その惨状を目にした瞬間に木場真奈美は己に課せられた使命をはっきりと理解した。
すなわち、この音楽以外の能力が欠如した集団に数日間人間らしい生活を行わせること。
目の前にはグランドピアノと適当に毛布を敷いただけの床に着の身着のままで眠りこけている数名の男女。
文字だけならばもしかしたら色気の欠片も期待するかもしれないがその様なものは一片たりとて存在しないことを木場はよく知っている。
カーテンを全開にすれば既に日は頂点へとさしかかる頃であるにもかかわらず誰一人として全くこれっぽちも起きる気配が無いのが木場の推測を裏付けている。
どれ、と気を取り直し大きく息を吸い込むと、
「総員起床!!」
と叫んだ。
元々ボーカルトレーナーの予定で帰国した木場である。
その恵まれた体躯と常人離れした肺活量をフルに使用した声は文字通り空間そのものを震わせ全員の目を強制的に覚ますことに成功した。
飛び起きる者、のろのろと体を動かす者、この後に及んで寝っころがったまま視線だけを向ける者と反応は様々だ。
「お早う諸君。目は覚めたかな?」
「「あ゛〜〜い」」
とりあえず声を出しただけというのが丸わかりの合唱が帰ってきた。
およそアイドルが出していい声ではなかったがこの程度いちいち気にしない。



事の発端は誰だったか。
確か如月千早がたまには音楽に集中したいと言い出したのが始まりだったように思う。
続いて同事務所に所属する最上静香が便乗し、他に誰か候補はいないのかとプロデューサーが聞いたところ、
両親をクラシック奏者に持つ梅木音葉、
海外で既にプロとして活動していた木場真奈美、
幼少よりヴァイオリン一筋で何の因果かこの業界に入ってきた神楽麗、
現代アマデウスとも呼ばれる都築圭の名を挙げ、
駄目で元々と連絡を取ってみたところ奇跡的な確率でスケジュールの空きが合致しこの合宿が実現したという事である。
街より少し離れた合宿所を手配した時点で男女を一所に押し込めて何か間違いがあったらどうするという意見も無いではなかったが、都築と神楽両名を実際に見た瞬間に周囲のその疑念は払拭された。
大丈夫だ。こいつらならばありえないとその場に居た全員が確信したのは本人達の名誉のために伏せておく。 
ところがいざ出発となった段階で木場に急な仕事が入り一人だけ遅れての参加となってしまった。
その間木場の頭の片隅には不安が残っていた。
最初に述べたように男女のどうこうではない。
問題はわずか一日の間とて彼女らが人間らしい生活をしているかどうかである。
音楽に限らず何か一つの才に恵まれた人間というのはえてして日常生活を送る普通の能力に乏しいところがある。
久々の音楽に没頭できる環境に文字通り寝食を忘れたりしてはいないだろうかという不安だ。
何度も繰り返すが彼女達はアイドルである。下手を打ってニキビや吹き出物など作ったりしたら目も当てられないのだ。
そしてその懸念は正しかった。