X



トップページ創作発表
252コメント482KB

THE IDOLM@STER アイドルマスター part8

■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています
0001創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/05/20(日) 21:05:13.00ID:NrondMdg
アイドル育成シミュレーションゲーム「アイドルマスター」の創作発表スレです。
○基本的になんでもありな感じで。SSでなくてもOKです。
○原作ワールドが多岐にわたっています。「無印ベース」「アイマス2世界」、
 「漫画Relations設定」「シンデレラガールズ」などと前置きがあると親切。
○エロ/百合/グロは専用スレがあります。そちらへどうぞ。
○「鬱展開」「春閣下」「961美希」「ジュピター」などのデリケートな題材は、
 可能な限り事前に提示しましょう。
○クロスSSも合流中ですが、同様になるべく注意書きをお願いします。




前スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part7
http://engawa.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1316595000/


過去スレ
THE IDOLM@STER アイドルマスター part6
http://yuzuru.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1286371943/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part5 (dat落ち)
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1270993757/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part4
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1257120948/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part3
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1246267539/


THE IDOLM@STER アイドルマスター part2
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1241275941/


THE IDOLM@STER アイドルマスター
http://namidame.2ch.net/test/read.cgi/mitemite/1221366384/


アイドルマスタークロスSSスレ
http://jfk.2ch.net/test/read.cgi/gsaloon/1228997816/




まとめサイト
THE IDOLM@STER 創作発表まとめWiki
ttp://www43.atwiki.jp/imassousaku
0074創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/25(水) 02:16:28.52ID:7mfltNFF
>>73
乙〜。
やっぱみんな思うよなぁ。あれだけ似てると。
CV:藤村歩では有るまいかと。

1つだけ気になるのは、もうちょっと言葉を大事にした方がよいかと。
社長のセリフ回しとか、地の文の表現があっさりしてるかなぁと思います。
それに、「火蓋」ってのは切るもんで、散らすもんじゃないぜ。
0075創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/25(水) 20:57:39.48ID:MM/HDfUW
>>74
火蓋の指摘ありがとう! 非常に助かる

あと見直して思ったんだが……伊織、カマセに見えてしまうだろうか
俺はいおりんも麗奈も好き(というか最初麗奈を好きになった理由が伊織に似ているから)
だから、そう見られると辛いんだ
0076創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/07/25(水) 21:37:03.42ID:Tawm7674
GJ、面白かった。麗奈サマは実に小者かわいいな
でも実際はいおりんが破格なだけで、あの子はむしろよくやってると思う

>>75
むしろそこに注意して書いてたんだろうなと強く感じた
水谷絵理戦を思い起こさせるフレーズや現時点での伊織や麗奈の
立ち位置、前半からずっと付きまとう伊織の影、などなど
物語の目的地が『打倒・水瀬伊織』なんだからばっちりかと

少しガチャガチャした部分を感じたのは実は74と一緒なのだが、
たぶんちゃんとつたわってるからなんくるない
0077創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/08/05(日) 21:53:59.90ID:QLx8Hgjk
暑くて書けません。集中力がありません。(挨拶)
久しぶりに保管庫更新。作者諸氏は確認お願いします。
>>38 の未来の足跡の作者様へ。申し訳ありませんが私個人の判断で改行の部分訂正させて頂きました。ご了承下さい。
wikiの編集はどなたでも可能ですので、もし間違いを発見した場合お知らせ下さるなり御自分で訂正されるなりどうぞご自由に。
それではこれにて失礼。
0078メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2012/09/01(土) 23:06:18.01ID:DZTbP8HH
あーテステス。お久しぶりです。1本投下します。
以前言ってたシンデレラガールズで地元紹介ネタ。
今回は自分が住んでいる山形県ではなくお隣の新潟県でございます。
0079メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2012/09/01(土) 23:07:50.62ID:DZTbP8HH
うだるような夏の暑さから逃れようと事務所のあるビルへと入り、いつも通りに軋む音を立てるドアを開けて中にに入った瞬間空気がいつもと違う事に気づいた。
その違いを感じ取ったのは視覚ではなく嗅覚。
辺りには本能に訴える芳しい香りが漂っている。
原因を探るべく弱小アイドルプロダクションらしくこじんまりとした給湯室を覗き込む。
コンロの上には見覚えのない土鍋。
中には既に炊きあがった白米が湯気を立てている。

そして傍らには所属アイドルの一人である江上椿が立っていて、その長い髪を邪魔にならないよう首の後ろで纏めエプロンを付けている。

「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おにぎりを作ってます」
少し悪戯っぽいニュアンスを含ませた返答が返ってくる。
「いやそれは見ればわかるんですが俺が聞きたいのは何で事務所でおにぎり作ってるのかという事でですね」

微笑みながら、わかってますよ。と前置きをしてから彼女は語り始める。
やはりからかわれていたらしい。

「最近運動会とか水泳大会とかイベントが多いじゃないですか。そしたら育ち盛りの子達が配られるお弁当じゃ足りないって言い出して」
考え直してみれば、確かにウチの事務所に支給される弁当は最低限の質素な物だ。
もう少し経営状態が良くなればもう少しまともな弁当を発注できるのだが。
「それに、参加してるアイドルには出ても応援席にまでは行きませんしね」
「それでおにぎりを」
「ええ。丁度予定も空いてましたから」
納得して机の上を見てみるが、そこにはあるべきものが足りないように見えた。
「中の具は何を入れるんですか?」
「何も入れない塩にぎりを作るんです。タイミングよく良いお米と塩が実家から送られて来たのでシンプルにいこうかと」
0080シンデレラガールズの地元紹介新潟編
垢版 |
2012/09/01(土) 23:09:11.02ID:DZTbP8HH
米は彼女の出身地である新潟を考えればコシヒカリだろうというのは容易に想像がつくが、良い塩とは一体どんな物だろうか。
彼女の傍らに置いてある茶褐色の粉末に目を向ける。
塩といえば白色をしているという固定観念があったので気づかなかったがこれがそうなのだろうか。
「この茶色いのが塩ですか?」
「ええ。藻塩っていうんです。よかったら舐めてみますか?」
差し出された小皿に乗っている塩をひとつまみ口の中に入れてみる。
当然しょっぱい。が、それだけではない複雑な風味を感じる。それでいて切れ上がりはあっさりとして舌の上に残るようなしつこさは無い。
成程。確かにこの味ならば塩だけで行こうと思ったのも頷ける。
と一人納得して何をするでもなく彼女の動作を観察する。

片手に塩を散らし、しゃもじで掬った米を塩の付いた方の手に乗せる。
手首のスナップを利かせながら軽く握って一口大の俵型に形を整えたら海苔を巻いて完成。
机に置いた皿の上に並べていく。
サイズが小振りなのは食べるのが年頃の少女達のためか。
淀みの無い動きに少々意外な物を感じてつい呟きが漏れる。
「結構慣れてるんですね」
その言葉に軽い苦笑を声に滲ませながら、
「写真を取りに出かけた時にお店の中に入るのがもったいないくらいの天気だったり、
撮影のチャンスをずっと待ってる時とか、そういった時の為にこういう片手で摘めるようなのをよく作るんです。
もちろんせっかく遠くまで出かけたんだから有名なお店に行くのも好きなんですけどね」

故郷を、あるいは今まで写真に収めた場所を思い出しているのか彼女は優しげに語り始める。

この塩、笹川流れっていう所で作ってるんです。
新潟から海沿いにずっと北上していって、もう山形県との県境に近い所ですね。
波の荒い日本海の海とちょっと変わった形の岩が多い所で良い景色が一杯見える場所です。夕日が沈むところなんか何度も撮りに行きました。
この塩を作ってるところにも行きましたけど凄いんですよ。
薪で釜を炊いて海水を煮詰めて作る本当に昔ながらのシンプルな作り方で。
それを塩を売ってるすぐ傍でやってるんです。
勿論仕切りなんて無いから夏なんかもう本当に暑くて長くいられないくらい。
隣に小さなカフェもあってそこに塩ソフトクリームなんてのもあるんですけど、早く食べないとどんどん溶けちゃって。
0081シンデレラガールズの地元紹介新潟編
垢版 |
2012/09/01(土) 23:10:11.35ID:DZTbP8HH
言葉を続けながらも手は動きを止めることなく一定のリズムでおにぎりが作られては皿に並べられてゆく。
その動きを見ていたプロデューサーはふとある事を疑問に思う。
背後からでも訝しげなプロデユーサーの視線に気づいたのか、
「あの、どうかしたんですか?」
と聞いてきた。
「いえ、なんだか右利きの人と同じようにするんだなって思ったので。確か椿さん左利きでしたよね」
ああ、と思い当たる事があるのか納得したように声を上げて、
「カメラいじってるうちに慣れちゃったみたいです。ほら、左利き用のカメラなんて無いじゃないですか」
右手の指で軽くシャッターを押すジェスチャをする。
「そんなものですか」
「そんなものです」
深い意味など無い緩やかな言葉のやりとり。それが何故だか妙に心地よい。

いつしか皿の上がおにぎりで一杯になる頃、丁度土鍋の中も空になった。
手を洗ってタオルで水分をふき取り、バッグの中から愛用のカメラと色の並べられたパネルを取り出し出来上がったおにぎりの隣に置いて写真に収める。
「今置いたパネルは?」
「カラーチェッカーです。これがあると後で色補正するのが便利なんですよ」
設定を変え、アングルを変え、何度もシャッターを切る。
その表情は真剣そのものだが、プロデューサーの意識は別の所へ向いていた。
彼女もそれに気づいているのか物欲しげなプロデューサーの姿を見て、
「よろしければお一つどうぞ」
「……やっぱりわかります?」
「あんなに真剣に見てたら誰だってわかりますよ」
「それじゃあ遠慮無く頂きます」

小さめに作られたおにぎりは一口で丁度半分になる。
米の甘さと塩のしょっぱさがお互いを引き立てる。微かに感じる潮の香り。
少し時間を置いた事であら熱も取れて、米の香りが鼻につくような事もない。冷めても美味しく食べられるだろう。
余計な物など何も無い、昔ながらのシンプルな日本の味である。
0082シンデレラガールズの地元紹介新潟編
垢版 |
2012/09/01(土) 23:11:43.02ID:DZTbP8HH
密かな感動に打ち震えながらおにぎりを食べていると、パチリというシャッター音で無防備な自分の姿が撮られた事にようやく気づいて、
「ちょっと恥ずかしいですね」
と言ってはみるがその言葉に責めるようなニュアンスは無く、あくまでも照れ隠し程度のものだ。。

「すみません。あんまりおいしそうに食べてくれるものですからつい」
「実際美味しいですよこれ。ちょっとびっくりしました」
「でも嬉しいです。おいしいって言ってもらえて」

そう言う彼女が口に運んでいるのはおにぎりではなくパリパリとした板状の物。
鍋肌に張り付いたそれをしゃもじでこそげ落としながら食べているそれは、

おこげ。

炊飯器では出来ない、土鍋で炊きあげるからこそ出来るもう一つの楽しみ。
手渡されたそれの香りを嗅いでみるとなんとも言えない香ばしさが立ち上る。
そのままでも十分美味しいが、先程の藻塩をふりかけて食べるとまた違った味わいが出てくる。
それこそ言葉を忘れるほどに。

しばし二人とも無言で食べ続けようやく人心地ついた頃、時計のアラーム音と共に談笑の時間は終わりを告げる。
エアコンの効いた部屋から出てまた灼熱の炎天下に出るのは億劫だが仕事なのでしょうがない。
窓の外に視線を向ければ雲一つ無い青空で見ているだけで汗が出てきそうだ。
そんなプロデューサーのげんなりとした顔を見て椿は思いついたように、
「これも持っていってください」
ガサゴソとバッグの中からフィルムに包装された四角い飴をいくつか取り出して手渡す。
「これは?」
「塩飴です。これもさっきの塩と同じ笹川流れで作ってるんですよ。これからどんどん暑くなりますからこれでちゃんと塩分と糖分を補給してくださいね」

外に出て、強い日ざしに顔をしかめながら貰ったばかりの飴を一つ口の中に放り込む。

塩と水飴だけで作られた余分な物の無い味はどこか懐かしい味がした。

さて、今日も1日頑張るとしますか。
0083NGシーン
垢版 |
2012/09/01(土) 23:14:00.23ID:DZTbP8HH
「おはようございます椿さん」
「おはようございますプロデューサーさん」
とりあえず挨拶をしてから問いただしてみる。
「何をしてるんでしょうか」
「おむすびを作ってます」
「おむすび? おにぎりじゃなくてですか」
「握るんじゃなくてこうやってシャリとシャリを結ぶのよぉ」
「……椿さんそれ誰に言われました?」
「この間佃島のお店で会った初対面のお爺さんに。結構背は小さかったですけど随分と迫力がありました」

うーむ噂には聞いていたが鮨の鬼神……実在していたのか……
0084メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2012/09/01(土) 23:16:08.13ID:DZTbP8HH
以上投下終了。私はツーリングで近くに行った時、大抵ここの塩を買って帰ります。
文の中で紹介した藻塩の他、普通の塩、粒の大きい塩の花、色の付いた塩なんかも取り扱っております。
せっかく出身地が設定されているのだからこういった観光案内なんかもありだと思うのです。
それでは、他にもこのネタが増えればいいなーと思いながらこれにて失礼。
0085創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/09/17(月) 23:19:08.22ID:ReOTpWHs
はじめまして、秋月涼の誕生日に向けて書いたのを投下します。(一度ツイッターで投げたのを改訂してます)
内容はりょうゆめ。DSのスタートから3年後、漫画版のエンドから2年後という設定です。
注意事項は特に無し、2年も経ってるので鈴木とロン毛が本編ほど険悪じゃ無いですって位。
12レス使わせていただきます
008618歳のプレゼント 1/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:20:20.26ID:ReOTpWHs
9月15日(土) 昼
「「「ハッピバースデートゥーユーー!!!」」」
876プロの主なメンバーが集い催されたパーティ。
事務所内・関係者のみで行われているため、
参加人数はそれほど多くはないが賑やかな宴となりそうだった。
「さあ、涼さんっ!!ふーーっと、やっちゃってください!!」
ケーキに立てられた18本のロウソクをパーティの主賓である秋月涼は一息で吹き消し、
宴は始まりを告げた。

おめでとうのラッシュが終わり、めいめいの歓談へと移ってきた頃、
愛と絵理の二人がプレゼントを渡しにやってきた。
皆が直接渡すと大変だろうからと基本的にプレゼントは別室に固めて置いてあるが、
この二人だけは特別というのが社長の采配であった。
「涼さん、プレゼント、どうぞ?」
「はいっ、涼さんっ!プレゼントですっ!」
二人からプレゼントボックスを受け取り、大事そうに抱える涼。
「ありがとう、愛ちゃん、絵理ちゃん。ここで開けちゃってもいいかな。」
「開けると、袋が邪魔になるし、中、教えてあげる?わたしのは、
前に涼さんが欲しいけど絶版になってるって言ってたの?」
「わざわざ探してくれたんだ……」
「あたしのは、涼さんのステージ衣装にも合いそうなアクセサリーです!」
「二人ともありがとう、ずっと、大切にするね!」
二人のプレゼントに感謝の言葉を返す涼。
一度ボックスに視線を落とすとえへへ、と照れくさそうに笑った。
「喜んで貰えてあたしも嬉しいです!……そういえば、
最初は涼さんと夢子さんのお二人がお気に入りって言ってた、
ちょっと大きい人形にしようかなと思ってたんでけど、
ママが『大きい物より、小物の方が良いと思うわよ』って。
そういえば、夢子さん来てないですね。」
何気ない会話の中で、この場に居る筈だった人物が一人居ない事に愛が気付いた。
「うん、用事が入っちゃったみたいで。」
「涼さん……いいの?」
涼の答えに、絵理が心配そうに声をかける。
既に二人の間柄は周囲が認めるものになっていた。
「そうですよ、折角のお誕生日なのに」
「うん、仕事の事だから。それに、後で会う約束してるから。」
大丈夫、と事も無げに答えた涼の背後に急に気配が現れた。
008718歳のプレゼント 2/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:20:50.76ID:ReOTpWHs
「あーら、面白そうな事聞いちゃった♪」
「えっ、ま、舞さむがっ?!」
気配の主は涼の首に腕を回しヘッドロック状態に移行、
えいえいと涼を小突きながら心底楽しそうに話し始める。
「夜の密会とは隅に置けないわねー、涼ちゃんもついに
オオカミさんになっちゃうのかしら?」
「ママー!こっちが恥ずかしくなるからやめてよー!」
「記念日的に考えると……十分ありえる?」
「いやいや、無いから、そんな予定じゃ無いかりゃっ?!」
愛と対照的にニヤニヤした顔を見せる絵理に慌てて反論する涼だったが、
「……等と供述しており」
更に別方向、脇腹の辺りを急に現れたサイネリアに突っつかれて悲鳴を上げる。
「全く、何いい子ちゃんぶってんですか、ほれ、
ロン毛がなにかいいたそうにこちらを見てマス」
「涼……貴男に行っておく事があるわ」
「尾崎さん……何でしょうか。」
更に現れた尾崎が神妙な顔をしている為、
体勢に問題がありながらもしっかりと向き合う涼。だが、
「避妊はシッカリしなさい!」
「貴方がしっかりしてくださいよ!」
相手の口から出てきたのはまるで駄目な発言だった。頭を抱えたくなる。
「尾崎さん、サイネリア……酔ってる?」
「こっちはセンパイのアルバム初週一位記念も兼ねてますカラ!」
「うぅ、お祝いしてくれるのは嬉しいけど……結局わたしが
二人の面倒見ないといけない……」
その後の事を考えて絵理も頭を抱えだした。
まあこちらは876では見慣れた光景ではあるのだが。
「あーっ!ママもどれだけ飲んでるの!?」
「あ・た・し・は、これくらい平気よー♪」
そう言いながら涼を離し、手に持った一升瓶を呷る。
……どこまでも規格外、世間よ、これが伝説だ。
そんな何とも言い難い感想を抱きつつ、立ち上がり視線を回してゆく。
008818歳のプレゼント 3/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:21:23.90ID:ReOTpWHs
喧噪から少し離れた所に社長とまなみが、
愛や絵理達を挟んだ向かい側にはマネージャーや、
自分たちに憧れてこの世界へと飛び込んできた後輩たちが居る。
――この876プロという風景を、
――この幸せな時間を、
――この別れ難い人々を、
かけがえの無い思い出として心に焼き付けてゆく。
一度、大きく深呼吸をする。覚悟は出来ている。後は歩を進めるだけ。
その最初の一歩を、秋月涼は事も無げに踏み出した。

「皆さん、宴もたけなわといったところですが」
壇上、と言うわけでは無いが事務所内を一望出来る場所に立ち、注目を集める。
「僕から一つ、ご報告があります。」
この言葉に事情を知っている尾崎やマネージャーがざわめく。
社長も反応していたが、溜息をついただけでその場を動かず、
それにマネージャーも倣う。唯一尾崎だけは何かを言いかけていたが
舞によって止められており、他の皆は、涼が何を喋るのか期待の目で見つめている。
――夢を語る君の言葉は銃弾となる。
――聞いた者の心に届き、力を与える、そんな銃弾だ。
ある楽曲を提供してくれた時に武田さんが言った事を思い出す。
ならば今から紡ぐ言葉は、
この宴を撃ち砕き、
彼女たちの期待を撃ち抜き、
混乱と困惑を生み出す
そんな銃弾になるのだろう。
「僕は、秋月涼は、」
ごくりと喉が鳴る。
大丈夫、あの時万の視線を前にやった事を、この事務所でもう一度やるだけだ。
最後の逡巡を終え、周りの視線を受け止めて涼はその銃弾を放った。
「876プロを去ることになりました。」
008918歳のプレゼント 4/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:22:01.40ID:ReOTpWHs
8月中旬(金)
876プロ社長室にて――
『貴方本気……なのよね、そういう子だもの。
あの件以来、貴方はどんなに無茶に思える事も成し遂げて来たわ。
私が何を言ったって聞きやしない……』
『本当に、済みません。』
『謝る時の表情も随分変わったわね。
三年前、ぴーぴー泣いてたあの子と同じだとはとても……思えないわよ?』
『あまりしみじみと思い出されるのも恥ずかしいですけれど……
でも、あれから全てが始まって今の僕がここに在るんです。
社長には感謝しています、本当に、言葉だけでは言い表せない位。』
降参ねと、石川社長は心の中で両手を挙げる。
どれ程成長して強くなっても、芯の部分は同じ、
普段愛や絵理が当時のことを話題に出すだけでもっと慌てた反応を見せている。
そういう部分も持ち合わせているのが秋月涼だ。
それがここまで動じないというのは、
今この場にそれだけの覚悟を決めて来たという事だろう。
『わかりました。……元々我が876プロは自主性を重んじる気風を持っているわ。
それは昔も今も一緒。そして、進退に関してもそれは同じ……良いでしょう。
秋月涼、貴方と876プロとの契約は現在交わしている来期分で打切りとします。』
凛とした声が社長室に響き、涼は深々と頭を下げる。
『ありがとうございます。……お世話に、なりました』
『馬鹿ね。まだ気が早いわよ。』
書類等は週明けまでに用意するから今日の所はここまでと涼を退室させ、
社長は椅子にもたれかかる。
『礼を言うのはこっちの方よ、涼。
この業界に生きていて貴方に出会えた事、本当に感謝しているわ。愛や絵理にもね』
しばし目を閉じ、これまでの事を思い起こす。
実は目尻を拭うと身を起こし、さしあたっての難題について思案を巡らせる
『愛や絵理にどう説明した物かしらね……』
009018歳のプレゼント 5/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:22:39.63ID:ReOTpWHs
9月15日(土) 夜
九月の夕闇も深くなり、街灯に照らされたベンチに腰掛ける夢子の元に
涼が駆けつけたのは当初の約束から15分程過ぎた頃、
30分遅れと言っていた割には上出来だろうに、余程急いで来たのか息を切らせている。
「ごめん、お待たせ、予定よりちょっと、時間、かかっちゃって」
「連絡くれてたし、別にいいわよ。それよりまず息整えなさい、ほら」
肩で息をしながら話す涼を制し、深い呼吸をする。スー、ハー。
それに促され涼も呼吸を深くする。

 スゥゥ……ハァァ
 スー、ハー
 スゥゥ……ハァァ
 スー、ハー
 スゥゥ、ハァァ
 スーー、ハーー
 スゥー、ハァー
 スーー、ハーー

どちらからともなく呼吸を合わせる。
ただ息をするだけの合奏が、夜の色を濃くしてゆく公園に響き、
一緒に息を合わせている夢子の心にあたたかな気持ちが湧き上がってくる。

スー、ハー
スゥ、ハー

同じように息を吸って、吐いて、たったそれだけの事がこんなにも――。
動揺から呼吸に乱れが生じ始め、それがあからさまになる直前の
危ういタイミングで漸く涼が呼吸を整え終えた。
「はーー。改めて、お待たせ夢子ちゃん」
「さっきも言ったけど、連絡貰ってたしそんなに待ってないから別にいいわよ。」
若干素っ気なく答える夢子。視線を逸らしている姿は
"気にしてないようには見えない"といった風だが、その内心は
(助かった……もうちょっと続いてたら絶対変になってたわ)
というものだったが、幸いボロが出るより先に落ち着きを取り戻し
自然に話を繋げることができた。
「こっちこそゴメンね、パーティ出られなくて。」
「武田さんからの依頼だし。うん。仕方ないよ、それに。
丁度夢子ちゃんだけに話があったから、丁度良かったよ」
そして涼がここで立ってるのも、と促し
二人は普段通るトレーニングコースを歩いて進む事となった。
009118歳のプレゼント 6/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:23:39.12ID:ReOTpWHs
「そうだこれプレゼント」
「わ、ありがとう夢子ちゃん!」
「中身は開けてのお楽しみよ」
「何だろう?わぁ、これ前に」
「欲しがってたでしょ?喜んでくれて嬉しいわ」
「うん。ひょっとしてこれ手作り?」
「そうよ、お菓子以外だって頑張れば作れるんだから」
「うわぁ……ありがとう!大事に使うね!」

会話を弾ませながら、勝手知ったるトレーニングコースを進んでゆく。
普段走り込みで折り返す地点を素通りし、
階段を登り終える頃に話題が仕事の事へ移った。
「武田さんの話って何だったの?」
「オールドホイッスルへの出演を果たした今、これから目指す物は何かって。
曲作りの為には必要な事なんですって、
これって武田さんが私に曲を作ってくださるって事かしら!」
少し前のめりに、近づいて興奮気味に話す夢子に涼は
顔だけ少し距離をおいて考えを述べる。
「武田さん、曲作りはインスピレーションだって言ってたから
すぐに作ってくれる訳じゃないと思うけど、前向きに考えてくれてるんじゃないかな」
そう思う?と言いながら更に身を乗り出すかのように、
涼の瞳を覗くようにして近づく夢子に対し、一歩距離を置こうとした涼の肩に
手が置かれ――いや、涼の肩は夢子の手に掴まれる。
「夢――」
「もう一つあったわ。涼と私の、私たちのユニットをどうするのか。」
「――っ!」
涼の表情が固まった。肩を掴む手を外そうとしていた動きが止まり、
石化の呪いでも受けたかのように硬直する。
両の瞳だけが、揺らぎながら夢子の視線を受けている。
この機を逃がすかとばかりに夢子は畳み掛ける。
ここ数週間、はぐらかされ続けていた、二人にとって大事な話を。
「もうすぐ一年になる、私たちのユニット。
涼はどうしたいの?続けたいの?それとも解散したいの?」
夢子の瞳が涼の瞳を射貫く。あえてこの質問をしたのだろう武田に対し
やられた、との思いを抱きつつ、観念して答えを発する。
それを聞いた夢子は目を見開き、そして悲しそうに表情を変えた。
「何それ……?涼の考えてる事が、分からないわよ……」
009218歳のプレゼント 7/12
垢版 |
2012/09/17(月) 23:24:11.12ID:ReOTpWHs
8月下旬(水)
小さな事務所の会議室にて――
『最近、涼が何考えてるかわかんなくって。』
夢子ともう一人だけが会議室の中に居て、向かい合って座っている。
『ユニットももうすぐ活動期間の終わりが来るし次どうするのか、
って話しようとしてもはぐらかされるばっかりで……。
別にそのまま解散したいってのでも構わないんですよ、
愛や絵理とユニット組みたいねって話もしてるし。
今更言い出しにくいって事もないでしょうに、ホントどうしたいのかしら……。』
『君たちの担当は律子なんだし、彼女に聞いてみた方がいいんじゃないか?』
夢子が話している相手は、秋月律子が立ち上げた“秋月企画”の社長であり
彼女のパートナーでもある人物で、一時期夢子のプロデュースも
受け持っていた事がある。まだ若い風貌もあり、彼のプロデュースから離れた後
夢子は私的な場所では「お兄さん」と呼び慕っていた。
『涼が変な態度とってて、プロデューサーが噛んでない
って考える程お気楽じゃ無いし、そういうもんだって分かってます。』
『それだったら、僕も一緒だと思うんだけど。』
『お兄さんなら、まだ話聞いて貰えるじゃないですか。』
『おいおい、社長を捕まえておいて愚痴を聞かせるのが目的だったのか?』
彼としては軽く言ったつもりだったが、続けていいのか
夢子は少し考えてしまったようだ。冗談さと言って続きを促す。
『私より信頼してるんですよね、きっと。そりゃ私よりずっと
長いつき合いなんだからってのは判るんですけど、でも……悔しいですよ。
今は私と付き合ってるのに。』
肩を落として寂しそうに話す彼女に、
若干もどかしさを覚えながらも軽く指摘を飛ばす。
『まあ、涼くんにもそれなりの考えがあるのさ。
桜井も、それを信じてみたらいいんじゃないかな。』
その言葉に夢子は涼を信頼し切れなくなっている事に気付かされる。
少なくとも涼は、この件以外ではずっと誠実なままだというのに。
また同時に、その"考え"を社長が知っていて話さないようにしているのだ
とも夢子には思えた。ならおそらく、話す機会はまだある筈だ。
『そうする事にします。やっぱり、話して良かったです。』
そういった夢子の顔は、先程までより随分明るいものになっていた
009318歳のプレゼント 8/12
垢版 |
2012/09/18(火) 00:00:08.49ID:1sc5M4rJ
9月15日(土) 夜
力の抜けた夢子の手から肩を解放し、一歩後ろに下がる涼。
一瞬身を震わせた夢子に逃げないから、と手を握り伝える。
そしてもう少し先へと促し、止めていた歩を進める。
先には街を望める高台があり、そこに彼らは
ちょっとしたデートの際よく訪れていたものだった。
――そしてそこは、大抵の場合その日の、終着点でもある場所だった。
「最近は、あまり来てなかったね」
すっかり夜になり、街の夜景を見下ろすこの場所へ来ても夢子の表情は悲しげなままで
「ええ、そうね」
答える声はまだ上の空といった感じで、涼の隣で力ない視線を街へ落としている。
涼が繋いだ手を離せば、その場に崩れ落ちそうに思える程の彼女だったが、
やにわに視線を上に上げると涼に向き合った。
繋いだままの手から、先程まで失われていた熱が伝わる。
「ちゃんと、話してくれるんでしょうね、今ここで。
さっきの言葉の意味、どうして876プロを辞める事になったのか、
あんたが何を考えているのか。」
交叉する視線のやりとり、頷いて握った手を一度離し、涼は空を仰ぐ。
ややあって視線を戻し、真剣な眼差しで話し始める。
「まず、“涼しい夢”は61週を以て活動を終了。
これは姉…プロデューサーと話し合ってもう決まってる話なんだ。」
「随分、一方的じゃない。私に確認すら取ってないわよね。」
夢子の抗議を受けるも、それには答えずに続ける。
「……プロデュース計画上の事もあるから、この予定は変わらない。
次に876プロを辞める理由だけど、これは次の計画が大きく関係してるんだ。」
そう言うと再び街の方へ向き、空を見上げる。
「夢子ちゃんも一度は聞いてた筈なんだけど、律子姉ちゃんがアイドルを引退して
プロデューサーになった時に、もう一つ迷っていた道があるんだ。
アイドルを辞めずに、海外へ打って出る。結局選ばなかった道だけど、いずれ
プロデューサーとしてそこへ行ってみたい。それが姉ちゃんの夢。」
「涼しい夢のプロデュースが始まった頃に、一度話して貰ったわね。
日高舞を越えられたらこのユニットで海外へ行くわよって。」
もう一年前にもなろうかという頃、社長と律子P、涼とで食事に行った時の事を
夢子は思い出す。どちらかというとこの後の惚気話の印象が非常に強く、
この話の方はあまりはっきりとは記憶していなかったが、
日高舞の事については普段からユニットの目標にしていたので覚えていた。
「うん。でも結局、舞さんを越える事は叶わなかった。
だから、涼しい夢はこのまま解散になる。そして姉ちゃんの次のプロデュースは」
夢子が首を向け、涼の視線の先を見る。
「まさか。」
言葉の続きを察しながらもそう言わずには居られなかった。
今の話に上った出来事だけ組み合わせて考えれば、そうなる筈がないのだ。
しかし、視線を戻し見た涼の眼はまっすぐに、強固な意志を灯している。
「海外へ、打って出る。765プロの子会社的な秋月企画じゃなく、
新プロダクションの社長兼プロデューサーとして。そして……」
涼が夢子に向き直る。再び交叉した視線が、
咄嗟に逃げ出したい衝動にかられた夢子を射貫き、縫い止める。
「僕は876プロからそこへ移籍する。そして姉ちゃんの夢を叶えたい。」
009418歳のプレゼント 9/12
垢版 |
2012/09/18(火) 00:03:10.26ID:ReOTpWHs
秋月涼の宣言。つまりこれは止めようのないことで、
涼がここから居なくなるという未来を夢子は突きつけられたという事になる。
「……どうしてよ。」
それでも、抗う。もう昔のように、突きつけられた事実に悲嘆し、
誰かに助けて貰うまで鬱ぎ込んだ私じゃない。今ここで、全てを、ぶつけてやる。
止められないなら、ひっくり返してしまえばいい!
「納得行かないわよ!日高舞に勝ったらって言ってて、勝てないまま
ユニットを解散して、それで何であんた一人を伴って行くってなるのよ!
私が足手まといだったとでもいうつもり!?」
「オールドホイッスルにまで出た夢子ちゃんが足手まといなんてあるわけ無い!
そういう事じゃなくて、今この時期がチャンスなんだ。
僕達が向かう先で、ある大物が引退することになって、
そこの市場が戦国時代みたいな状態になるって予想されているんだ。」
「こっちで言えば、日高舞がまた引退したら次の暗黒…IUは
誰が取るか分からないっていうみたいな状態ね。
……でも、そこに行って一から始めて、やっていけるっていうの?」
「実は既にネットをうまく使ってある程度のファンを確保してるそうなんだ。
だから一からじゃなくって、それで姉ちゃんはやっていけるって。」
「くっ……さっきから姉ちゃん姉ちゃんって、あんたはそれでいいの?
一歩間違えれば、あの女の夢と一緒にあんたも潰れるかもしれないのよ?」
「姉ちゃんはこうも言ってた、『あんたが成長を止めない限りは』って。
僕はその信頼に応えたい。それに色々あったけれど、始まりの時も、
オールドホイッスルでの発表の時も、僕を助けてくれたんだ。
今僕がこうしてアイドルをやって、だれかの夢へのひと押しを続けていられるのも、
姉ちゃんのおかげだから。借りた恩は返さなくちゃいけない、今がその機会なんだ!」
「じゃあ、じゃあっ!」
3戦3敗、涼は止まらない。夢子も止まらない。
まだもう一つ残っている、自らも身を切るような諸刃の剣が。夢子はそれを握りしめ
「どうして私には何の相談も無かったの!」
振りかぶり
「私の事はどうだっていいって言うの!」
血を流しながら打ち下ろした。
「涼は私を、どう思っているの!?」
009518歳のプレゼント 10/12
垢版 |
2012/09/18(火) 00:04:37.23ID:1sc5M4rJ
振るわれた剣を受けた涼が表情を変える。だがそれは
夢子が予想していたような表情とは違った。夢子の言葉に怯んだ表情ではなく、
夢を語る表情とも、
先を見据える表情とも違う、
夢子が見た事のない表情。
それは過去、男性への転向を諫めに来た律子と石川社長にしか見せたことのない、
決意と題された表情だった。
「さっき夢子ちゃんは、僕の考えが分からないって言っていたけれど、
僕も夢子ちゃんの考えが分からなくなった時期があるんだ」
一見関係のない話、だが初めて見る涼の表情に射竦められた夢子は
黙って話を聞いていた。聞くしかなかった。
「武田さんから貰った、オールドホイッスルへの僕との出演オファーを君が断った時、
それがどうしてか僕には解らなかった。一緒に夢を叶えてあげられると信じてたから。
もしかして、僕と一緒っていうのが気に入らなかったのかって、落ち込んだりもした。
考えても、悩んでも分からなくって、義従兄さんにも相談したりして。
正直、涼しい夢をやってる間も、付き合いだしてからも、ずっと引っかかっていて。
結局自分の間違いに気付いたのは、6月にオールドホイッスルの話を聞いた時だった。
君は、引き上げようとする僕の手を取らずに自分で上っていく事を選んだんだって。
そうして、僕を追いかけてくれて、隣に居てくれてるんだって、
その時漸く分かったんだ。」
「その少し後に、姉ちゃんから今度の話を出された時に僕がお願いしたんだ。
夢子ちゃんには教えないでって。この話をしたら、きっとユニットとして
一緒に行ってくれる、だけどもう君は僕と一緒にいないでもやっていける、
それを知っていたから、あえて僕だけの話として進めたんだ。」
「理由に、なってないわよ……」
夢子は涼がつい最近までそんな悩みを抱いていたなど、当然知る由もなかった。
そしてそれを打ち明けてくれなかった事に、酷く落胆していた。
私は結局、信頼されていなかったという事?諸刃の剣が、自らに突き立っていた。
それでも絞り出すように反論する。彼女にも意地があった。
どんなになろうと、全てをぶつけ、全てを吐き出させる。
そこまでやらなければきっと後悔する。
「私に一言も言わない理由にはならないわよ!」
一息に呼気と共に吐き出す。どうであろうとも、その理由を言わせなくてはならない。
怒りや寂しさをない交ぜにした感情を乗せて、渾身の一撃とする。
それを受けた涼は、理由を、言葉にした。
「君に、来て欲しくなかったんだ。」
009618歳のプレゼント 11/12
垢版 |
2012/09/18(火) 00:06:47.75ID:1sc5M4rJ
夢子の思考が止まる。額を銃弾に打ち抜かれた上に、
身動きを取れなくされたかのようだった。
「どう……して……」
真っ黒になった思考で理解が追いつかず、反射的に口から零れ出た言葉に涼が答える。
「僕が……」
決意の表情に、少しだけいつもの気弱そうな表情を覗かせて、涼は、
今日一番の勇気を振り絞って、本当に言いたいただ一言の為に言葉を綴る。
「僕が!君を連れて行きたいからっ!」
「アイドルユニットとしてじゃなく」
「アイドル仲間としてでもなく」
「ただ僕が、僕の為に」
「君と一緒に行きたいんだ!」
「だから、今日になったから言います!」

「桜井夢子さん。僕と、秋月涼と一緒になって――僕に君を下さいっ!」
009718歳のプレゼント 12/12
垢版 |
2012/09/18(火) 00:09:57.33ID:1sc5M4rJ
一気に捲し立てられた夢子の思考は、今度は真っ白に染まっていた。
涼が何を言ってるのか、理解も咀嚼もできず、マイナスのどん底に沈みかけた感情を
制御できる理性は最早残っておらず、哀しさを主成分にした涙が流れ落ちる。
その涙を、こちらも余裕のない涼は推し測る事が出来ず、
ただ夢子が口を開くのを待っている。
――しばしの沈黙
漸く、涼が何を言っていたのか理解が追いついてきた夢子は
次々と湧き上がる様々な感情を整理する必要にかられ、即座にそれを放棄した。もう、こんなバカな事に真面目につきあっていられなかった。

パアァァァン!

改心の一撃。芸能人にとってタブーである顔への一撃を躊躇なく入れる。
後ろに転びそうになった涼の襟を掴み、引き寄せる。
「何それ!そんなこと言いたい為にこんな事して、
私だけじゃなくてこれ絶対律子さんやお兄さんにも心配とかかけてるわよ!
結局あんたの我が儘で皆振り回してるんじゃない!
何が『来て欲しくない、連れて行きたい、君を下さい』よ!
それがあんたの中でのイケメン?自分の言葉に酔ってるだけじゃない!
あんたみたいな残念イケメンに誰がついていくもんですか!」
先程の涼など及びもしない勢いで、襟を掴んで前後に揺らしながら捲し立てる。
「あんたなんかに、あんたなんかに私はあげない!」
揺れ動かしていた手を止める。ブンブン振られていた涼が顔を向けるのを待つ
「あんたは私に、一生貰われてなさい!!」
涼の顔が夢子に向き、目と目が合う瞬間、夢子の唇が涼の唇に重ねられる。
湧き上がる怒りを放出し終えた夢子の瞼から、漸く嬉しさの涙が溢れてきた。

0098創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/09/18(火) 00:10:42.97ID:1sc5M4rJ
途中規制に引っかかり時間が空いてしまいましたが、以上で投下を終了させていただきます。
まともにSS書くの初めてなので、宜しければ気になった所などご指摘いただければ幸いです。
0099創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/09/27(木) 23:41:52.91ID:p8Jy3yPG
>>84
ほかほかSSごちそうさまです。美希の中の人あたりもよだれをたらしていることでしょうw
新潟は親戚筋がおりまして、コメと酒ではたいそうお世話になっております。
うまいごはんを作る土地は、きっとそいつをさらに旨く食うための工夫ももりだくさんなのでしょうな。
シンデレラの皆さんは日本全国に散ってますから、いろいろと工夫のしがいはありそうです。
地元でも故郷でもないですが一時期住んでた北海道大好きなので
北国アイドルでなにか考えてみようかな、などと。


>>98
グッドりょうゆめ!爆発したらいい。
初SSとは思えないお腕前、うらやましいですw
涼は確かに気遣い優先で策略巡らして結果的に誰も得しなかったみたいな役回りが似合います
(損する人もいないのですが)。この辺も秋月の血なのでしょうかね。
そんな不甲斐ない相手に業を煮やしてやっぱり自分で動いてしまう夢子ちゃん。
ぶっちゃけこんな女の子に想いを寄せられたい。
いいお話をありがとうございました。ごらんのとおりの閑古ど……お、落ち着いたスレですが
よろしければまたいらしてくださいまし。
010096p
垢版 |
2012/09/28(金) 16:17:05.26ID:U5//mQAj
遅まきながら前回のssを読んで下さった方々に感謝いたします。
メグレスPを始めとして書き手のみなさんが、シンデレラガールズの
ssを書いているのを見て、1やSPなどから比べれば、あまりに少ない
セリフやシナリオを元に、よく話を作れるものだなあ、と感心している
ばかりだったのですでが、ちょっと気になるキャラがいましたので、
一度挑戦してみることにしました。6分割になります。
0101[1/6]
垢版 |
2012/09/28(金) 16:17:57.55ID:U5//mQAj
What training?

 ティーンエイジのアイドルをたくさん抱えるうちのプロダクションは、事務所の外に
レッスンスタジオを借りている。そこにはうちと契約した、レッスンを専門に受け持って
くれる人たちがいて、アイドルたちの能力や基礎体力、つまり持久力だの瞬発力だの、
腹筋だの背筋だのを鍛えてくれるというわけだ。なにしろ、歌うにしても踊るにしても、
今のアイドルは相当の体力を要求されるのだから、歌唱力とか演技力とか、そういう
ものの他にも、こういった力をつけておくのは、重要というか必要だ。
 おれがプロデュースしているアイドルたちを鍛えてくれるのは、そのうちの一人で、
みんなは彼女をたんに「トレーナーさん」と呼んでいる。
 今のプロダクションに入って少し経ったころ、おれは社長にこう言われたことがある。
「君が担当するアイドルたちと、恋愛関係になってやしないかね」
 さも心配そうに訊くので、おれはなんの冗談ですか、というように笑って答えた。
「年の差だってあるし、こんなの向こうで遠慮しますよ」
「それがそうでもなかったりする。それほど広くないこの業界の中で、一緒にいる
時間の一番長い人間に好意を持つのはきわめて自然なことだしね」
 そういうものだろうか。おれはヘタな冗談を続けるつもりで訊いてみた。
「別なプロダクションのアイドルとかはどうなんです?可能性は低いでしょうけど、
会社には迷惑かからないんじゃないですか?」
「ところが、それで移籍騒ぎになることもあってね。あまり好ましくない」
「つまり社内も社外も恋愛沙汰は禁止というわけですね」おれには別に関係ないですよ、
という口ぶりで言った。
「そこまでは言わないが、うちの会社のマイナスにならないと判断できるようになるまで、
できれば控えてくれるとありがたい」
「とすると、プロダクションとは関係ないところで彼女を作らないといけないことに
なりますね」おれは笑って肩をすくめた。
「まあそういうことだ。もっとも、君の相手がうちのアイドルたちと顔見知りだったり
すると、困ったことになる可能性もあるがね。まあ、気をつけてくれ」
 困ったこと?…どういうことだかさっぱり意味がわからない。要するに、くだくだしく
説明しているようだが、社長の言わんとしているのはこういうことなんじゃないのか。
『ばれないようにやってくれ』
 そういう意味に理解したおれは、だから、今付き合っている彼女のことを誰にも
教えたことはない。彼女とは、さっき説明した、うちのアイドルたちがお世話に
なっているトレーナーさんだ。
 彼女と付き合い出したのはそれほど前じゃない。彼女が仕事以外にも、アイドルたちに
なにかと世話をやいてくれるものだから、お礼にお昼をごちそうしたり、どこかへ遠征に
行った時にはおみやげを買ってきたりとか、まあそんなところから、ぽつりぽつりと
始まって、まだ数ヶ月というところだ。
 おれたちはおたがいに、普段名前を呼んだりしていない。あくまでトレーナーと
プロデューサーの付き合いでしかないように見せかけている。だから、レッスン中は
もちろん、日中どこかでばったり会ったとしても、おれは「トレーナーさん」としか
呼ばないし、彼女も「プロデューサーさん」と呼ぶ。こうやっていれば、誰もおれたちが
付き合っているだなんて思わないだろう。
0102[2/6]
垢版 |
2012/09/28(金) 16:18:50.60ID:U5//mQAj
 付き合い始めのころ、彼女が「私も同じ事務所に通ってたらもっと顔を見られるのに」
と冗談めかして話すので、うちは社内恋愛御法度だよ、と社長の話を面白おかしく
説明した。すると彼女は「じゃあ、私も協力しないといけませんね」と笑いながら
言ってくれた。おたがい気をつけているおかげで、今のところ気づいた人間のいる
様子はない。ただ、同じようにトレーナーをしている彼女の姉妹は、おれたちのことを
それとなく知っているのかも知れないが。
 彼女は、アイドルたちがレッスンをしていると、「ほら、プロデューサーさんも
一緒にやった方が、みんなのやる気もアップしますから」と言って、おれにも
トレーニングを半ば強制する。背広を脱いで、しぶしぶ運動しているおれにやる気を
おこさせようとでも思ったのか、ある時、彼女はトレーニングウェアをプレゼント
してくれた。
 ねまき代わりの安いジャージしか着たことのなかったおれは、彼女の用意してくれた
ものを着てみてびっくりした。軽くて汗がむれなくて、しかもいろんなところが
やすやすと伸び縮みして、まさにジャージではなく、トレーニングウェアという感じだ。
 彼女は「安物ですから」と奥ゆかしそうに笑っていたが、そうでないのは確実だ。
そのお礼に、また今度はこっそりと、時間の遅いディナーをごちそうしたり、その後で
酒を飲みにいったりと、まあそうやって、人目を忍んで付き合いを続けている。
 しかし、そういうことを人に言わずにいたり、知り合いに見つからないようにすると
いうのは、なかなかにストレスのたまるものらしく、酒が入ると、少し眠たげに見える
切れ長の目をさらに細めて、「彼氏がいる、って友達に自慢したいなあ…」
とか言ってくる。そんなところを見ていると、可愛いなあと思ってしまう。
「話しちゃったら?」酒の席ではなかったが、彼女が同じ話をした何度目かの時、
おれはそう答えた。
「え?」彼女はきょとんとした。
「いや、おれたちのことをさ。うちの社長に気がねするのもいいかげん面倒だしね」
おれは本音を言った。はっきり言って社長は心配のしすぎなんだ。現実的に考えて、
プロダクションのプロデューサーが、会社と契約しているトレーナーと付き合って
たって、なんの問題もないはずだ。
 ところが彼女は、おれの顔をじっと見つめたあげくに、
「やっぱり黙ってることにします」と首を振った。
「どうして?」
 彼女はちょっぴりすねたような表情をした。
「みんなが知ったら、がっかりしちゃいますから」
「みんな?…ああ、うちのアイドルたち、ってこと?いや、別に誰もがっかりなんか
しないと思うけど」
「そんなことないです。みんなが『プロデューサーさん』って呼ぶときの顔見たら
わかりますよ」
「そうかなあ。おれのことはみんな、たんなる世話係くらいにしか思ってないよ」
「…鈍感」そう言いながら、彼女は人さし指でおれの左胸をぐっ、と押した。
こころなしか、指先の温度がいつもより高いような気がした。
「やっぱり、私はみんなのマイナスになることはしたくないんです。社長さんが
おっしゃったのも、たぶんそういうことなんだと思いますし」
「まあ、黙ってる方がいい、っていうならそうするけど…」
 なんだか秘密を守る立場が逆になってしまったようだが、結局、今までと変わらず
内緒にすることにした。彼女もちょっと考えすぎだと思うけど、それで本人が
納得するなら構わない。
0103[3/6]
垢版 |
2012/09/28(金) 16:19:36.19ID:U5//mQAj
 もらったトレーニングウェアを着て、みんなと一緒にレッスンするようになっても、
さすがに現役のアイドルたちと同じメニューはしんどいので、簡単なストレッチとか、
そんなのでお茶をにごしていたら、トレーナーさんににらまれてしまった。
 彼女はアイドルたちにいろいろ指示を出しながら、合間を見ておれの方へ
やってくると、「じゃあ、前屈運動してみましょうか」ときた。床に座って足を
伸ばすと、トレーナーさんはおれの肩に両手を当てて、ぐっと押した。ところが
おれの体はなにしろかたいので、彼女が押してきても45度くらいしか曲がらない。
「プロデューサーさん、体がかたいですね」
「それには自信があります」
 彼女の手がゆるむと、おれの体の角度が90度に戻った。
「もう少しがんばってみましょうか」
 もう一度肩に手をかけ、彼女は自分の体重をおれにあずけるようにして、ゆっくりと
のしかかってくる。次第に強くなる脚の痛みとともに、さっきより自分の体が
曲がっていくのを感じたが、彼女の上半身がおれの背中に密着しているせいで、
そんなことどうでもよくなってしまう。
「はい、よくがんばりました」と言って彼女が離れたので、おれは痛む脚をさすりながら
立ち上がった。
「見ててくださいね」
 トレーナーさんは床に座り、足を伸ばして、ぐーっと前屈をした。彼女の上半身と
下半身は、時計の長針と短針が重なったときのように、腰を軸にしてぴったりと
くっついた。
 おれは彼女の体の柔らかさに感心して、思わず手をたたいた。それに気づいたのか、
「すごーい」とみんなの声が聞こえた。
「これを目標にしましょう」そう言いながらトレーナーさんは上半身を起こした。
みんなはレッスンの途中だったが、トレーナーさんのまわりに集まってきて、どうすれば
そんなに柔らかくなるんですか、と質問を始めた。
「それはですね…」トレーナーさんは家で簡単にできる柔軟ストレッチの方法を、
実技を交えてていねいに説明していく。それが終わると、他の子が別な質問をする、
というようになり、いつの間にか、運動関連はもちろん、健康面の質問もプラスされ、
先生と生徒の相談室みたいになってしまった。
 本当はおれが注意してレッスンを続けさせるべきなんだろうが、まあ、こういう
息抜きもたまには必要だろう。
0104[4/6]
垢版 |
2012/09/28(金) 16:20:25.67ID:U5//mQAj
 こんなふうに、普段はレッスンスタジオでしか顔を合わせることのない彼女だが、
何かの用事で、うちの事務所に顔をだすこともある。その日、おれはちょうど
事務所にいて、みんなから相談を受けていた。
「…それはやっぱりすいている時間帯を選んでもらうしかないなあ。さすがに
通学の時だけは、全員を送っていったりするわけにいかないしな」おれは自分の
イスにかけたまま、ソファに並んで座っているみんなへ向かって言った。
「なるべく車両を選んで乗ったりするようにはしてるんですけど」
「そうだな。まあ、どうしても安心できないようなら、その時はこっちで車を出すから
携帯に電話してくれ」
「おはようございます!」その時、トレーナーさんが元気よくドアを開けて入ってきた。
みんないっせいに「おはようございまーす!」と彼女に頭を下げた。おれも彼女に
あいさつする。
 顔を上げた一人が、いきなりトレーナーさんに話しかけた。
「ねえねえ、トレーナーさんて、胸とかお尻とか、さわられたことあります?」
「えっ?」彼女はびっくりして硬直した。
「あります?」
「え、え、えーと、その」彼女はおれの方をちらりと見てから、小さな声で言った。
「あ、あるっていうか…その…」彼女の顔はまっ赤だ。
「やっぱりあるんだ…」
「変な気持ちしませんでした?」
「へ、変な気持ち?」トレーナーさんは体を少しよじった。
「やっぱりイヤですよね、そういうのって」他の子も訊く。
「え、えーと、なんていうか、その、へ、変な、って言えば変だけど…別に
イヤっていうか…」彼女の声はだんだん小さくなり、男の子に初めて手を握られた
中学生の女の子みたいに、耳までまっ赤になっていた。
「私の友達、この間も電車でさわられたんですよ」
「あ…ち、痴漢の話…ですか」トレーナーさんは肩を落とし、息を大きくついた。
 おれは笑いをこらえるのにひと苦労だった。トレーナーさんはおれの表情に気づき、
口をきゅっ、と尖らせてから、「そういう時はですね…」と痴漢対策の話をし始めた。
顔の赤いのはすっかり元通りになり、アイドルたちを大事にしてくれる、頼れる
お姉さんの表情だ。おれはなんだかとてもうれしい気持ちになった。
 しかし、それで話を終わらせるほど、トレーナーさんは甘くなかった。彼女が用事を
すませてうちの事務所から帰る時、ついでにちょっと外で立ち話でもしようと思い、
一緒にドアから出たが、そのとたん脇腹を思い切りつねられた。
「あいたっ!」
「どうしたんです、プロデューサーさん。筋肉痛ですか?」
 彼女は眉をVの字型にしながら、楽しそうに笑顔を浮かべている。さっきおれが
笑った敵討ちのつもりだ。きっと後で、思い出し笑いをしていたことだろう。
 まあ、そんなこともあったりする毎日で、アイドルたちはトレーナーさんのおかげで
次第にスキルアップしていくし、トレーナーさんとの付き合いもだれにも知られず、
万事順調というところだ。
0105[5/6]
垢版 |
2012/09/28(金) 16:21:09.66ID:U5//mQAj
 うちのアイドルたちが次第に有名になってくると、それに従って、取材の件数も
増えてくる。その日も、雑誌社から『アイドルたちの一日』みたいなタイトルでの
取材申し込みがあった。「一日」といっても、朝来て取材して夜帰る、というわけじゃ
なくて、朝に仕事がある日は朝の分を、夜に仕事がある時は夜の分を、というふうに、
何日かの仕事やレッスンを切り貼りして、一日相当の分量を作っていくという
企画らしい。
 当日取材にやってきたのは、以前顔を合わせたことのあったフリーのライターで、
どうにもいけすかない人間だった。おれに権限があったら出禁にしたいくらいイヤな
やつなのだが、今回はフリーの立場を利用し、出版社の委託ということで、カメラマン
兼任でやってきた。なので、そいつが来るとは直前まで知らなくて、取材を断わることも
できなかった。
 ヤツは出版社の下請けの他にも、ゴシップ雑誌にいろんなネタを売るのを得意と
しており、うちのアイドルと誰かが付き合ってるだの、誰と誰が仲が悪いだの、
そういう方向の話を根掘り葉掘り訊いてくる。確かに、こういうやつがいるんじゃ、
社長の心配もあながち的外れではないのかも知れない。
 ヤツはやってきた時に、開口一番、ごていねいにも
「プロデューサーさんは、歌手やアイドルのみなさんとさぞかし仲がよろしいと
思いますが、どなたか特別に親しい方はいらっしゃいますか?」ときやがった。
「もちろんみんなとは仲良しですけど、それは仕事仲間というだけのことですよ」
 ヤツはふむふむとわざとらしく小刻みにあいづちを打ちながら、誰かこちらを
見ているアイドルがいないかどうか、目だけきょろきょろと、いやらしそうな視線を
事務所のあちこちに走らせた。はなからこちらの言い分なんか信じちゃいないようだ。
 むかつくやつだが、どんな場合でもメディアのゴシップネタになるのは得策じゃない。
たとえおれがうちのアイドルたちと付き合っていないとはいえ、ヤツにはどんな些細な
疑惑も与えないようにしなければならない。
 おれが非協力的だったこともあってか、ヤツは思ったようなゴシップを嗅ぎ取れず、
イライラした態度を見せるようになった。取材の合間に、おれにもいろいろと話を
訊いてくる。訊いてくるというより、おれを怒らせようとしてつっかかってくる感じだ。
 なにかトラブルのニオイでもあったら、全部おれのせいにして『このプロダクションの
プロデューサーは手腕に疑問あり。これではアイドルが気の毒だ』みたいな記事を
こしらえるつもりなのかも知れない。おれがのらりくらりと話をかわすと、今度は
社長や会社の同僚、果ては出入りしている取引先の人間にまで、おれの失敗談みたいな
ものをききやがる。
「いやあ、そういうちょっと笑えるようなネタも、読者には楽しいものなんですよ」
 プロデューサーのネタなんか楽しいわけがあるか、チクショウめ。
 取材も3日めになり、もう今日の午後の分で、はいさようなら、というところまで
やってきた。ヤツはますますいらだっているように見えた。ゴシップはもちろん、
思うようにおれの悪口のウラが取れないせいだろう。ざまをみろ。
 最後の取材記事であるアイドルたちのレッスンももう終了時刻が近く、ヤツの取材も
じき終わりだ。ようやくこれでおれもホッとできる。
「はい、では今日のレッスンはここまでです」
 トレーナーさんが手を打って終わりの合図をする。うちのアイドルたちは、はああ、
と大きな深呼吸をしたあとで、「ありがとうございました」と彼女に頭を下げ、更衣室へ
入っていった。
0106[6/6]
垢版 |
2012/09/28(金) 16:23:08.90ID:U5//mQAj
 まさか更衣室の盗撮はしまいと思いつつ、ヤツの姿が見えないので、心配になって
探してみると、スタジオの隅でトレーナーさんと話をしている。おれは頭に血が
上りそうになった。自分の彼女が、あんなやつに話しかけられているのを見るだけでも、
無性に腹が立つ。
 しかしトレーナーさんの立場にしたら、うちのアイドルたちの取材をしている記者とも
なれば、ぞんざいには扱えない。へたな態度をとったら、おれに迷惑がかかるかも、
という配慮を彼女はするはずなのだ。
 まあ、それにおれのことじゃなく、普通は取材先のアイドルのことを訊いていると
思うし。
「…そ、それはよくわかりませんが」
「そんなことないでしょう。しょっちゅうここへ来て、みんなを監督している人
なんですから、あなただって何度か話をしたことくらいあるはずでは?」
 違った。やっぱりおれのことを訊いてやがる。しかし、もうここで今回の取材は
最後なんだから、ヘタに騒いでもプラスにはならない。
「どうかされましたか?うちの子の取材はもういいんですか?」
 トレーナーさんは、『私、何も言ってませんからね』とおれにアイコンタクトを
よこした。むろんそれはよくわかっている。
「いやあ、アイドルをたくさん抱えているプロデューサーさんの武勇伝なんか
ないものかと、伺っていたところです」
「武勇伝なんかありませんよ。おれはただのぼんくらプロデューサーですから」
「残念ながらそうなりますかねえ」いやみたっぷりの記者の言葉に、そんなこと
ないです、と言いたかったのか、トレーナーさんは、むう、と口をとがらせた。
普段からおれとの付き合いを隠しているストレスに加え、こんな妙な人間におれの
悪口を言われて、頭にきているのだろう。
 今まで誰にも内緒にしていた彼女との付き合いを、こいつに知られるのもしゃくだし、
ヤツのことだから、「アイドルのめんどうを見ないで女と遊んでいるプロデューサー」
みたいな話をでっちあげる可能性もある。そんなことで事務所やアイドルたち、
それにトレーナーさんの評判が落ちてもつまらない。万一、社長や会社の人間に
知られたとしても、こいつにだけは悟られてなるものか。ヤツはおれから反論が
なかったことに調子づいて、話を続けた。
「プロデューサーさんは、今日は見ているだけみたいでしたが、普段はみんなと一緒に
運動なんかもするらしいですねえ」
「運動不足にならない程度にですよ」おれは片手を振った。
「まあ、若い子とおんなじ運動量だと息切れしますかね」あはは、と笑いやがる。
ヤツの後ろでは、トレーナーさんがぷるぷる震えながら、唇をぎりりと噛んでいる。
ヤツはますます調子に乗ってくる。
「瞬発力はともかくとして、持久力はなかなかつきにくいですから、過度の運動で
心臓発作になったりしないよう、気を付けられた方がよろしいのでは?」
 おれがその話をかわそうと口を開きかけた時、いいかげん、がまんの限界だった
トレーナーさんは、ぐっと拳を握りしめて叫んだ。
「そんなことないです!プロデューサーさんは、すっごくスタミナあるんですから!」
 そう言った後で、彼女が耳までまっ赤になったのを、ヤツに気づかれてないといいんだが。



end.
0107レシP ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/20(土) 15:24:07.85ID:nl1oLDXd
>>100
いいお話ゴチであります。トレーナーさんは一部の層に不思議な人気がありますな。

この人に限らずシンデレラーズはそれまでのアイドルより年齢層が幅広いのが魅力的であります。
酒の香る話やオトナの恋愛トークなんぞも楽しめるようになり、アイマス二次の可能性は
ますます広がった感じです(あ、今まで以上にちいちゃい子も多いのでそっち方面も楽しみです)。

それはそれとしてなんですかこの大人かわいいトレーナーさんは! 俺にも股割りお願いしますw



そして新しいのできました。
あずささんとやよいで本文4レス、タイトルは

 ‖

です。
いや文字化けじゃないですよ。

 ‖

なんです。
えーその、はじまりはじまりー。
0108‖ (1/4) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/20(土) 15:25:01.46ID:nl1oLDXd
 三浦あずさが事務所に着くと、応接セットのソファに先客がいるのを見つけ
た。タレント仲間の高槻やよいである。
 いつもならドアを開けて挨拶をすればまっさきに元気な声を聞かせてくれる
可愛らしい同僚であるが、今日はなにやら他のことに気を取られているようだ。
深く腰かけて前屈みになり、束ねたプリントアウトに見入っている。
 きわめつけは眉間のシワである。やよいの両の眉の間に、見事な縦線が刻まれて
いるのだ。
 あずさはつとめて明るく、話しかけながら向かいのソファに腰を下ろした。
「おはようございます、やよいちゃん。外はいいお天気ね」
「はわっ、あずささん!おはようございますっ」
 声を聞いてようやく気付いてくれたようだ。バネ仕掛けのおもちゃのように
飛び上がると席を立ち、深々と頭を下げてくれた。
「ごめんなさいね、驚かせちゃった?ずいぶん夢中だったのね」
「あ……すみませんあずささん。来たの気付かなくて」
「いいのよ。学校の宿題?」
「これですか?いえ、学校じゃなくて、プロデューサーっていうか」
「プロデューサーさん?」
 差し出された紙束を見せてもらい、なるほどと思った。譜面と歌詞……彼女が
新しく歌う歌の資料だった。
「あ、今度の特番で歌う曲ね。聞いたわ、やよいちゃん大物歌うのよね」
「ええ、そうなんです」
 765プロが手がけているスペシャル番組で、やよいをはじめ事務所のアイドル
たちが歌を披露することになっていた。選曲は宣伝の際に発表されており、
あずさももう自分の分をもらって練習に入っている。
「やよいちゃんがカバーする歌の原曲、私もCD持ってるのよ。素敵な楽曲に
出会えるのは嬉しいものよね」
「わたしもプロデューサーに借りて聞きました。最後のほうなんか泣いちゃい
そうになっちゃいました」
 やよいが手がける曲は、あるシンガーソングライターが自伝的に作ったもの
だった。長尺の歌だがテレビでもフルコーラスで放送され、国民的な知名度がある。
「やよいちゃんが歌い上げるの、私も楽しみにしているわ」
「はっ……は、はい」
 あずさにとってやよいは妹のような存在だ。小さな体で元気一杯に走り回る
ステージングは心が浮き立つし、舌足らずながら観客に向けてまっすぐに響く
歌唱スタイルは聴く者の心を力強く握り締め、一緒にどこまででも行ける勇気と
エネルギーを貰った気分になる。
 ところが今日は、そのやよいの様子が変だった。あずさは先の苦悩の表情を
思い出した。
「もしかして……うまくイメージ、できないでいるの?」
「あうぅ」
 どうやら、これだ。小さくうなずくやよいを見てあずさは理解した。彼女は
この曲を、どうやって歌ったらいいか思い考えあぐねていたのだ。
「あらあら。やよいちゃんがこんなに悩むなんて珍しいわね」
「あ、でもでも、これすっごく素敵な歌だなーって思うんですよ?小さな頃の
思い出や、大人になってからのいろいろがぎっしり詰まってて、この曲を選んで
もらえてすっごく嬉しいんです。でっ、でも」
「でも?」
「でも……わ、わたしなんかがみんなの前で歌っていいのかな、って、ちょっと
思っちゃって」
 彼女が悩んでいたのは、こういうことだった。
 生まれた環境も人となりも違う人物が、自分の経験をもとに半生をかけて
作り上げた曲。その中には歌い手の本人にしかわからない人生の機微や、その
当人同士でしか伝わらない細かな関係性が込められている筈だ。
 そして言うまでもなく高槻やよいの半生にはそれらが、ない。
「そんな大事な歌なのに、そういう経験のないわたしがこの歌を歌ったら……
この歌のファンの人たちがガッカリするんじゃ、って」
「そう」
0109‖ (2/4) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/20(土) 15:26:00.42ID:nl1oLDXd
「せっかく選んでもらった歌だから頑張って歌おうって思うんですけど、その
ことを考えると、どうしてもうまい歌いかたが思い浮かばなくて」
 あずさにも覚えがあった。歌を職業とすることを目指すとその最初のレッスンで、
カラオケとの心構えの違いを教わるのだ。普通の人がカラオケ店で、伴奏に
合わせて気軽に歌を歌えるのなら、歌手たる彼女らはどう歌えばよいのか、と。
「やよいちゃんのおうちは、おばあちゃんは?」
「あ、いえ、いないです」
 一人っ子のあずさにとってやよいが話してくれる大家族の暮らしはとても楽しい
ものだったが、思い返してみれば祖父母の話題は上ったことがなかった。
「ふうん、やよいちゃんひょっとして、原曲のエピソードと共通点が」
「……そう言えば、お掃除もいやじゃないですし、家族と別れて暮らしたことも
ありませんし、関西弁もわかんないです」
「五目並べ、したことある?」
「オセロなら大好きですよ?」
「鴨南蛮は……」
「あの、お蕎麦屋さんのちょーこーきゅーメニューですよね、し、知ってます!」
「……いっそすがすがしいわね。うふふふ」
「あずささあん」
 きっと彼女は大人になっても独り暮らしなどせず、よしんば恋人が出来ても
家族を大切にし、素直な明るい娘のままなのだろう。目の前で眉間のシワを再び
刻み、困った顔ですがるような眼をしているやよいに悪いと思いながらも、
あずさは頬がほころぶのを止められなかった。
「……でも」
「はい?」
 もちろんあずさにも、このまま彼女をからかって終わるつもりはなかった。
額の縦線はアイドルとしてそぐわしくない表情だし、なにより困っているやよいを
放ってはおけない。笑顔のニュアンスを変え、目をすがめてやよいににじり寄る。
「やよいちゃんもなかなか隅に置けないわね」
「え?なにがですか?」
「だって、少し前に私の『9:02PM』をカバーしてくれてるわよね。ということは
今回の曲はむつかしいけれど、会いたいけど会えない、忍ぶ切ない恋心なら解って
歌える、っていうことじゃない」
「え……えええっ?」
 765プロでは、タレント同士が持ち歌をカバーし合うプロモーションを採用して
いる。規模の大きくない事務所の資産を効率よく活用するための苦肉の策だった
が、本来のアイドルのイメージと違う曲を歌う面白みが評価されている。その曲は
あずさの持ち歌で、一人寝の夜に恋しい人を思って切なさを募らせる女性の
心もちを綴る内容の歌詞だった。
「一緒に練習もしたもの、私もよく憶えているわ。サビの『逢いたい』からの
あふれ出る思いなんか、私より感情が押し出されていて迫力があったし」
「そ、そ、そそんな、あずささんっ!」
 案の定やよいはあわてている。実際のところ、歌唱スタイルの大きく違う二人の
カバーはお互い、その『面白み』ばかりが取り沙汰されることのほうが多いのだ。
「真ちゃんのエージェントや美希ちゃんのrelations、あのあたりも難しい曲
よね。そんな歌も歌っているやよいちゃんは、さぞ色々な恋を経験しているので
しょうね」
「ええええっ?そんなことないですよう」
「うふふ。あのね、やよいちゃん」
 さらにふたつばかり、大人の恋愛を取り上げたカバー曲の話も重ねてみる。額の
縦線はなくなったが、むしろ顔いっぱいに渋面を作っているやよいに、いつもの
笑顔に戻して優しく語りかけた。
「歌を歌うということはその歌の心を届けることだ、ってヴォーカルの先生に
習ったわよね」
「……は、はい」
0110‖ (3/4) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/20(土) 15:27:02.91ID:nl1oLDXd
「私はこう思っているの。歌の心というものは、歌の歌詞そのものとは限らない、
って」
 一般の人々がカラオケで好きな歌を歌えるこの国で、歌でお金をもらっている
職業歌手の仕事とは何なのか。それは歌の心を聴き手に伝えることである、
彼女らの歌唱トレーナーはそう説明していた。
「歌を、聴いてくれる人たちの胸の奥に届くように歌うことは、例えば自分が
経験している内容の歌ならうまくできるかも知れない。でも私たちは、いただく
歌のすべてをわかっているとは限らないわ。そうでしょう?」
「は、はい」
 カバー曲の話ばかりではない。年若い彼女たちにとってはほとんどの楽曲が
そうだし、時には動物の視点や宇宙人の歌さえある。
「その歌を歌うのに、わざわざ叶わぬ恋を選んでするというのも変な話よね」
「……あずささんはそういうとき、どうしてるんですか?」
「私は、歌の心にいちばん近く寄り添えるように、言葉を置き換えたりして
考えているの」
「置き換えて、ですか?」
「たとえば、『9:02PM』だけれど」
 あずさがこの歌を歌うことになった時、彼女は大いに悩んだ。その当時の
彼女は忍ぶ恋どころか、恋愛らしい恋愛すら経験していなかったのだ。
「あの歌の心にあたるものは、想う相手に逢えないもどかしさと切なさ、なんじゃ
ないかしら。だから私は、郷里の家族を思い浮かべたの」
「あずささんは、家族と離れてこっちで暮らしてるんでしたよね」
「恋愛と家族愛はもちろん違うけれど、似通っている部分もあるわ。そういう
ところはプロデューサーさんやトレーナーさんと研究しながら、感情表現のしかたを
教えていただいたりしたのよ」
「そうだったんですか」
 やよいがカバーを歌う時も、自分が得た事柄を参考にアドバイスをした。たしか
彼女はちょうど泊まりのロケを経験したところで、その話になぞらえたのでは
なかったか。
「やよいちゃんも、歌詞そのものを捉えるのが難しければ自分に近しい感覚を
探すのが先かも知れないわね」
「自分に近い感覚、ですか……」
 やよいはそう呟いて考え始めた。再び眉間のシワが現れたが、なんとなく
さっきとは固さが違う。
「あの、あずささん。たとえばこの最後の『ありがとう』とかは、わたしがお母さんに
ありがとうって思う感じと近いんでしょうか」
「あら、いいんじゃないかしら」
 そう、言うなればまるで答えの見えない煩悶から、見え始めた答えに向かって
ゆく思索へ。歌詞の一つひとつを自分の経験になぞらえるやよいに応じ、助言
しながら、あずさは可愛らしい後輩の進歩を頼もしく感じていた。

****

 そして本番の日。
 先に出番を終えたあずさは衣装を着替えたあと、ステージ脇のやよいを激励に
行った。
「じゃああずささん、わたし行ってきますね」
「行ってらっしゃいやよいちゃん。やよいちゃんの歌、私も楽しみにしてるわ」
「はいっ」
 やよいとはあの日以来、スケジュールの関係で今日まで顔を合わせていない。
ただ、プロデューサーからは彼女の努力をいくつも耳にしていた。なんでも
児童福祉施設や老人ホームの慰問営業を買って出たそうで、今しがたも『すごく
がんばっている子に会った』『すてきなおばあちゃんと知り合えた』などの話を
目を輝かせてしてくれたところだ。
 舞台袖で並んで、収録に立ち会っているプロデューサーが言う。
「やよい、いい出来ですよ。あいつの精一杯をあの歌に込めたみたいだ」
0111‖ (4/4) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/20(土) 15:28:46.16ID:nl1oLDXd
「ええ、本当に」
 いま、ステージで前奏から歌唱に入ったやよいを見て、あずさもそれを感じた。
 歌の解釈が原曲とは違っても、その根底に流れるものを聴き手に伝えることは
可能だ。やよいはそれを、やよいにしかできない方法で完成させたのだろうと思う。
 オリジナルではギターを抱え、直立不動で語りだす歌を、やよいは舞台上を
ゆっくりと歩きながら朗々と歌っている。まるで散歩の道すがら、相手に『あのね、
こんなことがあったんだよ』と話すかのようなテンポで、やよいは観客一人ずつに
それを語っていた。
「すてきですね。やよいちゃんが歌うと、クラスのお友達への打ち明け話みたい」
「俺もそう思いました。原曲のトレースが聴けると思った客がいたら面食らってる
かもしれませんが」
 思い出話は全身を使ってエピソードをイメージさせ、サビでは立ち止まって
歌詞の言葉を聴かせる。はじめ戸惑ったらしい観客も今はやよいの歌に聞き入って
いるようだ。
「……実はですね」
 舞台を見つめたまま、プロデューサーが呟いた。
「やよいの弟が、クラスメートの兄貴ってのから選曲にケチつけられたのを
聞いてケンカして帰ったらしいんです」
「まあ」
「あずささんにいろいろ聞いて、あらためて頑張らなきゃって思ったそう
ですよ。ありがとうございます」
 やよいは家族思いな子だ。あの時の苦悩の原因はそれだったのだろう。
「お役に立てたのならよかったです。やよいちゃんは、ああして笑顔で歌って
いるのが一番似合うから……あ、あら?」
 メインフレーズを歌い上げるやよいを見つめるうち、あずさは気付いた。

 眉間の縦線が、また浮かんでいるではないか。

「……やっぱり気付きました?たはは」
 プロデューサーが頭を掻いた。
「練習しているうちにクセになっちゃったみたいなんですよね……まあ、あの
フレーズのところだけですし、あれはあれで妙にかわいらしいんでOKかな、と
トレーナーたちとも話したんですけど」
「あららぁ」
 例の、前向きな方の皺ではあるし、やよいの表情は確かに満足げだ。事務所的
にも許容範囲ならかまわないだろう。それに。
「……でも、そうですね。あの顔のやよいちゃんも、とってもかわいいわね」
 それに、実際、不思議と愛らしいのだ。
 これもまたやよいちゃんの新しい魅力なのかしら。そう思いながら、あずさは
にこにこと微笑みながらステージを見守った。





おわり
0112‖ (あとがき) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/20(土) 15:30:12.32ID:nl1oLDXd
   _, ._
ζ*^ヮ^)ζ < といれ〜にわぁ



以上でございます。タイトルの文字、変換元の読みは「たて」ですが、タイトル
としては『たてせん』とご発声ねがいます。

生っすか03でやよいがカバーした『トイレの神様』ですが、キャラスレで一切
話題が出てこないという気の使われようwww
なもんで、ちょっとネタにしてみました。
わたくしは原曲もやよいのカバーも好きですし、以前のチキンライスだって
どっちも好きなのです。

ではまた。
0113創る名無しに見る名無し
垢版 |
2012/10/21(日) 00:13:40.56ID:NSGitCo3
乙です。

早速で悪いのですが、タイトルに使っている「‖」ですが、
環境によっては文字化けしてしまうようです。
#コード外の機種依存文字か?

ちなみに、自分の読んでる環境では「//」と言った感じの記号が
表示されており、「たて」で変換かけてもそれらしい物は候補に挙がりません。
読み方の希望もあるようでしたら、(たてせん)と後に繋げた方がよろしいかと。

「トイレの神様」は自分はそんなに気にせず、
「良い歌もらったな〜」程度に思ってましたが、何やら揶揄する人もいたようですね。
しかし、眉間にしわを寄せながら歌うやよいですか。思いつかなかったなぁ。
0114 ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2012/10/21(日) 05:56:05.16ID:8O/JxgVS
>>113
マジすか>環境依存 つかまだあったんか環境依存文字
AAに使われることもあるから少なくとも2ちゃん絡みでは
大丈夫かと思っておりました

ご助言頂戴いたします。まとめサイトはタイトル修正できないし
熟慮のうえ時間見つけてセルフで転載しますね

感想もありがとうございます
やよいが歌うとどんな歌もかわいくなれぅ

高槻揶揄い なんつって
0115 ◆zQem3.9.vI
垢版 |
2012/10/21(日) 13:36:14.47ID:OuwKfrKT
>>108
 発売当初、うちの母が大好きでよくハミングしてたことを思い出しました。つい最近と思えるのに
カバーされるのも早いものだ…(しみじみ) しんみり系はやよいが歌うとせつなさがいい感じに和らぐような
イメージが個人的にあります。
 今規制に巻き込まれ色んなとこの書き込みが出来なくなっているので、こっち方面はどうかと
久方ぶりに現れましたがまだ投下の予定は当方御座いません。(それ以前にこちらを覚えてらっしゃる方いるでしょうか…(汗))
0118メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/02/07(木) 01:10:49.26ID:lf2S5m+1
あーテステス。お久しぶりです。クロスオーバー短編1本投下します。
アイマスからは四条貴音さん登場。クロス作品はばりごく麺。
……知ってる人いるのかな
0119アイマス×ばりごく麺
垢版 |
2013/02/07(木) 01:13:35.58ID:lf2S5m+1
そう、あれは確か二週間……いえ、十日程前の話でしょうか。
その日、私はあてもなく気ままな散歩の最中でございました。
ところがお昼近くになった頃に前触れ無く雨が降り始め、やり過ごせるところはないかと探してみたものの生憎とそのような場所は見つけられず困り果てていた時あるものを発見致しました。

中華そばと書かれた古びたのれん。

そう、らぁめん屋でございました。
えてしてこのような住宅街に昔からあるようなお店はいわゆる当たり外れの差が激しく以前はそれも一興と楽しんでおりましたが
ここのところはアイドルとしての活動が忙しくこのような未知の期待に胸を膨らませて店を訪れる事などとんとご無沙汰でした。

のれんをくぐり中に入ると、私の他にお客様の姿は見えず厨房の中には眼鏡をかけた若い……ちょうど私達のプロデューサーと同じぐらいでしょうか。そのぐらいの男性が一人で鍋の様子を見ておりました。
よほど集中しているのか私が入ってきたことにも気づかぬ様子でしたので、
「もし……」
と声をかけたところようやく気づいてくださったようで、
「あーっ! いらっしゃいませー!」
中々に元気のよい声を返してくださいました。
さて、席に着きたいのはやまやまだったのですが濡れたまま席に着くのは少々躊躇われましたので、
「申し訳ありませんがタオルを一枚貸していただけないでしょうか」
「あーっ雨降ってきたんですねーっ今お持ちしまーす」
お借りしたタオルで髪や服についた水分を拭き取るとようやく品書きを見る余裕がでて参りました。
とはいってもあまり数は多くありません。痛快ラーメンなるものにも興味を引かれましたがここはやはり基本に立ち返るのがよろしいでしょう。
「では、このしょうゆらぁめんを一つ」
「はいーっかしこまりましたぁーっ」
お水は自分で用意するせるふさぁびすのようです。
折角ですのでかうんたぁ席に座り厨房の様子を眺める事に致しました。
0120アイマス×ばりごく麺
垢版 |
2013/02/07(木) 01:18:02.69ID:lf2S5m+1
沸かした湯の中に麺を入れ、上に載せる具を用意し、丼にタレを流し、一旦手を止め湯の中で踊る麺の具合を観察する一連の動作に淀みはなく集中しているのが見て取れます。
ふむ。これは中々に期待しても良さそうですね。

丼の中にスープを入れると、香しい香りが一気に広がりそれだけで胃袋を刺激されます。
そして仕上げの麺を入れるべくテボを湯の中から引き上げ、湯きりをする時にそれは起きました。
軽く一切り二切りした後に大きく振りかぶり、今までに見たことのないような激しい動作でテボを振りまわしたではありませんか。

果たしてこの面妖な動作が見掛け倒しのものか、はたまた何か意味が込められているのか、私の舌で確かめる事と致しましょう。

そしてスープの中に麺を入れ、予め用意しておいた具を乗せてらぁめんは私の前に出されました。
「醤油ラーメンおまちどうさまです!」
上に乗った具はネギ、メンマ、海苔、卵、ちゃぁしゅうといったありふれたもの。
私は万が一にも髪がかからぬよう、用意していたゴムで髪を首の後ろで一括りに結びますと、
はやる気持ちを抑えながら澄み切ったスープの中にレンゲを沈め一口飲んでみます。
ああ。その時胸に広がる喜びをなんと表現すればよいのでしょう。

丁寧にダシを取ったのが伝わってくる全く臭みも雑味も無いスープと醤油の香り。
恐らくですがこれはタレのベースに普通の醤油ではなく生醤油を使用しているものと思われます。

そして麺を一口すすり上げ口の中に入れた瞬間、私の意識は綺麗さっり消え失せて気がついた次の時には目の前には空になった丼のみが残されておりました。
あまりのおいしさに我を忘れるなどいつ以来の事でしょうか。
口の中に残る風味と胃の中に感じる心地よい重みが夢ではなかった唯一の証拠。
スープが残っていたのならば替え玉を頼むのですがスープまでも綺麗に飲み干したとあってはそういう訳にもいかず、かくして
「同じものをもう一杯頂けますか」
「はいーっもうひとつですねーっ」
となる事は必然と言ってもよいでしょう。

さほどの間を置かずして出された醤油らぁめんを再度堪能いたします。
先程とは違い適度にお腹も満たされた事でしっかりと味わう余裕が出てまいりました。
しかしこのおいしさの正体は一体何なのでしょうか。丁寧に作られたスープも絶品なのですがやはりこの麺が気にかかります。
微かな甘みを感じるこの麺は口の中へ入れる度に多量のスープを伴って参ります。この一体感は一体何を持って成し遂げられるものか。
少々行儀はよろしくありませんが、麺を一本だけ手に取り目を凝らして観察を続けようやくそれに気づいた時は知らずのうちに麺を持つ手が震えておりました。
まさか、これがそうだというのですか。
時折同好の士の間で話には出るもののその実在を確認した者は数えるほどにしか居ないあの、
伝説の、
0121アイマス×ばりごく麺
垢版 |
2013/02/07(木) 01:20:59.42ID:lf2S5m+1
「龍鱗麺……」
まさかこのような場所で出会えるとは。

湯切りの段階であえて細かな傷をつけ、その傷にスープがからまる事で一体感を出す。
その傷がさながら龍の鱗に見える事から付いた名が龍鱗麺。言い伝えはまことでございました。
完全に技術によってのみ成されるこの奇跡を見た限りまだ30にも届かぬこのような方が会得しているのです。
その影に一体どれほどの時間と情熱を捧げてきたことでしょうか。

しかしながらいつまでも感激に打ち震えている訳にもまいりません。
いかようなラーメン、いえ、料理であろうとも冷めきる前に食すのは作ってくれた方への礼儀と存じます。
延びる前に、このおいしさが損なわれぬうちに食べなければ失礼というもの。
なのですが、
「不覚……」
想像以上に長く思案に沈んでいたようでスープは少しばかりぬるくなっておりました。
これしきの事で味が落ちる程度でもないのですがやはり不覚を取った事は否めません。
「どうぞ。これサービスです」
密かに落胆する私の目の前に差し出されたのは熱せられた鉄串に刺さったひとかけらの鶏肉。
それを青年は丼の中へと沈めました。
ああ、なんということでしょう。
熱せられた鉄串の温度と鶏肉によって冷めかけていたスープが新たな風味を伴って蘇ったではありませんか。
「かたじけのうございます」
肉の脂と醤油の焦げる香りがまた新たな食欲を呼び覚まします。
この香りに惹かれない日本人などおらぬ事でしょう。
ひとかけらの鶏肉も噛むほどに心地よい弾力と味の染み出してくる逸品。
二杯目も最後まで心置きなく堪能し、手を合わせて心より感謝の意を伝えます。

「大変おいしゅうございました」

お会計を済ませ外を見れば、雨はすっかりあがって太陽が顔を覗かせています。
外に足を踏み出した私と入れ替わるようにして一人の男性が店内に駆け込んで行き、続いて聞こえてくる威勢の良い声。
「イヨース朗馬! 腹減った! 痛快ラーメン食わせろーっ!」
「お久しぶりです麺太さん!」

はて、あの顔、麺太という名前。どこかで覚えがあるような……
はたと思い至りました。
榊原麺太。
ああ、成る程。彼がそうなのですね。
今すぐ取って帰ってお話をしたい衝動にも駆られましたががそれは野暮というもの。
もしも再度会う時が来たならばその時にお話をする事と致しましょう。

私は軽い足取りで散歩の続きを再開することにしました。
0122メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/02/07(木) 01:26:44.99ID:lf2S5m+1
以上投下終了。クロスオーバーもOKってんだからこーゆーのもいいかなーと。
1個だけ補足説明しておくとテボっていうのは麺を茹でる時に使う持ち手の付いた小さなザルです。
あれで一食分ずつ茹でるわけです。

次はもうちょっと速く投下できるよう頑張りますので。
それではこれにて失礼。
0123メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/02/15(金) 00:46:29.94ID:AexlMTxg
あーテステス。宣言通り早めに来ました。1レスで終わるの2つの短いやつですが。
以前、春香さんがプロデューサーさんと一緒の布団で寝ちゃう話を書きましたがアレをシンデレラガールズでやっってみようかなと。
そんな話です。
0124メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/02/15(金) 00:51:10.76ID:AexlMTxg
水の底から水面に浮かび上がってくるように、ゆっくりとした早さで意識が覚醒していく。
自分を、渋谷凛を思い出す。
飼い犬のハナコがエサを催促しようと吠える声も聞こえないし、シーツの肌触りも、枕の固さも、布団の重さもいつも感じている物とは違うことに気づいてようやく自分の居る場所が事務所の仮眠室であることを思い出す。

最近アイドルとしての活動は順調で仕事が増えてきたのは良い事だけど事務所の方針で成績上位とは言わないまでも勉強もある程度はこなすように言われていて、
仕事が増えた分学校にいられる時間は減ってきて、その分の遅れもどこかで取り戻さなければいけないわけで、
つまりは最近少しばかり寝不足気味だった。

バレンタインのイベントを終えて事務所に戻ってきたのがつい先程。時間を確認すると少し中途半端に時間が空いていて、
いつもなら近くまで買い物にでも出かけてみようとか考えたかもしれないけど今ばかりは睡眠を優先したのは仕方のないことだろう。
なんといっても人間の三大欲求の一つだし。
なんて誰も聞いてない言い訳をしながら仮眠室の布団を被ったのが最後の記憶。
自分の状態を思い出していると少しだけ機能するようになった頭がようやくそれに気づいた。

あれ。
おかしいな。
なんで、
プロデューサーの顔が目の前にあるんだろ。

わざわざ確認なんてしてなかったけど少なくとも自分が布団に入る前は誰も居なかったはずだから、つまりは自分が寝ている事にも気づかずこの人は布団に潜り込んでしまったのだろう。

(ホントに鈍いなぁ……色々と)

でも、考えてみればアイドルの活動が順調ということはそれだけプロデューサーが頑張っているからな訳であまり責める気にもならない。
それによく見れば目の下には隈が出来ているし髭も少し目立ち始めていた。
もう少しこのままでもいいかな。ただ見ているだけなのに不思議と退屈はしない。

やっぱり前言撤回。
ちょっとだけ悪戯でもしてみよう。
右手を布団の中から出して手を伸ばす。
頬に、肌に、髪にそっと触れる。
閉じられたまま瞼の下で眼球が動く。もうすぐ目が覚めるかな。

緩慢な動作で目が開かれて、結構長く固まった後、慌ててなにか言う前にその顔に触れて動きを止める。
「静かに。大声出したら皆来ちゃうよ」
驚きの声の代わりに深く息を吐き出して、色々考えてるのが丸解りの表情をコロコロ変えて音量を潜めて出てきた言葉は、
「悪い。眠たくて全然気づかなかった」
なんて台詞だった。もうちょっと気の利いたことが言えないのかな。
「別に気にしてないからいいよ」
そう、本当に気にしていないのだ。一緒の布団で眠った事なんて。
世間はバレンタイン一色で、つまりは季節は冬なわけで、そうすると外は寒くて布団から出るのが億劫で。
布団から出して冷たくなった右手をプロデューサーの手に握らせる。

「冷えちゃったから暖めてよ」

初めて繋ぐプロデューサーの手はあたりまえだけどやっぱり男の人の手で、時々繋ぐ加連や奈緒の手とは違うけれど優しい事に変わりはなくて、だから、
「時間までもう少しあるからさ、一緒にいようよ」

この優しい温もりに包まれて。
このまま、もう少しだけ。
0125メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/02/15(金) 00:53:45.63ID:AexlMTxg
比較的浅い眠りから木場真奈美は目覚めた。
ソファに座ったまま知らずのうちに眠っていたらしい。
目を開けず、とりあえず体に異常が無いことを確認する。
膝の上に重さを感じる。
その時点になってようやく目を開けその正体を確認する。

一人の男が自分の膝を枕にして眠りこけていた。
というか自分の担当プロデューサーなのだが。
並んで座っていたのが覚えている最後の記憶だったから、恐らくはもたれ掛かって眠っていた所でさらに膝の上に倒れ込んできたものと考えられた。
それだけの衝撃でお互いによく目を覚まさなかったものだと妙な所で感心する。

起きる気配のない無防備な姿に少々呆れもするが、大体のところは仕方ないかという感想だった。
体力に自信のある木場でさえうたた寝をする程度には疲れていたのだ。見るからに線の細いこのプロデューサーがこうなってしまうのも無理は無い。
生き馬の目を抜くこの業界で活躍のチャンスを見かけたら逃すまいと奮闘し続けるのは当然の話だが、今回はそれが続いてしまったのだ。
無論、その疲労と労力に見合っただけの見返りは得られたが少しばかり無理をしたかなとも思う。

もう一度その無防備な寝顔を見つめる。
頼りないという感想は初対面から今に至るまで変わることはなかったが、仕事と人格双方において信頼出来る事はこれまで共にした経験で十分に知っていた。

ともあれ大きな山場は越えたのだ。しばらくはゆっくり出来るだろう。
落ち着いたら最近台所に立っていないことを思い出して手が疼いてきた。

ああそうだ。今度予定を合わせて彼に手料理を振る舞ってやることにしよう。
なるべく栄養価の高くて美味しい物にしよう。
流石に今回ぐらいは健康的な生活の事についての小言は言わないでおこう。
誰にも気取られぬよう一人考えをめぐらせる。
きっと彼は喜んでくれるだろう。今からその時が楽しみだ。

「あら?」
近くを通りがかった千川ちひろがこちらの様子に気づいてプロデューサーを指差し声を潜めて聞いてくる。
「こんな所で寝てると風邪ひきますよ。起こしましょうか?」
その言葉に木場はゆっくりと頭を振ってちひろに告げた。

「彼を起こさないでくれ。死ぬほど疲れてる」
0126メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/02/15(金) 00:56:01.13ID:AexlMTxg
以上投下終了。バレンタイン? ん〜何の事かなフフフ……
冗談はさておき毎度の事ながら少しでもクスッとでもしていただければ幸いです。
それではこれにて失礼。
0127創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/02/15(金) 02:23:10.92ID:gHVV93M+
>>126
短いながらも、それぞれのキャラがにじみ出るSSお見事です。

つ〜か、そこで木場さんですか。レアですねぇ。
012996
垢版 |
2013/03/01(金) 23:33:32.95ID:vgk3liQJ
前回の話を読んでいただきありがとうございました。
懲りずにまたシンデレラガールズで書いてみました。
少しでもお気に召せば幸いです。
4分割です。
01301/4
垢版 |
2013/03/01(金) 23:35:09.74ID:vgk3liQJ
秘湯

 プロデューサーは悩みを抱えていた。それは自分の担当しているアイドル、高垣楓に
関してだ。
 彼女は最近、どこか元気がないように見えた。ぼんやり考えごとをしていたり、彼の
方を見ては何度もため息をついたりしている。本人にそれとなく訊いてみても、
「いつもと変わらないですよ」という答えが返ってくるだけだった。
 デビューして一年近く、人気もそれなりに出て、仕事は順調に増えているし、人に
見られることにも慣れ、ステージでストレスをためているような気配もなかったので、
彼はいったい何が彼女をそうさせているのか、さっぱりわからなかった。
 以前は、彼女独特の子供っぽさの残るあどけない表情で、期待に満ちた目の輝きを
いつでも彼に見せてくれた。きっとそのまなざしは、この世界で上を目指していくんだと
いう気持ちの表われなのだろう、とプロデューサーはいつも思っていた。
 25歳という、アイドルとしては遅めのスタートを切った彼女は、最初から
とらえどころがないというか、何を考えているのか、あまりよくわからないキャラクターを
持っていた。よく言えば落ち着いた雰囲気、別な言葉ならたいていのことには動じない、
というタイプだったので、プロデューサーの彼はそれに翻弄され続けてきた。
 たとえば、プロデューサーが早出をして事務所で仕事をしていると、楓がやってくる。
彼はそれに気づいて声をかける。
「おはようございます、楓さん」
「おはようございます。プロデューサーって、早いんですね…ごめんなさい、男の方に
こういう言い方は失礼でしたね」
とまあ、こういう感じだったので、プロデューサーは彼女の話をどこまで本気にして
いいのかわからなくなることがよくあった。そんな我が道をゆく彼女の様子がおかしいと
いうのに、彼は担当プロデューサーとして、原因を特定することがどうしてもできなかった。
 だが原因がわからなくても、彼女の気分を楽しくさせることで、症状が改善できるかも
知れない。そう考えた彼は、お酒が好きな楓のために、旨い酒を置いているという、
評判の居酒屋に招待してみることにした。しかも、二日酔いになってもいいよう、彼女の
オフの前日を選ぶという周到さだ。
「プロデューサーが誘ってくれるなんて珍しいですね。とってもうれしいです。
…こっちの腕、貸してくれます?」
 楓は、彼の腕を引きながら、地面から足を浮かせるようにして歩いていく。居酒屋に
入ってからも、彼女の機嫌はとてもよかった。
「お酒って、一緒に飲んでいるのが、好きでもなんでもない人なら、ちっともおいしく
ないものですよね。ああ、おいしい…」とか、
「楽しいお酒って大好き…ねえ、プロデューサー、朝まで一緒にいてくれます?」と、
杯をかたむけるたびに彼女は饒舌になり、態度は柔和になっていく。
 彼の見る限り、作戦は成功しているようだった。ところが、さらに酒が進んでくると、
彼女の態度に変化が現われた。
「…プロデューサーは、私のことをちゃんと見てくれているんですか?」
「毎日見てるじゃないですか。朝から晩まで、仕事中ずうっと」
「そういうことを言ってるんじゃないんです。仕事は仕事、プライベートは
プライベートですよ?」
「今はプライベートじゃないですか。ちゃんと目の前にいますよ?」
「プロデューサーはちっともわかってません」と楓は言うと、またもやぐいっ、きゅー
と杯を空ける。続けて何杯か飲んだ彼女は、さらにプロデューサーを問い詰める。
「このままずるずるとアイドル業を続けていて、人生をしくじったら、プロデューサーの
せいですからね。ちゃんと賠償してもらいますよ」
「いや、そういうのは会社に言っていただけないでしょうか」思いもよらない攻撃に、
彼は及び腰になった。
「私の担当プロデューサーはあなたなんですから、ご自身で責任をとらないといけません」
「えーと、それはまた後日検討させてください」彼は話をかわそうとする。
「人の話をちゃんと聞いてます?」ぐいっ、きゅー。
01312/4
垢版 |
2013/03/01(金) 23:36:00.44ID:vgk3liQJ
 そして看板になると、彼女はふらふらしながら、
「…ここからだとプロデューサーの部屋の方が近いですよね。帰るのめんどうなので
泊めてください」
「なにを言ってるんですか。ほら、タクシー来ましたよ」
 タクシーの窓から、不満そうな顔をこちらに向けて突き出している楓を見て、彼は
自分の試みが失敗に終わったことを悟った。
 次に彼は、彼女のもう一つの趣味、温泉の方から攻めることにした。
 楓の温泉好きは、酒以上かも知れなかった。なにしろ、自分の手帳の中に、数多くの
温泉の名前を書き込み、行きたいところのランク付けをしているというのだから。手帳の
中身をちゃんと見せてもらったことはなかったが、楓が楽しそうに手帳をながめたり、
なにか書いたりしているのを、プロデューサーは事務所で何度も見かけていた。恐らく
行ったところを線で消したり、感想や印象を書きこんでいるのだろう。
「日本のは、ほとんどリストアップしてるんですよ」
というので、彼自身もPCで検索してみたが、あるわあるわ、まあよくもこれだけ日本に
温泉があると思うくらい、鉄道の駅なみに多かった。
 そのことを彼女に言うと、なになに温泉とか、なんとかの湯とかだけではなく、
細かいところだと、観光地の単なるわかしたお風呂とか、足湯しかないところとか、
そんなのまでいれてあるんです、と答えが返ってきた。ひょっとしたら、彼が
検索した数よりも手帳に書かれている方が多いのかも知れない。
「露天はもちろん大好きですけど、ひなびた観光地のなんでもないお風呂とかも
好きなんです」
 彼はそんな彼女の温泉好きを利用しようと考えた。最近では、地方からの仕事の依頼も
来るようになってきている。現地に温泉があるなら、そういうホテルや旅館を宿泊所に
選べば、きっと気に入ってくれるに違いない。
 遠征の当日、行く前に彼女にその話をすると、とてもよろこんでくれたので、彼は
今度こそうまくいくかと期待した。
「プロデューサー、そのホテルって、混浴のお風呂はあるんですか?」
「ないですよ。あっても現役アイドルが混浴の風呂になんか入ったらダメです」
「えー、つまんないです」
「つまんないとかそういう問題じゃないです!ファンに知れたらどうするんですか?」
「…人はファンのみにて生くるにあらず」
「は?」
「…なんでもありません」
 それでも彼女は現地に着くと、「温泉、楽しみですね」とうれしそうに彼に言ってくれた。
 仕事は昼前から夕方まで休みなしでずっと続いたが、楓はそれをなんのトラブルもなく
完了させた。ほっとしたプロデューサーは、楓を旅館の部屋に案内すると、隣合わせに
取った自分の部屋へ戻ってきた。ネクタイをゆるめ、座布団に腰を降ろして間もなく、
浴衣姿の楓が部屋のドアを開けて顔を出した。
「プロデューサー、お風呂ご一緒しませんか」
「ああ、楓さん、どうぞ行ってらして下さい。おれはここでまだ仕事が残ってますので」
 プロデューサーの目の前のテーブルには、すでに書類やノートが広がっている。
「お仕事は後まわしにしませんか?ほら、おたがい男湯と女湯に入って、仕切りごしに
お話でもしましょうよ。
『プロデューサー、そちらの湯かげんはいかがです?』
『気持ちいいですよ。そちらはどうですか?』…なんて、楽しくないですか?」
 楓は浴衣のたもとを口元に当て、面白そうに体を左右に揺すった。
「すみません、ちょっとこれだけやっておきたいので」
 楓の表情はとたんにつまらなさそうになり、ぱたりとドアが閉められた。温泉から
上がった後、楓は彼に顔を見せることなく自分の部屋にこもったままで、次の日
帰るときも、またぼんやりした表情のままだった。彼はまたも失敗を痛感した。
01323/4
垢版 |
2013/03/01(金) 23:36:45.47ID:vgk3liQJ
「どうしたらいいんだろうか…」
 プロデューサーは事務所の机に向かい、一人でぼうっとしていた。外はすでに暗く、
みんなはもうとっくに帰ってしまっている。仕事はたまっていたが、それを片付ける
気にもなれなかった。
 結局、お酒を飲んでも、温泉に入っても楓の元気が戻ってくることはなかった。彼は
途方に暮れていた。今はまだ仕事に影響は出ていないものの、この状態が続けば
それもどうなることか。
 プロデューサーは、イスからのろのろと立ち上がり、そばにあったソファに、どさりと
体を投げ出した。いまだに何の解決策も思い浮かばず、精神的にも疲れ切っていた。
 もう今日は帰って寝てしまおうか、それともどこかで酒でも飲んで帰ろうか…。彼は
この間、楓を連れて行った居酒屋へでもまた寄っていこうかと思った。
『帰るのめんどうなので泊めてください』
 あの夜の、冗談めいた彼女の言葉が思い出された。ちょうどタクシーが来たから
そのまま無事に帰ってもらうことができたが、もし彼女の言うとおり、自分の部屋へ
泊めていたらどうなっていただろうか。
「ここがプロデューサーのお部屋ですか。わりあいかたづいているんですね。
え?私がベッドを使ってもいいんですか?そんな、悪いです。…あの、もしよかったら、
プロデューサーもご一緒に…」
 彼はそこで想像をやめ、寝転がったままで頭を小さく横に振った。こんなことを考える
ようではダメだ。彼女は人気上昇中のアイドルで、自分はその担当プロデューサーなのだ。
きちんと線引きができなくてはいけない。
 だが彼にそんな想像をさせてしまうほど、楓には魅力があった。常識的な部分からは
少しはずれたところもあるが、そこもまた彼女の抗しがたい魅力の一つになっている。
 泊めるというのは極端にしても、もし自分の部屋に彼女が訪ねてでも来たら?
彼はその状況を頭の中でシミュレーションしてみた。情けない話だが、彼女に部屋へ
一歩でも踏み込まれたら、そのまま無事に帰す自信がまったくなかった。
 いや、要は彼女を自分の部屋に入れなければいいだけの話だ。それさえ肝に銘じて
守っていれば、どうということはない。第一、彼女が部屋へやってくる機会がそうそう
あるわけもない。
 大きく息を吸って目をつむり、彼は落ち着きを取り戻そうとした。やはり、彼女の
元気を回復させるには、これまで以上に酒の美味しい居酒屋を見つけるか、一般には
知られていない秘湯にでも連れていってあげないといけないのかも知れない。しかし、
今までの策が不発に終わっている以上、それは相当難しそうに思えた。
 温泉のことを考えた彼は、人知れずひっそりと、しかしこんこんと湧く露天風呂と、
そこでお湯につかっている楓の姿をつい連想してしまった。髪をアップにした彼女の
肌は上気してピンク色に染まり、彼が最近ずっと見ていない、あの子供のような
あどけない表情をたたえている。
 彼は渇望していた。彼女のあの表情がまた見たい。自分の心をうずかせる、あの
あどけない表情と、期待に満ちた目の輝きを。
 プロデューサーはしばらく思い出をなつかしむように、ぼんやりとその想像に
ひたっていたが、その想像の中の楓が、いきなり彼に話しかけた。
「まだお帰りじゃなかったんですか?」
 目を開けると、楓の顔がすぐ前にあった。彼は驚いてソファからころげ落ちそうになった。
「顔が赤いですよ。なにかよからぬことでも考えてたんですか?」
 ソファに向かってかがんでいた楓はふふふ、と微笑んで体を起こした。
「い、いえ、なんでもありません。ちょっと仕事のことを…それより、楓さんは
どうしてここへ?」
 彼はいそいでソファに座りなおした。
01334/4
垢版 |
2013/03/01(金) 23:37:26.14ID:vgk3liQJ
「通りがかりに灯りが見えたので、どなたかまだいらっしゃるのかと思って」
「そ、そうですか。じゃあ、ついでに来週の予定の確認でも…」
 彼はすばやく仕事モードにシフトチェンジした。楓も彼の隣にかけ、予定をメモする
ため、持っていたポーチから自分の手帳を取り出した。180度近くに開かれたその手帳の
中が、ちらりと彼の目に映った。
「へえ、おれの名前と一緒の温泉なんてあるんですね」
「え?」楓はびっくりした顔になった。
「あ、いや、すいません、今ちらっと見えちゃったんです。どこどこの湯、とかいろいろ
書いてあったのが」
「…」楓は無言で手帳の角度を少しせばめた。
「けど、赤丸でぐるぐる印をつけてたところをみると、行ってみたいランクのかなり
上位にくる温泉ですか?」
 楓は手帳を閉じた。
「…そうですね、ぜひ泊まりがけで行ってみたいところです」
「遠いんですか?」
 楓は少し上目づかいになって、彼の顔を見た。
「…そうでもないです。ただ、なかなか行く機会に恵まれなくて…温泉っていうより、
お風呂なんですけど」
 その瞬間、彼の頭の中に電光がひらめいた。これだ。行きたくてもなかなか行けない
場所なら、それこそ本人にとっては秘湯と言えるのではないか。そこへ連れて行って
あげたらどうだろう。
 それほど遠くないということだし、オフの日を利用し、車で送って、彼女には一晩そこで泊まって
もらい、次の日また迎えに行けばいい。彼女と一緒に泊まる訳じゃないし、単なる
往復の運転手としてなら、なんの問題もないだろう。うん、これならいける。幸い、
来月のスケジュールなら、今から二日くらいの休みを組むことができるはず。
「よし、じゃあ次のライブでいい成績をとれたら、ごほうびとして、オフの日におれが
そこへ連れていってあげる、っていうのはどうです?」
 こんな時にも彼は仕事をからめるのを忘れなかったが、それを聞いた楓の目の中に、
みるみる精気が満ちてきた。
「いいんですか?」
 以前よく見せてくれた、あの子供のようなあどけない表情と、期待に満ちた目の輝きが
彼女によみがえった。仕事へのやる気も、今まで以上に感じられる。彼の心は再び
うずき始めた。渇きも急激に満たされていく。
「ええ、もちろんです。まかせてください!」彼は満足げに自分の胸をたたいたが、
誤解のないようにと、すぐに付け加えた。
「えーと、おれはそこへの送り迎えだけですけど、問題ないですよね?」
 なにがおもしろかったのか、楓はくすくす笑いながら答えた。
「はい、私がお風呂につかっている間は、どうぞご自分のベッドで待っ…お休みに
なっていて下さい」
「おれもその時は休みを取りますから、ゆっくりさせてもらいますよ」
彼は安心してほっと息をついた。
 楓は小指を彼に向けて差し出し、例のあどけない表情に、いたずらっぽい笑みを
加えたまま「約束ですよ?」と言った。



end.
0134レシP ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:01:54.27ID:vomf1IoT
規制解除ー!……は少々以前だったのですが書き上げるのにいささか時間が。

こんばんわレシPでございます。
ひさしぶりに書きあがりましたので投下しにまいりました。
今回は律子で『FIVE DOORS』というタイトルです。本文6レス。

ぷちますCDの『WEDDING BELL』を聴いてちょっと切なくなってしまいました。
みなさまが幸せのベルを鳴らせること、お祈りしております。

ではまいります。
0135FIVE DOORS(1/6) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:02:34.94ID:vomf1IoT
「みんな、おはよう。だいたい揃ってるわね」
「えっ?」
「り、律子!」
 朝から今しがたまで飛び回っていて、部屋らしい部屋でひとところに落ち着く
チャンスがなかった。
 ある意味本日一枚目となる、招待客控え室のドアを開けると、アイドル仲間
たちが一斉にこちらを見た。みんなそれぞれにおめかしをして、ふだん事務所で
見るより何歳か大人びて見える。
 私はここに現れない……そうみんな思っていたみたいで、全員の目が丸く
なるのに少しだけ複雑な満足感を覚えた。
「……律子あなた、ここでなにをしているの?」
「なにって千早、そんなの決まってるでしょ?」
 どんな顔をしていいかわからないという表情のまま質問された。
「私はプロデューサーなんですからね、『うちのプロデューサー殿の結婚式』の。
参列者の状況を確認しにきたのよ」
「プロデュースって……冗談だとばかり思ってたわよ。あんたってば正気?
ここに来ていよいよおかしくなっちゃったんじゃないの?」
「ふむ、すばらしいツッコミだわ伊織。でも今あんたの相手をしてる暇はない
のよね。ここにいない人たちは?」
「……連絡は貰ってるわ。ともかく全員到着してる」
「そう、ありがと」
 みんなも不安げな顔を見合わせている。それはまあそうだろう、でも、詳しく
説明するだけの時間がないのも本当。
「まあ、とにかく来てくれてありがとうね。私、披露宴と式場のセッティング
見てこなくちゃならないから、またあとで」
「律子、わたくしも解せません」
「なによ、貴音」
「式のプロデュースなどしている場合なのですか?あなたは、その当の
プロデューサー殿に」
「そこまで。お願いね」
 食い下がる言葉を、あくまで冷静にとどめた。
「これは、あくまでビジネスよ。プロデューサー殿の一世一代の晴れ舞台を、
私の手で最高の思い出にしてあげる。これまで私を育ててくれた恩返しも込めて、
いわば私のプロデューサーとしてのデビュー戦なんだから」
 周囲を見渡しながら、精一杯の笑顔を見せる。
「普段裏方でいる彼が生涯最大の幸せを手にする瞬間くらい、あの人を表舞台に
立たせてあげたいじゃない?いいからまあ、黙って見ててよ」
「あふぅ」
 人垣の向こうから、気の抜けた吐息が聞こえた。それでも立ち上がって顔を
見せるのだから、彼女にしては良くやっているのではないか。
「ハニーのウエディングをプロデュースなんてすごく楽しそうだよね。ミキは
いいんじゃないかって思うな。こんなの考えること自体が、実に律子らしいの」
「こーら、美希。目上の人には?」
「うっ……律子、さん、らしい、の、ですっ」
「よろしい。それから『ハニー』も、さすがにもう封印しなさいよね」
 実は美希にはプロデュースの件を伝えていた。正確にはつきまとわれすぎて
バレた、というのが本当なのだけれど、その時にも援護を約束してくれた。いつもの
ままの言動にしては幾分赤くなっている目に、心がちくりと痛んだ。
「律ちゃあん……ホントにムリしてない?」
「真美も心配だよぉ」
 今度は鏡写しの同じ顔だ。
0136FIVE DOORS(2/6) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:04:04.25ID:vomf1IoT
「亜美、真美、私は大丈夫。むしろあんたたちが勤めるブライズメイドは頭に
入ってるの?」
「それは大丈夫だよ。亜美たちレッスン時間も使ってモートックンしたんだから」
「それならいいけど……ん?レッスン時間ですってえ?」
「うあうあ亜美のバカっ」
「ぎゃーヤブヘビだったああっ」
 こんなときだからこそ公私はちゃんと分けろとあれほど言ったのに。とはいえ、
本当に時間が厳しい。
「まーいいでしょう。その代わりこの先のレッスンが予定通りになってなかったら
覚えてなさいよ?」
 言い捨てて部屋を駆け足で出た……出ようとした。
「あ、あのっ!律子さん!」
 その背中に、元気な声が追いすがってくる。
「やよい……」
「わたし、こういうときのことよくわからないですけど……あの、頑張って
くださいねっ!わたしたちも、みんな応援してますから!」
 ぎゅっと握った両手が、彼女なりの戸惑いなのだろう。こちらを見つめる瞳が、
それを乗り越えて今の言葉を発したのだろう。
 やよいだけでなく、みんな似たような心もちなのだろう。だからこそ私も、
ぼんやりしているわけにはいかないのだ。
「ありがとう。披露宴ではおおいに盛り上げてね」
「はいっ!」
 いつものように掲げてくれる右手には逆らえない。走り出したがる足を止めて
振り返り、大きなモーションでぱちん、と手を合わせた。

****

 本当は呼ぶべき人間は山ほどいたけれど、予算や立場や事務所の格的にも
あまり大仰なことはできなかった。控え室から宴会場まで駆け足で移動しながら、
でもこの短距離走で済む規模のハコでよかったかな、とひとりごちた。
 結婚式には、両家からトータル50人くらいの招待をすることになった。社長は
もっとたくさん呼びたかったようだけれど、逆に縁故者や取引先をリストに
入れ始めるとその人数は倍やそこらでは済まなくなってしまう。
 腰に下げた携帯が鳴り、相手も見ずに耳に当てる。
「はいプロデューサー、準備はできてますか?」
『あ、ああ。こっちはOKだ、律子』
「そうですか、よかった。この先の段取りは式場の方が説明してくださいます
から、ちゃんと聞いておいてくださいね」
『おう、了解。それより律子、お前』
「私の方は大丈夫です。どうかご心配なく」
 それ以上なにか言われてもこちらが困る。私は電話を切り、先ほどから数えて
二枚目の大きなドアを開けた。
 ホテルの宴会場はもちろんパーティのセッティングが終わっていて、真っ白な
テーブルが料理とお皿、グラスたちの並ぶ瞬間を待っている。会場の真ん中、
いちばん奥に高砂の席、そこからこちらに向かって扇型に参加者の丸テーブルが
広がり、座席も極力高砂に向くよう配置した。主役とはいえあまり派手派手しい
のを好まない新郎新婦は、スモークやゴンドラなど使わずオーソドックスに
後ろの扉から登場する算段だ。
「律子!」
「うわ、ホントに来たっ?」
0137FIVE DOORS(3/6) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:05:30.79ID:vomf1IoT
 控え室の誰かと電話で話をしていたのだろう、驚いたような声は真と響だ。
二人とも普段は活動的ないでたちだけれど、今日ばかりは可愛らしいきらびやかな
装いを競っている。
「わあ、二人とも見違えたわね。まるで女の子みたいよ」
「む、いきなりシツレーだな」
「もうっ、余計なお世話だよっ」
「あはは、冗談よ。二人とも素敵なプリンセスになったわね」
「それはどうも。それより、律子、あの」
 真の視線が揺らいでいる。
「今日は……その、なんと言っていいか」
「おめでとう、でいいじゃない」
「だって律子、結婚式のプロデュースなんてやってて……いいの?ほんとに」
「そうだぞ!律子ほんとはそれどころじゃないはずだし!」
「まあ……確かに、体がもう一つくらいあればよかったのに、とは思ってるけど」
 今回のプロジェクトをほぼ秘密にしていたのは現場の、もっと正確に言えば
アイドル仲間の混乱を避けるためだった。こうして式当日になってしまえば
今さらどうしようもない。
 結局、その方がみんなを心配させるリスクも減らせるし……私自身も、予定が
詰まっていれば気が紛れる。
「でもね、このくらいじゃないと『仕事してる』って感じもしないのよね」
「それはもうビョーキの域だぞー」
「……まったく、律子はしょうがないな」
 響はまだ心配そうだけど、真はなんとなくわかってくれたようだった。
「いいよ、律子がそれでいいんなら」
「真?」
「大丈夫だよ響、きみも感じてはいるんだろ?律子が楽しそうなの」
「う、うん」
「結局こうしないと気が済まない人なんだよ。自分できっちり決着をつける、
それが律子の流儀なのさ」
 説明するその声音も温かく、聞いている響だけでなく私の胸にも沁みてくる。
不覚にもウルっと来そうなのを抑えているうちに、響が大きくうなずいた。
「ん、わかった!自分、律子を応援するぞ!」
「ありがと。やっぱりあんたたちは話が早いわね」
「でも、なにか大変だったらなんでもするから、すぐ言ってね?」
「うん、ボクも協力する!」
 二人だけでなく、みんなをずいぶんやきもきさせた自覚はある。今日のこの件
にしても、自分自身ずいぶん悩んだ。
 それでも、この仕事だけは誰かに譲る気になれなかった。
 プロデューサーの結婚式。他の誰でもない、私が彼を祝福してあげずに、
どうして二人が幸せをつかめるというのか。これは私の責任であり、プライド
であり、願いなのだ。
 この気持ちのいくばくかでも伝わって欲しいと願いつつ、二人に言う。
「助かるわ、最高の援軍ね。……じゃあ、さっそくだけど」
「えっ?」
「さ、さっそくって……あ」
 ちょうど、横から足音が聞こえてきたのだ。今でなければいくらでも相手して
やるけど、私は打ち合わせをこなさなければならない。
「いた!律子さん!」
「り、律子さぁんっ!」
 そちらに顔を向けると、泣き出しそうな不安顔が二つ。
0138FIVE DOORS(4/6) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:07:23.81ID:vomf1IoT
「春香も雪歩も、ドレスで走り回ったらはしたないわよ。真、響、この二人の
相手をお願いね」
「それより大変なんです、律子さん!」
 他の子たちと似た状況だと思い、こう言ってかわそうとしたけれど、どうも
春香の必死さが違う。
「……なにかあったの?」
「あずささんが、行方不明なんですっ!」
「なぁんですってっ?」
「ひぃっ、ごめんなさぁいっ」
「……あ、いやいや、雪歩が謝ることないじゃない」
 そういえばここまでのどこでも見かけなかった。
「何日か前のメールでは仕事の関係で、少し早く式場入りしているということだった
けど……そうね、まず敷地内を捜索して、式場のスタッフの手も借りられれば」
「律子、ストップ」
 反射的に重要案件に取り組み始めたら、真が言った。
「律子には大事な仕事があるでしょ?あずささんのことは、ボクたちにまかせてよ」
「うん、そうだぞ。自分たちだけでなんくるないさ」
 響がさらに言葉をつなぐ。
「春香、雪歩、みんなで探そ?」
「あ……うん、そうだね、そうだよね」
「こんな時まで律子さんに頼っちゃダメですよね」
 四人の笑顔が、私の背を押す。私も、みんなに負けないように笑顔を浮かべた。
「ありがとう、あずささんをお願いね。私も、移動中は気をつけておくから」

****

 式まではあと少しだ、電池ももつだろうとグループトーク回線を開きっぱなし
にしてイヤホンマイクをつけた。披露宴の最終確認を終え、チャペルへ向かう。
『こちら中庭、やっぱりみつかりませえん』
『1時間くらい前に地下のショッピングモールで目撃されてたぞ』
『それだとまた移動しちゃってるな。春香、そっちは?』
『うん、ついさっき他の式の参加者の方が、見かけてサインもらったんだって。
ねえねえ聞いてよ真、私もサインさせてもらっちゃったっ』
『どうでもいいわよっ!だいたい当のあずさが圏外ってどういうわけなのよ!』
 おっと。
 控え室にいた面々も捜索に参加してくれているようだ。がやがやと会話が錯綜
するのを、少し前の事務所のようだと懐かしく思いながら三つめの、チャペルの
重厚なドアを押し開ける。
「……あ」
 高い天井の静謐の奥は、あたたかい陽の光を受け入れる全面窓だ。逆光になった
祭壇と十字架、その下にたたずむ影は手を前に組み、宙空に吊るされた博愛の象徴を
静かに仰ぎ見ている。
 一瞬その絵画のような風景に気圧されるが、思い直して声をかけた。
「……あずささん」
「あら、律子さん」
 ゆっくりと振り向き、天真爛漫な笑顔を私に咲かせる。
「やっぱり、教会って神聖な雰囲気になるわねー」
「なあに言ってるんですかっ!みんなで探してたんですからねっ」
「あ、あらぁ」
 この一喝で、みんなにも発見の報が伝わったようだ。アプリを閉じ、ゆっくり
彼女に歩み寄る。
0139FIVE DOORS(5/6) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:09:04.64ID:vomf1IoT
「勘弁してくださいよ、あずささん。ご招待客が先に祭壇に上がってるとか、
神様びっくりしますよ?」
「それもそうね、ごめんなさい律子さん。神様に、わたしにも早く運命の人が
現れますようにってお願いしたかったの」
「ちゃんと聞いてくださってますよ、きっと。今じゃないってだけです」
「そう願っているわ。ありがとう、律子さん」
「携帯はどうしたんですか?」
「ああ、チャペルに入るから切っちゃってたわ……と、わ、あらら」
 電源を入れたとたんに怒涛の着信が入る。彼女にはチャペルから動かないように
身振りで伝え、迎えを待たせて私はスタッフと話をしに行った。ここの従業員は
優秀だ、希望していたことのほとんどが準備完了しており、理想的なタイムワークが
できそうだ。
「ん、チャペルもOK、っと。……これで」
 これで、私のブライダルプロデューサーとしての仕事はほぼ完了。内心の動揺を
隠しつつ独り言。ついでに、小さく深呼吸した。
「あと一カ所か。ふうっ」
「律子さん」
 通り過ぎしな、人待ちをしているあずささんに声をかけられた。……この人は
こういうところがすごい。
「大変な仕事を、お疲れ様。あとは最後の仕上げね」
「……ええ、あずささん」
「頑張ってね。わたしもみんなと応援しているわ」
 チャペルを出て、そこからほど近い場所へ通路を進む。最後の仕事は、もちろん
ここだ。
 ……新婦控え室。

****

 おごそかに本日四枚目のドアを開け、入室した。
 両親と話していた小鳥さんがこちらを向く。影のように付き添っていた社長も
気づいた。
「律子さん。準備、終わりましたか」
「はい。これで、もう思い残すことはないです」
 その言葉で、小鳥さんの表情が和らいだ。
「……よかった。じゃあ、あとは本来のお役目を全うしてくださいね」
 本来の役目とは、もちろん。
 小鳥さんの後ろで、両親も……私の父と母も、静かに頷いた。
「あらためて言わせてください。おめでとうございます、律子さん。どうか
プロデューサーさんとお幸せに」
 本来の役目とは、そう……プロデューサーと並んで永遠の愛を誓う、彼の花嫁。
「私のわがままでいろいろご迷惑おかけしました。私の両親、変なこと言いません
でしたか?」
「そんなこと。あ、それより聞いてください律子さん、こんど商工会青年部の
決起大会にわたし、呼んでいただけるんですっ!」
「はあ?」
「名目上は受付事務と司会進行のお仕事なんですけど、その後の懇親会でわたしの
こと紹介していただけるんですって!仕事に一途なイケメン揃いだって聞いて
もう夢が広がりまくりんぐなんです律子さんっ!」
「ああ……それは……よかったですね」
0140FIVE DOORS(6/6) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:10:52.34ID:vomf1IoT
 呆れたような顔をしてみせたけれど、内心はいつも通りの彼女を頼もしく感じた。
 あまりの大舞台に不安のあまり、ただでさえやることの多い新婦の身でありながら
体を動かさずにいられなかった私なんかとは肝の座り方が違う。おかげで私の到着
まで、両親の話し相手を勤めてくれた。
 私はこうして、みんなの支えがあってようやく立っているありさまだ。
プロデューサーもこんな女のどこがよかったのかといまだに思うが……迷うの
だけはもうやめた。
 携帯の着信に気づくと、伊織からのメッセージだった。『直接言いたいことが
あるから、もう一度グループトークに入れ』と言う。
「さあ、律子さん」
 液晶を覗き込んでいた小鳥さんに促され、おずおずとアプリを操作し、耳に当てた。
『来たわね律子。もう気は済んだ?』
「はいはい、お騒がせしたわね」
『まったくよ。花嫁が自分の結婚式プロデュースするなんて前代未聞だわ。でも』
 伊織はそこで一息ついた。
『あんまりびっくりしたから、肝心なことを言い忘れちゃったのよ。みんなもね』
『ええ。ねえ、律子』
 普段のクールさを押さえきれない、興奮まじりのビブラートが。
『律子』
 カッコよく決めたつもりでも、語尾の震えている強気な呼びかけが。
『律子』
 一見ミステリアスな、それでいて確かに温かな思いやりが。
『律子、さんっ』
 無邪気でいながら思慮を重ねてきた天性の力強さが。
『律ちゃん』
『律ちゃんっ』
 息の合った、でも最近はわずかに個性の垣間見えるユニゾンが。
『律子さんっ!』
 パワフルでまっすぐな、太陽のような元気のかたまりが。
『律子っ』
 何事にも全力で取り組むエネルギーの結晶が。
『律子ぉ!』
 困難も苦境もものともしない、生命力のほとばしりが。
『律子さんっ』
 春の太陽のように体を温めてくれるぬくもりが。
『律子さん』
 さながら冬を乗り越える雪割草の可憐さと芯の通った強い意思が。
『律子さん』
 不安や心の揺らぎをやさしく包み込んでくれる、柔らかく大きな心が。

『ご結婚、おめでとう』

 私の背中を押してくれる。
 ここで微笑んでくれる小鳥さんや、社長もそうだ。
 私は、この人たちの想いとともに、次の扉を開くのだ。

「うん。ありがとう、みんな」

 プロデューサーと二人で、未来への扉を開くのだ。五枚目の……幸せに続く扉を。
 涙がこぼれないように、このぬくもりを取り落とさぬように。
 大きく目を見開いて上を向き、そうして私はみんなにお礼を言った。





end
0141FIVE DOORS(あとがき) ◆KSbwPZKdBcln
垢版 |
2013/03/13(水) 20:13:33.26ID:vomf1IoT
以上です。ありがとうございました。
ちょっとした叙述トリックに挑戦してみました。言うだけならタダだw
だいぶ以前、春香の結婚ネタでどんでん返しを見事に決めておられた作品が
ありましたので、つたないながらリスペクトさせていただきました。



と、気づけばシンデレラの面々が百花繚乱じゃないですか。

>>126
凜ちゃんはいたずらっ子ですなあ。その振る舞いから年に似合わず落ち着いて
いるとみんなに思われてる彼女ですが(ラジオでもそんな感じですね)
ほんとのほんとのたとえばこーいう時なんかはどーなのよ、と思ってしまいます。
独白にすら現れない、意識もしていない鼓動の高まりなど期待してしまったり。

そして木場さんは な ぜ 殺 た し

クスッどころか盛大に吹きましてございます。



>>129
もう3年も前ですよ!いや閑話休題。
楓さん、いいっすなあ。
シンデレラガールズのおかげでオトナなアイドルが大量加入しておっさんご満悦
でございます。
Pのすっとぼけっぷりは王道ながら、コレ完全に既成事実狙いじゃないですかやだー。
これは後日談が楽しみですねw



お騒がせしました。
それではまた。
0142メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/03/26(火) 02:36:46.58ID:+rhti03Q
あーテステス。また来ました。上で凛の書いたから奈緒と加蓮も書いた方がいいかなー
とかで似たようなネタで書きました。短いのでお気軽にどうぞ。
0143奈緒編
垢版 |
2013/03/26(火) 02:43:25.64ID:+rhti03Q
神谷奈緒は困っていた。
非常に困っていた。
今現在自身の置かれた状況から抜け出す術が思い浮かばず、散々悩んだ末に結局、隣の部屋に居るはずの友人に助けを求めるべく手元の携帯でメールを送ることにした。



「おりょ、奈緒からメールだ」
「加蓮にも来たの?」
「ってことは凛にも?」
はて、と二人は顔を見合わせる。
共通の友人である神谷奈緒が怪しげな足取りで隣の仮眠室に入っていったのがつい先ほど。
そんなに眠いのならさっさと家に帰ってから寝たらいいのにと言ってみたところ、返ってきた返答は、
「少し仮眠取らないと絶対電車の中で寝過ごすから」
であった。
この後は特に予定も無く、先に帰っても良かったのだが誰も居ない中一人で帰るのは寂しかろうと二人時間をつぶしている最中の事。
さて何事かと携帯を開いてみれば文面にはシンプルな「たすけて」の4文字のみ。
けれども二人は文面の切実さとは裏腹にやれやれとでも言いたげに立ち上がると隣の仮眠室へと足を踏み入れた。



電気の落とされた暗い室内を見渡すべく薄明かりをつけて二人は部屋の中に入ると、ベッドの中で頬を赤く染めたままんじりともせずにこちらを見つめる奈緒が自分の腰の辺りを指さしていた。
かけ布団を少しばかりめくってみると、奈緒の腰に誰かの手が回されている。
大体想像はつくが、この手の持ち主が誰なのか確認すべく布団をはぎ取る。
「「あー」」
思わず声が漏れる。
二人の予想した通り、奈緒の担当プロデューサーが彼女を後ろから抱きしめるようにして安らかな寝息をたてていた。
わかりやすく言えば、抱き枕状態である。
「なんでこんなことになってるわけ?」
「アタシもプロデューサーがいるなんて気づかないまま布団に入ってさ、そのまま寝てたらこうなってた」
布団の中に誰か入っていたら普通気づく物ではないのだろうか。いやしかし眠気も限界に近ければ見落として仕舞うこともあるかもしれない。
前例もあることだし。
加蓮は少しばかり呆れたように奈緒を詰問する。
「で、助けてほしいってのは何?」
「いやだからさすがにこれは色々まずいからどうにかしてくれないかなと」
「起こせばいいじゃん」
「いやだって疲れて寝てるのに起こすのもちょっと気の毒じゃないか」
「じゃあそのまま一緒に寝てればいいんじゃない? 別に変な事はしないんでしょ」
「変な事って……確かににそうだけどさぁ……」
そこで見物人と化していた凛が一言。
「てゆーかさ、こんなに近くで話してたらプロデューサー起きてるでしょ」
「えっ」
口をパクパクさせながらゆっくりと奈緒が後ろを振り返る。
プロデューサーはしっかり目を開けてからからと笑っていた。
0144奈緒編
垢版 |
2013/03/26(火) 02:45:20.01ID:+rhti03Q
*ソレカラドウシタ*

「もーいい。寝る」
ひとしきり謎の言語を叫びながら枕を叩きつけてようやく落ち着いたのか布団をすっぽり被って不機嫌を隠そうともせずに奈緒は呟く。
ちなみにいつ起きるかなんてどうでもよくなったので凛と加蓮には先に帰って貰った。
「ゴメン。少しからかい過ぎた」
そう言い残して去ろうとするプロデューサーの服を掴んで引き留める。
「奈緒?」
「何日、家に帰ってないんだよ」
「ちょっと数えてないなぁ。まだ話せないけど結構大きい話があってそっちにかかりっきりでさ」
薄暗かったから解らなかったが、明るい場所で見るプロデューサーの顔は漂白されたように真っ白だった。
どれだけ疲れていたのだろう。少なくとも、自分が入ってきた事にも気づかない程には熟睡していたはずなのだ。
「いいよ。眠いなら寝てて」
怒ったのは、からかわれたからであって、抱き枕に代わりされたからじゃない。
だから、
「アタシはこっち、プロデューサーはそっち、ただし、こっちは向かないようにな」
二人背中合わせになって横になる。
一緒の布団で眠るくらいは別に構わないのだ。
体は正直なもので、あれだけ騒いでも直ぐに眠気が押し寄せてくる。
ただ、やっぱり顔を合わせるのは照れくさいから、
今はまだ、
背中に体温を感じるぐらいで、
背中が暖かいぐらいで丁度いい。
でも、
いつか、ちゃんと正面から見る事が出来ますように。
0145加蓮編
垢版 |
2013/03/26(火) 02:47:32.54ID:+rhti03Q
ピピピピッ。
聞き慣れた電子音と共に取り出した体温計の表示は37.5度。
幾らか症状は治まってきたとはいえまだまだ立派に風邪の真っ最中だった。
(最近は調子よかったから油断してたなぁ……)
実際に数字として見てしまうと体調も幾分悪化したような気がしてしまい、見慣れた天井を見上げてため息をつく。
昨日からずっと横になっていたので眠気もすっかり無くなっていたが、かといって何が出来るわけでもなく結局おとなしくしているしかないと観念して再度の眠りについた。



何度目かの緩い覚醒。
ふと、視線を感じて首だけを動かしその方へ向ける。
プロデューサーが椅子に座ってこちらを見ていた。
「……変態」
「酷い言いぐさだ」
「女の子の寝顔をずっと見てるなんて変態以外の何者でもないじゃない」
来てくれた事は嬉しいと思うけれどこれぐらいの憎まれ口は許して欲しい。寝顔を見つめられるなんて男の人が思っている以上に恥ずかしい事なのだ。

「どれぐらい前に来たの?」
「今来たばかりだ。ひょっとして起こしたか」
「ううん、大丈夫。昨日からずっとベッドの中であんまり眠くないから」
寝ていた体をを起こしてもまだ少しふわふわしてる感じがする。
「そっか。体の調子はどうだ」
「退屈に思えるくらいには回復してきたよ」
「なら良かった。そうだ、後で凛と奈緒も来るって言ってたぞ」
「来なくてもいいってメールで言ったのにみんな大袈裟過ぎ。もし風邪が移ったりしたらそっちのほうが大変なのに」
とは言ってみたものの加蓮自身にも仕方のない事だという自覚はある。
「加蓮の場合は昔の事があるからな」
「おかげ自分の心配する分が無くなっちゃいそう」
「2人とも、それだけ心配してるんだよ」
「プロデューサーも心配した?」
「俺は昔の加蓮を聞いた話でしか知らないからな。それでも、もしかしたらってのは少しあった」
「ふふっ。ありがと」
家族以外にも心配してくれる人が居る。その事実は少しだけ申し訳ない気持ちと、それ以上の嬉しさがある。
「さてと。そろそろ行くよ」
「もう行っちゃうの?」
0146加蓮編
垢版 |
2013/03/26(火) 02:49:18.91ID:+rhti03Q
あれ、
普段はこんな事言わないのに、やっぱり私弱ってるのかな。
そういえば、アイドル始めてからはいつも誰かと一緒だったから一人っきりって久しぶりかも。
「年頃の女の子の部屋に二人っきりってのはあまりよくないだろ」
なるほど確かにその通りではある。その通りではあるのだがつい今し方弱っている事を自覚した加蓮としてはもう少し甘えても許されるのではないだろうかと思う訳で。
「じゃちょっとこっち来て」
ベッドの中から手招き。
「ハイハイ」
って呆れながらでも律儀に頼み事を聞いてくれるのは嬉しい。
「もうちょい近く」
「これ以上ってお前無理──」
「ていっ」

腕を掴んでベッドの中へ引きずり込む。
バランスを崩した体は案外簡単に動かせた。
ご丁寧にちゃんとかけ布団までかけてあげるおまけつきだ。

息がかかるぐらいの近い距離にお互いの顔がある。
口を開く前に言葉を被せて何も言わせない。

「ねえ」

これは、熱で少しぼやけた頭だから出来る事だ。
いつもならこんな事は出来ない。
いつもならこんな事は言えない。

「私は、ずっとここにいたんだよ」
残された時間を数えながら、不安に押しつぶされそうになりながら、冷たいベッドの中で震えていたんだよ。

体を治してくれた訳ではないけれど、
新しい世界を教えてくれた貴方の事が、
私を想ってくれる貴方の事がこんなにも愛おしい。
この言葉はまだ口にはしないけれど、
ただ、今だけは。
小さな不安の欠片がどうしても消えない今だけは。

「眠るまででいいから、ここにいて」

一人ではないと信じさせて。
人が温かい事を確かめさせて。
どうか、そばにいて。
0147創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/03/26(火) 02:52:00.51ID:+rhti03Q
以上投下終了。改行多過ぎとか表示されてちょっとgdgdになったけど見逃して。
時間が時間なのでレス返しはまた後ほど。それではこれにて一旦失礼。
0148創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/03/26(火) 23:42:18.24ID:+rhti03Q
>>127 レアってーか木場さんわりかし大概の事には対応してくれるんで個人的にはかなり扱いやすい部類に入ります。

>>128 いやあ気づいてくれる人が居てよかったよかった。

>>129 アチャー。プロデューサーさん言質取られちゃったかー。
この後が楽しみのような怖いような。

>>134 なんといいますかこのキャラならこういう行動になるよねてな所にストンと落ち着いてくれる安心感とか、
タイトルにもあるドアの使い方とか最後の皆からの呼びかけとかスイスイ読み進められるテンポの良さに毎回感心させられております。

それから保管庫更新しましたので皆様確認お願いいたします。
それではこれにて失礼。
0149創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/03/27(水) 06:33:02.70ID:mExzCzM6
 この冬一番の寒波が街を襲っていた。早足で暖の取れる家へと急ぐ人々と心持ち重い足取りで寒さに耐えながら歩を進める人々に分かたれた雑沓というにはまばらな人影、その後者の中に二人のアイドルの姿があった。
ずびっ
「ちょっと涼、さっきから鼻、大丈夫?」
「熱はなかったし、駅まで我慢すれば大丈夫だよ」
 その内の一人、桜井夢子は隣に居るもう一人、秋月涼に心配半分呆れ半分の表情を向けている。
「何が“大丈夫”よ、まだ鼻水出てるわよ。ほら……はい、全く世話焼けるんだから。」
 取り出したティッシュで涼の鼻先に残っていた分を拭き取ると、窘めるように言った。
「こんな所撮られてごらんなさい、鼻水垂らしたトップアイドルなんてファンが見たら嘆くわよ」
「ははは……うん、ありがとね。」
 そんな事より、それを夢子ちゃんに拭いて貰ってた事の方が問題じゃないかなと考えながら礼を返す涼。その顔に浮かんだ軽い笑みに分かってるのかしらと訝しく思いながら夢子は言葉を繋げる。
「予報見ずにマフラーしてこないなんて、ちゃんと喉を守らないなんてアイドル失格よ全く。私には伝染さないでよね、明日収ろ」
ふあ…ックシュン!
 喋っている最中、涼のくしゃみが夢子の言葉を断ち切ってしまう。
「ごめん、離れてるね」
 距離を取ろうとする涼。その腕を抱えるように夢子は密着する。
「離れるより、こうした方が暖かいでしょ。」
 思い掛けない積極的な行動、伝わる体温に甘えそうになった涼だがやはり夢子に風邪をひかせてしまうかも、と身を離そうとする。
「動いちゃ駄目よ、こうして……。ほら、このマフラー短いから離れないでね」
 その機先を制し巻いていたマフラーを涼の首へと回す。ふわり、生地と共に夢子の香りが纏わるのを感じ動きを止めた涼に、夢子がぴったりと寄り添う。
「さ、行きましょ」
 あまり長くないマフラーでは互いの首を覆い隠すには至らず、時折強く吹く風が首筋を冷たく撫でる。それでも二人の体温は互いを守り――
「えっクション!」
 ビュウと一際強い風に涼は身を震わせると咄嗟に逆を向いてくしゃみをする。振り向くと夢子の諦めたような視線が突き刺さった
「ムードもへったくれもないわね。もう、駅まで急ぐわよ!」
 言うや、首ごとマフラーを引っ張り歩を早める。向かい風の吹く寒さを受け止めながら、二人は足音を重ね歩いて行った。

クシュン「夢子ちゃん、やっぱり僕」「いいからちゃっちゃと歩く!」
0150創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/03/27(水) 06:42:17.33ID:mExzCzM6
あ、順番間違えて前置きする前に本文投稿してしまった(汗

えー、 >>86 書いてた者です、今度もりょうゆめです。
書いてた時は冬だったんです……
0152メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/04/29(月) 21:15:02.38ID:lO96hsj3
あーテステス。久しぶりです。短編1本投下します。
今回は秋月律子さんの話。
注意点て程でもないのですが、初代というか無印の頃をイメージしていただければ幸いです。
0153When The Sun Meets The Sky
垢版 |
2013/04/29(月) 21:16:42.45ID:lO96hsj3
時刻はようやく朝日が昇り始めた頃。
海岸沿いの道を空冷エンジン独特の音を響かせながら一台の車が走っている。
運転席に座っているのは眼鏡をかけて髪を緩い三つ編みにした若い女性。

バックミラーで後方を確認してからウインカーを出して路肩に寄せながらブレーキをゆっくりと踏む。
タイミングを合わせてクラッチを切る。
停止したことを確認してギアをニュートラルに入れてサイドブレーキをかける。
ようやくこういった一連の動作を意識せずともできるようになってきた。
周囲に誰も居ないことを確認してから降りて、大きく伸びをしたり肩を回したり軽いストレッチをする。固まっていた筋肉がほぐれてゆく感触。
いくらか慣れたつもりでもやっぱり一人での運転は緊張していたらしい。
大きな深呼吸をして一息。夜明けの冷たい空気が心地よい。

秋月律子18歳。只今人生初の車で一人旅の真っ最中である。
0154When The Sun Meets The Sky
垢版 |
2013/04/29(月) 21:18:36.57ID:lO96hsj3
実の所、免許を取った理由なんていつか必要になるかもしれないとか、手っとり早い身分証代わりだとか、
他にはブログやトークのネタになるかもとか、有り体に言うならば無いよりはあったほうが良い程度の物だった訳で、
当然免許を取っても車そのものを買うつもりなんてこれっぽっちも無かった。
第一、アイドルなんてやっている身の上としては万が一事故でも起こそうものならそこでアイドル生命が終わってしまうわけで、当然周囲の反対も多かった。
じゃあ何故買ったのかと問われればこれはもう一目惚れとしか答えようが無い。

そのお相手の名は2代目フィアット500。
どんな姿かわからない人でもカリオストロの城でルパン3世が乗っていたと言えば大体想像はつくだろう。その程度には有名で少しばかり古い車である。

「せっかく免許取ったんだから少しぐらい車に興味持ってもいいんじゃないか」
なんてプロデューサーの一人に言われて車を少し観察するようになった。
相変わらず詳しいことは何もわからなかったけど。
そんな中、街中で何気なく見かけた一台の車。
その時は気にも留めずに通り過ぎたが、そのうちチラチラとあの丸っこいフォルムが頭に焼き付いて離れなくなって、
こういった方面に詳しい件のプロデューサーの首根っこ掴まえて根掘り葉掘り聞いてその時になってようやく名前を知って、
中古車しかも一昔前の車にかかる手間と金額とリスクとオススメ出来ない理由を懇切丁寧に説明してもらってそれでも諦めきれなくて、
信頼できる店を紹介してもらってそれまでアイドル稼業で稼いだ貯金を幾らか崩してもしもの為に保険もキッチリかけてようやく購入と相成った。

そんなすったもんだを乗り越えて迎えた待望の納車の日には、
「正直、自分でも驚いてますよ。免許取った時はもし買うなら流行のハイブリッドとかコンパクトみたいな無難なのだろうなって思ってましたから」
「利便性考えたら迷う余地なくそっちなんだがな。でも、何となくらしいとは思ってるよ」
「何でです?」
「いやあ、お前さん何だかんだいって世話焼きだもの。手間はかかるけどかけただけ応えてくれるこいつはピッタリだと思うよ俺は」
そんなやりとりがあったとか。

さて、納車されたはいいが律子はそれなりに売れているアイドルな訳で、あまり自由に時間を使える訳ではない。
それでもなんとか合間を見つけてはハンドルを握り、一人でも大丈夫だろうとお墨付きをもらったのがつい先日の事。
これ幸いと丸々一週間のオフを作り、行き先を決めないまま長いドライブに出かけることにした。
0155When The Sun Meets The Sky
垢版 |
2013/04/29(月) 21:20:43.69ID:lO96hsj3
東京から遠く離れた地方でも自分の事を知っている人がいた。
アイドルをしているから当たり前の話だけどやっぱり嬉しい。オマケなんてしてもらえると特に。

すっかり缶コーヒーの味を覚えてしまった。暖かくなってきたとはいえ日が沈めばまだまだ冷える。
年期が入って貧弱なエアコンでは物足りない時のカイロ代わりに丁度いい。ちょっと糖分が心配だけど。

泊まるだけで食事さえ気にしなければラブホテル(最近は違う呼び方もするらしいが)が割と便利だと知った。あまり詮索もされないし面倒もない。……ただ仕事の時に使うかといえば怪しいところだが。

単純に車を運転するだけで、ハンドルを握っているだけでこんなにも楽しいと知った。
ドライブなんてガソリンの無駄だと思っていたけどその考えを改めなければいけない。

車の運転は楽しい。しかし、基本的にずっと座りっぱなしなので運動不足には気をつけなければいけない。
色々な所をまわっていると地方の名産品なんてついつい食べてしまうものだから体重計に乗って表示された数字を見て思わず目眩がした。
その夜からは周りの迷惑にならない程度に自主的にダンスレッスンをすることにした。何事にも復習は大事である。

普段騒がしく思っていても離れるとつい寂しくなってしまうものらしい。一日に一度事務所に連絡を入れることにした。けっして言わないけれど、電話をかけて最初に誰が出るのかが少し楽しみだった。

時折、風景と共に愛車の姿を携帯のカメラに収めるが少々物足りない。
帰ったらデジカメでも買うべきだろうか。
多分買う事になるだろう。

スケジュール帳を見て改めて確認する。帰らなければいけない時が来ていた。
0156When The Sun Meets The Sky
垢版 |
2013/04/29(月) 21:22:37.17ID:lO96hsj3
自販機で買った缶コーヒーを適度に温くなるまで手の中でカイロ代わりに弄ぶ。
もう一方の手でエンジンルームにそっと触れる。少しずつ缶コーヒーと同じように熱が冷めていく。
重いステアリングにも、独特のエンジン音にも、硬いサスペンションの感覚にも大分慣れてきた。
髪を解いて、風に遊ばせるままにする。
海沿いの道をずっと走ってきた。飽きることのない波の音と、潮の香り。
大きく息を吸い込む。少し前に比べると空気がどこか甘くなってきた。季節が変わろうとしている。

愛車に体重を預けて、時折コーヒーを飲みながら何をするでもなくじっと日が昇る姿を見つめている。
あと少しでこのドライブも終わる。
また、あの騒がしくて忙しい日常に戻る時が近づいている。
それが嫌になった訳ではない。でも、この時間が終わってしまう事が名残惜しい。
コーヒーをまた一口飲んでそれっきり何も考えないようにする。エアポケットのような時間。

「まあ、それでもいっか」

ふとこぼれた呟きが虚空に溶けていった。
口に出してみると、すんなりと納得できてしまった。
別にこれが最後という訳でもない。これから先に幾らでも機会はあるのだから。
わざわざこんな事を考えてしまうのは夜明けの海などというシチュエーションだからだろうか。
ついでだからもうしばらくセンチメンタリズムに浸ってもいいだろう。

太陽が顔を出す。
目を閉じて全身で光を浴びる。
腕を伸ばして手を開いて、出来るだけ多くの光に触れようとする。
細胞のひとつひとつが柔らかい熱を帯びていく。
体が目覚めていく瞬間をはっきりと自覚する。
目を開いて、入ってきた光の強い刺激に少しだけ視界が滲む。
きっと、こんなふうにして世界も目を覚ます。

丁度缶の中身も空になった。空き缶をゴミ箱に放り込んで運転席へ座る。
エンジンに火を入れる。暖まるまで少しの暖気。
もどかしいとは思わない。
普段の仕事は時間に追われているのだ。一人の時間くらいこの程度の猶予はあってもいいだろう。

「さて、帰りますか」
そう声に出して、頭の中で思い描いた光景に苦笑する。自宅よりも先に765プロの事務所が浮かんできてしまうあたり割と重症かもしれない。

トランクに放り込んだお土産の数々を思い出す。
それなりに絞ったつもりでも、各地を転々と回ってきたからそれなりの量になっていた。
素直に渡してもいいけれど、わざと忘れたフリをして「私の無事な姿が何よりのお土産でしょう」と言ってやったらどんな顔をするだろうか。
きっともっと騒がしくなるに違いない。
こんなセンチメンタリズムなんて跡形も無く吹き飛ばしてしまうだろう。
ああ、どうしよう。
どっちを選んでも楽しい事になるのが容易に想像できてしまって緩む頬を押さえきれない。
とてもささやかで幸せな悩みを抱えて帰路につく。


朝の光の中、海岸沿いの道を一台の車が走っていく。
0157創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/04/29(月) 21:24:36.11ID:lO96hsj3
以上投下終了。
今回のタイトルはEric Johnsonというギタリストのアルバム『Venus Isle』に収録されている曲から拝借しました。
実のところを申しますとこの話2の発表前に大体のラインは頭の中にあったのですがこの度ようやく表にだせたとゆー……
結局私の遅筆と動き出すのが遅いのが原因なのですが。
曲を聞いている時にふと朝焼けの中を走る車の映像が浮かんできまして、
じゃあアイマスの面子の中で車の運転が出来そうなのと考えた時に、無印の段階だと律子さんぐらいしかいない。
じゃあ律子でいこう(あずささんはコミュの中で免許取れなかったって話があったはず)
そんな感じで出来た話です。
車はあんまり詳しくないのでメジャーなところ+あえて律子らしくない車種って考えてこうなりました。
詳しい人ならもうちょっとピッタリな選び方をするのかなーなんて思ったりしましたが。
それではこれにて失礼。
0158メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/05/13(月) 01:16:11.89ID:o28WevF4
あーテステス。また投下に来ました。
今回は雪歩とちょこっと舞さんの話。
特に注意事項は無いと思います。
0159sometimes
垢版 |
2013/05/13(月) 01:18:20.37ID:o28WevF4
腕時計に目を落として時間を確認する。只今の時刻午前10時半。予定の時間を大幅に過ぎているが未だ待ち人来たらず。
レッスンスタジオの前で待ちぼうけを食らっていたプロデューサーははて、と首を傾げる。
今日ここに来るはずだった雪歩はどれだけ気の進まない仕事であったとしても体調不良以外で休んだことは無いし、
仮に休まなければならない事情があった場合は必ず連絡を入れてきたのだからその疑問は当然でもある。
考えたくはないが連絡の入れられない状況にあるのだろうか、事故にでも会ったのだろうかと不安が頭をよぎり、
何か知っていることはないかと事務所に居る音無小鳥嬢へと電話をかけた。
「すみません小鳥さん。まだ雪歩がこっちに来ないんですが何か連絡は来てませんか?」
「ああそのことでしたら昨日の夜に雪歩ちゃんから電話がありまして」
「ええ」
「今日のレッスンはドタキャンするそうです」
「……はい?」
今しがた耳に入ってきた言葉の意味を理解するまでに少々の時間を要した。その程度には不可思議な言葉を聞いた。
「…………」
「もしもーし。プロデューサーさん?」
「ちょいと聞きたいことがあるんですが」
「はい何でしょう?」
「前日に連絡を入れるのはドタキャンっていうんですかね」
「普通は言いませんねぇ」
「何で今の今まで小鳥さんは教えてくれなかったんですかね」
「それはやっぱり前もって教えたらドタキャンにならないからじゃないですか」
「じゃあドタキャンしたスタジオとトレーナーさんに頭を下げるのは誰のお仕事でしょうかね」
「それはやっぱりプロデューサーさんのお仕事じゃないですか」
「ですよねぇ」
こやつめハハハ。覚えていろよこのぴよ助め。
ひとしきり頭の中で悪態を並べ立てた所で、さて、わざわざ予告までしてドタキャンなぞした当の雪歩は今一体何をしているのだろうかと意味もなく空を見上げた。
0160sometimes
垢版 |
2013/05/13(月) 01:20:03.70ID:o28WevF4


で、当の雪歩はといえば奇しくもプロデューサーと同じように空を見上げて深いため息をついていた。
雲一つ無い青空とは裏腹に心の中はどんよりと重たく曇っている。
その胸中を一言で表すならば後ろめたい。こうして歩いていてる最中に知っている誰かと鉢合わせて、
「今何してるの?」
なんて聞かれたらどう答えればいいのかと不安になる。
もし聞かれたとしても今日はオフなのと平気な顔をしていればいいだけなのにそれも出来そうにない。
ああ。なんでこんなことしちゃったんだろう。今すぐ昨日に戻ってやりなおしたい。
そもそも今日のレッスンにしたってどうしても嫌だった訳じゃなくてほんのちょっと魔が差しただけなのに。

再度のため息をついて、ウインドゥに写った自分の服装を確認してみる。
いつもと気分を変えたくて服装もプリントTシャツの上に薄手のブルゾン、下はジーンズとスニーカー。、頭には野球帽といつもはしないような組み合わせだ。
思い切ってしてみた服装だけど動きやすくてこれはこれでありかな。なんて思ったのは小さな収穫だけど。

とりたてて予定は無かったし、家の中に篭っていても気が滅入るだけだから外に出てきたけどそれも間違いだった気がしてきた。
それでも、体を動かしていれば気持ちも変わるかと期待して街をぶらついてみることにした。
最近仕事ばっかりだから服の新作もぜんぜんチェックできていなかったし。なんて無理やり考えた理由を自分に言い聞かせて。



結論からいうと駄目でした。
リップやマニキュアの新色も、お気に入りのブランドの新作も、雑誌も、お茶も、お菓子も、どの店に行っても何を見ても集中しきれない。
まるで楽しんではいけないとでも言いたげに心のどこかでブレーキがかかる。
もう諦めて家に帰ろう。そして明日怒られてまた元の生活に戻ればいい。
そう思って踵を返したところで予想外の声が聞こえてきた。
「やっほー久しぶりじゃないゆっきー」
「えひゃい!」
日高舞である。
雪歩の姿を確認するやいなや一片の遠慮も無く肩に手を回して顔を覗き込んでくる。
「なーによー変な声出してー。そんなに私の事が嫌?」
「いえ……そんな事ないですぅ」
「ふーん」
日常的に顔を会わせている訳ではないが、それでも一目で雪歩の様子がいつもと違う事には感づいたようで、
「ちょっと歩きっぱなしで疲れたから休憩したいんだけど、一人ってのもなんだからつきあって」
返答も聞かずに雪歩の手を引いて歩き出す。

連れて来られた先は落ち着いた雰囲気の日本家屋を改装した喫茶店だった。
店の周りを木に囲まれ都会の喧噪とは隔絶されており、店内の天井も高く席同士も離れているためゆったりと過ごすことが出来る。
都内にこんな場所があったのかと物珍しげにそれとなく店内を見渡す。
「ゆっきーお茶好きだからここにしたんだけどもし気に入らなかったらその時はゴメンなさいね」
「いえっ、そんなこと無いですとっっても素敵なお店です」

テーブルの上に目を落とす。
舞さんの手元には、クリームをたっぷりと添えたシフォンケーキと素焼きのカップの中で湯気を立てているコーヒー。
雪歩の手元には、軽く表面を炙った最中と湯呑みの中で香ばしい香りを立てている煎り番茶。
0161sometimes
垢版 |
2013/05/13(月) 01:22:29.18ID:o28WevF4
一口口をつけただけでそれっきり手を伸ばそうとしない雪歩を見て、
「ね、ちょっと当ててみよっか?」
「?」
「ゆっきーが元気無い訳」
雪歩の返答も待たずに推論を並べ始める。
「うーん、誰かと喧嘩したって風でもなさそうだし、周りを気にしてるみたいだから……ひょっとしてドタキャンでもした?」
しかも的確に当ててきた。細かいところまで気にしないようでいてよく見ている。
「はい……その通りですぅ……」
「そ。私の勘もまだまだ捨てたもんじゃ無いわね」
それっきり何か言うわけでもなく、中断していたケーキにまた手を伸ばし始めた。
「あのう……」
「どうしたの? そっちの最中要らないなら私が食べるわよ?」
「いえっ、そうじゃなくて、何も言わないんですか」
「何に?」
「だからその……ドタキャンしちゃったんですけど……」
「やーねぇ私別に765の人間じゃないもの。ファンを蔑ろにでもしない限り何してよーが口出す筋合いじゃないわよ。
今だって知った顔を見つけたからお茶に誘っただけだし……でもね」
「?」
「そうやって俯いてばっかりってのはちょっともったいないかな」
「もったいない……ですか」
「そ。休む事も外に出かける事も、いつもはしないようなその服だって自分で決めてきたんでしょ。だったら折角の空いた時間胸張って楽しまないと損じゃない。それに」
雪歩の髪に手を突っ込んでわしわしとかき回す。

「こんなに天気も良いんだしね」

そのちょっとだけ悪戯を含んだ笑顔はとても快活で魅力的で、ああ、やっぱりこの人は愛ちゃんのお母さんなんだな。なんて思ったりして。
その時になってようやく雪歩はこの日初めて笑って、その顔を見た舞さんは満足げに「よろしい」といって額を近づけてまた笑った。

会計は雪歩が財布を取りだそうとする前に、
「私が誘ったんだしこれぐらいはお姉さんっぽい事するわよ」
といって口を挟む間もなく支払ってしまった。
「じゃ、私は夕食の準備があるからここでお別れね」
スタスタと歩き出す背中に向かって、
「ありがとうございました」
そう言って深く礼をする。
舞さんは振り返る事無く手を振って去っていった。

さて、と気を取り直して振り返り、もう一度歩いてきた道を遡る。
まだ時刻は昼を過ぎたばかりで今日という日ははまだ十分に残っているのだから。
0162sometimes
垢版 |
2013/05/13(月) 01:24:34.00ID:o28WevF4


小物入れのつもりでボディバッグを買ってみた。自分のイメージと合わないような気がしてなかなか手が出せなかったけど使ってみれば結構便利だった、
なんといっても両手が自由に使えるのが一番いい。

思い切って偶然見かけた洋食屋さんに入ってみた。興味本位で生姜ご飯のあんかけオムライスを頼んでみたけど凄く優しい味わいで大当たりだった。また今度来よう。

お気に入りのブランドのお店で新作を色々試着させてもらって、スカートを一着だけ買った。どんな上を合わせようか楽しみだ。

歩き疲れて入ったチェーン店のコーヒー屋さんでクリームたっぷりのカプチーノとケーキのセットを食べた。今日ぐらいカロリーは気にしない。
何気に今日はずいぶん食べている気がするけど甘いものは別腹だからいいのだ。それにしても体に悪い食べ物ってなんでこんなにおいしいんだろう。



目的も無く歩く。
気の向くまま行き先も知らず歩く。
歩く行為に没頭する。
心配、後ろめたさ、感謝、楽しさ、頭の中で渦巻いていた様々な感情や言葉が一歩ごとに息を潜めていく。

水の流れる音が聞こえてきて耳を澄ませる。
こんなところに川が流れていたことを今日初めて知った。
立ち止まって水面を見つめる。ようやく思考が活動を再開する。
少し、足がくたびれていた。

舗装されたコンクリートを越えて様々な大きさの石が敷き詰められた川辺に立つ。石の隙間から延びた雑草を踏みしめながら。
足下の石を一つ拾ってみる。
思い切って放り投げてみる。
石は緩やかな放物線を描いた後に僅かな水飛沫を上げて水面に消えていった。
0163sometimes
垢版 |
2013/05/13(月) 01:29:31.28ID:o28WevF4
携帯が震えて着信を告げる。
ディスプレイに表示された名前はプロデューサー。
少しだけの逡巡の後、通話ボタンを押す。
「……もしもし」
「あー雪歩か。俺だ」
少しの沈黙。個人の携帯なのだから本人が出るのは当然なのだが、
どうやら向こうもなんと言えばいいのか考えあぐねているようだった。
結局、出てきた言葉は、
「初めてドタキャンしてみてどうだった?」
どう答えるべきだろう。少し考えて、
「あんまり、楽しくはなかったです」
半分の本当と半分の嘘を告げる。
だがプロデューサーは雪歩の言葉には応えずに話し始めた。
「知らなかったかもしれないけどさ、うちの中でドタキャンしたこと無いの雪歩だけだったんだよ。
だから小鳥さんから聞いた時、ちゃんと雪歩もわがまま言えるんだなって少し安心した」
てっきりこういった事からは縁遠いと思っていた他の皆もドタキャンしているのだと、そんな事実を初めて知った。
「最初だから多めに見るけど次からはちゃんと注意するからな。それで、
今度から休みたくなったら前もって言ってくれれば少しぐらいなら融通するから。それじゃあまた明日」

きっと、プロデューサーも雪歩の言葉が嘘だと気づいている。
それでもあっさりと嘘を見抜かれていた事が少しだけ面白くなくて、通話を終えて何も表示していないディスプレイに向かって届くはずのないアカンベーをしてみせた。

少しまだ物足りない気がして、
キョロキョロと周りに人が居ないことを確認してから大きく振り被って足下の小石を蹴りとばしてみる。
石がさっきより高く空に舞い上がって水の中へ落ちていく。
水面に吸い込まれて落ちていく。
波紋が浮かんで消えていく。

これで最後にしよう。
ふう、と、軽く息を吐いてから助走をつけて、不愉快なもの全部蹴り飛ばすつもりで足を振りぬく。
石が高く遠く飛んでいく。
大きな水飛沫が上がって消えていった。
0164創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/05/13(月) 01:34:29.12ID:o28WevF4
以上投下終了。今回のタイトルはaquilaというバンドの同名の曲から。
歌詞が、「たまには何か蹴っ飛ばしたくなるのさ」みたいな内容なんで、
あんまりそういう事しなさそうな雪歩にしてもらおう。
そういや初代で唯一ドタキャンしないキャラだったっけ?
みたいな感じでこの話が出来上がりました。
それではこれにて失礼。
0165創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/05/13(月) 14:15:55.29ID:xIcyJDkh
かわいい
0166小ネタ(ミリオンキャラ注意)
垢版 |
2013/06/15(土) 18:33:56.79ID:Rd6Tjst0
「最上静香……そう名乗ったのか、遊びやがって」
「遊ぶ?」
「二重の言葉遊びだ……いや、三重かな」
「言葉遊び……偽名を使っているっていうことですか?」
「芸能人だ、芸名ってことにしてやろう。最上……モガミは『喪神』だ」
「喪神?ああ、付喪神とかって言いますよね」
「ツクモの別字を知ってるか?同じ読みで、違う当て字を使うことだ」
「有名なのは九十九ですよね、って!そのツクモは」
「そう。付喪神とは『九十九神』だよ。修羅の道を歩いて神を破り、その拳の最強を証明しようとした、
あの男の名だ」
「まさか……いや、まさか、あんな女の子が」
「三重の言葉遊びと言ったろう。奴の系譜をたどった者が行き当たる女性の一人に、その名がある。
そうでなきゃ、俺だって偶然で済ませてた」
「静香……まさか……静御前……ですか?」
「静御前は舞の名手だったそうだよ。今で言うトップアイドルだ。あの子はあくまで、格闘技ではなく
アイドルで最強を証明しようとしているってわけだ」
「いやイミあるんすかそれ!」
「バカヤロウ。格闘技ライターがアイドルのことなぞわかるか」



「ええ?『あの人』に格闘技でかなうわけないじゃないですか。私はそもそも、跡継ぎでもなんでも
ないんですから。
 でも『あの人』も知らない、というか、興味がないんですよ。この体さばきや、突きも蹴りも……
相手の肉体を砕くためだけに練られた技ではないって。
 空気を振動させる技もあるでしょう?ええ、相手の心を揺るがすことだって容易いんですよ。
 『あの人』は、どんな闘いでも最強を証明すると言っています。いつ、この舞台に気づくか知れません。
 私は、芸能界を戦場にしたくないんです。私が頂点に君臨していれば、このステージは『あの人』に
とっては価値がなくなる……それが私の狙いです。
 えへへ、バレちゃいましたから、教えました。
 わかったらどいてください。はじめに言ったでしょう?
 私には時間がないんです」



 ……ニィッ。



「邪魔だけは、しないでくださいね」





続かない。
久しぶりに義経編読み返してたら感情が昂ぶってしまいました。


>>164
よかったです
雪歩って一人遊びがなぜこうハマるのだろう

またちゃんと書いたら来ます
01681レスネタ『ふたりの食卓』
垢版 |
2013/07/04(木) NY:AN:NY.ANID:wMmaAXcQ
「そうなんだ。それでどうなったの?響」
 フライパンの温度を探り探りしながら、ソファにあぐらをかいてる響に訊ねる。響がボクの家に来るのももう3度目か4度目で、勝手知ったるなんとやらって感じ。
「いやー危機一髪だったさー。ねこ吉が気づいてくれて、こっち帰ってきてくれたんだ」
「そう、よかったぁ」
 今日は二人でスポーツ特番の収録だった。まだまだ駆け出しのアイドルとなると収録現場もなかなかハードで、なんかめちゃくちゃお腹へったねって話になって。
 ちょうどボクの家のほうが近くて、父さんも母さんもいなかったから都合いいやって思って、誘ってみた。
「まったくさー。ネコのくせに落ちて怪我でもしたら一大事だったよ」
「ボクが言ってるのは響のことだよ」
「え、自分?」
「きみのネコ吉ももちろん心配だけど、響が怪我したらそれこそ大変じゃない」
「え……真、きみ自分のこと心配してくれてるのか?」
「そりゃそうだろ」
「……」
「?」
「えへへ。ありがと、真」
 ヘンな間。まあ、ボクもだけど響も野生の勘で動いてるトコあるし。
 冷やごはんと玉子、野菜がいろいろあったから、ちょっと遅めの昼食は『菊地家特製・全部入りチャーハン・真風』。もともと母さんが得意で、ボクも手伝いしてるうちに憶えたスペシャルメニュー……って言えば、聞こえはいい、かな。
「自分もなんか手伝おうか?」
「ん、だいじょぶ。切ったら炒めるだけだしね」
「ふえ、そんなに野菜入れるんだ?」
「キライなもの、ある?響」
 肩越しに聞くと首を振って、興味深げに手元を見つめてる。
「細かく切っちゃえば全部食べられるし、野菜で分量稼げるから、炭水化物も抑え目にできるんだ」
「彩りもよさそうだ。こんなのできるなんてすごいな、真」
「へへっ、そう?」
 注意するのは固いものから先に火を通すことくらいで、実際難しい料理じゃない。それでも一人暮らししてる響から『すごい』って言われると、なんか嬉しい。
「すぐできるからテーブルで待っててよ」
「ん、そしたら準備してるね」
「ああ、ありがと」
 フライパンをあおりながら、お皿やスプーンの場所を教えた。
 そうして、やがて料理が完成。食卓で取り分けるので、フライパンのままキッチンを回って……絶句した。
「うわ?」
「おお!おいしそうだな、真。びっくりしたぞ」
「……びっくりしたのはこっちだよ」
 振り返った景色は、見慣れたボクの家のダイニングではなかったのだ。ふだんはシンプルな白いテーブルと木の椅子の食卓が、響の手で魔法のように飾り付けられていた。
 カウンターの端に置いたままになっていたランチョンマットの色を組み合わせて、センタークロスとディッシュスペースに。同じく使い途を失っていた紙ナプキンはカトラリーレストに仕立ててある。
 よく見れば大げさなことはしていないのがわかる。でも、ごくごく簡単な工夫で、あちこちにツボを押さえたドレスアップを施してあった。父さんがときどき使ってるワインクーラーにはワインボトルではなく、帰りがけに買ったペットボトルの水。
 その隣にはガラスのボウルに浮かべた、庭のガーベラ。
「きれいだったから、2輪だけもらっちゃった。可哀想だったかな?」
「そんなことないよ。それならボクたちでたっくさん見て褒めてあげればいい」
 用意されていたお皿に盛り付けながら聞くと、響は自宅でもけっこう、こんなことをしているそうだ。
「こっち来たときはバタバタしてて、ハム蔵たちといっしょにごはんかき込んでレッスン行ったりしてたけどね。しばらくするうちになんか、これじゃ違うーっ!ってなってきて」
 彼女にとっては友達で、仲間で、家族でも、その動物たちと同じレベルで食事のしていてはいけない、と感じたのだそうだ。響は続ける。
「それにね」
「うん?」
「食事することって、ヌチグスイだからな」
「ヌチグスイ?」
「ん、島ではそう言うんだ。なんだろ、生命の源とか、生きてくパワーとか、そんな感じ」
 だから、ただ栄養を補給するんじゃなくて、居心地のいい場所で、浮き立つような心持ちで、美味しいものを笑いながら食べられれば、それだけで元気は倍増するのだと。
「なるほど、なんか、わかる。一人で黙って食べるより、二人でおしゃべりしながら食事したほうが、楽しい」
「うん、そういうこと!」
 はじけるような響の笑顔。うん、そうだね。やっぱり二人のほうが楽しいや。
 いつの間にかセロリの葉と中華だしで響が作ってくれてたスープと並べて、そうして二人で食卓について。
「「いただきまーす」」

 生きてくパワーの源に、二人で一緒に手を合わせた。


おわり
0170メグレス ◆gjBWM0nMpY
垢版 |
2013/10/20(日) 22:14:51.42ID:MErqohHV
あーテステスお久しぶりです。
また投下に来ました。
今回は黒川千秋さんの話です。
喫煙シーンあるのでそのあたりだけ苦手な人は御注意下さい。
0171Anytime Anywhere
垢版 |
2013/10/20(日) 22:17:34.33ID:MErqohHV
ところどころクラックの入った壁に手をつきながら電灯の切れた中月明かりだけを頼りに階段を上る。
突き当たりの耳障りな音を立てる立て付けの悪い金属性のドアを開いて屋上へ出る。
緩やかな夜の風が頬を撫でる。
遠くから街の雑踏が聞こえてくる。
周りに同じ様な高さの建物が建ち並ぶ雑居ビルの屋上からの風景を見おろす。

街の生きている気配をフィルタ一枚隔てて感じられるようなこの距離が好きだった。

フェンスに体重を預け胸ポケットから煙草とライターと携帯灰皿を取り出す。
火をつけて紫煙を深く肺の中に行き渡らせる。
たかだか煙草一本吸うためにわざわざここまで出てこなければならないが、未成年の集団であるアイドル達に気を使うのは当然の事だから別段苦にはならない。
むしろ一人だけの時間、静かな時間、何も考えない時間、そういった物は何かと賑やかな日常の中では貴重でもある。
最早屋上への移動も含めて気分転換のための儀式にもなりかけていた。
(ありえない話だが)仮に事務所に喫煙コーナーが出来たとしても自分はここへ来る事を選択するだろう。

頭の中を空にして何をするでもなく夜空を見上げる。
揺らめいて消えて行く煙の行方を見つめる。
徐々に短くなっていく煙草のチリチリと焼ける音を聞く。
タールとニコチンが僅かずつ舌を麻痺させていく。

さほど遠くない所から聞こえるヘリの音で意識が現実に引き戻される。
無駄とは知りつつも試しに探してみるが当然ヘリの姿は見えない。
そういえば今日はこの近くで人気グループの生中継をしているんだったか。
恐らくはそのために駆り出されたであろうヘリのローター音を聞きながらそんな事を思い出す。

軋んだ音を立てて背後のドアが開く。
誰かと確認するよりも早く不機嫌である事を隠そうともしない声が耳を打つ。
「ここに居たのね」
振り向くと声の主である黒川千秋が想像通り不機嫌そうな顔をして立っていた。
元々つり目で人によっては少々キツめの印象を与える顔立ちだが今は一段と目つきが険しくなっている。風になびく長い黒髪と相まって中々の迫力だ。
こちらが何をしているのか一目瞭然のようで、
「またそんな物吸ってる」
と咎めるように言ってくるがこちらとしても毎度の事なのでさして気にする事もなく、
「あんまりホタル族を苛めてくれるなよ。一日に一本程度なんだから多めに見てくれても良いじゃないか」
と返す。
世間では何故か煙草を吸っている=ヘビィスモーカのイメージが強いが自分は今言ったように一日一本で十分だし、
毎日必ず吸うわけでもないから大体一月で一箱程度が大体の消費量だった。
それにマナーは守っているし少なくとも他人の居る場所で吸った事は無いのだから咎められるいわれは無いと思うのだが。
0172Anytime Anywhere
垢版 |
2013/10/20(日) 22:20:09.00ID:MErqohHV
「今日の仕事はどうだった?」
ともあれあまり続けたい話でもないので話題を切り替えることにする。
今日の彼女の仕事はPVの撮影だったはずだ。
尤も彼女の曲ではなく別のアーティストの物だったし、
少し流し見た程度だが企画書に書かれていた衣装は中々に扇情的な格好だったはずでそのあたりが少し気になっていた。
「あまり長い間着ていたい衣装でもなかったから一発で終わらせてやったわ」
「さよですか」
なんとも頼もしい台詞である。
このやりとりでわかるように自分は黒川千秋の担当プロデューサーではない。
ただ同じ事務所である以上それなりに挨拶ぐらいはする訳で、そんなこんなを繰り返していたらこんな感じに軽口を叩き合う程度の仲にはなっていた。

ふと、ちょっとした悪戯心が働いた。指に挟んだ煙草を軽く持ち上げて聞いてみる。
「吸ってみるか?」
「正気?」
本気を通り越して正気ときたか。
「いや、おまえさんも二十歳なんだし法律上は何も問題無いぞ」
「遠慮しておくわ。体の害にしかならない物をわざわざ摂りたくないもの」
「年とってからハマると後々抜け出すのが大変だぞ。どんなに酷い物か実際に知っておいても損は無いと思うがね」
「未来永劫そんな予定は無いから無用な心遣いよ」
「いやいや、反動かは知らんが経験上吸わないって頑なに言ってた奴ほど後々危ないんだよ。お前さんもそうならない保障はどこにも無いだろう?」
「……そんなに言うならさっさと寄越しなさい」

自分から持ちかけた話でこんな事を考えるのはかなりアレであるという自覚はあるのだがどうしても言わせて欲しい。
プライドが高いのは結構だが少しそのあたりを突いただけでこうも簡単に乗せられてしまうのはいささか問題ではなかろうか。
0173Anytime Anywhere
垢版 |
2013/10/20(日) 22:22:02.70ID:MErqohHV
くすんだワインレッドのパッケージから真っ白の煙草を一本取り出して千秋に渡す。
個人的には昔のグラデーションが綺麗だった頃の方が好きだったが、それはまあ関係無い事だろう。
「フィルタの方、そう、そっちを咥えて」
火をつけるためにライターを取りだそうとして止める。
代わりに短くなった自分の煙草を近づける。
「息を吸って。空気を通さないと火がつかない」
先端同士を触れ合わせる。
相手の息づかいを感じる。
すぐ近くにお互いの顔がある。
一筋の髪が落ちて目にかかる。
千秋は真っ直ぐにこちらを見据えたまま瞬きもせず目を逸らさない。
端から見ればまるでキスをしているようにも見えるだろうか。
今この瞬間を上空のヘリが撮ってくれないだろうかと一瞬だけ考える。
どうでもいいことだ。

火が灯る。
同時にこちらの火が消える。

「いきなり肺に入れるとむせる。最初は口の中に含む程度でいい」
煙草の先端の小さな明かりが呼吸に合わせて明滅する。
一呼吸置いて紫煙を吐き出す。
そんな姿でも品を感じるのは育ちの良さ故か。こちらの勝手な思いこみか。
千秋は己の吐き出した紫煙が消える様を見届けてから僅かに眉をしかめて、
「酷い味ね。返すわ」
一息吸っただけで長く残った煙草をこちらに手渡す。
「確かに貴方の言う通り何事も経験ね。少なくともこれからの人生で二度と吸う事は無いと確信出来たもの」
「そう言って貰えるならまあまあかな」
「まあまあ、ね」
胡散臭い物を見るような視線が突き刺さってくる。

しかしこの残った煙草をどうしたものか。
火を付けたばかりで捨ててしまうのはいささか勿体無いような気もする。
しばし黙考した後に、たまには余分に吸うのも悪くは無いだろうと再び口に咥える。
それを見た千秋の目が凶悪と言っていいレベルに細められる。
慣れていない者ならこの視線だけで腰を抜かすかもしれないとかそういう次元の話だ。
思わず寒気を感じて背筋がゾクゾクしてくる。
てっきりダース単位の文句ぐらいは言われるかと身構えていたが、
こちらの予想に反して何も言わずに踵を返して走り去っていった。
凄まじい音を立てて閉まる扉と、階段を駆け下りる乱暴な靴音が暫く耳に残り消えていく。

静寂の戻った屋上で一人煙草をふかす。
夜空を見上げる。
ヘリの赤い確認灯が視界の端に写る。
眼を閉じる。
瞼の裏の暗闇に黒川千秋の残像が残って、消えた。
■ このスレッドは過去ログ倉庫に格納されています

ニューススポーツなんでも実況