わかってるよ、お兄ちゃん……」
ずっとコドモ扱いしてたくせに……こんな時だけ、オトナだなんて。 『私はギャラクシー、私の故郷が無事だと信じます。そして、このフロンティアが、彼らを助けるために行動を起こしてくれることに、感謝を申し上げます』
言葉が耳に入ってこない。いつもテレビで見てるシェリルなのに、そこにいるのはもう、あたしの知っている『シェリルさん』だった。
ポッキーをだらしなくくわえて、パジャマ姿でずっと、お兄ちゃんと電話したときから、……ずっとこうしてる。
『それどころか、いたずらに手を出せば、あの化け物、バジュラの注意を引くだけとの見方もあるようですが……』
『つまりこう仰りたいんですか?ベッドに潜って息を殺して、バジュラが見逃してくれるのを待つべきじゃないのか……ギャラクシーなんて見殺しにして』
『そ、そうは言っていませんが……』
『そうですよね。この艦ももう、バジュラに襲われてるんですから』
シェリルさん……どうしてこんな時でも、笑顔でいられるんだろう……気丈でいられるんだろう。シェリル・ノームだから?……あたしには、ムリだよ……。
『と、ともかく、こういう事態です、今夜のライブは中止だと思いますが、ファンに向けて……』
『中止!?誰がそんなことを決めたの!?』
『で、ですが……』
『ライブはやるわ。そして私は……ギャラクシーに帰る!』
シェリルさん……。どうしてそんなに、強くいられるのかな……。
あたしなんか今はもう、なんにも感じないよ……。あたし、ひどい人間なのかな……。
「シェリルさん……」
気付けばあたしは走っていた。天空門への道を、一目散に。
ライブはもう、きっと始まってる。それでもくしゃくしゃになったチケットを握りしめて、何度も転びそうになりながら、ただひたすら走り続けた。
きっと今シェリルさんに会いにいかなかったら、あたし一生後悔する。だってあたしは、シェリル・ノームのファンだから……! (どうしよう……アルト君、待たせちゃったかな……)
えーと、Mの5と6……と呟きながら、出来るだけ頭を下げて客席を探す。
――あった。空席が……ふたつ。
(アルト君……?)
「短い間だったけど、フロンティアの人たちと一緒にいられてホントに良かったわ。
いろいろあって、みんなに心配かけちゃったみたいね」
「シェリルさん……」
「でももう大丈夫!今夜もいつも通り、マクロスピードで突っ走るよ!だから……」
「あたしの歌を聴けぇえ!!」
その瞬間――、あたしは、戦争になるかもしれないことも、隣にアルト君がいないことも、お兄ちゃんの死なないという約束も、何もかもを忘れて、ただの『シェリル・ノームのファン』になっていた。
ただ、魅了される。
どこまでも伸びていく凛とした歌声、めまぐるしく変化する衣装、時により形を変えるステージ。光と音と、それだけが全てになる。
会場を埋め尽くすシェリルコール。ここにいる全員が、シェリル・ノームを待っている。
(どうして来ないんだろう、アルト君……こんなに素敵なステージなのに)
その時、肩に乗せていたオオサンショウウオさんの目が光った。アラーム式の留守番メッセージだ。
名前は……お兄ちゃん?イヤフォンをひっぱって耳に当てる。
『俺だ。本当は直接言うべきことなんだろうが、ちょっと言いにくくてな。……仕事だ。今日は帰れない』
(お仕事……?)
――赤い化け物。
――燃えていく街。
――傷付いたお兄ちゃん。
(そんな……)
『だが約束は必ず守る。心配しないで、待ってろ』
ピー……、という終了音がいつまでも耳に残った。
「!!じゃあアルト君も!?」
思わず大声が出てしまう。周りからじろりと睨まれ、慌てて頭を下げた。
(アルト君……お兄ちゃん……!) 「いよいよ最後のナンバーね。皆ともこれでお別れ……あっという間だったけど、すごくいい思い出になったわ!
広い銀河の中、また会える日が来るかわからないけど……、っ……あれ……うそ……」
語尾が震えている。
どんな時でも凛々しく強く美しい、シェリル・ノーム。あたしの憧れ。
だけど、今の彼女は、あたしの知っている『シェリルさん』に見えた。
高まっていくシェリルコール。泣かないでー!と叫ぶファンたち。あたしも、気付けば叫んでいた。
泣かないで、と。(だって、アルト君たちが戦ってる……きっと、シェリルさんの故郷は守られる……!)
だからお願い、ステージの上では、どうかシェリル・ノームのままでいて、と。
シェリルさんは目元をぐいっと拭うと、
「泣くわけないでしょ、この私が!!……わたしが…………」
言葉に詰まってしまった。
(どうしてだろう、すごく、悲しい……)
あたし、みんなに届けたいの。あたしはここにいるよって……。
シェリルさんにも、届けたいの……あたしはここに、シェリルさんのすぐ傍にいるんだよ、って。
おなかが熱い。ぐっと、感情が流れ出てくる。
「シェリルさぁん!!!!」
届くはずがないと思ってた。だってステージのシェリル・ノームは、あたしからこんなに遠かったから。物理的にも、精神的にも、なにもかもが。だけどその時、あたしがあらん限りの声で名前を呼んだとき、シェリルさんは確かにこっちを見た。
(シェリルさん……シェリルさん……!あたしはここだよ、ここにいるよ……アルト君はいないけど、でもシェリルさんのために戦っていて……、あたしは、ここにいるんだよ!!)
ふっと、ステージの彼女が、微笑んだ。
「ねえ皆……ちょっと我が儘言わせてもらってもいいかな。この最後の曲だけは……ある人のために……ううん、ある人達のために歌いたいの。今遠いところで、いのちをかけている人達のために……」
「!!」
(シェリルさん、知ってる……知ってるんだ……)
アルト君たちが出撃してること、知ってて、それでも、ステージで……。
世界中でシェリルさんとあたし、二人きりになったような気がした。
お腹の奥が熱い。あんなに遠くにいる筈なのに、シェリルさんの表情まで読み取れる。
「そしてあなたにも……あなたにも一緒に、歌って欲しいの……」
ささやくような、だけどお腹の底にひびくような、シェリルさんの声。
あたしは、絶対見えてないとわかっているのに、ただ静かにうなずいた。
一緒に歌おう、シェリルさん。あたしは……ここにいるよ。
「ありがとう皆!愛してる!」
一緒に歌う。声が重なって、大きな層になっていく。
シェリルさん、シェリルさん……。
今この天空門にいる人も、全銀河にいる人もみんな、シェリルさんの傍にいるよ……。
ひとりじゃないよ……。
「ありがとう……!みんな、ありがとう……!!」
「ええっ!?もう退院しちゃったの?ルカ君も?」
『俺は検査入院みたいなもんだし、ルカも別の病院に行ってるけど……明後日には帰れるらしい』
「そうなんだ……ゴメンね、お見舞い行けなくて」
言った途端、受話器の向こうでアルト君が苦笑した。誰も来てくれなんて頼んでないって。
……お見舞い、行きたかったのにな。
戦いに出たアルト君が入院したって聞いて、あたしはもう何を置いても真っ先にお見舞いに行きたかった。
でも、できなかった。お仕事があったし……それに、シェリルさんとのことがどうしても、気になってたから。
だけどこんなに後悔するなら、やっぱり行けばよかったよ。
差し入れ持って行って、リンゴとか剥いてあげたりして、アルト君を気遣って……そういうこと、してみたかったな。
気付いたらあっと言う間。もう、退院しちゃっただなんて……。
『駆け出しの癖に仕事で忙しいなんて、生意気だけどな、はは』
「う、うん……」 「たとえ世界がつらくても〜夢があるでしょイロイロと〜♪」
ニンジンの着ぐるみが重い。バランスも悪い。ふらふらしそうになる。
ゼントラモールフォルモ、そこのニンジン売場で、あたしは一人歌っていた。
「き〜みにビタミン七色〜ニンジンloves you yeah!」
ゼントラーディの子供たちがこっちを見てる。今だ!と思って踊りながらすかさずニンジンの試食を取り出した。
でも、子供たちは見向きもしない。……ニンジンって、ちいさい子、キライなこと多いもんね……。
(ううう、喉が、ノドが痛いよぅ……)
こんなに長い事ずっと歌ってるなんてしたことなかった。
それに踊りもしなきゃならないから、なんかもうフラフラだ。舌がもつれて時々歌詞が飛ぶ。音程がふらふらする。
(シンドいよう……こんな仕事、アルト君に言えないよ……)
「ニンジンloves you yeah〜っ!!!」
早く、早くシェリルさんみたいになりたい。
シェリルさんみたいになって、堂々とアルト君の隣に立ちたいよ。
こんなじゃなくて、ちゃんとアルト君に言えるようなお仕事ができるくらいになりたい。 「……ぷはぁっ!」
ニンジンの被り物を脱いで、ちょっと休憩する。
「こんな仕事じゃ……アルト君に言えないよ」
「そうですか?私はなかなか、楽しいですが」
「徳川さん……」
ミシェル君とここに来たとき、あたしが完全スルーしてた、いつもここで演歌を歌ってる人だ。
徳川さんはニンジンを一本手に取ると、何事も下積みが大事です、と言った。
「それにランカさん、テレビのお仕事も決まったんでしょう?」
「……はいっ!!ちっちゃなバラエティのゲストですけど……でもお仕事貰えるだけ幸せですもんね!がんばります!」
まだまだシェリルさんには遠く及ばないけど、それでもテレビの仕事なら……アルト君にも、見てって言えるかもしれない。
……収録の、出来次第だけど。
「ランカちゃ〜〜〜ん!!ニュースニュース、大ニュースですよ!!」
「あ、エルモさん!」
「例の件!合格ですよ!」
「!!ホントですか!?」
(やった……!)
ニンジンの着ぐるみが重いことも、衣装がかわいくないことも、ステージがないことも全部、もうどうでも良くなっちゃうくらい、あたしは飛び上がって喜んだ。
だって明日から……アルト君と同じ学校に行けるんだ!!! 「芸能コース一年に転校してきました、ランカ・リーですっ!えへへ……」
座席についているアルト君に向かって手を振る。ふふふ、アルト君ったら、すっごくびっくりしてるよ。
よろしくお願いしますっ!とあたしは上機嫌に自己紹介を終えた。
「お仕事はじめたせいで前の学校にいられなくなっちゃったし……だから転入試験受けてみたの。
でもドキドキだったよー、実技試験とかあってキビしいの有名だったし!」
休み時間。みんなで階段に座りながら、おしゃべりする。すごく楽しかった。
……だってその間、ずっとアルト君も一緒にいてくれるんだから。
「ランカさんの実力なら当然ですよ!これから毎日会えるなんて、私うれしくってもう……」
「ナナちゃん!」
思わずナナちゃんの手を取る。ルカ君が、楽しくなりそうですねアルト先輩、と話を振った。
「アルト君も、よろしくね!」
「あーまぁな……」
投げ遣りな言葉。いつものことだから、気にしない。
それに今日はあたしにとって特別な日になったんだから、ちょっとやそっとのことじゃへこたれないんだから! ミシェル君が、学校内を案内してくれる、って言った。……何だか照れくさいな。
こんな風に、学校で誰かに話しかけてもらったり、特別扱いしてもらったりするのなんて、全然なかったし。
「遠慮なんかナシナシ!今日は、ランカちゃんが主役なんだから」
「主役……?ちょ、ちょっとうれしいかも!」
今日のあたしは、みんなの主役なんだ……特別、なんだ。……うれしいな……。
急に門の辺りがざわめいたと思うと、車の音がした。
乱暴に突入(という言葉がぴったりだ)してくる車は、あたしたちの前に滑り出してくる。
ばたん、とドアが開いたと思うと、自信満々にあらわれたのは……
「な、なんでお前が……」
「シェリルさん……!?」
「地元学生との交流だぁ?」
「そーよ。ちゃんと学校側の許可も取ってあるわ。それにしても……」
美しい色合いの髪がたなびいて、澄んだ瞳があたしのことを見つめる。
「奇遇よね、貴女もこの学校に転入したばっかりだなんて」
「あ……ハイ……」
なんだろう。なんで、なんだろう。
いつの間にか、この場所の主役はとっくに、シェリルさんになっていた。
シェリルさんはいつもそうだ、どこにあらわれても、ただそこにいるだけで、全てを圧倒して……自分がスポットライトの中心になってゆく。
(今日は、あたしが主役のはずだったのに……)
「見学中なんでしょ?一緒にこのドレイ君に案内してもらいましょ?」
「ど、奴隷!?」
「そうよ。アルトは私の、ド・レ・イ」 「……、」
大好きなシェリルと同じ学校、その筈なのに。
(なんでかな、嬉しいって気持ちが、ちょっとしか湧いてこないよ……)
気付けば校舎の窓はどこも開かれて、多勢の人が窓に詰め寄せていた。シェリルコールが聞こえる。
ここは……ステージじゃないのに……。奴隷にしてくださいとか、女王様とか、アルト姫とシェリル様だなんて、とか、いろいろ。
「姫……?」
「「「はーい、このひとでーす」」」
全員がキレイにアルト君を指し示した。シェリルさんはぽかん、とした顔で姫……と呟いている。
ぎしぎししていたアルト君が急にがばっ!と動き出すと、
「来い!!!」
怒鳴るようにしてシェリルさんの手を握って……どこかへ行ってしまった。
「あ、アルト君……」
やっぱりシェリルさんは、シェリル・ノームだ……一瞬で、何もかもを持っていく。
人影が小さくなって、見えなくなるまで、あたしはただ立ち尽くしていることしかできなかった。 皆の提案で、なぜかこっそり後をつけることになってしまった……。
アルト君とシェリルさんは、何やら口論らしきものをしている。
なんだろう、アルト君と話してる時とのシェリルさんは、シェリル・ノームじゃなくって、ただの女の子に見える。
アルト君も、シェリルさんと喋ってる時は、いつもの不愛想だったり投げ遣りだったりするアルト君じゃなくて、ただの普通の男の子みたいに見えた。
「あの二人、どういう関係なんでしょう……」
ナナちゃんが呟く。ルカ君にもわからないらしい。……あたしにだって、わからないよ。
ミシェル君が、苦笑するようにランカちゃんも気になる?と聞いてきた。絶対、わかって聞いてるよ、ミシェル君。
「そ、それは気になるけど……でも、気になると言ってもそんな意味じゃなくって、でも……あの…………、……?」
がさがさ、と草むらがうごめいた。何か、影が見えた気がする。
「どうしたの?」
「え、あ……今、そこに……」
でももう一度見てみると、そこには何もいなかった。 シェリルさんの提案で、EXギアを試してみることになった。
とは言ってもあたしは後ろで見てる群衆なだけで、主役はシェリルさんなんだけど……。
EXギアの操作はとっても難しいらしくって、シェリルさんは生卵を掴み切れずにいくつもいくつも砕いてしまった。
(天然モノだから、貴重なはずなんだけどな……)とばっちりで白身が顔に飛んでくる。
でもシェリルさんは負けず嫌いなのか、全然諦めようとしなくって、結局卵がなくなるまでずっとそうしていた。 汚れてしまったあたしとシェリルさんとナナちゃんは、シャワーを浴びることにした。
制服は幸い無事だから、髪や顔を洗えばいいだけだし。
隣のブースで、シェリルさんがシャワーを浴びている。
そんな無防備な姿すら絵になるな、とごく自然にそう思ってしまって、……なんだかひどくみじめなような、悔しいような気持ちになった。
(そりゃ、そうだよね……どっちが主役の器かって言ったら、あたしなんかより断然、シェリルさんの方だよ)
あたしなんかちんちくりんで、シェリルさんみたいに胸もお尻もないし、髪だって長くないし、歌は下手くそだし、それに、それに……。
「仕事の方はどう?ランカちゃん」
「あ、えっと……ぼ、ぼちぼち、です……」
「そう。グレイスに任せてあるから、局も枠もわからないんだけど、今度ね、あたしの特番があるのよ。
……あなた一人くらいなら、すぐねじ込めるわ?」
「……、」 一瞬で、頭の中がぐちゃぐちゃになった。
格の違いを見せつけられたみたいだった。
そんなの今日一日で、イヤって言うくらい解ってるのに。
でも、シェリルの特番に出る、って言うことは、物凄く大きな仕事になって、大きい所と、顔が繋がる機会になるってことで……。
出たい、と思う心を、あたしは抑え切れなかった。でも。
「馬鹿にしないでください!!」
「ナナちゃん……?」
「ランカさんは、あなたの力なんか借りなくても大丈夫です!大体なんですかあなたは!
いきなり学校に乗り込んできて、女王様気取りで早乙女君を小突きまわして……」
とたんに、シェリルさんが意味ありげに微笑んだ。
「……貴女。アルトの事が好きなの?」
「!?そ、そうなのナナちゃん!!」
「ち、違います私は……、」
「そういえば、貴女もなかなか美人よね……プロポーションもいいし」
「イヤらしい目で見ないでください!!」
「あー……ナナちゃん、シェリルさん……」 洗濯機の前で首をかしげているシェリルさんの前に、歩み寄る。
「あの……シェリルさん」
「ん?」
「ありがとうございます、お仕事の話……でも、でもあたし……、」
ホントは揺れていた。目の前に見えたのはあんまりにも甘い餌だった。
それでも、ナナちゃんが言ってくれた言葉が、あたしの背中を押してくれた。
(だってこのままじゃ、みじめなだけで終わっちゃう……)
「あたし、自分の力で頑張ってみたいんです。今日もこれから収録あるし……だから、」
「……そう言うんじゃないかって思ってた。自分の信じるとおり頑張ってみるといいわ」
「……はい!」
シェリルさん、買いかぶりすぎだよ。あたしはそんな、出来た子じゃない。
でも、シェリルさんがそう言ってくれるならあたし、なんとか自分で頑張るよ。
よし、と決意を決めた時、また、がさがさ、と音がした。シェリルさんのカゴからだ。
洗濯前の衣類を入れたカゴ、そこに詰め込まれた布類が、ひょこひょこ揺れている。
「?……わあっ!!」
なにかが飛び出した。
緑色の、尾の長い何かが、ピンク色の布をまとわりつけた状態で跳ねている。
誰かが入ってくるのと入れ違いに、そのままぴょこぴょこと、ドアの外へ出て行ってしまった。
(今の布は………………下着!?)
「な、な、な」
「いゃぁあああああッ!!!あたしの下着ィイイイ!!!」
シェリルさんが身も蓋もなく絶叫した。
ドアの外で待機していたらしい、大量のシェリルファンたちがいっせいにどよめく。
そこからはもう、大騒ぎだった。
シェリルの脱ぎたてだー!と言う声を皮切りに、上へ下への大騒動が始まる。
キッとまなじりを上げたシェリルさんは、がばりとワンピースをかぶるとあたしに行きなさい、と言った。 「あ、え、でも……ぱんつ、」
「私を誰だと思ってるの……駆け出しは自分の事だけ心配してなさい!!」
(いや、でもその下、はいてないですよね……)
だけどあんまりにも自信たっぷりにシェリルさんが言うから、不思議と力が湧いてくる。
この人が言うと、本当に何もかもが大丈夫に思えるから不思議だ。
「……はい!行ってきます!」
あたしは踵を返して、学校を後にした。 「はっ、はっ、はっ……」
坂を駆けおりる。空が青い。息がはずむ。
「人生は、ワン、ツー、デカルチャー!頑張れあたし!!」
下着騒動で出遅れたあたしは、全力で仕事場へと向かっていた。
息がへろへろになって、電柱にしがみついて、でもまた走り出す。
懐でオオサンショウウオさんが鳴った。
「はい、すみません社長!あと少しで……!」
『いやいやいやいやもう、参っちゃったよ〜!それがさ、
シェリルの特番が入るって言うんで、、番組自体が飛んじゃって……』
「!!」
『プロデューサ―はね、ランカちゃんの事たか〜〜く買ってくれてるの!だから次!次こそはね!』 足が止まる。息が、うまくできない。
路面電車が通り過ぎていく。その向こう側には、壁いっぱいのシェリルの広告。
……電話を切って、空を見上げた。
どこもかしこも、……シェリルであふれていた。
あたしが主役だったはずの日。
特別な一日になるはずだった日。
でも今は、……ただの一日だ。(……帰ろう) グリフィスパークの丘。
帰ろうと思ったのに、自然と足が向いてしまっていた。
デビューする前は、いつもここで歌っていたっけ……。だれもあたしを見ないから。
(でもそんなのはもう、イヤだって、思ったんだ)
だから歌手になろうって決めた。それなのに。
まだ誰も、あたしがここにいるって、知らないよ……。
スポットライトの中心はいつも同じ人。あたしの女神さま、シェリル・ノーム。
……かないっこない、あたしなんか。 その時、かさかさ、と音がした。
音の方を見ると、緑の尾が長い、つぶらな瞳が可愛らしい生き物が、こちらを見ていた。
「あなた、もしかしてさっきの……?」
シェリルさんの下着を持ってっちゃった子に、良く似ている。
「……そんなわけないか。おいで?あたしも今、一人だから」
緑の子は、するするとベンチの端っこを伝ってこちらに寄ってくる。言葉が通じてるみたいだ。
「あんまり見かけない子だね。あなた、どこの星から連れてこられたの?」
そっと頭をなでてやると、キイ、と小さい声が鳴いた。
「ふふ。……かわいい」
素直でいい子だ。あたしが今とっても寂しかったのをわかってて、側に居てくれるみたいだった。
「誰もあたしを見ないけど……知らないけど。あなたは聴いてくれる?あたしの歌……」
キイ、と可愛い声が答えた。
「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
街はシェリルであふれている。ライトを浴びるのはいつだって彼女だ。
あたしはまだ駆け出しで、だれもあたしのことを知らない。
いつかみんなに、誰でもいいから皆に知って欲しいけど、今聴いてくれるのはこのちいさなみどりの子だけ……。
「ルーレイ ルレイア……」
ハーモニカの音がした。同じメロディをかなでている。
それどころか、その続きも。(あたしの曲を、……知ってる?)
音楽が止まり、その人があらわれた。
群青の服を着た、金色の髪と赤い瞳の、男のひと……。
「……あなた……だれ……?」
「ランカ・リーです!この度わたし、デビューします!よろしくお願いしまーす!」
街頭に立って、水着姿でディスクを手渡す。メイクはボビーさんがしてくれた。
バックにはあたしのデビュー曲の『ねこ日記』が流れていた。
ぽつぽつだけど、受け取ってくれる人もいる。
その場で聴いてもらえて、さらに手元にも残る形なら覚えてらえる可能性が高いって言った社長の作戦はとてもいいと思う。
ネットでもPVを流せたら良かったんだけど、サイトを立ち上げたり動画を流そうとすると、どうしても会社のパソコンがハッキングされたりしてうまくいかないんだって。
水着はちょっと、恥ずかしいけど……でも、着ぐるみの仕事よりずっといい。
(それにこれならバックで歌を流してるだけだし、喉も痛くならないからね)
「お願いしまーす!お願いしますー!…………あっ、」
この前の、ハーモニカの人が、柱にもたれて立っていた。
「あのっ……!」
見間違えるはずがないと思ったのに、……声を掛けた時にはもうそのひとは消えていた。
(誰なんだろう、あの人……どうして、あたしの歌を……)
『魅力的なサラを期待しています……今年度ミスマクロスのミランダ・メリンさんでした』
娘娘の休憩室のテレビでは、あのコンテストの時に出会った女性が、主演女優を演じる映画の番宣をしている。
大昔の伝記を元にした映画なんだって。
「なんか悔しいですね……こっちは手渡しのプロモーションしか出来ない、って言うのに」
「でもねナナちゃん、エルモさんが言ってたの。歌って元々、人から人へ口伝えで伝わるものなんだって。何か素敵じゃない?」
「そ、……そうですよね!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
「うん!」
どたどたどた、と物凄く騒がしい足音がした、と思うと、息を切らしたエルモさんが飛び込んできた。
「ランカちゃん、ニュースですよ、ニュースですっ!!」
「……え?」
その話を聞いた時、あたしは最初、本気でウソなんじゃないかって疑ったくらいだった。
× 「そ、……そうですよね!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
○ 「そ、……そうですよね!きっといますよ!あのディスクを見て、ランカさんの事好きになってくれる人が!!」
『映画?おまえが?』
「そうなのアルト君!監督さんがね、あたしのディスクを見て、気に入ってくれたんだって!!」
『へえ……良かったじゃないか!』
「でもあたし今までお芝居なんてしたことないし、うまくできるか心配で心配で……」
『まあ……ムリだろうな』
「あー……やっぱり意地悪だよ、アルト君……こういう時は、ウソでもいいからできるって言おうよ?」
『思わざれば華なり、思えば華ならざりき……』
「えっ?」
『頭で演じようとすれば、必ずどこかに嘘が残る。要するに、考えずにただひたすら感じて、役になりきれって事さ』
「すごいやアルト君!お芝居のこともわかるんだ!」
『うぁ……まあな……どっちにしろ、台詞もない端役なんだろ?』
「っ……そうだけど……」
アルトー、いつまで電話してんのー!という覚えのある声がかすかに聞こえた。
(一緒にいるんだ……シェリルさんと)
『悪い、軍から広報の仕事が入って……じゃな』
「あ、うん……」
何も言えなかった。電話が切れたあと、あたしはぼんやり窓の外を見つめた。
広告はやっぱり、どこもかしこもシェリル・ノームばかりだった。 映画撮影当日。
あたしたちは船で、撮影場所となるマヤン島までたどり着いた。
あちこちで大道具の人たちが働いている。
「すごーい!!島がまるごとセットになってるなんて!」
「ようこそマヤン島へ、ランカちゃん!」
「えっ?……ミシェル君、ルカ君!どうして……」
桟橋の上に立つのは間違いなく彼らだ。
ボビーさんが、SMSが撮影に協力してるの、と事情を説明してくれた。
バルキリーがいっぱい出てくるから、そこらへんを担当してるらしい。
「じゃあアルト君も……!」
「や、あいつは別の仕事。色々やばくってね」
「……そうなの」
「さあさ、ランカちゃん。メイクの続きしましょ?」
ボビーさんが優しく肩に手を掛ける。
慰められてるのがわかって、逆にちょっとしょんぼりした。
バリバリと音をたててヘリが降りてくる。主演女優態の登場だ、という声。
その中からは、ミランダさんがあらわれた。
……あの時同じ舞台に立っていたのに、今はこんなにも遠い。
着替えて浜を歩いてると、あら貴女、と声をかけられた。ミランダさんだ。
「ミスマクロスの時の子ね」
「あ、はい、こんにちは……」
「出るの。役は?」
「マヤンの娘Aです!」
「まあ素敵。私の映画を台無しにしないよう、せいぜい頑張ってちょうだい?」
「……、」
やっぱり、殺気立ってるな……あの時といっしょで、やな感じ。
「聞き捨てならないわね。妥協で私の歌が使われるの?」
「?今の、シェリルさんの声……」
見ると、テントの方に見覚えのあるストロベリーブロンドが輝いている。
その隣にいるのは、……アルト君だった。(別のお仕事って……こういうこと?)
ミランダさんは興味を失ったかのようにすいっとあたしの前を去って行くと、シェリルさんの方へ駆けて行った。
つい、あたしも後を追いかける。
シェリルさん、とミランダさんが感極まったような声で話しかける。
私主演の……、と続けようとしたが、それを綺麗に無視してシェリルさんはあたしの方へ歩み寄ってきた。
「ちゃんと登ってきてるみたいね」
「はいっ!」
……ふふーん、何だか気分がいい。
あのシェリルさんが、ミスマクロスのヒトよりあたしを気にかけてくれている!
キッとこちらを睨むミランダさんの視線は相変わらず怖かったけど、あたしは全然気にならなかった。
「アルト!あんたも何か言ってあげなさい!」
「……よ、よお」
「あの……どうして?アルト君」
「命令さ……例のコイツのドキュメンタリーとかもSMSが全面協力とかで……」
めんどくさそうにぼやいていると、急に後ろの監督さんとスタッフさんがガッ!とアルト君に食ってかかった。
「失礼ですがあなた、早乙女アルトさんですか!映画に出ていただけませんか!?」
(アルト君……知り合い?)
「見ましたよぉあなたの舞台!!桜姫東文章の桜姫!!」
「さくら……ひめ?」
(なに、それ……)
「驚いた……アルト君が、歌舞伎のおうちの跡取りだったなんて」
「そお?私は知ってたけど。触れられたくないから突っ込むのをやめてたけど、有名人よ?嵐蔵早乙女は」
「ルカ君も?」
「一応……先輩、家を継ぐのがイヤで、大ゲンカしてパイロットになったらしくて……」
「そう、なんだ……」
「ランカさん?」
「あ、ちょっと、ね!」
そのまま駆け出してしまった。行く当てなんてない。
ただ、何だか良く解らないけど、胸が苦しくて……切なくて、打ちひしがれたようだった。
(皆知ってるのに、あたしだけ、知らなかったんだ……アルト君のこと、なんにも)
知ってて、アルト君を思って何も言わなかったシェリルさん。
無神経にも電話でお芝居のことを聞いてしまった自分。……みっともなくて、涙が出そうになる。
あたし、アルト君のこと何にも知らない。
どこで生まれて、どんな風に育って、何が好きで、何が嫌いで……そういうの何も知らない。
あたしはただ浮かれて、キレイでカッコイイパイロットの子に憧れただけ……。
あちこち歩いて……というか、よじ登ったり降りたりを繰り返している内に、高台の崖まで来てしまった。
辺り一面を一望できる。青くてきらきらした海が広がっていて、浜に近づくにつれてグリーンへのグラデーションが描かれて、とてもきれいだ。
「うわあ……」
思わずそこへ座り込んだ。広くて大きくて、青くて……とてもあたたかい。やさしい場所だな、と思った。
「アーイモアーイモ ネーィテ ルーシェ……
ノイナ ミーリア エーンテル プローォテアー……フォトミ……」
あんまりにもキレイで、だから何もかも忘れさせてくれるような気がした。
あの時は一緒だったはずのミランダさんが、もう全然追いつけそうにない距離にあること。
シェリルさんがあんまりにも自然にアルト君を思いやっていて、すごく大人だと思ったこと。
アルト君のことを、上っ面のことしかなんにも知らなかった自分。
そういうみっともない何もかもを、忘れさせてくれるんじゃないかって思った。
(アルト君……あたし、大人になりたいよ……)
暫く歌っていると、やっぱり喉が痛くなってきて。もう頃合いかな、と思って立ち上がった。
(早く戻ろう。あたしの役まではまだ時間があるけど、何があるかわからないし)
そうして振り返ると、そこには――ヒュドラがいた。
目が赤い。ひゅうひゅうと呼吸音がする。開かれた口からは、鋭い牙が見えた。
完全に、こちらを捕食対象として見ている――!
(逃げ、なきゃ) 走って走って、ヒュドラから逃げた。普段は大人しいはずのヒュドラが、なぜあんな風になってしまったのか解らない。
でも初めて見た野生まるだしのヒュドラは恐ろしくてたまらなくて、脚がもつれてころびそうになりながら、それでも逃げた。
「はっ、はっ、はっ……っ、あぁっ!」
目の前には崖。行き止まりだ。振り返ると、野性を剥きだしにしたヒュドラがこちらを見つめている。
(やだ……誰か……!)
どこかへ逃げなきゃ、と一歩後ろへ足を引くと、がく、と踵が落ちそうになった。もう崖っぷち。
本当に、後がないのだ。
ヒュドラが地を蹴って飛ぶ。あたしへ向かって。
「い、いやぁああああ!!」
「ランカぁあ!!」
何発か銃声が聞こえた。もんどり打って、誰かがこちらへ転がってくる。
慌てて駆け寄るとそれは……アルト君だった。
(助けに来てくれたんだ……)
アルト君はあたしをかばうように立ち、ヒュドラと対峙した。だが。
人間のか弱い身体じゃ、強いケモノとやり合えるわけがない。
あたしとアルト君はまとめて吹っ飛ばされて、あたしはまた崖っぷちギリギリまで逆戻りした。
ヒュドラが口を開いてあたしを見つめている。
(もう、ダメだ――)
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