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【SS】 コメディ  【ラブコメ】 【パロディ】
0001 忍法帖【Lv=10,xxxPT】
垢版 |
2011/08/07(日) 18:18:56.22ID:qUti1FzT
ジャンル:コメディの作品は何でもござれ

ラブコメでもパロディでもシットコムでもブラック気味でもOK
コメディと名がつけば、迷わずここへ投稿して下さい
明るく笑える作品を ときに感動を与える名作を 今の時代は必要としている気がする

短編、長編なんでも構いません
0197先輩後輩とアメリカザリガニと夏の陽射し
垢版 |
2013/04/12(金) 22:51:04.31ID:8rTodfdt
「先輩……」
「……何だ後輩」
「ザリガニを、釣ってみたいのですが」
「またいきなり何で!?」

 夏の太陽は空に長居している。陽射しの強さは、否が応にも在りし日の夏休みを思い出させた。
 学園からの帰り道。今日も追いついてきた後輩はやっぱりわけのわからないことをほざく。
 切なげな声で「ザリガニ」などと口にする美少女というのもなかなかシュールだが、こいつにまっとうな色気
とかそういうものを期待するのがそもそもの間違いだ。脳味噌がうどん玉か何かに置き換わっているんじゃない
かと思う時がある。

「この歳になると、何だか無性に過去を取り戻したくなりませんか? 小学生のころできなかったこと、ホウネ
ンエビの飼育とか、稲刈り体験とか、レッツ・コンバインとか、やってみたいと思いませんか?」
「どうでもいいけどお前、沼とか田んぼとか好きな」

 なんか以前にもそんな話があったような気がする。あまり積極的には思い出したくない記憶であるが。
 俺のどんよりした半眼に、後輩は得意気に胸を張ってみせた。

「沼ガールですからね」
「……森ガールとかいうやつらの亜種か?」

 どう想像力を豊かにしても、底なし沼の中から市松人形みたいな頭を目から上まで突き出してこちらを窺って
いる、不気味な後輩の一枚絵しか浮かばない。

「ほらほら先輩、いいんですか」
「何が」
「何がも何も、このご時世、沼ガールもいいかなとか思っちゃうアウトドア趣味の男子諸君が私をほっとかない
わけですよ。あんまり油断してると、可愛い後輩がどこの馬の骨とも知れない虫けらに寝取られちゃうかもしれ
ませんよ?」
「虫……今日のお前はまたえらい調子に乗ってるな……」
「――なーんちゃってっ! あれあれ不安になりました? 不安になっちゃいましたぁ? もー、私が先輩以外
に靡くわけないじゃないですかぁ! きゃー」
「何とわずらわしい女だろうか」

 俺のイメージの中で恐怖の妖怪沼女にされているなどと知る由もなく、後輩は緩みまくりの頬を掌で押さえて
きゃーきゃー興奮していた。
 ……このクソ暑いのに何でこんなに元気なんだろう。
 後輩はひとしきりはしゃいでから、手に提げたトートバッグの中をまさぐって安物の釣り竿(¥800)とス
ルメの袋を取り出した。何だかオッサンみたいな所持品である。
0198先輩後輩とアメリカザリガニと夏の陽射し
垢版 |
2013/04/12(金) 22:52:44.90ID:8rTodfdt
 
「それでですね、学園の畑のわきに沼があるじゃないですか」
「貯水池か」

 ようやく話が進展したが、あんまりうれしくない。
 後輩の言う“沼”とは、家庭科やら生物やら何やらで使う農場のそばに水源として設置された溜め池のことだ
ろう。無駄なまでにでかいうちの学園が誇るもろもろの施設の例に漏れずこれまたでかく、大雑把にプールくら
いの広さはあるはずだった。
 しかし、あそこにザリガニが生息しているなどという話は俺も寡聞にして知らない。

「そこにアメリカザリガニを放流してきました」
「放流!? わざわざ!?」
「ざっと二〇〇匹ほど。とびきりザリガニックなやつをね」
「しかも多いぃぃぃぃ!! そしてザリガニそのもの!!」
「外来種による生態系への影響は確かに心配でした。聞けばアメリカザリガニは生き汚く、食い意地が張ってい
て、まれに人を襲うこともあるとか……」
(ないと思う)

 妖怪化してもうとるやないか。
 しかし、生命力が強く、雑食性で何でもよく食べるのは間違っていない。
 ……それで生態系を破壊するという話もだ。

「思えば、水田にもいろんな外来生物が進出しているのですね。コカナダモ、ナガエツルノゲイトウ、オオキン
ケイギク、コンバイン、ホテイアオイ……こういう植物などもなかなかに根が深いといいますね」
「そのネタ以前にも聞いたよ」
「TO・NI・KA・KU!!」

 こうなったら勢いで押し切ってやる!と、ザリガニ並みのふてぶてしさで後輩が叫ぶ。

「先輩とザリガニを釣りたいという純粋な想いが、私の心から一抹の罪悪感を綺麗さっぱり吹き飛ばし、平和な
沼に大量の悪食甲殻類を放流させたのです! もう、後には引けません」
「お前悪さばっかりしてるな……」

 人騒がせな連中こそ豊富に揃っているこの学園ではあるが、ここまでの悪童もなかなかいまい。……昔はここ
までひどくはなかったはずだが、どうしてこんな子になってしまったのだろうか。




 ※


 十数分後。
 ただっぴろい貯水池のふちで釣り糸を垂らす、俺と後輩のマヌケな姿があった。……我ながら付き合いがいい
というか、甘いことである。
 後輩のはしゃぎっぷりといったらなかった。
 熱中症対策ということで麦わら帽子を被っていたが、パッと見は可憐であっても、とても避暑地のお嬢様など
といった風情ではない。もしこれで着ているのが制服でなくて真っ白なワンピースであったとしても、やはり同
様であろう。
 もう完全に悪ガキである。
0199創る名無しに見る名無し
垢版 |
2013/04/12(金) 22:53:25.57ID:8rTodfdt
 
「というわけで! さあさあ先輩、レッツ・フィッシング! レッツ・フィッシュ・アメリカン・ザリガーニ・
トゥギャザー! アーハン?」
「ザリガニのことは、英語ではクレイフィッシュというらしいぞ」
「お魚じゃないじゃないですか!!」
「何で俺にキレる」

 襟を掴まんばかりの剣幕で食って掛かってくる後輩を押し退け、俺は思わず溜め息を吐いてしまった。

「溜め池で溜め息とは、ふふっ、先輩も意外とやりますね?」
「うるせえ沼に沈めんぞ」

 ただでさえ炎天下でしんどいのに、会話しているだけでエネルギーがゴリゴリ削られていく。
 会話が止んだのをこれ幸いにと、俺は特に自分から話題を振ったりはせず、体力の温存に努めることにした。
 樹上から降り注ぐ蝉噪に耳を傾ける。
 俺もいつかは彼らのように、誰かに恋の歌を贈ることがあるのだろうか。どうしたことか少し感傷的になって、
ぼんやりそんなことを考えた。
 ――夏だ。

「……」
「……」
「……」
「……」
「……てぃむのせふぁいだぁ?」
「……」
「……くらすていしゃんっ!」
「……」
「……」
「……」
「……先輩、お話しましょうよ……」

 奇声による構って構って光線を射ちつくした後輩の懇願が、ひどく弱々しく響く。
 どうでもいいが、“クラステイシャン”とは、確か甲殻類のことだったはずだ。クレイフィッシュは知らなか
ったくせに何でそんな英単語だけ達者なんだコイツ。ちなみにティムノセファイダが何なのかは俺にもまったく
分からない。

「せっかくの逢引きなのに!」
「アウトドア趣味のお前の彼氏、待ち合わせに遅れすぎじゃね?」

 俺は後輩をあしらいながら、この小一時間まるで手応えのない釣り竿をゆらゆらと振ってみせた。ザリガニ釣
りなんてちょろいと思っていたが、正直見通しが甘かった。
 この段になると後輩のテンションもかなり下がってきて、声には疲労の色さえ滲んでいた。

「どうせなら、ザリガニなんてあんな変な泥臭い生き物じゃなくて、イセエビとかブラックタイガーが良かった
ですね……」
「お前何なの」

 俺の立場ねぇじゃん。ザリガニの立場もないけど。

「もう沼ガールやめて海ガールになろうかな」

 待つのにすっかり飽きてしまったらしい後輩が、空っぽのバケツを揺すりながら呟いた。
 浮かんだ仕掛けはやはりぴくりとも沈まず、銀色の水面にただ波紋だけを広げていた。



 おわり
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